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2007/08/07 [Tue] 23:41:33 » E d i t
8月6日は、62回目の「広島・原爆の日」でした。今年は、長崎県出身で防衛相だった久間章生氏が原爆投下について「しょうがない」と述べたことから、その発言の触れた記事及び社説が目に付きました。親戚・知人に被爆者がいる身としては被爆体験はあまりに身近であるため、「原爆の日」に関するエントリーは書きづらいのですが、これらの報道について触れたいと思います。


1.まず、2つほどの報道記事を。

(1) 東京新聞平成19年8月6日付夕刊1面

被爆の実態学べ  政府へ核廃絶アピール 62回広島『原爆の日』
2007年8月6日 夕刊

 広島市は六日、人類史上初の原爆投下から六十二年の「原爆の日」を迎えた。爆心地に近い中区・平和記念公園では午前八時から「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)が営まれ、秋葉忠利市長は平和宣言で「人類の意志として核兵器廃絶を呼び掛ける」と誓った。久間章生前防衛相の原爆投下「しょうがない」発言などを受け、秋葉市長は「唯一の被爆国である日本政府には、謙虚に被爆の実相と被爆者の哲学を学び、世界に広める責任がある」と強調した。 

 式典には被爆者や遺族ら約四万人が参列。安倍晋三首相も就任後初めて出席した。投下時刻の午前八時十五分に平和の鐘が鳴らされると、参列者は一斉に黙とうし、犠牲者の冥福を祈った。

 米国など核保有国の軍縮は進まず、北朝鮮による核実験など拡散の動きも続いている。秋葉市長は「時代に遅れた少数の指導者たちが、力の支配を奉ずる世界観にしがみついている」と厳しく批判。日本政府に対し、平和憲法の順守とともに「米国の誤った政策にはっきり『ノー』と言うべきだ」と求めた。

 原爆犠牲者とともに、射殺された伊藤一長前長崎市長に哀悼も表した。

 四月に就任した田上富久長崎市長も参列。海外から過去最多の四十二カ国の代表が出席した。

 子ども代表の「平和への誓い」で小学六年の森展哉君(12)と山崎菜緒さん(12)は「原爆や戦争の恐ろしい事実や悲しい体験を一人でも多くの人たちに伝えることは、わたしたちの使命です」と読み上げた。

 五日に被爆者団体代表と面会し、原爆症認定基準の見直し検討を表明した安倍首相は「広島、長崎の悲劇は、この地球上のいかなる地においても再び繰り返してはならない」とあいさつした。」



(2) 朝日新聞平成19年8月6日付朝刊30面

原爆特別視を懸念、被爆者治療せず 50年代の米公文書
2007年08月06日08時01分

 原爆投下後に広島、長崎に設置された米国の原爆傷害調査委員会(ABCC)をめぐり、米政府が「原爆は特別な兵器ではない」との主張が揺らぐのを避ける意図で、被爆者の治療をさせなかったことが50年代の米公文書で明らかになった。原爆投下への謝罪と受け止められることも懸念し、被爆者と他の戦災者を区別しない方針を固めていた。米国は当時の冷戦下で、非人道的と非難されて原爆が使いにくくなるのを防ごうとしていたとされ、研究者は「被爆者への対応も核戦略の中に位置づけられていた」とみている。

 朝日新聞が米国立公文書館に対し、ABCCに関する複数の公文書の閲覧を請求した。いずれも50年代に作成された当時は機密扱いで、機密期間が過ぎた80年代以降に開示対象になった。

 ABCCは被爆者を検査してデータを収集したが治療はせず、被爆者の間に批判があった。50年代になって日本の報道機関も取り上げるようになっていた。

 今回閲覧したうち、パーソンズ駐日公使が国務省北東アジア部にあてた文書(54年2月)には、治療しない理由について「ABCCには日本での医療資格がない」ことなどを列挙。さらに重要なこととして「(治療すれば)被爆者に特別な意味があり、他の兵器の被害者とは異なるという見方を支持することになる」と説明した。「原爆投下への謝罪と解釈されかねない」とも指摘した。

 また、ロバートソン極東担当国務次官補にあてた文書(同年1月)の中で、北東アジア部の担当者は米政府の公式見解として「被爆者支援の責任は負わないし、その他の爆撃による被害者と区別することはできない」と述べている。

