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2007/08/09 [Thu] 23:59:55 » E d i t
長崎は8月9日、被爆から62回目の原爆忌を迎えました。爆心地に近い長崎市松山町の平和公園では、市主催の「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が開かれ、被爆者や遺族ら約5500人が参列しました。

「長崎平和宣言」では、久間章生前防衛相の名前に直接言及したわけではないのですが、久間前防衛相の原爆投下を巡る発言や閣僚らによる核保有論議の容認発言などを意識した宣言を行いました。久間氏の「原爆投下しょうがない」発言への「怒り」がずっと続いているのです。この報道について触れたいと思います。


1.まず報道記事から。

(1) 東京新聞平成19年8月9日付夕刊1面

 「『原爆の日』怒る長崎  核廃絶『政府は行動示せ』
2007年8月9日 夕刊

 長崎は九日、被爆から六十二年の原爆の日を迎え、長崎市松山町の平和公園で市主催の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれた。就任後初めての平和宣言に臨んだ田上富久市長は、核兵器廃絶に対する政府全体の姿勢が揺らいでいるとの憂慮を示し「国際社会で強いリーダーシップを」と、世界唯一の被爆国として明確な行動を取るよう政府に強く促した。 

 宣言で田上市長は、久間章生前防衛相(衆院長崎2区選出)の原爆投下「しょうがない」発言や、一部閣僚、自民党幹部が日本の核保有論に言及したことを念頭に「原爆投下への誤った認識や、核兵器保有の可能性が語られる中、非核三原則は国是ではなく法制化こそが必要」と強調。

 四月に暴力団幹部に射殺された伊藤一長前市長の核兵器廃絶への遺志を継承する考えを表明し、世界の核保有国に向けては、伊藤前市長のこれまでの平和宣言と同様、核兵器廃絶と核軍縮への積極的な取り組みを呼び掛けた。

 式典には被爆者や遺族、市民、安倍晋三首相、柳沢伯夫厚生労働相、核保有国のロシア、パキスタンを含む十五カ国の駐日大使ら計約五千七百人が参列。原爆投下時刻の午前十一時二分に全員で黙とうし、犠牲者の冥福を祈った。久間前防衛相は市の招待を受けていたが、発言に対する被爆者団体の反発が強く、欠席した。

 被爆者を代表し「平和への誓い」を朗読した長崎市の正林克記さん(68)は「原爆投下はそれぞれの立場や都合で正当化し、肯定するものではありません」と訴えた。

 安倍首相は「国際社会の先頭に立ち、核兵器廃絶と恒久平和の実現に全力で取り組む」とあいさつ。伊藤前市長への弔意も示した。首相は式典終了後、長崎市内のホテルで被爆者五団体の代表と面会した。

 長崎市によると、この一年間に新たに死亡が確認された被爆者は三千六十九人。原爆死没者名簿に記載された人は計十四万三千百二十四人になった。長崎の被爆者の平均年齢は昨年より〇・八歳上がり、七四・〇歳になった。

長崎平和宣言の骨子

一、伊藤一長前市長の核兵器廃絶の願いを継承する

一、すべての核保有国は、まず自ら保有する核兵器廃絶の取り組みを

一、政府は核兵器廃絶に向け、国際社会で強いリーダーシップ発揮を

一、非核三原則は法制化が必要

一、核兵器のない未来を決してあきらめない」



(2) 東京新聞平成19年8月9日付夕刊11面

 「核廃絶あきらめない 62回目長崎『原爆の日』
2007年8月9日 夕刊

 暑い日差しの下、人々は目を閉じ、思った。原爆投下を「しょうがない」と言い放った地元選出の閣僚。世界に核軍縮の動きはなく、日本でも核保有が取りざたされる政治の状況。慕った平和市長は、凶弾にあえなく命を落とした。「それでも、核兵器のない未来をあきらめない」。どんな“逆風”が吹き荒れても、この怒りと苦しみを次代の糧に。被爆から六十二年の九日、長崎は誓いを新たにした。 

 日本も核武装を議論すべきだ。原爆投下はしょうがない。相次ぐ閣僚らの発言に、長崎市の田上富久市長は憤りを隠せないでいる。「六十二年訴えてきたことがいまだに伝わっていない。わたし自身もどかしいが、被爆者の皆さんが一番悔しく思っているだろう」。九日の平和祈念式典では、政府に対し、核廃絶への決意が揺らいでいないか、と突き付ける内容の平和宣言を読み上げた。

