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2007/02/24 [Sat] 18:08:55 » E d i t
テレビ報道では全く報道されず、新聞紙上では触れたものが殆どなかったのですが、2月22日は、万波医師が病気腎を摘出した元患者が記者会見を行っていました。この記者会見について触れた記事を紹介したいと思います。


1.まず、報道記事から。

(1) 特集宇和島 腎移植2007年02月23日(金)付 愛媛新聞

 「「摘出誘導なかった」 徳洲会病院調査病気腎患者が証言

 宇和島徳洲会病院(宇和島市)の万波誠医師(66)らによる病気腎移植問題で、同病院は二十二日、万波医師が病気腎を摘出した元患者五人から、摘出の経緯などについて聞き取り調査した。同病院によると、元患者らは「万波医師は事前に摘出以外の手術法についても説明した」などと証言した。

 調査結果は三月三日の同病院の調査委員会に報告する。

 元患者らは二〇〇四年九月から〇六年二月にかけ、同病院で腎臓摘出手術を受けた四十代から七十代の男性四人と女性一人。尿管狭窄(きょうさく)や動脈瘤(りゅう)、ネフローゼ症候群などを患っていた。

 元患者らは聞き取り調査に「万波医師が摘出を誘導するようなことはなかった」「病気の腎臓を他人に移植することは万波医師から事前に説明があった」などと述べたという。

 調査後に会見した元患者らは「人助けになるのであればと思い、提供を承諾した」などと話した。万波医師は「腎臓を摘出したことは間違いではなかったと確信している」とコメントした。

 同病院は十八日、大阪市内で調査委と専門委の合同委員会を開いた際、専門委員から患者の聞き取り調査をするよう要請を受けていた。」




(2) 毎日新聞平成19年2月23日付

 「病気腎移植:ドナーが会見「今でも納得している」

 宇和島徳洲会病院の万波誠医師(66)らによる病気腎移植問題で、同病院で病気腎を摘出されたドナー(臓器提供者)5人全員が22日、記者会見。「他の治療法の説明も受けた上で、自ら選んだこと。今でも納得している」と述べ、病気腎移植を検証中の同病院専門委員が腎臓摘出を「不適切」と指摘したことに反論した。

 5人は04年9月~06年2月、万波医師に病気腎摘出手術を受けた。この日は「ドナーの気持ちを伝えてほしい」という病院の求めで会見した。

 04年9月にネフローゼ症候群で両腎摘出した水島辰喜さん(53)は万波医師から、「摘出せずに治療するのがいい」と説明を受けたが、病状が改善しないため、自ら摘出を希望したという。専門委員は「両腎摘出は必要なかった」としているが、「他の治療法では治らないと思い、ためらいはなかった」と述べた。

 尿管狭さくで摘出した70歳代の男性は別の治療法や他人に移植することの説明も受けたといい、「先生には『人助けになるのなら、ええようにしてください』と言いました」と話した。【津久井達、川上展弘】

毎日新聞 2007年2月23日 10時15分」




2.このように、病気腎元患者は「摘出誘導なく、納得している」と証言しています。この元患者の証言は、法律上、どのような意味を持つのでしょうか? 法律上、民法、刑法等の観点から検討することができますが、刑法上の観点が分かりやすいので、刑法上の観点から検討してみることにします。

(1) 医師による手術は、外形上傷害罪(刑法204条)に当たりますが、刑法35条(正当業務行為)により正当化されるので、傷害罪に当たらないと説明されます。

この正当化の要件としては、<1>治療目的、<2>医学上の法則に従うこと、<3>患者の同意の3点が挙げられています(前田雅英著「刑法総論講義(第4版)(2006年、東京大学出版会)308頁)。

この3つの要件のうち、(a)治療行為が社会倫理秩序に適合していることを重視する社会的相当性説と、(b)優越的利益の保護と患者の意思の尊重を組み合わせて考える説が対立しているのですが、ポイントは、患者の承諾(同意)をどれだけ重視するのか否かで対立しているのです。

昔ならともかく、現在では、個人の尊重(憲法13条)からすると、“自分の生き方は自分で決める”ことが基本なのですから、医療行為においても、患者の自己決定権が重視されています。そこで、「これから行われようとする医的侵襲内容を完全に認識した上で真摯な同意(完全なインフォームドコンセント)が存在すれば、それだけで、被害者の法益の完全な放棄が認められ、不加罰とすべきである」(前田著「刑法総論講義」309頁)というのが、近時の多数説といってよいでしょう。

分かりやすく言えば、患者が、医師からこれから行おうとする医療行為について十分に説明を受けた上で、納得して同意をしたのであれば、適法であるということです。患者の意思の尊重こそがもっとも大事なことなのです。インフォームドコンセントは、刑事、民事問わず、医療行為を行う際には最も重視すべき点であるというわけです。

もちろん、医療水準として確立している実施予定の療法(術式)を行うことが前提ですが、未確立の療法であっても、相当数の実施例があるなど積極的な評価を受けているものであれば、問題なく適法となります(乳がん手術の民事事件ですが、最高裁平成13年11月27日判決参照)。