 こうした考え方の背景について、核問題を研究する米ジョージタウン大歴史学部博士課程の樋口敏広さん(28)は「旧ソ連とにらみ合った冷戦下で、米国は原爆を使用可能な兵器と位置付ける必要があった。ABCCが被爆者を治療しなかった理由は核戦略と結びついていた」とみている。」



(3) 朝日新聞平成19年8月6日付朝刊30面「ABCC60年 誰がために(上)」

「お客」扱いの裏で実験台

 JR広島駅から南に約1.5キロ。標高約70メートルの比治山の山頂に立つかまぼこ形の12棟の建物が、米政府によって1947年に設立された原爆傷害調査委員会(ABCC)の活動拠点だった。多くの被爆者がここに運ばれて検査を受けた。75年に改組して発足し、日米共同運営になった「放射線影響研究所」は今もその建物で研究を続ける。

 タカコ・オーガストソン(64)は20歳だった63年から2年間、ここに勤務した。被爆者を乗せたダットサンのセダンが着くたびに玄関先で笑顔で迎えた。子連れの被爆者が来れば、おもちゃを備えた待合室で子をあやす。先輩の日系人女性からは「お客に失礼がないように」と仕込まれた。

 被爆者を把握し、つなぎとめることがABCCの至上命題だった。48年に始まった被爆2世への影響調査では食糧配給で、妊婦を優遇する特配制度を設け、妊婦の90%以上を把握した。死産や異常出生を調べる追跡調査は6年間に及んだ。

 丁寧な応対や徹底した調査とは裏腹に、被爆者の治療には消極的だった。被爆者を「モルモット」「試験台」扱いしているとも批判された。

 短大英文科を卒業したタカコには、ABCCは英語が生かせる「あこがれのアメリカ」の象徴だった。勤務中は、2歳の時に爆心から1.7キロの自宅で被爆したことも、生まれて間もない妹が家の下敷きになって亡くなったことも考えなかった。「ABCCは原爆症治療に役立つと思って、一生懸命働きました」

 今年7月、ロサンゼルス近郊の病院に米国人の夫と結婚したタカコの姿があった。米国在住の被爆者のために広島県医師会の医師らが健診に訪れていた。

   ■   ■

 46年11月18日、トルーマン大統領はフォレスタル海軍長官から1通の手紙を受け取る。

 「合衆国にとって最重要である放射線の医学的、生物学的影響の研究にかけがえのない機会を提供してくれる」。広島、長崎の被爆者調査の必要性を訴えるこの手紙でABCCは始動した。

 設立2年後の49年2月、ワシントン。ABCCに運営資金を提供する米原子力委員会(AEC)の諮問委員会で生物医学部長のシールズ・ウォーレンは「AECは軍事・民間防衛計画の策定を助け、広島と長崎から人間のデータを集める責任がある」と語った。

 半年後の同年8月、ソ連が核実験を成功させ、核戦争の危機が現実味を帯びた。翌50年6月には朝鮮戦争も始まった。

 同年11月、生物医学諮問会議で核攻撃対策が議論されるとウォーレンは明言した。「我々は膨大な実験結果を得ている。長崎と広島の20万人以上を巻きこんだ実験だ」

 だが、こうした米政府の意図が日本国内で語られることはなかった。

   ■   ■

 同年1月、広島の翌年に長崎にも開設されたABCCに、当時33歳だった米シンシナティの小児科医、ジェームズ・ヤマザキ(91)が着任した。9月のある日、母親に連れて来られた4歳の子をみて、ヤマザキは息をのんだ。後に「原爆小頭症」と命名された胎内被爆児。亡くなった自分の子の姿と重なった。(敬称略)

   ◇

 ABCCが発足して60年。改組後の放射線影響研究所は今も世界最大規模の被爆者調査を続ける。その宿命と課題を追った。」



8月6日、原爆投下から62年の「原爆の日」を迎えました。朝日新聞にはABCCの記事が出ていましたが、「ABCCは被爆者を検査してデータを収集したが治療はせず、被爆者の間に批判があった」ことについて、どれだけの人が知っていたでしょうか? 親戚・知人に被爆者がいた場合には、すでに知っていたことにすぎないのですが。

