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2008/04/19 [Sat] 18:10:14 » E d i t
東京新聞による死刑問題に関する連載記事、「死刑――存廃を問う前に」第2回「東京新聞平成20年3月31日付朝刊26・27面【こちら特報部】)を紹介します。


1.「死刑――存廃を問う前に」第2回は、冤罪であるとして一貫して無実を叫んでいた者に死刑が執行されてしまった「福岡事件」について取り上げています。そこで、「死刑――存廃を問う前に」第1回と同様に、記事を紹介する前に、死刑制度論の論点(死刑存置論と廃止論の理由)について触れておきます。

(1) ◇死刑存置論と廃止論の主な論点

「◇誤判・冤罪の可能性について
・存置論:誤判・冤罪が起こりうるのは死刑についてだけではない。司法制度全体の問題である
・廃止論:誤判・冤罪の危険性が常にあり、死刑は処刑したら取り返しがつかない

◇世論
・存置論:世論調査では「存置」が常に多数であり、世論が支持している以上、死刑は必要である
・廃止論:死刑を執行される側という少数者の人権の問題について、多数派の意見を重視するのは誤りだ

◇被害者・遺族感情
・存置論:凶悪犯罪の犠牲となった被害者の遺族を納得させるためにも必要である
・廃止論:犯人を殺すことが被害者にとって問題解決になるのかどうか、疑問である

◇死刑の抑止力
・存置論:凶悪犯罪を防ぐのに役に立っている。廃止すると凶悪犯罪が多発する
・廃止論:死刑に凶悪犯罪の抑止力があるとは実証されていない」(朝日新聞平成19年12月20日付朝刊3面参照)



(2) ◆法律論としての死刑存廃論の主たる論点

「◆国家は犯罪者の生命を奪う権限を認められているか(法哲学的論点)
・存置論:殺人犯など凶悪な犯罪者に対しては、死刑をもって臨むべきであるということが国民の道義的・法的確信ないし国民感情になっている
・廃止論:国に生命の絶対的価値を前提として殺人行為を犯罪としておきながら、犯人の生命を剥奪するのは矛盾である

◆死刑に一般予防機能があるか(刑事政策的論点)
・存置論:死刑には威嚇力があり、凶悪な犯罪から社会を防衛し法秩序を維持するためには、その威嚇力に期待しなければならない
・廃止論:死刑に威嚇力があるかどうか不明であり、少なくとも「疑わしきは使わず」とする態度をとるべきである

◆死刑は憲法36条にいう「残虐な刑罰」にあたるか(憲法的論点)
・存置論:執行方法が適切であるから「残虐な刑罰」にあたらない
・廃止論:死刑は現在の文明に照らして残虐な刑罰に当たることは明らかである

◆誤判の可能性がある以上、取り返しのきかない死刑を宣告することは適正手続に反しないか(適正手続的論点)
・存置論:刑事裁判制度論とは別個の問題であり、犯行が明々白々の犯人に対しても死刑を認めないのか否かが問題であり、凶悪な犯罪者は生命剥奪によって社会から完全に隔離する必要がある(特別予防的観点)
・廃止論:死刑は一たび執行されれば事態を回復することはできず、裁判に誤判の可能性がある以上死刑の判決を言い渡すことは適正手続に反する」(川端博『刑法総論講義』(成文堂、2006年)参照)



今回紹介する東京新聞「こちら特報部」の記事は、誤判・冤罪の可能性と死刑の問題、すなわち、死刑廃止の理由(◇)として挙げられている、「誤判・冤罪の危険性が常にあり、死刑は処刑したら取り返しがつかない」について、着目した記事です。 また、記事中では、冤罪事件での被害者遺族の発言も記載していますので、冤罪事件での被害者感情(◇)の問題も関連してきます。それを頭に入れて読んで下さい。



