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2010/01/23 [Sat] 23:59:22 » E d i t
小沢一郎・民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる疑惑事件の報道に対して、鳩山内閣の閣僚が記者会見で批判を行っています。

 「小沢氏団体不透明会計:情報源「関係者」は不適 原口総務相、放送報道に対し見解

 原口一博総務相は19日の閣議後会見で、メディアの報道表現について「(一般論として)『関係者(によると)』という報道は、検察、被疑者どちらの関係者か分からない」と指摘。「少なくともそこを明確にしなければ、電波という公共のものを使ってやるにしては不適だ」との見解を示した。
 原口総務相は「(事実かどうか)争いのあるところでは、その発信源について、被疑者が逮捕されて検察側と弁護側の二つしかあり得ない場合は、どちらかを明らかにする姿勢は大事だ」と述べた。」(毎日新聞 2010年1月19日 東京夕刊


 「小沢氏団体不透明会計:「関係者によると」報道表現 平野長官も「公平でない」

 平野博文官房長官は20日の記者会見で、民主党の小沢一郎幹事長の資金管理団体を巡る事件の報道で用いられる「関係者によると」との表現について「すべてとは言わないが、記事の中身によっては公平でないものがあると思う」と述べ、「関係者」の所属をより明確にすべきだとの認識を示した。原口一博総務相も19日、同様の考えを表明している。」(毎日新聞 2010年1月21日 東京朝刊


いずれも、情報源を「関係者によると」とした報道記事について批判をています。その意味は、表面的には「批判の矛先が検察からメディアにも向かった」(毎日新聞 2010年1月22日 東京朝刊「社説」)とも言えますが、その真意は、検察庁による捜査情報漏洩による報道を隠す意図で、わざと「検察関係者」と書かずに、単に「関係者」としているのではないか、検察リークは公務員の守秘義務違反であって、違法行為に基づく虚偽交じりの捜査情報を垂れ流しは社会的偏見・冤罪の温床となると、疑問を呈したものといえます。




1.日本新聞協会は2008年1月16日、「裁判員制度開始にあたっての取材・報道指針」を発表し、「▽捜査段階の供述の報道にあたっては、供述とは、多くの場合、その一部が捜査当局や弁護士等を通じて間接的に伝えられるものであり、情報提供者の立場によって力点の置き方やニュアンスが異なること、時を追って変遷する例があることなどを念頭に、内容のすべてがそのまま真実であるとの印象を読者・視聴者に与えることのないよう記事の書き方等に十分配慮する。」としています。

(1) そこで、報道機関は、情報の出所をできる限り明らかにすることを定め、「毎日新聞は、事件・事故報道の記事スタイルの一部を見直した。『情報の出所』をできる限り明示し『関係者によると』の表現もできるだけ避けることを原則とした。多くの報道機関も同様の見直しをしている。」としています((毎日新聞 2010年1月22日 東京朝刊「社説」)。その点は、東京新聞でも同様です。

◆「情報の出所」を明示する

 事件・事故についての情報は、圧倒的に捜査当局に取材したものが多いが、そこには主観や誤導が入り込む可能性がある。弁護側に取材したものも同様にバイアス(偏り)がかかっている恐れがある。
 特に事実関係に争いがあるケースでは、互いに自らに有利になるよう情報提供することも考えられるが、情報源があいまいなままでは、読者はそうした「前提」を意識して読むことができない。
 今後は、読者に判断材料を提供するため、「○○署によると」「□□容疑者の弁護士によると」といったふうに可能な限り情報源を明示していく。」(【東京新聞の事件報道ガイドライン】本紙ガイドラインの概要 犯人視避け公正に(2009年2月15日)


捜査段階の被疑者も、公判段階の被告人も、いまだ犯罪者と確定されたわけではありません。刑事手続では、「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する」(人権B規約14条2項)のです。この「無罪の推定」(憲法31条、刑訴法336条)は、刑事手続のすべての段階において妥当する原則なのです(田口守一『刑事訴訟法(第5版)』(弘文堂、平成21年)20頁)。

このように、刑事手続・刑事事件では、無罪推定の原則が大原則ですが、特に、犯罪の嫌疑を受けている人が否認している場合に犯人視した報道を行うと、捜査及び公判中はもちろん、後に無罪が確定したとしても、市民の間に犯罪者であるとの拭い難い社会的偏見を植えつけてしまいます。ですから、そうした社会的偏見を防止し、社会的偏見に影響された誤判を防止するためにも、(特に、犯罪の嫌疑を受けている人が否認している場合)犯人視した報道は、絶対に止めなければいけません。例えば、「免田事件」の免田栄さんは、1983年に再審無罪となった今でも、犯人視されるという社会的偏見が残っているのです。

ですから、捜査機関側か弁護士側なのかなど、「情報提供者の立場によって力点の置き方やニュアンスが異なる」以上、無罪推定の原則を遵守するためにも、情報の出所を示すこと――最低限、「捜査関係者」か「被疑者側」か「被害者側」か――は必須といえます。



