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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2007/04/23 [Mon] 23:57:03 » E d i t
選挙期間中の現職が銃撃されて死亡するという異例の事件が起きた長崎市長選は、事実上、補充立候補した新人2人の一騎打ちとなり、元市統計課長の田上富久氏(50)が、小差で、死亡した伊藤一長市長の長女の夫で西日本新聞記者の横尾誠氏(40)らを破り、初当選しました。

昨日は、色々と注目すべき選挙がありました。参院福島、沖縄のダブル補欠選挙もあり、自民、公明の与党と民主党の1勝1敗に終わったという結果が出ていたり、高知県東洋町の町長選では、高レベル放射性廃棄物最終処分場の候補地を巡り、反対派の沢山保太郎氏が大差で当選しました。また、フランス大統領選があり、右派の民衆運動連合のサルコジ前内相と社会党のロワイヤル元環境相が、決選投票に進むことになったというニュースもあります。ここでは、長崎市長選についてコメントしたいと思います。


1.報道記事から。

(1) 毎日新聞4月23日付朝刊19面( 2007年4月23日0時18分(最終更新時間 4月23日 8時09分))

 「長崎市長選:事件に配慮、万歳控え 田上氏

 長崎市内の田上さんの選挙事務所では、当選確実になると歓声が上がった。ただ、死亡した伊藤市長に配慮して万歳は控えた。田上さんは「市民と市職員の力を生かし、こういう事件の後こそ『市民力』を発揮する時」と喜びを語った。

 田上さんは「肉親の情と自治体運営は違う。市職員としての弔い合戦だ」と出馬を決意し、退職金を選挙費用に充て、背水の陣で臨んだ。26年半の市職員生活では06年に日本初のまち歩き博覧会「長崎さるく博」を発案、企画し、延べ1000万人を集めるなど広報や観光畑で活躍。培った人脈が草の根運動の核になった。

 時間、資金、人員とないものばかりだったが、世襲に反発した地元経済界から後押しを受け、一部の国会議員や地方議員からも支援を得て、まとまった得票につながった。

 一方、伊藤市長の長女の夫で西日本新聞記者の横尾誠さん(40)は22日午後11時50分ごろ、長崎市内の選挙事務所に伊藤市長の長女で妻優子さん(36)とともに喪服姿で現れ、涙ぐみながらあいさつ。伊藤市長の大きな遺影が掲げられた会場で、横尾さんは「伊藤市政への期待をあんな卑劣な暴力で止めるわけにはいかないと立候補した。私のいたらなさでこんな結果になり、本当に申し訳ございませんでした」と頭を下げた。

 優子さんは「本当にありがとうございました。父伊藤一長はこの程度の存在でしたか。父は浮かばれないと思います。残念です。父の愛する長崎でこんな仕打ちを受けるとは思いませんでした」と声を詰まらせた。

 横尾さんは、東京での記者生活を休職して補充立候補した。1000を超える団体推薦や伊藤市長の後援会組織を受け継ぎ、遺族が喪服姿で街頭に立つなど、徹底して情に訴えたが及ばなかった。

 ◇無効票は約1万5000票

 長崎市長選の無効票は約1万5000票あった。中には死亡した伊藤市長に投票し「伊藤市長さんありがとうございました」などと書かれた票もあったという。無効票の中には、期日前を含めて伊藤市長に投じた票が多かったとみられる。

毎日新聞 2007年4月23日 0時18分 (最終更新時間 4月23日 8時09分)」



(2) 朝日新聞4月23日付朝刊19面

 「世襲より経験 選択  「後継は市民」田上氏浸透

 選挙期間中に候補者だった現職市長が凶弾に倒れた長崎市長選。弔いの空気に包まれた異例の短期決戦で、市民は「世襲による後継」よりも行政経験豊富な地元出身者を選択した。2代続けて市長が銃で襲われた悲劇を克服し、被爆地として世界と平和と民主主義の大切さを訴え続けていく――。そんな長崎市の絶えざる「使命」は、新市長に託された。

