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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2007/10/07 [Sun] 23:59:43 » E d i t
年金保険料の着服問題を巡って、舛添要一厚生労働相と自治体の間で対立が生じています。舛添氏と自治体の関係が対立する切っ掛けとなったのは、舛添厚労相の9月29日の発言です。舛添氏厚労相は、9月29日に「社会保険庁は信用ならない。市町村はもっと信用ならない」と述べたのです。その後も、「小人のざれ言に付き合う暇があったら、もっと大事なことをやらなければいけない」とか、地方交付税を念頭に「文句を言うなら、一円も貰わないで言いなさい」などと、と述べて火に油を注いだのです。


1.毎日新聞2007年10月7日 東京朝刊

 「年金着服:厚労相・自治体、ぎくしゃく 年金着服で火花、総務相板挟み

 年金保険料の着服問題をめぐり舛添要一厚生労働相と自治体の間がぎくしゃくしている。舛添氏は社会保険庁長官に自治体の着服職員の告発を指示するなど強い姿勢で臨んでいるが、「市町村は社会保険庁より信用ならない」との同氏発言をきっかけに地方には反発が広がっている。地方自治を所管する増田寛也総務相は板挟みとなり、困惑を隠せずにいる。【吉田啓志】

 「市町村長がやらないなら、社保庁長官に告発するよう指示する」。舛添氏は4日、増田氏との協議のあと記者団にこう述べ、市町村職員の告発をあくまで重視する考えを強調した。

 舛添氏と自治体の関係が冷え込むきっかけとなったのは、9月29日の発言。社保庁職員による保険料着服が52件、約1億6939万円なのに対し、市区町村職員らによるものが101件、約2億4383万円だったことを踏まえ、舛添氏は「社会保険庁は信用ならない。市町村はもっと信用ならない」と記者団に語った。もともとは、社保庁窓口で保険料を払う仕組みをやめる着服防止策を説明する中で飛び出した発言だった。

 これに鳥取県倉吉市の長谷川稔市長が「鳥取県では(着服は)1件もない」と訂正を求める抗議文を送り、東京都武蔵野市の邑上守正市長もこれにならったことで、今度は舛添氏が反応。2日の記者会見で「小人のざれ言に付き合う暇があったら、もっと大事なことをやらなければいけない」と反論し火に油を注いだ。鳥取県町村会は「上から見下ろした発言で市町村を愚弄(ぐろう)している」と抗議の決議。さらに社保庁が9市町に職員の告発をするよう通知したのに対し、宮城県大崎市ら8市町は見送る考えを示すなど、告発方針に同調しない動きも広がった。

 舛添氏は当初、自治体職員の着服について「泥棒はみな牢屋(ろうや)に入ってもらう」と気勢を上げた。しかし、すぐに時効(7年)の壁で9市町しか刑事告発できないことが判明。さらに告発をめぐり自治体との足並みが乱れ、「引くに引けなくなった」(厚労省幹部)形で対応がエスカレートしている。

 一方、舛添氏と自治体の間にはさまれた格好の増田氏の立場も微妙だ。告発を見送る市町について「それはそれで受け止めなければいけない。最終的には住民が決める話だ」と判断尊重をにじませるが、着服問題への世論の厳しさも無視できない。舛添氏の「信用できない」発言について「すぐぱっとモノ言う人ですから、件数で(市町村が)もっと悪いと言ったんでしょう」と語るなど、対立の沈静化に追われている。

毎日新聞 2007年10月7日 東京朝刊」



増田寛也総務相による、舛添評が的確なように思います。「すぐぱっとモノ言う人」と。それも、あまり考えることなく、「すぐぱっとモノ言う人」なのでしょう。

「舛添氏は当初、自治体職員の着服について「泥棒はみな牢屋(ろうや)に入ってもらう」と気勢を上げた。しかし、すぐに時効(7年)の壁で9市町しか刑事告発できないことが判明。さらに告発をめぐり自治体との足並みが乱れ、「引くに引けなくなった」(厚労省幹部)形で対応がエスカレートしている。」


年金保険料着服問題について、今調査している時点において犯行時から数年間経過していることは明らかなのですから、公訴時効で起訴できない(刑事告発できない)ことは予想できたはずです。それなのに、舛添厚労相は、公訴時効をすっかり忘れて(知らずに?)、「泥棒はみな牢屋に入ってもらう」と言ってしまうのです。