(2) こうして、「関係者」という曖昧な表現を避けると誓いを立てたにも関わらず、小沢一郎・民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる疑惑事件の報道については、どの報道も「関係者によると」という表現ばかりです。「捜査関係者」という表現さえも皆無という、明らかに誓いを反故にしてしまっているのです。

「捜査関係者」という表現さえもしないという、明らかに誓いを反故にしているのにも関わらず、報道機関は、「情報の出所を明示することで取材源を守れない恐れがある場合は、『取材源の秘匿』が優先する……それが、国民の『知る権利』に応えるため、適切な方法だ」(毎日新聞 2010年1月21日 東京朝刊)、とか、「最終的にどう報じるかは、あくまで各報道機関が独自に決めることだ」(朝日新聞平成22年1月22日付(金)「社説」)などと開き直るのです。

しかも、「事件の取材先は、捜査関係者に限らず多岐にわたる(毎日新聞 2010年1月21日 東京朝刊)とも述べ、検察リークを否定することさえしてみせるのです。



2.では、報道機関が強弁するように「検察リーク」はないのでしょうか? 広く言えば「捜査機関による捜査情報の漏洩」はあるのか否かについては、「検察リーク」による被害者側(被疑者、弁護士)の経験談からすれば、「ある」ことは紛れもない客観的事実です。江副浩正・元リクルート会長と佐藤優・元外務省主任分析官による書籍等から引用しておきます。

(1) 江副浩正『リクルート事件・江副浩正の真実』(中央公論新社、2009年)81頁以下

特捜部とメディアの“共演”

 社員の事情聴取が始まっておよそ1ヵ月後の昭和63年12月20日、私の取調べが始まった。

 特捜からリクルートの法務部に、「マスコミを避けるため、そちらの指定の場所へ出向く」と連絡が入った。弁護人で元検察官の牧義行弁護士が取調検事を検察庁へ迎えに出向き、リクルートグループのホテル「芝グランドプラザ」で取調べを受けた。容疑は「証券取引法違反」だった。

 担当は特捜部副部長の宗像紀夫検事。グレーのスーツに厚い眼鏡で中肉中背、実直な公僕といった風貌の人であった。宗像検事は福島県知事を現職知事として初めて起訴、立件したことで名声をあげた検事である。

 検事は部屋に入ると「どこかに隠しマイクはないでしょうね」と周囲を見回したあと着席した。(中略)

 部屋を出る前、宗像検事は言った。

 「次回は調書をこちらで作ってきます。それに署名してもらうだけでいいですよ」

 宗像検事が帰って客室のテレビをつけると、テレビ東京が「本日、東京地検特捜部は江副前会長を取調べた模様」と報道していた。私はその速さに驚き、特捜はやはりメディアと繋がっている、と確信した。

 宗像検事の取調べについて読売(12月29日)が詳細に報道している。(以下、省略)」



(2) 東京新聞平成22年1月8日付朝刊25面「佐藤優の霞が関ウオッチング」

情報リークと知る権利 権力の思惑絡まぬ真実を

 昨年12月8日の閣議で、興味深い答弁書が了承された。鈴木宗男衆院議員(外務委員長)が石川知裕衆院議員(民主)に関する捜査情報を検察がリーク(漏洩)(ろうえい)しているのではないかと質(ただ)したのに対し、鳩山由紀夫首相の名で「検察当局においては、以前から、捜査上の秘密の保持について格別の配慮を払ってきたものであり、捜査情報や捜査方針を外部に漏らすことはないものと承知している」と回答したのだ。

 検察が、嘘(うそ)をつくことはないという前提で考えると、連日、新聞をにぎわせている石川氏や小沢一郎民主党幹事長に関する疑惑はどのような情報源に基づくのだろうか。新聞を見ると情報源は「関係者」となっている。検察がリークしていないならば、もう一方の関係者は石川氏しかいない。

 そこで筆者は石川氏に電話をして「あなたか、あなたの弁護士がリークをしているのか」と尋ねてみた。「そんなこと絶対にありません。それにしても僕が検事に供述した内容が、そのまま引用されている記事があるんです。不思議で仕方がありません」という答えだった。

 新聞を含め、マスコミは官僚によるリークを叩(たた)くことはできない。なぜなら、国家公務員法の守秘義務を破らせてでも官僚から内部情報を入手することが、記者の「腕」だからだ。虎に「かわいそうだから肉を食うな」と言っても無駄なのと同じようにマスコミがリークを非難することはできない。

 ここで重要なのは、国民の知る権利だ。国民は国家権力が特定の思惑をもって流す操作された情報ではなく、真実を知る権利をもっている。2002年の鈴木宗男疑惑でさまざまな情報がリークされた。

 北方領土をめぐる企業からの収賄で鈴木氏が摘発されるという疑惑が連日報じられた。国民は報道に憤り、宗男バッシングの嵐になった。しかし、北方領土絡みで鈴木氏は摘発されなかった。国民は真実でない情報に踊らさせ、外交的に北方領土交渉は停滞した。

 結果として、リークが国益(国家益と国民益)の双方を毀損(きそん)した。この教訓をもう一度思い出す必要がある。
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作家。元外務省主任分析官。「国家の罠(わな)」で毎日出版文化賞特別賞受賞。」



