FC2ブログ
Because It's There
主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
04« 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30. 31.»06
スポンサーサイト 
--/--/-- [--] --:--:-- » E d i t
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 *  TB: --  *  CM: --  * top △ 
2007/06/11 [Mon] 21:21:03 » E d i t
今日、6月11日は、「『臓器の移植に関する法律の運用に関する指針』の一部改正に関する意見募集について」の意見募集」の意見・情報受付締切日です。


1.日本移植学会の意向はともかく、また意見・情報受付の結果、どうなるのかは不明ですが、病腎移植問題について、医事法に詳しい刑法学者である甲斐克則・早稲田大学教授が、法学教室2007年6月号2~3頁において「生体腎移植」という表題で論文を発表されています。この甲斐教授の論文について、病腎移植問題に関する部分につき紹介します。

 生体から腎臓の1個を摘出してそれを他の生体へ移植する「生体腎移植」は、どこまで許されるか。脳死移植や生体部分肝移植と比較して従来あまり表に出てなかった生体腎移植の問題が、愛媛県宇和島市内で起きた腎臓・臓器売買事件(2005年9月実行、2006年10月逮捕)及びM医師による病気腎移植事件が表面化(2006年11月)するに及び、クローズアップされている。いったい真の問題は、どこにあるのであろうか。

  1979年(昭和54年)に成立し、1980年(昭和55年)に施行された旧・角膜及び腎臓の移植に関する法律(角膜腎臓移植法)は、死体からの眼球または腎臓の摘出を、原則として遺族の書面による承諾がある場合に限定し、ドナーが生存中に書面による承諾をしている場合であって、医師がその旨を遺族に告知し、遺族が摘出を拒まない場合、および遺族がいない場合を例外としていた(同法3条3項)。また、変死体または変死の疑いのある死体からの摘出を禁止していた(同法4条)。要するに、同法は、摘出対象体を同法4条が禁止する対象以外の死体としていたのである。したがって、腎臓が各人に2個あるがゆえに実態としてはむしろ生体からの1つの腎臓摘出が「被害者の承諾」を論拠としてより多く行われていたにもかかわらず、これに関する規定は盛り込まれていなかった。

 加えて、臓器移植法が1997年に成立し、施行されて以来、あるいはそれ以前からかもしれないが、臓器移植問題の中心は、脳死体からの臓器摘出をめぐる問題に置かれてきた。もちろん、それ自体は間違いではない。「脳死は人の死か」という問題は、以前ほどではないにせよ、なお課題として残り続けているし、小児に対する臓器移植の問題も、重要課題であり続けている(日本医事法学会シンポジウム「臓器移植」年報医事法学20〔2005〕参照)。他方、日本臓器移植ネットワークに登録している腎臓移植を望む患者は約1万2000人いるが、国内で1年間に実施される生体腎移植は約800例、心停止後の移植は約200例、脳死移植は4~16例にすぎず、人工透析(患者数約26万人)を受けて待機する期間も長期化し、その間に死亡した患者は、約2000人に達する、といわれている(読売新聞2007年2月2日付朝刊等参照)。このような状況下にもかかわらず、生体からの腎臓摘出および腎移植の問題は、正面から十分に議論されてこなかったように思われる。何よりも、公的な明文のルールが存在しなかったのである。

 ところが、宇和島市内の病院のM医師による病気腎移植の問題は、脳死体からの臓器提供数の不足を補うべく実施されている生体腎移植の問題性を浮き彫りにした。問題点は、3つある。第1は、臓器売買の問題であり、第2は、疾患者の腎臓を摘出してレシピエントに移植することが許されるか、という病気腎移植の問題であり、第3は、近親者からの臓器提供に関わる提供意思の問題である。以下、これらを順次論じてみよう。(中略)

  つぎに、病気腎移植の問題について。上記宇和島市の腎移植事件では、腎移植の前提となる疾患者(ネフローゼ、尿管狭窄、腎動脈瘤、腎結石、がんの患者を含む)の提供意思(摘出意思)の適格性が問題とされている。M医師による病気腎移植は、1980年代初頭から実施されていて、倫理委員会に諮ることもなく、文書によるインフォームド・コンセントもなかったという(毎日新聞2007年4月1日付朝刊報道参照)。中には、ドナーからの腎臓摘出に適さなかったケースもあった。何よりも、腎がん患者の腎臓をレシピエントに移植すれば、がんが転移する危険性があることは重大である。日本移植学会等も調査に乗り出し、42件の病気腎移植について検討を加え、2007年3月31日、関連4学会が、こうした実験的医療が医学的・倫理的な観点から実施されていたことに対して非難声明を出した。

