新しい記事を書く事で広告が消せます。
井原前市長が発議し、06年3月に住民投票が行われ、神奈川県の米軍厚木基地から空母艦載機部隊を岩国基地に移す計画に対する賛否を問い、「反対」が87.4%でした。この山口県岩国市にある米軍岩国基地への空母艦載機移転問題で、なぜか、大阪府知事選で初当選した橋下徹氏が「国の防衛政策に地方自治体が異議を差し挟むべきでない」と述べて同市が06年に行った住民投票を批判しました。
これに対し、前岩国市長の井原勝介氏(57)は2月1日、記者会見で「主権者である市民、国民が国政にものを言うのは当然だ。大阪でこういう問題が起きれば、国策だから府民の声は聞かないということなのか」と反論し、橋下氏も「憲法を勉強していただきたい」と譲らず、地方自治の在り方を巡ってバトルを繰り広げています。この問題については、数名の憲法学者などがコメントしていて面白いことになっているので、取り上げたいと思います。(2月4日追記:文献を明示しておきました)
1.asahi.com(2008年02月03日11時38分)
「橋下節に疑問の声「あんたこそ憲法学べ」 岩国住民投票
2008年02月03日11時38分
米空母艦載機移転をめぐり06年春に山口県岩国市が実施した住民投票に対する橋下徹・次期大阪府知事の発言に、憲法学者や政治学者らが首をかしげている。弁護士でもある橋下氏は、反論した前岩国市長の井原勝介氏を「憲法を勉強して」と痛烈に批判したが、「橋下さんこそ不勉強では」との指摘も出ている。
橋下氏の発言が飛び出したのは1月31日。3日告示の岩国市長選で艦載機移転容認派が推す前自民党衆院議員の福田良彦氏を応援するビデオ撮影に応じた後、「防衛政策に自治体が異議を差し挟むべきではない」「間接代表制をとる日本の法制度上、直接民主制の住民投票の対象には制限がある」と持論を展開。井原氏が「国民が国政にものを言うのは当然」と反論すると、1日に「憲法を全く勉強していない」などと再反論した。
橋下氏の発言に対し、小林良彰・慶大教授(政治学)は「この種の住民投票には法的拘束力がない。住民の意思の確認・表明なのだから、それを憲法が制限することはあり得ない」と指摘。「防衛は国の専権事項だが、基地問題は地元住民にとって生活問題だから、意見を言う資格がある。それは憲法が認めた言論の自由だ」と述べ、「橋下さんこそ憲法を勉強した方がいいんじゃないか」と皮肉った。
小林節・慶大教授(憲法)は「橋下さんは憲法を紋切り型に解釈しているのではないか」と首をひねる。「地域の問題について住民の声を直接聞いて、その結果を地方自治体の意向として国に示して実現を図っていい、というのが憲法の考え方だ」と言う。
奥平康弘・東大名誉教授(憲法)は「法的拘束力のない住民投票の是非について、わざわざ憲法を引き合いに出すこと自体が論外」と突き放した。「弁護士が『憲法』と言えば、いかにも説得力があるように聞こえるが、政治家として政治的な発言をしたまでのこと。人びとの注目を集め、目的は達成したんじゃないのかな」と冷ややかに語った。 」
2.憲法を学ぶ者はもちろん、法律の素人であっても「橋下氏こそ、もっと憲法を勉強しろよ!」と、即座に思ったに違いありません。
憲法学が専門でない、政治学専門の小林良彰・慶大教授にまで、
と皮肉られるようでは、弁護士を廃業した方がいいように思います。「橋下さんこそ憲法を勉強した方がいいんじゃないか」
(1) 橋下氏は、「防衛政策に自治体が異議を差し挟むべきではない」と述べていますが、その是非はともかく、住民投票の対象事項に限界があるのではないか、という議論自体はあることは確かです。
地方自治体の住民投票である以上、その対象事項は当該自治体の権限に係わるもの、すなわち、国の固有権限に含まれる事項(憲法改正、条約締結、全国レベルで問題となる法律の制定・改廃等)は住民投票の対象外であり、地方や住民に関係の深い事項(地方の行政組織の変更や地方の環境保全に関する問題等)に限られると解されています(辻村みよ子「憲法(第2版)」563頁)。
そこで、「神奈川県の米軍厚木基地から空母艦載機部隊を岩国基地に移す計画に対する賛否」は、国家の防衛政策に関わるといえるため、対象事項になるのか問題となるわけです。過去において、1996年8月新潟県巻町で原発を巡る住民投票が実施され(投票率88%、原発反対61%、賛成39%)、同年9月には日米地位協定見直しと米軍基地整理縮小の賛否を問う住民投票が沖縄県で実施され(投票率59%、整理縮小の賛成に89%)、こういう住民投票が対象事項外なのではないかが問題となりました。
