「死刑を自動的に」の鳩山邦夫法相発言や、目前に迫る裁判員制度をきっかけに、死刑への関心が高まっています。しかし、私たちは死刑について考える材料をどれだけ持っているでしょうか。「死刑―存廃を問う前に」では、死刑をめぐる話を紹介していきます。」(東京新聞3月23日付「こちら特報部」
1.「死刑―存廃を問う前に」第1回は、死刑制度存置に疑問を投げかける被害者遺族である、原田正治さんのインタビュー記事です。そこで、その記事を紹介する前に、死刑制度論の論点(死刑存置論と廃止論の理由)について触れておきます。
(1) ◇死刑存置論と廃止論の主な論点
「◇誤判・冤罪の可能性について
・存置論:誤判・冤罪が起こりうるのは死刑についてだけではない。司法制度全体の問題である
・廃止論:誤判・冤罪の危険性が常にあり、死刑は処刑したら取り返しがつかない
◇世論
・存置論:世論調査では「存置」が常に多数であり、世論が支持している以上、死刑は必要である
・廃止論:死刑を執行される側という少数者の人権の問題について、多数派の意見を重視するのは誤りである
◇被害者・遺族感情
・存置論:凶悪犯罪の犠牲となった被害者の遺族を納得させるためにも必要である
・廃止論:犯人を殺すことが被害者にとって問題解決になるのかどうか、疑問である
◇死刑の抑止力
・存置論:凶悪犯罪を防ぐのに役に立っている。廃止すると凶悪犯罪が多発する
・廃止論:死刑に凶悪犯罪の抑止力があるとは実証されていない」(朝日新聞平成19年12月20日付朝刊3面参照)
(2) ◆法律論としての死刑存廃論の主たる論点
「◆国家は犯罪者の生命を奪う権限を認められているか(法哲学的論点)
・存置論:殺人犯など凶悪な犯罪者に対しては、死刑をもって臨むべきであるということが国民の道義的・法的確信ないし国民感情になっている
・廃止論:国に生命の絶対的価値を前提として殺人行為を犯罪としておきながら、犯人の生命を剥奪するのは矛盾である
◆死刑に一般予防機能があるか(刑事政策的論点)
・存置論:死刑には威嚇力があり、凶悪な犯罪から社会を防衛し法秩序を維持するためには、その威嚇力に期待しなければならない
・廃止論:死刑に威嚇力があるかどうか不明であり、少なくとも「疑わしきは使わず」とする態度をとるべきである
◆死刑は憲法36条にいう「残虐な刑罰」にあたるか(憲法的論点)
・存置論:執行方法が適切であるから「残虐な刑罰」にあたらない
・廃止論:死刑は現在の文明に照らして残虐な刑罰に当たることは明らかである
◆誤判の可能性がある以上、取り返しのきかない死刑を宣告することは適正手続に反しないか(適正手続的論点)
・存置論:刑事裁判制度論とは別個の問題であり、犯行が明々白々の犯人に対しても死刑を認めないのか否かが問題であり、凶悪な犯罪者は生命剥奪によって社会から完全に隔離する必要がある(特別予防的観点)
・廃止論:死刑は一たび執行されれば事態を回復することはできず、裁判に誤判の可能性がある以上死刑の判決を言い渡すことは適正手続に反する」(川端博『刑法総論講義』(成文堂、2006年)参照)
今回紹介する東京新聞「こちら特報部」の記事は、死刑存置論の理由(◇)として挙げられている、「凶悪犯罪の犠牲となった被害者の遺族を納得させるためにも必要だ」についての妥当性について、着目した記事です。 それを頭に入れてこれから紹介する記事を読んで下さい。
「「死刑 存廃を問う前に」 疑問投げかける被害者遺族 一度は極刑望んだが…被告に面会し、心に変化 「彼しか事件語れない」
2008年3月23日
国民の8割近くが容認しているといわれる死刑制度。遺族感情を理由に挙げる人は多く、実際、「被告に極刑を」と求める遺族も少なくない。愛知県で1979年から83年にかけて起きた「半田保険金殺人事件」で弟を殺害された団体職員・原田正治さん(60)も極刑を求めた。しかし、原田さんは今、死刑制度に疑問を投げかけている。 (岩岡千景)
文机の上に、薬の錠剤が何種類も置かれていた。愛知県春日井市の原田さん宅。原田さんは50代半ばだった5年前に離婚し、団地で独り暮らし。50歳のとき、脳幹出血で倒れ、再発防止の薬を手放せない。「離婚も病気も、事件のせいだとは思いません。だけど、あの事件がなければこうじゃなかったとも、思わずにいられない」。寂しげに笑みを浮かべ、語り始めた。
