1.東京新聞(平成18年6月4日付朝刊24面)の「こちら特報部」には、次のような記事が出ています。
「「特高警察必要になる」 元法務・検察ナンバー3も批判 共謀罪
法律違反を相談するだけで犯罪となる共謀罪の創設法案は、与党側が1日、民主党案を丸のみにする姿勢を示したが、これを“罠(わな)”と感じた野党から拒否されるなど、国会審議が迷走した。こうした中、同罪については、法務・検察当局の元高官からも批判が出始めている。
公安検事出身の弁護士・落合洋司氏のブログ「日々是好日」(http://d.hatena.ne.jp/yjochi/)は、5月27日、28日に京都市で開かれた日本刑法学会で、法務・検察の大物OBから反対意見が出たと伝えている。ブログは固有名詞を伏せているが、学会の出席者たちによると、発言の主は元大阪高等検察庁検事長の東條伸一郎氏(現在は弁護士)だという。
大阪高検検事長は、法務・検察当局で序列三位の高官。一般官庁は事務次官が最高位だが、法務・検察当局は他官庁と異なり、事務次官の上に複数の検事長がいる。最高位は検事総長、ナンバー2が東京高検検事長、次が大阪高検検事長だ。東京地検特捜部時代、ロッキード事件捜査に携わり、法務省の局長も経験、最高裁判事就任まで噂(うわさ)された『超』が付く大物だ。
東條氏は、どんな反対論を述べたのか。同氏への直接取材は実現しなかったが、出席者によると「後輩の作った法案にけちはつけたくないが」と温和な口ぶりで語り始めたという。
「超大物の検察OBなので、古巣をかばう賛成論をぶつと思っていたが、ひょうひょうとした語り口ながらも、厳しい法案批判だったので、会場に驚きが広がった」と出席者。「共謀罪ができたら人権侵害的な状況が生まれるという危機感に満ちた発言だった。こんな法律を作るより検挙率を上げることが先決だという趣旨の正論を話されたのが印象的だった」
落合氏のブログや出席者によると、東條氏は「安易な拘置、なかなか認められない保釈など、裁判所によるチェック機能が落ちている現状を考えると、捜査機関による共謀罪乱用の危険性がある」と危惧(きぐ)を表明し「検挙率が落ち込んでいる現状こそ問題で、(既遂や未遂という)結果が発生している犯罪の検挙率を上げることが先決ではないか」と批判。
共謀罪を創設するにしても要件を絞り込み、導入後の運用を慎重にするべきだとの意見をにじませつつ「従来の(共謀共同正犯の)捜査はそれなりの結果があって、そこから共謀へとさかのぼる形で行われてきたが、共謀罪では、結果がないところに捜査を行うことになる。捜査の端緒のつかみ方を含め捜査手法に困難が伴うし、内心に踏み込むため供述偏重になるなどの弊害が出かねない。戦前の特別高等警察のような特別の捜査機関も必要となってしまう」と述べた。
後輩の検事たちに、かつての特高警察みたいな思想取り締まりをさせるのはかわいそうだという親心が伝わってきたという。
「こちら特報部」の取材に対し、これまで刑事、検事などの捜査現場出身者や「共謀共同正犯」理論の推進派学者、西原春夫・元早大総長らが共謀罪に異論を唱えてきた。加えて、元法務・検察首脳からの反対論。「超大物OBが苦言を呈すること自体、いかに拙劣な法案だったかを物語っている」と日弁連関係者は口をそろえる。
民主党の修正案を批判してきた政府・与党は一転、民主党案丸のみにかじを切ったが、日弁連や野党から反発され、国会を混迷させた。NGOや日弁連からは「衆院法務委に対して、外務省が行った『共謀罪を導入した各国の実情調査を行います』との約束も、いまだに果たされていない。政府・与党は、真剣に法案審議をする気があるのか」との声も出ている。」
2.記事から幾つかのポイントを挙げてコメントしてみます。
(1) まずは
の点です。「安易な拘置、なかなか認められない保釈など、裁判所によるチェック機能が落ちている現状を考えると、捜査機関による共謀罪乱用の危険性がある」と危惧(きぐ)を表明し
捜査機関は、悪意を持って「狙い撃ち」することもあるでしょうが、(おそらく多くは)熱心さのあまり違法捜査や誤認捜査となってしまうのだと思われます。それが結果として共謀罪乱用となりうるわけですが、裁判所が共謀罪乱用を十分に抑制できなければ、真犯人でないのに犯人と疑われて大変な不利益を受ける一般市民が増大することになり、誤認捜査のために、真犯人を発見できずに終わる可能性も、これまで以上に増えてしまうのです。この点に、共謀罪乱用の危険性があるのだと思います。
この発言は、裁判所にとって耳の痛い話でもあります。弁護士側ならともかく、元高等検察庁検事長という捜査機関であった側から、捜査活動に対する抑制がきちんとできていないというのですから。
(2) また、
とも述べています。「「検挙率が落ち込んでいる現状こそ問題で、(既遂や未遂という)結果が発生している犯罪の検挙率を上げることが先決ではないか」と批判。」