それも、検察官に訴追裁量権があるのですから(刑事訴訟法248条)、刑事告発があったとしても必ずしも起訴されるわけではないのです。特に、懲戒免職になり、全額弁済 している場合などは、起訴するのかどうか怪しいですし、たとえ書類送検したしても執行猶予となる可能性が十分にあるのです。実際上も、(業務上横領事件に限りませんが)年間の事件処理件数(ほぼ260万件ほど)のうち、不起訴処分は約37.9%にも及んでいるのです(2003年統計)。
舛添厚労相は、検察官ではなく、訴追するか否かにつき影響力を及ぼすことさえできないのですから、「泥棒はみな牢屋に入ってもらう」なんてできるはずがありません。

このように、舛添厚労相の「泥棒はみな牢屋に入ってもらう」発言は、全くのデタラメに近い発言なのです。


舛添厚労相の発言の問題性については、東京新聞平成19年10月5日付朝刊24・25面「こちら特報部」が触れていますので、この記事を引用したいと思います。


2.東京新聞平成19年10月5日付朝刊24・25面「こちら特報部」

 「過激さ増す舛添発言 バカ市長  閣僚の「品格」は?
2007年10月5日

 この秋、最もホットな男が爆走中! そう、言わずと知れた舛添要一厚生労働相だ。年金問題で「市町村窓口は信用できない」と述べ、首長たちに抗議されると「小人(しょうじん)の戯(ざ)れ言」と切って捨て「バカ市長」とも。次々と繰り出される過激発言に、首長側は「何か言うと利用されるだけ」と唖然(あぜん)としている。でも、「地方再生」が旗印の福田康夫首相との整合性は大丈夫?
  (山川剛史、片山夏子)

 まずは、「これまでの粗筋」をどうぞ。

 【9月29日】 舛添氏が民放テレビ番組で、年金保険料は役所窓口ではなく、銀行やコンビニで支払う方式に変える考えを示す。番組後、報道陣に「銀行は信用できるが社会保険庁は信用ならない。市町村はもっと信用ならない」と述べる。

 【9月30日、10月1日】 長谷川稔・鳥取県倉吉市長、邑上(むらかみ)守正・東京都武蔵野市長が相次ぎ「年金行政への不信感を増幅しかねない」「職員の士気を損なう」などとする異議申し入れ文書を厚労相あてに提出。

 【2日】 舛添氏は閣議後の記者会見で「(文書を)話題にするのも時間がもったいない。小人の戯れ言に付き合っている暇はない。文句があるなら駄目な市町村に言え。それだけのこと」と反論。

 以上は3日付「こちら特報部」で報じたが、同日、テレビ朝日の情報番組「スーパーモーニング」で放送されたインタビューも波紋を広げた。放送を再現しよう。

 自宅前でインタビューに応じた舛添氏は「(申し入れ文書は)来ても無視ですよ。そんなことやる暇あったら、自分の街をよくしなさい、と。かっこよくマスコミに出るからっていって、厚生労働大臣に文句を言ったという、そんなパフォーマンスでやっている街は将来、ないですよ」。

 さらに、国が自治体の規模に応じ配分する地方交付税交付金を念頭に「文句言うなら、一円も貰(もら)わないで言いなさいと、そういうことなんですよ」と述べた。

 「小人の戯れ言」発言については、「頭から『バカ市長』って言われんの嫌でしょ。だから小人って言ってやった。その温かみだけは感じてくださいよ。教養の問題、教養。まあ、少しは日本語の勉強もやってください、と」と、含み笑いしつつ述べた。

 それにしても、住民による直接投票の洗礼を受けた市長をバカ呼ばわりとは―。

 また、地方交付税は財源の地域格差を埋めるシステム。「地方の再生」を掲げる福田内閣にとり、交付税の差配は内閣の信用を左右する最重要項目だ。ちなみに、武蔵野市は国から交付金を受け取っていない不交付団体だ。

 もっとも、舛添氏「一円も貰わないで言え」発言について、地方交付税をめぐって、地方の交付団体(自治体)に不満を抱いている、不交付団体の立場を説明しただけと言いたげ。4日朝、自宅前で本紙などの取材に答え、「テレビが片言隻句をとらえて流した」と反論した。ただ、テレビ朝日広報部は「当該の番組に問題はなかったと考えております」としている。