「丁寧な応対や徹底した調査とは裏腹に、被爆者の治療には消極的だった。被爆者を「モルモット」「試験台」扱いしているとも批判された。

 短大英文科を卒業したタカコには、ABCCは英語が生かせる「あこがれのアメリカ」の象徴だった。勤務中は、2歳の時に爆心から1.7キロの自宅で被爆したことも、生まれて間もない妹が家の下敷きになって亡くなったことも考えなかった。「ABCCは原爆症治療に役立つと思って、一生懸命働きました」」


この記事だと、ABCCが「モルモット」扱いしていると批判があっても、良く思っている人もかなりいるとの扱いです。もちろん良く思っていた人もいたでしょう。

しかし、私が知る被爆者やその親戚、友人の話からすると、良く思っていた人は皆無です。嫌がっていたことはもちろん、ABCCに「モルモットではない」と文句を言いに行ったと聞かされてきました。当時、米国に移民していた人もかなりいて、米国に在住し、米国が身近だった人も少なくなく、そういう人にとっては「あこがれのアメリカ」ではないのです。「あこがれのアメリカ」という意識があったということで、ABCCは良い機関であるかのような記事が掲載されるところにも、原爆投下から62年という時間の長さと、原爆による被害が風化しつつあることを示しているように感じます。




2.平和宣言と、幾つかの社説を引用しておきます。

(1) 中国新聞平成19年8月6日9時5分更新

平和宣言全文 広島平和記念式典

--------------------------------------------------------------------------------

 運命の夏、8時15分。朝凪を破るB-29の爆音。青空に開く「落下傘」。そして閃光、轟音-静寂-阿鼻叫喚。

 落下傘を見た少女たちの眼は焼かれ顔は爛れ、助けを求める人々の皮膚は爪から垂れ下がり、髪は天を衝き、衣服は原形を止めぬほどでした。爆風により潰れた家の下敷になり焼け死んだ人、目の玉や内臓まで飛び出し息絶えた人-辛うじて生き永らえた人々も、死者を羨むほどの「地獄」でした。

 14万人もの方々が年内に亡くなり、死を免れた人々もその後、白血病、甲状腺癌等、様々な疾病に襲われ、今なお苦しんでいます。

 それだけではありません。ケロイドを疎まれ、仕事や結婚で差別され、深い心の傷はなおのこと理解されず、悩み苦しみ、生きる意味を問う日々が続きました。

 しかし、その中から生れたメッセージは、現在も人類の行く手を照らす一筋の光です。「こんな思いは他の誰にもさせてはならぬ」と、忘れてしまいたい体験を語り続け、3度目の核兵器使用を防いだ被爆者の功績を未来永劫忘れてはなりません。

 こうした被爆者の努力にもかかわらず、核即応態勢はそのままに膨大な量の核兵器が備蓄・配備され、核拡散も加速する等、人類は今なお滅亡の危機に瀕しています。時代に遅れた少数の指導者たちが、未だに、力の支配を奉ずる20世紀前半の世界観にしがみつき、地球規模の民主主義を否定するだけでなく、被爆の実相や被爆者のメッセージに背を向けているからです。

 しかし21世紀は、市民の力で問題を解決できる時代です。かつての植民地は独立し、民主的な政治が世界に定着しました。さらに人類は、歴史からの教訓を汲んで、非戦闘員への攻撃や非人道的兵器の使用を禁ずる国際ルールを築き、国連を国際紛争解決の手段として育ててきました。そして今や、市民と共に歩み、悲しみや痛みを共有してきた都市が立ち上がり、人類の叡智を基に、市民の声で国際政治を動かそうとしています。

 世界の1698都市が加盟する平和市長会議は、「戦争で最大の被害を受けるのは都市だ」という事実を元に、2020年までの核兵器廃絶を目指して積極的に活動しています。

 我がヒロシマは、全米101都市での原爆展開催や世界の大学での「広島・長崎講座」普及など、被爆体験を世界と共有するための努力を続けています。アメリカの市長たちは「都市を攻撃目標にするな」プロジェクトの先頭に立ち、チェコの市長たちはミサイル防衛に反対しています。ゲルニカ市長は国際政治への倫理の再登場を呼び掛け、イーペル市長は平和市長会議の国際事務局を提供し、ベルギーの市長たちが資金を集める等、世界中の市長たちが市民と共に先導的な取組を展開しています。今年10月には、地球人口の過半数を擁する自治体組織、「都市・自治体連合」総会で、私たちは、人類の意志として核兵器廃絶を呼び掛けます。

