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2006/12/02 [Sat] 06:20:54 » E d i t
病気腎移植問題について、最近、幾つかまとまった記事が出ています。医師へのインタビュー記事と、万波氏を2ヶ月近く取材した記者の記事を中心として幾つか紹介したいと思います。なお、東京新聞でのインタビュー記事と、米本氏の論説は「≫この続きを読む」以降で<追記>の形で紹介しておきます。続報につき、12月3日付追記しました。


1.まず、病気腎移植問題について理解するには、日本における移植医療の問題の背景を知っておく必要があります。

 「――移植医療の問題の背景は。

 死体腎移植が少なすぎる。米国では三年待てば移植できるが、日本では平均で十六年かかる。透析患者の十六年の生存率は30%未満。この間、臓器移植の仲介をする「日本臓器移植ネットワーク」に登録料を払い続けるのは詐欺に近い。行政や学会、移植医の怠慢であり、責任もある。透析から脱するには移植か、死しかないが、現実には移植はほとんど選択できない。だから、海外渡航移植を望む患者が増える。これは、どう考えてもおかしい。」(東京新聞11月30日付朝刊「核心」


日本では移植するには16年、透析患者の16年の生存率は30%未満ですから、移植できる頃には透析患者の70%は死亡しているわけです。なので、日本では腎臓移植を選択できず、生活できなくなるような人工透析を続けながら、死を待つ状態なのです。「日本臓器移植ネットワーク」に登録料を払い続けるのは詐欺に近いと罵倒するくらい、今の日本では死体腎移植はなく、今後も死体腎移植が増える見込みがないのです。

この現状から脱却するには、透析技術の向上も一方法ではありますが、透析が体に合わない人がいるのですから、米国並みの速さで腎臓移植をする道が求められているのです。



2.次に、ずっとなされてきた報道により、万波氏は患者に説明することなく人体実験に近いことを行ってきたのではないかなどという、偏見を抱いている方もいるかと思います。まずその偏見を払拭するため、次の記事を紹介します。

(1) 「毎日新聞12月1日付朝刊6面「記者の目」」

 「病気腎移植の万波誠医師=津久井達(松山支局)
 ◇治療への献身、飾らぬ性格--無頓着、無用の誤解招く


 宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の万波誠医師(66)らによる病気腎移植が、批判を浴びている。確かに、倫理委員会に諮ったケースはほとんどなく、レシピエント(移植を受けた患者)を選んだ基準も不透明だった。がんの腎臓を移植するなど、安全性も疑問視されている。しかし、この問題が発覚するきっかけになった臓器売買事件から約2カ月間、近くで取材をしてきて、常に患者を第一に考える万波医師の人柄に親近感を覚えたのも事実だ。病気腎移植を「地方医師の暴走」と片づけてはいけないと思う。

 「わしゃ、もう隠すのがつらいんじゃ」。病気腎移植が発覚して、数日後の深夜だった。当時、「病気腎移植は宇和島徳洲会病院に移って始めた」としてきた万波医師が、私の取材に突然、前任の市立宇和島病院時代にも10件前後の病気腎移植をしたことを認めた。

 万波医師は「わしの立場も分かるだろ。(市立宇和島病院には)世話になったから。いろいろな迷惑がかかるんよ。気の毒じゃろ。わし一人でかぶればいいと思ったんよ」と言った。その言葉に、うそはないと思う。飾らない性格と、治療に対する献身的な姿勢を見てきたからだ。

 休日も病院に顔を出し、平日は帰宅が午前0時近くになることもある。病室のベッド脇にしゃがみこんで、何時間も患者に病状を説明している姿を見た人もいる。この2カ月間、ほぼ同じズボンでサンダル履き。94、00年に万波医師の腎臓移植手術を受けた女性は「病院に他にも先生はいるけど、万波先生に診てもらわないと不安」と話す。

 こんなこともあった。夜に病院を出てきた万波医師が報道陣の問いかけに答えず車に乗りかけた時、50代の先輩記者が「先生、最近頻尿で困ってるんですわ」と声をかけた。足を止めようとしたのだが、頻尿の症状も本当だった。すると、万波医師は車から降りて、「いつから」「症状は」「一度検査を受けた方がいい。すぐに済むから」と話しかけてきたのだ。

 万波医師らが病気腎移植を生体腎、死体腎移植に次ぐ「第3の道」と呼んで正当化しようとする気持ちも、分からないわけではない。万波医師は「目の前の患者を透析から解放してやりたかった。本当につらい状況にいる人もいるんですよ。針を刺されて土色の顔をして、耐え忍んでいる。そうでなかったら死ぬんですから」と話している。

