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2006/11/25 [Sat] 15:19:07 » E d i t
やらせ質問や金銭の授受が問題となっている日本のタウンミーティングですが、欧米各国におけるタウンミーティングはどうなっているのでしょうか? そのことについて読売新聞11月22日付の記事がありましたので、引用したいと思います。


1.読売新聞平成18年11月22日付朝刊6面

 「タウンミーティング 各国では

 参加者の『やらせ質問』や金銭授受が問題になっている日本の政府主催のタウンミーティング。欧米各国でも『政策への民意反映』には苦労している。

◆英 論点公表 ネットで意見

 英ブレア政権は2000年、各省が新政策について国民の意見を求める手続き『協議実施規範』を定めた。同規範によると、新政策立案に際しては、国民の意見を反映させるために、原則として12週間の『協議期間』を置く。

 各省は、協議のたたき台となる文章を公表し、国民は、インターネットや書面で意見を寄せる。『公開集会』を開催する場合もある。

 日本のタウンミーティングでは、参加者が質問して閣僚が答える形なのに対して、公開集会では、政府側が新政策立案のポイントを提示し、それについて参加者が意見を述べる。公開集会で参加者の発言をあらかじめ誘導するというスキャンダルは、起きていない。

 また、英国の下院議員は、選挙区で有権者と一対一の対面方式で質問を受けつける伝統がある。金曜から週末にかけての一定の時間、有権者なら誰でも、議員と政策を議論することができる。
 (ロンドン 森千春)

◆米 兵士との対話 入念なリハ

 米国のタウンミーティングの歴史は古く、建国前の17世紀までさかのぼる。当時は住民全員参加による議会を意味した。その伝統を受け継ぎ、今も北東部ニューイングランド地方では、住民の集会で予算や条例を決めている自治体がある。州や連邦のレベルでも重要な政策の導入などに際し、住民の声を広く聞くという名目で様々な形式、規模のタウンミーティングが行われている。

 大統領が自ら主催することもあり、ブッシュ大統領は昨年、社会保障制度の改革をめぐり、全米各地で市民と対話集会を重ねた。

 米国でも、こうしたタウンミーティングで主催者による議論の誘導がしばしば論議の的になっている。特に問題にされることが多いのは、参加者の選別だ。

 例えば、大統領が昨年2月、ノースカロライナ州ローリーで行ったタウンミーティングに参加できたのは招待状を送られた住民だけだった。政権側が推進したい政策に異を唱える反対派は排除されがちで、メディアからは『誰もが参加できるタウンミーティングなどと呼ぶのはまやかし』『政策を売り込むための道具になっている』といった批判が相次いだ。

 ただ、近年のタウンミーティングで『やらせ質問』や金銭の授受までもが問題になったケースはない。といっても、米国の政権が『やらせ』と無縁なわけではない。

 昨年10月にはブッシュ大統領がイラク駐留米兵とテレビ電話で行った対話が波紋を広げた。大統領の質問に米兵が答える形式だったが、国防総省高官が入念なリハーサルを行い、米兵に回答内容を指示していたことが明らかになったからだ。大半は『この10か月でイラクの治安部隊は能力と信頼性を飛躍的に高めた』など政権に好都合なもので、過剰な演出と批判された。

 メディアをカネで動かそうとしたケースもある。昨年1月には、教育改革の目玉である『落ちこぼれを作らない法』への支持を広げるため、教育省がテレビの保守系コメンテーターに計24万ドル(約2800万円)もの報酬を払っていたことが発覚。ブッシュ大統領は『公金の不適切な使用』と認めざるをえなかった。
 (ニューヨーク 大塚隆一)

◆仏 専門家に頼り 国民と乖離も

 フランス政府は、公開討議会や世論調査などを通じて、民意を集約している。

 国際熱核融合実験炉(ITER)など、公共施設を建設する場合、仏政府は関係者を招き、約10自治体で各1回、公開討論会を開催、政策導入の参考にしている。道路建設など、地域密着の問題では、県や市町村に調査を依頼、報告書の提出を求めている。

 ただ、教育問題など、一般政策については、世論調査専門機関による調査や専門家への意見聴取などに頼っているのが現状。このため、政府と国民の乖離(かいり)も目立ってきており、政府の政策に反対する国民がしばしば、ストやデモで抗議行動を繰り広げている。
 (パリ 島崎雅夫)」



(1) 英国では、

「公開集会で参加者の発言をあらかじめ誘導するというスキャンダルは、起きていない。」

のです。背景として、「英国の下院議員は、選挙区で有権者と一対一の対面方式で質問を受けつける伝統」があり、「金曜から週末にかけての一定の時間、有権者なら誰でも、議員と政策を議論する」ことからすると、やらせ質問なんて、伝統と英国人としての「プライド」(議論もろくにできない凡庸な愚か者と思われたくない)が許さないといった感じであると思います。


(2) 米国は、長くタウンミーティングの伝統があるのですが、

「タウンミーティングで主催者による議論の誘導がしばしば論議の的になっている。特に問題にされることが多いのは、参加者の選別だ。…… ただ、近年のタウンミーティングで『やらせ質問』や金銭の授受までもが問題になったケースはない。といっても、米国の政権が『やらせ』と無縁なわけではない。…… ブッシュ大統領がイラク駐留米兵とテレビ電話で行った対話が波紋を広げた。大統領の質問に米兵が答える形式だったが、国防総省高官が入念なリハーサルを行い、米兵に回答内容を指示していたことが明らかになった」

