FC2ブログ
Because It's There
主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
09« 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30. 31.»11
スポンサーサイト 
--/--/-- [--] --:--:-- » E d i t
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 *  TB: --  *  CM: --  * top △ 
2007/03/27 [Tue] 20:49:57 » E d i t
病気腎移植問題で、岡山、広島両県の5病院で弟の廉介医師(61)が執刀した6件の摘出手術を検証していた厚生労働省の調査班(班長=相川厚・東邦大教授)は、3月26日、厚労省で会見し、「すべてにおいて適応がない、または疑問がある」とする調査報告を発表しました(朝日新聞平成19年3月27日付朝刊(小さく掲載))。この報道についてコメントしたいと思います。

なお、この記事内容については、すでにコメント欄で言及があります。こちらもご覧下さい。


1.毎日新聞平成19年3月27日付朝刊

 「病気腎移植:5病院6件は「不必要だった」厚労省調査班

 病気腎移植問題に関する厚生労働省調査班(班長、相川厚・東邦大教授)は26日、岡山、広島両県内の5病院で腎臓を摘出した6例について、摘出がドナー(臓器提供者)にとって「不必要、不利益だった」とする報告書をまとめた。相川班長は「(摘出は)医療として逸脱しており、ドナーが自覚していなくても医学的に不利益はあった。移植ありきの手術だった」と、一連の病気腎移植の妥当性を否定した。

 調査対象は、▽三原赤十字病院(広島県三原市)▽北川病院(岡山県和気町)▽備前市立吉永病院(同県備前市)▽川崎医大川崎病院(岡山市)▽岡山協立病院(同)で摘出された計6件。いずれも万波廉介医師(61)が摘出後、兄の誠医師(66)らによって宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)など3病院で移植された。

 報告書によると、動脈瘤(りゅう)など4件は摘出の必要がなかった。尿管がんの2件のうち1件は、摘出の必要があったが、手術で血管からのがん転移を防がず、腎臓の鮮度を保つ方法を取るなど、移植を前提にした手術方法に問題があった。もう1件は肺にがん転移の可能性があり、がん治療のためでも摘出すべきではなかったと判断した。

 また、調査班による聞き取りで、摘出した腎臓を医学研究に使うと患者は思っていたのに移植に使われたことなどで精神的ショックで入院したり、患者本人は承諾したが、承諾していない家族が怒っているケースがあった。この患者は他病院での直腸がんの手術で尿管を切断され、尿が漏れるようになった。その後尿管が壊死(えし)し、腎臓を摘出された。

 患者は聞き取りの際、「摘出以外の方法を聞いた記憶がなく、やむを得ず摘出と提供に同意した」と答え、家族も「治療が不十分なのに、他の人を助けるために移植するというのか」と憤慨したという。いずれも廉介医師らは、摘出の必要性を説明して同意を得たと話しており、言い分に食い違いが生じている。

 聞き取りを担当した吉田克法・奈良県立医科大助教授は「患者も家族も、病気に関する説明を受けるときはパニック状態になる。文書もなく口頭だけのこのような説明はインフォームド・コンセント(十分な説明に基づく同意)とは言わない」と批判した。【大場あい、野田武】

毎日新聞 2007年3月26日 21時02分 (最終更新時間 3月26日 23時30分)」




2.どの報道記事もさほど変わらないのですが、毎日新聞の記事は、聞き取りをした患者の話が出ているので、これを引用しておきました。万波廉介医師は、この6例すべてについて報告結果を公表しています。

 病気腎移植についての症例報告(その1)  万波 廉介

病気腎移植についての症例報告(その2) 万波 廉介

病気腎移植についての症例報告(その3) 万波廉介

病気腎移植についての症例報告(その4) 万波 廉介

症例報告5 万波 廉介

症例報告6 (最終)万波 廉介



記事中に出ている患者の事例について、特に取り上げてみることにします。


(1) 岡山協立病院での事例(約10年前、60歳代男性の左尿管が壊死、腎摘)

