1.まず、裁判の争点についての報道記事を。
(1) 朝日新聞平成19年5月25日付朝刊34面
「少年への死刑の適用争点 差し戻し審始まる 光母子殺害
2007年05月24日21時02分
山口県光市で99年4月に会社員本村洋さん(31)の妻弥生さん(当時23)と長女夕夏ちゃん(同11カ月)が自宅で殺害された事件で、殺人と強姦(ごうかん)致死、窃盗の罪に問われている犯行時18歳1カ月の元少年(26)の差し戻し控訴審が24日、広島高裁(楢崎康英裁判長)で始まった。検察側は事件の悪質性などから死刑適用を主張。弁護側は殺意を改めて否認し、複雑な家族環境から精神状態は著しく未成熟だったとして死刑回避を求めた。
事件では、最高裁が昨年6月に「特に酌むべき事情がない限り、死刑を選択するほかない」と二審の無期懲役判決を破棄し、審理を差し戻した。少年法で死刑適用が認められる満18歳の年齢から間もなく犯行に及んだ元少年への量刑判断が最大の争点となる。
公判では、検察側が事件の悪質性・重大性や遺族の被害感情の激しさを指摘。「18歳に達していれば保護・福祉の理念よりも厳罰による応報を優先させるべきだ」とした。一方、弁護側は傷害致死罪を主張。専門家の鑑定をもとに、犯行時の元少年の精神状態は父親の暴力や母親の自殺で著しく未成熟だったなどと指摘し、「18歳以上の者と同等に扱うのは誤りだ」と訴えた。
次回は6月26日から3日連続で開かれる。」
(2) asahi.com(マイタウン山口)2007年05月25日
「光母子殺害事件/差し戻し審始まる
2007年05月25日
広島高裁で24日あった光市母子殺害事件の差し戻し審。犯行時18歳と1カ月の元少年に死刑が適用されるのか。注目の公判が始まった。
黒のスーツ姿の本村さんら遺族は午後1時半の開廷間際に傍聴席に着席した。本村さんは妻弥生さん(当時23)と長女夕夏ちゃん(同11カ月)の遺影を抱え、右手に白いハンカチを握りしめていた。
裁判官3人が入廷すると、廷内の全員が起立して礼をしたが、本村さんは2回、深々と頭を下げた。着席後はじっと前を向き、時に小さく深呼吸した。元少年が入廷しても、身じろぎしなかった。
元少年はチェック柄の半袖シャツにチノパン姿。傍聴席には視線を向けず、背を丸めながら被告人席まで進んだ。裁判長から氏名や住所を問われると、消え入りそうな高い声で答えた。「ただ今は無職です」
公判中は発言者をじっと見つめながら、ほとんど動かなかった。休廷に入ると、弁護団と話し込んだ。閉廷後、傍聴席側に初めて顔を向け、無言で一礼したが、視線は宙を浮いたままだった。
本村さんは会見で「目は合わなかった。合わせたくもない」と話した。
広島高裁には正午前から大勢の報道関係者や傍聴希望者が詰めかけた。報道のヘリコプターも上空を旋回。高裁職員は誘導や交通整理に追われた。
傍聴希望者は967人。整理券の配布を待つ長い列ができた。大学時代、法律を学んだという広島市の主婦(33)は死刑適用の可否を巡り「18歳という年齢をどうとるかに興味がある」。同市のアルバイト男性(19)は「改心の余地があるかどうかで左右されるのでは」と話した。
パソコンによる抽選で当選した34人が法廷内に入った。
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◆「事実は事実 正確に確認」元少年の弁護団
少年の弁護団は公判後、広島市中区の広島弁護士会館で記者会見した。一審から最高裁まで事実認定された殺害態様と異なる主張をしたことについて、主任弁護人の安田好弘弁護士は「事実は事実として、正確に確認されなければならない」と説明した。
弁護団の人数が最高裁の時の2人から21人に増えたことについては「(高裁に差し戻した)最高裁の審理や判決について、異質で、司法への信頼を損ねる内容だと危機感を持った人たちが集まった」と語った。
公判では弁護側は約1時間半にわたり、意見書を読み上げた。弁護団は主張の要点として(1)殺人・強姦(ごう・かん)致死ではなく傷害致死事件にとどまる(2)精神年齢、判断能力が実年齢を大幅に下回る(3)元少年は精神面で未成熟で、計画性や凶悪性は低い(4)元少年が反省と贖罪(しょく・ざい)の日々を歩みたいと願っている――の4点を挙げた。」
(3) 産経新聞平成19年5月25日付朝刊31面「意見書要旨」
「【検察側】成人と区別する合理的根拠ない
差し戻し審では最高裁判決が認定した各犯罪事実を前提とした上、情状面において、死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情があるかどうかに焦点を当て、迅速に審理することが求められている。
本件は強姦(ごうかん)目的で主婦を殺害した上、姦淫(かんいん)し、生後11ヶ月の乳児まで殺害したもので、その慄然(りつぜん)たる犯行はおよそ少年特有の非行行為とはかけ離れている。その責任と量刑判断において、成人と少年を区別すべき合理的根拠はない。また、少年法は精神年齢などの精神的成熟度を要件としておらず、死刑を適用する場面において、そもそも精神的成熟度を検討する必要性はまったくない。
