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2006/12/20 [Wed] 00:13:09 » E d i t
ウィニー(Winny)著作権法違反裁判については、ネット上で幾つか解説がなされています。それを幾つかありますが、その中でも2人の弁護士の解説を紹介し、論評を加えてみたいと思います。


1.ウィニー(Winny)事件判決について、少しおさらいをしておきます。なお、手続上の瑕疵(刑事訴訟法上の問題)もあるとは思いますが、刑法上の問題に限って、おさらいをします。

(1) 「ウィニー著作権法違反裁判~京都地裁平成18年12月13日判決へのコメント」で触れたように、この事案では、特に次の2点が問題となりました。

この事案において、刑法上最も重要な点は、次の2点であると考えます。まず、1点目は、ファイル交換ソフト「Winny(ウィニー)」は、「著作権法違反行為を助長するために制作・配布されたプログラム」、「著作権侵害のために作られたソフト」であり、Winny(ウィニー)を開発・公表したこと自体で、従犯の成立要件を満たすのではないか、という点です。


この1点目について、京都地裁は、ウィニーは、「著作権侵害のために作られたソフト」でなく、価値中立的なものであると評価して、ウィニーを開発・公表したこと自体で、従犯の成立要件を満たすものではないと判断しました。そこで、

「Winny(ウィニー)」の性格は価値中立的なものであるとすると、そのような中立的なソフトを利用者が悪用し違法行為を行った場合、そのような中立的な性格を有するソフトの開発者には従犯が成立するのかどうかが問題となります。すなわち、中立的行為(日常的行為)をすべて従犯としてよいのか否か、いわゆる「中立的行為による幇助」とか、「日常的行為と幇助」と言われている論点が問題となっているのです。これが2点目です。 (「日常取引と共犯」という言い方もあります)


要するに、金物屋Aが包丁をBに売った場合に、その包丁を使ってBが人に傷害を負わせたら、包丁は傷害を容易にしたといえます。そうなると、包丁を売ったAには常に傷害罪の幇助犯が成立することになりますが、それではあまりに処罰範囲が拡大しすぎです。日常的取引では常に他者の犯罪に役立ちうるのですから、常に処罰されるようだと日常的取引が不可能になってしまうからです。

他方で、店の前でBがCらと喧嘩をしており、その途中で、Bが包丁を買いに飛び込んできたときに販売した場合には従犯を認めるべきでしょう。あまりにもはっきりとした形で具体的に正犯者を手助けしているのですから、処罰の必要性が高いからです。

そこで、日常的取引・中立的行為について処罰が拡大しないように、いかに従犯の成立を限定するのか、この2つの事例の結論の差異をどういう基準で区別するのかが問題となってくるのです。これが、「中立的行為による幇助」とか、「日常的行為と幇助」と言われている問題点です。」


朝日新聞12月14日付は、「ウィニー有罪 開発者が萎縮する」との表題での社説の中で、

「運転手が速度違反をしたら、速く走れる車をつくった開発者も罰しなければならない。そんな理屈が通らないのは常識だと思っていたが、ソフトウエアの開発をめぐってはそうではなかった。ファイル交換ソフトのウィニーをつくって公開した元東大助手が、著作権法違反幇助(ほうじょ)の罪で京都地裁から有罪判決を受けた。」

と触れていますが、これは 「中立的行為による幇助」の議論に端的に言及したものであって、正しい理解です。速度制限以上に速度が出せる自動車を製造することは、日常的取引行為・中立的行為ですが、自動車を使って速度違反(犯罪)を行うことができるのだから、速度違反者(正犯)がいたら開発者は幇助犯として処罰されてしまうのではないか、ということですから。

そのほかにも、「概括的な故意」「片面的従犯」の問題もあるのですが、言及すること自体は意味あることですが、その点については処罰することで殆ど一致していますので、特に問題視すべきではありません。(他にも、弁論要旨を読むと色々と問題点を指摘していますから、それは弁論要旨をご覧下さい。最後にサイトを紹介しておきます)

