FC2ブログ
Because It's There
主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
09« 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30. 31.»11
スポンサーサイト 
--/--/-- [--] --:--:-- » E d i t
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 *  TB: --  *  CM: --  * top △ 
2007/11/23 [Fri] 17:41:56 » E d i t
大連立騒動構想については、賛否が分かれていますので、考える材料を提供する意味でもう1度触れておきます。


1.仕掛け人だった読売新聞は当然賛成ですが、朝日新聞もこのブログで紹介したように全面否定ではなく、日経新聞もまた同様でした。ですので、全否定を表明するのは全国紙では毎日新聞くらいであり、また、一部の政治学者も全否定するという状況でした。まずは、それらの記事を紹介しておきます。

(1) 毎日新聞平成19年11月19日付朝刊2面

 「発信箱:幻でよかった=与良正男

 もし、自民党と民主党が大連立に合意していたらどうなっていたか、考えてみる。今ごろ、福田康夫首相、小沢一郎副総理、○○相は民主党の……といった顔ぶれの内閣が着々と仕事を進めていただろうか。

 答えはノーだ。合意といっても、まず連立に向けた政策協議を始めることを確認するに過ぎない。恐らく両党の協議が続き、新聞には連日「調整難航」とかの見出しが躍っていたと思う。

 9年前の自民・自由連立を思い出す。当時の小渕恵三首相と小沢・自由党党首が連立合意したのは1998年11月19日。その後、憲法解釈をどうする、議員は何人削減する、と暮れまで決着がつかず、連立内閣が発足したのは明けて1月14日だった。「国連平和活動参加の基本原則」(今とテーマは変わらない!)など肝心な点は先送り。関係者の疲労感だけが目立ったと記憶する。

 今度はもっともめていただろう。例えば小沢氏の国連中心主義に自民党が納得すると思えない。自民党内には不満がたまり、福田首相は逆に追い詰められていたかもしれぬ。両党協議のため国会は閉会。際どい調整は国民の目がとどかぬ密室で進んだ可能性も大きい。そんな状況で政治空白が続く--。

 政策は与野党の立場から堂々と国会の表舞台で論じればいい。向いている方向が同じなら譲り合うことも必要。どうしても一致できない点は無理に妥協することはない。衆院選で有権者の選択に委ねればいいのだ。

 その方が今の政治を一歩、先に進める近道である。「幻の大連立」に終わってよかったとつくづく思う。(論説室)

毎日新聞 2007年11月19日 東京朝刊」



(2) 朝日新聞平成19年11月6日付朝刊21面

疑問だらけの「大連立」 小沢・民主代表の辞意表明に寄せて――後房雄・名古屋大学教授(政治学)

 小沢一郎氏は、小選挙区制の導入による日本政治の2大政党化を一貫して主導してきた政治家である。しかし、93年の細川自民連立政権の樹立と、そのもとでの小選挙区導入という大きな成功以後は、失敗の連続であった。(中略)

●ありえない選択

 小選挙区制型の民主主義がどういうものかは、4回の総選挙、とりわけ05年の郵政総選挙を通じて有権者に明確に理解されるに至っていると思われる。

 各小選挙区でどちらの政党に議席を与えるかの選択を通じて、有権者は政権を選択するのである。だからこそ相対第1党になった党に得票率を超える過半数の議席を与える意味がある。マニフェスト(政権公約)の配布が公職選挙法でも認められたこともあって、政権選択選挙は日本でも定着しつつある。

 こうした状況で、自民党と民主党という二大政党が大連立を組むことは、小沢氏が推進してきた政治改革構想からしてありえないはずである。

 大連立の代表的な事例はドイツにおけるもので、66年から69年で続いているキリスト教民主同盟・社会同盟と社会民主党による大連立である。

 これは、第1党でも過半数の議席が獲得できない比例代表制のもとでこそありうる選択肢でああるが、ドイツにおいても、通常は第1党が第3党などとの間で連立を組んできた。いわんや、小選挙区のもとでの大連立など、戦時などの非常時においてしかありえない。

 小沢氏は、福田首相が安全保障について「きわめて重大な政策転換」を行ったことを大連立の理由に挙げているが、そうした共通の政策を実現するのならば、与野党間の合意で行えばよいのであって、連立政権を作る必要はない。

 民主党提出の法案を成立させることや民主党の政権担当能力を示すことも理由に挙げているが、それらは次の総選挙で過半数を獲得したうえでなすべきことである。

●二大政党の意義

 自民党との大連立、さらにはその後に予想される政界再編は、有権者の間にようやく定着してきている「政権を選挙で選択する」という小選挙区制民主主義のイメージを崩してしまいかねない。政権のもう1つの選択肢としての民主党イメージも崩壊するだろう。(以下、省略)

------------------------------------------------------------
うしろ・ふさお 54年生まれ。著書に『政権交代のある民主主義――小沢一郎とイタリア共産党』『「オリーブの木」政権戦略』など。」