(3) 江副浩正さんは、「宗像検事が帰って客室のテレビをつけると、テレビ東京が『本日、東京地検特捜部は江副前会長を取調べた模様』と報道していた。私はその速さに驚き、特捜はやはり間ディアと繋がっている、と確信した」と書いています。リクルートの法務部が設定した場所・時間、しかもリクルートグループのホテル「芝グランドプラザ」というリクルート側で情報漏洩が生じない状態であるのに、なぜか、メディアが、取調べ時間を把握していたのです。これは、東京地検特捜部又は検察庁からの情報漏洩がなければできないことです。

佐藤優さんのコラムも同様です。石川知裕衆院議員は、佐藤さんに対して、「それにしても僕が検事に供述した内容が、そのまま引用されている記事があるんです。不思議で仕方がありません」と答えています。「供述内容がそのまま(記事に)引用」というところまで正確にメディアに洩れるとなると、東京地検特捜部自らがメディアに対して供述内容を漏らしている以外にあり得ないのです。

こうした被疑者自身でなくても、刑事事件につき、長く経験を有する弁護士であれば、「捜査機関によるリーク」があることは分かっているはずです。弁護士の中には、弁護を行っている事件について、ある日、被疑者の個人情報や供述が報道されていたことに驚いた経験がある方が少なくないはずです。有名人でない場合、氏名と共に勤務している社名や地位が明らかにされた場合、被疑事実や供述内容次第では、解雇される可能性も出てくるため、弁護士側は漏らすことはないのです。それなのに、弁護士に対し取材をしているわけでもないのに、また被疑者が家族や友人に漏らしているわけでもないのに、なぜか、報道されてしまっているのです。報道記事を見ながら、「また捜査機関側が捜査情報をメディアに漏らしてやがる」と苦々しく感じているのです。

「大メディアの側は「放送免許を与える権限を持った総務相による報道規制」「取材源の秘匿は非常に重要」と反撃する。

 筆者は大メディアに「アホ抜かせ」と言いたい。取材源の保護・隠匿は確かに報道の生命線だ。そのために「●●関係者」と使う。議員や秘書だったら「政界関係者」、経営者や経済団体事務局員だったら「財界関係者」、ヤクザだったら「暴力団関係者」といった具合だ。これだと人物が特定されずに済む。この場合「関係者」の前に、どの業界なのかが付くのが普通だ。

 これで十分、取材源は隠匿できる。小沢幹事長周辺をめぐる今回の事件で「関係者」としか表記できないのは「検察関係者」だからだ。「政界関係者」や「被疑者の関係者」と書けばウソになる。記者やデスクも「関係者」の前に検察あるいは捜査と付けなければならないことは、十分過ぎるほど分かっている。だが「検察関係者」「捜査関係者」とするとリークであることがモロバレとなる。「関係者」は止むに止まれぬ苦し紛れの産物なのである。」田中龍作「「関係者」は取材源の保護ではなく単なるリーク隠し」(2010年01月21日)(JanJanニュース)


報道機関は、「検察リーク」であることを分かっていながら「検察リーク」を否定し、「『検察関係者』『捜査関係者』とするとリークであることがモロバレとなるため」、「関係者」という形で情報の出所を明示しているのです。




3.幾つかの報道機関は、高まる「検察リーク」批判に対して、「検察リークはない」との言い訳をしています。その「言い訳の記事」を幾つか紹介したいと思います。ここでは、朝日新聞と東京新聞のみ挙げておきます。

読みどころは、「検察リークはあるのに、報道機関はどんな言い訳をしているか」です。最初に述べておきますが、朝日新聞は「検察リーク」を全否定するという大嘘を大展開しているのに対し、東京新聞は「検察リークはないと断言できない」と述べて、「関係者」としか表現できない苦しさを吐露している内容になっています。


(1) 朝日新聞平成22年1月22日付朝刊2面「時時刻刻」

検察・報道批判 危うい民主

 小沢一郎・民主党幹事長の秘書らによる政治資金規正法違反をめぐり、同党が検察や報道に批判を強めている。「情報をリークして(漏らして)いる」と検察に矛先をむけ、情報源を「関係者」とする報道には総務相が「不適」と語った。だが、政権側による捜査への政治的圧力や報道規制を危惧(きぐ)する声があがる。

■「漏洩は違法」党に調査チームも 元検事「リークはない」

 21日に衆院予算委員会。

 質問に立った自民党の谷垣禎一総裁のテーマの一つは、民主党が18日に立ち上げた「捜査情報の漏洩(ろうえい)問題対策チーム」についてだった。

 「言論の自由や取材源秘匿の問題と関連する」と、チームを解散するよう求めた。

 平野博文官房長官は報道内容を批判しながらも、チームの活動に政府は関与していないとかわした。

 平野長官は20日の記者会見でも「検察から報道機関へのリークがあると思うか」と問われ、「そういう風に思うところもあるような気がする」と遠回しな表現をしている。

 じつは鳩山内閣は昨年末、鈴木宗男衆院議員の質問主意書に対し、「検察庁が捜査情報や捜査方針を外部に漏らすことはない」という答弁書を閣議決定している。「リークがある」と言えば、自らの閣議決定にも反してしまう。そんな事情もある。