 何人かの人工透析患者に会った。50代の男性は針を刺した跡が盛り上がった両腕を見せてくれた。透析を受けた日は車を運転するのがやっとで、仕事を辞めた。男性は「家族のために働きたい。養ってやりたい」と窮状を訴えた。透析を長年続けたり、透析が体に合わず苦しむ人も多い。「病気腎でもいいからほしい」という声も聞いた。万波医師の病気腎移植を受けて「神様、仏様、万波様じゃ」と話す人さえいた。

 しかし、私も万波医師たちのやり方がすべて正しかったとは思わない。患者と向き合うこと以外は無頓着で、無用の誤解も生んだ。「密室で移植を進めてきた」という批判がその一つだ。

 02年8月に高知市で開かれた移植の研究会では、当時の部下が病気腎移植の1例を発表している。万波医師も了承し、医師ら約100人がその実例報告を聞いた。決して、ひた隠しにしていたわけではない。もし万波医師が学会に所属し、論文で病気腎移植を世に問うていたら、今とは違う評価を得た可能性もあっただろう。残念でならない。

 専門家は一斉に「腎臓に疾患があっても、可能な限り摘出を避けるのが原則。摘出しなければならない腎臓なら、移植にも使えない」と批判している。しかし、万波医師は今も、「腎臓がもったいない。(病気腎移植を)続けたい。もっと広まればいい」と話す。一方で、「国が『いけん』と言えば、二度とやらない」とも述べている。

 全国に人工透析患者は25万人以上。一方で、97年に臓器移植法が施行されたが、脳死判定は50例だけだ。死体腎移植の件数も増えていない。こうした日本の現状について、万波医師に何度聞いても、「わしは目の前の患者を精いっぱい診ているだけ」としか答えない。だが、万波医師は多くの腎臓病患者と接する中で、病気腎移植という発想に至ったのではないかと思う。

 ドナー(臓器提供者)不足が解消されない限り、病気腎移植を学会などが禁止するだけでは、根本的な解決にならないのは明らかだ。病気腎移植の是非について公開の場で議論を深めるとともに、今回の問題を移植医療の現状を見直す一歩にしなければならない。

==============

 「記者の目」へのご意見は〒100-8051 毎日新聞「記者の目」係へ。メールアドレスkishanome@mbx.mainichi.co.jp

毎日新聞 2006年12月1日 東京朝刊」



(2) この記事でかなり万波氏が治療に当たっての姿勢が分かるのではないかと思います。

 「病室のベッド脇にしゃがみこんで、何時間も患者に病状を説明している姿を見た人もいる。……

 こんなこともあった。夜に病院を出てきた万波医師が報道陣の問いかけに答えず車に乗りかけた時、50代の先輩記者が「先生、最近頻尿で困ってるんですわ」と声をかけた。足を止めようとしたのだが、頻尿の症状も本当だった。すると、万波医師は車から降りて、「いつから」「症状は」「一度検査を受けた方がいい。すぐに済むから」と話しかけてきたのだ。」


この部分が特に際立っている点ではないかと思います。
万波氏にとっては、うるさく邪魔をしてくる報道陣なのですから、その一人が「頻尿で困っている」と言ったとしても、無視するか、「病委任に行けば」と言い捨てて終わってしまうのが、通常の対応ではないかと思います。しかし、万波氏の場合は、車から降りて、きちんと対応したのですから、うるさい報道陣であっても患者第一な態度は大変立派なものだと思います。

万波氏は、ともかく患者第一であり、腎臓移植をする場合には、患者に対して十分に説明しているのが常態であり、病気腎移植であれば特に詳しく説明しているはずだと思われます。
 

「宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)で実施された病気腎移植問題で、同病院の貞島博通院長らは26日会見し、万波誠・泌尿器科部長(66)が執刀した11件の病気腎移植のうち、移植を受けた患者2人が病名を知らされていなかったことを明らかにした。2人は病気腎であることは認識しており、治療結果については満足しているという。」(毎日新聞11月27日付朝刊)

と言う報道もありましたが、おそらく、この患者2人は説明を受けたのに忘れてしまったというのが本当のところではないかと思われます。




3.「毎日新聞平成18年11月27日付朝刊2面「闘論」」

闘論:病気腎移植 難波紘二氏/大島伸一氏

 病気で摘出した腎臓を、移植に活用した問題が波紋を広げている。移植手術にかかわった宇和島徳洲会病院の万波誠医師らは、透析患者の苦痛を取り除くためと強調するが、疑問視する声も強く、厚生労働省は調査に乗り出す方針だ。病気腎移植の是非について2人の医師に聞いた。【構成・大場あい】

