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2010/01/15 [Fri] 03:04:22 » E d i t
性同一性障害で女性から男性に戸籍上の性別を変えた夫が、第三者の精子を使って妻との間に人工授精でもうけた子を法務省が「嫡出子」と認めなかった問題をめぐり、千葉景子法相が1月12日の閣議後会見で、「これ(性同一性障害のケース)だけダメというのは、差別というか無理がある」として、「早急に改善に取り組みたい」と述べ、法務省の見解を見直す方針を表明しました。これにより、「嫡出子」として認める方向で検討されることになったのです。

この性同一性障害者の親子関係を巡る問題について、最も詳しい記事を掲載している朝日新聞が、1月14日付社説として掲載していましたので、紹介したいと思います。



1.朝日新聞平成22年1月14日付(木)「社説」

性同一性障害―千葉法相の妥当な判断

 結婚している男女が、第三者の精子を使って人工授精で子をもうけたら一般的には嫡出子だが、性同一性障害のため性を変えた夫と妻の場合は非嫡出子とする。こうした法務省の認定に、兵庫県宍粟(しそう)市に住む夫と妻は納得がいかなかった。

 夫妻の強い思いを知った千葉景子法相は、現行の扱いを改善し、そうした子を夫妻の嫡出子として認める方向で検討することを表明した。

 法相の判断を高く評価したい。

 心と体の性が一致しない性同一性障害の人たちが、望む性別を社会的に選べるようにと2004年、性同一性障害特例法が施行された。

 夫は手術を受け、特例法に基づいて戸籍上も男性となった。妻と法律上の婚姻関係を結んだ。

 だが、第三者から精子提供を受けて妻が人工授精で産んだ子を、嫡出子として届けようとして待ったがかかった。夫がもとは女性なので、「遺伝的に父子関係がないのは明らか」として法務省が認めなかった。同様の例が特例法施行以来、5件あるという。

 法律上の婚姻関係にある男女を父母として生まれた子を嫡出子と呼ぶ。その例外とされたわけだ。

 第三者の精子を使い人工授精で子をもうける夫妻は年100件以上。無精子症など夫側が原因の不妊症の治療として日本では60年前から行われ、1万人以上の子が生まれたという。

 夫婦の間にできたこれらの子は通常、嫡出子として出生届が受け付けられている。

 特例法は、性を変更した後は新たな性別で民法の適用を受けるとしている。親子関係について差別を受けるのは不合理だ。法相もそう判断したのだろう。

 障壁を乗り越えて心と社会的性別を一致させ、結婚した夫と妻が子どもを持ちたいと思うのは自然だ。性同一性障害で戸籍上の性を変えた男女は1400人以上いる。

 同じ障害に悩む人はさらに多い。これからも宍粟市の事例のような夫婦は増えるだろう。

 千葉法相が示した見直しの実現には運用の変更、法改正などいくつか方策があろう。早急に詰め、他の5例についても調査し、救済してほしい。

 法務省が性同一性障害の夫を別扱いしようとしたのは、民法が子どもは生来の男女の自然生殖で生まれるものだという前提に立っているからだ。だが現実には、民法が制定された明治には想定されなかったような状況で生まれる子が増えている。

 医療の進歩によって、これまで子どもを持てなかったようなカップルが子どもを持てる時代になった。それによりそった法律の考え方がもっと論じられていい。」



2.この社説は、性同一性障害者の親子関係を巡る問題について、法務省が性同一性障害の夫を別扱いしようとした理由に触れつつ、それを批判し、嫡出子と扱うべきだとする論拠を十分に説明したものとして、秀逸な内容になっています。ですので、この社説が理解できれば、問題状況を把握できると思います。この社説を適宜引用しながら、説明していくことにします。

なお、社説の内容は、<1>「性別変えた夫の子、妻出産でも婚外子扱い(法務省見解)~性同一性障害者に対する不当な差別(憲法14条違反)ではないのか?」(2010/01/12 [Tue] 01:40:56)、<2>「性同一性障害の夫の子「嫡出子」認定へ~法相、認定見直す方針を表明」(2010/01/14 [Thu] 02:01:27)と、ほとんど重なっているようです。


