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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2008/01/07 [Mon] 01:21:06 » E d i t
「「代理出産への扉」(日経新聞12月24・31日付)の批判的検討(上)」の続きです。

1月18日追記:フィンレージの会につき解説を加えた)



1.これから引用する、日経新聞平成19年12月31日付朝刊19面「代理出産への扉(下)」では、代理出産を肯定した場合の論点を幾つか論じています。


どういう点を検討する必要があるかについては、以前論じたことがあるので(「根津八紘院長が代理出産法制化への私案を公表」参照)、そこから引用しておきます。

(1) 妊娠・出産が不可能な場合に限定するのか否か
(2) 代理母は親族に限定するのか、第三者にも広げるのか
(3) 第三者も代理母可能とした場合、第三者の斡旋方法

(4) 依頼者と代理母との法律関係の処理(代理母の必要費等)
(5) 出生した子の法的身分関係の処理
(6) 刑事罰の有無



(1)~(3)が代理出産を実施するうえで必要なことであり、(4)~(6)が代理出産から生じる法律問題です。すべての問題点について、原則として日本で代理出産を行う場合を予定しているのですが、(4)~(6)は外国で代理出産を行った場合も想定して判断する必要があります。

これらの問題点のうち、意思を示すことができず最も弱い立場にあるのが子供であり、「子の福祉」の重視が親子法制の基本原則であるため、(5)の点が最も重要です。


これらの観点を念頭において、以下引用する日経新聞を読んで下さい。
では、日経新聞平成19年12月31日付朝刊19面「代理出産への扉(下)」を引用します。



2.日経新聞平成19年12月31日付朝刊19面「代理出産への扉(下)」

謝礼・対象疾患…論点多く  子供の権利どう守る

 「悪用を防ぐ一定の仕組みが必要だ」――。日本学術会議の検討委員会が代理出産の是非について本格審議入りするのを控えた11月4日。国内で初めて代理出産を実施した長野県の根津八紘医師は記者会見し、営利目的での代理出産の実施などを罰則付きで禁止するよう求めた。

 容認を前提とした議論が始まった代理出産。だが仮に認める場合でも、多くの課題が手つかずのままで残されている。最初の論点は代理母となる女性をどう探すかだ。

 米国では代理出産をビジネスとして実施しているケースもあるが、日本は否定的な声が根強い。代理出産の容認を強く求める根津医師も、営利での実施を認めると暴力団などが関与しかねないと考えている。

 では誰が代理母の役割を担うのか。現実的なのは依頼主の姉妹などだ。ただ親族は出産後も依頼主らと頻繁に顔を合わせるため、関係が複雑になる懸念が残る。身内に「代理母を努めなければ」という心理的圧迫を及ぼす危険も指摘される。

 英国は無償ボランティアに限り代理母になることを認めている。日本では根津医師が4月、ボランティアを公募する構想を公表。当初は40人もの応募があったが、意思確認書を送ると一通も回答がなかったという。

 米国での代理出産あっせんを手掛ける鷲見侑紀さんは「ボランティアの根付いていない日本では無償の実施は難しい。臓器移植のように公的なあっせんの仕組みを作った上で、適切な謝礼を払う必要がある」と指摘する。無償が原則の英国でも、現実には生活費など実費名目で金銭がやり取りされるケースがあるという。

 依頼する側の線引きにも問題は残る。がんで子宮を摘出した女性などは同情を集めて社会の理解を得られやすい。しかし不妊患者団体フィンレージ会の鈴木良子さんは「共感できるかどうかだけで議論が進んでいないか」と疑問を投げかける。

 子宮があっても、癒着や習慣性流産など別の原因を抱えているため妊娠に至らない人は多い。心臓病などで体力的に出産に耐えられない女性もいる。こうしたなか、子宮がない女性だけを特別扱いする理由はあるのだろうか。学術会議の会合でも「合理的な境界を見つけるのは難しい」との意見が出たが、制限を設けなければ野放図な拡大につながりかねない。

 生まれる子供の権利をどう守るかも重要な課題だ。まず親子関係を法でどう定めるか。日本の民法は「子供を産んだ女性」が母親になるため、代理出産で生まれた子供は遺伝上の親である依頼主ではなく、法的には代理母の子供になる。