==============

 ◇「第3の道」評価したい 医師の裁量権の範囲--広島大名誉教授・難波紘二氏

 万波氏らは、病気のために摘出し病理検査を経た後に廃棄されるはずだった臓器を活用する道を開いた。死体、生体移植に次ぐ移植医療の「第3の道」として積極的に評価したい。

 米国では、腎臓がんを持った患者の腎臓が実際に移植された14例についての論文が発表され、生存率が3年後100%、5年後93%というデータがある。日本でも、脳死、心停止後の場合は原発性脳腫瘍(しゅよう)の患者からの提供が認められているが、この中には神経膠芽腫(こうがしゅ)、神経芽細胞腫など全身に転移を来すものもある。これは、転移のリスクのある臓器の移植を容認しているということだ。腎臓がんのリスクだけを問題視するのは、矛盾しているのではないか。

 また、万波氏らが学会等で公表してこなかったという批判がある。だが、万波氏は日本移植学会員でもなく、また発表する義務もない。同学会がすべて取り仕切ろうという姿勢はおかしいのではないか。ただし、万波氏らの症例は画期的なデータとみられるので、症例数、生存率などを知名度の高い国際誌にぜひ英文で発表すべきだと思う。

 提供の自発性、移植機会の公平性に対する異論もあるが、病気腎移植は第3の道であって、現行の臓器移植法の対象にはならない。私個人としては、腎臓を摘出した患者自身が積極的に「提供したくない」という意思表示をしない限り、所有権を放棄したとみなすのが日本の従来の医療の「慣習法」だととらえている。

 その意味で摘出に同意さえしていれば、「提供」に改めて同意が必要だとは思わない。また、移植を受ける人を選ぶのも、医師が医の倫理にのっとって優先度の高い人を選ぶのであれば、医師の裁量権に含まれると考えるべきだ。

 脳死者からの提供が増えない以上、今後は病気腎移植を普及させるしかない。その際に、新たな法律や、厚労省が策定を目指す指針が必要とは思わない。

 必要なのは、医の倫理に照らして、ごく一般的なことだけだ。例えば▽摘出が医学的に必要で、患者から摘出の同意を得ている▽摘出の是非を検証するために病理医が摘出腎の病変部をチェックするシステムを作る--などは、徹底して順守していかなければならない。

 ◇必要なプロセス、省略 「患者のため」が暴走--日本移植学会副理事長・大島伸一氏

 新たな医療の道を切り開くには、インフォームド・コンセント(十分な説明に基づく同意)の徹底や、専門家による批評を受けることなど、相応のプロセスが必要だ。万波氏らは病気腎移植を「第3の道」と称するが、独自の理論を盾に、必要なプロセスを実行できない人に新たな医療を試みる資格はない。

 まず、「臓器を提供したい」という人を調べたら、たまたま病気だった場合と、患者が病気を治しに来た場合とは、意味が全く違う。本来治療目的で来た人が治療を放棄して臓器を提供するというのはよほどの事情があるはずだが、一連の症例では、同意した経緯などが文書化されていないため、提供意思が形成された過程がわからない。極めて例外的なケースとしての病気腎移植があったとしても、宇和島徳洲会病院での生体腎移植78例中11例というのはあまりに多すぎる。

 また、移植医療の現場では、がんと感染症は禁忌であり、がんの臓器を移植することは想定していない。海外で事例があっても、必要なプロセスを省略していい理由にはならない。

 目の前の患者の苦しみを取り除くのが医療の本来の姿だが、そんな医師の思いが暴走につながる時もある。特に現代のように医療技術が猛スピードで進歩している時代は、監視するシステムが必要だ。それがインフォームド・コンセントの徹底など、社会と医療者との「約束」であり、学会などでの専門的な議論だ。

 今回の病気腎移植も、この「暴走」と同じ構造があると思う。すべての医師が患者のためと称し、「第3の道だから手続きは必要ない。裁量権はすべて医師にある」と同じようなことをやったらどうなるのか。治療に行った患者は「ひょっとしたら腎臓をとられるかもしれない」と常に心配しなければならなくなるのではないか。移植医療では臓器を待つ患者も大変だが、提供者が不利益を受けることがあってはならない。

 今回の問題の背景には、ドナー(臓器提供者)不足という問題もある。日本では、移植医療を普及させるための法律も技術もあるのに、諸外国と比べ、提供を増やす努力は希薄である。今回の問題をきっかけに、社会全体がこの問題に正面から向き合うことを期待したい。

