この取り消し処分がなされると最も被害を被るのは地域住民と患者です。藤枝市立総合病院の指定取り消しがなされた場合の惨状を見ても明らかです。その実情については、「「修復腎(レストア腎)移植推進・万波誠医師を支援します」さんの「-大混乱は必至・・・最大の被害者は患者-」(2008/03/23 06:37)をぜひご覧ください。
1.保険医療機関や保険医の取り消しがなされたときの「最大の被害者は患者」であるため、住民や患者による署名活動が行われています。万波誠医師と弟の廉介医師が「取消処分に反対する署名活動を行ってきた同窓生らの報告会に参加した」とのことです。
「病気腎移植:万波医師兄弟が支援者集会に参加--備前 /岡山
厚労省が保険医登録を取り消す方針を固めている宇和島徳州会病院の万波誠医師と弟の廉介医師が22日、出身地の備前市吉永町で開かれた取消処分に反対する署名活動を行ってきた同窓生らの報告会に参加した。
会場の備前市立吉永地域公民館(備前市吉永町三股)には、小中学校時代の同窓生ら約200人が集まり、2月14日~27日に集めた署名数が2万7787に上ったことや、厚労省への働きかけなどが報告された。また、テレビ番組の録画を上映して問題への理解と協力を求めた。
万波誠医師は、人工透析のつらさや海外と日本の移植事情の違いを説明し、「捨てる腎臓を使う修復腎(病気腎)移植は誰も痛まない方法だ。私は処分を受けてもいいが、修復腎移植がいつまでも残ってほしいと思っている」と述べ、廉介医師も「私らがどうなっても修復腎移植は残していかなくてはならない。そのために患者や国民が立ち上がることが大切だ」と語った。
署名実行委事務局の湯口信寿さん(63)は「万波兄弟は、備前の、日本の誇り。2人の知識や技術が患者には必要だ」と話していた。【横山三加子】
毎日新聞 2008年3月25日 地方版」
2.今日は、ある女性の日記を紹介します。
「どうか、助けて。 2008年02月21日00:45 今日は、ちょっとお堅い話です。
でも、どうしても聞いていただきたい。
私の、全てのお知り合いの方へ。
そして、もっとそこから先の方へ。
今、ここを見ているあなたへ。」
で始まる日記をご存じでしょうか?
日記のご本人が、「この日記を、コピペして、日記か、blogや掲示板等に貼り付けていただけませんか」と記されているので、このブログでも紹介することにしました。
病気を患っている彼を思い遣る気持ちにあふれた内容です。
ぜひじっくりと読んでみてください。
唐突ですが、私の彼は病気です。
病名は「多発性膿胞腎」といいます。
重い、遺伝性の病気です。
病気の進行は、とあるレベルまで緩やかに進むのですが、
ある地点まで進むと、そこから急激に悪くなります。
具体的な症状は、腎臓の中に、膿の詰まった袋(膿胞)が次々と出来、
それがある日つぶれ、そこから出血し、激痛が襲います。
そして、腎臓の機能が潰されてゆきます。
潰されるといずれ排尿ができなくなり、毒素が身体を巡ります。(尿毒症)
更に深刻になると、腎不全となり、死に至る病気です。
現在、彼の腎臓は片方がすでに機能しておらず、
残されたもう一つの腎臓が、残されたささやかな機能で動いている状況で、
今年、人工透析か、腎移植を受けることとなる予定です。
私たちが知り合い、付き合い出したのは、かれこれ三年前。
そこからみるみるうちに彼の体調は悪くなり、昨年2度の入院をし、
一昨年前に「シャント」という、人工透析をするための人口血管を埋める手術をしました。
人工透析とは、いわゆる「血液を機械で洗う」ものです。
一見響きは良いですが、人工透析は一度始めると一生続けることとなる作業です。
「機械で身体がよくなるんだったら、仕方ないでしょ」と思われる方もいらっしゃるでしょう。
しかしながら、人工透析は、心臓に負担をかけ、血管を硬直させます。
しかも、この作業は一週間に3度程度行わなければならず、一回につきかかる時間は8時間程度。その間も後にも、猛烈な倦怠感・手足の激しい攣り・疲労感に襲われます。
なお、弊害として、心不全・血管破裂などの症状も起こりえるのです。
