がんの手術で声帯を失った中津川市の市会議員が、声を失った後、4年間一度も本会議で質問させてもらえず、認めない市議会との闘いを追ったという内容です。この番組について、放映前にエントリーとして紹介しておきます
1.まず、日本テレビ「NNNドキュメント'07」での番組紹介です。
(1) 日本テレビ「NNNドキュメント'07」
「2007年6月17日(日)/55分枠 声の壁発言できない議員 制作=中京テレビ
去年12月、岐阜地方裁判所にがんの手術で声帯を失った男性が提訴した。小池公夫さん(67)、中津川市の市会議員だ。しかし声を失った後、4年間一度も本会議で質問させてもらえない。議会事務局員による代読を求めたが、議会はそれを拒絶。「声なき声」をすくいあげ民意を市政に反映させていくはずの議員たちが、なぜ彼の声を奪うのか?小池さんと、父の仕事を支える娘・木綿子さん(34)の姿を通し、日本の社会や私たち自身の内に存在する、見えない「壁」を映し出すとともに、民主主義を成熟させるために大切なこととは何かを考える。
ナレーター:渡辺えり子」
(2) 「中京テレビリアルタイム NNNドキュメント'07:声の壁〜発言できない議員」
「中京テレビ制作 日本テレビ系全国放送
2007年6月17日(日) 深夜0時50分〜1時45分
(録画予約される場合の日付は18日(月)です)
「好きだった歌が歌えない、得意の口笛もふけない。
声を出して笑えない…。それよりも 何よりも
自分の気持ちを 自分の言葉で思うように伝えられない…。」
深く、よく響く声。
その声を 喉のがんの手術で失った父…。
岐阜県中津川市の小池木綿子さんは、
その日から 父の思いとともにすごし
父の「生き方」を見守り続けてきました。
父、公夫さんの仕事は市議会議員。
この4年間、市民の切実な願いを市政に届けたい、と
人に代わりに読み上げてもらう「代読」で
議会での一般質問を求め続けてきました。
父と娘が4年間、挑み続けた「声の壁」。
岐阜県の山あいの町での出来事が教えてくれる
とても、とても、大切なこと−。」
2.各新聞紙のテレビ欄の番組紹介を引用しておきます。全国紙すべてで掲載していますので、関心の高さが伺えます。中でも、最初の方に挙げた、東京新聞と読売新聞の紹介内容が良いのではと思います。
(1) 東京新聞平成19年6月17日付(日曜)13面「試写室」
「『NNNドキュメント'07』 ★日本=深0.50
声を失い、本会議で発言できない市議会議員。声の壁を崩そうと奮闘する父娘の姿を追う。
岐阜県中津川市の前市議会議員・小池公夫さん(67)はがんで声帯を失い、4年間一度も質問できなかった。議会事務局員による「代読」を申し出たが、「発言は口頭が原則」という市議会会則を盾に議会はこれを拒んだ。パソコンで音声変換したものなら認めるという。小池さんは議員1期目の最後の年に手術。いつかは声が出ると信じ、再び立候補して当選した。娘の木綿子さんに支えられながら、食道発声などの努力を重ねた。
こんなことがあるのかと、びっくり。だが、同様のケースはほかにもあった。神奈川県鎌倉市だ。こちらは、代読が認められている。多角的な取材で、見えない声の壁に挑む小池さん父娘の姿を通じ、人が人らしく生きることとは?などを問い掛けていく。 (八)」
(2) 読売新聞平成19年6月17日付(日曜)36面「試写室」
「NNNドキュメント'07「声の壁 発言できない議員」(日本=深夜0.50)
声帯失い「代読」要請するが……
がんの手術で声を失った岐阜県中津川市議とその家族が、議会に代読を要請していく姿を追う。産科医不足の窮状を訴えた「消える産声」で数々の賞に輝いた中京テレビの大脇三千代ディレクターが手がけた。
