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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2007/11/14 [Wed] 20:18:43 » E d i t
「鳩山法相放言問題~死刑廃止団体が参加しての「死刑勉強会」も、いつもの陳情と変わらず……。」において、鳩山邦夫法相は11月9日、死刑制度の廃止を求めている保坂展人衆院議員(社民)や学者、市民団体関係者らを法務省に招いて意見交換し、元最高裁判事の団藤重光氏(94)の代理人が文書を手渡した、との記事を紹介しました。

「死刑廃止を唱えている元最高裁判事の団藤重光氏は、高齢のため代理人が出席。「死刑は日本の文化に合っている」とする鳩山法相の主張に対して「日本は伝統的に死刑を好まず、死刑を行わない時代が長かった」などとする文書を手渡した。」(朝日新聞平成19年11月10日付朝刊33面)



1.戦後(現在に至るまで)の刑事法学(刑法、刑事訴訟法)において、最も傑出した業績を残し多大な影響力を与えた人物は誰かと問われれば、ほとんどの研究者・法曹関係者が団藤重光博士と平野龍一博士を挙げるはずです。記事中では、「元最高裁判事」という肩書きのみですが、そんな肩書きが霞むほど団藤重光氏が刑事法学に残した業績は輝かしいものなのです。鳩山法相は、団藤重光氏がどれほど重きを置かれている人物か知らないのでしょうが、団藤氏がどんなメッセージを渡したのか、ぜひ知りたいと思っていました。

「保坂展人のどこどこ日記」さんは、「團藤重光さんから鳩山法相にあてたメッセージ」(2007年11月13日)において、この団藤重光氏のメッセージの全文を掲載していましたので、引用・紹介したいと思います。このメッセージは、東大准教授の伊東乾氏が、鳩山法務大臣との「死刑執行に関する勉強会」のために、団藤氏から聞き取ったものを文書化したものだそうです。




 「なぜ死刑は廃止されねばならないのか ―――死刑問題勉強会のために
 
日本は古来、死刑を行わない時代が長かったことを多くの国民は知っているでしょうか。昔の記録に残っています。平安時代、嵯峨天皇の810年に藤原仲成が誅されてから、「保元の乱」の勃発で1156年に再開されるまで、実に300年以上にわたって死刑は停止されていました。

そもそも唐から輸入された「律令」を手本に大宝・養老律令を制定したとき、日本では法定刑を中国よりも一、二等軽くしたものが多いのです。818年には盗犯について死刑を事実上廃止しています。

遣唐使を廃止し、日本ならではの文化が栄えた「国風文化」の時代、日本には死刑がありませんでした。日本の文化は古来、伝統的に死刑を好まず、忌まわしいものとして避けてきました。

これを、トマス・モアの時代の15,6世紀のイギリスと比べると、違いは顕著です。あちらでは無数の窃盗犯が片端から死刑になっていたわけですから、大変な差があります。

『保元物語』に「国に死罪を行えば、海内に謀反の者絶ず」とあるように、こうした死刑の長期停止には、殺生を戒め、慈悲を本旨とする仏教の影響もあるのかもしれません。

これは明治以後に西洋近代法学が輸入される直前までの、伝統的な日本文化全体に通じます。私は陽明学に深く影響を受けましたが、江戸時代初期の陽明学者、熊沢蕃山は

「君子の治世は殺を用いず」「仁君は法を乱すを慎みたまえ」「人を殺すに政をもってするは、刃より甚だし。刃は限りあり。不正の殺は限りなし」と語っています。

 死刑、つまり人間が人間を殺す刑罰は、法の名のもとに決して存在してはならない、という共通認識が、21世紀の今日、国際的に合意されています。EUを初め国連加盟国の大半が死刑を廃止し、フランスは2007年、憲法によって死刑を禁止しました。

なぜ死刑はあってはならないのか? 

