1.まず、辞任報道の記事を。
(1) asahi.com(2007年09月12日21時05分)
「安倍首相が辞任表明、首相指名まで国会は自然休会へ
2007年09月12日21時05分
[東京 12日 ロイター] 安倍晋三首相は12日午後、首相官邸で緊急会見し、「首相の職を辞するべきだと決意した」と辞意を表明した。首相は「新たな首相の下で、テロとの戦いを目指すべきと判断した」と辞任の理由を説明したが、与謝野馨官房長官は12日夕の会見で辞任の理由には健康問題があると指摘した。
首相の突然の辞任表明を受け、自民党は新総裁の選出手続きに入り、予備選を行わず、両院議員総会での選挙を実施する方向で調整が進んでいる。与党筋によると、19日投票の日程で作業が進んでいる。10日に召集された臨時国会は首相指名選挙が実施されるまで実質的に自然休会に入り、新内閣発足まで政治空白が生まれる可能性が出ている。
12、13日に衆院本会議、13、14日に参院本会議で予定されていた各党の代表質問は、安倍首相の辞任表明で取りやめとなった。国会筋によると、自民党が安倍首相の後継となる新総裁を選出し、新総裁を国会で首相に指名するまで、臨時国会は自然休会に入る。このためインド洋上での海上自衛隊による給油を継続するためのテロ対策特別措置法の延長や新法の審議などは、大幅に遅れることになりそうだ。
麻生太郎自民党幹事長は12日午後の会見で、今回の総裁選では、予備選挙を実施せず、衆参両院の国会議員と地方の代議員が参加する両院議員総会での選挙を実施する方針を明らかにした。
与党筋によると、19日に両院議員総会で投票を実施し、新総裁を選出する日程で最終調整している。ただ、安倍首相の辞任表明が突然であったため、有力者の総裁選への立候補の態勢が整わないために、公示日がずれ込む可能性を指摘する声も与党内にはある。
最有力候補と自民党内でみられている麻生幹事長は、自身の立候補について「まだ、答えるのは早い」と述べた。また、津島派に属し、同派の総裁候補ともくされている額賀福志郎財務相は「ノーコメント」と語った。
首相辞任の理由について与謝野官房長官は、健康問題があったとし、8月下旬のアジア歴訪から「健康状態は大変厳しいものがあった」と語った。会見で健康問題に触れなかったのは「逃げ込むのはいやだとの美学だと受け止めている」と述べた。
首相は午後2時からの会見で、辞任を決断した理由との関連で、小沢一郎民主党代表との党首会談が「実質的に断られ、大変に残念だ」とし、「私が首相であることで、野党との話し合いが難しい状況になっている」と語った。
そのうえで「私自身の決断が先に延びることで、国会において混乱が大きくなるとの判断から、決断はなるべく早く行わなければならない」と、決断にいたった経緯を説明した。
投げ出すような辞任劇で無責任との批判も出るのではないかとの質問に対し「職を辞することで局面を変えていかなければならないと判断した。党首会談も実現しない状況の中で、約束したことが実現できない。むしろ、私が居ることが障害になっていると判断した」と繰り返した。
ただ、小沢一郎民主党代表は12日午後の会見で、自民党の国会対策委員長を通じ、民主党の国会対策委員長に党首会談の打診があったが、その会談の趣旨について「ごあいさつということだった。きょうの段階で首を傾げる提案で、それなら国会でのクエスチョンタイム(党首討論)という方法もあると自民党側に伝えた。自民党側は官邸に伝えると言っていた」と説明。安倍首相の説明とニュアンスの違いをみせた。
安倍首相は、シドニーで前週末に行われたアジア太平洋経済閣僚会議(APEC)の首脳会議に出席し、終了後の記者会見で、インド洋上の海上自衛隊の給油継続に向け、「職を賭して」対応すると表明。週明け10日の衆参本会議で、所信表明演説をしたばかりだった。
12日午後から衆院本会議で各党の代表質問が予定されていたが、その直前に辞任を自民党幹部に伝えるという前例のない辞任表明となり、民主、共産、社民、国民新党など野党各党は、無責任な対応と批判している。」
(2) asahi.com(2007年09月12日18時34分)