小池公夫さん(67)=写真左=は、市議1期目最後の年に声帯を失い、再選後の4年間、本会議で1度も質問できなかった。口頭での発言が原則だったためだ。質問を誰かに読んでもらう「代読」を要請したが、パソコンの音声変換機能の使用のみが許可される。小池さんは機械の音声を拒み、なおも訴えるが、かなわぬまま引退する。
極めて単純な問題を、議会はなぜ受け入れられなかったのか。障害を持つ立場を顧みず尊大な姿をさらす議員や、硬直した説明に終始する職員、取材から逃げるばかりの議員たちをカメラは追う。確かに、小池さんも頑固だ。だが、自由に意見を交換できるはずの社会が十分に機能していない現実を、あくまで自分らしく生きようとする姿が、一層強くあぶり出している。 (清)」
(3) 朝日新聞平成19年6月17日付(日曜)朝刊40面「試写室」
「声を失い、取り戻す闘い
NNNドキュメント'07 声の壁〜発言できない議員
★日本 深0.50
自分の意見や主張を人々に伝えるのが議員の仕事だ。岐阜県中津川市の共産党市議だった男性は、のどのがんで声帯を失い、市議会での質問を議会事務局員に代読してもらうよう求めてきた。それを認めない市議会との闘いを追った。中京テレビ制作。
小池公夫さん=写真左=は市議1期目の最後の年から普通に話せなくなり、2期目の4年間は一度も本会議の質問に立てなかった。ほかの市議は、パソコンに文字を打ち込んで音声に変換する方法を勧めたが、彼はその無機質な音声を嫌い、「感情を含めて伝えられる」という代読にこだわる。
ほかの市議たちは、冷静に小池さんの希望を聞き入れて協議する状況ではなかったようだ。彼は今年、2期で引退したが、最後の本会議まで「壁」を越えようと奮起する。娘=同右=が、父にネクタイを送り続けたエピソードが温かい。 (岩本哲生)」
(4) 日本経済新聞平成19年6月17日付(日曜)33面「TVはいらいと」
「ドキュメント'07 (日本=深夜0.50)
岐阜県中津川市の市会議員・小池公夫さんは、1期目の4年間、本会議が開かれるたびに発言していた。しかし、2期目に入り状況は一変。がんで声帯を失ってからは、4年間一度も本会議で質問させてもらえない日々が続いた。議会事務局員による代読を議会で求めるものの、聞き取れる声を出すべきだと言われ、拒絶されてしまう。小池さんと、父の仕事を支える娘・木綿子さんの姿を通して、民主主義を成熟させるために大切なこととは何かを考える。」
(5) 毎日新聞平成19年6月17日付(日曜)32面
「ドキュメント'07 (日本 深0.50)
がんで声を失った市議会議員とその娘が、ある願いを懸けて議会と闘う姿を追う。
岐阜県中津川市の市会議員、小池公夫さんは、1期目の4年間、本会議が開かれるたびに発言していた。しかし、2期目に入り状況は一変。がんで声帯を失ってからは、4年間一度も本会議で質問させてもらえない日々が続いた。議会事務局員による代読を議会で求めるものの、聞き取れる声を出すべきだと言われ、拒絶されてしまう。小池さんと、父の仕事を支える娘木綿子さんの姿を通して、民主主義を成熟させるために大切なこととは何かを考える。」
(6) 産経新聞平成19年6月17日付(日曜)30面
「ドキュメント'07 (日本 深0.50)
岐阜県中津川市の市会議員・小池公夫さん=写真左=は、1期目の4年間、本会議が開かれるたびに発言していた。しかし、2期目に入り状況は一変。がんで声帯を失ってからは、4年間一度も本会議で質問させてもらえない日々が続いた。議会事務局員による代読を議会で求めるものの、聞き取れる声を出すべきだと言われ、拒絶されてしまう。」
<6月19日付追記>
「東京新聞2007年6月14日 朝刊 【放送芸能】欄」にも掲載済みだったので、引用しておきます。
「『父の日』にちなんだ2作品 胸に迫る家族愛を描く
2007年6月14日 朝刊