 真の法的・倫理的問題は、この種の医療行為が「治療的実験」ないし「実験的治療(医療)」の段階にあるものであり、したがってプロトコール作成のうえで、ドナーとレシピエント双方についてインフォームド・コンセントの徹底をし、利益とリスクの衡量をしてリスクが著しく上回らないことを確認し、倫理委員会の審査を経て人体実験・臨床試験のルール(メディカル・デュープロセスの法理)に則って実施されるべきであったのに(甲斐克則『被験者保護と刑法』〔2005・成分堂〕参照)、それが無視されていた点にある。他方、臓器不足の現状からして、腎移植であれ、「第三の道」として病気腎移植の禁止に反対する見解も根強い。結局、選択肢は3つある。第1は、ルールのない現状の追認であるが、これはもはや許されないことは明らかである。第2は、法律またはガイドラインで病気腎移植を全面禁止することである。しかし、病気の種類も様々であり、ドナーの希望が強く、レシピエントの希望とも合致し、かつ双方に高度の危険性がない場合、全面禁止することには抵抗もあるであろう。そこで、第3に、ドナーの疾患を入念に確認し、プロトコール作成のうえで、ドナーとレシピエント双方についてインフォームド・コンセントを徹底し、利益とリスクの衡量を慎重に行い、リスクが著しく上回らないことを確認し、厳格な第三者的倫理委員会の審査を経て、人体実験・臨床試験のルール(メディカル・デュープロセスの法理)に則って実施する場合にかぎり例外的に認めることも検討の余地がある。2007年4月23日段階の厚生労働省の「生体腎移植に関する指針案」も、この方向性にあると思われる。」



2.この論文の良いところは、病気腎移植を例外的にでも認めるべきであるという主張をしている点です。
(1) 

「ドナーの疾患を入念に確認し、プロトコール作成のうえで、ドナーとレシピエント双方についてインフォームド・コンセントを徹底し、利益とリスクの衡量を慎重に行い、リスクが著しく上回らないことを確認し、厳格な第三者的倫理委員会の審査を経て、人体実験・臨床試験のルール(メディカル・デュープロセスの法理)に則って実施する場合にかぎり例外的に認めることも検討の余地がある。2007年4月23日段階の厚生労働省の「生体腎移植に関する指針案」も、この方向性にあると思われる。」


「臓器の移植に関する法律の運用に関する指針」の改正案についての理解についても、例外的に、臨床試験としては病気腎移植を認める案と評価していて、この案の結論が妥当であると主張している点もよい点でしょう。

改正案の文言を解釈する限り、病気腎移植を臨床試験としては認めるというのが素直な理解ですから、法学者としては真っ当な理解です。もっとも、日本移植学会は、事実上全面禁止する予定でいるわけですが。


(2) また、この見解は、病気腎移植については、インフォームドコンセントの徹底、リスクが著しく上回らないことの確認、厳格な第三者的倫理委員会の審査を経て、臨床試験のルール(メディカル・デュープロセスの法理)に則って実施する場合にかぎり例外的に認めるというものです。

甲斐教授が自説を披露し、その自説の売り込みをしているという面もありますが、今の日本の医療のレベルでは、臨床試験のルール(メディカル・デュープロセスの法理)に則って実施するというのが、臓器不足の現状と病気腎移植への抵抗感(市民の側の理解不足、移植医側の医学的知識不足が原因)を考えると、現実的な結論なのだと思います。

もっとも、かなり実施されていた「生体腎移植での病気腎移植」では、レシピエントにとっては同じく病気腎移植であるのに、倫理委員会に諮るわけではなかったのですから(最近の秋田大病院での事例)、倫理委員会を重視することは不均衡のように感じます。


(3) この見解の面白いところは、ドナーとレシピエントの双方の意思確認や臨床試験のルールで実施することを強調し、提供された臓器を日本臓器移植ネットワークの手続きによって分配することを予定していないのです。

病気腎移植も臓器移植の問題であることは確かですから、日本臓器移植ネットワークによって分配するのも一案だとは思います。臨床試験の段階だとしたら、日本臓器移植ネットワークによって分配するのは非現実的ですが、いずれは特別枠という形で実施することも可能でしょう。ところが、甲斐教授は、日本臓器移植ネットワークによる分配を予定せず、「臓器の公平な分配がなされなかった」という批判があったことも言及していません。甲斐教授にとっては、「臓器の公平な分配がなされなかった」という批判は、病腎移植の真の問題とは無関係と考えているようです。