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 ■人物略歴

 ◇なんば・こうじ

 広島大卒。血液病理学、生命倫理専攻。呉共済病院を経て、82~05年広大教授。65歳。

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 ■人物略歴

 ◇おおしま・しんいち

 名古屋大卒。名大病院長などを経て、04年から国立長寿医療センター総長。61歳。

毎日新聞 2006年11月27日 東京朝刊」


ここで大島氏が述べている批判は、よく出ている批判です。これに対して、難波氏はほどんど答えてるので、この記事を読むと、病気腎移植問題について理解できるのではないかと思います。

(1) まず1つめの批判。

 「新たな医療の道を切り開くには、インフォームド・コンセント(十分な説明に基づく同意)の徹底や、専門家による批評を受けることなど、相応のプロセスが必要だ。……本来治療目的で来た人が治療を放棄して臓器を提供するというのはよほどの事情があるはずだが、一連の症例では、同意した経緯などが文書化されていないため、提供意思が形成された過程がわからない。……監視するシステムが必要だ。それがインフォームド・コンセントの徹底など、社会と医療者との「約束」であり、学会などでの専門的な議論だ。」


要するに、万波氏は相応のプロセスなく病腎移植を行っていることが妥当でないとしています。すなわち、同意を得たというためには同意書が必要であり、病気治療で腎臓を摘出する患者の場合、摘出だけでなく提供についても同意書が必要であるのに、経緯を全て書いた同意書を得ずに移植を行ったことは妥当でない、病腎移植について学会で発表していないことが妥当でないという批判です。


これに対する反論。

 「提供の自発性……に対する異論もあるが、病気腎移植は第3の道であって、現行の臓器移植法の対象にはならない。私個人としては、腎臓を摘出した患者自身が積極的に「提供したくない」という意思表示をしない限り、所有権を放棄したとみなすのが日本の従来の医療の「慣習法」だととらえている。その意味で摘出に同意さえしていれば、「提供」に改めて同意が必要だとは思わない。」


 「万波氏らが学会等で公表してこなかったという批判がある。だが、万波氏は日本移植学会員でもなく、また発表する義務もない。同学会がすべて取り仕切ろうという姿勢はおかしいのではないか。ただし、万波氏らの症例は画期的なデータとみられるので、症例数、生存率などを知名度の高い国際誌にぜひ英文で発表すべきだと思う。」


要するに、病気の腎臓であっても摘出自体には同意が必要だが、治療のため摘出された腎臓は本人に使い道がない以上、通常、医師の処分に任せたものというべきで、「提供」について同意は必要ではない。また、移植学会の会員でない万波氏は、病腎移植につき発表すべき義務はなく、移植学会は会員でない者に礼を尽くしてお願いをすることはあっても、発表を命じる権限はない。万波氏の症例は貴重なので、知名度の高い国際誌で発表することで、世界的な医療の発展に寄与するようお願いする。
相応のプロセスが必要であるというのは、根拠を欠いた勝手な言い分にすぎない


(2) 2つめの批判。

 「移植医療の現場では、がんと感染症は禁忌であり、がんの臓器を移植することは想定していない。海外で事例があっても、必要なプロセスを省略していい理由にはならない。」


要するに、病腎移植は許されず、腎臓がんのあった臓器を移植することは特に禁忌で許されない


これに対する反論。

 「米国では、腎臓がんを持った患者の腎臓が実際に移植された14例についての論文が発表され、生存率が3年後100%、5年後93%というデータがある。日本でも、脳死、心停止後の場合は原発性脳腫瘍(しゅよう)の患者からの提供が認められているが、この中には神経膠芽腫(こうがしゅ)、神経芽細胞腫など全身に転移を来すものもある。これは、転移のリスクのある臓器の移植を容認しているということだ。腎臓がんのリスクだけを問題視するのは、矛盾しているのではないか。」


要するに、米国では腎臓がんを移植した実例が14例もあり、5年後の生存率93%というデータもあるくらいなので、腎臓がんのあった臓器の移植は禁忌ではない
がんのあった臓器の移植が許されないというのは、禁忌ということではなく、転移の恐れがあるからであろうが、 神経膠芽腫(こうがしゅ)、神経芽細胞腫など全身に転移を来すような臓器の移植は認めているのだから、腎臓がんのリスクだけ問題視するのは、矛盾である。



(3) さらに批判。

 「今回の問題の背景には、ドナー(臓器提供者)不足という問題もある。日本では、移植医療を普及させるための法律も技術もあるのに、諸外国と比べ、提供を増やす努力は希薄である。今回の問題をきっかけに、社会全体がこの問題に正面から向き合うことを期待したい。」


要するに、ドナー不足を解消する必要があるが、病腎移植は妥当でないので、遺体に対して執着のある国民意識から脱却し、臓器提供は社会奉仕の一貫であるという意識を持つべきであり、臓器不足の原因は、日本の臓器移植法が、脳死移植の際にドナーカードなどによる意思表示を必要条件にしていることにもあるので、条件を緩和するなどして、脳死者からの提供を増やす努力を社会全体で行うべきである。