(2) 宇和島徳洲会病院の専門委の委員の一部は「はじめに移植ありき」だとか、「両腎摘出は必要なかった」とか批判していましたが、患者たちは、

 「「万波医師が摘出を誘導するようなことはなかった」

「病気の腎臓を他人に移植することは万波医師から事前に説明があった」

「人助けになるのであればと思い、提供を承諾した」

「他の治療法の説明も受けた上で、自ら選んだこと。今でも納得している」

 万波医師から、「摘出せずに治療するのがいい」と説明を受けたが、病状が改善しないため、自ら摘出を希望したという。専門委員は「両腎摘出は必要なかった」としているが、「他の治療法では治らないと思い、ためらいはなかった」」

と述べているのです。

このように患者が述べている以上、「患者が、医師からこれから行おうとする医療行為について十分に説明を受けた上で、納得して同意をした」と言えるのですから、万波医師の治療行為は適法であるといえるのです。

このように適法な行為であるのに、あくまでも万波医師の行為を問題視することは、患者の自己決定権を軽視し、患者の意思を軽視するものであって、医療としても、民事・刑事法上はもちろん、憲法上も妥当でないといえるのです。


万波医師に対して、「移植したいために摘出した」のであって、昔風のパターナリズムを実践していると批判する意見があったります。しかし、そういう批判する側は、パターナリズム自体、よく分かっていないのではないでしょうか?

 「医療におけるパターナリズムとは、医師が患者のために医師側の判断を強制することを意味する。しばしば医師が医師自身の利益のために患者の不利益になるような措置を強制することも「パターナリズム」と言われるが、これは誤用である。医師が自己のエゴイズムを押し通すために、それも患者の利益になるかのように見せかける「おためごかし」は、パターナリズムを装ったエゴイズムである。」(森岡恭彦・畔柳達雄監修「医の倫理ミニ事典」から、「医療におけるパターナリズム」(加藤尚武)20頁)





3.このブログのエントリーでも、コメント欄においても、何度か指摘しているように、なぜ、日本移植学会の幹部や専門委員が、万波医師の行った治療を「不適切」と非難するのか、不思議に思います。

ネフローゼ症候群を例に挙げると、ネフローゼ症候群への治療は、内科的治療が基本であることは確かですが、どうしてもネフローゼが改善しない症例に対する最後の手段として、腎臓摘出を行うことがあります。これは、多くの教科書や論文で指摘されているのですから、専門医としては基本事項、すなわち、泌尿器科の専門医にとっては医療水準として確立した療法(術式)と判断できると考えます。

このように、腎臓摘出がありうることが、泌尿器科の専門医にとっては医療水準として確立した療法(術式)であるとすると、問題となるのは、その具体的な患者に対して、腎臓摘出が必要であったかどうかになります。この判断は、従来からの患者の治療状況、万波医師や患者への詳細な聞き取りなど詳しい検証を行うことによって、はじめて判断できるでしょう。

そうなると、徳洲会病院の専門委員はどこまで調査をした上で、「両腎摘出は必要なかった」と判断したのでしょうか? 少なくとも、万波医師や患者への詳細な聞き取りなしに判断しているのですから、その判断は到底妥当ではないのです。

「両腎摘出は必要なかった」と速断してしまった専門委員は、むしろ腎臓摘出がありうることが、泌尿器科の専門医にとっては医療水準として確立した療法(術式)であることすら、知らない専門医であるように思えるのです。

そうなると、問題視すべきなのは、万波医師の治療行為ではないのです。腎臓摘出がありうることが、泌尿器科の専門医にとっては医療水準として確立した療法(術式)であることすら、知らないような「泌尿器科医の専門医に値しない専門委員」こそ問題視すべきなのです。最後の手段として、腎臓摘出を行うことができない専門医は、専門医としての医療水準という、医学上の知見を有していないのですから、腎臓摘出が適切な患者に対して実施しない場合は、診療上の過失が認められ、患者に対する民事上の責任を負うのですから(潮見著「基本講義 債権各論2不法行為法」200頁参照)。




<2月25日追記>

そろそろ、東京新聞平成18年11月15日付「こちら特報部」の記事がネット上から消えてしまうので、消える前に記録を残すという意味で、ここに掲載しておきます。

 「地元『現代の赤ひげ』 苦境・万波医師の評判は…

 宇和島徳洲会病院(愛媛県)の万波誠・泌尿器科部長(66)らが病人から摘出した腎臓を移植していた問題で、厚生労働省は医学的立場から手術が適当だったかを調べる調査班を設置すると決定。同医師らは、いよいよ苦しい立場に追い込まれた。しかし患者や地元を取材すると、聞こえるのは「命を助けてもらった」「手術を続けてほしい」と移植行為を肯定する声が圧倒的に多い。万波医師も本紙の単独インタビューに答えて「再出発」の決意を語った。 (片山夏子)

 「本当に患者思いの先生。いつ家に帰っているか分からないぐらい、病院にばかりいる」。万波医師の患者は口をそろえて言う。

 白いTシャツにサンダルをはき、両そでをまくった白衣。いつものスタイルで週末も病院に詰める。

 南宇和郡に住む腎不全の女性患者(40)は「初めて診察を受けた時、Tシャツにつぎが当たっていた。気さくに話しかけられて、お医者さんと思わなかった」と笑う。車も粘着テープで修理したまま使っている。