「首相退陣の背景に健康問題、両立に深い苦悩も=官房長官
2007年09月12日18時34分
[東京 12日 ロイター] 与謝野馨官房長官は12日午後の記者会見で、安倍晋三首相の辞任表明の背景に、健康問題があったことを明らかにした。
辞任の理由に関して与謝野官房長官は「会見で、(安倍首相が)ただひとつ言われなかったこことは、健康状態だろう」と指摘。「病名などについては詳しく言えないが、(総理としての)相当な仕事と自分の健康の両立に深い苦悩の中にあった」と説明した。特に8月下旬のアジア歴訪から「健康状態は大変厳しいものがあった」と語った。
さらに、首相自身が会見で健康問題に触れなかったことについては「(辞任決意の理由として)健康問題に逃げ込むことはいやだとの美学だと理解している」と述べ、「途中で投げ出したような格好で、そのことについてお叱りを受けている。お叱りは当然だとしても、そういう事情(健康問題)があったことを頭の片隅においておいて欲しい」と述べ、首相を弁護した。」
(3) 東京新聞2007年9月13日 14時36分
「安倍首相が入院 機能性胃腸障害と診断
2007年9月13日 14時36分
安倍晋三首相は13日、東京・信濃町の慶応大病院に入院、医師団は記者会見で首相の病名について「機能性胃腸障害が悪化している状態」と発表した。医師団は「非常に衰弱している」と指摘、入院は3、4日としている。
首相は医師の指示に基づき、同日午後の自民党両院議員総会は欠席する。
与謝野馨官房長官はこれに先立つ午前の記者会見で、首相臨時代理を置く可能性に関し「話はそこまでいっていない」と述べたが、職務遂行が困難な場合は、次の内閣が発足するまで任命順位トップの与謝野氏が首相臨時代理を務めることになる。
与謝野氏によると、首相の健康管理を担当する医師が「疲労がピークに達しており、設備の整った病院で検診を受ける必要がある」と判断した。首相周辺によると、首相は8月後半のアジア歴訪ごろから胃腸の調子が悪くなり、公邸で日常的に医師の診察や点滴を受けていた。
与謝野氏は会見で「(新たな)首相指名までの間、国政に遅滞がないよう、きちんと(新内閣に)バトンタッチできるよう官邸を督励し、粛々と努力したい」と述べた。
首相は、12日の記者会見で、退陣理由について海上自衛隊の給油活動継続の見通しが立たないことを挙げたが、与謝野氏は健康問題が理由だと説明していた。
首相の病状について、政府関係者は「警戒を要するような状態でない」としている。
(共同)」
安倍首相は、自ら所信表明演説を行い、それに対する代表質問が衆院本会議で始まる直前になって、12日に辞任表明をしたのです。辞任表明を受けて自民党は、野党側に本会議の延期を要請し、衆院議院運営委員会理事会は同日の流会を決め、参院で13日から予定されていた代表質問は中止になりました。これで、10日に召集されたばかりの臨時国会は、「自民党が安倍首相の後継となる新総裁を選出し、新総裁を国会で首相に指名するまで、臨時国会は自然休会に入る」ことになってしまいました。
安倍首相は、「職を辞することで局面を変えていかなければならないと判断した。党首会談も実現しない状況の中で、約束したことが実現できない。むしろ、私が居ることが障害になっていると判断した」と繰り返し、11月1日に期限が切れるテロ対策特別措置法の延長問題を解決するために、辞任すると述べたのです。
(*国会法は、衆参両院の議決で休会手続きを取ることができると定めているが、実際に適用されたのは1947年〜48年に4例しかない。近年は、与野党の合意で議事日程を決めない「自然休会」が一般的となっている。読売新聞9月13日付夕刊2面。)
しかし、国会が事実上の休会になるため、「インド洋上での海上自衛隊による給油を継続するためのテロ対策特別措置法の延長や新法の審議などは、大幅に遅れる」(朝日新聞)ことになり、「11月1日に期限切れとなるインド洋での海上自衛隊の給油活動は、皮肉にもこの辞任表明によって、いったん途切れることが確実に」(毎日新聞2007年9月12日22時02分(最終更新時間 9月12日 23時37分))になりました。テロ特措法以外のあらゆる法案審議、衆院予算委員会をはじめ、衆参両院のすべての委員会の日程が空白になり、国会軽視が甚だしいのです。辞めたことで、余計に政治的な空白が生じることになったのですから、安倍首相の辞任理由は、支離滅裂なのです。