本件は犯罪行為自体の客観的な悪質性のほか、遺族の被害感情、社会に及ぼした影響などを適正に評価し、国民の健全な法感情を考慮して判断すれば、極刑以外に選択の余地がない。1審判決は死刑適用の判断方法を誤り、過去の裁判例と形式的に比較し、被告の更正可能性の有無に集約させた主観的感情を殊更重視して無期懲役刑に導いたものであって、著しく正義に反し不当であり、すみやかに是正されなければならない。
【弁護側】強姦殺人ではなく傷害致死罪
弁護人はこれまでに2つの法医鑑定と犯罪心理鑑定、精神鑑定を依頼し、その結果、1審判決および旧控訴審判決はもとより、上告審判決も事実の認定や量刑に誤りがあることが明らかとなった。当公判廷において、それらの誤りを正すとともに、被告が反省し罪を償うために、今後どのように生きていこうとしているかを明らかにしたいと考えている。
弁護人が明らかにしようとしている事実の概略は、<1>強姦殺人ではなく、失った母への人恋しさに起因した事件であり、被害者に対しては傷害致死罪にとどまる<2>被告の精神的な未発達がもたらした偶発的な事件であり、被害児に対しても殺意は存在しない<3>被告は極度の退行状態にあり、成人と同様に非難することはできない<4>被告は自分の過ちを現実感をもってとらえることができなかったが、26歳になり、反省と贖罪(しょくざい)の意を深めている―である。
最高裁の審理は被告の弁護を受ける権利を侵害する異常にして異様なものだったと言わざるを得ない。また、永山基準を逸脱し、実質的な判例変更に該当するにもかかわらず、これを小法廷で審理、判断したことは違法である。」
(4) 時事ドットコム:「2007/05/24-18:54 犯行時の心理状況解明へ=元少年の差し戻し審開始−光市母子殺害・広島高裁」
「犯行時の心理状況解明へ=元少年の差し戻し審開始−光市母子殺害・広島高裁
山口県光市で1999年、会社員本村洋さん(31)の妻弥生さん=当時(23)=と長女夕夏ちゃん=同(11カ月)=が殺害された事件で、殺人などの罪に問われ、最高裁が1、2審の無期懲役判決を破棄した当時18歳の少年だった元会社員の被告(26)に対する差し戻し控訴審第1回公判が24日、広島高裁であり、楢崎康英裁判長は、弁護側が請求した被告人質問と心理学者の証人尋問を採用、犯行時の状況について審理することを決めた。
この日の更新手続きで、死刑を求刑している検察側は「被告の反省は皆無。内面の未熟さや更生可能性など、主観的事情を強調すべきでない」という意見を述べた。
一方、弁護側は「殺人ではなく傷害致死にとどまる。被告の精神年齢は12歳程度だ」と主張。元監察医や心理学者、精神科医の鑑定などの証拠調べを求めた。」
(5) 最高裁が昨年6月に「特に酌むべき事情がない限り、死刑を選択するほかない」と二審の無期懲役判決を破棄し、審理を差し戻したのですから、差し戻し審では、最高裁が死刑回避に必要と指摘した「特に酌量すべき事情」の有無が争点になります。
弁護側の意見書の要点としては、
とされています。「弁護団は主張の要点として(1)殺人・強姦(ごう・かん)致死ではなく傷害致死事件にとどまる(2)精神年齢、判断能力が実年齢を大幅に下回る(3)元少年は精神面で未成熟で、計画性や凶悪性は低い(4)元少年が反省と贖罪(しょく・ざい)の日々を歩みたいと願っている――の4点を挙げた。」
(2)〜(4)の点は、「特に酌量すべき事情」の有無の問題として問題することにつき、それほど問題はないでしょうが、問題なのは(1)の点です。
(1)の点は、元少年が、「最高裁判決が認定した各犯罪事実」と異なる犯罪事実を実行したことを主張するものですから、量刑の問題である「特に酌量すべき事情」の有無の問題に含まれるのか微妙だからです。
ですが、刑事手続は、真相究明(刑事訴訟法1条)も目的としているのですし、何よりも死刑かどうかという命を剥奪するかに関わるのですから生命の尊重の点からしても、(1)の点も十分に審理してほしいと思います。……本来は、(1)の点は1、2審の段階で争う方がよかったとは思いますが。
弁護側は、「元監察医や心理学者、精神科医の鑑定などの証拠調べを求めた」(時事ドットコム:2007/05/24-18:54)結果、「楢崎康英裁判長は、弁護側が請求した被告人質問と心理学者の証人尋問を採用、犯行時の状況について審理することを決めた」(時事ドットコム:「2007/05/24-18:54 犯行時の心理状況解明へ=元少年の差し戻し審開始−光市母子殺害・広島高裁」)そうです。そうなると、犯行時の状況を調べる以上、殺害の意図があったか否かも当然問題になるでしょうから、広島高裁も、(1)の点もある程度審理することを決めたものといえそうです。
そうすると「特に酌量すべき事情」の有無の具体的な争点としては、(1)〜(4)の点を審理していくことになります。
「弁護団の人数が最高裁の時の2人から21人に増えたことについては「(高裁に差し戻した)最高裁の審理や判決について、異質で、司法への信頼を損ねる内容だと危機感を持った人たちが集まった」と語った。」