 そのかわり、民主党内からは、検察や報道への不満が次々と噴き出している。

 東京地検特捜部に逮捕された石川知裕衆院議員の当選同期でつくる「逮捕を考える会」の福田昭夫会長は21日、朝日新聞の取材に「検察官には守秘義務がある。事件に関する秘密をもらしてはいけないはずだ」と批判した。

 「情報がどこから出てくるのか。検察がそんなリークをしていいのか」(石井一・党選対委員長、18日)、「(東京地検特捜部が)マスコミと国民をあおり、ムードをつくることこそ違法だ」(山岡賢次国対委員長、4日)

 こうした発言に、元特捜幹部は「世の中が思い描くようなリークは特捜部にはない」と断言する。「守秘義務と知る権利とのバランスの中で、個人の良心から、表情の変化で感触を与えるくらいはする。だが、それはリークでも何でもない」

 公務員の守秘義務と「知る権利」の関係について、最高裁は、1972年の外務省機密漏洩事件に関連して、取材が公務員の守秘義務と対立しても「取材の手段や方法が社会通念上是認されるものである限りは正当な業務行為である」と判断している。

 立教大の服部孝章教授(メディア法)は「大切なのは国民の安全や利益につながる情報かどうかだ。今回の公共性は高い」と指摘。調査チームの設立など民主党の動きについて「自由な社会的活動への挑戦だ。ジャーナリズム全体に影響を与えかねない」と厳しく批判する。

■「公共の電波で『関係者』は不適」 TV局「情報源守るため」

 「『関係者(によると)』という報道は、検察の関係者なのか、被疑者の関係者なのか明確にしなければ、電波という公共のものを使ってやるにしては不適だ」。小沢幹事長の資金管理団体に関する事件の報道をめぐり、原口一博総務相は19日の閣議後会見で、こう語った。

 取材源の明示を求める声は、民主党内に広がっている。「関係者というあいまいな表現のもと、裏付けが十分と思えない情報が横行している。一定の歯止めは必要」。ある同党衆院議員は、こんな党内の雰囲気が発言の背景にあるとみる。しかし、総務相は放送局に対し、開設の許認可や電波の割りあてといった監督権限がある。報道内容にまで踏み込んだ発言は、報道規制につながりかねない。

 「一般論として(総務相が)ああいう時期にそう言う必要があるのか、疑問だ」。日本民間放送連盟の広瀬道貞会長(テレビ朝日顧問)は21日の定例記者会見で述べた。

 「関係者によると」の表現は、メディア側も安易に使っているわけではない。NHKは一昨年末、「裁判員制度開始にあたっての取材・放送ガイドライン」をつくり、「関係者によると」の乱用を避け、「捜査関係者」のように「可能な限り具体化に努める」とした。

 今回の報道について、ある民放幹部は、「情報源をはっきりさせて証言者が被害を受ける恐れがあったり、今後の取材が断ち切られ視聴者に情報を伝えられなくなったりする可能性がある。例外として『関係者によると』とを使っている」と言う。

 「放送内容に介入する気もクレームをつける気も全くありません」。原口総務相は21日夜、大臣室に記者を招いて異例の「勉強会」を開いて訴えた。日本や海外の報道指針の資料を示しながら「民放連の指針でも情報の発信源は明示が基本」と、発言の根拠を説明した。

 表現の自由と取材源秘匿を研究する前田正義・海上保安大学准教授(憲法)は「容易に入手できない情報の場合は、関係者という表現は致し方ない時もある。報道免許の更新に権限をもつ総務相の発言は、報道現場に萎縮(いしゅく)的効果を及ぼし、視聴者の不利益となりかねない」と指摘する。」


多角的に取材し吟味――社会エディター・梅田正行

 「当局のリークで書いている記事もあるのかい?」

 事件取材に携わっていると、そんな質問を受けることがあるが、いつも自信を持って「ありません」と答えてきた。今回も答えは同じだ。

 民主党内から出ている疑問や批判の中には、「リーク」という言葉を検察による「情報操作」の意味で使い、捜査内容を報じる記事を一律に「検察リーク」によるものだと断じるものが少なくない。

 新聞記者は情報を集め、価値を吟味し、正確に早く伝えることに力を注ぐ。捜査の動きを探ることも極めて重要な仕事である。このため、記者たちは普段の努力を重ねている。そうした本来の取材活動と「情報操作」を一緒にされるのは残念でならない。

 今回の捜査を担当する東京地検特捜部は、保秘の面から徹底した情報管理がなされている。やっとのことで会えても、「話すことはない」の一言で終わることが珍しくない。

 捜査当局を取材するだけでは十分な情報を集めることも、それを吟味することもできない。事件報道の改革を20年以上進める中で、捜査側の動向を追うだけではなく、容疑者側の「言い分」を聞く取材を重視してきた経緯もあり、弁護人や、疑惑や事件の周辺にいる関係者への取材は格段に多くなっている。