 「ブラックジャックの腕を持つ現代の赤ひげ」と表現するのは、水産業会社を営む向田陽二さん(48)。五年前に、万波医師の移植手術を受けた。「透析を受ける生活で会社経営は無理だった。いろいろな意味で命を救われた。多くを話す人じゃない。話すのは治療や仕事のことばかり。だが、夜中も病室を回り、退院後も電話をすれば『どうした』と必ず本人が応対してくれる。技術に自信がある分、独善的になった部分もあったかもしれん。だが、患者にとってあんな人間的な医師はいない」

 腎臓は、いとこの河野真人さん(60)からもらった。

■「違反は改め 仕事続けて」

 その河野さんは「手術後のことや後遺症について丁寧に説明してくれる姿勢を見て、この先生に任せようと思った」と振り返る。「今も遊びに行くと、調子はどうだと声を掛けてくれる。同意書を取らなかったのはまずかったのかもしれないが、信頼関係があったので必要性を感じなかった」

 
 松山市の小池昭彦さん(59)は二十年前、母親の腎臓を移植する手術を万波医師にしてもらった。透析のために血流を増やすための「シャント」が腕にうまく入らず、何度もやり直した。

 透析中、体中がかゆくて眠れず、顔もどす黒くなった。関節が腫れ、体がだるい。血圧が急に三十-四十も下がったこともある。

 「あと何年かでもいい、普通の生活をしたい。移植の名医がいると聞いて、すぐに万波先生のところに行った」。小池さんの移植後の生活は変わった。休職していた仕事に復帰し、二十年間、元気で暮らす。

 手術後、お礼の現金を持って、万波医師を訪ねた。「でも受け取ってもらえなかった。元気に仕事をしてくれるのが何よりもうれしいと言われ、仕事に打ち込んだ」

 万波医師が同意書を取っていなかったことや倫理委員会を開いていなかったことにも触れ、「ルール違反は改め、患者のために命をかけてきた仕事を続けてほしい」と話した。

 岡山県の林秀信弁護士(53)は四十歳で妻の腎臓移植を受けたが拒絶反応で透析に戻った。透析中は不眠と頭痛に苦しみ、読書も数分とできない状態が続いた。二日に一度、約五時間の透析で仕事も「食べていくのに精いっぱいな分だけ」。

 死ぬことばかり考えていた時、万波医師の弟の廉介医師から尿管がんの腎臓の移植の話があった。

 ドナーと免疫系が違うのでがんになるとは限らない。経過観察で疑いがあればすぐに摘出する。だが最悪の場合は発症する可能性があることを説明された。

■『ガンでも生きたい』

 「たとえがんになっても、数年でも精いっぱい生きたい」。林さんの決意に、妻は反対しなかった。

 林さんは「病気腎移植を受けるかどうかは患者の選択。医学的な検証やルール作りは必要だが、病気腎移植の可能性を閉ざさないでほしい」と訴える。

 南宇和郡の女性(48)は十四年前に姉の腎臓を移植したが拒絶反応が出て三年前から透析に戻った。シャントがうまくいかず三年で三個目。それも血管が腫れ上がり次の場所を探さなくてはならない。「透析の針を刺すところもなくなる。左手の次は右、そして足。機械に生かされながら、あと何年生きられるのだろう」

 だが、親族からの移植はもう望まないという。一度目の移植の時、臓器提供を申し出た夫の親族から強く非難された。「その人がいいと言ってもその連れ合いや親族が反対する。人間関係のどろどろが見えてしまう本当に嫌な病気」。透析で何年生きられるか不安で、親族が亡くなった時に「ドナー登録していてくれれば、と思う自分がたまらない」と声を落とす。

 結婚した娘が次のドナーを申し出るが、娘の家族のことを考えるとできない。

 「万波先生が病気腎の方が気持ちが楽と言った気持ちが分かる。親族間だから難しいということもある」

 先月初めの臓器売買事件の後、毎日、万波医師の出勤、帰宅時間を狙って自宅前や病院の駐車場に十数人の記者が待ちかまえる。その中で、万波医師は毎日の診察や移植手術も平時と同じペースで淡々とこなす。

 「二十年病院の仕事をしているが、あんな医師いません。患者のことばかり考えている」。松田勝次・同病院事務次長も舌を巻く。

 九日、万波医師の患者などが「移植への理解を求める会」を結成した。

 会長の野村正良氏自身が、死体腎による移植、妻からの移植、六年前にネフローゼ患者からの病気腎移植と三回の移植の経験者だ。

 日本移植学会などは「患者の会結成は事情を知らない患者まで巻き込む可能性もあり危険」と批判した。

 風当たりは強いが、会員は結成から五日で百二十人を超えた。患者以外の人も含めた全国からの参加で、さらに増え続ける。野村会長は「ルールでがちがちにせず、弾力的な運用ができるような法案見直しをお願いしたい。病気腎移植など第三の移植が前向きに、患者の命を助ける方向に進んでほしい」と期待する。

■万波医師語る 同意書、認識甘かった

 透析患者を見ていて、機械につながれ生きている本当につらい生活だと感じた。長いこと透析していると仕事もままならない。へき地に住んでいると、雪など天候で来られなくなる。そう感じている時に移植で元気になった話を聞き、三十七歳の時、ウィスコンシン大に移植を学びに行った。

 今、日本では、ドナーからの腎提供がない状態で、患者が移植を希望しても絶望的。腎臓を得るまで十五年とも二十年ともいわれ、登録してもしょうがないと登録しない人も多い。登録している何倍もの人が移植を希望しているのが現状。