光市母子殺害事件判決は、少年法51条に照らすと「被告人が犯行時18歳になって間もない少年であったことは,死刑を選択するかどうかの判断に当たって相応の考慮を払うべき事情ではあるが,死刑を回避すべき決定的な事情であるとまではいえず」としたのですから、少年法51条をあまりに軽視したものであって、実質的な判例変更に該当するという理解も可能であり、小法廷で審理、判断したことは違法あるという理解も可能でしょう。
もちろん、安田弁護士らの言うような、<1>強姦殺人ではなく、失った母への人恋しさに起因した事件であり、被害者に対しては傷害致死罪にとどまる、<2>被告の精神的な未発達がもたらした偶発的な事件であり、被害児に対しても殺意は存在しないという主張が認められるかどうかについては、かなり難しいとは思います。
ですが、「弁護人はこれまでに2つの法医鑑定と犯罪心理鑑定、精神鑑定を依頼し、その結果、1審判決および旧控訴審判決はもとより、上告審判決も事実の認定や量刑に誤りがあることが明らかとなった」(弁護側意見書より)というのですから、全く客観的根拠のない主張とはいえないようです。ならば、被告人の実質的で効果的な弁護を受ける権利を守るためにも、十分な検討が必要でしょう。
被告人の実質的で効果的な弁護を受ける権利を守るためにも、「司法への信頼を損ねる内容だと危機感を持った」として、21人の弁護人が集まるのも理解できることだと思います。
2.朝日新聞平成19年5月25日付朝刊34面から、被告人側の様子と被害者遺族のコメントを引用しておきます。
「元少年「もう1度チャンス よかった」
白地にチェック柄の半袖シャツに白っぽいズボン姿で、元少年は法廷に現れた。かつて「きゃしゃ」と言われた体も、ややふっくらとしたように見えた。
広島拘置所(広島市)の独居室で過ごす。接見に訪れた人に、1、2審の審理について「自分であって自分でない人が裁かれている感じだった」と話したという。最高裁の審理から弁護人が代わり、公判記録などを読むようになってからのことだ。
「窒息は被害者が声を上げるのを抑えようとしたためだ。殺意はなく、傷害致死だった」とする弁護人の主張は、元少年の話に沿ったものだという。
死刑を言い渡される可能性が高まった差し戻し審については「もう1度チャンスがあるのはよかった」と前向きに受け止めている一方で、「死刑になっても仕方がない」「本村さんに直接会って謝罪したい」とも口にした。弁護人も「反省は深まっている」と訴える。
今年3月から、拘置所で時給5円70銭の封筒張りの作業を始めた。1ヶ月かけて初めて手にした900円は、被害者の命日(4月14日)に間に合うよう「花代」として本村さんあてに送ったという。
公判が終わって退廷する際、元少年は、傍聴席で妻子の遺影を抱える本村さんの方に向かって、ぺこりと頭を下げた。本村さんはぴくりとも動かなかった。」
「本村さん「真実語って」
「真実を語ってもらいたい。そのうえで心の底から反省し、償いたいという気持ちになってほしい」
「ひょうひょうとして、反省している風には見えない」
閉廷後の記者会見で、本村さんは02年の広島高裁判決時以来5年ぶりに見た元少年をこう評した。
弥生さん(当時23)と夕夏ちゃん(同11ヶ月)の墓は、北九州市街を見下ろす高田にある。弥生さんとであった街だ。毎年、誕生日や命日に訪れる。今年は「ここに立つのも8年目なんだ」と、とりわけ感慨深かった。
「いろいろなことを忘れてしまう自分が許せない」という。日々の仕事に追われ、妻と娘の声や癖を思い出そうとしても、本当にそうだったのかと自信がもてなくなる時がある。そんな時は、3人で暮らした事件現場のアパートに行く。つらいことも含めて、当時の自分の気持ちを思い出すからだ。
いま、差し戻し審で事実関係を争おうとする元少年側への不信が募る。「死刑が出るかもしれない局面になって主張が変わるのは明らかに不自然だ」。元少年から送られてきた手紙は読んでいない。「刑が確定した後も彼が手紙を書き続けるなら、真の反省だと思う」」
朝日新聞だけは、被告人側と被害者遺族の両方について記事にしていました。被害者遺族の言葉を取り上げることが多いですが、公平な報道と今後の犯罪予防のためにも、両方を記事にすることは重要だと思います。
(1)
「広島拘置所(広島市)の独居室で過ごす。接見に訪れた人に、1、2審の審理について「自分であって自分でない人が裁かれている感じだった」と話したという。最高裁の審理から弁護人が代わり、公判記録などを読むようになってからのことだ。……
死刑を言い渡される可能性が高まった差し戻し審については「もう1度チャンスがあるのはよかった」と前向きに受け止めている一方で、「死刑になっても仕方がない」「本村さんに直接会って謝罪したい」とも口にした。弁護人も「反省は深まっている」と訴える。」
やっと犯した結果について向き合うことができるようになったようです。父親はほとんど面会していなかったようですし、肉親からは放置状態に近いといえるのですから、安田弁護人らが、親に代わって罪と向き合うよううながしたといえるのかもしれません。差し戻し控訴審の結果がどうであれ、そのこと自体、評価すべきことだと思います。