 進行中の取材について多くを語れないが、今回の報道では、10年以上もゼネコンの取材を続けている記者が丹念に集めた資料を基に出来上がった記事がいくつもある。人や資料から得た情報を重ね合わせて、特捜部の狙いを薄皮を一枚一枚はがすように明らかにする作業を毎日繰り返している。

 多角的な取材と吟味なしに、真相に迫る事件報道はあり得ない。」



 イ 鈴木宗男衆院議員の質問主意書に対し、「検察庁が捜査情報や捜査方針を外部に漏らすことはない」という答弁書を閣議決定しているとのくだりは、東京新聞平成22年1月8日付朝刊25面「佐藤優の霞が関ウオッチング」から借用したように感じます。それはともかく、朝日新聞は、「公務員の守秘義務と『知る権利』の関係」の問題、「表現の自由と表現の自由と取材源秘匿」の問題、と捉えているようです。

 「公務員の守秘義務と「知る権利」の関係について、最高裁は、1972年の外務省機密漏洩事件に関連して、取材が公務員の守秘義務と対立しても「取材の手段や方法が社会通念上是認されるものである限りは正当な業務行為である」と判断している。
 立教大の服部孝章教授(メディア法)は「大切なのは国民の安全や利益につながる情報かどうかだ。今回の公共性は高い」と指摘。調査チームの設立など民主党の動きについて「自由な社会的活動への挑戦だ。ジャーナリズム全体に影響を与えかねない」と厳しく批判する。(中略)
 今回の報道について、ある民放幹部は、「情報源をはっきりさせて証言者が被害を受ける恐れがあったり、今後の取材が断ち切られ視聴者に情報を伝えられなくなったりする可能性がある。例外として『関係者によると』とを使っている」と言う。(中略)

 表現の自由と取材源秘匿を研究する前田正義・海上保安大学准教授(憲法)は「容易に入手できない情報の場合は、関係者という表現は致し方ない時もある。放送道免許の更新に権限をもつ総務相の発言は、報道現場に萎縮(いしゅく)的効果を及ぼし、視聴者の不利益となりかねない」と指摘する。」


要するに、守秘義務違反を犯して得た情報であっても、知る権利を保障するための報道ならば許される、捜査権限という強い権限を有する公権力による秘匿情報であっても、捜査機関はそう簡単に漏らしてくれない以上、「関係者」という誤魔化しは許される、というわけです。ある意味、「検察リークだっていいじゃないか」という論調です。

ところが、前半の記事内容と異なり、後半の梅田正行・社会エディターの論理は、――「リーク」という言葉を検察による「情報操作」の意味で使うものとして意味合いを変更しているようですが――一変して「検察リーク全否定」になっています。どうも記事全体がちぐはぐなものになっています。


 ロ 先に述べたように、社会的偏見を防止し、社会的偏見に影響された誤判を防止するためにも、(特に、犯罪の嫌疑を受けている人が否認している場合)犯人視した報道は止める必要があります。捜査機関側か弁護士側なのかなど、「情報提供者の立場によって力点の置き方やニュアンスが異なる」以上、無罪推定の原則を遵守するため、情報の出所の明示を示すことにしたのです。

ですから、今回の「関係者」という曖昧な表現の是非を巡る問題は、「公務員の守秘義務と『知る権利』の関係」の問題、「表現の自由と表現の自由と取材源秘匿」の問題ではなく、社会的偏見の植え付けを止めさせ、無罪推定の原則という最優先の大原則を守るべきか否かの問題なのです。

石川容疑者の弁護人“完オチ”は「完全な誤報」

 逮捕された石川容疑者の弁護人は20日、石川容疑者が小沢氏の事件への関与を認める供述をしているとの一部報道について、「完全な誤報」とする文書を報道各社にファクスで送付した。弁護人は安田好弘、岩井信両弁護士。連名で「石川氏がそのような供述をしたことは全くない」としている。

[ 2010年01月21日 ]」


今回の事件を巡っても、弁護側に対して確かめることなく一方的な情報で報道しています。ですから、無罪推定の原則になんら配慮することなく、「石川容疑者が小沢氏の事件への関与を認める供述をしている」といった誤報を平気で報道してしまうのです。


 ハ 梅田正行・社会エディターの記事には、「今回の報道では、10年以上もゼネコンの取材を続けている記者が丹念に集めた資料を基に出来上がった記事がいくつもある」とあります。こうした長年の取材の努力には敬意を表したいと思います。

しかし、談合や脱税の罪は、10年の間に公訴時効になっており不可罰ですし(談合は3年、脱税は5年の公訴時効)、政権交代した結果、自民党の国会議員ならあり得た贈収賄罪も、当時野党だった国会議員では「職務権限」がなく、贈収賄罪は成立しません。企業献金についても、政権交代前は多くの自民党議員に献金され、一部の野党議員に保険程度に献金をしていたわけですが、政権交代で状況は大きく変わりました。

要するに、10年の間に多くの情報が古くなり、過去の遺物となってしまっているのです。(おそらく、法律問題について素人の記者であって、「企業献金=悪」というイメージをもったまま取材しているから、過去の遺物となった情報か否かの判別ができないことも要因なのでしょう。)