重要な2点のうち、1点目の評価はほとんど技術的な問題に関わるので、この判例の刑法の部分に関する解説としては、2点目が最も重要です。この視点でもって紹介・論評していくことにします。


2.2点目、すなわち「中立的行為による幇助」(「日常的行為と幇助」・「日常取引と共犯」)について触れている解説で、もっとも優れたものは、「寄稿:小倉秀夫弁護士:Winny裁判を考える なぜ「幇助」が認められたか(2006年12月19日 09時12分 更新)」です。一部引用します。

 「――ネット上では、「では、殺人犯に包丁を売った店主は、殺人罪の幇助犯になるのか」みたいな議論が行われていて、納得してしまう人も多いようなのですが、その点についてはどう思いますか?

 それは、「中立的行為による幇助の可罰性」問題ですね。

――それはどういうことですか?

 ここでいう「中立的行為」というのは、相手が特定の犯罪を犯す意思があろうとなかろうと同じように物や役務を提供する行為のことをいいます。「包丁を売る」という行為もそうですし、例えば「タクシーが客の指示する場所まで客を乗せて走る」という行為もそうです。そういう中立的な行為によって正犯による犯罪に実行が容易になった場合に、未必の故意があれば(例えば、このお客さんはこの包丁を用いて人を刺し殺すかもしれないけれども、それでも構わないと考えていたとすれば)幇助犯として刑事責任を負うというのはいかにも酷ではないかということで、幇助犯としての処罰範囲を限定する方向で様々な学説が提案されている状況です。

――Winnyは、他人の著作物をアップロードすることにも使えるけれども、自作のポエムを配布するのにも使えるから、Winnyを公衆に提供する行為は「中立的行為」ということになるのですね。

 そうです。京都地裁もさすがにそのことは理解していて、「判決の骨子」では、「被告人がいかなる目的の下に開発したかにかかわらず、技術それ自体は価値中立的であること、さらに、価値中立的な技術を提供すること一般が犯罪行為になりかねないような、無限定な幇助犯の成立範囲の拡大も妥当ではないことは弁護人らの主張するとおりである」と判示しています。

――そういう場合、普通は幇助犯の成立範囲をどうやって限定するのですか。

 この論点についてはいまだ通説がないので、「普通」といわれると難しいです。当該行為がなかったとしても、正犯者または第三者の行為により代替されていたであろうという場合には、当該行為は具体的結果発生の危険を高めていないとして、「幇助の因果性」を欠くとするアプローチが1つあります。包丁の例でいうと、その刃物店がその正犯者に刃物を販売しなかったとしても別の刃物店が販売していたであろうという場合には、その正犯者に刃物を販売することによってその正犯者が人を刺し殺すという具体的結果発生の危険が高まっていないとして幇助の成立を否定する考え方です。ただし、この考え方を基本的に支持する論者は、正犯者または第三者の代替的行為を考慮対象から外すためのサブルールを様々に提唱して具体的妥当性を確保しようとするので、なかなか分かりにくかったりします。

――Winnyの場合はどうなるのですか?

 金子さんがWinnyを開発する前からWinMXなどのピュア型P2Pファイル共有ソフトは広く入手可能だったので、金子さんがWinnyをAさん(正犯)にダウンロードさせたからといって、Aさんによる「スーパーマリオアドバンス」の送信可能化という具体的結果の発生の危険を、その手段の提供により高めたとはいえないとすることは可能かもしれません。サブルール次第では結論が逆になる場合もあり得ますが。

 他方、WinMXなど既存のピュア型P2Pファイル共有ソフトの利用者がIPアドレスなどから氏名などを特定されて検挙され始めたという状況下で、IPアドレスなどからでは容易に氏名などの特定をされることなくファイル共有を行うソフトがWinny以外には事実上入手困難だったという場合は、匿名性の提供による犯行意思の強化により、Aさんによる「スーパーマリオアドバンス」の送信可能化という具体的結果の発生の危険を高めたということも可能でしょう。

 もっとも、今回の裁判で審理の対象となっているのは、Winny2をダウンロードさせたことについてなので、そうなると、Winny2をダウンロードさせなかったとしてもWinny1が代替原因となっていたはずであり、幇助の因果性がないのではないかという議論もあり得なくはありません(ただWinny1とWinny2は提供元が一緒なので、幇助の因果性を排除しない可能性はありますが)。

――何だか難しい議論ですね。今回京都地裁はそういうアプローチを採用したのですか?