それは要するに人間性に反するからです。生命は天の与えたもの、人間が決して作り出すことができないもので、これを人が奪うことは決して許されません。
死刑は大変にむごたらしい、きわめて残酷な刑罰です。
 
さらに学術的な二つの理由で、死刑はあってはなりません。

ひとつは裁く側の人間の可謬性です。人間に完全ということはない、必ず誤りを犯すのが人間であり、その人間が、取り返しのつかない死という刑罰を科すことはできません。

可謬性の問題は私の友人でナチス・ドイツの惨禍に遭われたユダヤ系科学哲学者、サー・カール・ライムント・ポパー博士が第二次世界大戦後に、詳細に論じています。
 
いまひとつは、裁かれる側の人間の主体性、すなわち悔悟による変化、矯正の可能性です。重い罪を犯した人が、悔い改めて聖人になる例も歴史上数多く存在しています。
   
そうした可能性をすべて奪う死刑は、あってはなりません。この「主体性理論」については、私の「死刑廃止論」第六版(有斐閣)で詳細に論じました。

 日本国憲法の下で死刑が合憲とされた最高裁判例は、戦争犯罪者に死刑を宣告する極東軍事裁判がまだ進行している昭和23年に、苦渋の元で下されたものでありました。

人が人を殺すことを容認することは、憲法を含め、あらゆる法律以前にあってはならないものです。これは各国別に異なる憲法によって定められるような水準の問題ではなく、もっと深い人間性に根ざすものです。

一国の憲法の制度がどうあろうとも、つまり日本で言うならば欽定憲法の時代でさえも、死刑は本来あってはならなかったものだと私は思います。旧憲法時代、私はまだ死刑廃止論には到達していませんでしたので、残念ながらそのような主張をしませんでした。しかし、大日本帝国憲法の下でも、死刑は廃止されねばならないものだったと思います。

 昨今、民心を寒からしめるような残虐な犯罪の報道を多く目にしますが、「汝、殺すなかれ」は個別の法を超えた絶対的な命題です。

これを国が率先してこそ、民心も安定します。EUを初めとする死刑廃止国の現状すべてが、その成功の証拠となっています。

 以上から、死刑は絶対的に廃止されなければならないものであると結論します。

2007年11月8日 94歳の誕生日に 団藤重光」


*上記文書は、11月9日、鳩山法務大臣との「死刑執行に関する勉強会」に筆者が準備の上、持参したものである。もし表記に瑕疵があれば、すべては筆者の責任である。(談・校正、聞き取り文責:伊東 乾)

 


2.鳩山氏は、朝日新聞によるインタビュー記事において、次のような妄言を吐いていました(「衆院法務委員会での鳩山法相の発言を検討~刑訴法475条2項「6箇月以内」の期間延長の要否」参照)。

 「――国際的には、死刑廃止や執行停止の流れが加速しています。

 十二分に承知している。ただ、私には死刑廃止論はドライに思えてならない。何人殺しても生きられる制度はドライだなあと。死刑確定者の命以上に重要なことはいま無辜(むこ)の人が殺されていること。日本はウエットな「美と慈悲の文明」を持つ。命を奪えば死をもって償うべきだと解釈できる。死刑廃止を訴える団体がどう考えているか、聞いてみたい。」(朝日新聞平成19年10月17日付朝刊3面)



(1) 団藤氏は、鳩山法相へあてたメッセージのおよそ半分にわたって、積極的に死刑を行ってきた西洋と異なり、「日本の文化は古来、伝統的に死刑を好まず、忌まわしいものとして避けてきました」と述べるとともに、「『保元物語』に「国に死罪を行えば、海内に謀反の者絶ず」とあるように、こうした死刑の長期停止には、殺生を戒め、慈悲を本旨とする仏教の影響もあるのかも」しれないと述べています。

日本における死刑の歴史については、「日本における死刑」(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)でも触れているとおり、日本の文化は伝統的に死刑を好んでいなかったことは、多くの人に知られている事柄です。ですから、いかに鳩山法相が日本文化や西洋文化について知らずに、しかもすぐになにが正しいことか判断できることであるのにずっと間違った考えを唱えているのです。このように、鳩山法相が、少しも調べもせずに、思いつきで放言しまくっていることが明らかといえるのです。