「10年以上もゼネコンの取材を続けている記者が丹念に集めた資料」であるがゆえに、(法律につき素人の記者であることも原因となって)古くなった情報が今でも通用するとついしがみついてしまうから、人や資料から得た古い情報と重ね合わせた結果、一致した捜査機関のリーク情報が真実であると誤解してしまうのではないでしょうか。長く取材を重ねたという経験がかえって、本当に正しい情報なのかの精査ができなくなってしまい、捜査機関のリーク情報にいいように踊らされてしまっているように思います。




(2) 東京新聞平成22年1月23日付朝刊24・25面【こちら特報部】

小沢氏きょう聴取 検察『リーク』考~問われる「メディア力」
2010年1月23日

 資金管理団体による土地購入事件をめぐり、東京地検は今日、民主党の小沢一郎幹事長を事情聴取する。この事件では、自民党政権時代にもあった検察「リーク」批判が再燃した。検察が意図的にメディアに情報を流し、世論操作をしているという見方だ。公務員の守秘義務違反として締め付け強化を求める声があるが、これは報道の自由を侵しかねない。かつて検察取材を担当した「こちら特報部」の記者たちが、自らの経験を振り返った。

■堅い口、ペナルティー…情報入手の壁 厚く

 民主党の石川知裕容疑者(衆院議員)らの逮捕後、同党では18日に同容疑者と同期の議員ら十数人が「石川知裕代議士の逮捕を考える会」を結成、党機関としては「捜査情報の漏えい問題対策チーム」を設置した。

 翌19日には、原口一博総務相が「関係者(によると)」という報道表現について「検察と被疑者のどちらの関係者か分からない」と批判した。

 本紙にも、少なからずの読者の方々から「マスコミの検察リークに辟易(へきえき)」「『関係者』の話が事実なのかどうか疑問」といった声が寄せられている。

 おそらく、世間の「リーク」のイメージは捜査情報が日々、担当記者に提供される状況だ。

 しかし、特捜部の元「P担(ぴーたん)」の一人は「考えられない」と言う。ちなみに「P担」とは検察官を指す英語の「PROSECUTOR」からきた検察担当記者の業界用語だ。

 一般に取材現場はどうか。検察庁は地検副部長より下の検事と記者の接触を禁じている。このため、担当記者は通常、幹部への公然とした取材と下部の検事らへの「非公然な」接触を試みる。

 幹部らには会見や定例の懇談のほか、朝晩、出勤や帰宅途中に取材をする。通勤経路に集まった各社の記者が数分ずつ時間を割り、個別に質問する。その割り方には、電柱を目印に交代したりなど珍妙なルールもある。

■不可欠な独自取材

 でも、「公式発表」だけでは原稿は10行、ベタ記事にもならない。ある事件があって、容疑者の逮捕後に「どんな供述をしているか」と幹部に聞いても「供述内容を言えないのは常識」と返されるのがオチだ。そこで担当記者は接触を禁じられている検事や事務官から話を聞き出そうとする。

 元検察担当の一人は「接触された検察側の人物は、記者の名を上司に通報する検察内部のルールに従う。ツウ(通報)されれば出入り禁止のペナルティーがある。一定期間、検察庁舎の一部もしくは全部の立ち入りや幹部との懇談が禁止される」と説明する。

 「『報道の者です』と社名を伏せて近づいても、たいていは『帰れ』のひと言だけ。毎夜、毎朝、こうした接触を繰り返すうちに会話が成立してくる人もいるが、それは極めてまれなケースだ」

 別の元「P担」は「メール、手紙、電報…。あれこれ工夫する。『新年に獅子舞の格好をして検事の家を訪れた』『乳飲み子をベビーカーに乗せて、帰宅を待っていた』なんていう、“伝説”も業界にはある」と話す。

 相手の壁は厚い。だから捜査に気付けば、記者は独自の取材を並行する。それ抜きには書けない。少なくとも“だだ漏れ”の「リーク」は考えにくいと口をそろえる。

■特ダネ競争 情報吟味怠る恐れ

 東京地検特捜部の検事は40人ほど。その動向を追う新聞、テレビ、通信社各社の担当記者はおよそ計50人いる。

 厳しい競争を繰り広げて、ようやく入手した独自情報を紙面に載せたとする。すると、特捜部の事務官から「しばらく取材不対応です」と出入り禁止を言い渡される。決まり文句は「記事で捜査に支障が出た」だ。

 未来形の記事も出入り禁止の対象。「事情聴取した」はいいが「事情聴取へ」や「聴取する方針」はダメ。処分の期間は幹部の気分次第だ。

 こうした記者の情報への「飢餓感」が情報操作を容易にするという懸念は当然、浮かぶ。その点はどうなのだろうか。

 経験者の一人は「ある事件で『ない。ひっくり返しても鼻毛一本出てこない』と、政治家逮捕の見通しを聞いた検察幹部に言われた。ところが、その数時間後に政治家は逮捕された。当時も紙面に政治家の疑惑の数々が載り、リーク批判が出た。だが、掲載された記事の大半は夜討ち朝駆けのひと言をヒントに独自取材で集めた情報でつくった」と思い出す。