◆「言葉遊び」批判に反論

 「小人発言」を撤回する気もなさそうだ。同発言への批判について、社会保険庁より市町村の不正が多く、信頼回復をどうするかという本質を棚に上げた「言葉遊びだ」「言葉尻をとらえている」と反論。「言葉尻」という言葉を6回、繰り返し、「問題にするのも不毛」「ああいう市長さんというのはニュースを聞いていないのかね」と、再び市長に矛先を向けた。

◆都市と地方 格差是正に逆行

 当の武蔵野市民は、今回の騒動をどう受け止めているのか。

 「舛添さんが今後の方々の年金のため、よく働き、活躍されているのは認めます。でも、バカ呼ばわりなど、あの言い方はよくない。だから好きになれないのよ」と同市吉祥寺北町に住むXXX子さん(70)。

 JRを退職後、市内で障害者ヘルパーを始めた男性(61)は「年金保険料の横領事件に厳しく対応する舛添さんは支持する。市町村が信用ならない、というのも同感。抗議した市長もいかがなものか」。一連の舛添発言については「汚い言葉で言い返すのは閣僚としてどうかと思う」。地方交付税を受ける自治体は文句を言うな、という論については「都市と地方の格差是正に逆行しているね」。

 市役所を訪ねると、「ヒマ人」呼ばわりされた邑上市長は朝から式典や職員研修出席で終日、多忙。舛添氏との「バトル」仕立てで報じられるのを警戒し、職員たちに「この件はもういい」とコメントしない考えを伝えている。

 電話とメール合わせ、90件、寄せられた意見の7割は抗議したことへの抗議。職員たちを汚い言葉で罵(ののし)る文面もあったという。

◆国民意識を考えるべき

 ところで、地方交付税は財源の均衡や地方自治体の自立性保護が目的で、所得税、法人税、消費税、たばこ税、酒税といった国税の一定割合が財源。もともと、自治体に渡る予定のカネを国が代理徴収している形だ。「文句は一円も貰わないで言え」論は、この制度に照らして妥当なのか。

 東京大学の神野直彦教授(財政学)は「意味がよく分からないし、もう少しまともなことを考えたいね」と苦笑しつつ、こう語る。

 「民主主義が分かっていないんじゃないか。税金は国民のもので、大臣のものでも官僚のものでもない。地方交付税は国が地方の課税権を召し上げる過程で(地方に)分配、調整する機能として出てきた話。これを否定するなら国の意味もなくなる。もっと言えば、生活保護を受けている人は政権に文句を言う権利はないのか? 皆、等しく国民でしょ。それと同じこと」

 神野教授は「国民意識を、よく考えた方がいいんじゃないかな」とも付け加えた。「誰を信頼するか調査をすると、一番は医者、真ん中くらいに地方公務員、ずっと下がって(中央)官僚。一番信頼できないというのが国会議員なんですから」


◆長妻氏に聞く――非常にレベル低い

 年金問題を追い続ける「ミスター年金」は、どう見ているのか。民主党「ネクスト年金担当大臣」の長妻昭衆院議員に聞いた。

――「小人の戯れ言」「バカ市長」などの発言が物議を醸しているが。

 小人のうんぬんは非常にレベルの低い発言で、コメントする気にもならない。横領自体は社保庁も市町村もとんでもない話。市町村が、より信用ならないというが、市町村の方が不正の数が多いといっても、2002年3月まで、特別な場合以外は自治体が集めていたので単純に数を比べるというのも…。横領しておとがめないところがあるのはとんでもないが、横領のない自治体もある。すべて(の自治体を)とんでもないというと身も蓋(ふた)もない。

――「国から一円たりとも貰わなくなってから言え」という考え方について。

 これもコメントするのもばからしい。システムの基本も理解されていないのではないか。例えば東京には事務所が集まっている。地方交付税の制度は、政府が考える公平な制度ということ。発言の背景には、制度が不公平だという発想があると思う。ならば、制度改革案を出すべきだ。

――年金問題の課題は。

 一番大事なのは、国家プロジェクトとして取り組むこと。社保庁だけで解決できる問題ではないのに、業務後の片手間でやっている。根本的な情報すら公表されていない。横領したなら刑事告発というのがあるべき姿。辞めればいいということではない。


