1.ところで、「読売新聞:関西発・特集・問われる腎移植」をみると分かりますが、病気腎移植が騒動になったのは11月2日からだと分かります。
「病気腎を移植11件 大半は親族以外…愛媛・宇和島徳洲会病院の万波医師
生体腎移植手術に絡む臓器売買が明らかになった宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)は2日、過去に実施した生体腎移植で、病気のため摘出した腎臓を別の患者に移植したケースが11件あったという調査結果を発表した。病院関係者は、これらの腎臓は良性腫瘍(しゅよう)や動脈瘤(りゅう)などの病気で摘出されたものとしているが、他の腎移植医らによると、病気の腎臓を移植することは医学的にあり得ないという。臓器売買という法的な面だけでなく、移植手術そのものも大きな問題となりそうだ。(以下、省略)」(2006年11月03日掲載 読売新聞)
このブログで、病気腎移植について最初に触れたエントリーは、「「異端」の2医師の「独自の道徳観」は許されないのか?~毎日新聞11月20日付の記事批判」(2006/11/21(火) 18:02:21)ですから、このエントリーで論じ続けてほぼ丸一年になったわけです。報道機関が触れなくなっても、個人のブログは関心がある限り(閉鎖もせずにいれば)ずっと発信し続けることができますから、こういったことは報道機関と異なるブログの強みといえそうです。
病気腎移植騒動から1年経過したということで、東京新聞「こちら特報部」の片山夏子記者が、万波医師、10年前に「尿管がん」を修復した腎臓移植を受けた林秀信弁護士、万波廉介医師、呉共済病院の光畑直喜医師、香川労災病院の西光雄医師、フロリダ大学移植外科の藤田士朗准教授へのインタビューを行い、記事になっていました(東京新聞平成19年11月24日付朝刊20・21面「「病気腎移植騒動から1年 万波誠医師らに聞く」)。そこで、この記事を紹介したいと思います。
その前に一言。
なぜ万波医師ら病気腎移植を行っていたかというと、ドナーを切実に必要とする患者がいるのに、死体腎移植が圧倒的に不足しており、生体間腎移植にも問題点があるためでした。このブログでは、ほとんど腎臓移植に限って触れてきていますが、ドナー不足は腎臓だけに限らない問題であることは誰しも承知のことだと思います。
しかし、世界的にもドナー不足、しかも日本は世界に比べて深刻なドナー不足の現状において、日本政府はほとんど有効な手立てをとってきていません。「臓器移植法施行から10年~法改正の審議も必要だが、提供意思を生かせる態勢は?」で触れたように、臓器移植法は「3年をめどに見直すとの条文がありながら、国会はこの10年間放置したまま」ですし、現状において、臓器提供者の提供意思を生かせる態勢は十分ではないので、たとえ法改正したとしても臓器提供者が増加するとは思えないのです。
要するに、日本政府はどれほど患者が苦しもうと死んでしまおうとも、法改正もせずに、現行の臓器移植法を生かすような環境整備もしない……。結局、何もしていないのです。
これから引用するインタビューを記事を読んでも、病気腎移植に批判的な思いを持つ方もいるかもしれません(もっとも、このブログの愛読者は病気腎移植を否定することはないでしょうが)。しかし、ドナー不足解消のために何かをすることが急務なのですから、ただ批判をしたところで何も解決しないのです。批判をするのならばドナー不足解消のための実効性のある具体策を提言しないのであれば、無責任な言動にすぎないと思うのです。
ドナーを切実に必要とする患者のために、「目の前に患者がおるんじゃから、何とかしてあげないと。それが医療じゃないか」と問いかける万波医師の言葉、移植を待つ患者の気持ちなど、じっくり読んで頂きたいと思います。
「病気腎移植騒動から1年 万波誠医師らに聞く
■解禁ならすぐにでも
■「生きる権利の1つに」
宇和島徳洲会病院(愛媛県)の万波誠医師(67)らによる病気腎移植が、賛否をめぐる議論を引き起こしてから1年がたった。国は「医学的に妥当性がない」として手術を原則的に禁止する指針を打ち出したが、手術に取り組んだ医師、移植を受けた患者らの間には、今も割り切れない思いが残っている。海外の学会で病気腎移植の有効性をアピールするなどして活路を探る、万波医師らに話を聞いた。 (片山夏子)
◆問い合わせ 月に2、3回
