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2007/08/13 [Mon] 23:59:01 » E d i t
太平洋戦争開戦時の海軍大臣でA級戦犯被告だった嶋田繁太郎の巣鴨拘置所時代の日記(複写)が、防衛省防衛研究所と国立公文書館で相次いで見つかったそうです(日経新聞8月12日付朝刊)。この報道記事を紹介したいと思います。


1.まず、報道記事から。

(1) 日本経済新聞平成19年8月12日付朝刊(日曜)1・34面

 「嶋田元海相の「巣鴨日記」発見 在任時に開戦・A級戦犯

 太平洋戦争開戦時の海軍大臣でA級戦犯被告だった嶋田繁太郎の巣鴨拘置所時代の日記(複写)が防衛省防衛研究所と国立公文書館で相次いで見つかった。嶋田元海相は戦後、一貫して戦争について沈黙を守り、巣鴨日記の存在もこれまで知られていなかった。海軍トップとして戦争を指導した思いなどが書かれており、昭和史の貴重な史料の1つといえる。

 日記の複写は1946年1月1日から47年9月10日までが防衛研究所図書館、翌日の9月11日から48年4月16日までが公文書館にあり、同じ日記が分割されたとみられる。原本の所在は不明。2つの日記は最近になって公開された。

 46年5月1日付では弁護士と初面会時の所信希望として「大東亜戦争は侵略戦争にあらず」「天皇陛下に責任が掛からないようにする」と述べたことが書かれている。

 一方、「海軍大臣拝命以後のことは国内並(び)に国際の情勢上他に方途なく、他の方途を執るには時機既に遅きに過ぎたり。敗戦のことは真に申し訳なし」(47年9月24日)と、戦争を悔やむ記述もあった。

 嶋田元海相は海軍兵学校で山本五十六連合艦隊司令長官と同期。東京裁判で終身禁固刑となったが55年に釈放、76年に92歳で死去した。」(1面)



嶋田巣鴨日記「敗戦申し訳なし」 揺れる心中、単調な記述

 「海軍の戦争」とも言われた太平洋戦争。日本海軍は対米戦に勝算がないと分析していながら、時勢に流され無謀な戦争を主導した。最高責任者だった嶋田繁太郎元海相は戦後、回想録など一切著さず沈黙を守り続けた。今回明らかになった、巣鴨での“獄中日記”には、「自衛のためのやむなき戦争」とする主張や「敗戦のことは真に申し訳なし」など敗戦に揺れ動く心中をつづっていた。

 東京裁判が始まる直前の1946年5月1日、嶋田元海相は弁護人の高橋義次氏と面会、「大東亜戦争は侵略戦争ではない」「天皇陛下に責任を掛けない」「海軍の全責任を自分が負う」の3点を自身の信念として話したと日記に記している。以後もこの考え方が強くにじむ記述が見られる。

 ただ、日記全般を見て強く印象に残るのは、その「無機質さ」だ。毎日朝昼晩の食事内容を欠かさず書き込んでいるかと思えば、開戦(12月8日)、終戦(8月15日)に当たる「特別な日」に何ら感想らしきものが見られない。同じA級戦犯被告の重光葵元外相が自省を込めた詳細な「巣鴨日記」を著しているのとは対照的だ。

 嶋田元海相の大臣時代の一日は判で押したように同じだったという。毎朝、明治神宮に参拝して登庁。黙々と案件をこなし、午後5時半には真っすぐ帰宅する。能吏型軍人の典型だった。

 単調な日記はその性格の反映だろうか。戦争の当事者意識に欠けるように見える記述は「東条(英機)の副官」と揶揄(やゆ)されたほど陸軍の暴走に流された元海相の人間性を表しているようにも見える。

 元海相は大臣在任時の「開戦日記」を残しているが、ここでも真珠湾攻撃当日でさえ数行の事実のみで感想は書かれていない。日記は人物の見識を測る重要な資料だ。「何を書いたか」と同時に「何を書かなかったか」ということも評価の対象になりえる。巣鴨での日記は海軍指導者の人物像を分析する上で有益な史料だろう。

 嶋田日記は戦後60年余りを経過し、公開への抵抗感が薄れたことや、99年に法務省から公文書館へ東京裁判関連資料が移管されるなどして“封印”が解けた。今後も同様の事情で新資料が世に出る可能性があり、昭和史は再評価の時代に入ったともいえる。(編集委員・井上亮)

========================
嶋田繁太郎(しまだ・しげたろう) 旧幕臣の子として東京で生まれた。海軍では連合艦隊参謀長など一貫して軍令畑を歩む。しかし、太平洋戦争開戦直前の1941年10月、軍政のトップである海軍大臣に就任した。

 戦時中は東条英機首相が軍政と軍令を統一するため、陸相、参謀総長を兼ねたのに合わせ、軍令部総長も兼任する。陸軍に妥協的だったため「東条の副官」などと批判された。

 戦後は東京裁判でA級戦犯被告となり、48年11月に終身禁固刑の判決を受ける。55年に仮釈放、その後赦免された。
========================」(34面)