安倍首相は、テロ対策特別措置法に基づく海上自衛隊のインド洋での給油活動を継続するため、民主党の小沢一郎代表に呼びかけた党首会談を断られたとして、「自らがけじめをつけることで局面を打開しなければいけないと判断した」と説明しました。
しかし、小沢代表は、「総理から党首会談の再三の申し出を受けて、それを私が拒否した、との一部報道を見ましたが、私も、幹事長と国対委員長も今まで政府から、総理から、一度も党首会談の呼びかけを受けておりません。」と述べており、食い違いが生じています。どうやら、自民党側は、元々、正式な形で小沢代表に党首会談の意向を伝えず、自民党の国対委員長も安倍首相への伝え方が悪かったためか、安倍首相は勘違いしたのではないかと思います。ですが、1回、会談できないからといって首相を辞めるなんて、あまりにも子供っぽい言い訳であり、あまりに情けない言い訳です。
しかも、麻生幹事長に対して、9月10日(月曜日)には辞任の意思を伝えていたのですから、会談を拒否された点が辞任理由であるとするのは困難です。そうなると、小沢代表が会談を拒否したため辞任すると述べたことは、((潰瘍性大腸炎?で体調の悪化を原因として)精神的に追い込まれていた現れと推測しています。
安倍首相がいま突然辞任すること自体、いいことではないのですが、健康状態を理由として辞任すると述べた方が、誰にも納得できる合理的な理由になったと思います。安倍晋三首相は13日、東京・信濃町の慶応大病院に入院したのですから、結局、病気が原因であることがすぐに分かるのですから。
2.解説記事と社説を幾つか。
(1) 朝日新聞平成19年9月13日付朝刊2面(14版)
「辞任の説明 疑問だらけ
安倍首相が記者会見で説明した辞任理由には、いくつも疑問がある。海上自衛隊の給油活動は首相が辞めずとも継続の道筋が見えていたし、辞めても民主党と妥協できるわけではない。参院選の敗北も理由に挙げたが、それならなぜ選挙直後でなく、所信表明演説で続投の決意を語った2日後に辞めるのか、まったく説明がつかない。
首相は海自のインド洋派遣について「何としても継続していかなければならない」と強調。小沢民主党代表への党首会談呼びかけを断られたことを理由に「局面の転換」をはかると説明した。
しかし政府・与党はすでに、活動を給油・給水に絞る新たな法案を提出する方針を固めていた。野党が過半数を占める参院で否決されても、会期を延長して衆院の3分の2の賛成で再可決・成立させることも可能だ。
首相が先の通常国会で会期を延長して改正国家公務員法を成立させたように、今回も新法を必ず成立させる強い意志があれば、1ヶ月あまり中断したとしても給油活動は継続できる。先週末にシドニーで「活動延長は対外的な公約」として「職を賭す」と言明したこととの整合性がつかない。
首相は小沢民主党代表との党首会談ができないことで「自分が残ることが障害になっている」と述べた。だが、小沢氏は海自の活動の継続自体を認めない考えだ。首相は「新しい自民党のリーダーとの間で率直な党首同士の話し合い」に期待を示したが、そもそも辞任しても民主党の態度が変わる保証などない。
さらに解せないのは、今になって参院選での大敗を辞任の理由に挙げてきたことだ。
首相は小沢氏が党首会談を拒む理由に「民意を受けていない」ことを挙げたとして、「(参院の)選挙結果は、やはり大きなものがある」と述べた。さらに「安倍内閣として国民の信頼を得ることができなかった。これは私の責任だろうと思う」とも語った。
7月の参院選で大敗したにもかかわらず首相は続投を表明し、与野党内からも批判が出た。だが10日の所信表明で「厳しい選挙結果をふまえた反省と国民のために闘うとの覚悟をもって、引き続き改革に取り組む」と決意表明したばかりだ。