 銃撃され死亡した伊藤一長前市長の後を受け、四月の市長選で当選し就任した。平和祈念式典には、それまでは市広報課の職員として広報誌の写真撮影などでかかわってきた。

 五月、平和宣言を作成するための委員会の初会合の席上。「事件の悲しみから完全に立ち直っていないが、伊藤前市長の平和への思いを受け継ぎたい」。志半ばで凶弾に倒れた前市長の理念を継承することを宣言した。

 六月に久間章生前防衛相が「原爆投下はしょうがない」と発言すると、すぐさま上京。「市民を無差別に殺す核兵器の使用はいかなる理由があろうとも正当化できない」と、長崎県選出の国会議員である久間氏に直接抗議した。

 長崎市の平和宣言は、例年約二カ月かけて市民らと協議して作成される。歴代市長がこれまでに読み上げた平和宣言は、時々の国際情勢を反映しつつ、一貫して核兵器廃絶を訴えてきた。

 一九九〇年に右翼団体幹部に銃撃され負傷した本島等元市長は、日本の加害責任に触れた。伊藤前市長は、核大国米国を名指しして批判した。

 作成に携わる元長崎大学長の土山秀夫さん(82)は「今年は世界に対しての核廃絶呼び掛けより、国内への注意喚起。足元を問いたださなければ、諸外国を説得することはできない」と強調した。

 核をめぐる情勢は、国際的な核不拡散体制が危機を迎えているだけでなく、国内こそ危うい。「逆風の中でも、長崎市の核廃絶への考えは変わらない」。四月まで統計課長だった田上氏は、強い意志を秘め、市長として初の式典に臨んだ。」



(3) 朝日新聞平成19年8月9日付夕刊1面(紙面から引用)

長崎平和宣言、核兵器容認論に危機感 「廃絶、政府が主導を」
2007年08月09日12時07分

 長崎は9日、被爆から62年を迎えた。長崎市松山町の平和公園では午前10時40分から、長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が開かれ、被爆者や遺族ら5500人が参列。原爆が投下された午前11時2分、犠牲者を悼んで黙祷(もくとう)をささげた。4月に初当選し、初めて平和宣言を読み上げた田上富久市長は、久間前防衛相が原爆投下を「しょうがない」と発言したのを受け、「原爆投下をめぐる誤った認識」が広がっていることへの危機感を表明。非核三原則の法制化などを訴えた。

 式典では、長崎で原爆に遭い、この1年間に死亡が確認された3069人の名簿が平和祈念像前の奉安箱に納められた。死没者の累計は14万3124人になった。

 被爆者や遺族の代表、安倍首相らが献花した後、原爆投下時刻に高校生の男女が「長崎の鐘」を打ち鳴らした。高く澄んだ音色が響く中、参列者たちは原爆の熱線、爆風、放射線にさらされて亡くなった人たちの冥福を祈った。

 平和宣言は冒頭、4月の市長選のさなかに暴力団幹部に射殺された伊藤一長・前市長の遺志を受け継ぎ、核兵器廃絶に取り組む決意を表明した。

 核をめぐる国際情勢には不安が募る。北朝鮮による核実験やイランの核開発疑惑などに触れ、「核不拡散体制が崩壊の危機に直面している」と指摘。米国をはじめとするすべての核保有国が、自らの核兵器の廃絶に取り組むべきだと訴えた。

 日本政府への注文も多い。「憲法の平和と不戦の理念にもとづき、核兵器廃絶に向けて強いリーダーシップを」「北東アジア非核化構想の実現を目指し、北朝鮮の核廃棄に向けて6カ国協議の場で粘り強い努力を」「被爆者の実情に目を向け、援護施策の充実を」

 久間発言に直接言及することは避けたが、「被爆国のわが国においてさえも、原爆投下への誤った認識や核兵器保有の可能性が語られる」現状を憂えた。昨秋、中川昭一・自民党政調会長らが日本の核武装について「議論があっていい」と発言したことへの批判も込めた。