つまりこの手法は、あくまで「現状維持」のためにあるものであり、「改善」手段ではないのです。
また、日本には「ドナー」「脳死移植」というものが一般に認知が薄く、
「ドナーカード」も所持している人はほとんど居ないと言われています。
これには日本が「死後も魂は生き続けるため、身体を昇華するためという思想に基づく「火葬」の文化を持つからだ」と言われているのを以前耳にしたことがあります。
この度、にわかにテレビで腎臓移植についての話題が持ち上がりました。
皆様もお耳にされたことがありますでしょうか。
宇和島徳洲会病院の、万波医師です。
http://www.uwatoku.org/
彼は、腎臓病患者に対し、病気を持った腎臓を移植するという「病気腎移植」を推進しています。
一見、危ない手術であるように見えるかもしれませんし、
その腎臓の病気を持ってまで生きたいの?と思う方もいらっしゃるかもしれません。
患者に了解を得ず、コッソリと、ダメな腎臓を移植しちゃったんじゃない?と思う方もいらっしゃるかもしれません。
もしかしたら、裏でお金が回っているのではないか?と思う方もいらっしゃるかもしれません。
ここに、断言させていただきます。
それは、まったく違います。
私と彼は、今回の宇和島での動きに対し、色々と調べてきました。
そして今回、はっきりと分かったことがありました。
ここに全てではないですが、書き記しておきます。
どうか、偏見を持たないでください。そして、本質を知ってください。
■病気の腎臓をもらってまで生きたいの?
病気腎移植では、移植する前に、病気腎の「病気」の部分を全て取り払ったのちに移植に望みます。なお、現在までにそれらが再発・発症されたという事実および報告はありません。
■患者に了解を得ず、コッソリと、ダメな腎臓を移植しちゃったんじゃない?
病気腎移植は、事前に患者サイドと承諾を交わしてから手術を行っています。
■もしかしたら、裏でお金が回っているのではないか?
腎臓は、そもそもタダです。
外国では臓器を切り売りしているとの話もありますが、それは闇売買でのお話です。
国内では違法となり、持込は禁止されています。また、三親等までの移植は合法(いとこまで)ですが、それ以上の親類・友人などの移植提供はできません。
なお、基本的に手術する病院が外国であった場合には、国内に戻った場合に他の病院に診療や継続的治療を受けることはできません。発覚した場合、患者が法的に罰せられます。外国で手術を受けた場合には、その国でのみ治療ができるのです。
これらの誤解や偏見のため、現在居るとされるドナー待ちの患者の多くは、
手術を待たず死去しているのが現状なのです。
宇和島徳洲会病院では、それらを救うべく、移植を始めたのでした。
しかしながら、それを善しとしない人たちがいるのです。
一部の病院や、日本移植学会がそれです。
彼らは昨年、万波医師が書いた論文が、アメリカで発表される予定だった際に、
日本移植学会が差し止めを要求、論文発表ができないという事態に陥れました。
それは、なぜか。
一理には、「人口透析に際する国からの補助」であると考えられています。
実際に、人工透析を開始した場合、国から病院へ、医療費の8割を支援するしくみになっています。
そのため、人工透析は、病院の大きな財源となるのです。
こんなおいしい話は、病院・薬剤会社では捨てられないですよね。
実際、万波医師の手術は、今年アメリカで高く評価され、
「画期的でこれからの医療を担う手段」として、大きく取り上げられたのだそうです。
そんな万波医師が、現在窮地に立たされています。
2月から、医師免許を剥奪されるかもしれないのです。
現在、署名活動が行われているのですが、
実際のところは患者さんとその縁故の方々による地道な活動しか得られず、
しかしながら現在、かなりの署名が集まっているのだそうです。
でも・・・。
足りない。足りないんです。
もっと署名が必要なんです。
そして、これによって万波医師が救われたら、
もっと多くの人の命が救えるんです。
遠い話に聞こえますか?
他人のことだから、関係ないですか?