歴代の首相の退陣は、スキャンダルで審議が止まった予算案の成立と引き換えに身をひいたり、選挙の敗北の責任をとったり、病に倒れたりするなど、その理由や目的はそれぞれ明確だった。
しかし、安倍首相は国民各層の意見をふまえた各党からの代表質問を受ける直前に、それまでの発言を翻す形で自らの職を投げ出した。与謝野官房長官が明かした健康状態の悪化があったにせよ、首相の資質を欠いていたと言わざるをえない。 (栗原健太郎)」
(2) 朝日新聞平成19年9月13日付朝刊17面「私の視点―ワイド―」
「◆首相の辞任表明
安倍首相が12日、突然の退陣を表明した。内閣改造、外国訪問、臨時国会での所信表明演説と一連の政治日程をこなし、代表質問の直前という極めて異例のタイミングだ。歴史的惨敗を喫した7月の参院選後も職にとどまってきた首相は、なぜ辞任に追い込まれたのか。政治リーダーの責任の取り方、さらには日本の政治にもたらす意味をどう考えればいいのか。3人の専門家に語ってもらった。
◆統治能力のなさ 見せた――飯尾潤(いいお じゅん)・政策研究大学院大教授(現代日本政治論)
総理大臣とは、辞めたくなったら辞められる、そんな軽いポストではない。
安倍内閣とは何だったのか。この突然の辞任表明で、将来、「辞め方」で思い出される内閣になってしまったといえる。
安倍首相は所信表明演説を行い、代表質問を受ける直前というタイミングですべて放り出してしまった。日曜日に自衛隊のインド洋での給油活動の継続に「職と賭する」と言い、水曜日に辞任を表明する。勇ましいことを言っていた人が、その努力もしないうちに辞めてしまうとは。こういう内閣総理大臣の辞任はあるべきことではない。私自身びっくりしたし、この人には政権担当能力がなかったのかとおそろしくなった。
国政を預かった以上、いったん任についたら完遂する姿勢を貫くことだ。辞めるにしても口に出すべきタイミングがある。それすら安倍首相はわからなくなっていたのだろうか。
思い出すのは1989年に総辞職した竹下内閣の「終わり方」だ。竹下首相は消費税導入を実現しようと、不人気に耐え抜き、実現させた。予算案も国会を通し、その上で辞めた。自分が手を付けたことを(そのことの是非はともかく)責任を持って完遂させた。しかし安倍首相は、インド洋の給油活動継続が国際公約だと言いながら、それをまっとうしないまま投げ出してしまった。
たとえて言えば、戦闘中に司令官が戦意を失い、部下を置いたままいなくなってしまうようなものだろうか。
それにしても、この数日を思い起こせば、安倍首相は政治的に冷静な判断能力を失っていたとしか思えない。辞任表明の記者会見にしても、質問に対する答えが答えになっていない。論理的な会話が成立しなくなっている。こんな首相会見は初めてではないか。一国の総理大臣として見せてはいけない姿を、テレビを通して全国に流してしまった。このことでも、すでに政権担当能力が失われていることがわかる。
安倍氏は、自分の内閣で続いた不祥事による混乱とそれが起こした深刻な問題を理解できていなかったのだ。もしかするとそうではないかと推測していたが、今になってわかった。
局面打開のために自分が辞めたからといって民主党が方針を変えるだろうか。国際公約というテロ対策をまっとうしたいのであれば、辞めてはいけない。だいいち、次の首相が自分の政策を継続してくれるかどうか、わからないではないか。
こういう安倍政権が1年も存在していたことは、自民党にも責任がある。日本は議院内閣制をとっている。内閣が政権担当能力を失ったとき、議会とりわけ下院(衆議院)の多数派は、いつでもそれを交代させることができるし、しなければならない。この点で大統領制より優れているといえる。
安倍氏に首相としての能力があるかないか、日ごろ接している自民党の幹部や議員はわかっていたはずだ。党は安倍政権をもっと早く終わらせるべきだった。自民党には「連帯責任」がある。深刻な反省が必要だ。後継者として安倍氏を育成した小泉前首相にも責任がある。
統治能力がない人が首相にいたことの怖さを我々は見てしまった。