 唯一の被爆国である日本国政府には、まず謙虚に被爆の実相と被爆者の哲学を学び、それを世界に広める責任があります。同時に、国際法により核兵器廃絶のため誠実に努力する義務を負う日本国政府は、世界に誇るべき平和憲法をあるがままに遵守し、米国の時代遅れで誤った政策にははっきり「ノー」と言うべきです。また、「黒い雨降雨地域」や海外の被爆者も含め、平均年齢が74歳を超えた被爆者の実態に即した温かい援護策の充実を求めます。

 被爆62周年の今日、私たちは原爆犠牲者、そして核兵器廃絶の道半ばで凶弾に倒れた伊藤前長崎市長の御霊に心から哀悼の誠を捧げ、核兵器のない地球を未来の世代に残すため行動することをここに誓います。

 2007年(平成19年)8月6日

 広島市長 秋葉忠利

 (表記は原文のまま)

(初版:8月6日9時2分)」



(2) 朝日新聞平成19年8月6日付「社説」

 「原爆の日―「しょうがない」の罪深さ

 原爆の日が、まためぐってきた。6日に広島、9日に長崎へ原爆が落とされ、62年がたつ。

 今年の被爆地は昨年までとは、いささか様相が異なる。長崎県出身で防衛相だった久間章生氏が原爆投下について「しょうがない」と述べたことが、さまざまなかたちで影を落としているのだ。

 久間氏の発言をもう一度、確かめておこう。

 「原爆が落とされて、長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだ、という頭の整理で今、しょうがないな、というふうに思っている」

 ●人が虫になった

 「原子爆弾を炸裂(さくれつ)させた時、ひとは神さまを捨てて、みんな虫になってしまったのだとわたしは思います」

 被爆2世である芥川賞作家の青来有一(せいらい・ゆういち)氏は、小説「爆心」で、長崎の被爆者の心境をこうつづっている。

 天災ならまだしも、心のある人間が、これほどの大量殺人を犯すわけがない。まして、原爆が落とされたのは、長崎市でもキリスト教徒の多い浦上地区だった。自分たちと同じ信仰を持つ米国人が、そんな無慈悲なことをするとは信じられない。人間ではなく、きっと虫になってしまったのだ。そんなあきらめにも似た思いが伝わってくる。

 だが、それは「しょうがない」という気持ちとは違う、と長崎市の平和推進室長を務める青来氏は言う。「多くの被爆者は長い時間をかけて過去の傷をのみこんできた。もうこの先、地球上で核兵器を使わないようにするのならと、心の中で決着をつけてきたんです」

 被爆者には、仕返ししたい気持ちや恨みに思うことがあっただろう。だが、自分たちのような悲惨な体験はこれで最後にしたい。そう考えることで、多くの被爆者は、仕返しや恨みの気持ちに折り合いをつけてきたのだ。

 そうした複雑な感情も知らないで、被爆体験のない人から「原爆投下はしょうがない」などと安易に言われてはたまらないということだろう。

 ●「非核」をどう訴える

 病理学者で原爆投下の歴史に詳しい土山秀夫・元長崎大学長は、むしろ久間氏が「しょうがない」の後に続けた言葉に注目する。「国際情勢とか戦後の占領状態などからいくと、そういうこと(原爆投下)も選択肢としてはありうるのかな」という部分だ。

 直接的には過去のことを語っているが、現代でも場合によっては、核兵器を使うことができるとも聞こえる。現職の防衛相の言葉だけに、被爆者は怒りを増幅させたというのだ。

 世界を見渡せば、インド、パキスタンに続き、昨年は北朝鮮が核実験をした。核保有5大国の核軍縮は進まず、核不拡散条約(NPT)の信頼が揺らぐ。

 国内では麻生外相らが核保有の議論をすべきだと説く。そこへ、久間発言である。核兵器への抵抗感が、政治家の間で薄れているのではないか。そんな不安にかられたのは被爆者だけではない。

