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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2007/12/29 [Sat] 23:59:14 » E d i t
修学旅行中の児童の電車内における行動について、どの程度問題にするべきでしょうか? この点に触れた、日経新聞夕刊の連載記事「クラスルーム」を紹介したいと思います。著者は「学校研究会」であり内容からして、学校関係者のようです。


1.日経新聞平成19年12月28日付夕刊12面「クラスルーム」欄

揺れる規範意識 先生も見て見ぬふり

 修学旅行2日目の夕方、教育委員会から電話が入った。班別行動中の小学六年生の行動に対し、女性旅行者から苦情電話があったという。

 「たまたま乗り合わせた観光地の電車内で小学生が暴れまわり、騒いでいた。傍若無人ぶりにあきれた。大学生らしき人が注意をしたが従わない。しかもそばにいた教員と思われる数人は、注意することもなく知らん顔。本当に腹が立った」。女性の苦情は、ざっとこんな内容だったという。

 修学旅行に行く前には、「班別行動では、一般の旅行者の方々に迷惑をかけないように、最低限の公共のルール、マナーは守りなさい」と、何度も口を酸っぱくして指導してきた。

 子供たちも分かってくれたと思っていたので、にわかには信じられず、「どうして本校の児童だとわかったのですか?」と聞き返した。近くにいた児童の荷物から市の名前がわかり、学校名の一字も特定できたので、教育委員会に電話をしてきたということらしい。

 どうやら、本校の児童にほぼ間違いないようで、私は愕然(がくぜん)とした。残念で、涙が出そうになった。最高学年の六年生の修学旅行といえば、小学校教育の最終的な仕上げだ。今回の行動で、本校の教育すべてが否定されたような気がした。

 すぐに、修学旅行を引率している校長に連絡を取り、事実を伝えると、やはり驚いた様子で、「何も報告は聞いていない」という。校長が帰校後に、詳しく調査することにして電話を切った。その日の夜、帰校した引率教員から情報を集め、次の登校日に六年生からも話を聞いた。情報を総合した結果、「問題の電車に本校の教員と児童が乗り合わせていたことは事実だが、騒いでいて注意されたのは他校の児童」とわかった。

 引率教員に苦情を伝えると、「私たちも注意すればよかったのですが、他校の児童だったので二の足を踏んでいる間に時間が過ぎてしまいました」と肩を落とす。本校の児童ではなかったことに一安心したものの、釈然としない思いが残った。

 子供の規範意識の低下が深刻だ。規範意識は学校だけでなく、家庭や地域が果たす役割が重要だといわれるが、教員でさえ、他校の児童の行儀の悪さに見て見ぬふりをしてしまうところに、問題の根深さがある。今回の“事件”を題材に、保護者会や地域の住民会議などで、しっかり議論したいと思った。 (学校研究会)」





2.確かに、規範意識の低下は大人に限らず子供も同様です。だから、

「子供の規範意識の低下が深刻だ。規範意識は学校だけでなく、家庭や地域が果たす役割が重要だといわれるが、教員でさえ、他校の児童の行儀の悪さに見て見ぬふりをしてしまうところに、問題の根深さがある。」


という結論に頷く気持ちはありました。


(1) しかし、この結論は果たして妥当なのでしょうか?

「修学旅行2日目の夕方、教育委員会から電話が入った。班別行動中の小学六年生の行動に対し、女性旅行者から苦情電話があったという。

 たまたま乗り合わせた観光地の電車内で小学生が暴れまわり、騒いでいた。傍若無人ぶりにあきれた。大学生らしき人が注意をしたが従わない。」



東京に住んでいると修学旅行中の児童によく出会いますが、電車などで乗り合わせる乗客はまず誰も注意したりしません。経験則上、修学旅行中の児童は騒がしいものだという認識をもっているので、注意するまでもないと許容しているからです。学校名や服装を見て「ずいぶんと遠くから来たみたいだ。元気が良いね、いい思い出になるといいね」と温かく見守る気持ちにさえなります。修学旅行は生涯一度きりの大事な経験なのですから。かえって、細かく注意し続ける教員の声の方が五月蝿く感じるくらいです。

そうすると、児童が「騒いでいた」といっても、どの程度の騒ぎなのでしょうか? 騒音かどうかは受け止め方次第の面があるばかりか、観光地の特殊性を知らない、いつもその観光地にいない「女性旅行者」(と注意した大学生らしき人)だけが五月蝿く感じた可能性が高いのではないか、と思えるのです。ですから、問題視するほどの騒音ではなかったように思うのです。

この女性旅行者は、「近くにいた児童の荷物から市の名前がわかり、学校名の一字も特定できたので、教育委員会に電話をしてきた」そうです。確かにあまりにもひどく騒ぎまくる児童もいることは確かですが、どんなに許容できないいくら騒いでいたからといって、学校を調べて注意をすることまでするのは、あまりにもエキセントリックのように思うのです。



(2)  では、教師は他校の児童にまで注意をするべきなのでしょうか?