 「調査班による聞き取りで、摘出した腎臓を医学研究に使うと患者は思っていたのに移植に使われたことなどで精神的ショックで入院したり、患者本人は承諾したが、承諾していない家族が怒っているケースがあった。この患者は他病院での直腸がんの手術で尿管を切断され、尿が漏れるようになった。その後尿管が壊死(えし)し、腎臓を摘出された。

 患者は聞き取りの際、「摘出以外の方法を聞いた記憶がなく、やむを得ず摘出と提供に同意した」と答え、家族も「治療が不十分なのに、他の人を助けるために移植するというのか」と憤慨したという。」(毎日新聞)



 「先輩の泌尿科医より「尿がキズからもれて困っている。カテーテルを使用し、いろいろやってみたがダメだ。次は、開腹手術して、修復する以外ないので、一緒にやってくれ」と頼まれた。

 X-P(レントゲン写真)などみさせてもらい、先輩に「尿管が壊死になっている可能性があり、うまく尿管瑞々吻合は出来ないかもしれん」と告げた。

 「色々経過があるので、お前が今後、前面に出てやって欲しい。ダメなときは、そのとき次の手を考えよう」と言われたので、やってみることにした。

 お腹を開けると、後腹膜腔がガチガチで尿管をみつけることが出来ないので、上方目を転じ腎のところで腎盂を出し、これより下方に剥離をすすめた。下方に行くほど、尿管は白っぽく血が通ってないのがわかた。膀胱側でも尿管を探しだし、上方に剥離し、やっと尿管内にステントカテーテルを留置することが出来た。

 手術後、患者及び家族に「やってみたが、一応つないだものの又尿がもれるだろう。尿管が壊死に陥っているので、根本的に考え方を変える必要がある。小腸で尿管を作る方法、自家腎移植の方法、腎摘する方法の3つが考えられる」と説明した。

 図を書いて、それぞれの利害得失について詳しく話して、決めて欲しいと説明した。

 後日、「全て、あなたに任す。しかし、この病院では手術はしない。岡山協立病院でして欲しい。手術法は、腎摘にして欲しい」と言ってこられた。

 「腎を捨てるのはしのびない。透析中の人にあげたらどうか、人助けと思うがな」と私が話した。

 患者及び家族は喜んで「OK」と言われた。(以下、略)」( 病気腎移植についての症例報告(その1)  万波 廉介




(2) 患者は聞き取りの際、「摘出以外の方法を聞いた記憶がなく、やむを得ず摘出と提供に同意した」と答えているようです。しかし、10年前の事例ですし、現在70歳を超えているのですから、説明を受けたとしても、たとえ、説明書や同意書があったとしても、覚えているのかどうか不確かでしょう。摘出以外の方法を聞いた記憶がないのもやむを得ないところがあります。

「一応つないだものの又尿がもれるだろう。尿管が壊死に陥っている」という疾患状況からすると、60歳代であることも考えると、通常、多くの患者や家族は、一番体に負担のかからない、腎摘する方法を望むだろうと思います。そうなると、腎摘する方法について、患者の同意があったと推測するのが合理的でしょう。

そうすると、インフォームドコンセントが不十分であったと非難することは困難と思われます。


家族も「治療が不十分なのに、他の人を助けるために移植するというのか」と憤慨したようですが、「治療が不十分」というのはどういうことでしょう? 万波慶介医師が関わる以前の治療については、治療がうまくいっていなかったようですが、それは摘出手術とは無関係です。この家族のコメントを聞くと、かなり歪んだ聞き取りをしたのではないでしょうか? もちろん、10年前のこと、家族が十分に覚えていないでしょう。

やはり家族に対しても、インフォームドコンセントが不十分であったと非難することは困難と思われます。


(3) 不可解なのは、吉田克法・奈良県立医科大助教授のコメントです。

 「聞き取りを担当した吉田克法・奈良県立医科大助教授は「患者も家族も、病気に関する説明を受けるときはパニック状態になる。文書もなく口頭だけのこのような説明はインフォームド・コンセント(十分な説明に基づく同意)とは言わない」と批判した。」