 だが、果たして日本の国民は、久間氏の発言を一方的に非難ばかりできるのだろうか。そんな自問もしてみたい。

 日本はかつてアジアの国々を侵略し、米国に無謀な戦争を仕掛けた。しかも、無数の人命を犠牲にして、負け戦をずるずると引き延ばした。その揚げ句に落とされた原爆なのだ。

 一方、戦後の日本はといえば、圧倒的な軍事力を持つ米国と安保条約を結び、「核の傘」に頼ってきた。それでいて、「非核」を訴えるという居心地の悪さもある。

 そうした事実を直視し、考えるきっかけにしなければいけないのではないか。

 問題は、だからしょうがないではなく、世界に同じ悲劇が起きないように、日本が何を訴えていくかだ。過去の歴史を反省し、アジアの国々と手を携える必要があるのはいうまでもない。

 ●米国にも変化の兆し

 久間発言を支持したのは、多くの米国民だったかもしれない。

 米国では「原爆投下で戦争が終わり、100万の米兵が救われた」というような正当化論が依然、根強いからだ。

 だが、その米国にも変化の兆しがないわけではない。

 この夏、日系米国人のスティーブン・オカザキ監督の映画「ヒロシマナガサキ」が日本で公開されている。

 この映画が画期的なのは、米国で4000万世帯が加入するケーブルテレビが、制作資金を出したことだ。そのケーブルテレビで6日から全米に放映される。

 映画は被爆者14人と、原爆を投下した米軍機の乗員ら4人の証言でつづられる。投下の瞬間や、治療を受ける被爆者の映像が生々しい。500人の被爆者から話を聞き、完成まで25年を費やした。

 オカザキ監督は「9・11のテロ以降、米国人は核兵器が使われるのではないかということに現実味を感じている。今ほど被爆者の体験が重要な意味を持つ時代はない」と語る。

 広島では14万人が犠牲になり、長崎の死者は7万人に及んだ。生き残った人や後から被爆地に入った人も放射能の後遺症に苦しんだ。その恐怖を米国も共有する時代になったのだ。

 久間発言によって鮮明になったことがある。日本の国民には、核を拒否する気持ちが今も強く生きているということだ。それを世界に示したことは、思わぬ効用だったかもしれない。

 この怒りを大切にすること。それは日本の使命である。」



(3) 中国新聞平成19年8月5日付「社説」

「しょうがない」再考 投下責任問い続けたい '07/8/5

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 久間章生前防衛相の「原爆しょうがない」発言が尾を引いている。「投下是認ではない」と被爆者団体に回答したが反発され、九日の長崎市の平和祈念式典には欠席する。発言で浮き彫りになった「投下責任」「違法性」についてあらためて考えてみたい。

 日本政府は、投下直後こそスイス政府を通じ米国に激しく抗議した。しかし講和条約で連合国への賠償請求権を放棄してからは沈黙する。「大戦後、米政府に直接抗議したことは確認されていない」(政府答弁書)し、違法性についても言及していない。

 当初は敗戦ゆえの遠慮があったろう。一九五二年に独立を回復しても、冷戦下で米国側陣営に組み込まれ、政府はその後も安全保障を「日米同盟」に求めている。こうした事情から、さかのぼって投下責任を問えない雰囲気があり、久間発言もその歴史的な屈折を背景に生まれたと思われる。

 しかし「しょうがない」という過去の追認は、ある種の思考停止につながらないだろうか。私たちは投下責任を問い続けることで、核なき未来を展望したい。

 核兵器については国際司法裁判所が九六年に「使用や威嚇は一般的に国際法違反」との勧告的意見を出している。もうひとつ、市民レベルの「原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島」が先月出した「判決」もよりどころになろう。

 国内外の国際法専門家による二年がかりの審理で、米政府とトルーマン元大統領らを有罪とし、謝罪などを求めた。市民を無差別に虐殺し、生き残った人にも放射線後遺症や差別の苦痛を与えたことが「人道に対する罪」や「戦争犯罪」に当たるとしたのである。

 米国で原爆というと「パールハーバー(真珠湾の奇襲)」と返す人がいる。米政府の公式見解は今も「原爆が戦争終結を早めた」である。しかし相手を降伏させるためなら何をしても免責される、というものではなかろう。

 「道義」に敏感な米国の市民にこうした考え方を浸透させたい。無視できない世論にまで成長すれば、政府に「罪」を認めさせ、新たな核使用をためらわせる力になる可能性もあろう。