(2)
「いま、差し戻し審で事実関係を争おうとする元少年側への不信が募る。「死刑が出るかもしれない局面になって主張が変わるのは明らかに不自然だ」。」
被害者遺族である本村さんとしては、不自然だという気持ちも生じるのでしょう。しかし、弁護人は、被告人の利益・権利のために誠実に、献身的に最善を尽くさなくてはなりません。弁護人の任務としてはこのような誠実義務があるのです。
被告人のために献身的に最善を尽くすとは、被告人が自白していても有利な情状のすべてを顕出し、否認している場合には無罪に結びつく全事実を明らかにして、必要な法律論をも展開することを意味します(佐藤博史「刑事弁護の技術と倫理」(2007年、有斐閣)25頁)。
もし、本村さんが「不信」を抱かないような主張をするとなると、弁護人は誠実義務違反となってしまいます。安田弁護士らは、被害者遺族の弁護人ではないのですから、本村さんが「不信」を抱かないような主張にとどめるべきではないのです。
本村さんの感情はともかく、本村さんは、弁護人には誠実義務があるという弁護人の任務についての理解に欠けており、ひいては刑事弁護人は被告人の利益を擁護する存在であるという裁判制度についての理解が欠けているように感じらます。
量刑の選択基準が悪いほうへ傾いている、弁護団に参加した人たちの危機感なのですね。それと、世間は批難轟々ですが、安田好弘という人柄に共感する弁護士は、多いのですね。弁護士である以上、安田さんのようにやりたい、という気持ちは多くの人に内在しているのでしょうが、なかなか思うようには生きられない。その気持ちのささやかな表明が、安田さんの事件の時の弁護士さんたちの膨大な数の署名であり、今回の弁護団の数なのでしょう。
すみませんが、また拙HPに収録させていただけますか。
>春霞さんのエントリーは、巷のものと違ってすてき
ありがとうございます。
>私は、弁護団21人という報道に、数で押し切ろうとするみたいで、心証良くない、逆効果、なんて思いましたが、間違いですね
逆効果……ですか。弁護人の数が多いと、今回の裁判に対してより危機感を抱いているイメージを与えるとは思います。
ですが、裁判官は証拠に基づいて心証を形成するのですから、判決自体には、弁護人の数はちょっと影響しないんでしょうね。
>私などからは、どう見ても、今更という唐突さもあって、傷害致死は難しいなぁ、というのが先に立ちます
1、2審では傷害致死なんて言ってなかったのですから、唐突という感じであることは確かですね。そういう意識があるから、世間では、傷害致死だったと主張すること自体で、非難轟々になっているようですから。
>量刑の選択基準が悪いほうへ傾いている、弁護団に参加した人たちの危機感なのですね
被害者感情を考えると、厳罰を希望する人も多いとは思います。特に家族の命を奪われたときの悲しみはなかなか回復できないものです。
しかし、量刑も厳罰化へ、法定刑も厳罰化に改正していますが、厳罰化も限界にきていると思うのです。例えば、交通事故事犯では、重罪である危険運転致死傷罪から逃れようとして通報せずに逃げる事例が増えてしまってます。通報なしでは被害者の命が危うくなり、厳罰化が無意味になってきています。
量刑の厳罰化よりも、犯罪防止という教育へ目を向けた方がいいと思うのです。
以前、弁護士の堀田力氏が「厳罰化は、世界の先進国において日本に特有の傾向といえるだろう」と述べている論説を紹介し、厳罰化が限界に来ていると書いたことと同じです。
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-336.html
>また拙HPに収録させていただけますか
お申し出、わざわざありがとうございます。収録、宜しくお願いします。
被告人のために献身的に最善を尽くすとは、被告人が自白していても有利な情状のすべてを顕出し、否認している場合には無罪に結びつく全事実を明らかにして、必要な法律論をも展開することを意味します(佐藤博史「刑事弁護の技術と倫理」(2007年、有斐閣)25頁)。
エントリーを拝読しましてから、もう、こういった裁判に頭を突っ込むこと、口を挟むことは止めよう、と思うようになったのです。安田さんの云う「仕事なんです」という意味がほんのり解ったようです。所詮、本村氏にも世間にも理解できない法曹の領域でしょう。
こういうセンス、裁判員制度や被害者参加制度の中で、果たしでどうなのかとも思ってしまいますが。
>安田さんの云う「仕事なんです」
この事件や当初の被告の態度は酷いものですから、被害者遺族に同情する気持ちはよくわかるのですが、弁護する人間に対して「おまえの家族がこういう目に遭ったらどうするのだ」という意見が多いのには閉口してしまうのです。同情のあまりまるで「百叩き、市中引き回し、獄門」の時代に帰りたいとでも言うかのようで…。
裁判員制度が出来たら、そういう居酒屋論議が司法の場で力を持ってしまうのが懸念される材料だと思います。