これに対する反論。

 「脳死者からの提供が増えない以上、今後は病気腎移植を普及させるしかない。その際に、新たな法律や、厚労省が策定を目指す指針が必要とは思わない。」


要するに、社会全体がこの問題に正面から向き合うといっても、どう努力すれば脳死者からの提供が増えるというのか、お為ごかしに過ぎない。脳死者からの提供を増やす努力をするとしても、増えるかもしれないという淡い期待感にすぎず、今、必要としている透析患者を見殺しにするのと同じである。今の日本では、病気腎移植の道しか残されていないのだから、病気腎移植を普及する方法が最善策である。




4.健康な腎臓移植が好ましいことは、病気腎移植について肯定する立場、否定する立場、いずれの立場も同様です。健康な腎臓を移植すべきという理念を徹底するのが「病気腎移植否定説」ですが、そうなると、16年も移植を待つ状態というほど深刻なドナー不足である日本では、透析患者を見殺しにしているままになってしまいます。

理念を貫くのは美しいのですが、深刻なドナー不足という現実がある以上、病気腎移植を認めようとする「病気腎移植肯定説」の方が、現実的な対応のように思えます。病気腎移植はダメなどと綺麗ごとを言っている場合ではないはずです。

 「日本移植学会などの調査によると、05年には日本全国で994件の腎移植があり、834件が生体腎移植、160件が死体腎移植だった。これに対し、日常的に人工透析を受けている患者は全国で約26万人。死体腎移植希望者だけでも1万2000人弱いて、年間の死体腎移植件数の70倍以上に達する。

 移植が盛んな欧米でも提供者不足は変わらない。米国の腎臓移植は年約1万7000件で、うち死体腎が1万件以上を占める。英国でも年3000例の移植があり、約2500件が死体腎だ。米国では約6万4000人、英国でも6000人弱が死体腎移植を希望しており、いずれも年間移植件数の数倍以上だ。」(毎日新聞11月15日付


このように、日本では欧米と異なり、死体腎移植より生体腎移植の方が多いのですが、生体腎移植は健康体から臓器を切り取るのですから、本来、生体腎移植は好ましくないはずです。しかし、ドナー不足という現実を考慮して、生体腎移植はほとんど問題視しないのです。

同じくドナー不足という現実を考慮して、しかも生体腎移植のように健康体を傷つけるわけではなく、病気腎移植は病気ゆえ摘出した腎臓を移植するのです。ドナー側にとっては、生体腎移植より病気腎移植の方が問題性が少ないといえそうです。
生体腎移植をほとんど問題視せず、病気腎移植をことさらに問題視するのは、どうにも腑に落ちないのです。

もし病気腎移植を肯定する場合、問題はどういう病気の場合なら可能なのかなど、医師の側にかなり技量を必要とすることになるでしょうし、患者に対して今まで以上に十分にリスクを説明する必要が生じます。病気腎移植を広めるとしても、実際上は可能な医師はごく限定されることになりそうです。




<追記>

1.「東京新聞11月30日付朝刊3面「核心」」

 「病気腎移植 相川厚・東邦大教授に聞く

 臓器売買事件に端を発し、表面化した愛媛県の宇和島徳洲会病院医師らによる病気腎移植。国や学会が調査に乗り出すなど、移植医療のあり方があらためて問われているが、そのルールは現場でどう運用されているのか。二十年前から腎移植に取り組む相川厚・東邦大教授に現状と課題を聞いた。 (社会部・大沢令)

 ――東邦大で行われている移植までの手順は。

 臓器提供者(ドナー)と、移植を受ける患者(レシピエント)の家族構成や既往歴などについて自己申告のアンケートを提出してもらい、保険証などの情報と照合する。さらに、それぞれ別々に面接し、ドナーには感染症や腎機能、C型肝炎などの基本的な検査を行う。その上でドナーは一週間入院して検査するが、その間に主治医や看護師、精神科医が面接して臓器提供の意思を最終的に確認する。ドナーの家族には検査結果や摘出後の状態について十分説明する。

 ――こうした手順を決めた狙いは。

 移植の適性や意思確認に問題がないか、慎重に調べるためだ。一週間の入院で、ドナーの自発的な意思確認はできる。その際、主治医にとって第三者(精神科医)の判断は重要な情報になる。実績のある病院の大半はこうした手順を決めている。

 ――ドナーの本人確認は。

 パスポートか写真付きの免許証で行う。今回の臓器売買事件が起きてからルールを追加した。ドナーとレシピエントの関係は保険証や戸籍、白血球の型を調べるHLA検査で分かる。