これらは、大連立構想自体ありえない選択肢であるというものであり、典型的な主張でしょう。

なお、後房雄・名古屋大学教授は、「第1党でも過半数の議席が獲得できない比例代表制のもとでこそありうる選択肢」としていますが、ドイツは比例代表制だけではないので、明らかに間違った理解です。ドイツの国会議員の選挙制度は、「連邦議会議員の半数の299人は小選挙区比較多数得票主義によって選ばれ、残りの半数は比例代表制によって選ばれる」(選挙制度研究会編『わかりやすい公職選挙法〔第14次改訂版〕』(平成19年、ぎょうせい)321頁)からです。

2.では、本当に「幻でよかった」のでしょうか。日本の選挙制度が採用する小選挙区制ではありえない選択肢だったのでしょうか。大連立が行われたドイツの状況と比較した論説を2つ紹介しておきます。


(1) 読売新聞平成19年11月6日付朝刊15面「小沢代表辞意表明・緊急談論」

大連立の意義 説明を――加藤秀治郎(かとうしゅうじろう)氏

 衆参ねじれの状況を打開するため、自民党と民主党の大連立は1つの選択肢だと思う。小沢一郎氏はそれに向かって決断したということだが、大連立への反発が強い政治風土があるため、うまくいかなかった。小沢氏は福田首相(自民党総裁)とは協議したが、民主党、そして、国民への説明を欠いていたと言える。小沢氏は自分と民主党内の意識のずれを埋める努力をもっとすべきだった。

 衆参ねじれの下で、国政を動かすために、もっと早く党首会談をやるべきだった。大連立のほかには、自民党が衆参解散の時期を明示したうえで、自民、民主両党が政策協議で協力するという方法もあった。

 しかし、衆参ねじれを解消できるのは、次期衆院選で民主党が勝った時だけだ。民主党が負ければねじれは解消しない。そうなれば、やはり自民、民主両党の大連立しかないだろう。

 今回の自民、民主両党の大連立をめぐっては、選挙制度との関係で困難だという指摘もある。衆院の小選挙区制の下では両党が戦うからだという。しかし、大連立をやり、選挙区調整や選挙協力をせずに選挙を行うというのは、外国の例からみておかしくない。

 大連立のドイツでもそうだが、連立を組んでも、選挙によって単独政権を目指すのが普通だ。連立政権では、与党各党は協力しつつも、政権内で競争し、党の主張を訴えて選挙を戦う。与野党の立場での競争とは異なるが、政権や影響力増大を目指して競争することに変わりはない。

 連立を組んだら、選挙協力するのが当然という日本の議論は、中選挙区制の議論を引きずった考えだ。現在の自民党と公明党の連立では選挙協力をしているが、これは大きい政党と小さな政党だからできるわけで、変則的なものだ。

 小沢氏が代表辞任を表明し、今後の展開は不透明だが、民主党が分裂しないことを望む。小沢氏らが離党して、自民党と組むという予想もある。しかし、選挙のたびに、多数派を形成するために、党分裂―政界再編ということが繰り返されることは避けるべきだ。政党本位の政治を確立する必要がある。

 こういう事態になった今では、衆院選前の大連立は無理だろう。だが、自民党は衆院解散の時期を約束して民主党に協力を求める。民主党も新テロ法案など重要課題で協力できることは協力すべきだろう。衆院選後もねじれが続いたら、両党が大連立を組むことはあっていい。

 その際に必要なのは、国民の理解を得るよう努力することだ。参院で与野党が逆転すると国政がどうなるのか、ということは、国会議員でさえ今回初めてわかった。一般国民がよくわからないのは当然だ。衆参ねじれの下で、なぜ大連立が必要なのかを、丁寧に説明する必要があるだろう。(聞き手・編集委員 尾崎和典)

-----------------------------------------------
東洋大教授。専門は比較政治学、現代日本政治。著書に「日本政治の座標軸」「ドイツの政治・日本の政治」など。58歳。」



(2) 毎日新聞平成19年11月19日付朝刊13面「<現代>を読む」

「大連立」問題 40年前の事例と日本政治の貧弱

 今から40年前の西ドイツ(当時)では、SPD(ドイツ社民党)党首ウィリー・ブラントが、大連立をいぶかる地方党幹部と党員を前に、次のように演説していた。「この大連立は愛の結婚でも婚前妊娠でもなく、政治の実践的問題なのである」

  □  □  □

 当時の政治状況を確認しておこう。戦後ドイツは、「キリスト教民主同盟(CDU)国家」と呼ばれるほどに、保守のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)による長期政権が続いていた。経済的豊かさの中で労働者層の先細りは明らかであり、最大野党たるSPDは59年に「バード・ゴーデスベルグ綱領」を採択、いち早く階級闘争路線からの脱皮を図って国民的政党(「包括政党」)へと生まれ変わっていた。