30代前半のころ。原田さんは愛知県東浦町で自動車部品会社の工場長として働き、妻子とともに平穏に暮らしていた。一変したのは35歳のときだ。
83年1月24日。弟の明男さん=当時(30)=は、同県の会社からトラックで京都府へ向かったが、京都府内の木津川堤防に転落した車から、遺体で見つかった。
事故と思われていた明男さんの死は1年4ヶ月後、明男さんの上司=当時(32)=ら3人が明男さんに2000万円の保険金を掛けて撲殺し、事故に見せかけて保険金目的殺人事件だったと分かる。ほかにも愛知県半田市などの男性2人が殺害されており、事件は「半田保険金殺人事件」と呼ばれた。
そのころ、父親は既に他界。原田さんと同じ東浦町で弟と暮らしていた母は茫然(ぼうぜん)自失となり、原田さんは警察や報道機関への対応に追われた。自宅には昼夜なく報道陣が詰めかけ、「なんでこんな目に遭うのかとただ驚き、憤るばかりだった」。公判にも通ったが「怒りで頭に血が上り、法廷でのやり取りはほとんど記憶がない」。
はっきり覚えているのは公判で証言台に立ち、「極刑以外には考えられません」と答えたことだ。その言葉通り85年12月、名古屋地裁は、上司らに死刑を言い渡した。
◆謝罪などの手紙 拘置所から送る
ところが、「犯人を死刑に」という原田さんの望みは、歳月を経て変わっていく。事件から10年後、原田さんは、極刑を言い渡された上司、長谷川俊彦被告を名古屋拘置所に訪れる。謝罪などの手紙をたびたび寄こす被告に対して、なかなか返事が書けないことに良心の小さな呵責(かしゃく)があったとはいえ、訪問に、明確な動機や死刑囚を許そうという気持ちがあったわけではない。「直感に従った不意な行動だった」という。
面会した長谷川被告は謝罪し「これで私はいつでも喜んで死ねます」と話した。だが、原田さんは「彼が死んでしまっては何もならない」という思いを抱き始める。彼を「長谷川君」と呼ぶ原田さんは「事件があったあの日より前に、戻りたい。だけどかなわない。それならせめて、なぜあの事件が起きねばならなかったのか知りたかった。それを語れるのは長谷川君しかいないと思った」と、振り返る。「10年の年月が憤りをなだめてくれた感は否めない」とも。
◆「停止」求めたが執行 「なぜ」が聞けぬまま
面会後、最高裁に「長谷川君を死刑にしないで」と上申書を提出。2審・名古屋高裁の死刑判決を経て、長谷川被告は最高裁に上告していた。
93年9月、上告は棄却され、死刑が確定した。
その後も重ねた面会で、忘れられないのは94年夏の3度目。長谷川死刑囚の、社会人だった長男が自殺した直後だった。逮捕3年後にも、精神的に追い詰められた、長谷川被告の姉が自殺している。息子をも亡くし、憔悴(しょうすい)する姿を見て、原田さんは「家族を失い、長谷川君は僕たちに心から済まなかったと思えるようになった」と、確かに感じたという。
原田さんは事件後、こんなイメージを抱いていた。自分や家族は事件によって崖(がけ)から突き落とされ、司法やマスコミ、世間の人々は高見の見物。「おまえのいる崖の下に、犯人も突き落としてやる」と崖の上から言っている―。だが、「彼を死刑にしても、崖の上にははい上がれない」。そして自分を突き落とした長谷川君もまた、死刑にされる以前に「同じ崖の下」に落とされていたのだった。
95年の4度目を最後に拘置所は面会を許可せず、原田さんは拘置所や法務省に面会の継続と刑の執行停止を求めてきた。だが7年前、2001年12月に長谷川死刑囚は51歳で死刑執行された。原田さんは今も「『なぜあの事件は起きたのか』という問いから離れられない」と言い、死刑を考える集会などで、「死刑をやめた方がいい」と訴える。
◆記者らの質問に募るやるせなさ
そんな原田さんは、一般の人から「被害者の気持ちを考えろ」となじられ、記者から「残虐な殺され方をしても許せるか」と質問されたりするという。
「僕が経験してきた精神的、肉体的苦痛を他人がどれだけ理解できるだろう」「殴られて頭が膨れ上がり、傷から脳漿(のうしょう)が流れ出していた弟の殺され方を残虐でないと言うのか」。やるせなさが募る。