 被爆者を代表して「平和への誓い」をした長崎県被爆者手帳友愛会の正林克記(かつき)さん(68)も、久間発言を念頭に訴えた。「(原爆投下は)それぞれの立場や都合で、正当化し、肯定するものではありません」

 安倍首相のあいさつは、6日の広島市の平和記念式で述べたのとほぼ同内容。核兵器廃絶と恒久平和の実現に取り組む姿勢などを示し、伊藤前市長の冥福を祈った。

 式典には核保有国のロシア、パキスタンを含め15カ国の駐日大使らが参列。初参加は10カ国だった。衆院長崎2区選出の久間氏は「混乱を招くのを避けたい」として欠席した。

 3月末現在、全国の被爆者(被爆者健康手帳所持者)は25万1834人で、1年前より7722人減った。」




「原爆投下はしょうがない」という発言は、多くの人に衝撃を与えました。

「長崎市の田上富久市長は憤りを隠せないでいる。「六十二年訴えてきたことがいまだに伝わっていない。わたし自身もどかしいが、被爆者の皆さんが一番悔しく思っているだろう」。九日の平和祈念式典では、政府に対し、核廃絶への決意が揺らいでいないか、と突き付ける内容の平和宣言を読み上げた。」(東京新聞)

久間氏は原爆投下を「しょうがない」で済ませてしまい、しかも、最初は安倍首相も久間氏を擁護していたのです。被爆地として62年訴えてきたのに、久間発言と安倍首相による擁護は、その訴えを無にしてしまったのです。

久間発言は、被爆者代表として「平和の誓い」を述べた者にも、衝撃を与えました。ほぼ出来上がっていた原稿に、怒りに突き動かされるように、次のような言葉を追加したのです。

「被爆者を代表して「平和への誓い」をした長崎県被爆者手帳友愛会の正林克記(かつき)さん(68)も、久間発言を念頭に訴えた。「(原爆投下は)それぞれの立場や都合で、正当化し、肯定するものではありません」」



久間氏の「しょうがない」発言は、多くの日本市民に強く自覚させたのです。これからもずっと原爆投下は正当化できないと言い続け、行動しなければならないと。


自民党は、久間氏が防衛相を辞任し、参議院選挙が終わったことで過去のことと思っているのかもしれません。もはや与党議員は誰も久間発言を問題にしていないのですから。

しかし、久間氏の「しょうがない」発言は、62年間の訴えを無にするかのような発言だったという重みがあったのです。久間発言は、安倍政権及び与党(自民党・公明党)への根本的な不信感を生じさせ、この不信感を払拭することは困難なのです。



2.長崎新聞のHPから「長崎平和宣言」を引用しておきます。

 「長 崎 平 和 宣 言

 「この子どもたちに何の罪があるのでしょうか」

 原子爆弾の炎で黒焦げになった少年の写真を掲げ、十二年前、就任まもない伊藤一長前長崎市長は、国際司法裁判所で訴えました。本年四月、その伊藤前市長が暴漢の凶弾にたおれました。「核兵器と人類は共存できない」と、被爆者とともに訴えてきた前市長の核兵器廃絶の願いを、私たちは受け継いでいきます。

 一九四五年八月九日午前十一時二分、米軍爆撃機から投下された一発の原子爆弾が、地上五百メートルでさく裂しました。

 猛烈な熱線や爆風、大量の放射線。

 七万四千人の生命が奪われ、七万五千人の方々が深い傷を負い、廃虚となった大地も、川も、亡きがらで埋まりました。平和公園の丘に建つ納骨堂には九千もの名も知れない遺骨が今なお、ひっそりと眠っています。

 「核兵器による威嚇と使用は一般的に国際法に違反する」という、一九九六年の国際司法裁判所の勧告的意見は、人類への大いなる警鐘でした。二〇〇〇年の核不拡散条約(NPT)再検討会議では、核保有国は全面的核廃絶を明確に約束したはずです。

 しかしながら、核軍縮は進まないばかりか、核不拡散体制そのものが崩壊の危機に直面しています。米国、ロシア、英国、フランス、中国の核保有五カ国に加え、インド、パキスタン、北朝鮮も自国を守ることを口実に、新たに核兵器を保有しました。中東では、事実上の核保有国と見なされているイスラエルや、イランの核開発疑惑も核不拡散体制をゆるがしています。

