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2006/12/15 [Fri] 08:38:08 » E d i t
安倍政権が最重要法案と位置づける教育基本法改正案は14日午後、参院特別委員会で自民、公明の与党の賛成多数で可決されました。与党は会期末の15日、参院本会議で同改正案と防衛庁の省昇格関連法案などの成立をめざす方針です。
しかし、このまま教育基本法改正案を成立させてしまうと、禍根を残す教育基本法改正案の成立という結果を生じてしまうのではないでしょうか? 西日本新聞は12月15日付の社説で、この教育基本法改正案に付いて触れているので、紹介したいと思います。


1.西日本新聞平成18年12月15日付社説

 「「禍根を残す」は杞憂だろうか 教育基本法の改正

 「戦後」という時代の1つの転換点となるのだろうか。

 「教育の憲法」と呼ばれ、戦後教育を理念的に支えてきた教育基本法の改正案が、14日の参院特別委員会で可決された。参院本会議で採決され、成立する運びだ。

 1955年に保守合同で誕生した自民党は、この法律の改正を結党以来の悲願としてきた。歴代の首相が改正を志し、模索しては挫折してきた経緯を考えると、大願成就といえるだろう。

 「戦後レジーム(体制)からの脱却」を唱え、「戦後生まれの初の総理」を自任する安倍晋三首相の政権下で改正が実現することに、政治的な潮目の変化を読み取ることも、あるいは可能なのかもしれない。

 しかし、戦後のわが国にとって「歴史的な」という形容すら過言ではない法律の改正であるはずなのに、国民が沸き立つような期待感や高揚感を一向に共有できないのは、なぜだろう。

 「今なぜ、基本法を改正する必要があるのか」「改正すれば、わが国の教育はどう変わるのか」。こうした国民の切実な疑問が、残念ながら最後まで解消されなかったからではないか。

 政府や与党は、過去の重要法案に要した審議時間に照らして「審議は尽くした」と主張する。だが、ことは憲法に準じる教育基本法の改正である。

 幅広い国民的な合意の形成こそ、不可欠な前提だったはずだ。私たちは、そのことを何度も繰り返し主張してきた。国民の間で改正の賛否はなお分かれている。政府・与党が説明責任を十分に果たしたとも言い難い。

 教育は「国家100年の大計」である。その基本法を改めるのに「拙速ではなかったか」という疑義が国民にわだかまるようでは、将来に禍根を残さないか。改正が現実となる今、それが何よりも心配でならない。

 現行法は終戦間もない1947年3月に施行された。「われらは、さきに、日本国憲法を確定し」という書き出しの前文で始まり、憲法で定める理想の実現は「根本において教育の力にまつべきものである」と宣言した。

 教育勅語に基づく戦前の軍国主義教育に対する痛切な反省と断固たる決別の意識があったことは明らかだ。

 だが、「個人の尊厳」や「個人の価値」を重視するあまり、社会規範として身に付けるべき道徳の観念や公共心が軽視され、結果的に自己中心的な考えが広まり、ひいては教育や社会の荒廃を招いたのではないか。そんな改正論者の批判にもさらされてきた。

 改正教育基本法は、現行法にない「愛国心」を盛り込み、「公共の精神」に力点を置く。「個」から「公」へ軸足を移す全面改正ともいわれる。

 愛国心が大切だという考えは否定しない。公共の精神も大事にしたい。しかし、それらが教育基本法に条文として書き込まれると、国による教育の管理や統制が過度に強まることはないのか。時の政府に都合がいいように拡大解釈される恐れは本当にないのか。

 「それは杞憂(きゆう)だ」というのであれば、政府は、もっと丁寧に分かりやすく国民に語りかけ、国会も審議を尽くしてもらいたかった。

 折しも改正案の国会審議中に、いじめを苦にした子どもの自殺が相次ぎ、高校必修科目の未履修や政府主催の教育改革タウンミーティングで改正論を誘導する「やらせ質問」も発覚した。