 だからといって病気腎移植を考えたのではない。泌尿器科の医者をしていると、腎臓を摘出しなくてはならない患者がいる。今までは捨てていたが、使える可能性がある腎臓があることに気付いた。もちろん、修復して使える場合、元の患者に返すのが大前提。だが、がんの腎臓などで再発率がほとんどなくても家族をがんで亡くした人など、摘出してほしいと望む患者がいる。

 腫瘍(しゅよう)が四センチ以下だと再発の可能性が非常に低い。そのような場合で、摘出を強く希望する人に「使える可能性があるが、透析する人に使っていいか」と聞くと、ほとんどの人に「どうぞ」と言われた。

 ドナーへの説明も、レシピエントへの説明も十分にするのが当たり前。医療は患者がいて医者がいて成り立つ。丁寧に説明しなければ移植はできない。レシピエントは(1)ドナーが得られる可能性のない人(2)移植をして何年か過ごしたが、拒絶反応が出て透析に戻った人(一度、普通の生活に戻っている人は精神的な落ち込みが大きい)を選んだ。免疫系が違うので、ドナーにとっては病気腎でも、レシピエントでは通常の腎臓として働くことも多い。

 がんだった腎を移植した後に長期生着をした人が何人も出てきたら、学会で発表しなくてはと思っていた。病気腎の問題でこれだけ学会などから非難されているので、学会などで指針が出るまでは、やることはできない。それに、病気腎の移植はそう頻繁にない。

 同意書については認識が甘かった。一番大切なのは患者の何とかしてほしいという思いと医者の何とかしてあげたいという思いが合致すること。信頼関係がある時、移植手術ができると思った。今は倫理委員会も設置し同意書についてもきちんとして再出発している。

<デスクメモ> 全国で透析医療を受ける患者の数は約二十五万七千人。腎移植のドナー登録者は約一万千五百人。この数字の開きこそが核心だ。臓器を待っても「十五年待ち」の現実。病院で移植を勧められることも少ない。だからハナからあきらめる。満足しているのではない。絶望の世界だ。蜘蛛の糸に誰でもすがる。 (充)」



この記事を読むと、万波医師が医療を行う姿勢や病気腎移植を行うに至った経緯が分かりますし、移植を受けた複数の患者に聞いているので、患者の気持ちがよく分かります。良い記事だと思います。

この記事を書いたのは、片山夏子記者です。片山夏子記者は、ずっと病腎移植問題について記事を書いています。片山夏子記者は、最近の読売新聞の報道や自社の報道についてどう感じているでしょうか?




<3月2日追記>

産経新聞にも、病腎の摘出を受けた患者の会見が出ていましたので、引用しておきます。
Sankei WEB(2007/02/23 10:26)

 「「摘出してよかった」 病腎移植患者ら会見

 腎臓を摘出してよかったと思っている-。宇和島徳洲会病院(宇和島市)で万波誠・泌尿器科部長(66)から病腎の摘出を受けた患者らは口々に術後の良好な体調を語った。「万波先生がいなければ、もう死んでいた」という70代の男性は、「摘出は自分の信念で決めたことだ」と話し、学会からの批判が高まる万波部長を擁護した。

 日本移植学会など5学会は合同の会合で、同病院などでこれまでに実施された42例の病腎移植について検証。今月17日の会合では病腎移植に対する否定的な見解が多く、病腎摘出の必要性についても問題視している。

 しかし、会見した5人はいずれも「摘出以外の治療法も示されたうえで、自分で摘出を希望した」と話し、万波部長から摘出腎を移植に使うことを聞いたときには「他の患者のお役に立てるのであれば使ってください」と承諾したという。

 ネフローゼ症候群で16年9月に両腎を摘出された同市の無職、水島辰喜さん(53)は「万波先生からは腎臓を摘出せずに治すのが一番いいといわれ、いろいろな治療を試した」と話し、学会が「他の治療法があった」と指摘していることを批判。16年12月に尿管狭窄で腎臓を摘出された70代の女性も「摘出前にきちんと説明を受けて納得した。(学会の批判を受けている)万波先生の助けになりたいと思い、会見に参加した」と述べた。

(2007/02/23 10:26)」


「摘出は自分の信念で決めたことだ」とまで、はっきり言う、元患者もいるのです。万波医師が、説明していなかったとか、同意がなかったなんて、デマを流すのは止めるべきでしょうね。

ただ、この記事、元患者の名前が出ています。出すことに同意があるかもしれませんが、プライバシーの観点からすると、出さなくても良かったとは思います。
コメント
この記事へのコメント
医学的問題?ならば、なぜ?
 先ほど、ニュースで移植学会の田中紘二氏の記者会見を車の中で聞きました。「医学的に問題がある」と繰り返されていました。

 この移植医療が進んでいない日本で、海外の最新の知識や技術をこの方たちは知っているのでしょうか。自らの知り得る範囲だけで、このような発言をもしされているのだとしたら、「大変」と思われました。

 時代に遅れることなく学んでおられ、臨床医の立場として詳しく私たちに示してくださらなければ、この方たちにこそ、問題があると思われます。

 日本の移植医療の停滞いえ衰退の原因はそこにあるのではないでしょうか。

 (F・ナイチンゲールは、「日々学ばなければ、衰退していると同じ」と著作集の中で語っています。)