(2) 鳩山法相の「命を奪えば死をもって償うべきだ」という解釈は、憲法論としても間違っています。

 「国家による殺人は許されるのか――死刑と残虐な刑罰

 憲法13条は、生命に対する国民の権利が最大限尊重されなければならない、としつつ、他方で、そのような権利といえども「公共の福祉」に反する場合には制限されることを規定する。さらに、31条は、法律の定める手続(それは適正なものでなければならないが)によれば、人の生命といえども奪うことができる旨規定している。ただ、これらの規定は、場合によっては生命を奪うことができる、という可能性を示しているだけで、一定の場合に常に必ず生命を奪え、と命じているわけではない。つまり、これらの憲法の規定は、他人の生命を軽んじてそれを不当に奪った者には、自分の命でそれを償ってもらうとしてもやむをえない、という程度のことを許しているだけで、より積極的に、自分の命で償えと命じているわけではない、ということである。(以下、省略)」(浦部法穂編者『憲法キーワード』122頁)


このように、憲法13条や31条は、死刑を積極的に容認しているわけではないのですから、「命を奪えば死をもって償うべきだ」という理屈は、憲法学上も妥当ではないのです。



(3) 鳩山法相の妄言騒動により、団藤重光氏のメッセージを読むことができたことは幸運なことでした。

しかし、鳩山法相は、思い付きばかり発言しまくっているのですから、鳩山法相は「福田内閣の笑いもの」(週刊朝日2007年11月23日号「官邸が封印する『アルカイダ情報』」20頁参照)になっているのです。福田内閣の支持率を下げる一因であることは確かであるのに、福田首相はどうでもいい存在と思っているせいなのか、ちょっと注意しただけで放置したままですから、この「笑いもの」は増長し、ますます政治生命を失っていくのでしょう。自民党議員から、鳩山法相を罷免すべきという声があがっているという報道がないことからすると、自民党がいかに衰退しているかを物語っているといえそうです。

テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済

コメント
この記事へのコメント
死刑廃止とは言うけれど
私は、死刑廃止は反対の立場です。

もし死刑が廃止になった場合、その犯罪者を100%社会から隔絶する方法は在り得るのでしょうか?
それがないと死刑を廃止する説得力が無いように思えますが・・・
終身刑は死刑の代替とは成り得ないと考えます。脱獄されたら無効です。その可能性はゼロではありません。

再犯防止と社会的影響を考えた場合、死刑は致し方ないと思います。本当は無い方がいいんですが。
2007/11/15 Thu 00:24:51
URL | 名無しさん #-[ 編集 ]
>名無しさんさん
コメントありがとうございます。


>もし死刑が廃止になった場合、その犯罪者を100%社会から隔絶する方法は在り得るのでしょうか?

どんな事柄であっても100%という方法は、まずありません。ですから、手厳しい言い方になりますが、100%という方法でなくてはいけないと考えることは子供じみた発想であり、根本的に問題があります。

そのような前置きを踏まえておくとして。

死刑存置論は、「公正不可能な極悪な犯罪者は、死刑によって社会から完全に隔離する必要がある」とします。しかし、これに対して、死刑廃止論は「犯罪者の社会からの隔離には、死刑の他にも終身刑などの方法がある」と反論しています。

死刑に賛成する人と反対する人とでは、守るべき社会のイメージが異なると思うのです。

死刑に賛成する人がイメージする社会は、ある意味で「曇りのない完全な社会」のようです。そこでは誰もが幸せに暮らしていますが、罪を犯した者は暮らす場所がないのです。
それに対して、死刑に反対する人がイメージする社会は、犯罪者をただ切り捨ててしまうのでなく、彼らも人として生きていける「寛容な社会」こそ理想であると考えています(アムネスティ・インターナショナル日本支部編著『知っていますか? 死刑と人権一問一答』
5頁)。

犯罪を犯した者を隔離したところで、その原因を探り犯罪をいかに防止するか努力しなければ、また同じ原因で別の人が犯罪を犯すでしょう。隔離するのでなく、受け入れ、それを将来の犯罪予防に生かすことこそ、より良い社会になっていくのではないでしょうか?