 ただ米国に責任を一方的に問うだけでは説得力があるまい。日本にも「慰安婦」「南京虐殺」など避けて通れぬ問題がある。それを併せて問うてこそ、米市民の共感が得られるはずだ。私たちの足元も直視しなければならない。」



(4) 中国新聞平成19年8月6日付「社説」

 「ヒロシマ62年 体験は風化していない '07/8/6

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 仏事でいう五十回忌をとうに済ませ、半世紀の節目も去った。還暦の六十年も過ぎている。一九四五年八月六日、広島市への原爆投下で始まった核時代。犠牲者を悼む大小のつどいがきょうをピークに、ことしも市内外で繰り広げられる。一方「いつまで原爆、原爆と言わんといけんのかのう」と疑問のつぶやきも漏れてくる。

 市内で建物疎開中に被爆死した旧制高等女学校の同級生二百二十三人をしのぶ初めての追悼集が今月、発行された。編集に奔走した七十五歳の女性は「向こうで、おかっぱ頭のままの友だちに会った時に『あんたら、長生きしながら何しとったん』と言われたくない。その思いからでした」と明かす。

 被爆者の無念が晴らされているのなら、いつまでも原爆にこだわる必要はあるまい。熱線、爆風、そして放射線。通常爆弾をはるかに上回る威力で人体を極限までさいなみ、一気にあるいは後障害で苦しめた末に生命を奪う。「水をください」「死にとうない」という叫びは「核兵器はもう決して使わないで」との願いに昇華したのではないか。被爆者の悲願がかなうどころか、遠のくばかりの状況が続く限り、私たちは原爆についていつまでも「言わんといけん」のである。

 核保有論議再び

 北朝鮮が昨年十月九日に強行した初めての核実験が、「核の脅威にさらされている」と日本国民の不安を増幅させたのは間違いない。政府与党内に以前からくすぶっていた核保有論議が不安に乗じて再び頭をもたげてきた。

 「一つの考えとしていろいろな議論をしておく」とか「やられたらやり返すという論理はありうる」との物言いは巧妙だ。一九九九年十月、小渕恵三内閣の防衛政務次官が品位のない文言も交えて核武装の必要性に言及して批判を浴び、事実上更迭されたのは記憶に新しい。今回発言した政治家らは「論議そのものを否定するのか」と逆襲。安倍晋三首相は自身もかつて「小型なら憲法上問題ない」と述べたとされており、発言すること自体は容認する姿勢を示している。

 この種の主張にたいしては論議を封じるのではなく、立論を徹底して検証することが大切だ。その前提となるのが被爆体験である。核保有論者はヒロシマの訴えをしばしば「あまりに情緒的」と切り捨てる。誤解しないでほしい。私たちは被爆の事実を直視するよう求めているのである。惨状を再び繰り返さない。この命題から出発すれば、核保有論が成り立つ余地はほとんど見いだせないのではないか。

 揺るがぬ非核を

 核保有論にはいわゆる保守陣営内部からも反論が出された。米国の核抑止力に頼る「核の傘」から外れると、核拡散防止条約(NPT)体制からも離脱して核燃料などをめぐる国際協力が得られず、原発も稼働できなくなる―。日米安保条約を存続させる現状維持の立場からの指摘である。米国とも一致しており、現実政治ではこれが大勢かもしれない。

 現実論といえば、国是としてきた非核三原則の「持たず」「つくらず」「持ち込ませず」のうち、第三項は在日米軍の存在で現実に空洞化しているとの解釈もある。この際、公然と受け入れ、米国の核搭載艦船が常時寄港した方が抑止効果が高まるとの主張につながりかねない。

 日米同盟堅持と非核三原則見直しという二つの議論に対しては、安全保障を米国任せにする無責任な路線だとの批判がある。そればかりでなく、現状を固定化して容認する見方ともいえる。日米安保体制は永続的な枠組みなのか、自国内にいつまでも他国の軍隊を配備するのか。日米関係も含め、現時点での国際関係は将来変わり得るし、変える必要も起こり得る。そう考えないと、核廃絶の訴えは貫けまい。

 現状を少しでも打開しようと、九七年の平和宣言で平岡敬前広島市長は「核の傘」に頼らない安全保障体制構築への努力を求めた。自治体として精いっぱいの表現だったろう。当時の橋本龍太郎首相は米国の意向に気兼ねして否定的だったと聞く。日本政府の姿勢が残念でならない。