十七日は「父の日」。テレビでも、父の日に照準を合わせた番組が二つお目見えする。一つは、声帯を失った父と、父の議員活動を必死で支える娘の苦闘ぶりを描いたドキュメンタリー。もう一つは、妻に去られ、子育てと仕事の両立に追われる父親を描いた実話に基づくドラマ。いずれも家族愛にあふれた二作品を通して、もう一度、お父さんを思いやる日にしてみては? (吉村智佳)
ドキュメンタリーは、日本テレビが放送する「声の壁〜発言できない議員〜」(17日深夜24時50分)。
岐阜県中津川市で市議を務めた小池公夫さんは、一期目の終わりにのどのガンで声帯を失う。議会で積極的に発言する議員だった小池さんは、「いつかは声を出せるようになる」と信じ、再び立候補。娘の木綿子さんが懸命に父の思いを訴え、吉田さんは再選を果たした。しかし、議会は「口頭での質問」を盾に、「代読」を認めない。かたくなな議会に対して、父娘は「代読」を求める戦いを挑み続けていく。
制作は中京テレビ(名古屋)で、ディレクターを務めたのは、ドキュメンタリー番組で数多くの賞に輝いている報道部の大脇三千代さん=写真。二〇〇六年、小池さんが代読を反対した議員を提訴したのを知り、取材を始めた。木綿子さんとのメールのやりとりを経て、「根底にあるのは、小池さんを取り巻く議会との問題だったが、取材を進めるうちに父と娘に関心が高まっていった」という。
大脇さん自身も、中学二年の時に父を亡くしている。「職業人としてどんな生き方をしてきたのかを知らないまま父を亡くしたので、父を尊敬し、支えたいという娘さんの思いは、とてもうらやましかった」と明かす。
「命や存在が大切にされる社会ならいいが、おろそかにされる状況は変えたい。個を大切にすることこそ民主主義ではないかと、私は思っています」と語気を強めた。
代読を求め、父親のために寒空の中、署名運動をしたり、父の無念に涙したりする姿など、理不尽な社会に親子で立ち向かう姿が、胸に迫る。
◇
一方、フジテレビが放送する金曜プレステージ「パパの涙で子は育つ」(15日午後9時)で、江口洋介が演じる父親のモデルは、ドキュメンタリーの世界で定評あるテレビディレクターとして、多忙な生活を送っていた込山正徳さん=写真。ある日突然、妻が母国のタイに帰ってしまい、二児の子育てを一手に引き受けなければならない状況に置かれる。(以下、略)」
2.この番組で強く印象が残ったのは、
という点でした。この番組を見ている人の多くが、代読を認めない他の市議の言動を疑問に思い、父娘の大変さと家族の結びつきの強さに心打たれたのではないかと思います。父娘の希望は、ただ「声がでないのだから『代読』を認めてほしい」という、ごく単純なことなのに、なぜ認めないのだろうと、思ったはずです。「代読を求め、父親のために寒空の中、署名運動をしたり、父の無念に涙したりする姿など、理不尽な社会に親子で立ち向かう姿」
(1)
「障害を持つ立場を顧みず尊大な姿をさらす議員や、硬直した説明に終始する職員、取材から逃げるばかりの議員たちをカメラは追う。」(読売新聞「テレビ欄」)
尊大な姿をさらす議員の発言を番組から引用してます。
「番組担当者:議員の代読……
某議員:しゃべれるように、自分で努力すればいい。できるって言ったんだから、選挙のときに。
番組担当者:……
某議員:「私は9月には声がでます、投票してください」と言って、当選してきたんだよ。その責任はないの? 公人として。
番組担当者:ご本人が……
某議員:(番組担当者の発言をさえぎって)議員として。それができなかった時は、できないように、自分で責任持って考えなきゃいけない。公約したんだから。議員にとって公約は、最大の約束事だよ。それを破っていいということはないでしょ。
番組担当者:それは公約にあたるんでしょうか?