 非難や批判ばかりしているだけ。汗を流し生死と向き合い葛藤する現場を直視しようとしていない。ならば、実際手術に立ち会い、現場検証をともにされたらいかがか、と思います。実際、万波医師らの実績は患者さんが証明してくれているわけですから、学会や委員の人たちはあら探しばかりせず、「人の命を助ける」本質をしっかり見てほしいですね。医師ならば、と思わされて仕方ありません。

 春霞さんの、分析、解説は、私のような者にも、よく理解できます。

 たくさんの方が、「移植医療」「病気腎移植」にもっと関心持ってもらえたらと切に願っています。
 感謝して。
 
2007/02/24 Sat 20:32:53
URL | rikachan #-[ 編集 ]
学会の偉いセンセーの意識は
春霞さま。こんばんは。rikachanさま、はじめまして。

>この移植医療が進んでいない日本で、海外の最新の知識や技術をこの方たちは知っているのでしょうか。自らの知り得る範囲だけで、このような発言をもしされているのだとしたら、「大変」と思われました。

基本的に学会のエライ先生というのは、「自分がパイオニアとして新しいことをする」あるいは「外国で行われている新方法を日本でいち早く手がける」ということに固執しますね。

ですから、病気腎移植だって、もしどこかの学会のエライ先生の勤務する病院が日本でいちばん早く手がけていれば、おそらく好意的なニュースを煽っていたことでしょう。「最新の知見は知っているのだが、自分より先に手がけた万波は許さん」というのが本音だと思います。


既にご存知かと思いますが、瀬戸内グループ支援ネットに「アメリカにおける移植の現状について」という投稿がなされています。投稿者は「移植医」と名乗っておられますが、おそらく擁護派として講演などをなさった「あの方」ではないでしょうか。

この投稿の要点は以下の通りです。

1)以前は腎臓移植は、延命よりもquality of life、つまり、透析装置から離れる快適さを得るための治療とのみ位置づけされていたが、透析よりも延命効果が高いことが証明され、アメリカでは移植数を増やすことが緊急の課題とされていること。(05年の数字で、アメリカでは年間17000人が移植手術を受けています。移植待ち期間は3~6年。)

2)そのために、アメリカでは現状を「臓器が不足している状態」と認識し、「ドナーをいかに増やすか」が目下最大の課題とされていること。そのために、日本では行われない数々の試みがなされていること。例えば、

A:既に難波氏などがとりあげて話題になっている、腎臓癌を持っていた腎臓の修復・移植。

B:高年齢のドナー、あるいはクレアチニン値、高血圧などに異常がみられるドナーの腎臓の移植。

C:感染症にかかっている腎臓の移植。日本では禁忌だそうですが、アメリカでは、治療薬のある感染症なら問題にしないとか。具体的にはペケの感染症は狂犬病、エイズ、西ナイルなど、マルの感染症はバクテリア感染症、B型肝炎、C型肝炎など。

以上三つは、日本で現在言う「病気腎移植」に相当します。

D:アメリカでは従来一般的でなかった心停止後のドナーからの移植。日本では移植ネットワークの定着以前に多く行われていた移植形態です。

E:血液型不適合やクロスマッチ陽性のため、移植が難しいカップル同士でドナーを交換して行う移植。

などです。
http://www.setouchi-ishoku.info/article.php/20070223154414140

この最後のもの、いわゆるドナー交換移植については、以前私もここでご報告しました。「移植医」氏は、「既に、韓国やオランダではもう行われています、この点でも日本は韓国にすら、数段遅れている状況です。」と述べておられます。繰り返しになりますが、この移植形態についての移植学会の見解はこうです。

「ドナー交換腎移植は韓国など少数の国と施設において実施されている医療で、ドナー・レシピエント間のABO式血液型不適合、リンパ球クロスマッチ陽性、HLAの完全不適合などが存在する場合に、ドナーを交換することによってこれらの問題を解決して相互の移植を実現することを目的としている。
 しかしながら、近年における移植医療技術の進歩によりこれらの条件における腎移植の成績が向上しつつあり、多くの移植専門医はドナーを交換して移植を実施しなければならないような絶対的な医学的必要性は決して大きいものではないと考えている。」

「ドナー交換腎移植は医学的・倫理的に大きな問題を含むものであり、個別の事例として各施設の倫理審査のもとに行われるべきものである。したがって、ドナー交換ネットワークなどの「社会的なシステム」によりドナー交換腎移植を推進すべきものではない。」

http://www.asas.or.jp/jst/news/news007.html

移植医療の現場に携わる方々の見解として、こんな太平楽な、他人事のような認識が許されるのでしょうか?また、彼らの言う「絶対的な医学的必要性」って、何なんでしょうね?