(1) まずは、法務省の見解の説明です。

 「心と体の性が一致しない性同一性障害の人たちが、望む性別を社会的に選べるようにと2004年、性同一性障害特例法が施行された。
 夫は手術を受け、特例法に基づいて戸籍上も男性となった。妻と法律上の婚姻関係を結んだ。
 だが、第三者から精子提供を受けて妻が人工授精で産んだ子を、嫡出子として届けようとして待ったがかかった。夫がもとは女性なので、「遺伝的に父子関係がないのは明らか」として法務省が認めなかった。同様の例が特例法施行以来、5件あるという。
 法律上の婚姻関係にある男女を父母として生まれた子を嫡出子と呼ぶ。その例外とされたわけだ。」



民法は「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」(772条)と規定しています。

(嫡出の推定)
民法第772条
 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2  婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。


この民法772条の規定により、法的に結婚した夫婦の間に生まれた子は嫡出子と推定されることになります。ところが、法務省は、性同一性障害特例法により性別を男性に変更した者の場合だけは、民法772条にいう「男」ではない(又は「夫」ではない)として、772条の適用外・772条の例外と扱うのです。性同一性障害特例法により性別を男性に変更した者は、法律上、男性となったのにも関わらず。法務省の見解は、性同一性障害特例法及び民法772条からして、捻じ曲がった解釈ではないのか、というわけです。



(2) 嫡出子と扱うべきだとする論拠として、「性同一性障害者に対する差別(憲法14条・法の下の平等)である」という点があります。これはその説明です。

 「第三者の精子を使い人工授精で子をもうける夫妻は年100件以上。無精子症など夫側が原因の不妊症の治療として日本では60年前から行われ、1万人以上の子が生まれたという。
 夫婦の間にできたこれらの子は通常、嫡出子として出生届が受け付けられている。
 特例法は、性を変更した後は新たな性別で民法の適用を受けるとしている。親子関係について差別を受けるのは不合理だ。法相もそう判断したのだろう。」


 イ 人工授精、特に非配偶者間の人工授精(AID)は、無精子症、乏精子症など男性側に生殖能力が著しく欠如している場合に行われます。日本では、1949年に慶應義塾大学病院ではじめて実施され、60年間に1万人以上が誕生しています(金城清子『ジェンダーの法律学(第2版)』(有斐閣、2007年)141頁参照)。

AIDの事例は、あまりも多数に及んでいるためか、通説的見解は、生まれた子は、依頼夫婦の嫡出子としていて――それに疑問を呈するものは皆無に近いのです。例えば、本山・私法判例リマークス35号68頁でも、AID子と夫とに嫡出推定を働かせることにことに阪大する主張はほとんどないとします。また、水野紀子教授も、死後生殖にはひどく嫌悪感を示すのですが、AIDには、「自然状態でも、血縁上の父が法律上の父でない子は出生しうる」例として、許容される(法律時報79巻11号35頁参照)のです(吉田邦彦「死後凍結保存精子による体外受精子の亡父への死後認知請求(法律上の父子関係形成)の可否(最二判18・9・4)」判例評論604号7頁・判例時報2036号(平成21年6月1日号)155頁)参照)。

AIDに関する裁判例も、生まれた子は依頼夫婦の嫡出子と扱う通説的見解を前提としたものです(例えば、東京高決平成10・9・10家月51巻3号165頁〔夫婦の離婚に際し、親権者が争われた事例〕、大阪地判平成10・12・18家月51巻9号70頁、判例時報1696号118頁〔出産当時事実上離婚状態であったという事例につき、夫はドナーによる人工生殖には、不同意であったとして、嫡出否認の訴えを認容したもの〕)。

このように、学説・裁判例は、AIDにより産まれた子については、嫡出子と推定されるだけでなく、AIDに同意していた夫は嫡出否認を主張できないとの考えが一般的なのです(高橋朋子=床谷文雄=棚村政行『民法7 親族・相続(第2版)』(有斐閣、2007年)139頁、手嶋豊『医事法入門(第2版)』(有斐閣、2008年)。完全に自分の子どもではないのですが、夫は子の嫡出性を承認したとして否認権を失うとするか(民法776条)、信義則上、夫は否認権の行使を許されないというのがその理由です。

もし、法務省の見解に従えば、生来の男性の場合と異なり、性別変更した男性の場合には、いくら同意に基づいてAIDにより産まれた子であっても非嫡出子と扱うのですから、事実上、夫による嫡出否認を主張を肯定したことになります。言い換えれば、生来の男性の場合は、AIDを同意して産まれたとしても、法的に、自分の子でないと言い張ることでき、法的に堂々と監護・養育する義務を放棄できてしまうのです。それは、AIDへの同意を信頼した妻の信頼を裏切り、性別変更した男性の子供利益を著しく害するものであって、妥当性を欠いています。