着古した白のTシャツに両そでをまくった白衣。手術を終えたばかりの万波医師は、いつものスタイルで現れた。
“騒動”で一躍、名前が全国に知れ渡ってから、かえって移植手術を希望する患者が殺到。病気腎移植はストップしたが、生体間移植は、多いときには週に2回のペースでこなした。今は月に3、4回だが、問い合わせは途絶えないという。
「病気腎移植をしてほしいと患者からの問い合わせも月に2、3回ある」。逆に、4センチ以下のがんでも「小さくても不安」と腎臓摘出を望む患者から、「使えるなら使ってください」と言われることもある。「死体腎は何年待ってもこない。ドナー(臓器提供者)もいない。困り果てて患者がくる」と万波医師は言う。
「(病気腎移植は)国や学会が原則禁止と決めたのだから、できない。でも適切な手続きを踏み、できるようになるのならば、今すぐにでもと思う。目の前に患者がいるのに救えない。透析がうまくいかず、つらい思いをしている患者を見ると、どうしようもない気持ちになる」
オーストラリアでも、泌尿器科の医師を中心に11年前から、3センチ以下のがんで患者が摘出を望んだ場合、移植に使っていることを知った。万波医師らががんや動脈瘤(りゅう)の腎臓など病気腎移植を始めたのが17年前。昨年までに42例を行ったが、オーストラリアではがんの腎臓だけでこの夏、この数を超えた。
「毎日捨てられる腎臓をみている泌尿器科の医師なら、誰でも思いつく方法なのではないか」と同医師。
日本でがんで摘出される腎臓が毎年2000ともいわれることをあげ、「診断技術の発達で小さいがんが発見されるようになったが、小さくても不安だと摘出を望む患者は少なくない。オーストラリアで、がん(にかかった腎臓)だけで(病気腎移植を)やっているのはわかる」と話す。
◆「生体間」は最後の手段
ドイツの学会で病気腎について発表した時、中国やインド、韓国の医師が強い興味を示してきた。来年1月の米国移植外科学会では、優れた演題として表彰される10の中に選ばれた。
「世界的に臓器不足は深刻。どうしたら可能性を広げられるかという姿勢で聞いてくる。日本ではやることなすこと全面否定されたが、新しい方法として検証する姿勢があれば…。海外からの流れで、日本でももう1度検討されるようになればと思う。(厚生労働省は)臨床研究の道は残っているというが、どうしろというのか。この重圧の中で始めることはできない」
生体間移植は最後の手段であるべきだと主張する。これまで家族や夫婦、兄弟の間の移植で、人間関係が崩れるのを何度もみてきた。「親族間でドナーになることを承諾するのも断るのもつらい。健康な体を傷つけて腎臓を摘出し、新たに病人をつくることになる。その上、うまく生着すると限らない。透析に戻る患者の落ち込みようは見ていられないほどつらい。生体間の移植は酷。助かりたいと思うと家族を傷つけなくてはならない」と声を落とす。
死体腎の移植が増えれば一番いいが、厳しい現状は変わっていない。「ドナーと患者が了承していれば、病気腎はいい方法だと思う。患者にとって道は多いほどいい。目の前に患者がいるなら、なんとかして救おうとする―それが医療じゃないのか」
◆10年前移植「体調いい」
「もう10年たったんか」。岡山市内の林秀信弁護士(54)の事務所で、万波廉介医師(61)は相好を崩した。万波誠医師の実弟で、右腕となって病気腎移植に取り組んだ医師だ。林さんは45歳の時に、尿管がんの腎臓の移植手術を受けた。
37歳で透析を開始。初めの1、2年は普通に生活ができたが、頭がひどく重く、不眠に悩まされるようになった。仕事で本を読もうと思っても数分と続かない。人付き合いもできなかった。週3回、1日5時間の透析で仕事も食べる分だけ。「死ぬことばかりを考えていた。寝る時はこのまま、眠りから覚めませんようにと願った」
3年後に妻・綾子さんの腎臓を移植した。しかし拒絶反応を起こし1ヵ月後に摘出。「あの時は本当につらかった。自分のために犠牲を払って支えようとしてくれた、かあちゃんのために生きなきゃと思ったが、つらく、死んだ方がましだった」。そんな時に廉介医師から「病気腎が出たら知らせる」と言われた。
「その一言だけが希望だった。ひたすら待った」という林さんに連絡が来たのは2年後。「尿管がん」と聞いて驚いた。「まさか」と思ったが、「がんの大きさは4センチ以下で再発や転移の可能性が非常に低い」という説明を聞き、「何かあればすぐに摘出する」と言われて心が決まった。