そして、この公式見解の次の一文

「この倫理指針の改訂案が承認される直前の2003年10月1日と3日に、九州大学医学部付属病院において2組の夫婦間でABO血液型不適合を解決する手段としてドナー交換腎移植が同大学医学部倫理委員会の承認の下に実施された。
 日本移植学会倫理委員会では当該のドナー交換腎移植の経緯を当事者である医療チーム責任者と同大学医学部倫理委員会から説明を求め、個別の事例としての問題点の有無と今後のわが国におけるあり方について検討を行ってきた。」

を、上に述べた事柄の文脈で斜めにみると、「九大医学部はフライングで中央よりも先に交換移植をやりおった。罰として交換移植の道は狭めてやる!」と言っているようにもみえるのですが、それは私の偏見なのでしょうか……。どなたかこの声明を精読して、「そうではない、立派な医学的根拠に基づくものだ」と言っていただけないでしょうか……。

こういう流れをみていくと、どうも病気腎移植問題というのは、もっと大きな、学会の体質にかかわる問題のごく一部に過ぎないのではないか、という気がしてきます。
2007/02/25 Sun 01:26:14
URL | 語学教師 #va74bd7o[ 編集 ]
ありがとうございます
まず、訂正いたします。
田中紘二氏ではなく田中紘一氏でした。失礼しました。

語学教師さん。

フォロー、アドバイスありがとうございます。
そっか、「知ってはいたが、先にするのは許さんか」、ですか。悲しいですね。

知ってても実行しないなら、知らないことと同じでは、残念な気持ちです。

これからもどうぞよろしくお願いします。







私こそ未熟な者で

2007/02/25 Sun 09:35:13
URL | rikachan #-[ 編集 ]
春霞様 皆様 おはようございます。
皆様の熱意に圧倒されています。
敢えて付け加えることもありませんが、ささやかな応援情報を1つ。
万波先生の論文関係の情報です。Transplantationだけではないです。
http://lib.bioinfo.pl/auth:Mannami,M

特に、2000年のClin Transplant(14巻 Suppl 3 :25-9ページ)に掲載された論文:
「Histopathology of a human allografted kidney with clinically sufficient function. 」
小生は専門外故、正確なことは解りかねます。
しかし、これは、病気腎臓移植の病理研究に関連する論文ではないでしょうか。
もしそうであれば、ちゃんと世に問うてないでしょうか、研究段階で、しかも7年も前に、全世界に。
それとも、これは今回の事例には何の関係も無い論文なのでしょうか?

皆様ご指摘ですが、調査委員会は一体何を調査したのでしょうね?
ひょっとして万波先生のカルテに書かれた字が汚いとか、白衣が汚いとか?
日本の学会に報告して膝まつかなかったことが、余程気に食わないみたいですね。
でも確か、こういうのをファシズムと言うのではなかったでしょうか?
2007/02/25 Sun 12:39:15
URL | Canon #yYfDAmAg[ 編集 ]
>rikachanさん:2007/02/24(土) 20:32:53 と2007/02/25(日) 09:35:13 へお返事
コメントありがとうございます。

>先ほど、ニュースで移植学会の田中紘一氏の記者会見を車の中で
>「医学的に問題がある」と繰り返されていました。

このニュース聞きました。別のエントリーできっちり言及しました(^^ゞ


>この移植医療が進んでいない日本で、海外の最新の知識や技術を
>この方たちは知っているのでしょうか。
>自らの知り得る範囲だけで、このような発言をもしされているのだと
>したら、「大変」と思われました。

語学教師さんが仰るように、「最新の知見は知っているのだが、自分より先に手がけた万波は許さん」という本音によって、病腎移植を否定しているのでしょうね。

もう1つは、病腎移植は見極めが大事なので、豊富な経験と高い技量が必要とするため、専門医だからといってできるものではないのでしょう。

取り出した腎臓を修復して戻す手術は、7時間くらいかかるので、患者も医師も体力の要る手術なのです。なのに、短時間でできるかのように言うような、よく分かってない医師もいるわけです。手術時間はもちろん、そう簡単に戻せないわけです。

できないか、よく分かっていない医師が、デキル医師へのヒガミから文句を言っているように感じています。


>春霞さんの、分析、解説は、私のような者にも、よく理解できます。

ありがとうございます。


>たくさんの方が、「移植医療」「病気腎移植」にもっと関心持って
>もらえたらと切に願っています

仰るとおり、まずは、移植医療をやたらと怖がったり、無関心ではなく、関心をもって欲しいですね。そして、関心を持って、正しく理解してもらえたらと思います。
2007/02/25 Sun 18:12:56
URL | 春霞 #Gu2JBjds[ 編集 ]
>語学教師さん
コメントありがとうございます。


>投稿者は「移植医」と名乗っておられますが、おそらく擁護派として
>講演などをなさった「あの方」ではないでしょうか。

そうそう、「あの方」でしょう。すぐに分かりますね。


>この投稿の要点は以下の通りです

情報ありがとうございます。


>移植医療の現場に携わる方々の見解として、こんな太平楽な、他人事
>のような認識が許されるのでしょうか?
>また、彼らの言う「絶対的な医学的必要性」って、何なんでしょうね?