 聖路加国際病院・生殖医療センターの佐藤孝道所長は「子供が自分の出自を知りたいと思ったとき、アクセスできる最低限の仕組みを整えるべき」と訴える。代理出産に限らず、他人の精子を使う非配偶者間人工授精(AID)など、第三者を介する生殖補助医療によって生まれた子供が出自を知る仕組みづくりも手つかずのままだ。

 学術会議は代理出産の是非について結論を出してはいないが、立法が必要との点では一致した。既成事実の積み重ねで広がってきた生殖補助医療に初めて法の網がかぶせられることになる。

 代理出産は場合によっては家族関係を複雑にして相続問題を招く可能性がある。こうしたことから東京大学の米本昌平特任教授は「家庭裁判所が代理出産を希望する人に対して事前審査するようなことになるかもしれない。司法のあり方自体をも変えうる可能性がある」と話す。

 制度設計には国民の声を反映させる努力が欠かせない。だが、肝心の議論は生煮えのまま。来年1月に学術会議の結論がまとまった後も、社会的な議論を積み重ねる努力を欠かすことはできない。
--------------------------------------------------------
本田幸久、鳳山太成が担当しました。」






3.幾つかの点に触れていきます。

(1) 1点目。

「仮に認める場合でも、多くの課題が手つかずのままで残されている。最初の論点は代理母となる女性をどう探すかだ。

 米国では代理出産をビジネスとして実施しているケースもあるが、日本は否定的な声が根強い。……

 では誰が代理母の役割を担うのか。現実的なのは依頼主の姉妹などだ。ただ親族は出産後も依頼主らと頻繁に顔を合わせるため、関係が複雑になる懸念が残る。身内に「代理母を努めなければ」という心理的圧迫を及ぼす危険も指摘される。

 英国は無償ボランティアに限り代理母になることを認めている。日本では根津医師が4月、ボランティアを公募する構想を公表。当初は40人もの応募があったが、意思確認書を送ると一通も回答がなかったという。

 米国での代理出産あっせんを手掛ける鷲見侑紀さんは「ボランティアの根付いていない日本では無償の実施は難しい。臓器移植のように公的なあっせんの仕組みを作った上で、適切な謝礼を払う必要がある」と指摘する。無償が原則の英国でも、現実には生活費など実費名目で金銭がやり取りされるケースがあるという。」



代理出産を認める場合、多くの問題点を解決する必要があることは確かです。ですが、「最初の論点」が「代理母となる女性をどう探すか」というのは、妥当ではありません。なぜなら、ランダムに論じるならともかく、最も大事なことは「子供の福祉(身分・監護を安定させること)」であり、「出生した子の法的身分関係の処理」こそが最初に論じるべきことだからです。


それはともかくとして、この記事を読むと、「誰が代理母の役割を担うのか」という問題は、有償か無償かということと密接に関わる問題であることが分かります。

「学術会議検討委で、代理出産・条件付き容認論相次ぐ~とうとう代理出産(代理懐胎)“解禁”へ」で触れたように、無償に限定すると、第三者を代理母に選ぶことが事実上難しくなりますから、ほとんど近親者へ代理懐胎を依頼するケースしかなくなります。そうなると近親者へのプレッシャーが強くなり、事実上の強制を生む契機となってしまうのです。

また、妊娠・出産に関する実費(医療費、入院費、通院費、保険費用)、収入の減少への補填、妊娠に伴う生活費(タクシー代、衣服代等)といった面を考慮する必要があるので、代理母への金銭補償は不可欠です。

そうすると、米国での代理出産あっせんを手掛ける鷲見侑紀さんが述べるように、「臓器移植のように公的なあっせんの仕組みを作った上で、適切な謝礼を払う必要がある」ということなどが、現実的で妥当な結論であると考えます。



(2) 2点目。

依頼する側の線引きにも問題は残る。がんで子宮を摘出した女性などは同情を集めて社会の理解を得られやすい。しかし不妊患者団体フィンレージ会の鈴木良子さんは「共感できるかどうかだけで議論が進んでいないか」と疑問を投げかける。