 ――移植に至る確率は。

 ドナー希望者の四分の一は、検査で腎結石や胆石が見つかるなどしてキャンセルになる。生体腎の移植は年間約二十例。脳死や心臓死の患者からの死体腎は一-二例。当院で移植を待つ患者は約二百五十人、最長で二十年待ちだ。

 ――病気腎の移植は。

 腎臓がんで患部を取り除いて移植する症例はないと思う。米国でも聞いたことはない。常識的には免疫抑制剤はがんを悪化させる可能性が高い。ただ、腎臓の摘出手術が必要な良性の疾患で、摘出後の合併症を考えると本人に戻すのは難しい場合があり、病気によっては病気腎の移植がすべて悪いということでもないと思う。その際は、ドナーとレシピエントに十分な説明と同意を求めることが前提だ。

 ――移植医療の問題の背景は。

 死体腎移植が少なすぎる。米国では三年待てば移植できるが、日本では平均で十六年かかる。透析患者の十六年の生存率は30%未満。この間、臓器移植の仲介をする「日本臓器移植ネットワーク」に登録料を払い続けるのは詐欺に近い。行政や学会、移植医の怠慢であり、責任もある。透析から脱するには移植か、死しかないが、現実には移植はほとんど選択できない。だから、海外渡航移植を望む患者が増える。これは、どう考えてもおかしい。

 あいかわ・あつし 東邦大医学部腎臓学教室教授。1986年から、同大で約300例の腎移植を手掛ける。この間、英国王立リバプール病院で腎移植や膵(すい)腎同時移植など約150症例にかかわった。

■万波医師らの事例 国、学会指針見直し検討

 宇和島徳洲会病院の万波誠医師らが生体腎や死体腎移植に続く“第三の道”と呼ぶ病気腎移植は、医学的に妥当かどうか、手続きが正当だったかどうかなどが問われている。

 生体腎移植に法的規制はない。病気の臓器を移植に使う例は肝移植にはあるが、日本移植学会の倫理指針では病気の臓器を移植する事態は想定していない。

 生体移植のルールを明確化するため、国は「臓器移植法の運用に関する指針(ガイドライン)」、学会は倫理指針を見直す方向で検討している。

 国や学会の検証は関係病院を通じ、患者の診療録(カルテ)などから手術までの経過や状況を一件ずつ精査。腎臓がんの患者の腎臓を移植するなど「移植医療の常識では考えられない」(大島伸一同学会副理事長)手術もあり、すべての事例で医学的な妥当性や必要性はあったのか、患者に十分な説明と同意はあったのか、を検証する。宇和島徳洲会病院の調査委員会は、同院で行われた十一件の病気腎移植について、二人のレシピエントが病名までは説明されていなかったが、病気腎との説明と同意は十分得られていた、とする調査報告をまとめている。」



この記事で重要な点は、

「腎臓の摘出手術が必要な良性の疾患で、摘出後の合併症を考えると本人に戻すのは難しい場合があり、病気によっては病気腎の移植がすべて悪いということでもないと思う。その際は、ドナーとレシピエントに十分な説明と同意を求めることが前提だ。」

というところです。
この部分をはっきりと言い直すと、摘出が必要な両性の疾患の場合、合併症を考慮すると、その腎臓は本人に戻すことは困難なので、その腎臓を移植することは悪いとは言えず、また、病気によっては他の患者に移植しても問題のない場合があるから、問題が生じない病気腎移植も悪いとは言えない。ただ、普通の腎臓移植以上に、十分な説明が必要となろう、ということです。

20年前から腎移植に取り組む相川厚・東邦大教授が、病気腎移植も悪いとは言えないと答えているのですから、腎疾患又は腎移植に長けた医師であれば、どんな意思でも病気腎移植は悪いこととは言えないと分かっていることではないかと推測しています。




2.「毎日新聞平成18年11月26日付(日曜):「時代の風  米本 昌平 科学技術文明研究所所長」

病気腎移植 医学的な評価こそ論点

 宇和島徳洲会病院の医師が、病気と診断されて摘出された腎臓を、捨てるよりはと、対象者を任意に選んで腎臓移植をしていたことが判明した。病気の腎臓を移植すること自体、医学的に少なくない問題をはらんでいる。

 ただし事の発端は、この医師が手がけた生体腎移植のドナー(臓器提供者)が、臓器売買がらみのトラブルで警察に駆け込んだことにあった。ドナーとレシピエント(臓器移植される人)の間でもめごとさえなければ、病院が臓器売買疑惑で過去の手術例を調べることはなかったし、その結果、こんな変則的な移植が過去30件以上行われていたことが明らかにされることもなかったのである。だからこそこの件は、問題の重要度に応じて切り分けて考える必要がある。