「勝手に10%や20%は再発の可能性があると想像していた。だが、再発したなら運が悪かったと。透析でも5年、10年は生きられたかもしれないが、命だけ続けていてもしょうがない。これ以上、しかばねのように苦しいだけの人生を生きたくないと思った」
移植後は何でもした。マラソン、水泳、ダイビング…。ピアノも習った。透析生活の8年間のブランクに戸惑うこともあった。「個人的な人間関係はほとんど切れてしまっていた」。だが、10年たった今も体調はいい。「結果は最高です」
この1年、自らの体験を話してきた。「透析生活がどういうものか。透析で生き続けるより、たとえがんになったとしても、1年でも2年でも普通の生活をしたいという人は多いと思う。少しでも移植の可能性が増えればと思ってきた」と林さん。病気腎移植について「医療としての可能性を検証するというよりも、万波医師らの移植がいいか悪いかだけで検討されたように感じる。透析がどのくらいつらいかは、患者しかわからない。生物学的に生きているだけなのか、本当の意味で人生を生きているのか。一般医療と同等に扱うかは別として、リスクがあることを知り、それでもいいという患者に選択の道は残してほしい」と言う。
廉介医師も「新しい治療法はたたかれる。だが、どうしたら確立できるか育てる方向で検討してほしい」と訴える。
◆厳しい体制 手順は必要
「瀬戸内グループ」と呼ばれた、他の医師はどうか。呉共済病院の光畑直喜医師(59)は倫理委員会に厳しくかける体制をつくり、先月から移植再開。香川労災病院の西光雄医師(59)もマニュアルを作り直し、近く生体間移植を再開する。病気腎はやめたが、何とか道をという思いは変わらない。
フロリダ大学移植外科の藤田士朗准教授(51)は、万波医師らと病気腎移植の成果をまとめ、ドイツ、フランス、米国など各地で発表してきた。「世界的な臓器不足の中で、諸外国はどう移植の可能性を広げるかを必死で模索している。病気腎のことも、すぐ採用しようというのではなく、可能性としてどうかを見ているのだろう。私自身、フロリダで実施することを検討している」と説明する。
藤田准教授は言う。「世界の流れと逆行して、日本では生体間移植もむしろ狭める方向を感じる。今、移植を望む患者にとって希望がない。病気で臓器を摘出する時、摘出が決まってから、移植に関係のない医師がドナーの可能性を説明するなどの手順は必要だが、その上で移植を希望する患者がリスクを理解していれば、患者の生きる権利の1つとして病気腎の道を残してもいいのではないか」
<デスクメモ>
林さんは術後生存10年の記念にタオルを作った。「VIVA 10TH」の文字で抑えきれない喜びが伝わるが、ここに登場するのが「Restored Kidney」という言葉だ。「修復腎」とでもいうのか。なるほど「病気腎」という言葉には、あまりに配慮がなさ過ぎた。この方がずっといいですね。(充)」
3.記事では触れていないのですが、基本的な事項として1つ。「現実には、死体腎や脳死腎の多くは傷んでおり、健康的な腎臓は少ない」ので、「だから、ドナーの腎臓の多くは、病腎とあまり変わらない」のです(「万波誠医師を支援します」さんの「優先されるべきは患者を救うこと(3)」(2007/11/21 20:00))。だから、病気腎移植は特殊な臓器を移植するわけではないのです。
(1) いくつかの点に触れていきます。まず1点目。
「“騒動”で一躍、名前が全国に知れ渡ってから、かえって移植手術を希望する患者が殺到。病気腎移植はストップしたが、生体間移植は、多いときには週に2回のペースでこなした。今は月に3、4回だが、問い合わせは途絶えないという。
「病気腎移植をしてほしいと患者からの問い合わせも月に2、3回ある」。逆に、4センチ以下のがんでも「小さくても不安」と腎臓摘出を望む患者から、「使えるなら使ってください」と言われることもある。「死体腎は何年待ってもこない。ドナー(臓器提供者)もいない。困り果てて患者がくる」と万波医師は言う。」
どんなに報道機関が万波医師らを批判しようとも、患者は正直です。「かえって移植手術を希望する患者が殺到」しており、「病気腎移植をしてほしいと患者からの問い合わせも月に2、3回ある」くらいなのですから。おそらく、腎不全の改善ため他の病院に長年通院していたはずなのに、万波医師のところに手術を頼みに来るのですから、万波医師への信頼の高さが伺えると思います。
