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2007/06/06 [Wed] 20:59:23 » E d i t
九州大学(福岡市)で5月27日、臓器売買をめぐる国際シンポジウムが開かれました。このシンポジウムについては、幾つか報道するものがありましたが、東京新聞6月3日付「こちら特報部」では詳しく記事にしていました。
そこで、東京新聞「こちら特報部」の記事を中心として、報道記事を紹介したいと思います。


1.まずは、東京新聞の記事以外のものを最初に。

(1) 読売新聞平成19年5月28日付(九州発)

 「フィリピン政府の腎臓売買公認検討で国際シンポ…九州大

 フィリピン政府が腎臓売買を事実上公認する制度の導入を検討していることを受け、九州大学(福岡市)で27日、臓器売買をめぐる国際シンポジウムが開かれた。出席した同国関係者は「提供者に渡る謝礼は売買に当たらない」と制度案の正当性を強調した。

 新制度案は、移植を受けることを希望する外国人に、自分の手術代以外に、提供者への生活支援費や別のフィリピン人患者の移植費用を負担させる内容。外国人の医療費を一元管理し、ブローカーの介在が指摘される水面下の腎臓売買の一掃を目指している。

 シンポジウムには、タイ、インドの医師や倫理学者らも参加し、経済格差に起因する腎臓売買問題を議論した。粟屋剛・岡山大学大学院教授(生命倫理)は、「患者から直接、提供者に謝礼が渡らないとしても、日本人がこの制度に沿って移植した場合、国内外を問わず臓器売買を禁じる日本の臓器移植法に抵触しかねない」と指摘した。

 このほか最終討議では、フィリピン人の倫理観に変化が生じて謝礼目的の腎提供がさらに増える可能性を懸念する声があがった。」



(2) 産経新聞(2007/05/27 20:48)

臓器売買シンポジウム開催 比の合法売買案アピール

 移植医療のドナー(臓器提供者)が世界的に不足し臓器売買が問題になっているなか、九州大学(福岡市)で27日、臓器売買のシンポジウムが開かれた。

 シンポジウムでは、岡山大大学院の粟屋剛教授(生命倫理学)が、フィリピンとインドの腎臓の臓器売買の実態や、死刑囚から臓器を摘出する中国の死刑囚ドナーについて、現地調査した結果を報告した。

 その中で、粟屋教授は「フィリピンとインドには貧しい人々が多く存在するから、彼らをドナーにする臓器売買が成り立つ。中国は死刑が多いので死刑囚をドナーにしている」と指摘した。

 このシンポジウムに招かれたフィリピン国立腎臓・移植研究所のエンリケ・オナ所長らアジアの移植関係者も講演を行った。

 オナ所長は現在、フィリピンで検討が進められている臓器売買を合法化して貧しいドナーを保護する新制度に関し、その正当性を訴えた。

 しかし、フィリピンで仮に臓器売買が合法化されたとしても、日本の患者がこの制度に基づいてフィリピンで臓器移植を受けた場合、臓器移植法に違反する可能性が強い。

(2007/05/27 20:48)」



これらの記事だけみると、フィリピンが事実上、「臓器売買」を認めることを検討していることを巡って議論したように読めます。

「出席した同国関係者は「提供者に渡る謝礼は売買に当たらない」と制度案の正当性を強調した。

 新制度案は、移植を受けることを希望する外国人に、自分の手術代以外に、提供者への生活支援費や別のフィリピン人患者の移植費用を負担させる内容。外国人の医療費を一元管理し、ブローカーの介在が指摘される水面下の腎臓売買の一掃を目指している。……

 粟屋剛・岡山大学大学院教授(生命倫理)は、「患者から直接、提供者に謝礼が渡らないとしても、日本人がこの制度に沿って移植した場合、国内外を問わず臓器売買を禁じる日本の臓器移植法に抵触しかねない」と指摘した。」


どうやら、「売買」に当たるのではないかという批判を受けているため、フィリピン政府は「臓器売買」ではないと主張したようですし、栗屋教授も、日本の臓器移植法における臓器売買等の禁止(11条)に当たりうると述べています。

