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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2007/01/11 [Thu] 01:38:51 » E d i t
週刊文春2007年1月18日号(1月10日発売)では、女性ライターばかりが書いた「天下御免ワイド 『女はそれを我慢できない』」という特集(38頁~)が組まれていました。その中で「『代理出産』向井亜紀の『正論』にマジうんざり」という表題で、北大路公子氏が向井亜紀さん非難をしていました。この記事を紹介してコメントしたいと思います。


1.週刊文春2007年1月18日号(1月10日発売)39頁~

 「「代理出産」向井亜紀の「正論」にマジうんざり   北大路公子

 向井亜紀は怖い。いかにも明るく率直で前向きかつ健気なのが怖い。その1つ1つを取り出して「どう?」と尋ねられたら、「いいことですね」としか言いようがないところが怖い。世の中にはまるで宗教のようにポジティブな考え方を自らに課す人々がいるが、そういったポジティブ教の人々がまるで高速で回転する独楽(こま)のように、周囲をはじきながら進み続ける印象があるのに対し、向井亜紀の「前向き」はやや異なる。全速力で空回りし、どこにも進まない。それも怖い。

 6年くらい前に朝のワイドショーの司会をやっていた時、彼女はよく泣いた。残忍な犯罪に泣き、世の不条理に泣き、人情に泣いた。そしてそれは、徳光和夫のような「あーまた泣いちゃったよ、はいはい」という周囲の(生温かい)コンセンサスを最後まで得られなかったと記憶している。コンセンサスがないから、当然フォローもない。彼女の涙は何か気まずいものでも見てしまったかのように、スタジオ内に必ず一瞬の沈黙をもたらした。私なんて何度そこでチャンネルを替えたことか。いたたまれなくて。そのいたたまれなさは泣き場面だけではなく、たとえばゲストとのトーク場面でも「はしゃぐ」という形で発揮された。はしゃぐというか、大げさな相槌をひたすら打つだけというか、要するに空回り。私はそれを見るたびに、こんなにホスト役に不向きな人をどうして起用しちゃったのだろうと勝手にドキドキしたものだ。

 他人(犯罪者や芸能人)の存在に泣いたりはしゃいだりすることで彼女自身の率直さや健気さ、まあ正義と言い換えてもいいわけだが、それを表現していたのではないかと気づいたのは、かなり後になってのことである。「凶悪犯罪に涙する私は真っ直ぐ」「こんな素晴らしい芸能人と友達の私は善人」、本当にそう思っていたかどうかは知らないが、そう感じさせる空気が空回り感を助長させたのは確かだ。

 今、向井亜紀は、代理出産問題の渦中にある。渦中っつっても自分で巻いた渦だが、代理出産自体の是非は別として(個人的には反対)、一連の彼女の言動はやはりどうにも居心地が悪い。経過のほとんどすべてを会見や著書、テレビ番組、公式HPといった媒体を通じて公表し、さらには「高田の優秀な遺伝子を残したい」「他の女性との間に子供をつくってもいい」「私を(代理出産の)サンプルに」「実母として認めてほしいわけではない。子供たちに説明できる(出生届不受理の)理由を教えてほしい」などと発言する。ここから導かれるのはやはり「率直で健気で前向きな私」だ。

 でもそれは結局のところ、あのワイドショーの涙と同じではないか。夫や子供や不妊に悩む人々といった、罪のない存在を前面に押し出すことで、自らの正義を訴える。「自己犠牲にあふれた一生懸命な私は正しい」。いや、だからそう思っているかどうかは知らないが、雰囲気はそうだ。自分に酔っているといってもいい。当然、「わかっててやったことだろう」というシンプルな批判を封じこめることはできても、空回りはますます加速する。

 向井亜紀は本当は前向きではなく、内向きだ。自分の正義ばかり見ている。だから進まない。早く気づくといいのに。」




2.北大路氏が向井亜紀さんを嫌っている感じがよく出ている文章です。逐一コメントしてみます。


(1)
 