 新たな核保有国の出現は、核兵器使用の危険性を一層高め、核関連技術が流出の危険にさらされています。米国による核兵器の更新計画は、核軍拡競争を再びまねく恐れがあります。

 米国をはじめとして、すべての核保有国は、核の不拡散を主張するだけではなく、まず自らが保有する核兵器の廃絶に誠実に取り組んでいくべきです。科学者や技術者が核開発への協力を拒むことも、核兵器廃絶への大きな力となるはずです。

 日本政府は被爆国の政府として、日本国憲法の平和と不戦の理念にもとづき、国際社会において、核兵器廃絶に向けて強いリーダーシップを発揮してください。

 すでに非核兵器地帯となっているカザフスタンなどの中央アジア諸国や、モンゴルに連なる「北東アジア非核兵器地帯構想」の実現を目指すとともに、北朝鮮の核廃棄に向けて、六カ国協議の場で粘り強い努力を続けてください。

 今日、被爆国のわが国においてさえも、原爆投下への誤った認識や核兵器保有の可能性が語られるなか、単に非核三原則を国是とするだけではなく、その法制化こそが必要です。

 長年にわたり放射線障害や心の不安に苦しんでいる国内外の被爆者の実情に目を向け、援護施策のさらなる充実に早急に取り組んでください。被爆者の体験を核兵器廃絶の原点として、その非人道性と残虐性を世界に伝え、核兵器の使用はいかなる理由があっても許されないことを訴えてください。

 爆心地に近い山王神社では、二本のクスノキが緑の枝葉を大きく空にひろげています。六十二年前、この二本の木も黒焦げの無残な姿を原子野にさらしていました。それでもクスノキはよみがえりました。被爆二世となるその苗は、平和を願う子どもたちの手で配られ、今、全国の学校やまちで、すくすくと育っています。時がたち、世代が代わろうとも、たとえ逆風が吹き荒れようとも、私たちは核兵器のない未来を、決してあきらめません。

 被爆六十二周年の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典にあたり、原子爆弾の犠牲になられた方々のみ霊の平安をお祈りし、広島市とともに、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に力を尽くしていくことを宣言します。

2007年(平成19年)8月9日  長崎市長  田上富久」




<追記>

朝日新聞平成19年8月10日付朝刊11面「声」欄に、秀逸な投書がありましたので、引用しておきます。1つは原爆の惨状を目の当たりにした内容で、もう1つは平和祈念式典での「安倍首相のあいさつ」への批判です。

 「◆原爆の犠牲者 2つの地獄図――静岡県・80代

 1945年8月9日。海軍航空隊員だった私は沖縄で負傷し、長崎市から約40キロ離れた佐賀県嬉野市の海軍病院に入院していた。

 午前11時頃、空襲警報で防空壕(ごう)に避難しようと病室を出た時、稲妻のような閃光(せんこう)がひらめき、地軸を揺るがすようなごう音がし、病院が揺れた。音のした方を振り返ると、南の空に白いキノコ雲が浮かんでいた。

 同日夕方、瀕(ひん)死の夥(おびただ)しい数の老若男女がトラックで運び込まれ、病院は修羅場と化した。高熱で戦闘帽が焼けただれた顔に張り付き、溶けて紫色にめくれ上った皮膚とシャツがくっついた少年。灼熱(しゃくねつ)で髪と顔が溶け、ずたずたのモンペ姿の女学生。名札の住所・氏名の文字が左胸に焼き付いた小学生。苦痛を訴える悲鳴、うめき。私は初めて阿鼻叫喚(あびきょうかん)の「地獄」を見た。

 凄惨(せいさん)なうめき声に恐怖の一夜を過ごした私は、明け方、異様な静寂にただならぬ気配を感じ、跳ね起きた。搬入された数百人と思われる人々のほぼ全員が、死亡していたのである。

 翌10日、私を含む従前の傷病兵は近隣の旅館に移動させられた。

 16日朝、復員証明書を渡された私は、東に向かう無蓋(むがい)の貨物列車に乗り込んだ。広島駅から10キロほど手前で線路が飴(あめ)のようにぐにゃりと曲がり、列車が動かなくなった。川の岸辺に水ぶくれした無数の死体。廃墟(はいきょ)と化した広島市街。ぼろぼろの服をまとい、精気を失い、幽鬼に似た人々。私は他の復員兵ら20~30人と東をめざして5時間ほどさまよい歩き、この地で再び、「地獄」を見たのである。