臓器移植全般に言えることだと思いますが、患者の利益になるから、実施するわけです。ドナー交換移植もまた、患者にとってそれを実施する価値があるから行っているわけです。
ドナー交換移植が患者にとって最も適切であるなら、患者の同意を得て、実施すればよいと思います。

ところが。
日本移植学会は、患者にとって最も適切な医療かどうかでなく、「絶対的な医学的必要性」、すなわち、ドナー交換移植が、患者にとって医学的に唯一の方法である場合に限り、実施すべきであるというわけです。またしてもと言うべきか、患者の利益優先の考えはありません。

しかし、どうなんでしょうね? 
ここまで限定する必要はないと思います。なるべく安全に移植したいので、新しいことはしたくないのだとしても、患者の利益にとって適切かどうか、患者の選択を重視して、決定すべきだと思いますが。


>に述べた事柄の文脈で斜めにみると、「九大医学部はフライングで
>中央よりも先に交換移植をやりおった。罰として交換移植の道は狭めてやる!」と言っているようにもみえるのですが

そう読めてしまいますね。「地方の医師はすべて中央にお伺いを立てろ」というのでしょう。


>こういう流れをみていくと、どうも病気腎移植問題というのは、
>もっと大きな、学会の体質にかかわる問題のごく一部に過ぎないのでは
>ないか、という気がしてきます。

仰るとおりでしょうね。こういう問題はこれからもずっと起きるんでしょう。学会にとっては、患者の利益はどうでもいい感じです。
2007/02/25 Sun 23:59:13
URL | 春霞 #Gu2JBjds[ 編集 ]
>Canonさん
コメントありがとうございます。

>万波先生の論文関係の情報です。>Transplantationだけではないです
>これは、病気腎臓移植の病理研究に関連する論文ではないでしょうか

情報ありがとうございます。分析を待ちたいです。


>皆様ご指摘ですが、調査委員会は一体何を調査したのでしょうね?

仰るとおりです。
調べる前から、ずっと「不適切」の一点張りですから。調査結果を詳細に公開して欲しいです。


>日本の学会に報告して膝まつかなかったことが、余程気に食わない
>みたいですね

……(^^ゞ そうなんでしょうね。
2007/02/26 Mon 00:00:23
URL | 春霞 #Gu2JBjds[ 編集 ]
がんの標準治療とは
春霞さま。こんにちは。

あちこちでたいへんそうですね(^_^;)。こちらへのご返事などはなしでかまいませんので、とりあえずご報告まで。

(内容的にこちらがふさわしいと思いましたので、最新ではないエントリに付けさせていただきます。)

2月26日の毎日新聞大阪朝刊、「ニュースUP」のコーナーに、福島雅典京都大学教授による「がんの標準治療」についての解説がありました。(今朝現在で、まだウェブへのアップはないようです。)

これによりますと、癌の治療法は既にほぼ確立されたといってよく、現在「標準治療」として、医師が患者にたいして行うべき治療法がまとめられているとのことです。

私個人としては、癌の治療法が果たしてそのように一元化されていいのか、ということについて疑問はありますが、とりあえず公開されている標準治療の日本語版サイト

http://cancerinfo.tri-kobe.org/

を閲覧し、そこにある「腎細胞がん」「腎盂と尿管の移行上皮がん」についての記述をみてみました。

1)まず腎細胞がんについて

「治療選択肢の概要」にはこうあります。

「4つの標準的治療が採用されています:
手術

腎臓の一部またはすべてを摘出する手術が腎細胞がんの治療としてよく行われます。次のような種類の手術が行われます:

* 腎部分切除術:腎臓内とその周辺組織にあるがんを取り除くための手術。もう一方の腎臓が損傷を受けた場合あるいはすでに摘出されている場合の腎機能の欠損を予防するために、腎部分切除術が施行されることがあります。

* 単純腎摘出術:腎臓だけを摘出する手術。

* 根治的腎摘出術:腎臓、副腎、周囲の組織、そして通常は周辺のリンパ節を摘出する手術。」

そしてさらに、「病期別の治療選択肢」をみてみますと、第1期、すなわち最も初期の腎細胞がんについては、

「I期の腎細胞がんの標準的な治療法には次のようなものが含まれます:

* 手術(根治的腎摘出術、単純腎摘出術、腎部分切除術)。

* 手術不能な患者さんの症状を軽減する緩和療法としての放射線療法。

* 緩和療法としての動脈塞栓術。」

つまり、腎細胞がんについては、ごく初期のものから腎臓の全摘(腎臓だけをとるのか、腎臓まわりの他の臓器も含めてとるのかの違いはありますが)が治療の選択肢として公式に認められているのです。

上に引用したのは、患者さん向けの記述です。同サイトには専門家向けの記述も掲載されており、そこでは、


「外科的摘除は、I期の腎細胞癌に対して認められた、しばしば治癒可能な治療法である。摘除術には単純摘除術または根治的摘除術がある。根治的摘除術とは、腎、副腎、腎周囲脂肪およびジェロタ筋膜摘出であり、場合によっては所属リンパ節の郭清も実施する。根治的手術の方が良好な結果が得られると考える外科医もいる。手術に適さない場合は、外部放射線療法または動脈塞栓術により一時緩和が得られる。両側の腎臓にI期の(同時性または異時性)癌がある場合、技術的に可能であれば、両側腎部分切除術または片側腎部分切除術とともに対側根治的腎摘除術を実施することが、人工透析または移植を必要とする両側腎摘除術に代わる方法として望ましい。選別された患者では部分切除術で根治可能であることが、ますます多くの証拠により示唆されている。ただし、病理医による腎実質切除断端の凍結切片、および全標本の検査がなされるべきである。」

要約すれば、
(1)第1期においても、腎臓の全摘、しかもその周囲を含む大きな範囲の臓器の摘出が推奨される。
(2)一部の患者においては部分切除での根治も、可能な選択肢であるという意見が、最新のものとして出てきている。