 「向井亜紀は怖い。いかにも明るく率直で前向きかつ健気なのが怖い。その1つ1つを取り出して「どう?」と尋ねられたら、「いいことですね」としか言いようがないところが怖い。世の中にはまるで宗教のようにポジティブな考え方を自らに課す人々がいるが、そういったポジティブ教の人々がまるで高速で回転する独楽(こま)のように、周囲をはじきながら進み続ける印象があるのに対し、向井亜紀の「前向き」はやや異なる。全速力で空回りし、どこにも進まない。それも怖い。」



向井亜紀さんの「明るく率直で前向きかつ健気な」態度も1つの個性ですし、それ自体では誰の利益を侵害するものではないのですから、そういった個性は「人格権」(憲法13条)の1つとして保障されていると解釈できます。

そうであれば、向井亜紀さんのような態度も尊重するのが、憲法上、あるべき態度というべきなのですが、北大路氏は「怖い」という気持ちで嫌悪感を露にし、「空回り」していると揶揄するのです。さほど問題ない態度でさえ、嫌悪され揶揄されるのですから、なかなか住みにくい日本であるといえます。



(2)
 

 「6年くらい前に朝のワイドショーの司会をやっていた時、彼女はよく泣いた。……ゲストとのトーク場面でも「はしゃぐ」という形で発揮された。はしゃぐというか、大げさな相槌をひたすら打つだけというか、要するに空回り。私はそれを見るたびに、こんなにホスト役に不向きな人をどうして起用しちゃったのだろうと勝手にドキドキしたものだ。」



北大路氏は、向井亜紀さんの態度が「空回り」していると判断したのは、ワイドショーでの司会を見た印象が最初のようです。ただし、かなり感覚的な判断です。相槌であっても、「大げさな相槌」と感じてしまうのですから。

「ドキドキ」するくらいなら、見なければいいのにと、素直に思うのですが、北大路氏は、見ないという「前向き」な態度は嫌う性格のようですから、見ていたのかもしれません。



(3)
 

 「他人(犯罪者や芸能人)の存在に泣いたりはしゃいだりすることで彼女自身の率直さや健気さ、まあ正義と言い換えてもいいわけだが、それを表現していたのではないかと気づいたのは、かなり後になってのことである。「凶悪犯罪に涙する私は真っ直ぐ」「こんな素晴らしい芸能人と友達の私は善人」、本当にそう思っていたかどうかは知らないが、そう感じさせる空気が空回り感を助長させたのは確かだ。」



北大路氏は、この文章以降、「正義」という言葉を多用します。北大路氏によると「彼女自身の率直さや健気さ、まあ正義と言い換えてもいい」と述べているので、正義=率直・健気・前向き、という意味と理解しているようです。しかし、かなり、通常の「正義」の意義と異なるので、ひどく違和感がある使い方です。

(国語)せいぎ1【正義】 (三省堂「大辞林 第二版」より)

(1)正しい道義。人が従うべき正しい道理。
「―を貫く」
(2)他者や人々の権利を尊重することで、各人に権利義務・報奨・制裁などを正当に割り当てること。アリストテレスによると、名誉や財貨を各人の価値に比例して分配する配分的正義と、相互交渉において損害額と賠償額などを等しくする矯正的(整調的)正義とに分かれる。また、国家の内で実現されるべき正義には自然的正義と人為的正義とがあり、前者が自然法、後者が実定法につながる。国家権力の確立した社会では、実定法的正義は国家により定められるが、これは形式化・固定化されやすい。そこで、各人がその価値に応じた配分を受け、基本的人権を中心とした諸権利を保障されるべしという社会的正義の要求が、社会主義思想などによって掲げられることになる。公正。公平。
(3)正しい意味。正しい解釈。経書の注釈書の名に多用された。
「五経―」」