某議員:それは当ったり前でしょ! そんなの!」
どうやら、この議員は「公約」の意味を知らないのです。
このように、公約というのは「政策」を選挙民に対して約束するものですから、下咽頭ガンに冒され、声帯を失った「障害者が声を出すため努力することを掲げること」は「公約」ではありません。「公約」の意味も分からずに、約束を守れとか議員としての責任を、などと強調してみせるのですから、よくも愚かしい態度を恥ずかしくもなく晒せるものだ、思いました。「(国語)こうやく0【公約】 (三省堂「大辞林 第二版」より)
(名)スル
公に約束すること。特に選挙に際して、政党または候補者が当選後に実施することを約束した政策。
「減税を―する」」
(2) 小池さんは、代読を求める理由として次のように述べていました。
声は、考えや気持ちを伝えるための最も基本的な伝達手段です。そういう声を大切にしているからこそ、「代読」にこだわることが理解できるかと思います。「それはね、やっぱり。言葉というものは、自分の感情も含めて、考えや気持ちを伝える大事な手段だし、人間と人間がわかりあえる。そうするとね、代読を頼んだ人が、本当に私の気持ちを汲んで、言ってくれているかどうかがわかる。だから、それは代読するほうもわかる、こちらもわかる、そういう関係ができて、人と人の関わりあう関係が広がっていく、深くなっていくと思う」
(3) 番組内では、娘木綿子さんが小池公夫さん宛ての無記名の手紙を読み上げていました。手紙は次のような小池公夫さんを中傷する内容です。
最後は、娘木綿子さんは涙で読めなくなってしましたが、当然でしょう。下咽頭ガンに冒され、声帯を失った状態であっても、議員として市民に奉仕したいという姿勢は大変立派なものであるのに、「立候補を諦めるべきだった」と訳の分からないことを書き、声を出すための訓練を行ってきているのに、「挙句自分は何の努力もせず」などと罵倒するのですから。「あなたのあまりにも身勝手さに腹が立った。「多くの人がぜひ出てくれというが、健康第一を考えると、無理をせず断念せざるを得ない」とは、よくもいけしゃーしゃーと臆面もなく言えたものだ。がんの手術で声が出なくなった2期目の選挙の時点で健康第一と思うのなら、立候補を諦めるべきだった。それにもかかわらず、ウソを言い、だまし、挙句自分は何の努力もせず、代読だ、代読だと騒ぎ立て…」
ごく一部なのでしょうが、この中傷を行った中津川市民は、障害者が社会の対等な構成員として人権が尊重されるという意識が皆無なようです。「ノーマライゼーション」(障害者や高齢者など社会的に不利を受けやすい人々が、社会の中で他の人々と同じように生活し、活動することが社会の本来あるべき姿であるという考え方)の理念は、いまだに中津川市には行き渡っていないのです。障害者差別の意識を感じます。
3.市議会・委員会における発言について、音声機能障害を持つ議員に対して、「本人による口頭」に限定して(ボード利用も否定。後に、パソコンによる音声変換措置のみ肯定)、代読による発言を認めないことは、どこに問題があるのでしょうか? 大きく2点あると思います。
(1) 1つは、議員での市議会における発言の意義を損なうのですから、議会の意義を害し、しかも憲法21条違反であること、です。
市議会議員の市議会における発言は、地方自治の本旨である住民自治を実現するため、市政が住民の意見を反映させるための最も有効かつ重要な手段であり、住民にとっても、その発言を傍聴することで、重要な情報に接することができるのです。このように、市議会議員の市議会における発言は、議会制民主主義にとって不可欠なものであり、民主主義国家にとって、憲法上、最も保障されるべき「政治的言論」です。
議会制民主主義にとって不可欠なものであり、民主主義国家にとって、憲法上、最も保障されるべき「政治的言論」であるならば、できる限り、その方法を達成するための手段を確保し、議員に伝達手段を選ぶ自由を保障するべきですから、「代読」を否定することは許されないというべきです。パソコンによる音声変換措置があれば足りるわけではないのです。
(2) もう1つは、障害者のコミュニケーション手段を規制するものであって、障害者の人権を損なうものである、ことです。
「障害者が人権の享有主体であることもまた疑いがない。そして、障害者については、業務・資格等に関してやむを得ない場合を除いて、心身の障害があるという理由で、特別の人権制限があってはならない。学校の入学に際しても、学校の受け入れの設備が不十分という理由のみで入学を拒否することは許されない(筋ジストロフィー少年の公立高校入学拒否に関する神戸地判平4.3.13行集43巻3号309頁)。そして、障害者の人権をより実効的に保障するために、障害者に適した教育施設を特別に設置するなど、国は特別の積極的措置をとることさえ要請される。」(戸波江二著『憲法』(新版)152頁(平成10年、ぎょうせい))
音声機能障害を持つ議員が、他の議員に保障されている発言権を、通常の方法によっては行使できない場合には、これに変わる手段を提供することは、特別なことではなく、憲法上当然のことなのです。それなのに、発言を「本人による口頭」に限定することは、音声機能障害や言語障害を持つ者を議会活動から締め出すものであって、障害者に対する合理性のない差別(憲法14条違反)というべきです。