<デスクメモ>

 約1億3000万の国民全体の奉仕者、サーバンド(召し使い)たる国会議員に、主人(国民)の許可なく第三者との関係をこじらせる権限まではなかろう。自治体首長は地域の主人(住民)が直接、選ぶ。首長を生かすも殺すも主人の判断だ。サーバントがバカ呼ばわりなど、出過ぎたまねをすべきではない。(隆)」

*個人名は伏字にしました。また、見出しの文字は紙面どおりですが、見出しの位置については推測しておいています。




(1) 幾つかの点に触れていきます。

【9月30日、10月1日】 長谷川稔・鳥取県倉吉市長、邑上(むらかみ)守正・東京都武蔵野市長が相次ぎ「年金行政への不信感を増幅しかねない」「職員の士気を損なう」などとする異議申し入れ文書を厚労相あてに提出。

 【2日】 舛添氏は閣議後の記者会見で「(文書を)話題にするのも時間がもったいない。小人の戯れ言に付き合っている暇はない。文句があるなら駄目な市町村に言え。それだけのこと」と反論。

 以上は3日付「こちら特報部」で報じたが、同日、テレビ朝日の情報番組「スーパーモーニング」で放送されたインタビューも波紋を広げた。放送を再現しよう。

 自宅前でインタビューに応じた舛添氏は「(申し入れ文書は)来ても無視ですよ。そんなことやる暇あったら、自分の街をよくしなさい、と。かっこよくマスコミに出るからっていって、厚生労働大臣に文句を言ったという、そんなパフォーマンスでやっている街は将来、ないですよ」。

 さらに、国が自治体の規模に応じ配分する地方交付税交付金を念頭に「文句言うなら、一円も貰(もら)わないで言いなさいと、そういうことなんですよ」と述べた。……

 地方交付税は財源の地域格差を埋めるシステム。「地方の再生」を掲げる福田内閣にとり、交付税の差配は内閣の信用を左右する最重要項目だ。ちなみに、武蔵野市は国から交付金を受け取っていない不交付団体だ。」


舛添厚労相は、国から交付金を受け取っていない不交付団体である、武蔵野市長から抗議を受けたのに、「文句言うなら、一円も貰(もら)わないで言いなさい」と反論したのですから、全く的外れな反論でした。舛添厚労相は、ここでも、よく考えることなく「すぐぱっとモノ言う人」だったのです。



(2) 2点目。

「市役所を訪ねると、「ヒマ人」呼ばわりされた邑上市長は朝から式典や職員研修出席で終日、多忙。舛添氏との「バトル」仕立てで報じられるのを警戒し、職員たちに「この件はもういい」とコメントしない考えを伝えている。

 電話とメール合わせ、90件、寄せられた意見の7割は抗議したことへの抗議。職員たちを汚い言葉で罵(ののし)る文面もあったという。」


舛添厚労相に「ヒマ人」呼ばわりされた武蔵野市長は、終日、多忙な人物でした。この発言の場合も、舛添厚労相は、よく考えることなく「すぐぱっとモノ言う人」だったのです。

武蔵野市に対して、どういった人が意見を寄せたのか定かではないのですが、寄せられた意見のうち、7割が「抗議したことへの抗議」とはずいぶんと多いなと感じました。それほど桝添厚労相に、抗議することは非難されることなのでしょうか? 抗議した地方公共団体は、鳥取県倉吉市の長谷川稔市長が「鳥取県では(着服は)1件もない」と述べているように、遵法意識が高いことが伺えるのですから、抗議できるだけの正当性があったと推測できるからです。

「職員たちを汚い言葉で罵(ののし)る文面もあった」ようですが、これでは舛添厚労相そっくりの言動です。舛添厚労相の発言の影響力があったのだろうと推測できそうです。わざわざ「抗議したことへの抗議」をするほどのことかと思いますが、たとえ抗議するにしても、冷静な態度で行うべきでしょう。


(3) 3点目。

「地方交付税は財源の均衡や地方自治体の自立性保護が目的で、所得税、法人税、消費税、たばこ税、酒税といった国税の一定割合が財源。もともと、自治体に渡る予定のカネを国が代理徴収している形だ。「文句は一円も貰わないで言え」論は、この制度に照らして妥当なのか。

 東京大学の神野直彦教授(財政学)は「意味がよく分からないし、もう少しまともなことを考えたいね」と苦笑しつつ、こう語る。

 「民主主義が分かっていないんじゃないか。税金は国民のもので、大臣のものでも官僚のものでもない。地方交付税は国が地方の課税権を召し上げる過程で(地方に)分配、調整する機能として出てきた話。これを否定するなら国の意味もなくなる。もっと言えば、生活保護を受けている人は政権に文句を言う権利はないのか? 皆、等しく国民でしょ。それと同じこと」