>厳罰化
ふと某所にて先日死刑が執行されたある死刑囚の教戒師を務めた神父と親しいカトリックの信者の方と知り合ったのですが、宗教と文化がいわゆるヨーロッパ先進国の意識と日本を隔てているのかなあ、と漠然と思いました。詳しいことを知らないのですが昔から日本は罪人を「穢れ」と思い、排除することに力を注いでいたように思うからです。「村八分」とか「犯罪者の一族郎党を皆処分した」とか。
まあ欧州でも昔は残酷な刑罰があったし、家族もろとも殺した例はあったと思うので、一概には言えないのでしょうけど^^;。
>所詮、素人の外野が口を挟んでも虚しい
>>弁護人の任務としてはこのような誠実義務がある
>エントリーを拝読しましてから、もう、こういった裁判に頭を突っ込むこと、口を挟むことは止めよう、と思うようになったのです。
そんなに卑下することはないです。ゆうこさんは、ご自分が思うほど「素人」ではないと思っていますけど。エントリーの文章のうち、弁護人の誠実義務に着目すること自体、鋭さを感じます。
だいたい、差し戻し控訴審での弁護活動について、「誠実義務」について触れた報道がなく、ほとんどのブログでも触れていないのですから、知らないのが普通ではないでしょうか。
しかも弁護士であっても「誠実義務」が分かっていないような方もいます。 J-CASTニュースから引用します。↓
「「(同じ)弁護士として恥ずかしい」と弁護団を切り捨てたのは、5月25日朝のTBS系「みのもんたの朝ズバ!」のコメンテーターで元検事の大澤孝征弁護士。」
http://www.j-cast.com/2007/05/25007937.html
被告人が主張していることは外野からすると無理だと思えても、被告人が主張していて証拠もあるとなれば、「恥ずかしい」どころか、主張しないと誠実義務違反になってしまってまずいでしょう。
それに。誰もがすぐに「誠実義務」の問題と分かるくらいなら、このブログを開設する必要はないです(^^ゞ
ですので、虚しいと思ったりしないで、今後とも裁判について触れて行ってほしいと思います。
>こういうセンス、裁判員制度や被害者参加制度の中で、果たしでどうなのかとも思ってしまいますが
弁護士の任務などを含めて裁判制度を理解したうえで、一般人が裁判員制度や被害者参加制度に参加してほしいです。参加しながら学習することもできますが、そうなると、法曹関係者は大変でしょうね……。
<追記1>
元検事(ヤメ検)は、安田弁護士の弁護活動に批判的です。
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20070526#1180133814
http://www.yabelab.net/blog/2007/05/26-012644.php
http://www.yabelab.net/blog/2007/05/26-104928.php
↑のように弁護方針はそれぞれで、コメント欄の弁護士は批判的ではなかったりします。元検事の弁護士と生粋の刑事弁護士とは、弁護の考え方が基本的に違うというのが大まかな見方かと思います。
本来の刑事弁護の任務からすれば、生粋の刑事弁護人の立場を主張することが妥当だと考えていますので、このブログのようなエントリーとなっています。
<追記2>
「弁護士のあり方を通して見る日本と世界の現状」
http://www.jca.apc.org/gendai/20-21/2006/bengoshi.html
これも参考になります。弁護人の任務について触れない「大方のメディアの報道姿勢」を批判しています。
>本来は、(1)の点は1、2審の段階で争う方がよかったとは思いますが。
「死刑が出るかもしれない局面になって主張が変わるのは明らかに不自然だ」
と本村さんは言われているし、多くの人はそう感じているようです。
しかし、一審と二審の弁護士は被告に事件のことについて全く聞いていないんです。
だから、検察の主張をそのまま信じて弁護しているわけでして、何を言わんかや、です。
富山の冤罪事件だって、警察で自白し、裁判では否認しませんでした。
否認しないから検察の主張が正しいとも限らないといういい例ですね。
>広島高裁も、(1)の点もある程度審理することを決めたものといえそうです。
遺体の鑑定書によると、被害者には首を絞めた痕はありません。
つまり、馬乗りになって喉仏を押さえつけたとか、首を絞めたとかいった検察の主張は間違いだ、ということです。
ただ、この鑑定書や鑑定人が証拠、証人として採用されるかどうか、かなり危ない状況だそうです。
URL | 円 #aIcUnOeo[ 編集 ]
| #[ 編集 ]
>事件よりもこちらのほうが怖いと感じます
全く同感です。
恐ろしいです。
URL | Isolar #NYhldUz6[ 編集 ]
>感情論が多い中で
>ゆうこさん同様に、冷静なエントリーにホッとしました
批判は自由です。しかし、安田弁護士らに対する批判があまりにもひどく、感情的な批判になっていて、日本の市民の多数がリンチを行っているようです。