 地方のCDUは連立パートナーであるFDP(自民党)の下野に伴い、政権を失いかけていた。そこで、66年にCDUのエアハルトとSPDのブラントは「大連立」に合意、こうして議席の8割を占める巨大政党が生まれたのである。

 ブラントの狙いは明白だった。変革を遂げたSPDは政権担当能力を獲得しつつあったが、これを証明するには与党とならなければならない。しかし政権を獲(と)るためには能力を証明しなければならない。このジレンマを解決するためにも、政権の一角を担うというリアリズムが必要とされたのである。このCDUとSPDによるキージンガー大連立政権は、ブラントを副首相兼外相として迎え、数々の政策的課題を成し遂げる。中でも、占領軍が保持していた非常大権を主権として取り戻し、ドイツなりの「戦後レジームからの脱却」を果たしたことは歴史的な意味を持った。

 重要なのは、連立後にもたらされた結果である。69年の満期解散で、SPDは第1党として議会に復活し、FDPとの連立によって戦後初の政権交代を実現させる。そして、ブラントは首相就任演説で「もっとデモクラシーを!」と叫び、若者を中心とした熱烈な支持を受けたのである。彼は東方外交による冷戦緩和に傾注し、71年にノーベル平和賞を授かる。

 小沢一郎・民主党代表が、果たして冷戦構造の残滓(ざんし)がある日本のブラントたらんとしようとしたのか、そもそもそれが可能だったのかどうかは解(わか)らない。しかし、90年代の政治改革で「抽象的命題の拡大主義」(丸山眞男)として小選挙区制を導入し、二大政党による「対立の政治」を疑義のない「善なるもの」として信じてきた政治家とマスコミ世論によって、小沢戦略は到底受け入れられるものではなかった。もちろん大連立が政治を効率化させるという一般的命題も成り立たない。メルケル政権だけでなくオーストリアの大連立のように、構成与党が合意に達しない政治領域は棚晒(たなざら)しにされるという弊害を持つ。このことはすなわち、勝者と敗者を生み出すがゆえに、両者の恒常的な交代でしか機能しない二大政党制を意識的に選択し、日本のデモクラシーを後戻りできない形で完成させるという重い責任を担うことを意味している。

   □  □  □

 小選挙区制は二大政党制を招きやすい、という経験則を発見した政治学者デュヴェルジェは他方で、デモクラシーとは<対立>だけでな<協調>、<支配>だけでな<抵抗>もはらむ双面神ヤヌスのごとくであると指摘している。ブラントは、このヤヌスを自家薬籠中(じかやくろうちゅう)の物とすることができたゆえに「実践的問題」を口にすることができた。それは、他国の戦争にどう協力するかを目的として唱えられた構想でもなければ、ヤヌスの片方の顔をことさらデモクラシーの本質であるかのように信じる無邪気さとも無縁である。こうして日本政治は、ちまたの安易な他国比較とともに、ますます幼稚で貧弱なものになっていく。

 天空の門衛であるヤヌスはまた、開始と変革を象徴する1月を司(つかさど)るローマ神である。審判がこの月に下されるとして、それが本当に福音といえるのかは、それほど確かなことではない。

-----------------------------------------------------
吉田徹 よしだ・とおる 北大潤教授(欧州比較政治)。1975年生まれ。東大院博士課程を経て学術博士。共著に『アクセス地域研究2』など。」




これらを読んでどう思ったでしょうか?

「大連立のドイツでもそうだが、連立を組んでも、選挙によって単独政権を目指すのが普通だ。連立政権では、与党各党は協力しつつも、政権内で競争し、党の主張を訴えて選挙を戦う」ことも可能なのだから、大連立をやり、選挙区調整や選挙協力をせずに選挙を行うというのは、みておかしくないのです。

小沢代表は、ブラントと同様に、民主党が政権担当能力があることを証明するために大連立に賛同したのですが、「90年代の政治改革で『抽象的命題の拡大主義』(丸山眞男)として小選挙区制を導入し、二大政党による『対立の政治』を疑義のない『善なるもの』として信じてきた」マスコミ世論は受け入れなかったのです。この論説により、マスコミ世論の理解はおかしなことであったと、理解できたのではないでしょうか。

「ヤヌスの片方の顔をことさらデモクラシーの本質であるかのように信じる無邪気」な考えはもう止めるべきでしょう。巷にあふれている、大連立は「幻でよかった」とか、小選挙区制ではありえない選択肢であるとか、日本の選挙制度下においては大連立は採用し得ないという考えは、皮相的な見方のように思うのです。

もちろん、読売新聞のように、大連立構想のみが正しいかのような報道をし続け、大連立構想が挫折するや民主党批判を繰り広げる社説を掲載し続ける(党首会談 これでは「参院無用論」が出る(11月23日付・読売社説))ことは、もっと愚かしい言動であることは確かですが。

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

政治問題 *  TB: 0  *  CM: 0  * top △ 
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/tb.php/679-91fb008e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。