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2006/02/01 [Wed] 06:45:11 » E d i t
「落書きと建造物損壊罪の成否(上)」の続きです。

1.「落書きと建造物損壊罪の成否(上)」で書いたように、落書きについては、軽犯罪法1条33号前段の「工作物等汚わい罪」も成立しうるので、建造物損壊罪と工作物等汚わい罪の区別をどうするのかが問題となります。

(1) まず、落書きについて工作物等汚わい罪が成立することについて確認しておきます。
まずは、条文を。

「軽犯罪法1条33号 みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をし、若しくは他人の看板、禁札その他の標示物を取り除き、又はこれらの工作物若しくは標示物を汚した者

*(立法趣旨)工作物、及び標示物の所有権や管理権を保護し、同時にそれらのもつ外観を保護することにある。」


この規定の解釈については、橋本裕蔵「軽犯罪法の解説」(5訂版)(2005年)88頁~(一橋出版)によると、

「『家屋』は家、住宅を意味し、『工作物』の例示です。…『その他の工作物』は『家屋』に類するものをいいますが、住居に用いられるものである必要はありません。したがって、門、電柱、トンネル、へい、公園内に設置されている彫刻など土地に定着している人為的に作られた一切のものが含まれます。

 『汚した』はそのものの効用を害するには至らないが、外観を害し、美観を損なう行為をいいます。…『工作物』の管理者の許諾を得ずにペンキなどでへい等の工作物に絵などを書く行為はその絵自体が美しいものであっても、もとの美観が損なわれている場合には『汚した』に該当します。したがって、…最近見られる道路脇の壁に絵画を描く行為は『汚した』に該当します。…」


このような解釈からすると、公園内の公衆便所の外壁にラッカースプレーでペンキを吹き付け「戦争反対」等と大書した行為は、工作物汚わい罪にもあたると判断できます。



(2) 建造物損壊罪と工作物等汚わい罪の区別については、大阪高裁昭和44年10月3日判決大コンメンタール刑法〔第2版〕第13巻572頁~)は、

「物の外観の著しき汚損を損壊と解するにおいては同じく物の外観を保護法益とする軽犯罪法1条33号の規定との関係に疑問が生ずるが、軽犯罪法違反と建造物又は器物損壊との区別は結局物の外観に対する侵害の程度の量的差異すなわち物の効用の滅却減損の有無に帰着するものと考えられ、その外観の軽微な侵害すなわち、物の効用の滅却毀損に至らないと評価されるときは右軽犯罪法違反となるに過ぎない。…」

としています。

また、このブログで問題としている最高裁決定の事案の第一審(東京地裁平成16年2月12日判決)では、

「刑法260条前段にいう「損壊」とは,建造物の本来の効用を滅却あるいは減損させる一切の行為をいい,物理的に建造物の全部又は一部を毀損する場合だけではなく,その外観ないし美観を著しく汚損することによっても,建造物の効用を実質的に滅却ないし減損させたと認められる場合があり,このような場合には,たとえその建造物の本質的機能を害するには至らなくても,その行為は「損壊」に当たると解するのが相当である。

そして,弁護人指摘の軽犯罪法1条33号等との関係で,建造物の外観ないし美観を汚損する行為が建造物損壊罪所定の損壊にまで当たるといえるか否かについては,建造物の性質,用途ないし機能との関連において,汚損行為の態様,程度,原状回復の難易等,諸般の事情を総合考慮して,社会通念に照らし,その汚損によってその建造物の効用が滅却ないし減損するに至ったか否かを基準として判断し,これが肯定されるときは,このような汚損行為は,軽犯罪法1条33号等に該当するのにとどまらず,建造物損壊罪に該当することになると解すべきである。」

としています。

ようするに、「はり札の罪等と器物損壊罪、建造物損壊罪のいずれが成立するかを決するには、具体的事実に即し当該物件ないし建造物の効用が害されたか否か」(法務省刑事局 軽犯罪法研究会編者「軽犯罪法101問」208頁(平成7年)(立花書房)によるわけです。もちろん、もっと建造物損壊罪の成立を狭めるような判例(名古屋地裁昭和39年11月17日判決・判例時報408号50頁)もありますが、このような判例は少ないようです。