 ロ ところで、性同一性障害特例法4条は、「性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、民法(明治二十九年法律第八十九号)その他の法令の規定の適用については、法律に別段の定めがある場合を除き、その性別につき他の性別に変わったものとみなす」と規定しています。

そうすると、法律で例外規定を設けない限り、変更された性別の者として「みなす」という規定である以上、民法772条の適用を排除する規定がない現在、民法772条の適用をするしかないのです。それなのに例外規定がないのに、例えば、男性に性別を変更した後も「女性のまま」と「別扱い」し、明文の規定なく勝手に民法772条の例外を設けることは、解釈を超えた立法であって、法律上、不可能というべきです。


 ハ 性同一性障害特例法4条の規定がある上、(民法772条の適用を除外する特別規定がないため、)民法772条が適用されるはずです。それなのに、生来の男性ではないとしてその子の嫡出性を否定することは、同じ人工授精でも夫が生来の男性の場合は嫡出子として受理していることと、差別的扱いをするものであって、合理的な理由のない不当な差別といえるのです。

憲法14条1項は、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定しています。生来の男性か否かで差別すること――もっとはっきり言えば、法律上男性と決定されたのに、法適用上元の性である「女性」と扱い、性同一性障害者であるがゆえに差別するということで、「性別」による差別に当たる(憲法14条違反)として許されないといえるのです。



(3) 嫡出子と認めないとする法務省の論拠への批判も挙げられています。

 「法務省が性同一性障害の夫を別扱いしようとしたのは、民法が子どもは生来の男女の自然生殖で生まれるものだという前提に立っているからだ。だが現実には、民法が制定された明治には想定されなかったような状況で生まれる子が増えている。
 医療の進歩によって、これまで子どもを持てなかったようなカップルが子どもを持てる時代になった。それによりそった法律の考え方がもっと論じられていい。」



 イ 法務省が性同一性障害の夫を別扱いしようとしたのは、「民法は夫婦間の自然生殖を前提としている」(学習院大学の野村豊弘教授)という理屈によっているからです。あけすけにいえば、民法は、自然生殖=性交ができるか否かで親子関係を決するのだというわけです。

しかし、こうした「性交至高主義」「性交絶対主義」を高らかに主張することには、どうにも気持ち悪さを感じるのです。「現実には必ずしも崇高な意思に支配されているとは限られない性交に親子関係形成上の線引きを認めるのは何故なのかが、よくわからない」からです(前掲判例評論604号7頁・判例時報2036号(平成21年6月1日号)153頁参照)。


 ロ 生殖補助医療の先駆けといえる体外受精は、日本での体外受精児は累計では30万人を超えており(2003年時。金城清子『ジェンダーの法律学(第2版)』145頁)、体外受精は日常化しつつあります。自然の状態では子供を産むことができない人々に対して、生殖補助医療という、子供を持つための技術は劇的に発展してきたのです。こうした生殖補助医療は、「夫婦間の自然生殖」以外のものであって、民法の想定外ですが、こうした生殖補助医療を「夫婦間の自然生殖」でないとして全否定することは、もはやできないのです。

このように、「民法は夫婦間の自然生殖を前提としている」という論拠、言い換えれば、「性交至高主義」「性交絶対主義」という論拠は、妥当ではないのです。


 ハ 「医療の進歩によって、これまで子どもを持てなかったようなカップルが子どもを持てる時代」になりました。こうした生殖補助医療の発展に伴って「拡大した親子関係」ばかりでなく、養子縁組(普通養子・特別養子)による親子もあり、ステップファミリー(再婚家族・継家族)も増えてきています。性別変更した男性の夫婦の間で生まれる子供といったように、今まではあり得なかった「多様な家族」が現実として増えているのです。

「性交至高主義」「性交絶対主義」は、今回のケースのように多様な家族関係の形成を阻害・排斥する結果になっています。ですから、多様な家族の形成を阻害・排斥することは止めて、多様な家族が存在することを素直に認め、多様な存在・多様な価値観をそのまま尊重する、一人ひとりの個人をかけがえのない存在と捉え、あるがままの人間存在そのものを尊重するべきであるように思うのです。

「法律の考え方」(法規定・法律解釈の仕方や法運用)は、多様な家族をそのまま尊重するような形でなすべきではないか――。朝日新聞は、こうした主張を行っているわけです。


テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済

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2010/01/15(金) 15:45:01 | ???
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