 いいえ。「判決の骨子」によれば、「結局、そのような技術を実際に外部に提供する場合、外部への提供行為自体が幇助行為として違法性を有するかどうかは、その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識、さらに提供する際の主観的態様如何によると解するべきである」とされています。

――そういうアプローチって、有力なんですか?

 ぜんぜん。「その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識」の部分については、犯罪結果を発生させる蓋然性(がいぜんせい)が相当程度高い場合にしか幇助の因果性の「相当性」を認めないのだとする意図なんだと善解できなくはないですが。」


このように明快に「中立的行為による幇助」に関する議論について触れています。もちろん、「中立的行為による幇助」の議論としても、この事案で幇助犯を認めていいのか疑問がありますし、他の点でも結論の部分に異論はあるとは思います。ですが、「中立的行為による幇助」に限らず、他の問題点も十分に正しく言及していますので、読む価値のある解説だと思います。ぜひご覧下さい。

もっとも、すべて正しいというわけではなく、間違っている部分があると指摘するブログ(「壇弁護士の事務室」さんの「事件の論評」)もあります。こちらもご覧下さい。



3.これに対して、「元検弁護士のつぶやき」さんの「「●高性能車とウィニー」は、「中立的行為による幇助」というキーワードが一切出てきていません。朝日新聞の社説を批判した部分を一部引用します。

 「つまり
  速度違反が容易になったらいいな (積極的認容)
または
  速度違反が容易になっても仕方がないな (消極的認容)
というのが、速度超過幇助における認容ということになります。

 
 そして速度違反幇助における幇助行為とは、個々の速度違反の場面において、運転者による車の加速行為を運転者以外の者が容易にすることです。

 しかし、その車が如何に高性能であったとしても、提供するだけでは個々の速度違反の場面における加速行為自体を容易にするとは言えません。
 アクセルを踏むか踏まないかは、その場における運転者の判断にかかっているからです。
 車の開発行為や販売行為は、その場における運転者の判断に影響するものとは言えません。

 じゃあウィニーも同じじゃないのか、という意見もあると思いますが、違うというのが私見です。

 ウィニーは、客観的にみて個々の著作権侵害行為を容易にしていると認められます。
 その最も大きな要素は、ron さんが説明してくださった匿名性だろうと思っています。」


朝日新聞の社説について批判することは自由ですし、幇助の故意や幇助行為について丁寧に説明するのもいい事だと思います。

しかし、この記述では、「中立的行為による幇助」の議論を知らずに批判しているとしか、読めません。「中立的行為による幇助」の議論は、日常的取引・中立的行為による幇助は、

「何らかの意味で犯行を容易にし、しかもそれを関与者が未必的にも認識しているような場合」(松宮孝明著「刑法総論講義」269頁)

であっても、幇助犯の成立を限定すべきではないかという議論なのですから。いくら、「幇助行為」があるとか「認容」を詳しく説明しようと、議論を深めることができないのです。



4.法律論に限ったことではないのですが、裁判など争いが生じた場合に、問題点はどこにあるのか、どういう対立する見解があるのか、しっかり把握した上で議論をするべきなのです。この2つの弁護士の解説を見比べて、どちらが「しっかり把握した上で議論」をしているのか、よく検討してみると良いと思います。

なお、弁論要旨が公開されていますので、ぜひ読んでみることをお勧めします。どういう弁護をしたのかが分かりますから(「壇弁護士の事務室」さんの「弁論要旨公開版」)。

テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

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コメント
この記事へのコメント
いわずもがなですが
 私はまだウィニー判決について論評していません。
 私が批判したのは朝日の社説です。