犯罪報道には「被害者遺族が偶像化されている」と感じるという。凄惨(せいさん)な事件に直面して悲嘆にくれ、加害者に極刑を望む遺族。その姿を見た国民は「代わって殺してやる」とばかりに加害者の「死刑」を期待する―。「私のように加害者を殺さないでと言う遺族も、別の意味で偶像化される。図式から外れた『悪い遺族』です」
だが、原田さんは「加害者が殺人事件を起こした経緯や遺族の気持ちは、それぞれに違う」と話し、こう訴える。「犯人に極刑を望む遺族もいれば、生きて罪に向き合ってほしいと望む遺族もいる。みんなが同じわけではないと知ってほしい。殺すばかりがいいのか、死刑制度も、お決まりの図式から離れてほしい」
最後に原田さんが見せてくれたのは、「長谷川君」が「執行された時に」と家族に託した自分あての遺書だった。
「原田家の皆様には、生涯、癒し得ない悲しみと苦しみを与え、今もって、計り知れないご迷惑をお掛けしていますことを、ここに改めて謝罪し、お詫(わ)び申し上げます」。謝罪から始まる遺書は「本日、死刑執行によって、強制的にこの世を去らなければならなくなりました」と報告し、生きて償いたい思いを、原田さんと母親に、こう伝えていた。
「ご恩に何一つとして報いることも出来ずに、この世を去るのは、誠に心残りであり、未練が残ってなりません」「これまで償いらしい償いもさせてもらえていませんので、この事も気掛かりであり、申し訳なくてなりません」―。(呼称は当時)
◇ ◇
「死刑を自動的に」の鳩山邦夫法相発言や、目前に迫る裁判員制度をきっかけに、死刑への関心が高まっています。しかし、私たちは死刑について考える材料をどれだけ持っているでしょうか。「死刑―存廃を問う前に」では、死刑をめぐる話を紹介していきます。
<デスクメモ>
「良い遺族」の偶像を欲しがるのは、どういう人々なのだろう。極刑を求める遺族も、求めない遺族も、明言しない遺族も、他人に指図されるいわれなどない。原田さんの話は死刑判決を求めることと、執行を求めることの間に横たわる微妙な段差も示唆している。死刑論議で、あまり触れられない部分だ。(隆)」
(1) 幾つかの点に触れて行きます。1点目。
「面会した長谷川被告は謝罪し「これで私はいつでも喜んで死ねます」と話した。だが、原田さんは「彼が死んでしまっては何もならない」という思いを抱き始める。彼を「長谷川君」と呼ぶ原田さんは「事件があったあの日より前に、戻りたい。だけどかなわない。それならせめて、なぜあの事件が起きねばならなかったのか知りたかった。それを語れるのは長谷川君しかいないと思った」と、振り返る。「10年の年月が憤りをなだめてくれた感は否めない」とも。」
なぜ犯罪を行ったのか、なぜ弟を殺したのか。真実を知っているのは実行した被告人だけなのだから、直接、すべて語ってほしい――。被害者遺族それぞれ異なるとは思いますが、真実を知りたいという気持ちは、被害者遺族として素直な感情だと思います。
原田さんは「10年の年月が憤りをなだめてくれた感は否めない」としています。最初は、身内が殺されてしまったこと自体が悲しく、憤ることばかりで冷静に事件や被告人と向き合うことは難しいでしょう。それが、時間が経過することで冷静になることでき、真相を知りたいとして、被告人と相対することができたわけです。もしかしたら、被告人の側も、冷静になって真相を語ることができるためには、長期間必要とするのかもしれません。
(2) 2点目。
「93年9月、上告は棄却され、死刑が確定した。
その後も重ねた面会で、忘れられないのは94年夏の3度目。長谷川死刑囚の、社会人だった長男が自殺した直後だった。逮捕3年後にも、精神的に追い詰められた、長谷川被告の姉が自殺している。息子をも亡くし、憔悴(しょうすい)する姿を見て、原田さんは「家族を失い、長谷川君は僕たちに心から済まなかったと思えるようになった」と、確かに感じたという。
原田さんは事件後、こんなイメージを抱いていた。自分や家族は事件によって崖(がけ)から突き落とされ、司法やマスコミ、世間の人々は高見の見物。「おまえのいる崖の下に、犯人も突き落としてやる」と崖の上から言っている―。だが、「彼を死刑にしても、崖の上にははい上がれない」。そして自分を突き落とした長谷川君もまた、死刑にされる以前に「同じ崖の下」に落とされていたのだった。」