◆「暴力には毅然と」決意

 当選が決まると、長崎市元船町の事務所に詰めかけた約100人の支持者から拍手が起き、田上富久氏(50)が右手を振って応えた。「市民が街づくりのリーダーを市民の中から出すことを選択した」。銃撃事件に配慮し、万歳はしなかった。次々に握手を求める支持者に囲まれた。

 伊藤一長前市長が銃撃された翌日、東京で勤務する前市長の娘婿横尾誠氏(40)の立候補を知り、悩んだという。「市民の手でまちづくりと言いながら、市民候補を市民の中から出さないのは、それこそが危機ではないか」。選択肢を示そうと思って決意した立候補だった。

 「大好きだった市役所」に市長として戻る。凶弾に倒れた前市長の後継として「暴力には毅然(きぜん)たる態度で臨む」。長崎市長は反戦と非核の旗振り役も担う。「平和を大切にしようと発信するのは、被爆地・長崎の大切な使命。市民と相談しながら方法を考えていきたい」と語った。

 一方、落選した横尾氏は長崎市上町にある事務所近くの駐車場に黒のスーツとネクタイ姿で現れた。「期待に沿えなかったのは残念。力の至らなさでこういうことになり、本当に申し訳ありません」と頭を下げた。

 駐車場の壁には、横尾氏のポスターと伊藤前市長の遺影が掲げられていた。妻で前市長の長女優子さん(36)は支持者に体を支えられながら「市民の皆さん、父はその程度の存在でしたか。伊藤一長が浮かばれない」と涙まじりに語った。」

◆短期選に地元組織結集

 短期決戦は長崎大学病院で幕を開けた。

 「心を鬼にして言いますが、後継をどうお考えですか」。18日未明、同病院3階。襲撃された伊藤前市長が治療を受け続けるICU近くの控室で、後援会幹部が家族に尋ねた。

 やがて横尾氏が口を開いた。「やらせて下さい」。午前2時28分、前市長は息を引き取った。

 一方、この日夜、長崎市内の喫茶店。田上氏が、街づくりサークル仲間約30人に囲まれていた。「市長選に立候補したい」。騒然となる店内。ホワイトボードが持ち込まれ作戦会議が続いた。補充立候補を届けたのは締め切り19日午後5時の約40分前だった。

 田上氏の動きは急展開を見せた。19日昼、金子原二郎・長崎県知事に近い市議が田上氏を長崎商工会議所に紹介。前市長の後援会員を含む商議所幹部らも面接し、支援を決めた。勝手連的に仲間が支える田上氏に組織がついた。

 約26年間の「行政経験の豊かさ」を強調。20日には、政策ビラ1万6千枚を配り始めた。

 一方の横尾陣営。前市長の後援会は、意向を末端まで打診できなかった。「よそ者に被爆地長崎の代表は務まらない」と異論が噴出した。

 田上氏の立候補、前市長の後援会の一部離反。横尾氏にとって誤算が相次いだ。

 陣営は巻き返しを図った。街頭演説には必ず妻の優子さんが喪服姿で付き添い、「父の遺志を引き継ぎます」と訴えたが、及ばなかった。」




得票数(得票率) 氏名 年齢 党派(推薦・支持) 新旧 当選回数 代表的肩書
---------------------------------------------------------------
78,066(42.1%) 田上 富久 50 無所属 新 1 (元)長崎市課長
77,113(41.6%) 横尾 誠  40 無所属 新 新聞記者
19,189(10.4%) 山本 誠一 71 共 産 新 (元)長崎市議
8,321(4.5%)  前川 智子 59 無所属 新 大学非常勤講師
2,677(1.4%)  前川 悦子 57 無所属 新 主婦

(読売新聞より)




2.選挙戦は初め、核兵器廃絶に向けた取り組みなどを強調する伊藤市長に対し、新顔が多選や裏金問題への対応の甘さを批判する形で展開されたが、銃撃事件で選挙の構図が一変することになりました(asahi.com:2007年04月23日02時42分)。その結果、行政マンとしての経験を生かした街づくりを掲げた前市課長の田上(たうえ)富久さん(50)の主張の方が、「伊藤市政継承」を強調した市長の娘婿よりも、有権者に支持され、当選したとされています。