 神野教授は「国民意識を、よく考えた方がいいんじゃないかな」とも付け加えた。「誰を信頼するか調査をすると、一番は医者、真ん中くらいに地方公務員、ずっと下がって(中央)官僚。一番信頼できないというのが国会議員なんですから」 」


「税金は国民のもので、大臣のものでも官僚のものでもない」のであるから、大臣がまるで自分が分け与えることができるかのように、「文句言うなら、一円も貰(もら)わないで言いなさい」などということ自体、おかしなことなのです。
「財政」(国家がその任務を行うために必要な財を調達し、管理し、使用する作用)は、国民から金銭を租税として徴収するという点でも、集められた金銭を配分する使途の点でも、国民の生活に直結しているので、憲法は、財政が国民に基づくことを要求しています(第7章。財政民主主義)。舛添厚労相の言動は、財政民主主義に反するものであって、「民主主義が分かっていない」のです。

「地方交付税は国が地方の課税権を召し上げる過程で(地方に)分配、調整する機能として出てきた話」であり、「もともと、自治体に渡る予定のカネを国が代理徴収している」ものなのですから、地方自治体は、地方交付税を受けることに十分な正当性があるのです。「文句は一円も貰わないで言え」論は、地方交付税制度の意義からしてもおかしなことなのです。

「もっと言えば、生活保護を受けている人は政権に文句を言う権利はないのか? 皆、等しく国民でしょ。」と指摘しているように、地方交付税の交付如何に関わらず、政府批判を行うことはできるのです。言い換えれば、厚労相に抗議することと、地方交付税の交付を受けているか否かとは全く無関係な事柄なのです。

舛添厚労相は、やはりよく考えることなく、「すぐぱっとモノ言う人」だったのです。



(4) 「武蔵野市は市長名で、舛添要一厚生労働大臣が9月29日に発言した内容に対して発送した文書」には、

「現在求められているのは、年金制度、年金行政への信頼回復であり、それには国と地方が協力して取り組んでいくことが必要かと存じます。」

と書かれています。

厚労相がよく考えることなく、自治体首長を非難していがみ合うこと意味がなく、国と地方が協力して取り組んでいくことが必要なのです。年金問題に限らず、多くの事柄について、国と地方の協力関係が必要です。 「市町村はもっと信用ならない」などと言って見たところで、単に市町村の反感を買うだけで、何の解決にもならないのです。

日本の市民は、舛添厚労相が「よく考えることなく、すぐぱっとモノ言う人」であることをよく理解しておくべきです。舛添氏は、聞こえのいいことばかり言うだけで信用性に乏しく、話半分に聞いていた方がよい人物であると、認識しておいた方がよいようです。




<10月8日追記>

毎日新聞平成19年10月7日付「社説:年金着服 告発せずは「公」の責任逃れだ」の記事で気になった点について触れておきます。

「地方の「不服従」に対し、舛添要一厚生労働相は、自治体側が刑事告発しない場合には社保庁長官に告発させる考えを明らかにしている。やむをえない措置だ。公務員の犯罪行為は、行政の内部で処分して事足れりというものではないからだ。

 不正がわかった時点で、首長は告発して捜査機関の判断を仰ぐのが筋だ。検察が、当人への社会的制裁やその後の更生などを総合的に判断して起訴するか否かを決めなければならない。公訴権のない自治体の長が司直の領域まで越権してはならない。

 刑事訴訟法239条2項は「官吏又(また)は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない」と規定する。厳密に言えば、告発を見送る市町はこの義務に違反しているとみるのが通説だ。」


確かに刑事訴訟法239条2項は、公務員の告発義務を課しているとするのが通説ですし、義務違反は懲戒事由になりうるのです。しかし、義務規定であるとしても、本条は、刑事司法の適正な運用を図るとともに、行政機能がより効果的に発揮されることをも目的としているので、今後の行政運営に重大な支障を生じ、行政上の措置によって違法状態が十分是正し得る場合などは告発を見送ることができると解されており、公務員の職権による裁量が認められているのです(伊藤他『註釈刑事訴訟法第2巻』288頁)。また、実際には告発する例は少なく、懲戒もされていないのですから、事実上、義務となっていない(=訓示規定)ようです。
このような解釈及び現状からすると、「告発を見送る市町はこの義務に違反している」と書くことは適切ではないように思います。