 一体、何のための教育改革であり、教育基本法の改正なのか。論議の手掛かりには事欠かなかったはずだ。

 にもかかわらず、「100年の大計」を見直す国民的な論議は広がらず、深まりもしなかった。

 むしろ、教育基本法よりも改めるのに急を要するのは、文部科学省や教育委員会の隠ぺい体質や事なかれ主義であり、目的のためには手段を選ばないような政府の姑息(こそく)な世論誘導の欺まんだった‐といえるのではないか。

 現行法は国を愛する心や態度には触れていないが、第1条「教育の目的」で「真理と正義」を愛する国民の育成を掲げている。政府や文科省、教育委員会は、そもそも基本法のこうした普遍的な理念を理解し、率先して体現する不断の努力をしてきたのか、とさえ疑いたくなる。

 教育基本法の改正は、安倍首相が公言する憲法改正の一里塚とも、布石ともいわれる。

 「連合国軍総司令部の占領統治下で制定された」「制定から約60年も経過し、時代の変化に応じて見直す時期にきた」といった論拠でも共通点が少なくない。

 しかし、法律の本体よりむしろ、占領下の制定という過程や背景を問題視するのであれば、最終的に反対論や慎重論を多数決で押し切ろうとする今回の改正もまた、「不幸な生い立ち」を背負うことにはならないのか。

 永い歳月が経過して環境も変わったから‐という論法にしても、「100年の大計」という教育の根本法に込められた魂に照らせば、「まだ約60年にすぎない」という別の見方もまた、成り立つのではないか。

 教育基本法の改正が性急な憲法改正論議の新たな突破口となることには、強い危惧(きぐ)の念を抱かざるを得ない。

 「教育の憲法」の改正は、本当に脱却すべき戦後とは何か‐という重い問いを私たち国民に突きつけてもいる。


=2006/12/15付 西日本新聞朝刊=

2006年12月15日00時12分 」



2.秀逸な社説ですので、このまま読めば足りるかと思いますが、幾つかの点に触れてみます。

(1) 

 「戦後のわが国にとって「歴史的な」という形容すら過言ではない法律の改正であるはずなのに、国民が沸き立つような期待感や高揚感を一向に共有できないのは、なぜだろう。

 「今なぜ、基本法を改正する必要があるのか」「改正すれば、わが国の教育はどう変わるのか」。こうした国民の切実な疑問が、残念ながら最後まで解消されなかったからではないか。

 政府や与党は、過去の重要法案に要した審議時間に照らして「審議は尽くした」と主張する。だが、ことは憲法に準じる教育基本法の改正である。

 幅広い国民的な合意の形成こそ、不可欠な前提だったはずだ。私たちは、そのことを何度も繰り返し主張してきた。国民の間で改正の賛否はなお分かれている。政府・与党が説明責任を十分に果たしたとも言い難い。」


憲法と非常に共通した理念に基づいて成立した教育基本法を、その理念を稀釈化する形で改正しようというのですから、「歴史的な」改正といえるものです。

ですが、結局、政府与党は、「今なぜ、基本法を改正する必要があるのか、改正すれば、わが国の教育は具体的にどう変わるのか、具体的にどう変えるのか」といったような、切実な疑問を最後まで解消しませんでした。これでは、政府与党は、教育基本法改正案につき国民に対して、十分な説明責任を果たしたとはいえません。

 繰り返すならば、「今なぜ、基本法を改正する必要があるのか」について、十分に納得できるほどの説明することなく、改正案を成立させてしまうのですから、基本法を改めるのに「拙速ではなかったか」という疑義が国民にわだかまることになり、将来に禍根を残すものといえます。将来に禍根を残す、教育基本法が成立してしまうのです。


(2) 

 「改正教育基本法は、現行法にない「愛国心」を盛り込み、「公共の精神」に力点を置く。「個」から「公」へ軸足を移す全面改正ともいわれる。

 愛国心が大切だという考えは否定しない。公共の精神も大事にしたい。しかし、それらが教育基本法に条文として書き込まれると、国による教育の管理や統制が過度に強まることはないのか。時の政府に都合がいいように拡大解釈される恐れは本当にないのか。」