10年前において、どれだけの医療機関が文書で持って説明していたというのでしょうか? 患者の自己決定権を重視することでさえ、否定的だったのは、それほど前のことではありません。今現在の、日本の大学病院での基準でもって、10年前の医療事例を判断するのは卑怯な遣り方です。吉田克法・奈良県立医科大助教授は、10年の差異を理解できないようです。

何度も触れていることですが、医療過誤訴訟において、インフォームドコンセントがあると言えるために文書が必要であるという判例はありません。インフォームドコンセント、説明義務を尽くしたかどうかは、文書の有無で決まるわけではないのです。

それほど文書、文書と言い募るのであれば、朝日新聞に掲載されていた「説明文書なしで手術をした事例」<追記>で挙げておきます。ぜひ、この病院に対しても、インフォームドコンセントがないと厳重に非難して欲しいものです。



2.今回も相変わらず、全部「不適切」です。どの事例も、本当に「不適切」なのでしょうか? このブログのエントリーのみならず、コメント欄でも疑問視している事例と、類似する事例がありますから、本当に不適切かどうかは疑問です。

「元気に明るく生きて行ける社会のために、医者のホンネを綴りたい」さんの「病気腎移植がダメなら?」から一部引用します。

 「厚生労働省研究班は、万波医師グループの病気腎移植の大半が不適切であった、との報告を出した。なるほど、確かに“適切か?”と聞かれれば、うなってしまう症例が多いことは事実だ。

 しかし、ならば全く健康な人間の腎臓を摘出することは“適切”なのか?。以前からずっと疑問を感じて私がブログに書き続けている問いに対する答えは、彼らの報告の中には存在しないようだ。たまたま家族が腎不全だから、という理由で、やむを得ず自分の腎臓を提供する(危険な手術を受けて、全く取り出す必要のない腎臓を摘出される)ことの道義的問題について、国民が納得する答えはまだない。」


生体腎摘出は、必要な臓器を病気もないのに同意があるという一点で、摘出を認めるだけであって、生体腎摘出は医学的に例外なくすべて“不適切”です。これに対して、どんな病腎摘出であっても、それに移植の目的があったとしても、治療の面は残っているのですから、生体腎摘出に比べれば、“適切”なのです。

例外なくすべて“不適切”である生体腎摘出は認めておいて、病腎摘出はすべて“不適切”と判断するのは、あまりに不合理です。しかも、例えば、標準的な治療に反してでも、患者の身体的負担とは無関係に病腎を修復して戻さないと、“不適切”だというのですから、そんな「患者の事情をぬきにした医学」はあり得るのだろうかと思うのです。

例外なくすべて“不適切”である生体腎摘出を認めている以上、病腎摘出をすべて“不適切”として否定することは、どう屁理屈をもっててきても、論理的に不可能だと思うのです。




<追記>

朝日新聞平成19年2月13日付夕刊7面科学面「記者席」

 「手術前に説明文書もほしい

 叔母が体調を崩した。検査の結果、肝がんだと診断され、がんを取り除く手術を受けることになった。夫である叔父は、元気をなくし、術前に行われた医師の説明会には、患者である叔母、そして叔父、加えて私が出席することになった。

 医師は、模型を使ったり、図を書いてくれたりと丁寧に説明してくれた。針を刺して熱で焼き切るラジオ波熱凝固療法を使うには、がんはすでに大きく、外科手術が必要だという。どうして手術に長い時間がかかるのか、どんな場合に緊急状態になるのか、などにも答えてくれた。「年間の手術実績は」と聞くと、ちょっとムッとした表情ながら、数字を言ってくれた。執刀医の失敗歴も聞きたかったが、叔母、叔父の前ではさすがに質問しにくいものだ。