この問題については、小林良彰・慶大教授が述べるように、「防衛は国の専権事項だが、基地問題は地元住民にとって生活問題だから、意見を言う資格がある。」として、「地方や住民に関係の深い事項」に当たるとして、住民投票の対象事項となるという理解がなされているのが一般的だと思います。
国家政策に関わる住民投票について、辻村みよ子・東北大学教授は次のように通説的な見解を述べていますから、小林良彰・慶大教授が述べていることは通常の解釈を示したものと判断できると思います。
「巻町の事例は国の原子力政策・エネルギー政策に関係し、また、沖縄の県民投票も日米安保条約に基づく地位協定にあり方が問題となったため、住民投票の対象となりうるか否かの議論が生じた。いずれも、一面では、国の固有の政策に関するものであるとはいえ、他面では、当該地方住民の利益や権利と深くかかわり、国は地方に協力を求める立場であるため、地方の対応如何が住民投票の対象になりうる事項であったと解される。しかも、住民投票が裁可型でなく、諮問型である以上、住民の意思を国の政策に反映させるために、これを対象として地方の意思を示すことは、地方自治の本旨からしても本来可能であると考えられる。」(辻村みよ子「憲法(第2版)」563頁)
このようなことから、橋下氏が「防衛政策に自治体が異議を差し挟むべきではない」と述べて、岩国市が行った住民投票を批判したことは妥当性を欠いているのです。
(2) このように、住民投票の対象事項だけに限れば議論はあることは確かです。しかし、06年春に山口県岩国市が実施した住民投票は、諮問型(投票結果が議会や長に対して単に助言的効果をもつに止まるもの)です。
住民投票制度には、裁可型(投票結果が議会や長への拘束的効力をもつもの)と諮問型(投票結果が議会や長に対して単に助言的効果にとどまるもの)がありますが、諮問型では住民投票の結果を尊重するにとどまり、地方議会や長の意思決定を拘束しないのです。
拘束しない以上、そのような諮問型住民投票では、地方議会や長の権限を法的に制約するものではないため、およそ憲法上の抵触は生じません。上記のように、わざわざ住民投票の対象事項につき論じてみましたが、諮問型の住民投票では、実のところ住民投票の対象事項の議論は意味がないのです。それで、小林良彰・慶大教授(政治学)や奥平康弘・東大名誉教授(憲法)は、次のように明言しているのです。
「この種の住民投票には法的拘束力がない。住民の意思の確認・表明なのだから、それを憲法が制限することはあり得ない」
「法的拘束力のない住民投票の是非について、わざわざ憲法を引き合いに出すこと自体が論外」
「論外」という強い言い方を読めば明白でしょう。このようなことからすると、橋下氏が岩国市が行った住民投票は憲法上問題があると批判すること自体、「論外」な主張だといえるのです。
なお、諮問型住民投票の効力について、ネット上では誤解があるようなので、触れておきます。
諮問型の場合、結果についての法的拘束力はないので助言的な問題提起にとどまることになりますが、事実上の拘束力は有する(=事実上、住民の意思に拘束される)とされています。なぜなら、諸条件を考慮して住民投票の実現に踏み切った以上、その結果が地方行政上に全く反映されないことは住民自治の趣旨に反することになるからです。
仮に住民投票の結果が尊重されない場合には、住民の意思に反する地方政治を排除するため、地方自治法で認められている首長リコールや議会解散請求手続に移行することが可能です。事実上の拘束力とはこのような政治的責任追及手段を伴う趣旨であるのです(辻村みよ子「憲法(第2版)」564頁)。
(3) しかも、橋下氏が述べるような「間接代表制をとる日本の法制度上、直接民主制の住民投票の対象には制限がある」という理屈は、どう考えても意味不明です。(=住民投票は代表民主制と矛盾・抵触し、代議制を弱体化させるので否定すべきという昔の主張はあったが、なぜ「間接代表制」が、住民投票を認めた上で「対象を制限する」という論理に結びつくのか、意味不明。思いつきで喋ったのでは?)