たとえば、あなたの隣に居る人が、
そこに守っている誰かが、
ましてや、自分自身の身体が。
突然、病に襲われて、もうすぐ居なくなるとしたら、どうですか。
そこに治せた方法があったのに、金銭や見えない誰かの見栄や名誉を守るために張られたバリヤーによって、失われてしまった命だとしたら。
そこにある喪失感は、いずれ消えますか。
あたし・・・。
いっぱい泣いてきたんです。
こわかったんです。
彼を失うのが、こわかった。
夢見た将来がなくなるなんて、絶対に嫌で、恐ろしかったんです。
やっと見つけた添い遂げたい人が、国の都合で治療を受けられないなんて、
どこにその悔しさをぶつけたらいいのか、わからなかった。
そして、何もできない自分が悔しかった。
毎日を守ることでしか、彼に何もできないのが、言葉にできないツラさでした。
そして、こんな苦しさ、誰にも味わってほしくない。
たとえ知らない人でも。仲良くない人、ましてや嫌いな人でさえも、この気持ち。誰ひとりにも、味わってほしくなんかない。
もし。
いずれ私と彼が結婚したら、
この病気は遺伝性。
自分たちの子供にも、同じ病気が発生する可能性が高いのです。
あたしは、自分の子供にさえ、満足に治療をさせてあげられないかもしれないの?
「笑っていればいつかは良い日がやってくる」
あたし、小さい頃からそれを信じてる。
だから、何があっても、いつもあえて笑ってました。
でも、本当は、泣いても泣いても足りなかった。
誰かに助けてほしくて、でも、誰にも何も言えなかった。
ねぇ、どうしてなの?
私の母は、昨年末に他界しました。
今まで黙っていましたが、彼女の死因は、癌のせいではないんです。
夏の暑い最中に打たれた抗がん剤の副作用
そして、私を生むときに人知れず大量投与された血液製剤と輸血によるC型肝炎の、
ふたつの医療ミスで死んだんです。
そして、私も母と同じくC型肝炎に感染しています。
私もいずれインターフェロンのお世話になる身です。
癒す医療は、どこにあるんでしょう?
本当の治療は、何なんでしょう?
原因の矛先の見えないものへ、怒りや悲しみを感じるのは、苦しいものです。
皆様、どうか、お願いします。
万波医師の医師免許剥奪を撤回する署名活動に、ご協力いただけませんか。
もしくは、この日記を、コピペして、日記か、blogや掲示板等に貼り付けていただけませんか。
今回のこの件…万波医師の免許剥奪は、つまり移植への大きな道が閉ざされることになるんです。
実は…、
宇和島徳洲会病院に、今日、思い切ってメールをしましたら、
署名用の紙をダウンロードできるようにするとの回答をいただきました。
こちらを記入いただき、郵送でお送りいただけると助かりますとおっしゃっていました。
そうなんです。
署名は、直筆でないと、意味がないのだそうです…。
そのお手間になることを思うと、胸が苦しくて、苦しくて、切ないのですけれど、
どうか、どうかよろしくお願いします。
健康に生きていられるということは、奇跡なんです。
恵まれたこの体を使って、どうか、その手で、元気になれる人を、お願いします。増やして!!!!!!
