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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2006/12/09 [Sat] 06:00:36 » E d i t
ジャーナリストの井上トシユキ氏が、朝日新聞12月8日付夕刊の「時評圏外」において、テレビ出演した堀江氏の批評を行っています。このコラムを紹介します。


1.朝日新聞12月8日付夕刊6面「時評圏外」(井上トシユキ)

変わらぬ「堀江節」に錯覚

 12月になると街の空気が一変する。クリスマスソングが鳴り響く中、歳末セールなどという文字を見ると、やはりせわしない気持ちになってくる。今年も1年を消費してしまったのだな、と感慨もひとしおだ。

 そんな師走の最初の日曜日、「サンデープロジェクト」(テレビ朝日系)に堀江貴文被告が生出演した。堀江被告の公判を傍聴しているから、顔や声それ自体は慣れているはずなのだが、テレビ画面に映る彼を見て、なぜか懐かしいという気持ちになってしまった。

 田原総一朗氏が敷くレールにうまく相乗りし、選挙戦で鍛えられた演説芸を存分に発揮しながら、言いたい放題に検察批判を続ける堀江被告。そんな彼をお客さん扱いのまま、鋭く切り込むことも特にない田原氏。宮内亮治被告に「愛人がいた」とリップサービスまで加えつつ、自らの保身にきゅうきゅうとする堀江被告を狂言回しに、安っぽい権力批判ショーが繰り広げられる。

 いまどき珍しい、予定調和の進行にも懐かしさがこみ上げる。新自由主義のヒーローと持ち上げ、一転たたいた後、今度は反権力の象徴に駆り立てるということか。

 ライブドアに強制捜査が入ったのは1月16日、堀江被告の逮捕が1月23日。以後、彼の生の姿は目に触れなくなった。

 そして4月27日、保釈時の様子が放映され、動くホリエモンを久々に見た。だが、それっきり。その間、大きな事件が立て続けに起きた。大型談合事件、北朝鮮の核実験、子殺し、若者の自殺。

 そんなことは、まるで関係ないかのように、言いたいことだけを変わらない早口でまくしたてる堀江被告。テレビに向き合いながら、時空がゆがんだ錯覚にとらわれてしまう。

 浦島太郎なのは、テレビの前のわれわれなのか、テレビのなかの堀江被告なのか。  (ジャーナリスト)」




2.このサンデープロジェクトを直接見ていないので、公平性を期すためもう1人の感想も挙げておきます。

 「『サンデープロジェクト』(3日・朝日)

 この時期、ライブドアの前社長である被告に自由に語らせる意図に疑問を持った。案の定、自分の立場を擁護する発言や空元気じみた強弁に終始した。途中で進行役がうまく話のかじを取ろうとしたものの不発に終わった。何かきわものめいた取り上げ方はすっきりしなかった。」(東京新聞12月9日付朝刊14面投書欄から)


どうやら井上トシユキ氏と同じ感想のようで、こういった印象が多数のようです。


(1) 田原総一朗氏が電波芸者で、ずっと前から堀江氏の太鼓持ちであることは公知の事実でしょう。朝日新聞系は、テレビ朝日だけでなく、『週刊朝日2006年12月15日号』(表紙まで堀江氏。)、『AERA06年12月11日号』でインタビュー記事を載せて、持ち上げるというように念の入った持ち上げ方です。

田原氏に羞恥心というものはないとしても、朝日新聞系でここまで太鼓持ちするなんて、社内において誰もおかしいと思わなかったのでしょうか? 朝日新聞が建前としてでも反権力を打ち出すのは立派だと思いますが、「安っぽい権力批判ショー」をしている堀江氏を持ち出すなんて、反権力で有名人なら誰でも良いような無節操な印象を受けてしまうのです。

おかしいのは、同日発売(12月4日発売・駅では共に月曜発売)の『週刊朝日』と『AERA』の両方で「独占インタビュー」と銘打っている点です。同じ系列で2つの雑誌で掲載していて「独占インタビュー」になるのでしょうか? 堀江氏に騙されたのでしょうか?