そうです。
参加者の選別があり、対話につき過剰な演出がある点は日本と類似しています。だからといって、日本と同じと思うべきではありません。日本の場合と異なり、米国の場合、招待状という形で参加者として誰が選ばれたか明確ですし、兵士という立場上、政府側に好意的な有利ないう人物であるとはっきり分かるからです。

日本の場合と異なり、米国の場合、やらせ質問や金銭授受を行うことで議論を避けるといった内向きな意思ではなく、あくまでアピールするという積極的な意欲で行っている点も重要です。


(3) フランスの場合、

「公開討議会や世論調査などを通じて、民意を集約している。 国際熱核融合実験炉(ITER)など、公共施設を建設する場合、仏政府は関係者を招き、約10自治体で各1回、公開討論会を開催、政策導入の参考にしている。」

ことから、やらせ質問や金銭の授受はないようです。
英国人と同様に、フランス人としての「プライド」(議論もろくにできない凡庸な愚か者と思われたくない)が許さないといった感じがあるのかもしれません。




2.これに対して、日本におけるタウンミーティングを含め対話集会の実情はどうでしょうか? 東京新聞11月24付夕刊文化欄「大波小波」を引用します。

 「大波小波:やらせ集会

 政府主催のタウンミーティングの「やらせ」で、文部科学省が批判の矢面に立たされているが、関係者として言えば、この種の国民との対話集会で大小のやらせのない集会など滅多にない。

 集会を設営する現場の担当者が恐れるのは、特定の政治団体の参加者に発言の主導権を握られるケースだ。これを防ぐために、公務員や先生あるいはOBを動員して趣旨に沿う発言を言い含めておく。アンケートの答えで参加者の3分の1余の職業が公務員だったなどの集会が珍しくない。

 もうひとつの苦労は人集めだ。平日昼間、関心の薄い経済、地方行政などのテーマに住民がそう集まるものではない。気の重い下準備をするのは、国の出先機関や地方自治体の職員である。不成功なら霞が関のエリート役人からどんな報復を受けるか分からない。現場の役人が極端な意見を発言しない素性の知れた参加者の動員に力を入れるのは自然だ。

 つまるところ、国民の対話集会といっても、政府や霞が関の役人にそのようなセンスはないし、国民がディスカッションになじむ風土もない。それでも真にまともな対話をしたいと言うなら、閣僚のような責任者には一日つぶしても徹底討論するくらいの気概が求められる。そんな覚悟があるか。
 (意見発表者)」(東京新聞11月24付夕刊9面「文化欄」)

 

日本の場合、

「集会を設営する現場の担当者が恐れるのは、特定の政治団体の参加者に発言の主導権を握られるケースだ。……不成功なら霞が関のエリート役人からどんな報復を受けるか分からない。……国民の対話集会といっても、政府や霞が関の役人にそのようなセンスはないし、国民がディスカッションになじむ風土もない」

ので、この種の国民との対話集会では、やらせは常態化しているそうです。
日本の場合、特定の政治団体の参加者、すなわち批判的な側の意見を避ける意図があり、政府や霞ヶ関の役人には対話ができる能力がある人が著しく少ないという認識ですから、なるべく議論したくない、議論は避けたい、場を荒らしたくない、といったようにひたすら内向きです。

素性の知れた参加者ばかり動員するというのも、分からない人とは話ができないという内向的・消極的な態度が見て取れます。政府や霞ヶ関の役人がそういう意識であり、現場の担当者もそういう意識ですから、国際社会に向かって日本をきちんとアピールすることなんて、夢のまた夢のように感じられます。

英国人やフランス人からすれば、日本におけるタウンミーティングの報道を聞くと、日本の政府高官や霞ヶ関の官僚は議論もろくにできない凡庸な愚か者なのか、という意識をもつことになるのでしょう。今までの日本外交からすると、すでにそう思っているのでしょうが。



3.タウンミーティングは、民主主義の原点として大事な制度です。

 「town meetingは、自己統治としての民主主義の原点です。そして、town meetingがtown meetingであるためには、市民の自己統治に必要な多様かつ政治的言論が保障されねばなりません。……

 かつて、アメリカの哲学者であり教育学者でもあったアレクサンダー・マイクルジョンは、民主主義の理想をtown meetingに求め、そこにおいて言論の自由が果たす役割の重要性から、政治的言論の絶対的な保障を説きました。彼は、town meetingにおいて重要なことは、「誰」が話すことではなく、「何」が話されたかであると言います。つまり、市民が賢明な政治的決定を行うにあたって必要なすべての情報と意見が、town meetingにおいて市民の前に明らかにされ、自由で活発な討論が行われることが重要だというのです。そうでなければ、本当の自己統治とはいえないからです。town meetingの主人公は、登壇する発言者ではなく、フロアにいる聴衆です。」(「憲文録ー別冊」さんの「town meetingと「タウンミーティング」2006年11月15日


日本版「タウンミーティング」は、本来の、民主主義の原点であるtown meetingとは似て非なるものであり、その意義を損なうものなのです。日本の政府と役人は、town meetingの意義を全く理解していないといわざるを得ません。

現行憲法は、多様な価値観を保障しているので、多様な価値観を尊重すると、当然ながら異なる意見が生じることになります。そういった多様な意見を前提として民主主義が成り立っているのです。「特定の政治団体の参加者に発言の主導権を握られる」かもしれないと恐れたり、「真にまともな対話をしたいと言うなら、閣僚のような責任者には一日つぶしても徹底討論するくらいの気概」がないようでは、民主主義を尊重する国家といえません。どうも、日本国はいまだ民主主義が根付いていないように思えます。

テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済

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