◆空虚に響いた憲法順守発言――埼玉県・60代

 「今後とも、憲法の規定を順守し、国際平和を誠実に希求し、非核三原則を堅持していくことを改めてお誓い申し上げます」――原爆の日の広島平和記念式で安倍首相が誓った。歴代首相のあいさつの中で、今回ほど空虚に響くものはないと感じたのは、私だけではないだろう。

 つい10日ほど前まで「憲法改正」「戦後レジームからの脱却」を声高に叫んでいた人の言葉である。安倍首相が打ち出した「原爆症認定基準の見直し」も、被爆者代表との会談を一度は拒否したことや、久間前防衛相の原爆投下「しょうがない」発言と参院選での自民大敗の後であることなどを考え合わせると、単なる思いつきぐらいにしか思われない。「寝耳に水」との厚労省幹部の発言が、それを物語っている。

 私が役員を務める地元の平和団体は毎年、広島に小学5年生を派遣している。今年参加した2人はどのように感じただろう。感想を聞きながら、やるせない空虚感を埋めたい、と思った。」


安倍首相やその閣僚は、本当に原爆の惨状を分かっているのでしょうか? 憲法改正、しかも憲法9条を改正したいと願っているのに、平和祈念式典で「憲法の規定を順守」と言ってみても、誰が本気だと思うでしょうか? 

しかも、安倍首相が「原爆症認定基準の見直し」を検討するよう厚労相に指示したといっても、被爆者側との面談において、被爆者から原爆症認定訴訟の控訴断念をどんなに求めても、「明言できない」、返事は「言えない」というだけで、無責任な回答を述べるだけです(朝日新聞8月10日付朝刊34面)。安倍首相の言動はまったく信用できないのです。 

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

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2007/08/10 Fri 16:00:26
| #[ 編集 ]
ミュシャが腎臓摘
ミュシャが腎臓摘出が規程すればよかった?
2007/08/11 Sat 09:10:34
URL | BlogPetのミュシャ #-[ 編集 ]
>非公開コメントの方へ
コメントありがとうございます。非公開コメントですので、修正した形で引用することをお許し下さい。


>進駐軍のDTT作戦で駆除されたはずの“日本シラミ”がワシントンに出現!
>原爆の日に、しかも国会をサボって訪米した上、原爆投下に抗議するどころか、見通しも立たないテロ特措法延長を約束?してくる馬鹿さ加減

……(^^ゞ 小池防衛相の訪米のことはエントリーにしてみました。↓
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-512.html

小池氏にとっては、「原爆の日」よりも国会よりも、安倍氏へアピールすることが何より優先でしょう。安倍氏の周りはアホばかりです。8月の内閣改造後も「お友達内閣」なんでしょうね、きっと。


>民主党にも獅子身中のシラミがいましたね

前原氏ですね。
小沢代表が駐日大使と会談して方針を明確にした以上、足を引っ張るのは止めてほしいです。こんなことだから、いつまでも民主党は信頼感がないと言われてしまうのに。

「民主党の前原誠司前代表は12日のテレビ朝日の番組で、11月1日で期限が切れるテロ対策特別措置法の延長問題について『テロとの戦いに75カ国が参加しており、日本が抜けるのは国益に反する。何らかの形で参加するのが良いし、洋上給油は現段階ではベストだ』と述べ、延長に理解を示した。」(産経新聞7/08/12 12:55)
http://www.sankei.co.jp/seiji/seikyoku/070812/skk070812001.htm


>こういう連中を「売国奴」よばわりする「きっこの日記」は痛快ではありますが、また逆の危うさも

「きっこの日記」さんは、安倍氏を筆頭としてウヨク的な主張が蔓延る現在、そういう主張を明快に批判する貴重な存在です。遠慮なく切り捨ててみせる文章も魅力の1つでしょう。良い方向でのみ、痛快さを発揮してほしいものです。
2007/08/12 Sun 23:14:56
URL | 春霞 #ExKs7N9I[ 編集 ]
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