「引率教員に苦情を伝えると、「私たちも注意すればよかったのですが、他校の児童だったので二の足を踏んでいる間に時間が過ぎてしまいました」と肩を落とす。本校の児童ではなかったことに一安心したものの、釈然としない思いが残った。」


教員は、法律上、その自校の児童に対して責任を負担していますが、他校の児童に対しては責任を負担していないのですから、いくら他校の児童が騒いでいたからといって注意する義務はありません。注意するべきだとしても、単に一般の大人としてマナーを守れと忠告するべきという、倫理的な責任でしかないのです。

このコラムの著者は「釈然としない思いが残った」そうです。責任感の強さは感じますが、そこまで責任感を持つことは心理的にも負担になるように思います。教師は社会にいる児童すべてに対する教師でもなく、警察官でもないのですから。




3.問題となった児童の五月蝿さは不明ですが、修学旅行中という児童にとって最も楽しいひと時だと分かっていながら、地域住民でもない旅行者は、児童の騒がしさを許せないのです。その場に一時しかいなかった女性旅行者が、児童の学校を調べて文句を言うことまでするのは、ギスギスした日本社会を象徴しているように思います。

他方で、どれほど五月蝿かったのか不明なのに、注意を受けたことによって「他校の児童の行儀の悪さに見て見ぬふりをしてしまうところに、問題の根深さがある」とまで考え込み、しかも「今回の“事件”を題材に、保護者会や地域の住民会議などで、しっかり議論したい」として、多くの方たちまで巻き込んで議論しなければならないと思ってしまうのです。この修学旅行中の児童の行動や教師の行動は、そこまで問題視するほどのことだったとは思えないのです。このコラムの著者は学校関係者なのでしょうが、ここまで怯えなければならないほど、教師は心理的に追い込まれてしまっているのだろうと、心配になりました。


このコラムの著者は、「他校の児童の行儀の悪さに見て見ぬふりをしてしまうところに、問題の根深さがある」としていますが、そこまで根深い問題ではないように思います。教師は全能の力があるわけでもなく警察官でもないので、普通の市民であれば、教師が他校の児童まで注意をしてほしいとまでは思っていないはずですから。

また、「今回の“事件”を題材に、保護者会や地域の住民会議などで、しっかり議論」することは悪いことではないでしょうが、やはり何もしないで終わるという結論以外は考えにくいのです。一教師にとっては、(学校と親との就学関係上)自校の児童の安全や管理が優先であって、乗り合わせた児童すべてを注意することは無理なのですから。


一生のうちで大事な経験である修学旅行中の児童の騒ぎを許せないほど寛容さを失った市民と、もしかしたら理不尽な注意ではないかと思えるのに、怯えたように対応を迫られ、対応しようとする学校。このままでいると、今後ますます騒音に過敏になっていくでしょう。本当にこのままでいいのでしょうか? 寛容さを失った世界は、ある意味規律正しいのかもしれませんが、とても住みやすい世界ではないと思うのです。

テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

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コメント
この記事へのコメント
青春の後姿を、人はみな忘れてしまう
 はじめまして
 件のご婦人も幼児、小学生、その後とこの修学旅行生と同じようなことをしていたでしょうに。尋ねれば『私は違~う、ブンブン』というでしょうけど。過剰に心が狭い、攻撃的・他罰、棚上げ、それとも自分へのしつけの厳しさに対するルサンチマン(あたしだって、あの子たちみたいにはしゃぎたかったのようっ!)を八つ当たり?不義を糺す自己の絶対正義性に陶酔?ああ、恥ずかしいと言おうか、葛藤が少なくて羨ましいと言おうか、なんともはや。
 『教育は(人権ではなく)、サービス(選べる替わりに対価が必要だが)』だの、『説明責任(右翼議員に対する)』だの(自分たちを批判する教員を押さえ込むための)『教師バッシング』などで、こういうときには、教委は校長のせいにし、校長は教員のせいにする(お前の指導がなってないからだ!)。 
 まあ、でも06教基法では、『不当な支配』は親も含めた教育行政の「外部」がすることになっているので、『モンスターペアレンツ』『給食費・幼稚園費』に見られるように、教員を黙らせるために『権利に目覚めた(煽って付け上がらせた)』親(以外も含めて)を今度は黙らせて、(ボクちゃんたちだけに)『美しい国』を作ろうとするでしょう。その過程で、イジメ撲滅を唱えつつ一層、『水に落ちたと認定された犬』をぼこぼこにする不寛容で嗜虐的な社会になりそうで嫌になります。
2007/12/30 Sun 14:16:04
URL | L #-[ 編集 ]
>Lさん
はじめまして、コメントありがとうございます。


>青春の後姿を、人はみな忘れてしまう
>件のご婦人も幼児、小学生、その後とこの修学旅行生と同じようなことをしていたでしょうに。尋ねれば『私は違~う、ブンブン』というでしょうけど

「青春の後姿を、人はみな忘れてしまう」というのは、実に的確なご指摘です。

誰だって、修学旅行では電車内などで騒ぎまくり多くの人に迷惑をかけた経験があったはずです。子供にとっては、それもまた一つの学習なんですよね。大人はそれを見て、子供と接する態度を学ぶことにもなるのです。


>不義を糺す自己の絶対正義性に陶酔?ああ、恥ずかしいと言おうか、葛藤が少なくて羨ましいと言おうか

注意の仕方として、最も効果があるのはその場ですることです。大学生らしき人が注意して聞かなかったとしても、エントリーで紹介した女性旅行者も、納得させるように注意すれば良かったのです。相手は小学生なのですから。学校を調べて告げ口するようなマネはちょっと陰険だな~と感じます。
2007/12/31 Mon 23:16:57
URL | 春霞 #ExKs7N9I[ 編集 ]
承認待ちコメント
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2012/03/01 Thu 08:16:22
| #[ 編集 ]
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