 NPT体制はインド、パキスタンに続く北朝鮮の核実験で、ますます不安定になった。米国は北朝鮮の核放棄に向けて六カ国協議を生かしながら対話重視の姿勢を強め、イランの核問題でもイラク情勢安定化につながる方策を模索している。日本は非核保有国として、核軍縮の促進を軸にしたNPT体制再強化に尽力すべきだろう。

 語っておかねば

 被爆体験の風化がいわれて久しいが、ことしは少し違う。被爆者の間で「今、語っておかなければ」との思いが強まっているように感じられる。数々の証言を盛り込んだ映画やドラマ、書籍が新たに登場するのもそのためだろう。しっかり学びたい。

 原爆症の認定基準をめぐる訴訟では原告の被爆者側勝訴、被告の国側敗訴の判決が相次ぐ。いったん決めた行政の基準を改めるには、もはや政治判断しかないとも目されている。安倍首相はきのう、広島市内で被爆者団体代表らと面会。首相としては六年ぶりの直接対話の席で、認定基準見直しについて検討する意向を初めて明らかにした。解決につながるよう期待したい。

 できるだけ多くの人がきょう一日、平和記念公園をはじめ広島の街をわずかでも巡ってほしい。ここかしこで六十二年前の痕跡と出合えるだろう。核問題を考えるよすがになれば幸いである。結論は急がなくていいから。」



8月6日、9日の「原爆の日」が近づくと、毎年、それにちなんだ記事が紹介され、原爆投下に関した社説が出るのです。今年は、原爆投下が「しょうがない」と発言した久間発言も取り上げて非難しています。

「「多くの被爆者は長い時間をかけて過去の傷をのみこんできた。もうこの先、地球上で核兵器を使わないようにするのならと、心の中で決着をつけてきたんです」

 被爆者には、仕返ししたい気持ちや恨みに思うことがあっただろう。だが、自分たちのような悲惨な体験はこれで最後にしたい。そう考えることで、多くの被爆者は、仕返しや恨みの気持ちに折り合いをつけてきたのだ。

 そうした複雑な感情も知らないで、被爆体験のない人から「原爆投下はしょうがない」などと安易に言われてはたまらないということだろう。」(朝日新聞8月6日付社説)



原爆投下や「しょうがない」発言に言及すること自体はよいことであることは確かです。原爆の被害について知るために、何度も平和記念公園には行って欲しいとも思います。

「できるだけ多くの人がきょう一日、平和記念公園をはじめ広島の街をわずかでも巡ってほしい。ここかしこで六十二年前の痕跡と出合えるだろう。核問題を考えるよすがになれば幸いである。」(中国新聞8月6日付社説)



ただ、いつも気になるのは「原爆の日」が過ぎてしまえば、もう報道することも記事になることもほとんどありません。核保有の議論にしても、本当に被爆の惨状を分かった上で議論しているのか、疑わしく思うのです。

原爆投下から何年たっても「原爆の日」が過ぎても、被爆の惨状を知らない人は知る努力をし、惨状を知っている人はずっと意識し続けて欲しいと思います。

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

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コメント
この記事へのコメント
初めまして。 ゆうこさんの所から来ました。
日本の慰安婦、北朝鮮の核、中国のダルフール...。
黄禍論の兆し...、佐藤優氏の危惧を共有します。
2007/08/08 Wed 12:44:16
URL | rice_shower #UXr/yv2Y[ 編集 ]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2007/08/08 Wed 23:32:04
| #[ 編集 ]
>rice_shower さん
はじめまして、コメントありがとうございます。


>ゆうこさんの所から来ました。

そうでしたか! ゆうこさんには、ブログで紹介して頂いたりして、感謝しています。
ゆうこさんのサイトは、光市母子殺害事件など死刑相当事件の裁判などをずっと紹介していて、意義のあるサイトですね。


>黄禍論の兆し...、佐藤優氏の危惧を共有

時事通信の報道によると、「12日付のニューヨーク・タイムズ(電子版)は、2006年に禁止薬剤の検出などで米国への食品輸入が差し止められた回数は、中国産よりもドミニカ共和国やデンマーク産の方が多かったと報じた。」そうです(「汚染食品、中国産に限らず=世界各地から続々-米当局調査」(時事ドットコム:2007/07/12-17:15))。