いまの日本の政治は、起こるべきではないことが起きている状態だ。政治全体が崩壊状態、危機にあるといえる。その責任は自民党にある。まず、総裁選挙で反省すべきところは反省し、挙げる政策を明確に整理したうえで総選挙をなるべく早く行うことだ。
◆リーダー育てるシステム確立を――成田憲彦(なりた のりひこ)駿河台大学長(比較政治学)
政治は海図なき航海ということを、今更ながら痛感させる出来事だった。しかし危うさは、論功行賞内閣とかお友だち内閣などと呼ばれた政権発足時からあった。酷な言い方だが、未熟でひ弱な政権だったということになる。
所信表明演説で改革の継続を語り、いざ与野党が質問をしようという初日に退陣表明というのでは、無責任のそしりを免れない。退陣によってテロ特措法延長の実現を図るというのも、合理的な説明になっていない。
行動も説明も支離滅裂だが、それだけに本当の理由は、もっと別のところにあるように思われる。
午後2時からの安倍首相の記者会見では、司会者が「それではこれで」と告げたのに、放心したかのように立ち尽くしていた首相の表情が印象的だった。首相として向き合っている国民や国会議員、官僚機構や国際社会の、つまり公(おおやけ)の世界の責任ある地位にある人間としての姿と、感情をもったひとりの私人の内面との間の巨大な亀裂が、鮮烈に見て取れたように思った。
政治家の責任の重さ、また政治家にかかる精神的ストレスは、ますます巨大になっている。例えば政治とカネの問題で領収書1枚食い違っても、マスコミに取り囲まれ、説明責任を追及される。そういう精神的重圧は、首相であれば一般の議員の比ではない。それは私もかつて、細川政権の首相秘書官として目撃していたことだが、近年は総理主導とか首相のリーダーシップなどという言葉がますますそれを加速させている。
今回の辞任劇は、首相がそういう精神的・心理的重圧に耐えきれなくなったということなのだろう。参議院選挙の敗北にもかかわらず続投したことも、批判としては当然だが、とてつもないストレスを蓄積したはずだ。
かつて自民党の派閥政治の時代には、派閥のリーダーたちが天下を目指す戦国大名たちのように覇を競い合った。いわゆる「自民党戦国史」モデルだが、それは実は強靭(きょうじん)な精神力・意志力をもつリーダーの選抜と教育の仕組みでもあった。
しかし派閥政治が否定され、更に「自民党をぶっつぶす」「派閥を壊す」と改革を進めた小泉政治によって、派閥とともに強靭な精神力をもつリーダーの選抜と教育の仕組みは失われた。それでいて、アメリカの大統領選挙のように、1年以上にわたって予備選挙や本選挙を勝ち抜く人を選抜するという新しい仕組みも出来上がっていない。
安倍氏は、従来の仕組みが失われた後、派閥のリーダーの地位を持たずに、当選5回という従来の自民党のシステムからすれば教育途中の身で総裁・総理になった人である。選抜の理由は、「選挙に勝てる人」ということだったが、その根拠は世論調査で「次の首相にふさわしい人」を尋ねたら一番多かったというだけで、十分な資質がテストされていたわけではない。
自民党戦国史モデルに代わる新しいリーダーの選抜と教育システムの確立は、今後日本政治の切実な課題になるだろう。それとともに、官邸の機能強化論に比べて遅れている政権組織論も必須になる。
かつては派閥が政権を支えた。その機能が失われた後、政権を支えることができるのは誰なのか。安倍首相は「お友だち」にそれを求めた失敗した。安倍氏の未熟さを笑うのは簡単なのだが、この点でも真剣な政権論が求められることになろう。(以下、1人の解説は省略)」
(3) 時事ドットコム(2007/09/12-18:44)
「2007/09/12-18:44 安倍首相辞意に当惑=「改革に失敗、脆弱な指導者」−ロシア
【モスクワ12日時事】ロシアは、安倍晋三首相がシドニーでプーチン・ロシア大統領と会談し、日ロ間のハイレベル対話継続で合意した直後だけに、突然の辞意表明に当惑している。
安倍首相は日ロ関係重視の姿勢を示し、年内訪ロの機会を探っていたとされる。ロシア側でも小泉前政権末期の両国関係冷却化を受け、一定の期待感があったが、その機会は訪れないままに終わった。