 ただ、別の記者は「普段は話さない幹部が情報を出してきた。『これで原稿が一本書ける』と胸が高鳴ったが、先輩から『検察応援のためのヨイショになる』と諭され、見送ったことがある」と振り返る。たしかに「リークはない」とは断言できない。問題はメディア側の判断力だ。

 記者の密着取材には“検察の暴走”を監視する意味もある。これはどの程度、一線の記者として自覚していたのか。

 一人は「監視なんて余裕はなかった。まずは情報収集しなければ、分析も批判もできないというのが現実」と語り、別の一人も「他社に載っていない話を書かなければという目先の特ダネ競争に追われていた。それで頭がいっぱいになり『権力の監視』にまで考えが至らなかった」と言う。

 今回、問題になった「関係者」という曖昧模糊(あいまい・もこ)な表現。せめて「捜査関係者」「検察関係者」と書くべきだという指摘もある。この点については「検察捜査は政界がらみの事件が多い。捜査関係者と書けば情報を漏らした犯人捜しが始まり、捜査に不当な圧力がかかる可能性もある」と解釈する元担当記者がいた。

 ただ、別の記者は「検察関係者と書くと『検察庁はそんな発表をしていない。個別に話す検事、事務官もいない」と一喝される。情報源を明かせないことを見透かして『虚報』のレッテルを張り、出入り禁止を言い渡す。『関係者』としか書かないのは、情報源を守るとともにペナルティーを避けるための工夫でもある」と解説した。

 今回の事件は政権交代という前代未聞の状況下で展開されている。それだけに、従来とは異なる検察の手法もあるかもしれない。だが、取材経験者の一人は「石川議員の逮捕も事前には漏れなかった。政権交代でメディア対策が一変したとは感じられない」と漏らす。

 いずれにせよ、かつてないリーク批判の中で「守秘義務強化」が議論になっている。映画監督・作家の森達也さんは「リーク情報をどう扱うかはあくまでメディア側の問題だ。政府が口出ししたり、規制強化する問題ではない」と論じる。

 ただ、一般論でメディア側にもこう注文を付けた。「取材先を守るための情報源秘匿は必要。ただ、それを大義名分に、捜査情報を吟味せずに書き飛ばすケースがままあるから批判される。メディアが自律的に反省すべき点はあるだろう」


<デスクメモ>

 毎朝、毎晩、記者たちは路上に立つ。あのころ、なぜ、あんなことができたのかと自問する。同僚にも聞く。建前を覗けば、どこかで思考を止めていた。抜いた、抜かれたのゲームと割り切った。しかし、それ抜きに警察や検察という権力の内情が見えなかったのも事実。ジレンマはいまも続いている。 (牧)」



 イ 東京新聞は、検察リークはないとは断言できないと素直に真実を告白しています。

 「別の記者は「普段は話さない幹部が情報を出してきた。『これで原稿が一本書ける』と胸が高鳴ったが、先輩から『検察応援のためのヨイショになる』と諭され、見送ったことがある」と振り返る。たしかに「リークはない」とは断言できない。問題はメディア側の判断力だ。」


多くの報道機関が「検察リークはない」と否定するなかで、「検察リークはないと断言できない」という言い方ではありますが、リークを素直に認めていり点で、敬意を表したいと思います。こうした報道機関こそ、国民は信頼できるように思います。


 ロ なぜ、「関係者」としか書けないのかについて、その苦しさを次のように述べてします。

 「別の記者は「検察関係者と書くと『検察庁はそんな発表をしていない。個別に話す検事、事務官もいない」と一喝される。情報源を明かせないことを見透かして『虚報』のレッテルを張り、出入り禁止を言い渡す。『関係者』としか書かないのは、情報源を守るとともにペナルティーを避けるための工夫でもある」と解説した。」

 
ある意味、検察庁は、もし検察リークである旨を明示すれば、「虚報」とレッテルを張り、「出入り禁止」を言い渡すという「ペナルティー」「脅迫」を行うわけですから、報道機関は「関係者」としか報道できないようになっているわけです。これが報道機関の本音なのでしょう。

しかし、こうした「脅迫」は実に不健全です。脅されている状況では、「“検察の暴走”の監視」「権力の監視」は難しいのですから、報道機関の役割は果たせていないのですから。民主党政権は、情報公開を積極的に行うことをマニフェストに掲げており、今回の権力闘争に勝利した後は、検察庁にも十分な説明責任を果たすよう、改善を図っていくべきであると考えます。




4.最後に、「関係者」を明示すべきだという識者のコメント記事を2つ紹介しておきます。

(1) 「開かれた新聞:委員会から 5月度 小沢氏の秘書逮捕、起訴をめぐる報道」(2009年5月11日 1時30分)

◇問題点の整理必要、マスコミ不信残る--吉永みち子委員(ノンフィクション作家)

 検察捜査や報道への国民の批判は大きいと言われるが、誰がどんな立場から何を批判しているのかが整理されずに膨らんだ感がある。民主党支持者と、政治の変革を求める無党派層には批判に温度差もある。