憲法は、地方議会議員のみならず、首長も住民の直接選挙により選ばれ(93条2項)、地方特別法につき住民投票を規定する(95条)など、地方自治では国政と異なって相当程度、直接民主制的制度を重視しているのです。
特に、憲法92条は「地方自治の本旨」に基づいて、地方自治の組織や運営を決定しなければならないとしており、この「地方自治の本旨」には、「住民自治」、すなわち、地方行政はその地方の住民の意思に基づいて自主的に運営されなければならないことを含んでいるのです。このように、地方公共団体は、地方自治の本旨に基づき、住民の意思に従って創意と工夫を凝らしながら地方政治にあたるというプランを描いているわけです。
ですから、住民投票は、直接民主制的制度を重視している地方自治にかなうものであり、地方自治の本旨と合致するものですから、住民の意思を聞く制度として活用することが期待されています。このような、憲法上の地方自治制度からすれば、地域の問題について広く住民の意思を問う方向へ理解することになるはずです。なので、小林節・慶大教授(憲法)も次のように述べています。
「小林節・慶大教授(憲法)は「橋下さんは憲法を紋切り型に解釈しているのではないか」と首をひねる。「地域の問題について住民の声を直接聞いて、その結果を地方自治体の意向として国に示して実現を図っていい、というのが憲法の考え方だ」と言う。」
橋下氏は、「間接代表制をとる日本の法制度上、直接民主制の住民投票の対象には制限がある」と述べていますが、間違って理解している(50年前の憲法論のまま?)としか思えません。
橋下氏に投票した大阪府民も、橋下氏におよそ憲法知識があると思って投票したわけではないでしょうから、どんなに憲法の知識が欠けていようとさほど気にしてはいないのだと思います。いわゆるタレント候補は無茶苦茶な発言を平気でするものであり、それを分かっていて知事として選んだはずですから。
(1) 橋下氏は大阪府知事選において当選しましたが、その公約への評価は次のようなものが一般的でしょう。
「橋下氏は「中小企業のセールスマン」を自任し、子育て支援の充実などを公約の柱に据えている。その内容をみると市町村の権限に属するものが多い。大阪市などとの役割をうまく整理しないと、二重行政による新たな非効率を生みかねない。」(日経新聞平成20年1月28日付「社説」:「社説2 新知事は府財政の再建を急げ(1/28)」)
このように選挙公約としては稚拙でした。結局は、政策よりも知名度、辛辣に言えば、テレビに出ているから選んだ(東京新聞平成20年1月29日付朝刊24面「こちら特報部」)、面白いから選んだといういわゆる「お笑い100万票」で当選したわけです。
(2) 橋下氏は憲法の知識もなく、選挙公約も稚拙でしたが、大阪府民は橋下氏に大阪府政の行方を委ねたわけです。
「さまよえる大阪人
テレビが知事を生む時代だ。とうとう大阪府知事選挙で現職最年少のタレント弁護士が当選した。当確の速報が出た直後、日本テレビ系の番組「行列のできる法律相談所」では、橋下弁護士が出演した収録VTRが早速流された。同じように橋下がレギュラーを勤めた番組がある。東京以外のローカルで驚異的な視聴率を誇る「たかじんのそこまで言って委員会」である。
次回からは大っぴらに顔を流すことだろう。島田紳助とやしきたかじん。広範な人脈と影響力を持つこの2人がバックにつけば怖いものはないと言われるが、その威力をまざまざと思い知らされる結果だった。「そこまで〜」の番組中に、やしきに対して大阪市長になればと冗談が飛んだことがあるが、本人がその気になれば実現しかねない。それほどの人気である。
経済と行政では最悪の大阪も、流出組を含めた文化人、芸能人のネットワークはすごい顔ぶれだ。芥川賞受賞の川上未映子もその1人である。さまよえる大阪人が故郷に結集すれば、さぞかし賑(にぎ)やかなことだろう。しかし、どんな人気者を以(もっ)てしても大阪の行政に染みついた体質改善は困難だろう。旧悪にしがみついているのもコテコテの大阪人だからだ。(元関西人)」(東京新聞平成20年1月29日付夕刊9面「大波小波」)
「さまよえるオランダ人」ならぬ、「さまよえる大阪人」が故郷に結集したとしても、「旧悪にしがみついているのもコテコテの大阪人」なのですから、「大阪の行政に染みついた体質改善は困難」なように思えます。
通常、知事選に立候補する方は、多くの時間をかけて、選挙公約を練り上げ、選挙区の住民の声を聞き、政策を訴えて理解を求めるものですが、橋下氏はほとんど何もないまま立候補し、当選しました。これで、どうやって橋下氏が大阪府政を一貫した考えで、「経済と行政では最悪の大阪」の建て直しをできるのだろうかと、思います。