万波医師らの行為は、ドナー保護に欠けているといった批判もありました。しかし、病気腎移植が否定された今でも「4センチ以下のがんでも『小さくても不安』と腎臓摘出を望む患者から、『使えるなら使ってください』と言われることもある」のですから、どこがドナー保護に欠けているのだと言いたくなります。摘出そして他の人の移植に使うことを希望するドナーがいるというのに(「病気腎移植問題~病気腎元患者は「摘出誘導なく、納得している」と証言」も参照)。
(2) 2点目。
「オーストラリアでも、泌尿器科の医師を中心に11年前から、3センチ以下のがんで患者が摘出を望んだ場合、移植に使っていることを知った。万波医師らががんや動脈瘤(りゅう)の腎臓など病気腎移植を始めたのが17年前。昨年までに42例を行ったが、オーストラリアではがんの腎臓だけでこの夏、この数を超えた。
「毎日捨てられる腎臓をみている泌尿器科の医師なら、誰でも思いつく方法なのではないか」と同医師。
日本でがんで摘出される腎臓が毎年2000ともいわれることをあげ、「診断技術の発達で小さいがんが発見されるようになったが、小さくても不安だと摘出を望む患者は少なくない。オーストラリアで、がん(にかかった腎臓)だけで(病気腎移植を)やっているのはわかる」と話す。」
オーストラリアの移植事情については、「病気腎移植現地(オーストラリア)ルポ~東京新聞7月23日付「こちら特報部」より」、「“ブリスベーンの風”移植先進地からの報告~産経新聞7月24・25・26日付より」などで詳しく触れたとおりです。
オーストラリアでは、がんを修復した腎臓移植「症例は死体腎からの3例を含め、計43例になる」のですが、「がんの再発や転移、拒絶反応による摘出は今のところない」のです。日本移植学会は、がんを修復した腎臓の移植は「絶対禁忌」扱いしているのですが、どこに「絶対禁忌」といえる科学的根拠があるのでしょうか。
日本移植学会の高原史郎・大阪大教授は、万波医師らの病気腎移植に関して「生着率、生存率が低く、がん患者からの腎移植は特に顕著だ」と調査結果を表明していましたが、それは病気腎移植を否定する結論を導きたいための捏造データでした(「日本移植学会の高原史郎・大阪大教授、「病腎移植は生着率、生存率が低い」と発表~すでに他の医師による報告がありますけど?」、「国際腎不全シンポジウム開催(4月17・18日)+日本移植学会公表の生存率はインチキだった?(産経新聞より)」)。オーストラリアでは、43例すべて問題が生じていないことからも、高原史郎・大阪大教授による調査結果が捏造データだったことを物語っています。
病気腎移植は、多数の臨床経験に基づいて編み出したものですから、多くの移植をこなしている医療現場は理解できても、「大学教授が中心で、必ずしも臨床経験は多いとはいえない」学会の会員には理解不能だったのでしょう(「“病気腎移植、学会・現場にギャップ”朝日新聞「ドキュメント医療危機」より~散々批判しておいていまさら遅すぎ!」)。ですが、捏造データに基づいて病気腎移植を否定するほど、悪質だった事実は残ったのです。
(3) 3点目。
「ドイツの学会で病気腎について発表した時、中国やインド、韓国の医師が強い興味を示してきた。来年1月の米国移植外科学会では、優れた演題として表彰される10の中に選ばれた。
「世界的に臓器不足は深刻。どうしたら可能性を広げられるかという姿勢で聞いてくる。日本ではやることなすこと全面否定されたが、新しい方法として検証する姿勢があれば…。海外からの流れで、日本でももう1度検討されるようになればと思う。(厚生労働省は)臨床研究の道は残っているというが、どうしろというのか。この重圧の中で始めることはできない」」
海外では評価され、実施もされている病気腎移植であり、万波医師らの病気腎移植の論文は「米国移植外科学会では、優れた演題として表彰される10の中に選ばれた」ほどのものなのです(「病気腎移植、米移植外科学会で発表へ~万波医師らの発表は優れた演題の十傑に」)。
これに対して日本では病気腎移植を全面否定ですから、臨床研究の道があるというのは単なるリップサービスにすぎず、誰も「この重圧の中で始めることはできない」のです。
結局、日本政府や日本移植学会は、ドナー不足解消のため、何の具体策も行おうとしないのです。これでは、健康で文化的な生活を営む権利を保障した生存権(憲法25条)の理念を実現しようとする意識がないといわざるを得ないのです。