 子宮があっても、癒着や習慣性流産など別の原因を抱えているため妊娠に至らない人は多い。心臓病などで体力的に出産に耐えられない女性もいる。こうしたなか、子宮がない女性だけを特別扱いする理由はあるのだろうか。学術会議の会合でも「合理的な境界を見つけるのは難しい」との意見が出たが、制限を設けなければ野放図な拡大につながりかねない。」



ネット上では、代理母依頼者及び代理母に対してヒステリックなまでに罵り、差別意識丸出しの侮蔑を言い続ける人々が少なくないのであり(本音としては、自己には子供がいることの優越感や、金銭面で生殖補助医療を断念したことからの妬み)、また、米国と異なり、法律、判例、支援体制が不十分なままなので、事実上、(実施にまで至る)代理母候補者は(近親者でなければ)ほとんど出てこないはずです。ですので、 「制限を設けなければ野放図な拡大につながりかねない」というのは杞憂に過ぎないでしょう。

仮に制限を設けるとすれば、どういう制限をすべきでしょうか?

妻が子宮を摘出するなど子宮機能が欠損しているなど様々な理由で不妊のため子供を持てない夫婦が、別の女性に子供を産んでもらうことが、本来的な代理出産なのです。ですから、子宮機能が欠損していることはもちろんとして、不妊夫婦であるという範囲で限定すればよいと考えます。子宮がない女性だけを特別扱いする合理性がなく、不妊の理由で区分する場合、「合理的な境界を見つけるのは難しい」からです。


なお、不妊患者団体フィンレージ会は、1985年に結成された、生殖技術すべてに強硬に反対するフェミニストグループと関連する属する団体であり、「子どもがいてもいなくても抑圧されず、差別されない社会」という甘い文句で、生殖補助医療をすべて拒絶する方向へ向けさせる団体といえます。

確かに、生殖補助医療をすべて拒絶する考えを持ては、子どもを設けることができなかった方への精神的な支えにはなるでしょう。しかし、子どもを欲しいと思う多くの夫婦と意見を異にする団体であって、不妊当事者の大多数の意見を代弁していないのです。フェミニズムが嫌悪されている日本において、生殖補助医療に関して、1980年代半ば当時のフェミニズム思想が重視するのか不思議でなりません。(ドイツでは、体外受精を行っている病院の爆破テロまで行った。そういった爆破テロとカトリック教会という宗教の介入によって、ドイツでは厳しい規制となった)

フィンレージの会のように1980年代半ばのフェミニズムに基づく団体(フェミニスト)は、女性の自己決定権として人工妊娠中絶の自由化を主張しているのに、代理出産の場合には否定することで自己決定権への制約を肯定するのですから、論理が一貫しておらず出鱈目な主張をしているのです。この当時のフェミニズムは、ほかの文脈では女性の自己決定権を強調しながら、この文脈でだけ社会的圧力を強調することは「言い逃れ」にすぎないのであって(柘植)、妥当ではないのです。もちろん、フィンレージの会や水野紀子教授はいまだに論理一貫しないフェミニズム思想のままですが。



(3) 3点目。

生まれる子供の権利をどう守るかも重要な課題だ。まず親子関係を法でどう定めるか。日本の民法は「子供を産んだ女性」が母親になるため、代理出産で生まれた子供は遺伝上の親である依頼主ではなく、法的には代理母の子供になる。」


  イ:ここでは親子関係をどう定めるかについて触れています。2点が重要です。

代理出産を認める法制にする場合は、血縁(依頼者の卵子)と分娩(代理母の出産)が分裂していることを法律上、肯定することを意味します。この論理を素直に理解すれば、すべての親子関係につき「分娩=母ルール」が妥当しないことを明記した立法を設けなければならないことも意味することになるわけです。

また、親子関係を定める立法をする場合、自然妊娠の場合のほかに、非配偶者間体外受精(AID)、代理出産(ホストマザー・サロゲートマザー)のすべてを考慮して定める必要があります(できれば死後生殖も)。親子関係は基本であり、親子関係の形成は明確でなければならないからです。


  ロ:では、こういった観点を踏まえつつ、親子関係をどう決定すべきでしょうか? 