しかし、大阪府民は橋下氏を選んでしまった以上、仕方ありません。こちらとしては、大阪府民でなかったことを幸福に思うだけのことです。
(3) 奥平康弘・東大名誉教授(憲法)は、岩国市の市長選に関する橋下氏の発言ついて次のように述べています。
「弁護士が『憲法』と言えば、いかにも説得力があるように聞こえるが、政治家として政治的な発言をしたまでのこと。人びとの注目を集め、目的は達成したんじゃないのかな」と冷ややかに語った。
弁護士というバッチを付けていても、憲法知識が皆無でしかも間違っているのであれば、実質的には法律家ではなく、単なるタレント(芸人)にすぎません。憲法知識のない政治家でもいいのだろうかという疑問もありますが、「政治家として政治的な発言をしたまでのこと」だったわけです。
「経済と行政では最悪の大阪」に専念することなく、岩国市の市長選にかまけている暇があるのだろうかと思いますが、今回の発言もタレント政治家である橋下氏の「話芸」であり、今後も「話芸」を続けていくことを示唆しているように思えるのです。
| #[ 編集 ]
正直、ノックさんが当選した時には、「よっしゃ、大阪人ようやった!」と快哉を叫んだのですが、ああいう不細工な結末。(ノックならやりかねん、とは思いましたが)
市長も知名度だけで、存在意味不明の元局アナだし。
今回は「まだ懲りんのかいな、大阪人!」と痛罵を浴びせたい。
URL | rice_shower #UXr/yv2Y[ 編集 ]
一部は見たことありましたが、これが「完全版」なんですね。ありがとうございます。
確かに、あまりにも一方に偏った裁判報道です。こんな報道を見ていたら、多くの市民の間に偏った見方が刷り込まれてしまうでしょうね。困ったことです。
>東京に住んで20年ですが、“アイデンティティは依然関西人”の私としては、お恥ずかしい限りで...。
橋下氏当選にがっかりしている関西の方も多数いることは確かです。東京新聞に次のようなコメントが出ていました。
「熊谷氏に投票した会社員(60)は『府民はいいかげん。知っているから、おもしろいからと入れた人が半分以上では』とタレント支持の広がりにへきえきとした表情を浮かべた。」(東京新聞平成20年1月29日付朝刊24面「こちら特報部」)
もう長く関西から離れているからご存知でしょうけど、関東では「おもしろいから」という感覚で投票する方は少数派でしょう。選挙も漫才のノリと同じ扱いなのは、どうにも理解できないですね。
>今回は「まだ懲りんのかいな、大阪人!」と痛罵を浴びせたい
あらら〜(^^ゞ そういう健全な意識をもっている方がいてよかったです。でも、今回の橋下氏の言動も「話芸」の1つとして楽しんでいるんでしょうか、大阪の方は。出馬宣言後、今までの問題発言を「話芸」として済ませてしまった点だけでも唖然としたのですが。
URL | rice_shower #UXr/yv2Y[ 編集 ]
>いつまでも「東京がなんぼのもんじゃい。
>大阪は大阪じゃ!
大阪独自の主張はアリだとしても、東京への対抗意識が強いように感じます。大阪での個人的な経験からしても。
しかし、東京の方では大阪での動向を意識することはほとんどありません。これは一般人の意識だけでなく、新聞報道も同じですね。今回の橋下発言も、東京版の紙面では未掲載ですから、たまたま見たブログで初めて知ったという感じです。
>浪花根性(格好良く言えばリバタリアニズム、かな)から脱却出来なかったツケが回って来ている
浪花根性からの脱却ですか……。できるのかな〜(^^ゞ
話は変わりますが、今日からテンプレートを変更しました。なぜだか従来のテンプレートが崩れてしまうので、変更せざるを得なくなったわけですけど。
自分は頭が悪いので、法律を十分理解する事はできませんが(^^;) 法律専門家は憧れますし、尊敬しております。そうでなくとも、高い知識を用いて色々な事象を検証していく様は、興味深い行為ですね。
一つ気になった点(些細ですが)、
「もう長く関西から離れているからご存知でしょうけど、関東では「おもしろいから」という感覚で投票する方は少数派でしょう。選挙も漫才のノリと同じ扱いなのは、どうにも理解できないですね。 」
の点は、あの都知事をもってしては、流石に主張は出来ないと思います。
石原慎太郎知事の選挙では、「あの裕次郎の兄貴だから」という理由で一票を投じた有権者もいまだに居たようです。
しばしばテレビに出演し、度重なる挑発的な発言、上から見下すような感覚、強力な自己顕示欲・・・橋下知事と構造が同じですよね。
最近、地方行政の長として、本当にふさわしいかどうか疑問をもたざるを得ない人が至極当選しやすいようで、少し心配です・・・。
URL | bj@通行人 #AplLnUro[ 編集 ]
| #[ 編集 ]
>高い知識を用いて色々な事象を検証していく様は、興味深い行為ですね。