凶悪犯罪の場合、加害者家族が崩壊してしまうことが多々あります。原田さんの場合も、長谷川死刑囚もまた、処刑にされる以前に「同じ崖の下」に落とされて、被害者・加害者両方の家族は崩壊してしまっていたのです。
加害者が死刑になったところで、被害者遺族は崖の上に這い上がれず、「司法やマスコミ、世間の人々は高見の見物」のままです。
被告人を崖の下に突き落としがっている(死刑にしたがっている)マスコミや世間の人々は、本当に、被害者の側に立ち、被害者遺族のために行動しているのでしょうか? 単に自分の勝手な応報感情を満たしたいだけではないのか、という疑問が尽きません。
(3) 3点目。
「7年前、2001年12月に長谷川死刑囚は51歳で死刑執行された。原田さんは今も「『なぜあの事件は起きたのか』という問いから離れられない」と言い、死刑を考える集会などで、「死刑をやめた方がいい」と訴える。
そんな原田さんは、一般の人から「被害者の気持ちを考えろ」となじられ、記者から「残虐な殺され方をしても許せるか」と質問されたりするという。
「僕が経験してきた精神的、肉体的苦痛を他人がどれだけ理解できるだろう」「殴られて頭が膨れ上がり、傷から脳漿(のうしょう)が流れ出していた弟の殺され方を残虐でないと言うのか」。やるせなさが募る。」
ここの部分は何度読んでも、嫌な気持ちにさせられます。よくもその一般の人は、残虐に殺された弟をもつ原田さんに対して、「被害者の気持ちを考えろ」となじることができるものだと憤りさえ感じます。その一般人は、死刑廃止を訴える被害者遺族は「被害者」でないとでもいうのでしょうか。
しかも、記者さえも、「残虐な殺され方をしても許せるか」などと言うのですから、呆れ果てます。原田さんの弟が殺された事件を知らないで、勝手な思い込みで質問しているのでしょう。
この部分の記述をみると、(死刑にしたがっている)マスコミや世間の人々は、ますます、自分の勝手な応報感情を満たしたい――私刑を求めている――だけではないのか、という疑問が尽きません。
(4) 4点目。
「犯罪報道には「被害者遺族が偶像化されている」と感じるという。凄惨(せいさん)な事件に直面して悲嘆にくれ、加害者に極刑を望む遺族。その姿を見た国民は「代わって殺してやる」とばかりに加害者の「死刑」を期待する―。「私のように加害者を殺さないでと言う遺族も、別の意味で偶像化される。図式から外れた『悪い遺族』です」
だが、原田さんは「加害者が殺人事件を起こした経緯や遺族の気持ちは、それぞれに違う」と話し、こう訴える。「犯人に極刑を望む遺族もいれば、生きて罪に向き合ってほしいと望む遺族もいる。みんなが同じわけではないと知ってほしい。殺すばかりがいいのか、死刑制度も、お決まりの図式から離れてほしい」」
<デスクメモ>にも出ていますが、 原田さんは、世間は被害者遺族について、「良い遺族」と「悪い遺族」という分類をしているといった趣旨のことを述べています。犯人に極刑を望む遺族は「良い遺族」であり、加害者を殺さないでと言う遺族は「悪い遺族」ということです。
同じ被害者者遺族であっても、遇・心情・思想がそれぞれ異なるのですから、死刑に対する意識、加害者への向き合い方もそれぞれ異なるのです。「みんなが同じではない」のです。被害者遺族のそれぞれ異なる気持ちを尊重することこそ、被害者感情を尊重することになるはずのに、今は、「悪い遺族」は「被害者」でないかのように非難されてしまうのです。原田さんのように。
犯人に極刑を望む「良い遺族」だけが「被害者」として扱われ、死刑を望まない遺族は「被害者」でないという、世間の意識はおかしいのではないでしょうか。「殺すばかりがいいのか、死刑制度も、お決まりの図式から離れてほしい」という原田さんの言葉に、ぜひ耳を傾けてほしいと思うのです。
(5) 5点目。
「最後に原田さんが見せてくれたのは、「長谷川君」が「執行された時に」と家族に託した自分あての遺書だった。