署名用紙フォーマットが公開されたので、URLをお知らせします。(PCからご覧ください)
下のURLのPDFを印刷してご署名後、
798-0003
愛媛県宇和島市住吉町2-6-24
宇和島徳洲会病院患者の会 事務局 池田 宛
まで郵送いただければありがたいです。
★署名フォーマットダウンロードURL:
http://www.uwatoku.org/contents/uwajima_syomei.pdf
最後までお読みいただき、本当に本当に、ありがとうございました。
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この日記は幾つかのブログで紹介されています。
・「MariplaTalking」さんの「必ず読んでもらいたい日記。」(2008年02月29日(金))
http://yaplog.jp/mariplatalking/archive/31
・「::::Chocolate::::」さんの「(無題)」
http://black.ap.teacup.com/l-lchocolatel-l/7.html
・「地獄への道は善意で舗装されている」さんの「命を救ってください。」(2008/2/28(木) 午後 3:23)
http://blogs.yahoo.co.jp/sxed2004/33747638.html
・「きりんばなな」さんの「知人の知人の日記です。」(2008年2月27日 (水))
http://kirin-banana.way-nifty.com/memo/2008/02/post_e602.html
・「きたもとゆうこの頭のなか(仮)」さんの「ある病気について、いまできること。」(2008.02.25 Monday)
http://kitamocchi.jugem.jp/?eid=145
心を打たれたのであれば、まずは、ご自分のブログで紹介するなど多くの方に伝えて下さい。
そして、修復腎移植への理解を深めて下さい。宜しくお願いします。
透析をしなければ生きられない彼を想う彼女の気持ちに、痛いほど心を打たれました。
ご紹介ありがとうございました。
>一昨年前に「シャント」という、人工透析をするための人口血管を埋める手術をしました。
皆さんシャントを見たことがありますか。手でそこを触ったことがありますか。
手首のところの静脈と動脈を繋げるのです。そうすると腕の血管が大きくなります。そこに爪楊枝ほどあるかと思えるぐらいの注射針を、透析のたびに刺します。シャントをしないと、針をさす血管を探すのが困難なためです。従って、シャントをしたうではミミズ腫れのように血管が浮き出るのです。
シャントした手首を指で触ると、ゴーゴーとまるで激流のように血が流れているのが指に伝わります。
生きている血です。
腎不全患者は透析を1回平均4~6時間、週3回のペースでしなければ尿毒症で死んでしまいます。
どんなに辛くても、透析をだれも代わってあげることは出来ません。
しかし病気の腎臓であっても、修復すれば使える腎臓で助かる命があるのです。
そんな腎臓でもいい、移植を受けたいという患者の気持ちをだれが止められるのでしょうか。
それをだめだという権利が、厚労省や学会にあるのでしょうか。
少しでも透析から抜けでて、生きていける選択肢を広げていくべきではないのでしょうか。
どうか、彼女の気持ちを分かってあげてください。
シャントをした場合の実情、透析の回数・時間などの説明をありがとうございます。このエントリーでも紹介した女性の日記もそうですが、こうした腎不全患者の実情を知ると、患者やそのご家族や恋人の切実感を少しでも分かってもらえるのではないかと思います。
この女性の日記には、外国での移植の話について触れていましたが、フィリピンでの移植に動きがあったようです(東京新聞平成20年3月27日付朝刊3面でも掲載)。
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-911.html
「2008/03/27-19:24 外国人への腎臓移植容認を明記=比人を優先-新ガイドライン
【マニラ27日時事】フィリピン保健省は27日、非血縁者からの生体腎臓移植に関する新たな省令(ガイドライン)を公表、日本人など外国人患者に対する移植容認を初めて明記した。一方でフィリピン人患者を優先するとしており、外国人への移植は今後、厳しく制限されることも予想される。
新省令は外国人への移植について、「地元のドナーから臓器の提供を受けることができる」と規定。新たに設置する「臓器提供・移植ネットワーク」(NETDAT)で細則や制限を策定し、保健相をトップとする新統括機関「臓器提供・移植委員会」で承認する。保健省当局者によれば、従来の外国人の制限枠(10%)や臓器提供者への支援策などに関しても議論される見通しだ。」