 残念だったのは、わたされた書類は提出すべき同意書ばかり。手術内容を説明する書類はなかった。これでは、メモを取る習慣がない叔父、叔母にはつらいだろうと感じた。

 結局、手術当日に心配して集まった叔母の兄弟姉妹やその家族には、私がまとめた文書を閲覧してもらった。術前説明だけでなく、資料などを調べて補足して作ったものだ。

 叔母の手術は成功、その後の経過もよい。叔父からは「最初は、よく理解できなかったので文書を作ってくれて助かった」と感謝された。

 ただ、こうした書類は本来、病院が準備するべきものだろう。そうしている病院も少なくないのだから。

 科学グループ 平子義紀」

テーマ:社会ニュース - ジャンル:ニュース

コメント
この記事へのコメント
再びこの件にコメントです
春霞さま。こんにちは。

詳細な分析をありがとうございます。

さて、先に別エントリでもコメントさせていただきましたが、

今回の厚労相調査班の発表で一つどうにも腑に落ちないのは、引用されておられる瀬戸内グループ支援サイトの万波廉介氏自身の手記を読む限り、今回の6件には氏自身とは別に主治医がいた症例が複数含まれているのは間違いないところで(まさかこんなことについて嘘を言うはずはないだろうと思いますが)、そうなるとなぜ厚労省はそれら主治医の責任について言及しないのか、ということです。

たとえば、

病気腎移植についての症例報告(その4) 万波 廉介
http://www.setouchi-ishoku.info/article.php/20070118161222719

については、手術の説明、書面の用意から、手術中の判断まで、全てを主治医が行い、万波医師は、助言を与えながらも基本はその指示に従っているのみです。こうした件についても、万波氏が独断で移植用に摘出をしたと判断するのか。

執刀医として所見を述べ、自らベストと思う治療法を推したのが万波廉介氏であるにしても、それを患者に対してどう伝えるのか、患者にどう説明し、どのように同意をとるのか、は、それらについては間違いなく主治医の責任分担になるはずです。たとえ執刀医が直接に患者と話し合ったにしても、それに介入しないで済ます権利は主治医にないはずで、その点について全く一言も触れずに、一方的に万波廉介氏に非があるとした今回の見解は、実際の医療の手続き過程を全く無視していると非難されても仕方がないのではないでしょうか。

また、今回も「十分なインフォームド・コンセントがなかった」「同意書がなかった」との指摘がありますが、少なくとも報道されている限りにおいて、

>▽備前市立吉永病院(同県備前市)

>また、調査班による聞き取りで、摘出した腎臓を医学研究に使うと患者は思っていたのに移植に使われたことなどで精神的ショックで入院したり、

は、万波廉介氏の症例報告にある

・病気腎移植についての症例報告(その3) 万波廉介
http://www.setouchi-ishoku.info/article.php/20061228165527600

と思われますが、これについては、同意書の存在が確認された上、多くの報道で間違った万波廉介氏批判が行われたことについて備前市議会で正式に調査・報告が行われ、同氏の主張をほぼ全面的に認めるかたちで公文書が作成されました。それに基づく訂正・謝罪記事が山陽新聞に掲載されたことがありますが、この公文書について委員会が検討した形跡が(新聞発表による限りでは)みられないのは、明らかに調査の不備でしょう。

> 報告書によると、動脈瘤(りゅう)など4件は摘出の必要がなかった。尿管がんの2件のうち1件は、摘出の必要があったが、手術で血管からのがん転移を防がず、腎臓の鮮度を保つ方法を取るなど、移植を前提にした手術方法に問題があった。もう1件は肺にがん転移の可能性があり、がん治療のためでも摘出すべきではなかったと判断した。

血管の縛り方がどうという話については既に書きましたのでここでは述べません。不可解なのは最後、「もう1件は肺にがん転移の可能性があり、がん治療のためでも摘出すべきではなかった」とありますが、転移の可能性があるから腫瘍を摘出してはならないなんて話は今まで聞いたことがないです。既に肝転移、肺転移があって、それが確認されていても主病巣である腫瘍を摘出するなんて話はざらで、むしろ逆に、「転移の可能性があるから主病巣はとらない」などと主張する医師がいたとしたら、それこそ大問題だと思うのですが。

>患者本人は承諾したが、承諾していない家族が怒っているケースがあった。

これもよく分かりません。患者本人と家族の間で治療方針の選択に違いがあるとき、その責めは誰が負うべきなのでしょうか。少なくとも執刀医にまでさかのぼれはしない気がしますが。