つまり、腎細胞がんにおいては、あくまで腎臓の全摘が基本であって、部分切除により根治を目指すのは現在検証中の治療だということです。

これを見る限りにおいては、万波医師グループの行った癌の腎臓の摘出について、それがどれほど小さなものであったにせよ、摘出せずに部分切除で済ますというのは少なくとも現在検証中の治療の範囲であり、全摘は現在公式に勧められる治療の選択肢の範囲内であるはずです。したがって、今回症例の調査に当たっている「諸専門家」が腎臓癌に対する全腎摘を「不適切」と断定するのであれば、それは標準治療を逸脱する、特殊な意見の表明であって、その点について彼らには説明義務が生じることでしょう。

2)次にいわゆる尿管がんについて。

「治療選択肢の概要」にはこうあります。

「腎盂と尿管の移行上皮がんの治療には以下の手術方法のうちの1つを用いることができます。

* 腎尿管切除:腎臓全体、尿管、膀胱壁の一部(尿管と膀胱との接続組織)を切除する手術です。

* 尿管部分切除:尿管のがんができた部分とその周りの健康な組織の一部を切除する手術です。その後、尿管の端を再びつなぎ合わせます。この治療は、がんが表在性で、尿管のうち膀胱に近い下部3分の1の範囲内にある場合に行います。 」

「他の種類の治療は、臨床試験で検証中です。これらには、以下のものがあります。

[中略]
腎盂の部分切除

この手術方法は、腎臓全体を切除することなく腎盂から限局性がんを切除します。部分切除は、もう1つの腎臓に障害があるか既に切除されている場合に腎機能を保存するため行うことがあります。 」

つまり、尿管癌においても腎臓の全摘は標準治療の範囲内であり(この場合、腎臓に病巣があるかどうかは触れていません。)、腎臓を残す手術は癌の発症部位が一定の条件を満たす場合において可能であるか、あるいはやはり検証中の治療として可能性があるか、という程度のことだというわけです。この部分は専門家向けのページでは、

「腎盂新生物が同時に両側に生じることはまれであり、異時的な対側上部尿路腫瘍の発生確率も低く、また、もとの腎盂腫瘍と同側の尿管の遠位における腫瘍再発の危険度が高いため、腎盂の移行上皮癌および尿管癌の大部分の患者に対し膀胱カフ切除を伴う腎尿管全摘術を施行するのは合理的である。」

と腎臓を含めた全摘を合理的としたうえで、部分切除が可能な場合についての検討方針が述べられています。(以下はかなり専門的な記述になるので省略しますが、おおよそは、尿管から腎盂にかけての再発危険性に注意せよ、という内容です。)

つまり尿管がんにおいても、腎臓の全摘が不適切であると主張する専門家がいるとしたら、その方は標準治療からの逸脱について、十分な説明の責任を負うといっていいでしょう。

さらにいうと、これらの治療について、病巣を取り除いた後に腎臓を戻す自家腎移植は選択肢として挙げてありません。おそらくは「部分切除」の一術式ということではあるのでしょうけれど、少なくとも「戻せるなら戻さなければならない」という乱暴な記述はありません。

それにしても毎日新聞は、自らの報道した記事の内容にたいし、ちょっと突っ込めばすぐボロの出る、その突っつきどころを自分の紙面の他のところにわざわざ載せたりと、ずいぶんと不思議なメディアです。

追記:一箇所訂正しました。(2月26日21時14分)
2007/02/26 Mon 12:26:04
URL | 語学教師 #va74bd7o[ 編集 ]
>語学教師さん
コメントありがとうございます。


>あちこちでたいへんそうですね(^_^;)。こちらへのご返事などは
>なしでかまいませんので

……(^^ゞ ありがとうございます。


>とりあえず公開されている標準治療の日本語版サイト

情報ありがとうございます。


>今回症例の調査に当たっている「諸専門家」が腎臓癌に対する全腎摘を
>「不適切」と断定するのであれば、それは標準治療を逸脱する、特殊な
>意見の表明であって、その点について彼らには説明義務が生じる
>尿管がんにおいても、腎臓の全摘が不適切であると主張する専門家が
>いるとしたら、その方は標準治療からの逸脱について、十分な説明の
>責任を負う

今回症例の調査に当たっている「諸専門家」は、この点を説明してほしいです。新聞記者や医療問題に詳しいジャーナリストは、質問してみればいいのにと思います。


>毎日新聞は……すぐボロの出る、その突っつきどころを自分の紙面の他のところにわざわざ載せたりと、
>ずいぶんと不思議なメディアです

確かに不思議ですね。
紙面で分かるくらいなのだから、社員同士で連絡を取り合って、確かめてみたらいいでしょうに。そうしたら、「日本移植学会の幹部の言い分は根拠がなかった」なんて、大反響を呼ぶ記事になるかもしれないのに。
2007/02/27 Tue 23:02:54
URL | 春霞 #Gu2JBjds[ 編集 ]
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日本移植学会が昨日臨時理事会を開いたようです。その場で、万波医師の行った病気腎移植を厳しく批判する声が出てきました。批判の点は2点。まずは、「病気腎の摘出」。正当な手続きを踏んで、行われていないのではないか。「摘出」しなくても良い症例だったのではな
2007/02/25(日) 09:41:42 | いいかげん社長の日記
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