(1) 憲法43条は、国会が「全国民を代表する選挙された議員」で組織されると定めて、国会が国民を代表する機関であるとしています。ここにいう「代表」とは、議会は民意を忠実に反映するものではなければならないという「半代表」の観念を含むというのが憲法上の通説です。

そうすると、立候補者、市長選挙であれば市政の事情に通じた立候補者が、憲法43条の見地からは妥当であると考えます。半代表の観念からすれば、その市(ここでは長崎市)の有権者の民意を忠実に反映させることが求められている以上、市の事情に通じていないと市の有権者の意見をよく理解できないといえるからです。

立候補した横尾誠氏は、東京で勤務する新聞記者であり、「父の遺志を引き継ぎます」と述べていたように、世襲による後継を標榜していました。そうなると、長崎市の事情に通じているわけでもなく、長崎市に生活の本拠地がないのですから、憲法43条の「半代表」の見地からすれば、適切でない立候補者でした。

もし、横尾氏が伊藤前市長の片腕として活躍していたというのであれば、横尾氏が立候補したとしても、適任者がたまたま身内にいて、形式的には世襲であっても、実質は世襲ではないといえたのですが、横尾氏は片腕でもなく、世襲だけの立候補でした。
しかし、選挙制では、立候補者の政策といった立候補者自身の適格性が問われるものであるにもかかわらず、世襲といった血統のみを有権者に主張するのですから、およそ選挙制にそぐわない主張でした。これでは、横尾氏やそのご家族は、選挙制に対する意識があまりにもずれていたと言わざるを得ません。


これに対して、田上富久氏は、長崎市の統計課長であり、26年半の「行政経験の豊かさ」を誇り、26年半の市職員生活では06年に日本初のまち歩き博覧会「長崎さるく博」を発案、企画し、延べ1000万人を集めるなど広報や観光畑で活躍していて、市政に詳しく、長崎市の事情に通じているのです。憲法43条の「半代表」の見地からすれば、適切といえる立候補者でした。
田上さんは「肉親の情と自治体運営は違う」として、横尾氏の立候補を批判的に捉えて出馬を決意したことは妥当は判断でした。


ですから、有権者が小差とはいえ、横尾誠氏ではなく田上富久氏を選択したことは妥当な判断であったといえると思います。



(2) ただ、田上氏と横尾氏の選挙活動はわずか3日間でしたし、田上氏の立候補は世襲への反発からであって、公約と呼べるものはほとんどなかったようです。この3日間の活動しかしない者が、事実上の一騎打ちとされ、田上氏が当選してしまったのです。

これでは、有権者に対して市長候補者としての方針を伝えて有権者へアピールするという、選挙活動というものはほとんど無意味だったということになります。田上氏や横尾氏以外の立候補者が長期間行ってきた選挙活動は、一体何のためだったのでしょうか? 田上氏が当選したことは、田上氏や横尾氏以外の立候補者にとって虚しい思いになったのではないかと思います。

このようなことから、有権者が田上氏を選択したことも、果たして妥当だったのか疑問を感じています。もちろん、田上氏がいなければ、横尾氏が当選したでしょうから、その意味では、田上氏が当選したことはベストではなくても、ベターな結果だったとはいえますが。



(3) 記事中で気になったのは、伊藤前市長の長女の言葉です。

「優子さんは「本当にありがとうございました。父伊藤一長はこの程度の存在でしたか。父は浮かばれないと思います。残念です。父の愛する長崎でこんな仕打ちを受けるとは思いませんでした」と声を詰まらせた。」


この言葉に続けて、「ごめんなさい、こんなこといって、申し訳ないけど」と言っていましたから(テレビ放映による)、問題ある発言であったことは承知の上で言ったようです。