そして、春霞さんも指摘しておられる、

> 聞き取りを担当した吉田克法・奈良県立医科大助教授は「患者も家族も、病気に関する説明を受けるときはパニック状態になる。文書もなく口頭だけのこのような説明はインフォームド・コンセント(十分な説明に基づく同意)とは言わない」と批判した。

は、まさに言いがかりですね。つまり、この理屈ならば、たとえ同意文書があったとしても「心神耗弱の状態」にほぼ相当しますから、同意文書の効力は認められないでしょう。この理屈は、「文書・口頭に限らず、全てのインフォームド・コンセントを無効とする」場合に依拠する理屈であって、「文書がないインフォームド・コンセント」のみを無効とするための理屈ではありません。ですから、これをもって「口頭だけによる同意は無効だ」とするのは全くの筋違いです。

今回の報告に含まれた内容について、非常に不可解なのは、患者への聞き取り調査などの内容がもし発表された通りであれば、そのなかには明らかに傷害罪相当の事案が含まれています。少なくとも聞き取り調査の段階までには、そのことに患者側が気付いていなかったはずはありませんから、発表通りであるとすれば、患者側に泣き寝入りをする義務は一切なく、既に訴訟が起こされていても不思議ではありません。ですが、そのような話は少なくとも報道はされていません。万波廉介氏の手記には、いくつかの手術について「主治医が全ての書類を用意した」などと、同意書など必要な書式が全て揃っている旨を記してあるものがありますから、おそらくこれら非常に「凶悪」な事案として挙げられているものは、全てそうした書類完備の事案ばかりだったのではないでしょうか。でもそうなると、「文書がないインフォームド・コンセント」云々という結論の意味がよく分かりませんね。

(あ、それでは上の吉田克法氏の発言は、そうした事案について、患者さん側に「訴訟を起こしても勝てますよ」と呼びかけたものなんでしょうか(^^;)。
 しかし、今回法律に詳しい方にお尋ねして知ったのですが、公文書に「不適切」と記すということは、「私たちの結論に基づいて訴訟とかを起こしてもらっては困ります、そういうかたちであてにされても責任は取りません」という意味なんだそうですね。)


さて、共同通信報です。
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007032600161&genre=G1&area=Z10
(今回は京都新聞からとってみました。)

「 宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の万波誠医師らによる病気腎移植のうち、岡山、広島両県で行われた計6例の腎臓の摘出手術について、厚生労働省の調査班(班長・相川厚東邦大教授)は26日「全例が医学的に不適切だった」とする報告書を発表した。
 患者や家族への説明と同意も不十分だったとしており、相川教授は「(医療として)逸脱している。提供する人に明らかに不利益があり、正しい移植の道とは思えない」と厳しく批判した。
 調査対象は、岡山協立病院など岡山県内4施設と、三原赤十字病院(広島県)の計5施設での病気腎摘出手術計6例。
 報告書によると、がんの疑いで摘出された☆胞性腫瘤の1例は、詳細な検査をすれば摘出せずに済んだ可能性があり、手術法も明らかに移植用だった。尿管がん2例のうち1例は摘出の必要があったが、両方ともがんの根治術とは異なる手術法で患者に不利益があった。腎動脈瘤の1例は経過観察で十分だった上、死体からの腎摘出と同じ手法で危険性が高かった。部分切除などをすべきだった腎血管筋脂肪腫の1例は、手術法が危険で、尿管損傷の1例は、本来なら摘出した腎臓を本人に戻すのが適切だった。
 (注)☆は嚢のハが口2つ(共同通信)」

さすがに細部についてまで述べる知識はありませんが、2点だけ。

1)「腎動脈瘤の1例は経過観察で十分だった」

うーん、「経過観察」が望まれる処置の結論というのは納得できないです。風邪じゃあるまいし、動脈瘤は経過観察したからといって小さくなるものではないでしょう。あるいは、経過観察すると別の手術法が見つかったということでしょうか。もし不適切とするなら、経過観察後どのようなプロセスを踏むべきかまで述べていないと医学的コメントとしては不十分だと思いますが。