(4) 4点目。生体間移植の問題点です。
「生体間移植は最後の手段であるべきだと主張する。これまで家族や夫婦、兄弟の間の移植で、人間関係が崩れるのを何度もみてきた。「親族間でドナーになることを承諾するのも断るのもつらい。健康な体を傷つけて腎臓を摘出し、新たに病人をつくることになる。その上、うまく生着すると限らない。透析に戻る患者の落ち込みようは見ていられないほどつらい。生体間の移植は酷。助かりたいと思うと家族を傷つけなくてはならない」と声を落とす。 (中略)
3年後に妻・綾子さんの腎臓を移植した。しかし拒絶反応を起こし1ヵ月後に摘出。「あの時は本当につらかった。自分のために犠牲を払って支えようとしてくれた、かあちゃんのために生きなきゃと思ったが、つらく、死んだ方がましだった」。」
生体間移植の問題点については、「親族ドナーだって難しい~東京新聞12月7日付「こちら特報部」より」(2006/12/08(金) 23:31:34)で詳しく触れているとおりです。他にも、「岐路に立つ脳死移植 生体ドナー 後遺症不安」(2006年9月18日 読売新聞)、「命をつなぐ 臓器移植法10年 (3)ドナーのケア 置き去り」(2007年10月14日 読売新聞)という記事もあります。
このように、本来ならば生体間移植は最後の手段であるべきなのですが、圧倒的に生体間腎臓移植が多いのです。もっとも、改正臓器移植法運用指針では生体移植に関する規定を新設しました(「改正臓器移植法運用指針を通知~病気腎移植が原則禁止に」(2007/07/17(火) 06:35:39))。この生体移植に関する規定だけは実際の運用に沿ったものであり適切なものでしょうが、世界の傾向とは逆行して日本では「生体間移植もむしろ狭める方向」を示していることは確かです。
(5) 5点目。
「藤田准教授は言う。「世界の流れと逆行して、日本では生体間移植もむしろ狭める方向を感じる。今、移植を望む患者にとって希望がない。病気で臓器を摘出する時、摘出が決まってから、移植に関係のない医師がドナーの可能性を説明するなどの手順は必要だが、その上で移植を希望する患者がリスクを理解していれば、患者の生きる権利の1つとして病気腎の道を残してもいいのではないか」」
「患者の生きる権利の1つとして病気腎の道を残」すことは、患者の自己決定権(憲法13条)の尊重そのものです。病気腎移植を認めてほしいということは、ドナー及びレシピエント双方に強制的に手術を行うというのではなくて、深刻な臓器不足の現状に鑑みて、レシピエントが生きるために、ドナー及びレシピエントの自己決定権を尊重してほしいというだけのことです。
病気腎移植は、「技術的には熟練した移植医なら誰でもできる手術」(産経新聞平成19年7月24日付朝刊29面「ブリスベーンの風 移植先進地からの報告(上)」)ですから、万波医師ほどの技量がある医師であれば可能であり、どういった病気腎であれば移植可能なのか、臨床経験豊富な医師の判断が必要になるとはいえ、(妥当な調査結果によれば)病気腎移植は良好な結果が出ているのです(「国際腎不全シンポジウム開催(4月17・18日)+日本移植学会公表の生存率はインチキだった?(産経新聞より)」)。このようなことから、法的にも医学的にも、病気腎移植を否定する理由はないはずなのです。
4.林秀信弁護士は、術後生存10年の記念にタオルを作り、そこのは「VIVA 10TH」の文字とともに、「Restored Kidney」という言葉が書かれているそうです。
「徳洲新聞No.588[2007(平成19)年9月24日]1面「国際泌尿器科学会議」で病腎移植を発表 検証データを基に藤田助教授が講演」という記事によると、9月4日、フランスのパリで開催されていた「第29回国際泌尿器科学会議」で、米フロリダ大学の藤田士朗助教授が病腎移植について発表を行ったそうです。そこで、藤田助教授は次のように説明しています。
「今回はヨーロッパや中近東、アメリカ、アジアなど世界各地から医師が参加しており、各国の移植医療事情も絡んで活発な討論となりました。東ヨーロッパや中近東では、倫理委員会やインフォームドコンセント(十分な説明と同意)の規定などが緩やかであることを再認識しました。