―――――――――――

 臓器売買については愛媛県警が、レシピエントの男性とその内縁の女性を、臓器移植法違反(臓器売買・あっせんなどの禁止)で逮捕した。臓器移植法による初の立件である。この2人は医師に対して、親族ではないドナーを妻の妹と説明していたのであり、医師はだまされた側であった。つまり、患者らが医療者の前で口裏をあわせることは簡単なのだ。生体移植の場合、ドナーの医学的な適格性に加え、本人確認をどうとるかという問題を抱えている。臓器提供するよう圧力がかかっていなか、金銭授受がないかなどもチェックする必要があり、ここまで医療者に求めるのは無理である。ドイツやフランスでは、これを第三の機関がチェックする。

 それ以前に、日本移植学会の倫理指針は、生体ドナーを6親等以内と結婚相手の3親等以内に限っているが、核家族化が進んだ現在、この基準はいかにも幅があり過ぎる。さらに05年2月の本欄でも指摘したように、現行の臓器移植法は死体と脳死者からの臓器取り出しは規定しているが、日本の移植の主流である生体ドナーについての言及はない。生体移植を手がける医師は、診療報酬が認められている以上、刑法上罰せられない「正当行為」に当たると信じているが、本人の治療目的以外で健康な人の体にメスを入れる生体間の移植は、傷害罪の疑いが拭(ぬぐ)いきれない。だから、臓器移植法を改正して生体ドナーの条項を設け、生体移植の違法性を阻却すると同時に、生体ドナーの人権擁護とその範囲を限定すべきなのである。

―――――――――――

 一方、この医師が行ったことの問題点は、一にも二にも病気の腎臓を移植した点にある。この医師は、主観的にはまったくの善意から工夫を重ねてきたのだが、何年もたってみると、医学的にも手続き上も、学会の常識からひどく離れたところまで来てしまっていたのが実情なのだろう。

 地元で評判の医師の中には、時折、医師の裁量権は非常に大きいものと信じ、持論に立って学会の基準から逸脱した治療を行う人がいる。この医師の場合、かつてアメリカで、移植用に摘出された腎臓に病変があった場合、そこを切除して移植していたのを見て、病気で摘出された腎臓の移植利用を考えるようになったと主張し、この方法は死体からでも生体からでもない、第三の腎移植の道であるとまで正当化する。

 だがインターネットで調べてみればすぐにわかることだが、現在の医学水準からすると、そのようなケースはごく限られることになる。たとえば、メイヨー・クリニック(ミネソタ州)のホームページには腎臓ガンの治療方針が示されているが、ここでは直径10センチのガンまでも腹腔(ふくくう)鏡手術で腫瘍(しゅよう)を切除し、腎臓を温存させるとしている。また、イギリス移植学会と腎協会が04年にまとめた生体腎移植の指針では、一般に生体ドナーにガンの病歴がある場合、移植によってガンにかかる危険性は不明であり、少なくとも10年間は再発がないことを条件としている。

―――――――――――

 百歩譲って、この医師の言うようなケースが出たとすれば、病変が多様で医学的評価は難しいのだろうが、臨床研究としての研究計画をたて、倫理委員会の許可を得て行うべきであった。だからこそ、現在行われている移植学会と厚生労働省による、この医師による移植手術の精査と医学的評価はすこぶる重要である。これに付随する、たとえば不十分な説明や同意書がないこと、摘出した病院への不適切な説明、倫理委員会に諮らなかったことなど、手続き上の不備は二義的な問題であり、この点だけをとりあげて非難するのは適切とは言えない。

 現在の体制では、これほどまでに専門学会と地方の医師の間に認識の落差が生じてしまうものであり、日本全体として医療の質をどう維持するかは大問題である。もともと専門学会は学術親睦(しんぼく)団体であり、ギルドとしての統治機能は薄弱である。そうであるなら、弁護士の場合のように、医師法を改正して強制参加の医師会を法律で規定し、専門学会もその内部組織として統治権限を与えるべきだという結論がでてくる。実際、医師法の改正はハードルが高いと思われてきたが、案外近道かもしれない。

 この件の背景には明らかに、移植用臓器の圧倒的な不足がある。他先進国と比べて日本は、死体からの臓器供給は極端に少ない。であるなら、国家目標として人工透析技術を飛躍的に向上させることを掲げ、技術開発の大動員をかけるのも、選んでよい道である。早晩、1兆円を超える透析費用は、重要問題にのぼってくるはずなのだから。」