2)「死体からの腎摘出と同じ手法で危険性が高かった。」「部分切除などをすべきだった腎血管筋脂肪腫の1例は、手術法が危険」

後半は最初に挙げた「病気腎移植についての症例報告(その4) 万波 廉介」ですね。

これも非難の内容がよく分からない。「危険性の高い手術を成功するとはけしからん」といいたいのか、「危険性の高い手術の結果、患者は死んでいるはずで、今生きているのは別人である」といいたいのか。

失敗した手術、これから行われる手術について「危険性が高いから避けるべきだ(った)」と非難するのは理があると思いますが、既に完了し、成功した手術について「危険性が高かった」と非難することに意味があるとは、少なくとも私には思えません。非常に意地悪な言い方をすれば、これでは医者同士の反省会・感想会程度の発言で、公文書に残す意味が分からない。「これこれの障害・機能不全が患者に残ったのは、危険性の高い手術をした結果である」とまで言えなければ、批判として体を成していません。

「動脈を縛るタイミングでがんの転移率がかわる」云々というのは、手術が基づいている理屈の部分になりますから、それについては、「実際に転移があろうとなかろうと、術法が危険」と批判するのは、批判の方法として正当です。(既に述べているように、この批判そのものは科学的根拠を持たないはずですけれども。)しかし、単に「手術法が危険」というのは(もちろんこれは報道の文言で、実際の調査班の結論は違った表現なのかもしれませんが)、実際にその危険性ゆえに実態のある被害があったのでない限り、無効な批判だと思います。

(非常に回りくどい言い方になって、かえって読んでおられる方の賛同を得にくくなっているかと思いますが、「単に自分たちが手術が下手で、危険な手術でも難なく成功させている腕前を妬んでるんじゃないのか」という言葉が喉まで出かかっているのを何とか押しとどめているのだ、とご理解下さい(^^;)。)

どうも日本移植学会・厚労省側は、「病気腎移植というのはあり得ない、使える腎臓を摘出すること自体があり得ないからだ」という結論に持っていくために、非常な無理をしている、というのが今回の印象です。

追加:瀬戸内グループ支援サイトに、今回の厚労省の発表について、「尿管がんの動脈の縛り方云々」のくだりの不見識についての所見が掲載されています。
http://www.setouchi-ishoku.info/article.php/20070328155122328

これまた、拙劣なミスリードのようですね。
2007/03/28 Wed 14:05:02
URL | 語学教師 #va74bd7o[ 編集 ]
>語学教師さん
詳細な検討ありがとうございます。相当な労力を要したと思います。お疲れ様です。


>今回の6件には氏自身とは別に主治医がいた症例が複数含まれている
>のは間違いない
>患者に対してどう伝えるのか、患者にどう説明し、どのように同意を
>とるのか、は、それらについては間違いなく主治医の責任分担になるはず

主治医の点、ご指摘ありがとうございます。
これまでの病気腎の摘出と異なって、今回の場合、多くは主治医に頼まれて執刀という形なので、患者と応対し事情を良く知っているのは主治医です。
今回は、病気腎摘出の是非は、万波慶介氏と主治医が患者に対して行った対応を合わせて判断する事例だったのです。調査委員会はそういう対応をしたといった報道ではないので、今回も調査不足だったようです。全くイヤになります。


>>▽備前市立吉永病院(同県備前市)
>>また、調査班による聞き取りで、摘出した腎臓を医学研究に使うと
>患者は思っていたのに移植に使われたことなどで精神的ショックで
>入院したり、
>・病気腎移植についての症例報告(その3) 万波廉介
>と思われますが、これについては、同意書の存在が確認された上、
>多くの報道で間違った万波廉介氏批判が行われたことについて
>同氏の主張をほぼ全面的に認めるかたちで公文書が作成されました

吉永病院事件は、↓にも出ていますね。
http://www.setouchi-ishoku.info/article.php/20061206040324938

この事例も問題視するのだから、ひどいものです。仰るとおり「明らかに調査の不備」です。やはり、「結論ありき」なんでしょうね。


>不可解なのは最後、「もう1件は肺にがん転移の可能性があり、
>がん治療のためでも摘出すべきではなかった」
>転移の可能性があるから腫瘍を摘出してはならないなんて話は今まで
>聞いたことがないです