2.「東京新聞平成20年3月31日付朝刊26・27面【こちら特報部】

死刑-存廃を問う前に:「福岡事件」刑執行後も無実の叫び 冤罪やむなしなのか
2008年3月31日

 一家4人が殺害された「袴田事件」で、犯行を否認してきた袴田巌死刑囚(72)の再審請求が今月、最高裁で棄却された。同様に犯行を否認しつつも、処刑された死刑囚がいた。1947年の「福岡事件」で主犯とされた西武雄さん(死刑執行時60歳)だ。遺族らは今も、無実を証明する再審を請求しており、弁護人は「冤罪(えんざい)死刑もやむを得ない、という社会でいいのか」と疑問を投げ掛ける。 (岩岡千景)

 「西君は無実。関係ないとです。本当のことだ」…。熊本県玉名市の病院。入院中の石井健治郎さん(91)は、ベッドの上で、声を絞り出すようにして語った。

 石井さんは、元死刑囚。終戦直後の61年前に福岡市で起きた「福岡事件」で2人を射殺し、最高裁で死刑が確定したが、恩赦で無期懲役に減刑。20年前に仮釈放された。同事件ではほかにも、主犯とされた西武雄さんに、死刑判決が下った。西さんは逮捕から一貫して「無実」を訴えたが75年、死刑執行された。

 西さんの無実を証明するため、遺族は事件から半世紀をへて2005年5月、福岡高裁に再審(裁判のやり直し)を請求。昨年、脳血栓で2回の手術を受けた石井さんも「西君の無実を裁判ではっきりさせる」と、闘病を続けている。

     ◇

 「福岡事件」は、1947年5月20日、福岡市博多区で起きた。終戦直後で、軍物資の闇取引が盛んだった時代。軍服の取引をしていた日本人と中国人の2人が射殺され、現金を奪われた。

 捜査当局は、軍服の取引を装った強盗殺人事件だとして、西さんと石井さんら7人を逮捕。公判で石井さんは2人の殺害を認めたが、「仲間のけんか相手だと勘違いした誤射」だとして強盗を否認。ほかの6人は無罪を主張したが、西さんは主犯と認定され、石井さんとともに1956年、最高裁で死刑が確定。残る5人のうち4人に、懲役刑が確定した。

 石井さんらの証言によると、西さんは、軍服の取引にかかわっていたものの、近くの食堂に待機。現場には居合わせなかった。だが、警察官に暴行を受け、白紙の供述調書に指印を押されたり、虚偽の調書に署名させられたりしたという。

 石井さんと西さんが福岡拘置所にいた当時、こうした2人の訴えに耳を傾けた教戒師がいた。熊本県玉名市の僧侶、古川泰龍さん(2000年、80歳で死去)だ。古川さんは、現地調査をし、証言を集めて「真相究明書」を作成。法務省にも出向いて冤罪を訴え、救援活動を展開した。

 西さんの死後も、古川さんは西さんの無実を訴える活動を続け、息子の僧侶、古川龍樹さん(48)が今も引き継ぐ。龍樹さんは「父は、がんで亡くなる直前、ふらふらになりつつも西さんの命日の法要を欠かさなかった。その姿に一人の命の重さを教えられた」と語る。

◆釈放願い出たのに処刑  「遺族のためやない」

 再審請求の弁護団長の八尋光秀弁護士は「福岡事件は、冤罪死刑をやむなしとするのかどうかが問われる象徴的な事件」と指摘。

 過去に死刑囚が再審無罪となったのは免田、財田川、松山、島田の4事件だが、「4事件以外に誤判死刑がなかったとはいえない。我々は冤罪死刑もやむを得ない社会を選択していることになるが、国民の多くは、本当はそれでいいとは思っていないのはないか」と問い掛ける。

     ◇

 西さんの死刑を、被害者遺族は、どう受け止めたのか。

 75年に西さんが処刑される前、殺害された中国人男性の遺族、福岡市の桐原武雄さん(71)の自宅を、法務省恩赦課の職員が訪ねていた。

 恩赦に対する意向を尋ねる職員に、桐原さんは「2、3日待ってほしい」と話して福岡拘置所に出向き、西さんに面会。救援活動を続け、出所も間近と思っていた西さんは「自分は主犯じゃない。出られたらまず行って、じっくり話しちゃるけん」と語ったという。