今年3月、国連で障害者の権利条約が調印され、「コミュニケーションの方法を選ぶ権利は障害者自らが持つ」と、明記されていますが、日本が条約を批准・承認するまでもなく、日本国憲法上も当然保障されているものというべきです。障害者も、その人権を実効的なものとするためには、「コミュニケーションの方法を選ぶ権利」は自己決定権の1つといえるからです。
(3) 他の市町村の議会では、次のような対応をしています。
「第3 他の普通公共団体の例
代読による発言を認めない被告らの扱いが、いかに合理的理由がなく異常なものであるかは、他の自治体における例と比較することでも浮き彫りとなる。
1 神奈川県鎌倉市
2001(平成13)年4月に鎌倉市議会議員に当選した千一(せん・はじめ)氏は、重度脳性マヒにより上肢がほとんど動かず、下肢も歩行はできず、発声もできない。そこで、当選直後から千議員の申入れにより議長が各会派代表者と協議を重ね、「議員としての公的な権利行使」を可能とするために千議員の意向を踏まえながら対応するとの結論となった。
具体的には、車椅子が入るように議場やトイレ等を改造、代理人による投票の許可、挙手裁決や議事進行中の意思表明(動議など)の際に足を挙げることの許可、議場における書類整理等の介助者をおく、などの措置が取られた。そして、発声できない点については、一般質問のほか質疑討論について、事前に千議員から提出された文書を職員が代読することとし、再質問の際は休憩を取って千議員がその間に作成した文書を職員が代読することとされた(甲33)。
2 静岡市
任期途中に声帯を切除した議員が、発声によっては発言できない状態となった。そのため、当該議員が自ら希望して2004年6月議会の議会運営委員会において、所属会派の委員を通じて「当該議員が手術により発声しにくいことから、本会議、常任委員会、特別委員会の会議でパソコンのソフトを利用した代替音声システムの使用をお願いしたい」と要請したところ、異議なく受け入れられ、以降毎回の議会で代替音声システムでの発言が実施された(甲34)。
3 長野県白馬村
2001(平成13)年4月に白馬村議員に当選した櫻井清枝氏は聴覚障害のため、会話は基本的に手話で行っていた。櫻井氏の当選後、議会中は手話通訳と要約筆記が村の議会費で置かれた。
4 愛知県岡崎市
2000(平成12)年、岡崎市の中根巳代治議員が、口の中の病気で発声できなくなったことから、議会運営委員会の協議により、議会事務局次長が代読する形での発言が認められるようになった。甲35号証はその議事録である。
5 岐阜県蛭川村(現中津川市)
蛭川村議会議員であった林進氏は、咽頭がんで声帯を切除したことから発声ができなくなった。そのため、同議員は代読での質問を申し入れ、議会運営委員会の承認により、1998(平成10)年9月議会から翌1999(平成11)年12月議会までの4回の村議会で、議会事務局長の代読による発言を行った。甲36号証はその議事録であるが、3月議会では再質問まで認められていることが分かる。
なお、蛭川村は、2005(平成17)年2月13日に、被告中津川市に合併された。」(代読訴訟に関する「準備書面1」(PDF)より引用)
このように、他の市町村議会では、<1>障害を持つ議員の要望を聞いて判断を行い、要望に沿った対応を実施していること、<2>代読は、他の市町村でも実施されているという実績があること、が分かります。これは、他の市町村議会では、障害者の人権を尊重するとともに、議会制民主主義の重要性から、議院の議員活動を実効あるものにする必要があるという共通認識があるからだと思います。そうなると、代読に反対した中津川市の市議は、人権保障の意識が乏しく、議会制民主主義の重要性を理解していない者たちだといえるのです。
4.番組の最初でも触れていましたが、小池公夫前議員は訴訟を提起しています。「小池公夫のホームページ」をみると、「2006年12月に中津川市及び代読に反対をした市議会議員に対して損害賠償訴訟に踏み切りました」と出ています。裁判所において、よい結果が出るよう希望しています。それこそが、代読に反対した議員に対して、議会制民主主義を教え、障害者の人権に配慮することを教え諭すことができるはずだからです。
おそらくは、「共産党市議だから理不尽な嫌がらせをした」というのが本当のところなのでしょうね。代読に反対する市議が「議会で決めたルール」だからなどと言ってみせても、表向きの理由にすぎないのでしょう。そう考えると、憲法論なんて持ち出すこと自体、馬鹿馬鹿しい感じもします。
なお、このエントリー内容は、「小池公夫のホームページ」によってリンクされている文書を参考にしました。感謝します。
>よく見に来てます。また遊びにきますね
ありがとうございます。特に、このエントリーにコメントして下さったことは、非常にあり難いです。この裁判は、障害者の人権や議会制民主主義の点に関わるため、重要な意義を有するものですから。
まだまだ裁判は続いていますが、判決時にはエントリーにしたいと思っています。
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