これも不可解ですね。
まさか腫瘍を摘出してはならないだという意味だとしたら、もう諦めろってことみたいですね。修復して戻せという意味なのかもしれませんが、転移の可能性があるなら、体が弱らないように短時間で手術可能な全摘の方法が適切のはず。転移していたらまた手術する可能性があるのだから、自家移植のために開腹する方がいいなんて、少しも患者のためにならないと思います。
報道記事を読んでいると、ワケが分からなくなってきます。


>まさに言いがかりですね。つまり、この理屈ならば、たとえ同意文書が
>あったとしても「心神耗弱の状態」にほぼ相当しますから、同意文書の
>効力は認められないでしょう

仰るとおり、パニックになっていたら、同意書の効力は無効ですし、その状態で説明しても説明義務を果たしたとはいえません。
患者がパニックになっているなら、「文書を出して終わり」の方がよほどマズイ対応です。対面で、落ち着かせて何度も説明するべきでしょう。

調査委員会を報告で毎回出てきますが、どうして文書に拘るのかよく不可解です。患者にとって必要なのは説明なのに。どうせ医師側が出すなら同意書ではなくて、患者の理解の手助けになる説明書の方でしょう。でも、説明書を出しても分かりにくいなら無意味です。最後はやはり口頭の説明になるでしょうに。


>1)「腎動脈瘤の1例は経過観察で十分だった」
>うーん、「経過観察」が望まれる処置の結論というのは納得できないです

これはおそらく「症例報告5」のことなのでしょう。
http://www.setouchi-ishoku.info/article.php/20070218143826919
これは、「「大変むずかしい位置に腎動脈瘤ができている。自家腎移植、腎摘、または放置して経過をみる、の三つの選択があると説明し放置しておくと可能性は高くないが破裂して命にかかわることもある。」と説明したのち、患者が摘出を希望したのですから、問題ないはずです。もしダメだというのなら、患者の意見を無視しろということになってしまい妥当ではありません。


>失敗した手術、これから行われる手術について「危険性が高いから
>避けるべきだ(った)」と非難するのは理があると思いますが、
>既に完了し、成功した手術について「危険性が高かった」と非難すること
>に意味があるとは、少なくとも私には思えません。

ほんとそうですね。成功しているのに、危険性が高い手術だったと非難する意味がどこにあるのかよく分かりません。難しい手術だったからこそ、万波慶介氏は他の医師から執刀頼まれて、自己が実施しやすい術式を行ったのでしょう。調査委員会の委員からすると危険性が高い手術であると感じていても、万波慶介氏にとってはそれほどではないという感じかと思います(^^ゞ 


>「単に自分たちが手術が下手で、危険な手術でも難なく成功させている
>腕前を妬んでるんじゃないのか」という言葉が喉まで出かかっている

あ! 上で、似たようなことを書いてしまいました(^^ゞ
万波慶介医師の報告を見ても分かりますが、調査委員会の嫉妬も考慮すると、万波慶介医師も相当に腕が良いようです。その万波慶介氏が兄の腕を褒めちぎっていたのですから、万波誠氏の技量は想像以上に優れているんでしょう。


>日本移植学会・厚労省側は、「病気腎移植というのはあり得ない、
>使える腎臓を摘出すること自体があり得ないからだ」という結論に
>持っていくために、非常な無理をしている

そうですね。病腎摘出批判もなんか無茶苦茶になってきたような感じです。ここまで無茶になってくると、さすがに読売・朝日・毎日の記者も妙だと分かりそうなものですけどね。分からないのもまた、不思議です。


>追加:瀬戸内グループ支援サイトに、今回の厚労省の発表について、
>「尿管がんの動脈の縛り方云々」のくだりの不見識についての所見

情報ありがとうございます。
2007/03/29 Thu 21:56:02
URL | 春霞 #Gu2JBjds[ 編集 ]
レスをありがとうございます。
春霞さま。ご丁寧なお返事をありがとうございました。