社会問題の多くが何らかの法律と関連するので、このブログでは、新聞紙面では説明不足だったりする点について解説を行ったり、間違いを正したりしています。多くのエントリーで文献を引用していますので、図書館か何かで調べなおしてみるのもいいことだと思います。
法律論のレベルを下げることなく、しかもなるべく分かりやすく説明することを心掛けていますので、これを契機にして法律に親しんでみるのは如何でしょうか? 「通行人」にとどまらずにこれからも宜しくお願いします。
>石原慎太郎知事
数々の暴言も問題ですが、失政も問題です。経営不振に陥っている新銀行東京は、2月20日、筆頭株主である東京都による400億円の追加出資を要請し、都は400億円の追加出資を正式に決定だとか。困ったものです。
>最近、地方行政の長として、本当にふさわしいかどうか疑問をもたざるを得ない人が至極当選しやすいようで、少し心配です
そうですね。威勢のいいことを言うだけのタレント候補が当選しやすい現状は、妥当とは思えません。
千葉大学法経学部の新藤宗幸教授(政治学)は、「そもそも民主主義では政党政治が機能するのが健全な姿。政党が市民に信頼されていないし、自信もないから、知名度だけの人が出てくる。政治家は理念を持ち、その一方で利害関係を整理していく能力が必要」と述べ、中央と地方でともに進む政治の劣化を危惧しています(東京新聞平成20年1月29日付朝刊25面「こちら特報部」)。
こうした現状に対して、政党側が積極的に変えようとする意識がいささか乏しいのも問題ですが、有権者の側にも変えようという意識が乏しいのも問題であるように思います。
DHさんはいつも「言いすぎではないか」という批判ばかりですね。本当に言いすぎか否かは別として、そのようなご忠告、参考になります。隅々まで熟読して頂いていないとできないことですし。
DHさんがいつも「言いすぎかどうか」を気にする態度は、普段からなるべく穏便に事を済ませようと、繊細すぎるほど気にかけていることが感じられて興味深いです。ご自分が気にしていることを他人にも行ってほしいと、わざわざご忠告して下さるのですから、大変ありがたいです。ブログが「炎上」したりしないよう、常に注意下さっているのかもしれません。
ただ、法律論であればともかく「言いすぎである」か否かはどう判断するのでしょうか? 文章の意味は、文章を述べる背景や文章全体から判断する必要がありますし、価値観や主観に左右されやすいように思います。 「言いすぎ」であることを誰にでも納得できるほど客観性を持たせることは難しいように思います。
>これを契機にして法律に親しんでみるのは如何でしょうか? 「通行人」にとどまらずにこれからも宜しくお願いします。
そうですね、ご迷惑でなければ、ぜひ今後ともお邪魔させて下さい。
「慎太郎銀行」こと、新銀行東京の件、その通りですね!!どういう訳か話題にならない失政です(融資を受けている中小企業の気持ちを忖度しての事でしょうか?)。
政党政治のお話は、自分も同感です。本来は、民衆がもっと政党にコミットしていても良いはずですよね。でも、現実にはテレビ政治で参加した気分になってしまうし、親近感を持っている気分にさせられる・・・。
政治に参加する時間的余裕が無いのはわかるのですが、あまりにもテレビを信頼しすぎるのもどうかと感じます。日本人は、世界でも無類のテレビ好きだと言いますし・・・。
URL | bj@dy #AplLnUro[ 編集 ]
>ご迷惑でなければ、ぜひ今後ともお邪魔させて下さい
迷惑なんてことはありません。宜しくお願いします。
>「慎太郎銀行」こと、新銀行東京の件
>(融資を受けている中小企業の気持ちを忖度しての事でしょうか?)。
設立時の理念自体は、債務超過や担保不足の中小企業のためであって、良かったのだと思います。ですが、今は事情が変わってきましたし、「中小企業対策なら、都が信用保証協会と連携して制度融資を質量の両面で拡充すれば十分」(日経新聞2月22日付「社説」)ともいえそうです。
「融資を受けている中小企業の気持ちを忖度して」というよりも、石原知事自身が責任を問われたくないからのように思えますけどね。
>現実にはテレビ政治で参加した気分になってしまう
ああ、そうかもしれませんね。タレントが国会議員をやり込めたりしていますし。なんとなく分かった気にさせられてしまうのでしょう。
なかなかテレビから離れられないでしょうけど、テレビで見たタレント人物像をそのまま信用して、タレント候補者に投票するのだけは止めてほしいです。テレビでの発言などは、演技やシナリオに基づいて行っているのですから。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