(2) 田原氏と『AERA』の大鹿靖明記者は、雑誌の対談で「ホリエモンは『無罪』だ!」と擁護論をブチ上げた二人であり、堀江氏もずっと無罪を主張しています。このように今でも無罪とする主張もあるようです。

しかし、週刊文春12月14日号「ホリエモン『被害者ヅラ』を許すな!」30頁の記事によると、

 「元最高検検事の土本武司・帝京大学客員教授の解説。

 彼が「非がない」と主張しても犯罪の客観的事実はある。あとは故意の証明が必要だが、本人の供述がなくても、宮内ら共犯者の供述で堀江被告の故意は認定できるのです」


「粉飾決算を行うために投資事業組合を通じて自社株を売却して利益を付け替えた手法についても、「知らなかった」と堀江被告は主張する。

 堀江被告にインタビューしたこともあるジャーナリストの井上トシユキ氏はこう語る。
「取材のとき、彼は経済や金融の原理原則を分かって経営していると言っていましたが、それを今になって基本的には宮内さんがやっていたとか、自分は広告塔でしたとか、あのときの話は何だったんだと思いますよ」

 この点はついてはLD元幹部も呆れる。
「彼は商法上の代表取締役であり、最終的な責任者ですから『知らなかった』と言っても通用しない」

 だが、鉄面皮のホリエモンはこう言ってのける。
「何でもかんでも社長が責任を取らなければいけないのなら、社長はやる人なんていなくなりますよ」(『NEWS23』)


このように、堀江被告人が「粉飾決算の事実を知らなかった」といっても、共犯者が「知っていた」と供述している以上、故意を肯定できますし、そもそも商法上(会社法上)「知らない」といっても通用しないのです。なぜ弁護団がこんな言い訳にならないような言い分の垂れ流しを認めたのか、不思議に思います。


(3) 裁判官はどう思っているのでしょうか? 週刊文春12月14日号33頁には、小坂裁判長が被告人質問を行った様子を詳しく引用していますが、結局は、こう言うのです。

「裁判長は苦笑しながら言うのだった。「そうすると、どこまであなたの記憶が正確か、わかない」と。


このように、裁判長は、堀江被告人が肝心な部分は「知らなかった、記憶を再生できない」という発言は信用できないと評価しているのです。

こうなると、堀江氏に対して有罪判決が下される可能性が高いというべきでしょう。



3.ほぼ有罪と分かっているのに、田原氏は、堀江氏を「お客さん扱いのまま」「反権力の象徴に駆り立て」て、「自らの保身にきゅうきゅうとする」堀江氏の言い分を垂れ流し、「安っぽい権力批判ショー」を行ってみせるのです。

堀江氏の言い分だけを垂れ流すテレビ番組だったとはいえ、「大型談合事件、北朝鮮の核実験、子殺し、若者の自殺」などの重大な社会問題には無関心のように、堀江氏は言いたいことだけを昔と同じように早口でまくし立てるのを聞くのです。

テレビで喋り捲る堀江氏を見た井上トシユキ氏は、

「テレビに向き合いながら、時空がゆがんだ錯覚にとらわれてしまう。浦島太郎なのは、テレビの前のわれわれなのか、テレビのなかの堀江被告なのか。」

と述べています。
要するに、少し前と異なり、今は誰しもいじめ自殺や教育基本法改正問題、やらせ質問など、社会問題について関心を向けているので、自分の言い分だけをまくし立てるような社会性の欠けた発言は、遠い過去の出来事のような気持ちになってしまうのです。

当の昔に輝きを喪失してしまって過去の人になっている田原氏と、今でも自分だけの堀江氏。こんな二人のテレビ出演だっただけに、「いまどき珍しい、予定調和の進行」であれば余計に、過去の人のような意識や時空が歪んでいるような意識が生じてしまうのでしょう。

堀江氏をみて過去の人と思えるでしょうか? 堀江氏を反権力の象徴扱いするのは愚かなことだと感じたでしょうか? 堀江氏の発言を安っぽい権力批判と思えるでしょうか? 堀江氏や堀江氏の言動を見てどう感じるかによって、どれだけ社会問題に関心があるのか、どれだけ物事を冷静に判断できるのか、のリトマス試験紙になっているように感じます。

テーマ:社会ニュース - ジャンル:ニュース

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2006/12/09(土) 16:10:55 | 雑談日記(徒然なるままに、。)
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