中国産食品の安全性を問題にすること自体は悪いことではないのですが、他の国の方がもっとヒドイことになります。中国製品のみがやたらと問題とされすぎな感じがします。これも一種の黄禍論かもしれません。
2007/08/11 Sat 00:15:07
URL | 春霞 #ExKs7N9I[ 編集 ]
>非公開コメントの方へ(記述を少し訂正しました)
コメントありがとうございます。お返事が遅くなってすみません。「原爆の日」の前後はどうも気が重くなってしまうもので。
非公開コメントですので修正した形で、引用することとします。


>"きっこの日記”の『原爆は「絶対悪」』という記事では、アメリカや自民政府を厳しく批判
>それ自体は反対ではありませんが、どうもニポン人を陵辱するアングロサクソンという雰囲気が見え隠れ
>朝青龍の件にしても、ニポン人を馬鹿にする外人というスタンス

情報ありがとうございます。
「きっこの日記」さんは、良いところも多くと割と見ているブログの1つですが、ときどき差別思想が顔を出すのがちょっと……。「自由と平等」こそ憲法の基本ですから、抵抗を感じてしまいます。

朝青龍も、日本人を馬鹿にしているというよりも、モンゴル優先だったり、モンゴル人としての考え方で行動しているだけなのでしょう。なので、巡業をサボっても平気なのでしょうが。日本人の感覚では巡業サボりは非難するわけですが(^^ゞ


>6日付の「日記」では「少年法は廃止せよ!」というもので

情報ありがとうございます。「きっこの日記」さんも、「少年法廃止」ですか(苦笑)。「太田光の私が総理大臣になったら……秘書田中。」という(お笑い?)娯楽番組でも、「少年法を廃止せよ」という提案があったようですが、それと同じですね。

しかし、少年法を廃止したら、例え小学生であろうと、未成年者すべて成人と同じ刑務所へ行くことになり、成人相手以上に更正に関与していた人がいなくなり、保護監察官や保護司、民間の補導受託者などに過重な負担がかかってしまい十分な手当てができません。そうなると、影響されやすい未成年者は、成人犯罪者によって一層凶悪犯罪の道へ引き込まれ、未成年者による凶悪犯罪は爆発的に発生するでしょう。「きっこの日記」さんは、少年法の内容と、少年法廃止後の将来像を全く分かっていないのです。


>少年ばかりか精神異常者も人を殺したらソッコーで死刑にしろ
>その論拠として、人を殺す人は必ず異常な精神状態にあるのだから、精神障害は減刑の対象にならない
>しかし、冷静に考えれば、人を殺す人は異常な精神状態にあるのだから、刑罰を重くすることによって殺人を予防することはできない、というのがまともな考え方
>少年も精神障害者も死刑という考え方は江戸時代以前の法律感覚……

「異常な精神状態にある者は、刑罰を重くすることによって殺人を予防できない」。全くその通りですね。精神の障害で自己の行動をコントロールできない者を処罰しても、刑罰が行為に影響を与えることができず、刑罰の効果がないので、行為者を非難できないからです。

「非難可能なときのみ刑を科す」という責任主義、行為者を非難するには責任能力を必要とする(刑法39条)という考えは、近代以降の刑法では当然の考えです。

「きっこの日記」さんの考えは責任主義を否定するものであって、「きっこの日記」さんの考えに従うと、中世の刑法(干渉性、恣意性、身分性、過酷性)に戻ってしまいます。そんなことは言い出す国家は世界中で皆無でしょう。

「人を殺したらソッコーで死刑」なんて全く無茶苦茶です。殺人罪の法定刑は死刑だけにしている国は、先進国の刑法ではあり得ません。理由なく殺人を犯すこともありますが、通常はその人なりに殺人を犯すまで追い込まれる理由があるからです。

「きっこの日記」さんの良くないところは、差別意識がでてきたり、「少年法は廃止せよ!」のように並外れて法律論に無理解な考えを示す点ですね。多少の間違いくらいにとどまるなら、いいのですけど……。きっこさんに対して、誰か法律面でのアドバイスをしてあげてほしいのですけどね~(^^ゞ
2007/08/12 Sun 01:15:12
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