3.しかし、この論文には多くの問題点が含まれています。

(1) この論文は、大雑把に言えば、手続きを重視しようという主張です。手続き不足であったことが「病気腎移植の真の問題」であるとして、その手続きのみに着目して具体的な手続きを提示していることに尽きるといえます。手続きの重視自体は悪いことではないのですが、「臓器不足だから病気腎移植を認めてよい、あとは手続きだけが問題」という論調だけではあまりにも理解不足な論文です。

腎不全の患者にとっては、手術の手続き如何よりも“腎不全の状態から回復する”という結果こそ一番希望していることです。さらに、病気腎移植の結果生じるリスクを考慮するのも重要ですが、その前に、病腎移植を実施したとしても生着しなければ、患者にとって何の意味もありません。

病気腎移植では、極めて優れた技量をもつ医師によって実施されないと生着させることが困難なのですから、極めて優れた技量をもつ医師によって実施されることが不可欠なのです。甲斐教授の論文では、病気腎移植実施において最も必要とされることついて無視されているのです。致命的な欠落のある論文といえるでしょう。


(2) この見解は、移植する際の手続きが真の問題だと理解し、世間で言われてる「ドナー保護こそが問題」という点については、ほとんど無視しています。

病気腎移植とは、主として移植目的で提供するのではなく、治療目的で摘出した臓器を使うことであるのですから、摘出自体の医学的妥当性という「ドナー保護」は、議論に値しないと考えているのかもしれません。しかし、病気腎移植が(臨床試験という形でも多くの病院に)広く普及するようになれば、移植優先にならないよう、摘出自体の妥当性があるのかに注意する必要があります。


(3) 甲斐教授もまた新聞報道を鵜呑みにし、疑問を抱いていないのです。

「中には、ドナーからの腎臓摘出に適さなかったケースもあった。何よりも、腎がん患者の腎臓をレシピエントに移植すれば、がんが転移する危険性があることは重大である。」


外国の論文(タイオーリ教授が移植医療専門誌『トランスプランテーション』において発表した、イタリアでがんのドナー(臓器提供者)から臓器移植した後のがん発症に関する共同研究論文)によれば、腎がん患者の腎臓をレシピエントに移植しても、がんは転移はないか、ほとんどまれであるという論文がでているのですし、M医師らの移植においても、臓器を提供した患者の方は死亡していても、がんの部分を切除した腎臓の移植を受けた患者にはがんは転移していませんでした。

病腎移植においては、「生体腎移植での病気腎移植」の事例も含めて、レシピエント側にどのような影響があるのかについて、医学上、客観的・正確に検証していくことが必要なのです。「腎がん患者の腎臓をレシピエントに移植すれば、がんが転移する危険性がある」という思い込みを捨てるべきなのです。


(4) 甲斐教授が提示する手続き要件についても疑問があります。
「厳格な第三者的倫理委員会の審査を経て」実施するといいますが、日本の医療機関が抱える倫理委員会は、各医療機関ごとにある以上、当然ながら倫理委員会の委員は身内を含めたものであり、その審査内容は非公開がほとんどです。

「厳格な第三者的倫理委員会」を設置するとなれば新たな委員会を設置することになります。そうなると、どこにその委員会を設置するのか、どれだけの数を設置するのか、その設置・維持費用は誰が負担するのか、各医療機関が抱える倫理委員会と重複させて審査(二重審査)するのかなどの多くの問題点を解決する必要があります。

何よりも、臨床実験実施の際に行われる倫理委員会の審査は、各医療機関で行っていたのに、なぜ、病気腎移植だけ「厳格な第三者的倫理委員会」を設置する必要があるのか、アンバランスです。諸外国ですでに(死体腎移植において)病気腎移植は実施され、「生体腎移植での病気腎移植」は倫理委員会の審査もなく実施されることもあったのですから、病気腎移植問題だけ、「厳格な第三者的倫理委員会」を設けるべきなどと言って、大騒ぎしてみせるのはどうかと思います。もっと冷静さが必要です。

米国の移植医療では、ルールは各医療機関それぞれであり、臓器不足解消に向けて(死体移植での)病気腎移植をできる限り認めているのであり、患者にとってよい結果をもたらすことを第一義としています。法律の研究者は手続きを重視する傾向にあり、そのこと自体は不当ではないのですが、患者の希望は何かを考え、ルールよりも結果(病腎移植によって臓器不足の解消につながる、よい結果をもたらすための医師の技量の必要性など)を重視すべきだと思います。

テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/tb.php/429-9443b1bf
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。