捜査機関にとって一番大事なことは、犯罪の証拠を発見確保し、被疑者の身柄を確保すること、要するに、処罰できるだけの証拠を集め、犯人を検挙ことです。そして、一番、検挙すべき犯罪は、予備段階ではなく、(既遂や未遂という)結果が発生している犯罪です。
ところが、現在、警察庁「平成17年の犯罪情勢」によると検挙率は28.6%(平成17年)であって、大変、検挙率が下がっています。この検挙率を上げる対策・立法をすることこそ、法務省及び国にとって最重視すべき課題であるわけです。
それなのに、政府案(与党再修正案でも)600種類を超える犯罪について共謀罪を創設し、捜査すべき対象を膨大広げることは、法案成立後は、捜査機関は共謀罪について処罰できるだけの証拠を集め、犯人を検挙するよう捜査しなければなりません。そうなると、より捜査活動を広範囲に広げなければならず、捜査機関に過大な負担をかけることになります。
これでは到底、検挙率は上がらないし、共謀罪立法をするよりも、(既遂や未遂という)結果が発生している犯罪の検挙率を上げるような対策や立法の方が先決ではないかと批判しているのです。
同じような意味合いの指摘として、「共謀罪が始まったら、きっと重大事件の捜査に支障が出てくるね」という現役の刑事さんの発言があります(「共謀罪創設の是非〜「刑事が反対する理由」(東京新聞平成18年5月18日付)」を参照)。この東條・元大阪高等検察庁検事長の批判は、現場の捜査機関であればすぐに気付く点であると思われます。
(3) また、共謀罪を創設した場合、
とも述べています。「「従来の(共謀共同正犯の)捜査はそれなりの結果があって、そこから共謀へとさかのぼる形で行われてきたが、共謀罪では、結果がないところに捜査を行うことになる。捜査の端緒のつかみ方を含め捜査手法に困難が伴うし、内心に踏み込むため供述偏重になるなどの弊害が出かねない。戦前の特別高等警察のような特別の捜査機関も必要となってしまう」」
「共謀というのは一つの機会に多数の犯行を同時に並行的に共謀することも,容易にできる」(法制審議会刑事法(国連国際組織犯罪条約関係)部会 第2回会議 議事録より)のですから、およそ実行できないような犯罪も含まれる可能性があるので、共謀の範囲を限定する捜査も必要となります。
ところが、結果がない共謀罪では、共謀共同正犯のように結果から共謀の有無を探ることができませんし、探れたとしても結果がないので共謀の範囲を限定することも難しいので、捜査の端緒のつかみ方を含め捜査手法に困難が伴うことになります。
となれば、捜査機関は、自然と共謀者と疑われる者の自白(供述)を重視することになり、それでは内心に踏み込むため、より一層の供述偏重・自白偏重という弊害が生じてきます。そうなると、ひいては自白強要・虚偽自白によって誤判が増大することになってしまいます。これでは、疑いを受けて逮捕・捜索を受けた被疑者にとって大変な不利益ですし、真犯人を逃す可能性も生じてしまいます。
もし共謀罪が創設されれば、捜査機関は、捜査手法の困難さを補おうとするでしょう。そうなると、戦前の特別高等警察のような特別の捜査機関も必要となってしまいます。これでは、共謀罪立証に役立つといっても、国民は捜査機関に対して著しく不信感を抱くようになり、今後一層必要とされる国民による捜査協力が行われなくなってしまい、さらに一層検挙率が下がりかねません。こうなると、一体なんのための共謀罪創設なのでしょうか。
4.「こちら特報部」の記事は、このブログでも紹介してきましたが、共謀罪に対しては、刑事、検事などの捜査現場出身者や「共謀共同正犯」理論の推進派である西原春夫・元早大総長らが反対し、さらに元法務・検察首脳も反対しているわけです。こうなると、(公安警察は微妙なところですが)捜査機関のほとんどが共謀罪に反対し、共謀概念に熟知している学者も反対しているのです。
政府与党は、民主党案を丸のみしてでも共謀罪創設法案を成立させようとしましたし、読売新聞(平成18年6月4日付の「社説」)も
として、法案成立を求めています。「条約はすでに121か国が批准を終えている。日本が、テロや組織犯罪を未然に阻止する国際ネットワークの“穴”になってよいのか。」
政府や読売新聞は、共謀罪創設法案が本当に必要なのか、今一度考え直して、捜査機関の批判に対して真剣に耳を傾ける必要があるのではないでしょうか。捜査の現場の賛同なしに法案を成立させても、有害なだけで何の意味もないでしょう。
この政府の対応と読売新聞の社説を読んで、現場の実情を無視して無謀な戦争を行ったノモンハン事件を想起してしまいました。読売新聞は、戦争責任について連載しながら、それを現在の状況に結びつけることはしないようです……。
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