 報道された範囲での判決要旨に基づいて意見を述べておられる諸先生を批判するつもりはありませんが、本件のような微妙な事案で判決全文を読まずに判決を批判することはできないというのが私の考えです。
 壇弁護士は本件の弁護人なのですから、事案と争点を誰よりも把握されていることは当然でしょう。
2006/12/20 Wed 01:20:27
URL | モトケン #CKyOUH4I[ 編集 ]
>モトケンさん
お久しぶりです。コメントありがとうございます。


>私はまだウィニー判決について論評していません。
>私が批判したのは朝日の社説です。

朝日新聞の社説はウィニー判決の論評ですし、「中立的行為による幇助」の説例の1つと理解できますから、その社説を批判しておいて、「ウィニー判決について論評をしていない」という説明はちょっと苦しい気がします。


>本件のような微妙な事案で判決全文を読まずに判決を批判することは
>できないというのが私の考えです。

まだ一審段階ですし、微妙な点も含んでいるといえるでしょうから、モトケンさんののお考えを否定するつもりはありません。

ただ、金子氏のウィニー事件については「中立的行為による幇助」の論点が含まれているとの指摘は、2年前ぐらいからなされていますし、西田典之教授の著書(平成18年3月出版)でも明示しています。報道で出ている京都地裁判決の判決文でも、「中立的行為による幇助」が意識されていることが伺えます。

そうすると、「中立的行為による幇助」が論点となっていることは、前々からはっきりしているといえるかと思います。そこで、朝日新聞の社説を引用しつつ、モトケンさんのエントリー中の、「中立的行為による幇助」にあたる部分を引用して、比較させて頂きました。


>壇弁護士は本件の弁護人なのですから、事案と争点を誰よりも把握
>されていることは当然でしょう。

壇弁護士のブログの引用は、小倉弁護士の見解への補充と、弁論要旨を読んでいただくためです。
小倉弁護士とモトケンさんの見解を引用・比較したのであって、壇弁護士とモトケンさんの見解を比較していませんが……。少し誤解なされているように感じられます。


モトケンさんのウィニー判決に関するエントリーでは、多くの読者が朝日新聞の社説の事例を巡って素晴らしい議論を行っています。しかし、今一歩議論が足踏みしているように感じられます。それは、おそらく「中立的行為による幇助」という論点をご存じないからだと思いました。そこで、「中立的行為による幇助」という論点を知って頂き、議論を深めるための一助となるべく、TBさせて頂きました。
2006/12/21 Thu 23:36:28
URL | 春霞 #Gu2JBjds[ 編集 ]
京都地裁判決の立場
初めてコメントさせていただきます。(いつも読んではいますが)

18日のエントリで「中立的行為による幇助」の学説として2説をあげ,今回の判決は「多数説(A説)と同様の見解を採用したと評価できます」とされています。

一方,このエントリで引用されている小倉秀夫弁護士の寄稿では,判決のアプローチの仕方は有力なのかと聞かれて,「ぜんぜん」と答えています。

これは判決の立場は,以前のエントリで言うA説とも理解できるし,ABと違う第3説とも理解できると言うことなんでしょうか?
2006/12/22 Fri 11:27:01
URL | pipi #-[ 編集 ]
>pipiさん
はじめまして、コメントありがとうございます。

>いつも読んではいますが

ありがとうございます。これからも宜しくお願いします。


>今回の判決は「多数説(A説)と同様の見解を採用したと評価できます」とされています。
>一方……小倉秀夫弁護士の寄稿では,判決のアプローチの仕方は有力なのかと聞かれて,「ぜんぜん」と答えています。
>これは判決の立場は,以前のエントリで言うA説とも理解できるし,ABと違う第3説とも理解できると言うことなんでしょうか?