 その後、桐原さんは恩赦課の職員に「30年近くも入っとったら、無期懲役なら出るころ。もういいじゃないですか。それに、私のひと言で死刑になるのは嫌だ。2人とも出してください」と話したという。

 だが、結果は思いがけず、実行を認めた石井さんだけが恩赦で減刑され、否認してきた西さんには死刑が執行された。「今思えば、職員が来たのは手続きの1つにすぎなかったんでしょうね。遺族がするなと言ってもするのだから、死刑って遺族のためやないですね」。桐原さんは福岡市の自宅で振り返る。

 桐原さんは事件当時、小学五年生。11歳の少年だった。小学校の授業中に呼ばれ、九州大で司法解剖を受けた父親のもとに駆けつけた記憶は、今でも脳裏に焼きついている。真っ裸で寝かされた父親に近づこうとする桐原さんを、周囲の大人が「見たらいかん!むごい殺され方しとる」と制した。

 「後からこれを見て、実感がわいた」。桐原さんはそう言い、黄ばんで擦り切れた「死体検案書」を大事そうに取り出して見せた。直接死因は「失血死」。その原因として「心臓損傷」「両頚(けい)部刺創」と書かれている。料理人だった父親は、心臓を射抜かれた上、周囲にいた人間に、刃物で首を刺されてとどめをさされていたのだった。

 「家族を殺された者は、犯人を自分の手で殺してやりたいと、だれでも一度は思うんじゃないか」と桐原さん。「冤罪といわれても、半信半疑だ」ともいう。

 それでも2人の釈放を願い出たのは、じかに聞いた西さんの言葉が「自分には本当だと思えた」からだ。国籍取得して間もないうれしさも手伝い「人間、いつまでも人を恨んで生きていても、しょうがない」という気持ちもあったという。

 桐原さんは「西さんには同情する。こういう例があるから死刑はやめた方がいいという議論になるのもわかる」と言いつつ、今なお揺れる胸の内を語る。

 「ただそれなら、終身刑を導入すべきで、確たる物証もなく、否認していた西さんのような人は生かしておいた方がよかった。また無差別殺人など、一定の罪状にはやはり、死刑を残すべきだ。そうでないと、遺族は気持ちのやり場がないだろう」


<デスクメモ>

 死刑囚と被害者の遺族が心のどこかで共感してしまう話は、この企画の1回目(23日)にも登場した。人の心とは、それぐらい複雑多様で文学的だ。もとより法律で画一的に切り取ることに無理がある。「被害者感情」という言葉の裏側に「期待される被害者像」がないだろうか。それこそが危険。(充)」




(1) 幾つかの点に触れていきます。まず1点目。

「「福岡事件」は、1947年5月20日、福岡市博多区で起きた。終戦直後で、軍物資の闇取引が盛んだった時代。軍服の取引をしていた日本人と中国人の2人が射殺され、現金を奪われた。

 捜査当局は、軍服の取引を装った強盗殺人事件だとして、西さんと石井さんら7人を逮捕。公判で石井さんは2人の殺害を認めたが、「仲間のけんか相手だと勘違いした誤射」だとして強盗を否認。ほかの6人は無罪を主張したが、西さんは主犯と認定され、石井さんとともに1956年、最高裁で死刑が確定。残る5人のうち4人に、懲役刑が確定した。

 石井さんらの証言によると、西さんは、軍服の取引にかかわっていたものの、近くの食堂に待機。現場には居合わせなかった。だが、警察官に暴行を受け、白紙の供述調書に指印を押されたり、虚偽の調書に署名させられたりしたという。」