(臓器売買等の禁止)
臓器移植法第十一条 何人も、移植術に使用されるための臓器を提供すること若しくは提供したことの対価として財産上の利益の供与を受け、又はその要求若しくは約束をしてはならない。(中略)
  6 第一項から第四項までの対価には、交通、通信、移植術に使用されるための臓器の摘出、保存若しくは移送又は移植術等に要する費用であって、移植術に使用されるための臓器を提供すること若しくはその提供を受けること又はそれらのあっせんをすることに関して通常必要であると認められるものは、含まれない。

(罰則)
第二十条 第十一条第一項から第五項までの規定に違反した者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
  2 前項の罰は、刑法(明治40年法律第45号)第三条の例に従う。



日本の臓器移植法は、「臓器を提供すること若しくは提供したことの対価として財産上の利益の供与」を受ける場合を禁止していますが、いかなる費用を出してもいけないという規定ではありません

「臓器の摘出、保存若しくは移送又は移植術等に要する費用」であって、かつ、「移植術に使用されるための臓器を提供すること若しくはその提供を受けること又はそれらのあっせんをすることに関して通常必要」な費用を出すことは適法なのです。要するに、レシピエント側がドナー側に通常かかる移植手術費・入院費を出すことは適法ということです。

 「フィリピンでは、外国人患者に<1>ドナーへの生活支援費(1万2000ドル〔約144万円〕)、<2>別のフィリピン人患者1人分の移植手術代(約96万~120万円)を支払わせる(外国人患者は手術・入院代を併せて総額約600万円を支払うことになる)新たな臓器提供制度を政府が公認する方針を固め、国際的に法的・倫理的議論を醸成している。筆者もすでにコメントを出したように、特に<1>の生活支援費については、この臓器提供制度を日本人が利用すれば、わが国の臓器移植法11条及び20条1項の臓器売買罪に当たるように思われる(読売新聞2007年2月2日付朝刊参照)。今回の新たな制度が始まれば、日本人に影響を及ぼしうる。」(早稲田大学教授・甲斐克則「生体腎移植」法学教室2007年6月号3頁)



フィリピンの制度では、自分の手術代以外に、提供者への生活支援費や別のフィリピン人患者の移植費用を負担させるものですが、すべてが臓器提供の「対価」であるとして禁止されるのでなく、このうち、生活支援費を出す点において、臓器売買罪に当たりうるということです。

ただし、注意すべきことは、フィリピンの制度は、臓器提供を行った者すべての者に費用負担をさせるというのではなく、外国人に対してのみ費用負担を課すものです。これは、外国人の移植を管理・抑制し、悪徳ブローカーの介在を排除するという、国家政策・社会政策上、費用を負担させるというものであって、臓器提供に関して契約当事者の自由意思に委ねた「対価」ではないのです。
こうなると、臓器提供の「対価として財産上の利益の供与」をしたとはいえないようにも解されます。

特に生体腎移植では、死体腎移植と異なり、ドナー側は提供したことで体の不調が生じる可能性があるのですから、ドナー側に対して多くの医療費がかかる可能性があります。レシピエント側が移植によって利益を得ている以上、その費用をレシピエント側に負担させることは不合理とはいえません。
そうすると、日本の臓器移植法下においても、提供者への生活支援費を出すことは、「移植術等に要する費用」で「通常必要」(11条6項)な費用ということも可能であるようにも思えます。

しかも、もし日本の患者がこの制度に基づいてフィリピンで臓器移植を受けた場合、国外犯処罰規定により、臓器移植法に違反するとして、起訴すると、移植患者は支払い不能に陥る可能性が生じます。そうなると、フィリピン政府は、日本政府に対して国会政策に対する干渉であるとして、補償を請求する可能性があり、外交問題となりかねません。外交問題を生じてでも、起訴すべき必要性はないのですから、起訴する可能性は極めて低いと考えられます。


このようにみていくと、フィリピンで仮に臓器売買が合法化された場合、「日本の患者がこの制度に基づいてフィリピンで臓器移植を受けた場合、臓器移植法に違反する可能性が強い」として、起訴する可能性はきわめて低く、「今回の新たな制度が始まれば、日本人に影響を及ぼしうる」かどうかはかなり微妙であると考えます。もちろん、日本政府や学者が、臓器売買罪に当たりうると誇大宣伝すれば、事実上、日本人がフィリピンに行って移植することは減少するでしょうが。