極東研究所のパブリャチェンコ日本部長は「安倍首相は政権浮揚を外交に求めたが、重要なのは国内の改革だった。安倍氏はそれを遂行する力がない脆弱(ぜいじゃく)な指導者だった」と論評した。」
(4) 朝日新聞平成19年9月13日付朝刊「社説」
「安倍首相辞任―あきれた政権放り出し 解散で政権選択を問え
なんとも驚くべきタイミングで、安倍首相が辞任を表明した。文字通り、政権を投げ出したとしかいいようがない。前代未聞のことである。
内閣を改造し、政権第2幕に向けて国会で所信表明演説をし、国民に決意と覚悟を語ったばかりである。その演説に対する各党の代表質問を受ける当日に、舞台から降りてしまった。国の最高指導者として考えられない無責任さだ。
首相は記者会見で、辞任の理由として、11月1日に期限が切れるテロ特措法の延長が困難になったことをあげた。海上自衛隊によるインド洋での給油活動を継続することに「職を賭す」と発言していた。
■路線の破綻は明白だ
そのために民主党の小沢代表に党首会談を申し入れたが、それを断られたため、「テロとの戦いを継続させるには、むしろ局面を転換しなければならない。私がいることがマイナスになっている」と、身を引くことを決めたという。
だが、それほど給油活動が大事だというなら、方法はほかにも考えられたろう。実際、政府・与党は新法による打開を画策していた。その成立に全力をあげるというなら分かるが、辞任することで道を開くという理屈は理解に苦しむ。
辞任に追い込まれた真の理由は、7月の参院選で歴史的な惨敗を喫し、明確な「ノー」の民意をつきつけられたにもかかわらず、政権にとどまったことにある。
内閣改造で出直そうとしたけれど、すぐに遠藤農水相らが辞任。他の閣僚たちにも政治資金にまつわる不祥事が次々と噴き出し、ついに政権の求心力を回復することができなかった。
新内閣で首相を側近として支えた与謝野官房長官は、辞任の理由として健康問題を指摘した。盟友の麻生太郎自民党幹事長も「迫力、覇気がなえ、しんどいのかなと思った」と述べた。
精神的に首相職の重圧に耐えられない状態になっていたのだろう。そう考えれば、今回の異常なタイミングでの辞任表明も分からなくはない。民意にさからう続投という判断そのものが誤りだった。
だが、つまずいたのは参院選後の政権運営だけではない。その前からすでに、基本的な安倍政治の路線は幾重にも破綻(はたん)をきたしていた。
小泉改革の継承をうたいながら、郵政造反議員を続々と復党させた。参院選で大敗すると「改革の影に光をあてる」と路線転換の構えを見せるしかなかった。
首相の一枚看板だった対北朝鮮の強硬路線も、米国が北朝鮮との対話路線にハンドルを切り、行き詰まった。従軍慰安婦についての首相発言は、米議会の謝罪要求決議を促す結果になった。せっかく中国と関係を修復しながら、「歴史」をめぐる首相の姿勢は米側の不信を呼び起こし、日米関係に影を落としていた。
そして、宿願だった憲法改正が有権者にほとんど見向きもされず、実現の見通しも立たなくなった。選挙後、「美しい国」「戦後レジームからの脱却」という安倍カラーが影をひそめざるを得なかったところに、安倍政治の破綻が象徴されていた。もはや、それを繕いきれなくなったということだろう。
戦後生まれの52歳で当選5回、閣僚経験は小泉内閣での官房長官のみ。この若さは武器にもなるけれど、日本という大国のリーダーとしては不安でもある。ベテラン議員を多く起用した改造内閣で、首相の姿がいかに小さく見えたことか。
1年前、安倍氏が自民党総裁につくにあたって、私たちは「不安いっぱいの船出」と題した社説を掲げ、安倍氏の経験や準備不足に懸念を表明した。その不安がはしなくも的中した。
■自民党の衰弱あらわ
深刻なのは、そうした安倍氏を総裁に選び、首相の座につけた自民党の判断力の衰えである。
昨年の自民党総裁選には安倍氏を含め3人の候補者が立ったが、優位が予想された安倍氏に雪崩をうって党内の支持が集まった。ベテラン議員らも露骨な「勝ち馬に乗る」思惑からはせ参じた。
政治家としての本当の見識や経験、政策は二の次三の次で、選挙で勝てる「顔」にふさわしいかどうかだけで党首を選ぶ。そんな自民党の見識と活力のなさこそが、今回の突然の政権放り出しを招いた要因ではなかったか。