「原田家の皆様には、生涯、癒し得ない悲しみと苦しみを与え、今もって、計り知れないご迷惑をお掛けしていますことを、ここに改めて謝罪し、お詫(わ)び申し上げます」。謝罪から始まる遺書は「本日、死刑執行によって、強制的にこの世を去らなければならなくなりました」と報告し、生きて償いたい思いを、原田さんと母親に、こう伝えていた。
「ご恩に何一つとして報いることも出来ずに、この世を去るのは、誠に心残りであり、未練が残ってなりません」「これまで償いらしい償いもさせてもらえていませんので、この事も気掛かりであり、申し訳なくてなりません」―。(呼称は当時)」
生きて償いたい加害者がいて、生きて償うことを望む被害者遺族がいる――。被害者遺族が加害者を死刑にしないでほしいと訴えたとしても、死刑判決となり、死刑が執行されてしまうのです。ここには、素直な感情として、不合理さを感じてなりません。本来、被害者感情で判決や執行が左右されるわけではないにしても、現実の判例の運用では、死刑を望む被害者感情のみが重視されていることからしても。
3.この東京新聞の記事を読んでどう思ったでしょうか?
「「良い遺族」の偶像を欲しがるのは、どういう人々なのだろう。」(デスクメモ)
「良い遺族」の偶像を欲しがるのは、実際の被害者遺族を差し置いて、単に自分の勝手な応報感情を満たしたい人たちなのではないかと思えるのです。「極刑を求める遺族も、求めない遺族も、明言しない遺族も、他人に指図されるいわれなどない」のです。
今回の記事からすると、死刑存置の理由(◇)として挙げられている、「凶悪犯罪の犠牲となった被害者の遺族を納得させるためにも必要だ」ということは、多種多様な遺族がいることを考えれば、死刑制度存続を決定付けるほどの理由になっていない、と理解できると思います。
東京新聞「こちら特報部」は、「死刑―存廃を問う前に」という連載記事を掲載し続けています(今後もエントリーとして紹介したいと思います)。死刑制度の存廃のどちらが妥当なのか考える際には、これらの連載記事が出してくる「死刑について考える材料」を読んで理解してから、判断してほしいと思います。
“社会感情(ex.この国の法体系は公正、正当ではない、という論理化可能な感情)”のように形態化して語られるべきかと。
URL | rice_shower #UXr/yv2Y[ 編集 ]
死刑制度のみならず厳罰主義にも否定的です。
日本は、最近、厳罰化が叫ばれ寛容、温情というものを失ってしまいました。
寛容、温情を失ってしまった社会ほど住みにくい社会はありません。
東京新聞の記事は、いろいろと考えさせられました。
死刑を求めるのが良い遺族で、求めないのは悪い遺族だなどと言われては、
死刑を求めたくなくても、自分を偽って死刑を求めると言わざるおえない場合
もでてくるでしょう。
死刑制度というものは、被害者遺族にとってもむごい制度のような気がします。
URL | いい #-[ 編集 ]
>存置であれ、廃止であれ、“被害者遺族の感情”という言葉を持ち出した時点で法律論として堕落してしまいますね。
そう思います。本当の遺族感情とは関係なく、“被害者遺族の感情”ということをお題目のように都合よく使って、議論しているように思います。
一口に被害者感情といっても、傷害致死や交通事故でも加害者を死刑にしたいと思う人もいるでしょうが、それらの規定には死刑が刑罰にないので、死刑は法律上、不可能です。罪刑法定主義がある以上、法を無視して死刑にはできません。
他方で、最近でも一家心中事件が何件が起こっていますが、生き残った子供が心中を図った親に対して、生きてほしいと願ったこともあります。こんな場合、生きてほしい被害者感情があっても、死刑判決にしていいのか……。親を奪うことは子供にとって本当にいいことなのか、明快な答えはだせないと思います。
もう“被害者遺族の感情”を持ち出すのは、控えたほうがいいと感じています。
>“社会感情(ex.この国の法体系は公正、正当ではない、という論理化可能な感情)”のように形態化して語られるべきかと。
そういった“社会感情”というか、一般論としての国民感情として議論するしかないでしょうね。法学的には、「一般法感情」という表現を使ったりします。