教育基本法改正案は、「個」から「公」へ軸足を移す全面改正ですから、そのような改正案を成立させると、「国による教育の管理や統制が過度に強まる」ことになるおそれが高いのです。

そして、公共の精神を強調し、「個」から「公」へ軸足を移す法律案は、個人の尊重を基本とし、人権制約は必要最小限度とする現行憲法とそぐわないものです。ですから、教育基本法改正案自体、憲法と抵触しかねないのです。根本的な疑問を感じています。


(3) 

 「「100年の大計」を見直す国民的な論議は広がらず、深まりもしなかった。

 むしろ、教育基本法よりも改めるのに急を要するのは、文部科学省や教育委員会の隠ぺい体質や事なかれ主義であり、目的のためには手段を選ばないような政府の姑息(こそく)な世論誘導の欺まんだった‐といえるのではないか。

 現行法は国を愛する心や態度には触れていないが、第1条「教育の目的」で「真理と正義」を愛する国民の育成を掲げている。政府や文科省、教育委員会は、そもそも基本法のこうした普遍的な理念を理解し、率先して体現する不断の努力をしてきたのか、とさえ疑いたくなる。」


教育基本法改正案は、逐条的に問題点が多いですが、国会では十分に検討されませんでした。それは、国民の関心事は別のところにあったことも一因でした。すなわち、国民の関心事は、いじめを苦にした子どもの自殺へどのような対応策を行うのか、高校必修科目の未履修に対して、必修科目の増減も含め、今後学習指導要領をどのように変更していくのか、政府主催の教育改革タウンミーティングで改正論を誘導する「やらせ質問」を行って、誤った世論を捏造したことへの真摯なお詫びと対応策でした。

現行法1条は、人格の形成、真理と正義を愛する国民の育成を定めています。しかし、 文部科学省及び教育委員会の隠ぺい体質・事なかれ主義や、世論誘導の「やらせ質問」を行った文部科学省は、人格の形成、真理と正義を愛する国民から程遠い存在であり、現行法1条の理念を実現する努力なんてまるでないのです。
自らは現行法さえまるで遵守できないのに、今後国民に改正案を遵守させることができるのでしょうか? おそらく、政治家や官僚は、自らは「公共の精神」を遵守せず、国民に対してだけ「公共の精神」を強いることになりかねないのです。 


(4) 

 「「連合国軍総司令部の占領統治下で制定された」「制定から約60年も経過し、時代の変化に応じて見直す時期にきた」といった論拠でも共通点が少なくない。

 しかし、法律の本体よりむしろ、占領下の制定という過程や背景を問題視するのであれば、最終的に反対論や慎重論を多数決で押し切ろうとする今回の改正もまた、「不幸な生い立ち」を背負うことにはならないのか。」


安倍首相が述べる改正理由は、占領下で教育基本法が制定された点です。しかし、法律案を改正する場合は、すべて法律内容に妥当でない点からあるから改正するのですから、今回の教育基本法は、法律内容よりも制定過程に問題があるから改定するという、非常に奇天烈な改正なのです。

そればかりか、「最終的に反対論や慎重論を多数決で押し切ろうとする今回の改正」は、「民主主義においては少数意見(とくに政治的少数派の意見)の尊重が大切である」(内野正幸「憲法解釈の論点」17頁)ことに反した改正なのです。こんなことは、占領下での教育基本法制定でもなかったことですから、占領下に制定された現行法以上に、改正案は「不幸な生い立ち」を負ってしまっているのです。

教育というものは国民の将来・国益を左右するものですから、より劣悪化した教育基本法改正案が成立することは、国民の将来・国益に不利益に及ぼすことが予想され、より荒廃した子供・大人たちが溢れる社会が到来することになります。

自民党や安倍首相にとっては、教育基本法改正は大願成就といえるのでしょうが、教育基本法改正後、具体的にどう教育改革を行うのか、国会においてほとんど議論していません。自民党や安倍首相にとっては、一番困難で議論が分かれる、具体的な教育改革は二の次なのです。市民にとっては、具体的な教育改革こそ大事であるのに。

テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済

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