最高裁決定は、建造物損壊罪と軽犯罪法との区別基準について、直接触れていませんが、「本件落書き行為は,本件建物の外観ないし美観を著しく汚損し,原状回復に相当の困難を生じさせたものであって,その効用を減損させたものというべきであるから,刑法260条前段にいう『損壊』に当たる」としているのですから、美観侵害と原状回復困難性を基準として、効用を減損するか否かにより区別するものと理解できます。美観侵害と原状回復困難性という基準だけを示している点は最高裁決定独自の基準ですが、結局は、従来の下級審判例・学説と同様の基準を採用していると理解できるでしょう。



(3) 建造物損壊罪と工作物汚わい罪が成立する場合の適用関係については、法務省刑事局 軽犯罪法研究会編者「軽犯罪法101問」208頁(平成7年)(立花書房)によると、

「工作物にはり札をしたり、汚したりして当該工作物の効用を害した場合には工作物の種類によって刑法の器物損壊罪(同法261条)、又は建造物損壊罪(同法260条)が成立し、軽犯罪法のはり札の罪、工作物等汚わい罪との関係が問題になるが、軽犯罪法違反の罪は刑法の補充規定であるから、刑法上の犯罪が成立する場合にははり札の罪等はそれらの罪に吸収されることとなる。」


としています。ようするに、建造物損壊罪と工作物汚わい罪の両罪の要件を充たすとしても、両罪がともに成立することはなく、2つの罪の刑が併科されることもないわけです。
(追記:落書き条例もある場合の刑の適用については、文献が見当たりませんでしたが、規定の趣旨は同じですから、刑法上の犯罪が成立する場合には、落書き条例による罪はそれらの罪に吸収されると考えます。)




2.この事件では、被告人側は「本件建物は,形式的には杉並区の所有に属するが,実質的には杉並区民総体が所有者であり,とりわけ近隣に住み利用する可能性が高い者に,より強い帰属関係があるという性質のものであるところ,被告人は杉並区民でありかつ本件建物が設置された判示公園の近くに住んでいた」ので、建造物損壊罪の要件のうち、「他人」性の要件が欠けるから、建造物損壊罪が成立しないとしています。
では、本事案では他人性の要件が欠けるのでしょうか?


建造物損壊罪における「他人」の建造物とは、通常、他人の所有に属する建造物を意味します。そうすると、「本件建物は杉並区の所有に属し,同区が本件建物の管理処分権を有することが明らか」(一審判決文より)ですから、当然、被告人にとって本件建物が「他人の」建造物に当たります

杉並区民だと、なぜ他人である杉並区の所有権を、譲渡されずに自己の所有権にすることができるのか、訳が分かりません。まして公園の近くに住んでいると、なぜ無関係な杉並区の所有物を有したり管理できる権限が突如として生じるのか、訳が分かりません。法律論として全く意味不明な論理です。

だいたい、被告人以外にも、杉並区民で公園の近くに住んでいる人は大勢いるのですから、被告人側の論理だと、その大勢の人も適法に公衆便所に落書きできることになりますが、そんなことをしたら落書きだらけになって、はっきり言って無法地帯化してしまいます。被告人側の主張は、法律論としてあまりに無茶苦茶だと考えます。




3.被告人側は、建造物損壊罪の構成要件に該当するとしても、落書きは「パブリック・フォーラムにおける思想的・政治的メッセージの表現である。これは、憲法21条によって極めて高度に保護されるべき表現行為であり、憲法上の正当な行為であり、刑法35条により違法性が阻却され無罪となるべきものである」(弁護人の上告趣意書より)と主張しています。
では、落書きは表現の自由として保護され、違法性を阻却するとの主張は妥当でしょうか?