2.では、東京新聞平成19年6月3日付朝刊26面「こちら特報部」を引用します。

SOS臓器移植:移植シンポ 関係国が現状報告  臓器売買 深刻化浮き彫り

 事実上「臓器売買」を認め、政府がコントロールすることを検討しているフィリピン。多くの国で売買は禁止されているが、ドナー(臓器提供者)の補償を検討する動きも出てきている。世界的なドナー不足の中、各国はどのような方向に向かおうとしているのか。九州大(福岡市)のシンポジウムから報告する。 (片山夏子)

◆インド 原則近親者の例外悪用

 シンポジウムには、フィリピン、タイ、インドなどの臓器移植関係者が参加。各国の現状や売買の意見交換をした。

 インドの臓器移植法制定に尽力した最高裁弁護士、スシル・クマール・ヴァルマ氏は、売買が大きなビジネスになっている実態を紹介。“生体間”移植は原則近親者だけだが「ドナーが患者に特別の愛情がある場合」は例外となるため、この点をブローカーや医師が悪用し売買が横行していると指摘した。

 「他の治療と偽り臓器をだまし取るなどの詐欺も多発している。売買は人間の尊厳を侵害する。富裕国の貧困者搾取という構図もある。だが、一方で貧困のため臓器を売るドナーも責められない。ドナーへの補償は考えるべきだ」

 タイ移植学会長のファイボール・ジトプラパイ氏は「売買は厳しく取り締まっているが、貧困を背景に潜在的な可能性がある」と示唆。一時は中国に渡航する患者が増えたが、移植手術が高額になり減少傾向だという。生体間移植の近親者の範囲を5年前に配偶者に広げ、その後、祖父母やいとこも含めるなどドナー不足解消への動きにも触れた。

◆米国 ドナー拡大促す州法も

 世界的に広がる臓器売買禁止の中で、「ドナーへの補償」など規制とは逆行する動きもある。

 金沢大客員研究員の今井竜也氏(生命倫理)は、米国で臓器提供に税の軽減などの補償が行われている例を紹介。ペンシルベニア州では1994年に州法を制定し、運転免許証でドナーになる意思表示ができるほか、運転者が死亡してドナーになった場合、遺族に300ドルが葬儀費として提供される。このための基金は州民から集められる。臓器提供者は94年には約490人だったが5年後は約720人に増えたという。

 生体臓器の提供では、ウィスコンシン州が3年前に、最大1万ドルの税を軽減する州法を制定。医療費や入院期間中の賃金相当額が所得控除の対象になる。「臓器提供に伴い失った所得を補償するという考え方が基本」という。

 オハイオやフロリダ州も同様の制度をつくった。今井氏は「ニーズがある以上、売買禁止を徹底することは難しい。背景に貧困や格差問題があり、地域の事情に合わせたルール作りをしても(移植や売買は)1つの地域では完結しない」と指摘する。

 岡山大客員研究員オリバー・レーチ氏(ドイツ)は、米国で生体間移植が近親者以外でも自由にできることを背景に、インターネットでドナーを探せるサイトが出てきたことを紹介。月300ドルの登録料を払えば、サイト上でドナーを探せる。ドナーの逸失利益や医療費を払うシステムだ。イギリスでは、国外での売買は国内法では問わない動きも出てきているという。

 フィリピンが世界的な移植大国になっている背景には、移植技術の高さへの自負や、「移植は人を救う行為」という関係者の誇りがあるという。

◆「禁止よりも救済や補償を」

 フィリピン大のレオナルド・デ・カストロ教授(哲学)はこう訴えた。

 「ドナー調査の中で、貧しさの中にも人を救う行為という誇りがあったのが救い。ひどい経済格差や貧困は残念だがすぐには解消できない。禁止しても闇に潜るだけ。ドナー救済や補償は必要だ」」

*見出しの文言は紙面通りですが、見出しの位置は紙面では不明なので、適切と思われる位置に置いています)



この記事のポイントは、

「世界的に広がる臓器売買禁止の中で、「ドナーへの補償」など規制とは逆行する動きもある。」

ということです。要するに、「臓器提供に伴い失った所得を補償する」ことは臓器売買に当たらないという理解が広がり、臓器売買禁止の厳格な適用は貫かれなくなってきているということです。