日経新聞は、日本の民法は「子供を産んだ女性」が母親になると決め付けていますが、思考停止した考えであり、妥当ではありません。母親を決定する民法規定はなく、判例で「分娩=母ルール」としただけであり、最高裁判決も親子関係の定めは立法政策としているのですから、「分娩=母ルール」に限定しないよう、民法改正をすればよいだけの話なのですから。このように日経新聞は、代理出産問題が立法問題であるという当然のことを失念しているのです。

親の決定は、生物学的(遺伝的)な血縁が原則であり、血縁を第一に考え、例外はその他の要素(依頼者・協力者の意思、養育の責任)を加味することが妥当であると考えます(遠藤直哉「生殖補助医療支援基本法の制定の必要性――学術会議(生殖補助医療の在り方検討委員会)への申入書」法律時報80巻1号90頁)。分娩の事実は、出産した子と母との血縁関係を推定するものという位置づけで足りるというべきです。

なぜなら、日本民法は血族で親族関係を決定しているのですから、遺伝的な繋がりを基本として身分関係を定めているのであり、また、子供の福祉を重視するのが親子法制の基本原則ですから、その親子法制の基本原則を重視すれば、養育の責任をもつ者は代理出産依頼夫婦しかいないからです。

米国のブザンカ事件判決では、母も父も遺伝的繋がりのない場合でも代理出産依頼夫婦を、法律上の父と母と判断しており、米国の統一親子関係法は、この判例の結論を踏襲しています。これらの結論を採用した理由は、「子の福祉」を重視すれば、養育の責任を持つ者が代理出産依頼夫婦しかないということです。「子の福祉」を重視するのであれば、この米国の対応を参考にして、親子法制を定めるのが妥当だと思います。



(4) 4点目。

「聖路加国際病院・生殖医療センターの佐藤孝道所長は「子供が自分の出自を知りたいと思ったとき、アクセスできる最低限の仕組みを整えるべき」と訴える。代理出産に限らず、他人の精子を使う非配偶者間人工授精(AID)など、第三者を介する生殖補助医療によって生まれた子供が出自を知る仕組みづくりも手つかずのままだ。」


生殖補助医療を利用する夫婦の権利を重視するのであれば、産まれてきた子の出自を知る権利は、二次的権利として認められることになります(法律時報80巻1号92頁)。今まで、出自を知る権利がほとんど保障されていなかった原因は、AIDなど第三者を介する生殖補助医療によって生まれた子供に対して、何らの法律的保護を行ってこなかったことにもあるのです。

出自を知る方法としては、まず両親の同意がなければ無理であり(両親が子供に出自を伝えなければ分からない)、しかも協力者(精子提供者・卵子提供者・代理母)の同意も必要です。協力者の同意がなくても協力者であったことを暴露されてしまうとなると、協力者は皆無になってしまうからです。

「子供が自分の出自を知りたいと思ったとき、アクセスできる最低限の仕組みを整えるべき」という意味は、ことは、医療機関あるいは委託を受けた機関がカルテその他の記録を100年くらい長期間保存しておき(カルテの保存期間は5年)、両親が子供に出自を伝えた後、子供が医療機関あるいは委託を受けた機関にアクセスできるようにするということだと思います。そういう意味であれば、そのようなアクセス可能な機関の創設は妥当なことだと思います。



(5) 5点目。

「代理出産は場合によっては家族関係を複雑にして相続問題を招く可能性がある。こうしたことから東京大学の米本昌平特任教授は「家庭裁判所が代理出産を希望する人に対して事前審査するようなことになるかもしれない。司法のあり方自体をも変えうる可能性がある」と話す。」


代理出産は家族関係を複雑にするとの批判はあります。

しかし、前述したように、子供は代理出産依頼夫婦の嫡出子とすれば家族関係は明確であって、何ら複雑になりません。これに対して、離婚に伴う再婚、再々婚などは極めて複雑になり、養子、さらに特別養子の場合には、これこそ複雑な家族関係になります。

夫が妻以外との女性の間に婚外子を作れば、古典的な複雑化の1つであり、他方、妻が夫以外の者との間に子を作ると、分からないことが多いが、もし判明したらまさに複雑化するのです。これらの今在る現状の方こそ、生殖補助医療で産まれる家族関係よりも複雑なのです(法律時報80巻1号90頁)。このように、代理出産は家族関係を複雑にするとの批判は妥当ではないのです。