街路、歩道、公園など公衆の表現活動の場所として利用されてきた「公共の場所」はそこで行われる表現活動の規制の合憲性をより厳格に検討することを求める理論を、「パブリックフォーラム」論といいます(芦部信喜「憲法学3」443頁)。この理論自体は、日本の憲法学上も受け入れられています。


しかし、「パブリックフォーラム」論自体は、受け入れられているとしても、無制約の表現の自由の行使を認めるわけではありません。そうすると、落書きは美観を損なうことはもちろん、あえて消さない以上はずっと残ってしまうのですから、落書きされた財産権の侵害が大きいといえます。

また、公園でビラを配るのと異なり、公園の公衆便所の壁に落書きすることは、公衆便所の近くを通り掛る人は、嫌でもその落書きが常に視界に入ってしまうことになり(いわゆる「捕われの聴衆」)、不合理です(芦部「憲法学3」453頁参照)。

このように考えると、落書きは表現の自由として保護され、違法性を阻却するとの主張は妥当ではないと考えます。




4.弁護人の上告趣意書によると、

「原判決は、被告人に懲役1年2月執行猶予3年を言い渡したが、この判決の量刑は重きに過ぎて不当である。
 本件は、公園のトイレに対する単なる落書き事件であり、トイレの落書きがほとんど手を打たれず放置されている現状や、軽犯罪法などの規定との均衡を考えるとき、懲役1年2月という判決はあまりにも重きにすぎるものといわなければならない。」

としています。
では、量刑は重過ぎるのでしょうか?


一般に量刑は、犯人の性格・年齢等、犯罪の動機・方法等、犯罪後の情況によって判断します(刑訴法248条参照)。

そうすると、この事案の第2審(東京高裁平成16年9月3日判決)によると、

「…本件は,被告人が,所携のラッカースプレー2本を用いた前記のような落書き行為により,前記のような公園内の公衆便所である本件建物の外観を著しく汚損して建造物を損壊した事案である。…本件犯行の結果,その原状回復には約7万円の費用を要すると認められるのであって,その被害は軽視できない。被告人は,本件犯行の動機につき,原審公判において,本件当夜,自宅でイラク戦争のことなどを考えるうち,自分の戦争反対のメッセージを落書きしようと思い立った旨述べているが,本件建物の管理者や利用者に及ぼす影響を考えることなく,安易に本件のような違法手段を選択したのであって,その短絡的な動機に酌むべき事情は認められない。しかも,被告人は,原審公判において,もう落書きをしようとは思わないとの供述を覆し,全然反省していないし,これからも落書きをしようと思っているなどと述ベ,損害賠償や原状回復に向けての措置をとらず,当審においても,『公園に落書きが在って,不快に感じる人がいる。だが,それがなんだというのだ。』,『書きたい奴は書けばいい。書きまくればいい。もちろん,公共物も私有物も商業広告も関係なく。そして,いつしか都市空間は,落書きだらけの見るに有意義な空間となる。』などと記載した控訴趣意書を提出しているのであって,身勝手な理屈で自らの犯行を正当化しようとする反規範的な態度は,厳しい非難を免れない。以上からすると,被告人の刑事責任を軽視することはできない。
 そうすると,未だ若年であり,これまで前科がないことなど被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,執行猶予を付した上で懲役1年2月に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。」


と判示しています。

ようするに、被告人は27歳なのでそれほど若くはないが、まあまあ若いし、前科はないので、刑を軽くする事情はあるとしても(=犯人の年齢等)、落書きの影響を考慮せずに自分のメッセージを書きたいという短絡的な動機で行っています(=犯人の動機)。特に、問題なのは、これからも落書きしようと思うとか、みんな落書きして落書きだらけになればいいといった、全く反省することなく、今後の犯行を予告する控訴趣意書を出していて(=犯行後の情況)、この行為はこともあろうに裁判所に対して、法を守らないことを意思表明するという極めて悪質な態度です。