 政権交代が見えてきたこの時期の逮捕・起訴が問題なのか、検察が説明責任を果たしていないことへの不満か。国民が何より知りたいのは、これまで法廷での犯罪事実の証明で説明責任を果たし「黙して語らず」を貫いてきた検察が、今回意図的なリークで世論を誘導した事実はあったのかどうか、であろう。

 大久保容疑者が容疑を認めたと朝日、読売、日経などが報じている。いずれも「捜査関係者などによると……という」「関係者の話では……模様だ」と伝聞であり、関係者とは誰か、関係者などの「など」はどういう人か分からない。

 毎日は「否認のまま起訴へ」(3月24日夕刊)としているが、やはり書き方は同様だ。取材かリークだったのか、報道側も自己検証すべき課題ではないか。現段階では検察へも、マスコミにも、政治にも、漠然とした不信だけが残っている。

 ◇リーク依拠の印象、情報操作に警戒を--田島泰彦委員(上智大教授

 今回の捜査は、総選挙が間近な時期に野党党首をターゲットにし、しかも贈収賄とは異なる政治資金規正法違反という点で極めて異例と言え、ジャーナリズムの観点からは検察への監視、検証が厳しく求められてしかるべきケースだ。

 ところがメディアは、全体として検察のリークにもっぱら依拠し、その筋書きを追認する報道に終始してきた感がある。毎日新聞の報道には、捜査への疑問を正面から問うた前社会部長ほかの批判的記事なども見られたが、社説も含め大きな流れはメディア全体の論調と著しく別の方向に向いていたとは言い難い。

 「関係者への取材で分かった」との記事が少なくなく、検察幹部による情報と推測するが、今回のように対立する当事者がいる場合には、情報源の明示は決定的に重要であり、その方向での徹底努力を求めたい。

 また漆間巌官房副長官の「(捜査は)自民党議員には波及しない」とのオフレコ懇談発言では、発言が大きな問題になってもメディアが率先するのではなく、結局、河村建夫官房長官の明示を待って実名に踏み切ったのは情けない。体のいい情報操作の手段に使われないよう、必要な場合は実名にするとともに、オフレコ懇談自体の是非も議論すべき時ではないか。」



(2) 朝日新聞平成22年1月20日付朝刊4面

識者の見方は

取材の規制 とんでもない

 田島泰彦上智大教授(メディア法) マスコミが取材源から情報を入手し、伝えるのは取材や報道の自由で、与党が介入して取材を規制するのはとんでもない話だ。ただ、メディアは検察のやり方を批判的に考え、検察情報の扱い方をしっかりしないと検察に使われてしまう。民主党が主張する批判を正当化することになり、足元をすくわれかねない。

 検察官や政治家など公権力にかかわる人の発言は「関係者によると」ではなく、可能な限り実名で情報源を明示する必要がある。オフレコ取材で誰の発言かあいまいにすることは自戒すべきだ。検察は捜査を有利に働かせるため情報をリークすることがあり得るし、小沢氏の政治資金をめぐる問題ではメディア全体が意図的なリークに乗る方向で機能した気がする。

「検察が正義」疑う必要も

 元共同通信編集主幹でジャーナリストの原寿雄さん マスコミと検察が一体になったかのような情報操作だという主張も理解できる。ただ、与党の国会活動に支障を来たさないようやってほしい。「小沢氏対特捜検察」は、ロッキード事件以来の対立があり、感情的なけんかになっているのが残念だ。」



検察官や政治家など公権力にかかわる人の発言は、強力な法的権限があるだけに、「関係者」という匿名のまま発言を許すことは、公権力による情報操作を招くおそれがあるため、権力の監視という報道機関の役割を放棄するものであり、報道の自由を憲法21条で保障した意義を没却してしまいます。

何度も指摘していることですが、刑事手続においては、無罪推定の原則がある以上、有罪報道を止め、容疑を受けた者に対する社会的偏見を生じさせないようにするべきです。その意味でも、捜査機関による捜査情報を、「関係者」という匿名で報じることは大きな問題なのです。

これに対して、報道機関は、知る権利(憲法21条)の保護を強調し、リークするものが捜査機関であっても「関係者」という表現方法を認めろとします。虚偽交じりの、捜査機関側に情報操作された情報は国民にとって有害であって、むしろ知る権利を害するものと言えます。国民の知る権利の保障は、真実を知る権利の保障であるべきなのです。

一般論としては、情報源の秘匿は守られるべきであることに誰も依存はありません。しかし、官庁や企業の違法行為の告発者を保護するとしても、捜査を行っている捜査機関からの情報であることを秘匿いいわけではないのです。公権力による情報操作を招くことを避ける必要があるからです。

繰り返し述べますが、今回の「関係者」という曖昧な表現の是非を巡る問題は、「公務員の守秘義務と『知る権利』の関係」の問題、「表現の自由と表現の自由と取材源秘匿」の問題ではなく、匿名での公権力の発言を許していいのかどうか、捜査情報を吟味せずに書き飛ばしかねないことでもいいのかどうか、社会的偏見の植え付けを止めさせ、無罪推定の原則という最優先の大原則を守るべきか否かの問題なのです。



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2010/01/27(水) 20:08:45 | ġ??å
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