米国で臓器提供に税の軽減などの補償が行われており、これによって、臓器提供者は94年には約490人だったが5年後は約720人に増えたという効果がありました。また、生体臓器の提供では、ウィスコンシン州が3年前に、最大1万ドルの税を軽減する州法を制定し、オハイオやフロリダ州も同様の制度を制定しているのです。月300ドルの登録料を払えば、サイト上でドナーを探せるという制度も、一種の臓器売買といえなくもないですが、これも認めています。イギリスでは、国外での売買は国内法では問わない動きも出てきているそうです。


「フィリピン大のレオナルド・デ・カストロ教授(哲学)はこう訴えた。

 「ドナー調査の中で、貧しさの中にも人を救う行為という誇りがあったのが救い。ひどい経済格差や貧困は残念だがすぐには解消できない。禁止しても闇に潜るだけ。ドナー救済や補償は必要だ」」


貧困や著しい臓器不足の現実がある以上、特に貧困層を多く抱える国では、悪徳ブローカーが蔓延り、闇で高額な売買が行われ、しかも貧困から脱出できないという悪循環がもたらされるだけです。

臓器不足をできる限り解消するため、病気臓器もできるだけ使用する道を広げるとともに、臓器売買禁止を徹底する態度を国内外で貫くよりも、「ドナー救済や補償」の方にも目を向ける必要があるようです。

テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済

コメント
この記事へのコメント
春霞様
私は今の臓器移植法の売買の禁止の部分は、運用指針でもっと柔軟にすべきと思っています。
このことは産経新聞社等への投書も以前しました。
というのは、ブローカーが暗躍して手数料をとる売買には当然反対です。
ただ、ドナーに対するレシピエントからの純粋な謝礼を法律で禁止することは法の行き過ぎだと思います。

ドナーへの数ヶ月間の生活保障なり、気持ちに対する謝礼は、
ドナーからの強要がない条件で、レシピエントやその家族からの提供であればいいではないですか。
仮に私の家族に親類や他人から腎臓提供があったとします。
私は、強要されなくても、自分から進んで謝礼の気持ちはしたいと思いますね。


感謝の気持ちを金銭で示したい人はいると思います。そんな人を今の日本は犯罪者にするのです。

どうしてそこまで潔癖にならないといけないのでしょうか。
納得いかないことの一つです。
2007/06/07 Thu 21:04:23
URL | hiroyuki #-[ 編集 ]
生活の貧しさ
私も、hiroyukiさんのコメントに同じ思いです。

臓器売買を直視せざるおえないケースで言わせてもらえば、フィリピンのドナーの根底にあるのは、生活の貧しさ。先日、臓器を売って、家族を養おうとする人をTVや新聞で知り、痛々しさを感じました。そのとき受け取った金額は、30万円。しかしすぐに使い尽くしてしまった。重たい物が持てなくなり、伏しがちになったという状態に、正直空しさが感じられたのです。

依然と変わったのは、腎臓をひとつ失ったこと。それで生活が変わったわけではない。私は、ドナーの提供後の健康状態がやはり整えられることを願います。そのためにこそ、国とレシピエントは、よく検討してほしい事柄だと思います。

御礼や謝礼でそれぞれのドナーに不公平が生じてもいけないでしょう。また移植で命助けられ、それはある意味、お金に代えれないほどの価値なのですから。そう考えると、ある限度額を定めるなどしてはどうでしょうか。

日本の「金銭の受け渡し=犯罪」という定義はもっと細かく改善していく必要があるように思えます。ドナーの摘出において生じる健康障害の最低レベルの生活を支えるということ、またレシピエントなりの精一杯の感謝を自然に表せる、そんな関係になれたらと思うのですが。夢のような話でしょうか。