「率直・健気・前向き」は性格の1つであって、個性の1つに過ぎませんが、北大路氏は「正義」感を感じると「空回り」していると揶揄し、先ほど述べたように「怖い」と感じて嫌悪感を抱くのです。

このように、北大路氏は、正義感に嫌悪するのですから、正義感を抱かない或いは抱けない持ち主であろうと推測できますし、また、正義感に基づく行動や態度を揶揄するのですから、かなり歪んだ性格の持ち主であろうと推測できます。こういう性格もまた1つの個性ではありますが。

しかし、正義感を押し付けているのでもないのに、正義感に基づく行動を揶揄すると、正義感に基づく言動が萎縮しかねず、規範意識がさらに低下し、ひいては犯罪を助長しかねません。北大路氏の言動は不健全な言動といえます。



(4)
 

 「今、向井亜紀は、代理出産問題の渦中にある。渦中っつっても自分で巻いた渦だが、代理出産自体の是非は別として(個人的には反対)、一連の彼女の言動はやはりどうにも居心地が悪い。経過のほとんどすべてを会見や著書、テレビ番組、公式HPといった媒体を通じて公表し、さらには「高田の優秀な遺伝子を残したい」「他の女性との間に子供をつくってもいい」「私を(代理出産の)サンプルに」「実母として認めてほしいわけではない。子供たちに説明できる(出生届不受理の)理由を教えてほしい」などと発言する。ここから導かれるのはやはり「率直で健気で前向きな私」だ。」



日本人の中で代理出産行った家族は、ほとんどが隠れて行っていることから、公表されているのは数件にすぎず、裁判になったのは(向井夫妻の裁判を含めて)2件にすぎません。

このように隠れて行っているのが一般なのに、隠していたとしても私事が暴露されてしまうのが芸能人です。要するに、芸能人はプライバシー権(憲法13条)の保護の範囲が狭いのです。だから、芸能人はどういう形であれ、かなりのプライバシーを公表せざるを得ないわけです。それなのに、北大路氏は、「自分で巻いた渦」と言い放つのですから、向井亜紀さんは気の毒です。


代理出産の公表・裁判について、向井亜紀さんが代理出産を選択した理由についてきちんと説明することは、自己決定権を行使した理由、選択の自由を行使した理由を明らかにしたことなのですから、単に何も考えずに行動したのではなく、どういう理由であろうと考えて行動したことを意味し、社会的に価値のある行動です。

しかし、北大路氏は、「居心地が悪い」という感情論で反発し、「率直で健気で前向きな私」に嫌悪感を抱くわけです。「論理に対しては論理で答える」のがスジであり、それでこそ説得力が生じるのですが、北大路氏は「論理に対して、感情で反発する」のです。感情論を言い放つ北大路氏の言動に対しては何ら説得力が感じられません。



(5)

 「でもそれは結局のところ、あのワイドショーの涙と同じではないか。夫や子供や不妊に悩む人々といった、罪のない存在を前面に押し出すことで、自らの正義を訴える。「自己犠牲にあふれた一生懸命な私は正しい」。いや、だからそう思っているかどうかは知らないが、雰囲気はそうだ。自分に酔っているといってもいい。当然、「わかっててやったことだろう」というシンプルな批判を封じこめることはできても、空回りはますます加速する。

 向井亜紀は本当は前向きではなく、内向きだ。自分の正義ばかり見ている。だから進まない。早く気づくといいのに。」



代理出産は、向井夫妻で決定した問題ですから「夫」である高田さんの問題でもあるわけです。また、通常は、不妊夫婦であることが当然の前提ですから、向井夫妻の行動は、「不妊夫婦の1代表」として、裁判を行っているといえます。芸能人であるがゆえに、名前を公表せざるを得なかったとはいえ、名前を公表して裁判を行っているのですから、日本社会に向けて、代理出産の是非を問うているという社会的価値ある行動でもあります。

このように、代理出産は「妻」だけの問題ではなく、夫や不妊夫婦一般に関わるのに、北大路氏は、「夫や……不妊に悩む人々といった、罪のない存在を全面に押し出す」と言ってしまい、代理出産の問題をきちんと理解していないのです。