福岡事件は、逮捕・起訴された7人のうち、石井さんは強盗目的を否定して強盗殺人罪でないと主張し(いわゆる「部分冤罪」)、他の6人は無罪を主張しているものです。特に、西さんの場合は、犯行現場におらずに主犯とされてしまったのですから(共謀共同正犯として処罰された)、西さんが犯人であるとの立証をするには「共謀」の事実が必要でした。しかし、その「共謀」の立証につき、物証もなく拷問や強要による(本人と共犯者の)「自白」(白紙の供述調書に指印しただけとなると「自白」自体も捏造)だけを証拠に判決が確定してしまったのです(「福岡事件/ワードBOX/西日本新聞」「福岡事件(ウィキペディア・Wikipedia)」「福岡事件(事件史探求)」参照)。

「共犯者の自白」は、他人に責任転嫁することで、できるだけ罪を軽くしたいなど無実の者を巻き込む可能性があるため、その危険性が一般的に認められています。共犯者は事情に通じているばかりに「九の真実に一つの虚偽を混ぜ」て供述することができ、切り崩すのが困難だからです。この事件では、捜査機関が勝手に共犯者の自白を強要(または捏造)し、共犯者の自白の危険性を最大限に発揮させたものと思われます。



(2) 2点目。

「再審請求の弁護団長の八尋光秀弁護士は「福岡事件は、冤罪死刑をやむなしとするのかどうかが問われる象徴的な事件」と指摘。

 過去に死刑囚が再審無罪となったのは免田、財田川、松山、島田の4事件だが、「4事件以外に誤判死刑がなかったとはいえない。我々は冤罪死刑もやむを得ない社会を選択していることになるが、国民の多くは、本当はそれでいいとは思っていないのはないか」と問い掛ける。」


福岡事件は、違法捜査、共犯者の自白の危険性と相俟って、非常に冤罪の疑いが強い事件といえます。それなのに、西さんは死刑を執行されてしまいました。

戦後、冤罪の疑いが強かったのに死刑を執行されてしまった事件は、「福岡事件」だけではありません。1952(昭和27)年、熊本県菊池郡で発生した爆破事件および殺人事件である「藤本事件」(「藤本事件/ワードBOX/西日本新聞」参照)もあります。この事件は、被告人がハンセン病患者であったことから、捜査及び公判でハンセン病に対する偏見に満ちた極めてずさんな手続きが行われ、公正な裁判・反対尋問権の保障など憲法規定をまるで無視した、裁判に値しない裁判でもありました。しかも、この被告人の場合、熊本地裁の再審請求棄却決定の翌日に死刑が執行されてしまったため、熊本地裁、検察、法務当局が結託していたのではないかと疑われています(小田中 聰樹 (他)編『えん罪入門』(日本評論社、2001年)86頁)。

すでに冤罪(と強く疑われる事件)での死刑もなされているのです。一家4人が殺害された「袴田事件」で、犯行を否認してきた袴田巌死刑囚(72)の再審請求が3月、最高裁で棄却されたように、どんなに冤罪の疑いが強い事件であっても、再審が認められることはほとんどありません(「袴田事件:最高裁平成20年3月24日決定も再審を認めず(上)~再び再審は「針の穴を通るより困難である」という状況に」(2008/03/31 [Mon] 23:13:33)参照)。このような「冤罪死刑もやむを得ない社会」でいいのでしょうか?



(3) 3点目。

「西さんの死刑を、被害者遺族は、どう受け止めたのか。

 75年に西さんが処刑される前、殺害された中国人男性の遺族、福岡市の桐原武雄さん(71)の自宅を、法務省恩赦課の職員が訪ねていた。

 恩赦に対する意向を尋ねる職員に、桐原さんは「2、3日待ってほしい」と話して福岡拘置所に出向き、西さんに面会。救援活動を続け、出所も間近と思っていた西さんは「自分は主犯じゃない。出られたらまず行って、じっくり話しちゃるけん」と語ったという。

 その後、桐原さんは恩赦課の職員に「30年近くも入っとったら、無期懲役なら出るころ。もういいじゃないですか。それに、私のひと言で死刑になるのは嫌だ。2人とも出してください」と話したという。