米本教授の見解はかなり意味不明です。家族法においては、裁判所(家庭裁判所)は身分関係の形成(例えば特別養子縁組)や財産管理に関与することが要求されているのですから(裁判所の後見的機能)、「司法のあり方自体をも変えうる」とまではいえないのです。おそらく、米本教授は、司法(裁判所)は、訴訟といった紛争を解決する機関だけであると誤解しているのでしょう。日経新聞は、発言内容の真偽を調べるべきでした。




4.「生殖補助医療の在り方検討委員会」は、 平成20年1月30日までに報告書を準備し、翌日31日に公開講演会を予定していますので(法律時報80巻1号88頁)、今月中に代理出産を含む生殖補助医療問題に関して方向性が決定されます。そのため、今月(1月)及び来月は、多くの報道機関が代理出産に関する記事を掲載するはずです。

(1) 日経新聞の法律関係の記事は真っ当なものが多いのに、今回の記事は実に酷いものでした。その根本原因は代理出産問題が立法問題であるのに、法律学者に一切コメントを求めていないことと、論外な学者にコメントを求めてそのコメントに基づいて記事した点にあると思います。

「生殖補助医療の在り方検討委員会」の委員に数名の法律学者を入れ、代理懐胎を中心に生殖補助医療をめぐる諸問題について、従来の議論を整理し、今後のあり方等について調査審議を行うことによって、今後の立法に寄与するものだということを、日経新聞(の今回の記者)は分かっていないようです。

今後の記事に期待することにします。



(2) この日経新聞からすると、自己決定権につき無理解な者が多々いるようです。そこで、自己決定権に対してどういう態度を取るべきかを指摘しておきます。この点について2つの立場があります。

<1>自己決定権が十分に行使できない現状では、代理出産を認めると近親者が代理母になることを強制されてしまうものと考え、自己決定権自体を否定することで、強制のおそれさえも排除しようとする立場をとるか、それとも

<2>自己決定権が十分に行使できない現状であるならば、代理母を強制されないよう十分な意思確認を行う手続きを設けるべきであるとする立場をとるか、

です。

参考になるのが生体臓器移植での対応です。生体臓器移植の場合近親者がドナーとなりますが、<1>ではなく<2>の立場を採用しています。



(3) また、代理出産の是非を判断する場合、「子供を持つということはどういう意味なのか」という点が根本的な問題です(「代理出産の是非を判断するに当たって必要とされる基礎知識~厚労省、「代理出産」で意識調査実施へ(日経新聞平成19年1月15日付)」参照)。2つの立場が考えられます。

<1>生殖自体、生物としての人(ヒト)の最も基本的な営みであり、子供を持つことは生殖として人間として本源的な欲求であると考える立場(→個人の自由の問題であるため、原則として代理出産は肯定)をとるか、それとも

<2>生殖問題は知識のある医師又は国家が患者に温情的に実施すべきものであり(パターナリズム=父権主義)、子供を持つことは国家・社会政策の一環であると考える立場(→国家の統制下・自由裁量下におかれる問題であるため、代理出産は原則として否定)をとるか、

です。

自由主義社会を是とするのか、それとも国家統制を是とするのか……。この根本的な問題からじっくりと考えてみて下さい。 

テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済

コメント
この記事へのコメント
代理出産
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくご指導をお願いします。
日本をどうしてもスエーデンのようにしたい人がいますね。
そこで住んだことがないので私には判断できません。アメリカ型も困るし、日本型を作らねばなりませんね。
2008/01/07 Mon 09:56:02
URL | マヨ #91CvM.Pg[ 編集 ]
>マヨさん
明けましておめでとうございます。今年もコメントなど、宜しくお願いします。


>代理出産
>アメリカ型も困るし、日本型を作らねばなりませんね。

アメリカは判例や立法があり、世界中から代理出産希望者が集まり実施例も豊富なので、法律的・医学的にも実に参考になります。試行錯誤を重ねて今に至ったという経験は貴重です。
アメリカでの実例を参考にして、良い所だけを取り入れる姿勢で臨みたいですね。医学にしても何もしなければ進歩はないのですから。
2008/01/08 Tue 07:11:58
URL | 春霞 #ExKs7N9I[ 編集 ]
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