北大路氏は、代理出産問題をよく理解すべきです。もっとも、「論理に対して、感情で反発する」タイプですから、代理出産問題をよく理解することは無理かもしれません。


北大路氏は、「前向き=正義」と定義づけておきながら、向井夫妻が代理出産問題について多くの媒体や団体で意見を述べているのに、最後の最後に、「向井亜紀は本当は前向きではなく、内向きだ。自分の正義ばかり見ている」と、「前向き」と正反対の意味である「内向き」とひっくり返して見せるのです。

いきなりひっくり返して見せても、唐突過ぎて論理が不明です。もしかしたら、「自分に酔っている」から、内向きと理解したのかもしれませんが、「自分に酔っている」はずと感じたのは北大路氏の感覚にすぎませんから、感覚に基づいて「内向き」と言ってみても説得力がありません。北大路氏はもっと論理をつめて欲しいです。


「だから進まない。早く気づくといいのに」との文章は、今回の北大路氏の言動全体を象徴的に示す部分であると感じています。この文章の意味は、「早く気づく」と、進む=世の中(北大路氏)の共感を得られるという意味でしょうから、

「率直・健気・前向きな態度は止めたらどうか? 世の中に変革をもたらすような自己主張は止めたらどうか?」

というわけです。
言い換えれば、代理出産問題が女性だけの問題ではないのに、女性(向井亜紀さん)だけを目の敵にして非難し、女性の大路氏が、女性の向井さんが発言することを控えろと非難するのです。

しかし、自分と自分の家族の問題について、自己主張することは自己決定権(憲法13条)の行使の1つですから、少しもおかしなことではないのに非難するのですから、不当な非難です。

女性自ら女性の発言・行動を控えるよう批判する。まさに「女性の敵は女性」を象徴するような文章なのです。




3.北大路氏は、自分はいいたい放題言っていますが、そういう言動も表現の自由(憲法21条)の行使でありそれが憲法上保障されています。他方で、向井亜紀さんが自己の行動について表明することもまた、表現の自由として保障されているのです。

それをどうして、向井亜紀さんに対して、「早く気づけばいいのに=言うのを止めたらいいのに」と言うのでしょうか? 自己に保障された権利は他人にも保障されていることが理解できないのでしょうか? 今回の北大路氏の文章を読むと、人権というものを少しも理解していないように疑念を持たざるを得ないのです。
コメント
この記事へのコメント
春霞様 こんばんは
>向井亜紀さんは気の毒です
全くです。兎に角酷すぎる。
しかし、春霞様は流石です。
私は理系ですが、こうした非論理的な駄文は反論する気すら起きません。
反論したとて、単に感情的に「下劣だ」としか言えないでしょう。
読ませて頂いて、思わず笑ってしまいました。
調子に乗って向井さんのブログにリンクを勝手に張らせて下さい。
2007/01/11 Thu 21:54:04
URL | Canon #yYfDAmAg[ 編集 ]
>Canonさん
コメントありがとうございます。

>読ませて頂いて、思わず笑ってしまいました。

笑ってもらえて良かったです。
どんな感情論であっても、マジメに論理的に検証するのが身上です(汗)


>調子に乗って向井さんのブログにリンクを勝手に張らせて下さい。

リンクは自由です。連絡ありがとうございます。


さて。一応、エントリーとして扱ってみたのですが。ブログではだーれも触れていないようです。向井亜紀さんのブログは別としても。

だーれも書かない理由は、(失礼ながら)北大路氏程度のライターが書いても関心を呼ばないのか、それとも、表題を見ただけで興味が持てないのか……、どちらなんでしょうね? 
個人的には、後者かと。「正論はマジうんざり」なんて、「向井亜紀さんの主張は正論だと認めたわけ?  で、正論がイヤってこと? 正論を書いている週刊文春なのに? それを言っちゃおしまいよ」と思うので。