また、これまで病腎移植を“Diseased Kidney Transplant(病的な腎臓の移植)”と表現していましたが、死体腎移植と紛らわしいこともあり、“Restored Kidney Transplant(修復された腎臓の移植)”との演題で発表しました。これは、リチャード・ハワード元米移植外科学会会長と相談して、少しでも肯定的なニュアンスにすることで病腎移植に対する偏見を取り除きたい、との期待を込めたものです。今回、日本からは呉共済病院(広島県)の光畑直喜医師と徳洲会の万波簾介医師も参加されました。発表後、光畑先生が『病腎移植が日本から世界に広がってくれれば』と語っておられたのが印象的でした。日本の厚生労働省や諸学会の先生方にも、澄んだ目で病腎移植を見ていただきたいと思います」
このように、今後は病気腎移植については、「病気腎」という言葉ではなく「修復腎」という言葉に置き換えて論じた方がよいかもしれません。諸外国と異なり、日本では病気腎移植と聞いて「病気のままの臓器を移植する」と勘違いする医師や国民がいそうですから。
テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済
東京新聞の記事の紹介ありがとうございました。片山記者の取材記事が患者や医師の思いをよく伝えていただいています。
月1回万波先生に検診を受けますが、移植スタッフから昨年より手術の回数が増えたと言うことも伺っています。週1の手術が週2になることもたびたびあるそうです。
技術に裏付けされた信頼です。患者にはよく分かるのです。
また難波教授が提唱されたレストア腎(修復された腎臓)も適切な呼び名だなあと感心しています。広く定着して欲しいものです。
最後に林弁護士の最近の小論文をTBさせていただきました。
明日25日宇和島で講演していただきます。楽しみです。
とにかく米移植外科学会での論文評価により、万波先生の治療が日本でも正当に評価されることを信じております。
URL | hiroyuki #-[ 編集 ]
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>東京新聞の記事の紹介ありがとうございました
東京新聞さんはずっと言及しつつけてくれるので大変有難いです。特に、「こちら特報部」の記事は、関東地方以外の方にも広く読むことができればいいのですけど。
>月1回万波先生に検診を受けますが、移植スタッフから昨年より手術の回数が増えたと言うことも伺っています。週1の手術が週2になることもたびたびあるそうです
大変な手術数をこなしているんですね。個人での腎移植の手術数について、以前から日本一とされていましたけど、もうどれ程の手術数になっているのでしょうね。
万波先生は、学会からは厳しく批判されていましたが、治してほしい患者にとっては、誰が信頼できるか分かっているわけですね。犯罪者のごとく非難し、病気腎移植を全面否定した、あの病気腎移植騒動は何だったのだろうか、という感じがします。
非公開コメントですので、一部のみ引用する形にさせて頂きます。
>春霞様のブログも……
私のブログの紹介、ありがとうございます。大変気恥ずかしいですが。今後とも宜しくお願いします。
>賛否はどうあれ、厚生労働省の一度受理した内容を後から「違反です。」はないだろう。それが通ると後から違反をこじつけて、行政処分がし放題。権力の横暴ですがな
同感です。
修復腎移植を保険適用はないとしていたのであれば、違法と評価することも、行政側の態度とすれば仕方がない面があるとは思います。しかし、病院側は確認を求めて、それに対して厚労省は保険適用ありと受理したのですから、その信頼を反故にするのは不当です。予測可能性に反しますし、禁反言の原則に反するからです。
保険適用外となれば、修復腎移植を受けた患者の診療も保険適用外になりかねず、影響力が大きすぎます。厚労省は患者の命をなんだと思っているのだろうか、と怒りを覚えます。
>マスコミも無視、怖い世の中になったものだ
東京新聞くらいですね、修復腎移植が保険適用外になることの問題点を取り上げているのは。東京新聞の記事を引用して、医師たちがブログにおいて抗議の声を上げていたりします。
修復腎移植を保険適用外とすることや、保健医療機関指定・保険医登録の取り消しは患者や地域住民に与える影響力が大きすぎるため、修復腎移植の是非をはるかに超えた問題です。修復腎移植の賛否を問わず、マスコミで取り上げるべきだと思うのです。
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