 だが、結果は思いがけず、実行を認めた石井さんだけが恩赦で減刑され、否認してきた西さんには死刑が執行された。「今思えば、職員が来たのは手続きの1つにすぎなかったんでしょうね。遺族がするなと言ってもするのだから、死刑って遺族のためやないですね」。桐原さんは福岡市の自宅で振り返る。」


この法務省の対応を見れば明らかでしょう。「職員が来たのは手続きの1つにすぎなかったんでしょうね。遺族がするなと言ってもするのだから、死刑って遺族のためやない」のです。法務省が期待する被害者遺族像は、あくまでも死刑を求める被害者遺族、いわゆる「良い遺族」だけなのです。

殺害のみは認めていた石井さんは、1975年6月17日に恩赦で無期懲役に減刑され(20年前に仮釈放)ました。これに対して、逮捕から一貫して「無実」を訴えていた西さんは、、改悛の情がないとして恩赦が認められず、恩赦と同じ日(1975年6月17日)に、死刑が執行されたのです。罪を認めない者は、恩赦も再審もなく、処刑するという法務省の態度が見え隠れしています。



(4) 4点目。

「「家族を殺された者は、犯人を自分の手で殺してやりたいと、だれでも一度は思うんじゃないか」と桐原さん。「冤罪といわれても、半信半疑だ」ともいう。

 それでも2人の釈放を願い出たのは、じかに聞いた西さんの言葉が「自分には本当だと思えた」からだ。国籍取得して間もないうれしさも手伝い「人間、いつまでも人を恨んで生きていても、しょうがない」という気持ちもあったという。

 桐原さんは「西さんには同情する。こういう例があるから死刑はやめた方がいいという議論になるのもわかる」と言いつつ、今なお揺れる胸の内を語る。

 「ただそれなら、終身刑を導入すべきで、確たる物証もなく、否認していた西さんのような人は生かしておいた方がよかった。また無差別殺人など、一定の罪状にはやはり、死刑を残すべきだ。そうでないと、遺族は気持ちのやり場がないだろう」」


この一例だけの判断であるとはいえ、被害者遺族の心情は複雑であることが理解できるのではないでしょうか? 一度は犯人を殺してやりたい、その後、「人間、いつまでも人を恨んで生きていても、しょうがない」と思うようになったのです。特に、冤罪事件となれば、半信半疑とはいえ、実際に会って話を聞くと「西さんには同情する」気持ちにさえなるのです。いわゆるこの被害者遺族は、死刑を望んでいなかったのですから、「悪い遺族」ですが、この被害者遺族を非難される筋合いではないのです。

冤罪死刑事件では、死刑制度の是非を死刑存置の理由(◇)として挙げられている、「凶悪犯罪の犠牲となった被害者の遺族を納得させるためにも必要だ」ということは、なおさら死刑制度存続を決定付けるほどの理由にすることはできない、と理解できると思います。




3.「福岡事件」では、西さんの残した俳句が有名です。ネットで検索すると、「われのごとく愚鈍よかなし冬の蠅」とか「誤判わが怒りを天に雪つぶて」などがあることがわかります。そのなかでも、つぎの俳句がもっとも著名です。


「叫びたし、寒満月の割れるほど」



どんなに誤判であると叫び続けていても、認めてもらえない怒りと悔しさにあふれています。しかも西さんの拘禁期間は実に42年半にも及びましたから、誤判であるとの叫びが届かない虚しさは、誰にも理解できるものではないでしょう。

存置論の理由として、「誤判・冤罪が起こりうるのは死刑についてだけではない。司法制度全体の問題である」というものがあります。しかし、 この魂の叫びともいえる俳句と対峙すると、心から納得できる理由になりえないのではないかと思えます。

冤罪死刑もやむを得ない、という社会でいいのか――。死刑制度の存廃のどちらが妥当なのか考える際には、このことを十分に考慮してほしいと思います。


テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済

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