>日本は、最近、厳罰化が叫ばれ寛容、温情というものを失ってしまいました。
>寛容、温情を失ってしまった社会ほど住みにくい社会はありません。
近年の日本の犯罪状況は特段の変化はないのに、体感治安が悪化し、それが心の余裕のなさをもたらし、また、人々の生活が苦しくなっているため、それらのことから、寛容でいられなくなっているのだと思うのです。
そして、突発的な衝動で行われたり、身内で行われることが多い殺人事件などでは、いくら厳罰化したところで、抑止力になっているのか極めて疑問です。犯罪を行った背景を探り、犯罪防止策を講じることこそ意義があることなのに、世間は、犯人を処罰することばかり躍起になっています。効果的なことをしていないため、余計に厳罰化し、寛容さに欠ける社会へ突き進む……。日本社会はなぜこんなに妙になったのか不思議な感じがします。
>死刑を求めるのが良い遺族で、求めないのは悪い遺族だなどと言われては、
>死刑を求めたくなくても、自分を偽って死刑を求めると言わざるおえない場合もでてくるでしょう。
同感です。「良い遺族、悪い遺族」を区別し、「悪い遺族」を非難するなんて、どうなっているのか、憮然とした気持ちになります。本当は、被害者遺族はほとんど尊重されていないんじゃないのか、と疑問に感じます。結局、世論にとっては、被害者遺族は都合のいい時だけもてはやす存在なのでしょう。
他に引き合いに出せる遺族がいないからって、いつもこいつばっかりスター気取りで出て来てる。
だいたい、遺族遺族って騒ぐほど、生きてる時仲良かったとでも言うのかね?
兄弟なんて所詮「他人の始まり」だろ。
それとこいつ、運動にうつつを抜かすあまり、離婚し子供たちも妻側に行ったっていうじゃん。
そんなご立派な人間かよ。
まして運動を通じて知り合った女といちゃついてたともいうぜ。
自分で書いた「弟を殺した彼と僕」って本に、しっかり書いてあったしな。
妻子2人を失った本村氏と比較になるかよ。
なんなら、原田と本村さんの対談でもさせてみたらどうだ?
面白い結果になりそうだなw
URL | 及川 正 #-[ 編集 ]
>原田のことはもういい加減にしろよ
>いつもこいつばっかりスター気取りで出て来てる
マスコミ(東京新聞)はもう原田さんの話を取り上げるなということですね。もう十分に原田さんの話を聞いている方にとっては、飽きてしまった感があるのかもしれません。ただ、誰もが原田さんの話を知っているわけではないですし、すでに何度も紹介されている人であろうと、声を上げている人に取材することは、報道機関の務めであろうと思います。特に、冷静さを欠いたように厳罰化が叫ばれている日本では、反対意見を述べる方は貴重でしょう。
もっとも、 及川正さんの意図は、原田さん以外の被害者遺族の声も聞きたいということかと思います。そこで、冤罪死刑となった事件での被害者遺族の話を含んだものをエントリーとしてアップしました。こちらをぜひお読みください。↓
「死刑――存廃を問う前に」(第2回):「福岡事件」死刑執行後も無実の叫び〜冤罪死刑もやむなしなのか?(東京新聞3月31日付「こちら特報部」より)
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-987.html
>兄弟なんて所詮「他人の始まり」だろ
兄弟は左右の手なり、ともいます(兄弟は左右の手のように互いに助け合うべきであるというたとえ)。必ずしも、兄弟は利害関係や結婚などによって、互いの情愛も薄れて他人のようになる、わけではないでしょう。まして、殺害されたとなれば。
>そんなご立派な人間かよ
この原田さんに関してではありませんが、某ブログの言葉を借りれば、「人間は完全ではありません」。
>妻子2人を失った本村氏と比較になるかよ
本村さんの場合、妻子とこれから長く人生を歩もうとしていたのですから、余計に悲しみは大きいと思います。ただし、身内のうち、誰が殺されたのかによって「遺族」を分けることは、適切ではないだろうと思います。兄弟は血を分けた者同士なのですから。
永山判決では、遺族の被害感情も死刑判断の基準に入ってますので、控える必要性は今のところありませんが。