>終身刑は死刑の代替とは成り得ないと考えます。脱獄されたら無効です

囚人が収容されている状況からすれば、脱獄の可能性を心配する必要がありません。脱獄の可能性を心配するなんて、ちょっとした冗談のつもりでしょうけど。


>再犯防止と社会的影響を考えた場合、死刑は致し方ないと思います

2007年版犯罪白書によれば、戦後、刑事裁判で有罪が確定した100万人による犯歴調査によれば、殺人罪を犯した者が同じ殺人を犯した率は1%であり、強盗、窃盗、傷害などの主要な犯罪の中でもっとも低い再犯率です。再犯防止のために死刑制度を存続させるというのは、統計上根拠がありません。

「戦後の犯罪、全件数の6割近くが再犯~07年犯罪白書」参照
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-640.html

1989年に発表された国連の報告書では、「(死刑の抑止効果を立証しようとする)これらの研究は、処刑が終身刑より大きな抑止力があるということを科学的に証明できなかった。このような立証は今後も行われそうにない」との結論を出しています。このように、「死刑をなくすと凶悪な犯罪が増える」という研究結果は出ていないのです。

ただ、名無しさんが言う「社会的影響を考え」て死刑存続というのは、よく意味が分かりかねますが。


>死刑は致し方ないと思います

このエントリーで紹介した団藤重光氏のメッセージを真剣に読みましたか? 

団藤氏は誤判の可能性に言及しています。英国では無実の者が処刑されたことが判明し、日本でも、無実を訴えながら死刑を執行されたり獄中で亡くなった死刑囚がいるのです(福岡事件の西武雄氏、帝銀事件の平沢貞道氏、牟礼事件の佐藤誠氏など)。無実の罪で処刑された者やそのご家族にとっては、「死刑は致し方ない」などと済まされるものではないのです。
2007/11/17 Sat 00:07:26
URL | 春霞 #ExKs7N9I[ 編集 ]
死刑も無い方が良いけど、犯罪のやり逃げになるのでは
>隔離するのでなく、受け入れ、それを将来の犯罪予防に生かすことこそ、より良い社会になっていくのではないでしょうか?
本来ならばそうしたいところです。
ただ、死刑相当の重罪を犯した人間を、果たして社会がすんなり受け入れるでしょうか。
再教育して社会の一員として復帰させてあげられる範疇を越えてしまったから、現行制度で死刑になるのでは。

あと、死刑の代替案についてはほとんど言及されて無いようですが。
終身刑を代替案とするのも、本当は不安なんですが、譲歩案としては仕方ない気がします。
ただし無期懲役みたいに出所する可能性があると、話は別では?
当人に悪気が無くても周囲が対応できませんよ。それを説いて回るのは事実上不可能でしょう。お互い損するだけです。

当人の人権は尊重すべきですが、周囲の人間の不安要素を取り除ける、そういう制度(刑罰)は無いんでしょうか。
自分の街に死刑囚が引っ越してきた、なんてことになったら街ぐるみの排斥運動に発展しかねない。それでも放逐すべきですか。
2007/11/19 Mon 11:26:45
URL | 名無しさん #wr80fq92[ 編集 ]
落ちついて下さい
>名無しさん

>死刑も無い方が良いけど、犯罪のやり逃げになるのでは

って題ですけど、意味がよく分からないんですがね^^;

>ただ、死刑相当の重罪を犯した人間を、果たして社会がすんなり受け入れるでしょうか。
>再教育して社会の一員として復帰させてあげられる範疇を越えてしまったから、現行制度で死刑になるのでは。

刑法第199条(殺人)、第240条(強盗致死傷)、第241条(強盗強姦及び同致死)の条文を御覧ください。<<故意に人を殺めたとしても、必ずしも死刑になるとは限りません>>。よって、殺人を犯した「凶悪犯罪者」は、昔から社会に戻ってきていますけどね。上記犯罪を犯した者でも、死刑判決が確定するのはほんの一握りですよ。ネット上では適切なデータを見つけられませんでしたが、戦後少なくとも1960年代くらいまで、今と比べると驚くほど人が殺害されていましたし、犯罪に会う確率は高かったはずです。