A説は幇助の認識(幇助の故意)で限定するものですが、京都地裁は、「認識」だけでなく、「さらに提供する際の主観的態様」すなわち、意図や目的・態度をも考慮するため、厳密には全く同じとはいえませんが、ともに認識を判断基準とすることを示していて、主観面で限定するという点では変わりがありません。ですから、今回の判決は「多数説(A説)と同様の見解を採用したと評価できます」としました。

A説は、書籍で明示しているのは西田典之教授くらいですが、西田教授の見解というだけで、有力説ですから、小倉弁護士が「判例のアプローチの仕方は有力なのかと聞かれて、『ぜんぜん』と答えて」いるのは解せません。小倉弁護士は、西田教授の考え方を知らないのかもしれません。

こういったことから、私は、小倉弁護士の理解と異なり、判例の立場は、A説と理解する方が自然であり、判例のアプローチの仕方は有力である(有力というより、多数説だと思いますが……)と考えています。ABと違う第3説と理解しない方がいいと思います。

ちなみに、小倉弁護士が引用している、「幇助の因果性による」というアプローチは、幇助犯の処罰範囲を実質的に限定しようという考え方です。いわば、実質的な判断基準なわけです。これに対して、私が引用した、A説やB説は、形式的な判断基準ですから、視点が違うのです。実質的な判断基準と形式的な判断基準とは必ずしも排斥する関係ではなく、補い合うこともできますから、3説目と評価してもしなくてもいいという感じでしょうか。
2006/12/23 Sat 22:52:31
URL | 春霞 #Gu2JBjds[ 編集 ]
ありがとうございます。
解説ありがとうございます。
春霞さんの法的分析は,共感する部分が多いですし,文献の引用などもしっかりされているので,これからも参考にさせていただきます。

「中立的行為による幇助」について自分なりにもう少し調べてみます。
2006/12/24 Sun 16:05:44
URL | pipi #-[ 編集 ]
>pipiさん
コメントありがとうございます。

>春霞さんの法的分析は,共感する部分が多いですし,

ありがとうございます。


>文献の引用などもしっかりされているので,

ここのブログで、私が述べていることをどれだけ信用し納得してもらえるかは、私個人の職歴を明らかにしていない以上、文献引用と論理のみです。なので、文献引用は必ず行っています。読んでいても引用していない文献もありますが。

文献を引用していますから、書名や論文名を見て、実際に調べて読んでみるのもいいと思います。またそこから新しい文献へつながる……。これこそ学問研究の醍醐味かと思います。
まぁ、「ここで春霞が引用しているのは本当かな? テキトーなことを書いて誤魔化しているじゃないか?」と疑って調べるというのも、もちろん「あり」ですが(汗)


>これからも参考にさせていただきます。

ありがとうございます。


>「中立的行為による幇助」について自分なりにもう少し調べてみます。

何かいい文献や考え方がありましたら、宜しかったらコメントお願いします。
2006/12/25 Mon 23:49:26
URL | 春霞 #Gu2JBjds[ 編集 ]
記事を拝見しました。
私が意見を言うと何かと問題ありそうなので、情報提供に留めておきます。
中立的行為による幇助の問題は台湾のeZpeer事件では真っ向から持ち出されて無罪となっております。弁論要旨の文末脚注に海外判例の抜粋がありますのでご笑覧ください。おそらく、原文を入手して紹介したものは他にないでしょうから。
2007/01/04 Thu 00:30:27
URL | Toshimitsu Dan #GTQKejeI[ 編集 ]
>Toshimitsu Danさん
はじめまして、コメントありがとうございます。

>記事を拝見しました

ありがとうございます。


>弁論要旨の文末脚注に海外判例の抜粋がありますのでご笑覧ください。

情報ありがとうございます。ぜひ参考にさせて頂きます。
2007/01/05 Fri 23:33:13
URL | 春霞 #Gu2JBjds[ 編集 ]
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スーパーマリオスーパーマリオ (''Super Mario'') は* 任天堂のテレビゲーム『スーパーマリオブラザーズ』、またはそれから派生した様々な「マリオシリーズ」のこと。 上記マリオシリーズの主人公「マリオ (ゲームキャラクター)|マリオ」のこと。または、
2007/07/13(金) 07:40:19 | なるみのblog
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