この伊藤前市長の長女は、36歳になるまで12年間、市長の娘だったのですから、まさに市長のお嬢さんとして扱われてきたのでしょう。「父伊藤一長はこの程度の存在でしたか」とか、「父の愛する長崎でこんな仕打ちを受けるとは思いませんでした」いった言葉からすると、父の遺志を引き継ぐ者に投票することは当然であるという意識が現れたものですから、市長の娘であることが当然という意識が染み付いてしまっているように感じられます。

しかし、伊藤一長氏が適切な市長だからといって、横尾誠氏が適切な市長であるとは限らないのに、伊藤氏の長女にとっては、適切な市長であることが当然だったのです。銃撃事件のある前は、多選批判があったのですが、多選は市長のご家族に市長に地位あることが当然視してしまう意識をもたらすという弊害が生じているようです。ここにも多選の弊害があるようです。


伊藤前市長の死後間もないということもあって、混乱していたため出た言葉だったのでしょう。娘婿である横尾氏が当選できなかったことは、ご家族にとってさぞ悔しかったことだったからこそ、伊藤前市長の長女がこのような言葉を発したのだと思います。なので、おもわず、有権者に対して恨み言を言ってしまったのだと思います。

同情すべき点は多いとはいえ、77113票もの方が横尾氏に、というよりご家族への弔意として、伊藤前市長の代わりとして、長崎市のことをよく知らない人に投票したのです。有権者に感謝こそすれ、恨み言を言うべきではありませんでした。これでは、有権者を軽く見ていた意識があり、市政を家族で自由にできるという意識(私物化意識)があったと言わざるを得ません。



(4) 

 「「伊藤」「いとう」投票が相次ぐ、長崎市長選
2007年04月23日07時05分

 長崎市長選で、告示3日後の18日に現職のまま亡くなった伊藤一長氏への投票が相次いだ。

 22日夜、市民会館の開票台で期日前投票の投票箱が開けられた。「伊藤」「いとう一長」などと記された投票用紙が大量に出てきた。22日の投票分でも、新顔5人の名前に交じって伊藤氏の票が目についた。開票作業にあたる市職員は、これらの票を「疑問票」の箱に入れて調べた後、無効票として処理した。

 市選管によると、伊藤氏への票の多くは16、17日の期日前投票で投じられた。だが、無効票になると知りながらあえて名前を書いた有権者もいたとみられる。」(朝日新聞4月23日付朝刊1面

*長崎市長選の開票作業が続く中、凶弾に倒れた伊藤一長氏の名が書かれた票も多く、開票台の上にはお礼の言葉が添えられた票もあった。


どうやら、有権者の中には、立候補者でない「伊藤一長」氏の名前を投票用紙に書いた方がかなりいたようです。伊藤氏の名前を書いたり、「今までありがとうございます」といったお礼の言葉を書くと無効票となりますが、あえて書くことで弔意を示したのかもしれませんし、伊藤氏以外に選ぶ人がいないという意思を示したのかもしれません。

無効票を投じることも、選挙権の行使ということはできますから、一概には否定できません。しかし、投票というものは、立候補者を選ぶものであって、弔意を示すものでありません。だいたい、投票用紙は遺族に見せるものではないのですから、投票用紙に「伊藤一長」と書いたり、「ありがとう」と書いたところで何の意味もありません。

今回、投票用紙に「伊藤一長」の名前を書いた者が多数いたということは、「投票とは立候補者を選ぶもの」という意識が乏しい有権者が多かったことを示したのです。




3.長崎市長選挙は、世襲を標榜した横尾氏が立候補し、田上氏が当選したとはいえ、横尾氏に投票する者が多かったこと、立候補者でない「伊藤一長」名前を書いて無効票をなったものが多かったことなどは、日本の有権者の意識が表れたものでした。果たして、日本の有権者の意識として、このままでいいのでしょうか? 

選挙とは何か、投票は何のためか、有権者は何を基準として立候補者を選ぶべきなのか……。世襲や情実で判断し行動するのではなく、もういい加減に、日本の有権者も、こういった点をよく考えるべきではないかと思うのです。
選挙 *  TB: 5  *  CM: 0  * top △ 
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