ちなみに、<<この殺人罪の適用を受ける人には、無理心中で死にきれなかった親とか、介護疲れで配偶者等を殺してしまった人なども含まれることに注意>>して下さい(統計では見えない事件の個別性)。

32,115人も自殺者がいるということの方が、異常だと思いますが、どうおもわれますか?先進国G7諸国中で、堂々の1位ですが...
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/2770.html
http://www.t-pec.co.jp/mental/2002-08-4.htm

平成18年度版「犯罪白書」より引用。
------------------------------------------------------------------始まり
平成17年の通常第一審における死刑言渡人員は,13人であり,罪名別では,殺人
が11 人,強盗致死が2人であった。無期懲役言渡人員は,119人であり,罪名別
では,殺人が38人,強盗致死傷・強盗強姦が77人,強姦致死傷が2人,爆発物取
締罰則違反が1人,放火が1人であった。

平成17年において生命・身体に被害をもたらした一般刑法犯(道路上の交通事故
に係る危険運転致死傷を除く。)の被害者数は,4万4,465人(前年比7.7%減)
であり,その内訳は,死亡者1,354人,重傷者3,174人,軽傷者3万9,937人で
あった。
------------------------------------------------------------------終わり

見知らぬ「凶悪犯罪者」に襲われて死ぬより、交通事故に巻き込まれて死ぬ方(6,871人)、災害死(2,814人)が確率的には高いです。平成19年度版「警察白書」(「犯罪白書」とは、データと定義が違うけど)でも、人口10万人当たりの「凶悪犯」の犯罪率も微妙に減っていて、<<殺人に至ってはここ四年間変動はありません>>。

少々古いですが、平成14年度版「犯罪白書」より引用
------------------------------------------------------------------始まり
被疑者と被害者との面識の有無を見ると,殺人及び傷害では,親族及びその他の
面識者に対して行われる比率が高く,性犯罪や財産犯では,面識のない者に対し
て行われる比率が高い。
------------------------------------------------------------------終わり

「第24回 こどもが嫌いなオトナのための鎮魂曲」より引用。
http://mazzan.at.infoseek.co.jp/lesson24.html
------------------------------------------------------------------始まり
 ついでですから、犯罪白書の資料で殺人被害者と殺人犯(正確には被疑者)
の関係を確認しておきましょう。「日本人はいったい誰に殺されているのか」
ベスト3(平成14年:殺人の総数は1231件)。

1位:知人・友人 26.4%
2位:配偶者 16.0%
3位:面識なし 15.7%
------------------------------------------------------------------終わり

公的データの定義で「凶悪犯」なんて、ラベリングしている国って、先進諸国では日本だけらしいですねw それと、役所によってバラバラな統計データ、どうにかならないものか。統計法も抜本的な改正が必要ですな。「統計で わかるわが町 わが社会」っていわれても...

ついでに、これも。
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/2776.html

>ただし無期懲役みたいに出所する可能性があると、話は別では?

こことかを参照して下さいな。
「無期懲役刑に関する誤解の蔓延を防止するためのホームページ」
http://www.geocities.jp/y_20_06/index.html

確かに、殺されることは想像するだに恐ろしいことです。しかし、<<確かな情報もなしに、いたずらに畏れるのもどうかという感じ>>がしますがね。「厳罰化」で、「私たち」と違う「犯罪者」は、「抹殺・隔離」すれば、一件落着!?