>>不可解なのは最後、「もう1件は肺にがん転移の可能性があり、
>>がん治療のためでも摘出すべきではなかった」
>>転移の可能性があるから腫瘍を摘出してはならないなんて話は今まで
>>聞いたことがないです
>
>これも不可解ですね。
>まさか腫瘍を摘出してはならないだという意味だとしたら、もう諦めろってことみたいですね。修復して戻せという意味なのかもしれませんが、転移の可能性があるなら、体が弱らないように短時間で手術可能な全摘の方法が適切のはず。転移していたらまた手術する可能性があるのだから、自家移植のために開腹する方がいいなんて、少しも患者のためにならないと思います。
>報道記事を読んでいると、ワケが分からなくなってきます。

調べたというよりは、拙い経験(これでもあれこれと病院を出たり入ったり、通算で半年弱はあちら側にいたことがあるのです)をあれこれと思い出したり、頭をひねったりしたのですが、これはひょっとすると、「手術に耐えられないほどに心肺機能を冒されている可能性があった」という意味で言っているのかもしれません。でもその場合は手術管理の範疇のはずで、判断責任は普通の病院なら麻酔科にあるように思いますし、「転移の可能性があった」という所見で済む状態であるはずもないですね。

もう少し詳しい事情の分かる記事が欲しいところです。
2007/03/29 Thu 23:22:09
URL | 語学教師 #va74bd7o[ 編集 ]
>語学教師さん:2007/03/29(木) 23:22:09 へのお返事
コメントありがとうございます。お返事が遅れてすみません。


>もう少し詳しい事情の分かる記事が欲しいところです

そう思います。
もう少し詳しい事情がわかれば、調査委員会の理屈も少しぐらいは真っ当かもしれませんし。考えにくいですが。


さすがに、万波廉介氏も、3月28日厚労省調査班報告に、すぐに反論してました。
http://www.setouchi-ishoku.info/article.php/20070330162243149

語学教師さんご指摘の点(備前市議会で正式に調査・報告)も触れてますね。

万波氏は、危険性の高い手術についても反論しています。

この、危険性の高い手術だったという批判については、「自分たちが手術が下手なのでは?」とか、「万波慶介氏にとってはそれほど危険ではない」とか、妙な批判だと一致していたわけです。語学教師さんと私は。

万波氏の反論を一部引用しておきます。

「相川氏は、本当に下大静脈をサテンスキーを使って、腎静脈の根本で切除するのが危険な手術と考えているのか、右腎摘の場合、この方がすっきりし後も安心だと思わないのか。
 私は多くのサテンスキー使用の手術をしてきて、腎静脈を結紮し針糸をかけ切断する昔からの手術より、はるかにスマートで術後も安心だと思っている。また、時間もほとんど変わらず、これが危険だとか患者に不利益だとか一度だって考えたことはない。私のやり方のほうが、安全で患者によいと思っている。
 相川氏はサテンスキーの使用法を知っているのか?と疑問に思ってしまう。どこに危険が潜んでいるのか?」

どうやら万波氏がサテンスキー使用の手術を実施し、「昔の術式」を実施しなかったから、危険視したようです。
また、いつもの日本移植学会と同様に、古い医学的知識で万波氏を非難したんですね(^^ゞ 日本移植学会のお約束みたいなものですね。これは。

ただ、相川氏はかなりの移植をこなしている医師なのに、古い医学的知識しかないとなると、相当深刻だと思います。日本の移植医療を実施する医師の知識は、相当に遅れているのではないかと危惧します。
2007/03/31 Sat 06:23:32
URL | 春霞 #Gu2JBjds[ 編集 ]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/tb.php/348-5fecc44a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
●:Hiroshima Home Television 2007/03/27安倍総理「慰安婦問題は続いているわけではない」 アメリカのワシントンポストが「拉致問題で支援を求めるならば従軍慰安婦問題での責任を認めるべきだ」と日本政府を批判しています。これに安倍総理大臣が反論しました。安....
2007/03/27(火) 23:11:15 | 晴天とら日和
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。