(1) 米本氏の論説は、基本的には、移植学会やマスコミ報道と同じです。米本氏が一番言いたいことは、表題にあるように、

「臨床研究としての研究計画をたて、倫理委員会の許可を得て行うべきであった。だからこそ、現在行われている移植学会と厚生労働省による、この医師による移植手術の精査と医学的評価はすこぶる重要である。これに付随する、たとえば不十分な説明や同意書がないこと、摘出した病院への不適切な説明、倫理委員会に諮らなかったことなど、手続き上の不備は二義的な問題であり」

というように、臨床研究として妥当かどうかという医学的評価がこそが一番の論点であると言いたいようです。

しかし、万波氏は、研究のために病気腎移植を行っているのではないのですから、失礼ながら的外れな指摘でしょう。また、米本氏は、病気腎移植に否定的なのですから、「医師による移植手術の精査と医学的評価」が重要という点は、意味不明ではないでしょうか? 精査や医学的評価をして良い評価であったとしても、病気腎移植をしないのであれば、今後生かされない精査や評価だからです。

もし不十分な説明であれば説明義務を果たしていないことになるのですから、重大な問題です。手続上の不備があればそれを履行していなければ、法律上、問題視すべきものです。米本氏の言うように「手続き上の不備は二義的な問題」ではないのです。


(2) また、

「この医師は、主観的にはまったくの善意から工夫を重ねてきたのだが、何年もたってみると、医学的にも手続き上も、学会の常識からひどく離れたところまで来てしまっていたのが実情なのだろう。地元で評判の医師の中には、時折、医師の裁量権は非常に大きいものと信じ、持論に立って学会の基準から逸脱した治療を行う人がいる。」

という点からすると、米本氏も万波氏の行動を「地方医師の暴走」と考えているようです。

しかし、移植学会では認めていないとしても、学会の常識からひどく離れていたとしても、難波氏も指摘しているように、米国では腎臓がんを持った患者の腎臓が実際に移植された14例についての論文が発表されているのですから、おかしなことでもないのです。米本氏は、日本の学会の常識から外れるものはすべて許されない医療行為というのでしょうか? 有用な移植であれば、許されて良いはずです。

また、病気と診断されて摘出された腎臓を、捨てるよりはと、患者のために移植していたのですから、それを「地方医師の暴走」扱いするのは妥当ではないと思います。米本氏は、学会の言い分はすべて正しいという思い込みがあるようです。



<12月3日追記>

病気腎移植の調査が始まるという報道が、朝日新聞12月3日付(日曜)朝刊37面)に出ていました。

 「病気腎移植 関与の10病院調査へ 学会、妥当性を見極め

 宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の万波誠・泌尿器科部長(66)らによる「病気腎」移植問題で、日本移植学会と日本泌尿器科学会は、移植に関与した10病院すべてについて、摘出手術と移植手術の妥当性を調査する方針を決めた。早ければ年内にも調査結果をまとめる。すでに患者の病状や手術内容を明らかにするための質問票を作成しており、近くカルテの閲覧などを含む本格的な調査に入る。

 日本移植学会の田中紘一理事長ら複数の学会幹部によると、調査は学会が派遣する専門医を中心に、カルテや看護記録、検査結果を閲覧したり、手術にかかわった医師や必要な場合は患者にも聞き取りをしたりして、質問票の回答欄を埋める。

 そのうえで回答結果を分析し、腎臓摘出手術の場合は、「摘出の必要はなく、明らかに医学的に妥当でない」というケースから「摘出にやむを得ない事情があり、議論の余地がある」というケースまで5段階程度で評価。調査結果としてまとめるとしている。

 病気腎移植に関与した10病院のうち、万波医師を中心とした通称「瀬戸内グループ」の移植医が勤務し、腎臓の摘出や移植手術を実施するなどしていた宇和島徳洲会病院と同市立宇和島病院、呉共済病院(広島県呉市)、香川労災病院(香川県丸亀市)の4ヶ所については、各病院が設置した調査委員会に学会側が専門医を派遣。摘出の是非を慎重に調べる。摘出した腎臓を移植用に送っていた6病院のうち、岡山、広島両県にある5ヶ所は、厚生労働省が学会側に協力を依頼して独自に設置した調査班が担当する。  (和田公一、林義則)」


調査をすることは大事です。ですが、

「腎臓摘出手術の場合は、「摘出の必要はなく、明らかに医学的に妥当でない」というケースから「摘出にやむを得ない事情があり、議論の余地がある」というケースまで5段階程度で評価。調査結果としてまとめる」

というのですから、「摘出は妥当であり、移植は妥当である」というケースは予定していないのです。学会側は、はなから好意的な扱いをする気はないようです。手術を受けた患者のみならず、将来の患者のためを思い、病気腎移植を否定することなく、公正な調査を望んでいます。

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