ここまで日本の市民が裁判制度を理解していないとは思ってもいませんでした。
なので、基本的に安田弁護士の弁護活動に対して批判するべきではないと考えています。
>裁判員制度が出来たら、そういう居酒屋論議が司法の場で力を持ってしまうのが懸念される材料だと思います。
今後も多くの悲惨な事件が出てくると思います。そのとき裁判員は冷静に判断できるのかどうか、非常に不安です。
>死刑囚の教戒師を務めた神父と親しいカトリックの信者の方と知り合ったのですが、宗教と文化がいわゆるヨーロッパ先進国の意識と日本を隔てているのかなあ、と漠然と思いました。
>詳しいことを知らないのですが昔から日本は罪人を「穢れ」と思い、排除することに力を注いでいたように思うからです。
そうですね。「宗教と文化」の違いはあるでしょうし、日本では「穢れ」の意識は根強いように思います。…「穢れ」は祓うこともできるのでしょうけどね……。
最近特に日本で厳罰化が叫ばれるのは、「宗教と文化」の違いとともに、日本の人々の中に宗教心がなくなりつつある点もあるのかなと思っています。
ずっと根付いていた仏教信仰が薄らいだため、「慈悲」の心とか「寛容」の気持ちを持ち合わせていなくなっているような……。
>一審と二審の弁護士は被告に事件のことについて全く聞いていないんです
>検察の主張をそのまま信じて弁護しているわけでして、何を言わんかや、です
被告人が事件に向き合っていなかったという点もあるようですが、1、2審の弁護士は、死刑回避に囚われてしまって「被告人のために、最善を尽くす」ことを怠ってしまったといえるのでしょうね。
>否認しないから検察の主張が正しいとも限らないといういい例ですね
そうですね。否認しない理由は、自暴自棄になっていたとか、犯行時のことを明確に覚えていないとか色々と理由があるでしょうから。
>この鑑定書や鑑定人が証拠、証人として採用されるかどうか、かなり危ない状況だそうです
そうなんですか? 鑑定書や鑑定人が公判廷に出てこないとなると、傷害致死の立証・認定はかなり苦しいです。真相究明のためにもぜひ審理してほしいですが。
>ゆうこさんのブログにコメントしたことですが、光市の事件は残忍非道な事件なんかじゃなくて、誰でもが起こしうる偶発的な事件だと思います。
……う〜ん。交通事故ならともかく2人死なせていて、姦淫までしているとなると、「誰でもが起こしうる偶発的な事件」とまでいうのはかなり細い道であるように思います。証拠次第ですね。
>死刑判決でなかったことを単純には喜べないでいるように感じます
>最後はふざけていますが、18歳、真面目がかっこわるいと思ってたんでしょう
確かに、ふざけていても、複雑な心境が出ていますね。
>復讐することが正義だという風潮が蔓延しています。
>事件よりもこちらのほうが怖いと感じます
同感です。
本村さんの復讐心はやむを得ないですが、「復讐することが正義だという風潮が蔓延」したのは、報道機関が煽った影響があると思います。
市民の側も、もっと裁判制度について理解を深め、冷静さを取り戻してほしいです。
光市の事件については、死刑求刑は間違っていると思います。従来ならこの類の事件では、死刑にはならなかったように思います。21人の弁護士がついたのも危機感からであり、十分納得ができます。
URL | 死刑制度廃止を! #-[ 編集 ]
>世界の主流は、死刑廃止に向っています。死刑では何ら解決にはなりません。日本も死刑制度を廃止すべきだと思います。
1998年には、国連規約人権委員会が、日本政府に対して死刑廃止条約(国際人権B規約第2選択議定書)の早期批准を勧告しています。世界的な流れとして、日本も死刑廃止すべきですね。立法政策としては、学説上は、廃止論が多数説ですし。
>光市の事件については、死刑求刑は間違っていると思います。従来ならこの類の事件では、死刑にはならなかったように思います。
>21人の弁護士がついたのも危機感からであり、十分納得ができます。
確かに従来なら死刑判決が出なかったでしょうね。
近年、とみに厳罰化が進んでいます。でも、どんなに厳罰化しても、中国と異なり、罪刑の均衡という限度があり、必ずしも犯罪抑止につながるわけではありません。厳罰化一辺倒という狭い考えを捨てて、犯罪予防の重視、被害者に対する実質的な賠償の補償、心理面のケアなどへもっと目を向けた方が、現実的で効果的だと思います。
新聞の投書を見ると21人の弁護団への非難ばかりです。もっと刑事弁護に対する理解と、幅広い考えをもってほしいです。
http://www.yabelab.net/blog/2007/06/23-120535.php
でした(ここに本日の日付で拙サイトが紹介されていたのでした)。あれ、どこかで確かに見かけたな、と暫し考えました。春霞さんがコメントで紹介されてたURLでした。それで、改めて春霞さんのコメントを読み、上記ブログも読んでみました。引用ニュース記事なども読みました。
「儀式」「懲戒請求」など、随分と世間で騒がれたことだったのですね。知らずにいました。安田さんがテレビにお出になったのでしょうか。ちょっと信じられない気がしました。