同じ落書きの事案には、スプレーで店舗の壁に落書き行為をした建造物損壊罪2件により懲役10月(執行猶予3年)に処せられた判決(和歌山地裁平成14年7月8日判決の量刑事情の判示部分参照)があります。この事案より、今回の落書き事件の方が刑は重いのですが、法を守らないことを、こともあろうに裁判所に意思表明するという極めて悪質な態度に出ていることを考えると、刑が重過ぎるとはいえません。


そうすると、量刑は重過ぎるとはいえないと考えます。




5.最後に、読売新聞(1月19日付)の記事の中にあった「今後は、5年以下の懲役が科される同罪を適用しやすくなり、商店街のシャッターなどへの落書きが社会問題化する中で、抑止効果が期待できそうだ。」の部分は妥当な判断でしょうか?


ずっと検討してきて分かるように、今回の最高裁決定の立場は、従来の判例の基準を明確化したものですし、その認定としても、従来の下級審判例の事案と比較しても、特に重罰化したものではないといえます。

この最高裁決定が出たからといって、建造物損壊罪の成立を否定した広島高裁平成13年10月23日判決(倉庫の外壁にかすれがちな文字で、外壁を修復費は5万円かかるが、修繕すると落書き前より改善される) の事案が今後は建造物損壊罪肯定になるわけではないでしょう。この事案は、それ程美観を重視していない倉庫で、かすれがちな文字なら美観侵害が著しいとはいえませんし、原状回復困難ともいえないからです。


この最高裁決定に対して、落書きに建造物損壊罪を認めるなんて、処罰が重すぎておかしいといった批判もあるようですが、以前から建造物損壊罪を認める判例もあり、特に重罰化したわけではないのですから、批判はあたらないはずです。


読売新聞が例に挙げた「商店街のシャッター」にしても、そのデザインを工夫したものか否か、美観侵害が著しいのかどうか、原状回復困難かどうかを事例ごとに判断することになるわけで、それは従来からさほど変わらない判断なのです。

また、商店街のシャッターに対する落書きの場合、建造物損壊罪の成立が認められる事案であったとしても、犯人逮捕の可能性は低いようですから、建造物損壊罪で処罰される事案が増えることにならないように思えます。


このように、「今後は、5年以下の懲役が科される同罪を適用しやすくなり、商店街のシャッターなどへの落書きが社会問題化する中で、抑止効果が期待できそうだ。」の部分は妥当な判断ではないと考えます。商店街の人達を問わず、建造物損壊罪での起訴を求めて署名をするなど国民的な運動を起こせば、変わるのかもしれませんが…。




6.近年特に落書きが激しくなり、各地で落書き条例が制定されています。落書き対策に各自治体や住民は悩んでいることは確かですので、条例や法律による抑止も必要でしょう。今回の最高裁決定によって落書きをする人に対する抑止効果もあるかもしれません。今回の最高裁決定を知るくらい新聞を読んでいれば、ですが。

しかし、今までも処罰されてきていたわけですし、それでも一向に減る気配はありません。結局は、落書きをするという不満を解消する場がないことや、なにより規範意識の欠如が大きいのだと思います。

遵法意識に乏しかった堀江元社長、追及されても「人生いろいろ、会社もいろいろ」と答えてごまかしたり、堀江社長への選挙応援を非難されると「別問題」「マスコミだって持ち上げた」と言ったり、閣議決定に違反していても「問題ない」と発言する小泉首相いずれも国民的人気が高いのです。

この最高裁決定の事案でも、被告人弁護士は、トイレの落書きがほとんど手を打たれず放置されている現状だから、量刑が重過ぎると書いていたり、被告人が書く前に落書きがあったから、もはや美観侵害はないと書いています。ようするに、「みんなやっているのだから被告人に罪はない又は軽くして欲しい」というわけです。ここにも遵法意識・規範意識の欠如があらわれています。


規範意識の乏しい人物であっても国民的人気が高く、遵法意識・規範意識の欠如に溢れている日本において、落書きを減らすようにする……。落書きが減る可能性はまず皆無でしょうね…。

テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

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