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2008032700960
「外国人患者に対する移植容認」とはいえ、フィリピンでの移植は厳しいようです。そうなると、国内での移植を増やすしかありません。
>病気の腎臓であっても、修復すれば使える腎臓で助かる命がある
>それをだめだという権利が、厚労省や学会にあるのでしょうか
>少しでも透析から抜けでて、生きていける選択肢を広げていくべき
そのとおりですね。
望んでいるのは、修復腎移植という選択肢を認めてほしい、(修復腎を否定しないで)移植を受けられる機会が増えることを妨害しないでほしいというだけです。
>どうか、彼女の気持ちを分かってあげてください
心からそう思います。
これに関連した日記を彼も書いているのですが、
その直後に腎移植の予定が2年待ちになったと聞いておかしな力がかかったのかと思い、この彼女の元々あった日記のURLの転記を控えましたが、
一字一句彼女が書いたものそのものです。
その後今年の夏には、親族間の移植が決定したと聞いて安心しました。
なんとか修復腎移植を実現し二人を幸せにしてあげたいですね。
>先週の日曜日に退院しております
ともかく退院できるまでに回復できて良かったと思います。
>一字一句彼女が書いたものそのものです
彼女が確かに書いたのですね。わざわざ、ありがとうございます。真剣な思いに溢れた日記ですし、ほっちゃれさんも紹介なさっていたので、うそ偽りはない内容と感じられましたので、元々、信用していました。
>日記のURLの転記を控えました
URLを控えたのは賢明なことだと思います。本人が真剣に思いを述べたものであり、信用するに足りる日記ですから、それで十分です。
>なんとか修復腎移植を実現し二人を幸せにしてあげたいですね
こうしてネットでしか知ることしかできないとはいえ、同様に思います。移植の機会を増やすことは、このお二人のためにもなることですし、他の多くの患者のためにもなることですから。
特に、血液透析の実態を「地獄」の様に書き、患者が透析始めたら今にも死にそうである一方、移植はバラ色だから、病気腎でも何でも移植を推進して欲しい……と受け取れる様な論理には、強く疑問を感じます。
また、移植学会が万波医師の発表を妨害した理由に、「透析がおいしいから」とする説明も非論理的です。移植医は透析を不完全な治療とよく認識していますから、透析医療関係者の権益を守るために行動したりしません。あれは、その後の保険医取り消し騒ぎと併せ、「異端児」に対する、単純な「村八分」事件です。
それから難波教授の病気腎移植患者の五年、十年生存率は、それぞれ70%と50%だそうですが、血液透析患者のそれも約60%と約40%です。医学的に生存率10%の差は大きいのは事実ですが、とても「天国と地獄」の差とは思えません。しかも血液透析患者の生存率は、いい加減な透析をやっている施設と以下に述べる様なよい透析を実践している施設のデータを混ぜた結果です。
例えば、かもめクリニック(福島・茨城)、北九州ネフロクリニック(福岡)、松江腎クリニック(島根)などの施設で透析を受けている患者が、「生存率」、言い換えれば「長生きしたい」だけを理由に、病気腎移植を望むとは到底考えられません。私も夜間透析を受けながら、週五日の通常勤務をこなしていますが、体調もよく、必要があれば透析後も働いているくらいなので、腎移植の必要性を感じません。
「透析=地獄=死」、「移植=天国=生(命)」の単純図式には辟易しています。腎移植の推進は、「血液透析を『地獄』の様に描き、それからの脱却するための移植」という「血液透析へのネガティブキャンペーン」としてではなく、「『よい透析』を受けても手に入らない様な、生活の質的向上を得るため」……といったポジティブな運動にすべきであると考えます。
>この日記の方の「彼を思う気持ち」は理解できますが、その内容には、いささか疑問を感じます
色々と思うところはあるとは思います。ただ、個人的には、腎臓を患っている方(やご家族など)に対して非難する気になれないのです。このブログは、腎臓の病で悩む者(その家族など)すべてを支援する側に立っているからです。
>腎移植の推進は、「血液透析を『地獄』の様に描き、それからの脱却するための移植」という「血液透析へのネガティブキャンペーン」としてではなく、「『よい透析』を受けても手に入らない様な、生活の質的向上を得るため」……といったポジティブな運動にすべき
ポジティブな運動は良いことだと思いますから、ぜひそういう姿勢で頑張ってほしいとは思います。
ただ、私は山羊さんとは少し違う考えなのです。