傷害致死罪、極めて難しい主張のように思ってしまいます。それにしましても、この騒ぎは異様に感じます。弁護人の身辺、大丈夫かしら・・・。
あ、ちょっと、何を云いたかったのか、解らなくなりました。ぼんやり者です。
>本日午後から拙サイトに一つのリンク元からのアクセスが集中しています
>辿ってみましたら
>http://www.yabelab.net/blog/2007/06/23-120535.php
>ここに本日の日付で拙サイトが紹介されていたのでした
エントリーに、この弁護士のアドレスを引用すると、ブログで引用・紹介するようです。好意で紹介して下さっていると思いたいですが。一時的にアクセスが増加するだけで、特に実害はなく(経験済み)、アクセスは増加しないですね〜。
>「儀式」「懲戒請求」など、随分と世間で騒がれたことだったのですね。知らずにいました。安田さんがテレビにお出になったのでしょうか。
騒ぎになっているのは、ネット上ですね。「懲戒請求殺到に対する弁護士のアピール」という記事も、ごく一部の新聞だけで、テレビ報道もなく、世間で騒ぎになったというほとではないと思います。
あと。
安田弁護士は、テレビに出ていないと思います。
>傷害致死罪、極めて難しい主張のように思ってしまいます。
安田弁護士らが提出した鑑定書を証拠採用してもらえないと、難しいことは確かです。証拠採用しないと、殺人罪を傷害致死罪に変更するだけの証拠がないのですから。
鑑定書を証拠採用した場合は、ちょっと分からないですね。
>それにしましても、この騒ぎは異様に感じます。弁護人の身辺、大丈夫かしら・・・。
ネットは、実社会よりも地域を超えて幅広く、多くの人たちと接することができるという利点もあるのですが、反面、気楽さもあって、過激な意見でも同調者が出てきやすいようです。ネットでは、異常に反応した話題だったようです。
弁護士の事務所宛にメールや電話をする、迷惑行為をする人もいるようです。そうなると、通常は、ネットだけでの騒ぎにとどまるのですが、今回は弁護士の「周辺」まで行って何かする可能性もあるように感じます。
そういう馬鹿な行動を諌める目的もあって、弁護士に対する懲戒請求が不法行為が認められる可能性があることを、エントリーとして取り上げてみました。もし不法行為訴訟が提起されれば、氏名・住所(市町村ぐらいまで)・職業を公開する報道機関もあるでしょうから、「懲戒請求」する者は、そこまでの覚悟をする必要があるでしょうね。
>そうなると、懲戒請求によって「誠実義務」の履行に支障をきたし、弁護士の任務を果たすことができなくなるのですから、<2>懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められ、違法な懲戒請求として不法行為を構成すると判断される可能性があります。
>市民の側が裁判制度や刑事弁護に対する理解に欠けている点が一番の原因であるように思います。今後、裁判員制度・被害者参加制度の実施を考慮すると、裁判制度、法曹三者の役割、特に刑事弁護の意義に対する徹底した教育が必要不可欠であると思います。
ほんとにほんとに痛感します。ありがとう、春霞さん。
>懲戒請求についての春霞さんのエントリ、今、また無断でエントリさせて頂きました。
ご連絡、ありがとうございます。
>私は、いつもその作業の中で、じっくりと拝読し、考えることが出来ます。
「弁護士に対する懲戒請求と不法行為の正否」というエントリーは、弁護士法58条の解釈や刑事弁護と関わることは確かですが、もっぱら民法の問題ですね。
簡単に言えば、弁護士法は「何人」も懲戒請求できるとはいえ、権利行使が無制限にできるわけではない、という当然の判例なんですけどね。
権利を主張する者に対して、何かと「権利ばかり主張するのはエゴだ」と言うくせに、懲戒請求の場合に制限されるようなことを言うと、「人権侵害だ」なんて反論するのです。「不断の言い分と比べて、矛盾してないか?」と呆れています。
>>市民の側が裁判制度や刑事弁護に対する理解に欠けている点が一番の原因であるように思います
>ほんとにほんとに痛感します
まさか、市民の側にここまで理解がないとは……と愕然とされられます。これでも先進国なのかと。
そうであれば、裁判所に証拠として提出済みの死体の実況見分調書と司法解剖の鑑定書を見て、法医学者としての意見を述べたものではないでしょうか?
他の法医学者が鑑定すれば違う結果が出るかもしれないので、絶対視するのはどうかと思いますよ。
ちなみに、実況見分調書は甲6号証、司法解剖の鑑定書は甲9号証として、裁判所に提出済みのようです。
>所詮、本村氏にも世間にも理解できない法曹の領域でしょう。
そうであっても、被害者遺族を侮蔑するような発言はやめて下さい。
奥さんと可愛い盛りの子供の命を理不尽に奪われた悲しみと憎しみ、憤りは、当事者にしかわからない感情です。
外野の一人に過ぎない人に、被害者遺族を侮蔑する資格はありません。
URL | TMA #-[ 編集 ]
>ここで言われている遺体の鑑定書とは、上野先生が鑑定したものですか?