その意味で、安倍氏を重用することで後継者の位置に押し上げた小泉前首相の責任は重い。参院選後、安倍続投に動いて幹事長におさまった麻生氏も責任は免れまい。続投の流れに乗った有力者や連立与党の公明党もまたしかりだ。
首相は政治空白を最小限にとどめたいと語ったが、遅きに失した退陣表明で参院選後の1カ月半を空費してしまったのは首相自身だ。
政治空白が長引くのは困るが、どたばたで後継総裁、新首相を決めてしまうのでは、参院選の惨敗を踏まえた党の出直しにならないのではないか。きちんと候補者を立て、開かれた党内論議を徹底的に行うべきだ。
次の総裁、新首相は有権者の支持を得られなかった安倍首相の後継だ。新たな政権は自らを「選挙管理内閣」と位置づけ、可能な限り速やかに衆院を解散し、総選挙をする必要がある。
今回の政権放り出しは、民主党を第1党にした参院選がもたらした結果でもある。自民党政権がこれだけ混迷してしまった以上、総選挙で有権者にきちんと政権選択を問うべきだ。国民の信頼に基づく政治を取り戻すにはそれしかない。」
「健康状態の悪化があったにせよ、首相の資質を欠いていた」、「統治能力がない人が首相にいたことの怖さを我々は見てしまった」、「未熟でひ弱な政権だった」、「改革に失敗、脆弱な指導者」。安倍首相は散々な言われようですが、否定できません。
しかし、「こういう安倍政権が1年も存在していたことは、自民党にも責任がある」(飯尾潤教授)のです。元々、選挙に有利だからと言って安倍首相を選出し、参院選において有権者は自民党大敗を選択したのに、参議院選挙後、自民党幹部らが安倍首相に辞任を勧めたのにも関わらず、安倍首相が続投を固辞したことを認めてしまいました。今また、投げ出す形で辞任する意向を示した安倍首相を誰も止めることができず、安倍首相は辞任することになってしまいました。「内閣が政権担当能力を失ったとき、議会とりわけ下院(衆議院)の多数派は、いつでもそれを交代させることができる」という議院内閣制の利点を何ら発揮することがなかったのです。
「かつて自民党の派閥政治の時代には、派閥のリーダーたちが天下を目指す戦国大名たちのように覇を競い合った。いわゆる「自民党戦国史」モデルだが、それは実は強靭(きょうじん)な精神力・意志力をもつリーダーの選抜と教育の仕組みでもあった。
しかし派閥政治が否定され、更に「自民党をぶっつぶす」「派閥を壊す」と改革を進めた小泉政治によって、派閥とともに強靭な精神力をもつリーダーの選抜と教育の仕組みは失われた。それでいて、アメリカの大統領選挙のように、1年以上にわたって予備選挙や本選挙を勝ち抜く人を選抜するという新しい仕組みも出来上がっていない。
安倍氏は、従来の仕組みが失われた後、派閥のリーダーの地位を持たずに、当選5回という従来の自民党のシステムからすれば教育途中の身で総裁・総理になった人である。」(成田憲彦・駿河台大学長)
従来の自民党のシステムもなく、政治家としての本当の見識や経験、政策は二の次三の次で、選挙で勝てる「顔」にふさわしいかどうかだけで党首を選ぶのです。小泉チルドレンらは、小泉氏に再登板を求める署名を求めて回っています。小泉チルドレンは、参院選の敗北が小泉改革にあったことを全く分かっていないのです。小泉チルドレンの振る舞いは、民意が全く分からない議員の集まりの証明であり、小泉チルドレンの愚かな振る舞いを厳しく批判する自民党議員さえいないのです。自民党全体が政権を支えるだけの力を失い、衰弱しきっているといえるのです。
自民党では、安倍首相の後継選びが始まっています。おそらく自民党から首相が選ばれることにはなるのでしょう。しかし、衆議院選挙という民意が反映することなく、首相が2度も変わるのです。これでは誰が選ばれようと、民意が反映しない首相であり、首相としての正統性があるとは思えません。
自民党から選ばれた新たな政権は、総選挙で有権者にきちんと政権選択を問うべきであり、今国会で検討すべき諸問題の処理が終わった後、「可能な限り速やかに衆院を解散可能な限り速やかに衆院を解散し、総選挙をする」べきなのです。