腎移植の推進は、腎臓を提供する側に立つ多数の人々に十分に理解してもらい、多くの賛同を得る必要があります。多くの賛同を得るためには、色々な説明の方法があってよいと思うのです。
「生活の質的向上を得るため」という説明はもちろん良いことです。このブログでもそういう説明をすることもあります。ただ、人々の心に一番響きやすいことは、「苦しいから助けてほしい――」ということだと思うのです。透析がどうしても体に合わない人がおり、苦しさから自殺してしまう方もいることはご存知だと思います。だから、この女性のような説明もまた、否定するべきではないと思うのです。
どういう説明であろうと、もっと腎移植ができるようになってほしい、生体腎移植以外の選択肢が殆どない今の現状はおかしい、腎移植という選択肢を与えてほしいという一点で、みんなで声を合わせて主張していくことが肝心なことだと思うのです。
>私も夜間透析を受けながら、週五日の通常勤務をこなしていますが、体調もよく、必要があれば透析後も働いている
山羊さんは、良い状態を保っておられるようで、良かったですね。これからも、良い状態でいられるよう願っています。
>「透析=地獄=死」、「移植=天国=生(命)」の単純図式には辟易しています。
そうですか、一般の人の反応は、「透析=人生のおしまい」です。それは、透析医のあなたが一番よくご存知のはず。透析医として、ブログまで閉めて、患者への啓蒙までしなくなった、無責任なあなたに、そんあことを言う資格はないと思いますが。
URL | cesile #-[ 編集 ]
山羊さん宛てのコメントですが、もう7月3日です。山羊さんは、もうここのブログを見ていないのかもしれませんね。横レスという形になりますが、私がコメントします。
>あげられている良い医院は、限られた人しか利用できませんね。通常の透析患者は、住環境、経済的なことに縛られて、医院は選択できないのです。
そうですね。遠方にいくら良い透析医院があっても、平均として週3回、1回4時間ほどを一生行うのですから、遠方では到底無理です。そうしたことは、透析医の山羊さんであれば、よく分かっていることしょうから、もっとよく探せということなのかもしれません。
しかし、このエントリーで掲載した日記の女性は、四国在住だと仮定することも可能ですから、せめて四国での優れた透析医院を紹介してほしかったですね。「かもめクリニック(福島・茨城)、北九州ネフロクリニック(福岡)、松江腎クリニック(島根)」では、どうにもならないと思います。なぜ、この医院を挙げたのだろうと、不思議に思いました。
>透析医として、ブログまで閉めて、患者への啓蒙までしなくなった、無責任なあなたに、そんあことを言う資格はないと思いますが
信頼していた患者さんも大勢いたのに、なぜブログを閉じてしまったんでしょうね。透析医が良い医院なり、良い医院を探す指針などをひろく説くことは、意義あることですのに。
閉鎖せざるを得ない事情もあったのでしょうが、ここでコメントするくらいならば、ブログを開設した方がよいと思うのですけどね。そうした方が、よほど透析患者の利益になるはずです。
心停止後も蘇生措置を施すべきだし、臓器移植しか生きる道のない者に『死を受け入れさせる』べきだ。
URL | ヒポクラテス #-[ 編集 ]
このエントリ―は、腎臓移植への協力を願う内容です。腎臓移植の場合、心臓死後でも構わないので、「脳死からの臓器移植」を論じるには不適当です。その点だけは注意しておきます。
>脳死からの臓器移植は、人間の『生:ドナー』を無視し、『死に行くはずの者:レシピアント』の運命を無視している。
>心停止後も蘇生措置を施すべきだし、臓器移植しか生きる道のない者に『死を受け入れさせる』べきだ。
脳死からの臓器移植は、医療行為の一種ですから、患者の自己決定権が重要なポイントとなります。ドナー側が臓器提供の意思があり、レシピエント側が移植に同意するのあれば、それらを了承する医師がいれば、医療行為として適法であり何ら問題はありません。
「『死に行くはずの者:レシピアント』の運命を無視」していると言いますが、レシピエントの意思に反しても「運命」を受入れろということでしょうか。自分の遺体を自分で決定する自由はないのでしょうか?
移植関係者がすべて同意しているのに、「臓器移植しか生きる道のない者に『死を受け入れさせる』」という理由もまた、「運命」なのでしょうか?
過去も現在も、多くの病気に関して、病気を患ったことに関して「運命」という名で諦めてきました。しかし、医療行為は、その諦めに抗い、努力してきた医師と患者の努力の賜物なのです。
治療行為は、すべて「運命」に抗うものではないですか? またしても「運命」と言う名で、確立した治療行為を、どこまで放棄させるのでしょうか?
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