新聞広告や電車内での広告では、週刊文春での北大路氏の寄稿は、かなり大きく扱っているので、週刊文春としては、北大路の文章を起爆剤にしようとしたのでしょうが、当てが外れたようです。
2007/01/12 Fri 01:58:42
URL | 春霞 #Gu2JBjds[ 編集 ]
北大路氏の文章は、“こう書けば読者が食いつくだろう”という考えが見えます。しかも、さりげなく代理出産を否定してる所に嫌らしさを感じます。
こういう文章を書く人に、芸能人分析やテレビ批評は無理でしょう。
まず、“女はそれを我慢できない”という題名からしてウケ狙い……
今は面白く、マトモにテレビ批評できる雑誌、人がないです。悲しい。
2007/01/12 Fri 06:23:12
URL | 鞍縞 #-[ 編集 ]
>鞍縞さん
コメントありがとうございます。

>北大路氏の文章は、“こう書けば読者が食いつくだろう”という考えが
>見えます。

言われてみればそうかも。読者に「食いつかせよう」という意図が見透かされるようだと、読者は白けてひいてしまうでしょうね。白けたら、誰も食いつかず……(汗)


>しかも、さりげなく代理出産を否定してる所に嫌らしさを感じます。

否定することで(向井さん嫌いの)読者受けを狙った!?のでしょうが……。代理出産肯定派としては、代理出産否定と結論だけ出されても「理由はないの? これも感情論?」と思ってしまいます。


>今は面白く、マトモにテレビ批評できる雑誌、人がないです。悲しい。

マトモなテレビ批評家としては、ナンシー関さん(故人)を思い浮かべますが、ご存知でしょうか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%BC%E9%96%A2

今は誰なんでしょう? 鞍縞さんと同じように、あまり思い浮かびませんね。
2007/01/13 Sat 23:23:04
URL | 春霞 #Gu2JBjds[ 編集 ]
故・ナンシー関さん
お恥ずかしながら私、故・ナンシー関さんのファンでして……(照)。著作はほとんど読みました。
多分、ナンシーさんは最後にして最高のテレビコラムニストだったと思います。面白い着眼点と文章、何より「ウケ狙い」が感じられない所が好きでした。
さすがに今読み返すと話題が古いのですが(汗)。仕方ないですよね。

週刊文春の「女はそこが我慢できない」、他の方のも読みましたが……
やはり、北大路氏と同じく「ウケ狙い」色が濃い気がします。
あくまで人・番組を分析するのに、そんなものはいらないと思うのですが……
2007/01/14 Sun 00:38:31
URL | 鞍縞 #23/F9VpE[ 編集 ]
>鞍縞さん:故・ナンシー関さん
続けてのコメントありがとうございます。

>お恥ずかしながら私、故・ナンシー関さんのファンでして……(照)

おお! ナンシー関さんファンと出会えるとは! かなり嬉しい。ナンシー関さんが生きていたら、冴えたテレビ批評が読めたのにと思います。

でも、まだ若い鞍縞さんがナンシー関さんファンとは……思っても見ませんでした(汗)。つい、「ご存知でしょうか?」と問い掛けてしまいました。


>週刊文春の「女はそこが我慢できない」、他の方のも読みましたが……
>やはり、北大路氏と同じく「ウケ狙い」色が濃い気がします。

そうですね。「ウケ狙い」の意図はあるでしょう。
女性ライターみんな「ウケ狙い」だと、(編集部で内容をいじった場合は別として)「女性ライターの能力が低下したな~」と読者に思われてしまいそう。

私と鞍縞さんには、無意識のうちに「ナンシー関」基準があるので、つい厳しく読んでしまうのかもしれませんが(^^ゞ 
2007/01/14 Sun 23:17:55
URL | 春霞 #Gu2JBjds[ 編集 ]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2012/11/11 Sun 01:23:20
| #[ 編集 ]
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