2007/06/09 Sat 01:02:20
URL | 梅雨空 #-[ 編集 ]
フィリピンの政策は、立派だと思います。キリスト教の精神だと思いますけど、困った人を助けたいという気持ちと
貧困による自分の子供達を助けるために、臓器を売るという行為が、どうして駄目なのか不思議でなりません。
私も自分の子供が飢えていたら、臓器を闇の商人でもなんでも売ると思います。
それで、子供が助かるなら。
国が、ドナーを積極的に保護する制度なのですから、他国がクレームつけるのは、いかがなものでしょうかね。
日本国においては、借金のかたに生命保険を掛けさせに自殺に追い込ませる国であることの方がよっぽど問題だと思いますけど。臓器売って、借金返して、生き残った方がよっぽどいいんじゃないでしょうか?
しかもCM料欲しさに、片棒担いで一切追求しないマスコミ、政治家。
表面だけまっとうなことを言っているようにしか聞こえてきません。
2007/06/09 Sat 16:33:31
URL | ほっちゃれ #17ClnxRY[ 編集 ]
>hiroyuki さん
コメントありがとうございます。お返事が遅れてすみません。


>ドナーへの数ヶ月間の生活保障なり、気持ちに対する謝礼は、
>ドナーからの強要がない条件で、レシピエントやその家族からの提供であればいいではないですか。
>私は、強要されなくても、自分から進んで謝礼の気持ちはしたいと思いますね。
>感謝の気持ちを金銭で示したい人はいると思います。そんな人を今の日本は犯罪者にするのです。

日本は、物を受け取ったり何かしてもらった場合、礼節として、お返しなど何らかの謝礼をする文化です。

臓器提供は善意として行ったとしても、何らかの御礼をしたいと思うのは、日本ではそれほどおかしくないのです。今の臓器移植法は、謝礼は臓器売買罪にあたってしまう可能性がありますが、どうも日本文化とは一致せず、妙な感じです。


>どうしてそこまで潔癖にならないといけないのでしょうか。
>納得いかないことの一つです。

諸外国の臓器移植法を参照して、取り入れたわけですが、日本文化とすり合わせをしなかったので、「潔癖」になってしまったのだと思います。
「潔癖」を保っている間に、この記事に出ているように諸外国ではすっかり「潔癖」でなくなっている(税軽減を肯定)わけですが(苦笑)。
2007/06/11 Mon 00:00:00
URL | 春霞 #ExKs7N9I[ 編集 ]
>梅雨空さん
コメントありがとうございます。


>フィリピンのドナーの根底にあるのは、生活の貧しさ。
>依然と変わったのは、腎臓をひとつ失ったこと。それで生活が変わったわけではない。私は、ドナーの提供後の健康状態がやはり整えられることを願います。

東京新聞による「こちら特報部:フィリピンの移植事情」の記事によると、今のフィリピンでは、臓器移植によって金銭を得たとしても、ドナーに対する検診は1、2回あればよく、検診がない場合がほとんどでした。
フィリピン政府は、金銭のコントロールだけでなく、健康状態といった具体的なドナー保護を図ってほしいと思います。


>そう考えると、ある限度額を定めるなどしてはどうでしょうか。

日本で臓器移植に関して正式に謝礼を認めるとした場合、臓器移植に関して金銭支払いを決めると、金銭の額がそれぞれになってしまいます。
もめる原因を作らないためにも、指針という形でも、仰るとおり、限度額を定める方がよいのでしょうね。あくまで社会的儀礼としての範囲内ということの確認が必要です。

もちろん、ドナー側の医療費の負担はまた別問題ですが。
2007/06/11 Mon 22:24:49
URL | 春霞 #ExKs7N9I[ 編集 ]
>ほっちゃれ さん
コメントありがとうございます。


>国が、ドナーを積極的に保護する制度なのですから、他国がクレームつけるのは、いかがなものでしょうかね。

そうですね。
フィリピンでは、臓器だけとられて金銭の見返りをしないという悪徳ブローカーを排除する必要性があります。
何よりも、先進国の国民が、フィリピンに臓器移植を求めて行ってことに最大の元凶があるのですから、フィリピン政府の行動をどうして非難することができません。
特に、日本では臓器不足を解消するための「病腎移植」の道を絶とうとしているのですから、日本政府が非難するのはおかしなことです。
2007/06/11 Mon 22:25:33
URL | 春霞 #ExKs7N9I[ 編集 ]
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春霞様のブログからの引用です。日本の臓器移植法は、「臓器を提供すること若しくは提供したことの対価として財産上の利益の供与」を受ける場合を禁止していますが、いかなる費用を出してもいけないという規定ではありません。 病気腎移植の道を閉ざして、なんら他の解決策
2007/06/13(水) 08:38:53 | 地獄への道は善意で舗装されている
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