*紙面では、日記・弁護士団の劈頭〔へきとう〕陳述に関する意見の抜粋、日記に記してあった「巣鴨拘置所食事メニュー」も掲載している。


◆責任感が希薄――作家・保坂正康氏の話

 嶋田元海相は海軍の指導者として開戦の責任を直接的に負わなければならない人物だが、この日記を読むと国民に対する責任感が希薄な感じを受ける。また、東京裁判での弁護の仕方を見ても陸軍に引きずられた状況追随型の人物像がうかがえる。あの困難な時期、海軍は陸軍と対等に渡り合える人がいなかったということだろう。


◆備忘録と対照を――栗屋憲太郎立教大教授の話

 嶋田元海相の戦前の備忘録など手記のいくつかは世に出ているが、巣鴨拘置所での日記は明らかになったのは初めてで興味を引かれる。ただし、本人の律儀な性格のせいかもしれないが、内容は単調で不満は残る。今後、備忘録などと対照してみると面白い結果が出てくるかもしれない。」(34面)



(2) 毎日新聞平成19年8月13日付夕刊10面

海軍大臣:「嶋田日記」を確認「敗戦は真に申し訳なし」

 太平洋戦争開戦時の海軍大臣、嶋田繁太郎(1883~1976)が戦後、A級戦犯となって巣鴨拘置所時代に記した日記の複写が、防衛省防衛研究所と国立公文書館(いずれも東京都)で確認された。「獄中日記」の存在は、これまで一般にはあまり知られていなかった。陸軍に引きずられて開戦に至り、戦後は沈黙を続けた嶋田。「敗戦のことは真に申し訳なし」の言葉もあるが、海軍の最高責任者としては全体に淡々とした内容で、その人物像を知る貴重な史料だ。

 日記は、46(昭和21)年元旦から48年4月16日まで。46年5月1日には弁護人と初面会し「大東亜戦争は侵略戦争にあらざることを闡明(せんめい)」「天皇陛下に御責任の掛らざること」「海軍の全責任を嶋田にて荷い、他人に成べく責任の及ばざること」としている。また、誕生日を迎えた翌47年9月24日には「海軍大臣拝命以後のことは(略)他の方途を執るには時機既に遅きに過ぎたり」と書き、「敗戦のことは真に申し訳なし」に続く。

 嶋田元海相は04年海軍兵学校卒で、同期に真珠湾攻撃を指揮した山本五十六がいる。東京裁判で終身禁固刑を受け、55年釈放された。【鶴谷真、佐野優】

 ◇  ◇

 この日記は、47年9月10日までが防衛研究所図書館、それ以降が公文書館にある。遺族の了解を得て98年3月から同図書館、昨年12月から国立公文書館で公開している。

毎日新聞 2007年8月13日 11時45分 (最終更新時間 8月13日 14時05分)」




2.戦争責任を負った嶋田元海相の日記は、色々なことを示唆していると思います。

「嶋田元海相の大臣時代の一日は判で押したように同じだったという。毎朝、明治神宮に参拝して登庁。黙々と案件をこなし、午後5時半には真っすぐ帰宅する。能吏型軍人の典型だった。

 単調な日記はその性格の反映だろうか。戦争の当事者意識に欠けるように見える記述は「東条(英機)の副官」と揶揄(やゆ)されたほど陸軍の暴走に流された元海相の人間性を表しているようにも見える。」


海軍の指導者として国民に対して責任を負うべき者が、「判で押したように同じ」行動をするのみで、「陸軍の暴走に流され」てしまったのです。戦時中と同じように、戦後の「巣鴨日記」で現れているように「国民に対する責任感が希薄な感じ」(保坂氏)だったのです。

なすべきときに責任ある者が流されるままに動き、戦争責任を問われる事態になっても、深く反省することなく、当事者意識に欠けたままだったのです。


安倍首相は、「反省すべきところは反省する」と言いつつも、何を反省するのかを一切述べることなく、しかも、街頭演説での(動員された)聴衆の反応が良かったから「私の基本的な政策は支持されている」という愚かな考えを述べて、首相の地位に留まっているのです。これでは、国民が民主党を支持したという民意を無視したばかりか、自民党が大敗した責任をとらないのですから、何も反省していないのと同じです。

安倍首相は、まるで「巣鴨日記」から伺える嶋田元海相のようです。嶋田元海相と安倍首相はともに「国民に対する責任感が希薄」なのですから。

無責任な指導者が国の重要な地位に留まることは国を滅亡へ追い込みかねないのです。日本の市民は、「安倍首相は首相を辞任すべきである」と強く主張し続けるべきなのです。

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

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コメント
この記事へのコメント
きょうミュシャは
きょうミュシャは、医学界っぽい開票するはずだった。
2007/08/18 Sat 09:21:31
URL | BlogPetのミュシャ #-[ 編集 ]
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