また、告発は捜査の端緒にすぎず、告発がなくても捜査機関は捜査ができるのですし、検察官に訴追裁量権があって十分な証拠があれば起訴できるのですから、自治体の長が告発をしなかったぐらいで、「自治体の長が司直の領域まで越権」したことにはなりません。「公訴権のない自治体の長が司直の領域まで越権してはならない」という記述は、明らかに的外れです。

毎日新聞の社説は、ずっと前から間違った法解釈を展開することが多々ありましたが、そういった傾向は相変わらず変わらないようです。毎日新聞は、もう法解釈に触れるような社説は止めた方がいいのではないでしょうか? 

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

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コメント
この記事へのコメント
憂いています
「正義が行われていない」と感じている人が多いので、センセーショナルな言葉に喝采が起こるのだと思います。
不満の捌け口としてセンセーショナルな言葉が歓迎されるでしょう。

では、なぜ、「正義が行われていない」と感じているでしょう?
落ち度がない人が「法の壁」で我慢させられていると感じているからではないでしょうか。
「我慢させられている」と思うのは、法関係者からすれば、法への誤解・無知からきているということなのでしょうけれど。
「盗人にもにも三分の理」があるので、弁護士の方が弁護なさるのを理解していても、「それにしても・・・」というのが、庶民の気持ちなのでしょう。

「正義が行われていない」という“気分”がさらに広がれば、「やったもん得」の“気分”へとアップしていくでしょう。
そうなったら法治国家でなくなります・・・。
2007/10/09 Tue 08:41:08
URL | 法無知 #UGOS/ZWk[ 編集 ]
>法無知さん
コメントありがとうございます。


>「正義が行われていない」と感じている人が多いので、センセーショナルな言葉に喝采が起こるのだと思います。

正義……。なかなか響きのよい言葉です。しかし、その主張する「正義」は本当に「正義」なのでしょうか? 「文句は一円も貰わないで言え」論は正義なのでしょうか? 民主主義と一致しない「正義」も認めるべきなのでしょうか?

「正義」を叫べば、違法行為であろうと認めるべきなのでしょうか? 例えば、テロ行為を行う側も、テロリストとしての「正義」があるはずです。そうなると、「正義」を叫ぶテロリストは賞賛するべきことになってしまうのです。「正義」の中身・正当性をよく吟味し、自問自答してみるべきであると思うのです。


>不満の捌け口としてセンセーショナルな言葉が歓迎されるでしょう。
>では、なぜ、「正義が行われていない」と感じているでしょう?
>落ち度がない人が「法の壁」で我慢させられていると感じているからではないでしょうか。

意地悪い見方をすれば、「自らの不満が解消できない八つ当たりをしている」ということですね。

落ち度がない人が「法の壁」で我慢させられている――具体例が今一歩分かりませんが――場合、本当に落ち度がなければ、何らかの救済策があるのが通常です。ならば、八つ当たりしていないで、本人が直面している問題解決に立ち向かうことこそ、意義あることだと思うのです。


>「我慢させられている」と思うのは、法関係者からすれば、法への誤解・無知からきているということなのでしょうけれど。

具体例が今一歩分かりませんのでなんともいえません。ただ、「法への誤解・無知」から不満を抱いているのであれば、その不満は不当なものであって、身勝手なものです。もし不満を抱く当人だけ特別扱いすると、平等原則(憲法14条)に反します。


>「正義が行われていない」という“気分”がさらに広がれば、「やったもん得」の“気分”へとアップしていくでしょう。
>そうなったら法治国家でなくなります・・・。

「正義」の中身如何・「正義」の正当性があるのかを、まず確認する必要があります。自分勝手な「正義」を“気分”で主張することが広がることは、それこそ無法国家に成り下がります。

日本人が「やったもん得」の“気分”で主張するようになれば、そういった無法国家に対しては、国際社会は、無法国家扱いをするだけです。もっと国際社会の一員としての日本という意識をもつべきではないでしょうか? 
2007/10/10 Wed 06:28:15
URL | 春霞 #ExKs7N9I[ 編集 ]
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2007/10/08(月) 13:18:02 | 生活習慣改善でリバウンドのない健康ダイエット運動法【77裏技】
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