10万人当たりの殺人の発生率(平成17年度「犯罪白書」)

|フランス|ドイツ|英国 |米国 |日本 |
|発生率 |発生率|発生率|発生率|発生率|
|3.5   |3.0  |3.0  |5.5  |1.2  |

他国と比べてみても、不安は解消しないでしょうが。フランス、ドイツ、英国、米国の12州、1特別自治区は、死刑を廃止しています。<<廃止前と廃止後では、殺人の発生率で、統計上の有意差はなかったそうな>>。

浜井浩一・芹沢一也『犯罪不安社会 ---誰もが「不審者」?』(光文社 2006年)の一読をお薦めします。新書だから安いし、手に入れやすいし。参考文献も載っているので、これを手がかりに、色々と関連本・資料をお読みになると良いのではないでしょうか。
2007/11/20 Tue 19:53:21
URL | Zizou #mQop/nM.[ 編集 ]
>名無しさんさん:2007/11/19(月) 11:26:45
コメントありがとうございます。


>死刑も無い方が良いけど、犯罪のやり逃げになるのでは

死刑相当事件であれば、死刑廃止後も無期懲役並みの刑罰を科されるので、犯罪のやり逃げになりません。

それに、どんな犯罪であっても捜査機関に発覚し逮捕され起訴されて、有罪が確定すれば、犯罪のやり逃げになりませんね。もちろん、捜査機関に発覚しなければ犯罪のやり逃げになりますが。どういった場合に「犯罪のやり逃げ」になるのか、よく考えてみて下さい。


>死刑相当の重罪を犯した人間を、果たして社会がすんなり受け入れるでしょうか。

無期刑受刑者すべてが死刑相当事件とはいえませんが、かなり近いものです。これを前提として、例えば、1991年当時、33人の無期刑仮出獄者がいましたが、社会復帰し、社会は受け入れてしまっています。


>あと、死刑の代替案についてはほとんど言及されて無いようですが
>終身刑を代替案とするのも、本当は不安なんですが

現在の無期刑受刑者は、仮出獄する者がきわめて少なく、いわゆる「終身刑」とほぼ同じになっています。なので、死刑の代替刑を創設する必要性があるのか否か、さらには終身刑自体の妥当性の検討も必要です。こういったことから、代替刑について殆ど言及していません。

無期懲役刑に関しては、「無期懲役刑に関する誤解の蔓延を防止するためのホームページ」さんが詳しいので、そちらをご覧ください。↓
http://www.geocities.jp/y_20_06/index.html


>自分の街に死刑囚が引っ越してきた、なんてことになったら街ぐるみの排斥運動に発展しかねない。それでも放逐すべきですか

他人の前科は高度な個人情報ですから、一般市民が知ることはまずありません。死刑相当事件であれば、20年以上刑務所にいますから、過去の写真があっても出所後の容貌はまるで分からないはずです。なので、「自分の街に死刑囚が引っ越してきた」ことを知ることはありませんから、「街ぐるみの排斥運動に発展」することは、非常に考え難いです。


>>隔離するのでなく、受け入れ、それを将来の犯罪予防に生かすことこそ、より良い社会になっていくのではないでしょうか?
>本来ならばそうしたいところです。

死刑は人権問題でありますが、死刑相当事件の受刑者を犯罪予防に役立てることにも大きな意義があると思うのです。死刑相当事件を行えば、被害者はもちろん犯罪を犯した側も人生は破滅ですから、それを防ぐべきです。

前にも触れたように、殺人犯が同じ犯罪を犯す率1%ですから、殺人の再犯を心配して警戒するよりも、まず殺人を行わないような予防・対策に努める方が、よりよい結果(凶悪犯罪を減らす)になると思います。

ところで、HNは「名無しさん」であって、「さん」まで含めるのですか? 
2007/11/21 Wed 03:09:31
URL | 春霞 #ExKs7N9I[ 編集 ]
>Zizouさん:2007/11/20(火) 19:53:21
犯罪白書を引用してのコメント、大変ありがとうございます。厳罰化や死刑存続を求める方が多々いますが、まずは統計データを直視して考えてほしいものです。


>殺人を犯した「凶悪犯罪者」は、昔から社会に戻ってきていますけどね

そうなんですよね。10年位前まではずいぶんと社会復帰していたんですけどね。統計資料よりも「体感治安」に基づいて判断しているのでしょうね。
2007/11/21 Wed 23:59:58
URL | 春霞 #ExKs7N9I[ 編集 ]
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2010/12/01 Wed 21:48:27
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2007/11/14(水) 22:05:18 | 晴天とら日和
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2007/11/14(水) 22:05:18 | 晴天とら日和
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