そうです。
>他の法医学者が鑑定すれば違う結果が出るかもしれないので、絶対視するのはどうかと思いますよ。
私は「鑑定書を証拠採用した場合は、ちょっと分からない」と書いているように、絶対視してはいません。
>ちなみに、実況見分調書は甲6号証、司法解剖の鑑定書は甲9号証として、裁判所に提出済みのようです。
情報ありがとうございます。
>被害者遺族を侮蔑するような発言はやめて下さい。
安田弁護士が侮辱した発言をしたというのでしょうか? 数時間に及ぶ記者会見を知り、大量の資料を持っているのならともかく、マスコミ報道の一部分だけで「侮辱」していると判断するのは早計と思います。
公判での弁護活動について「被害者を侮辱」しているというのでしょうか?
もし「被害者を侮辱」しているとしても、弁護士の訴訟活動上、必要であれば、正当な業務行為として違法性を阻却するというのが判例通説です(東京高裁平成9年12月17日判決、判例タイムズ1004号179頁参照)。
それに犯罪行為でしかも命を奪うような場合は、行為自体被害者の尊厳を害しているのですから、被害を全く侮辱しないような弁護は、(刑事弁護は被告人の利益のために行うもの)極めて困難です。命を奪うような犯罪では、刑事弁護をしてはいけないと言っているとの等しいです。
>外野の一人に過ぎない人に、被害者遺族を侮蔑する資格はありません。
弁護人は、訴訟活動に関与するものですから、外野ではありません。
>被害者遺族を侮蔑するような発言はやめて下さい。
>外野の一人に過ぎない人に、被害者遺族を侮蔑する資格はありません。
これは、2007/05/28(月) 01:46:50 |ゆうこさんの「所詮、本村氏にも世間にも理解できない法曹の領域でしょう。」というコメントに対しての感想です。
それと、春霞さんが長々と書いていることは、当方の刑事裁判に対する浅い知識でも理解していますので、被告人の弁護団について批判する気は全くありません。
そもそも、批判する気があったら、2007/06/28(木) 20:40:13 のコメントで批判していますよ。
URL | TMA #-[ 編集 ]
>>外野の一人に過ぎない人に、被害者遺族を侮蔑する資格はありません。
>これは、2007/05/28(月) 01:46:50 |ゆうこさんの「所詮、本村氏にも世間にも理解できない法曹の領域でしょう。」というコメントに対しての感想です。
私宛ではないのは分かってはいるのです。
ただ、ゆうこさんに対して「外野の一人にすぎない」といってしまうと、私もゆうこさんもTMAさんもみな「外野の一人」ですからね〜(^^ゞ
被害者に配慮しようというのは分かりますが、あまり無批判に被害者を大事にしようみたいな意識もどうかと思うのです。本村さんは、「殺……」などとカゲキな言動がかなりあるので、昔からネットでは結構批判は受けていますよね。理念的には、批判はよくて侮辱はダメとは言えてもかなり難しいかと思いますし。
>そのとおりです。
だから、外野が被害者のことをとやかく言う資格や権利はないと思います。
とくに、ゆうこさんのホームページは中立ではありませんので、誤解を防ぐためにも被害者のことには触れないほうが良いと思います。
>本村さんは、「殺……」などとカゲキな言動がかなりあるので、昔からネットでは結構批判は受けていますよね
それは知りませんでした。
身内を理不尽に殺されたことに対する怒りや悲しみ、そして加害者に対する憎悪は人それぞれ違うと思いますので、過激とは思いません。
そもそも、元少年によって妻子を殺さなければ、無神経な批判を受けることもなかったのではと思います。
それに、私も身内を殺されたら、いくら加害者が反省し謝罪しても、殺された人は返ってこないので、そのような言動をすると思いますよ。
裁判員制度が始まろうとする時ですので、刑事裁判に理解のない市民を批判するのも良いことだと思います。
しかし、被害者が受けた心の傷を少しは考えてみてはいかがでしょうか?
URL | TMA #-[ 編集 ]
>だから、外野が被害者のことをとやかく言う資格や権利はないと思います。
>とくに、ゆうこさんのホームページは中立ではありませんので、誤解を防ぐためにも被害者のことには触れないほうが良いと思います。
憲法上、表現の自由(憲法21条)が保障されていて、「外野が被害者に関して論じてはいけない」というような内容規制は原則禁止が一般的な憲法解釈です。なので、「外野が被害者のことをとやかく言う資格や権利」はありますね。
>私も身内を殺されたら、いくら加害者が反省し謝罪しても、殺された人は返ってこないので、そのような言動をすると思いますよ
何を言おうが自由ですが、「殺……」などと公言すれば、それは脅迫罪(刑法223条)に当たりうる行為であることを指摘しておきます。
元々、私宛でないコメントについて、議論するのも何か変なので(汗)、この当たりでこの話は終わりにしたいと思います。また、他の話題でコメントをお願いします。
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