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2009/10/06 [Tue] 23:59:22 » E d i t
八ッ場ダム建設中止問題については、地元住民は建設中止反対ばかりであるかのようなテレビ報道がよくなされています。そのようなテレビ報道や記事だけを報道する新聞(読売新聞、毎日新聞)を読んでいる読者は、案の定、次のような意見を投書しています。

「八ッ場ダムの問題で、前原国土交通相との話し合いに住民が応じなかったのは当然であろう。バッジを光らせ、マニフェストを錦の御旗に掲げ住民の前に現れたからである。政府には中止を白紙撤回してほしい。」(読売新聞平成21年9月29日付朝刊13面「投書欄」―神奈川県相模原市・50代)



「八ッ場ダム工事をめぐって地元が怒っている。前原誠司国土交通相が「八ッ場ダムは中止すると言うのを聞いていて、私は違和感を覚えた。「マニフェストに書いてある」という意味の言葉と、冷然とした物言いに、深刻な影響を受ける地元住民への温かな目配りを感じなかったからだ。
 はたしてその後、マニフェストを作るに際して民主党は地元民や関係自治体の声を誠実に聞くプロセスを経なかったという事実も知った。(中略)この問題に限らず、民主党は二言目には「政権公約を実行する」と言うが、そのことが必ずしも民意を尊重することにならないのは分かっているはずだ。
 地元住民は「建設中止を白紙に戻さなければ前原氏との意見交換会に出ない」と言っているが、同党のこれまでの姿勢を見れば、きわめて当たり前の主張だと思う。民主党政権はもっと謙虚になってもらいたい。」(毎日新聞平成21年10月3日付朝刊15面「みんなの広場」―埼玉県深谷市・60代)


しかし、本当に地元住民は建設中止反対ばかりなのでしょうか? 地元住民の気持ちを十分に報道しているのでしょうか? そこで、2つの記事を紹介したいと思います。


1.報道記事を幾つか。

(1) 朝日新聞平成21年10月3日付朝刊38面「八ッ場から ダムが止まるまち」

「政争の場。いい迷惑だ」  谷垣総裁視察 住民動員取りやめ

 「最初におわびを申し上げたい。八ッ場(やんば)ダム中止という心配をさせているのは、総選挙で私どもがふがいなく政権交代を許してしまったからだ」。八ッ場ダムの本体工事の入札手続きの中止が発表された2日。ダムの地元、群馬県長野原町を視察し、住民との意見交換会に臨んだ自民党の谷垣禎一総裁が、頭を下げた。

 地元側は大沢正明県知事や町長ら約30人が並び、自民に期待を託す姿勢を示した。

 会場入り口の窓の「建設中止撤回」を訴える張り紙が、9月に民主党の前原誠司国土交通相が来た時より増えていた。前日に張ったのは県の担当課職員だ。 「地元の意思を文面で示した」と説明した。

 だが、会場に住民代表以外の一般の住民はいなかった。

 地元では初め、住民を動員する動きがあった。 「自民党の総裁が来るんだから、人が少ないんじゃみっともない。自民県連からも、なるべく人を集めてくれと要請があった」と、水没関係5地区連合対策委員会の関係者は話す。

 だが、動員は直前に取りやめになった。ある地区のダム対策委員長は、前原氏の時と同じ扱いにしたと説明する。「自民党が来た時だけ参加すれば、県も町も住民も自民党についたと思われてしまう」

 河原湯地区に住む男性は「300議席以上ある民主党に、100程度の自民党が何ができるか。何もできないよ」と冷めた目を向けた。

   □□□

 長野原町は、中選挙区制のころ旧群馬3区だった。福田赳夫氏、中曽根康弘氏、小渕恵三氏、福田康夫氏の4人の首相を生んだ「自民王国」だ。

 だが自民党への地元住民の感情は、実は複雑だ。1952年に地元へダム計画が伝えられてから57年と計画が大幅に遅れたのは、自民の大物政治家が激しく競い、「上州戦争」と呼ばれた地であることと無縁ではないからだ。

 地元の温泉街とつながりの深かった福田赳夫氏は地域開発を掲げてダムに賛成したのに対し、反対派は中曽根氏を頼った。85年に地元がダム受け入れを表明した時の首相が当の中曽根氏だったことは、問題の複雑さを物語る。あげく、自民は下野した。

 水没予定地近くで農業を営む70代の男性は嘆いた。「ここは本当に政治の争いの場所になってしまった。地元にすればいい迷惑だよ。57年間、造る造らないでずっと戦争をしている気分だ」。温泉旅館を営む男性も怨み節を漏らした。「自民党がしっかりしていれば、今ごろはすでにダムができて、新しい人生がスタートしていた」

   □□□

 谷垣総裁は意見交換を終えた後、報道陣に対し、前原氏の建設中止表明を「マニフェストに書いてあるからとの理由だけで中止する、というのはなかなか通じないのではないか」と批判した。

 だが一方で、建設の是非については言葉を濁した。「治水・利水の必要性があるのか、きちっとデータを集めてきちっと議論していかなければならない」 (大井穣、木村浩之、菅野雄介)」

  
八ッ場ダム建設を巡って問題になるのは、57年経過しても完成していないままであることが根本原因であり、その最大の元凶は、「自民の大物政治家が激しく競い、『上州戦争』と呼ばれた地である」点、すなわち、八ッ場ダムの地元が自民党内の政争の場所になった点にあるのです。要するに、自民党こそが最も責任を負うべきであって、非難されるべきなのは自民党なのです。

ところが、谷垣総裁は、前原氏の建設中止表明を「マニフェストに書いてあるからとの理由だけで中止する、というのはなかなか通じないのではないか」と批判しています。しかし、自民党が政争の場として地元市民を苦しめてきたのですから、自民党こそが八ッ場ダム問題の最大の責任を負っているのです。民主党を中心とした政権への非難は、自らの責任を擦り付けるものであって、実に無責任な態度です。自民党の無責任な態度は、安倍氏、福田氏、麻生氏と続いていますが、谷垣氏もその「無責任」を受け継ぐつもりのようです。自民党は、本当に腐っています。

群馬県長野原町を視察した谷垣氏との意見交換会の際、その場に地元側は「大沢正明県知事や町長ら約30人」であって、「会場に住民代表以外の一般の住民はいなかった」のです。しかも、会場入り口の窓の「建設中止撤回」を訴える張り紙を張ったのは、「県の担当課職員」であって、地元の一般住民ではないのです。このように、地元行政のみが躍起になってダム建設反対の旗を振っているのです。

こうなると、本当に地元住民は建設中止反対ばかりなのか、非常に疑問になってきます。どちかかというと、八ッ場ダム建設中止に反対している人たちは、地元住民の利益のためというよりも、いわゆる(多数人が八ッ場ダム関係に天下りしている)ダム官僚の利益、地元行政・地元議会の利益、地元行政と癒着した業者の利益のために行動しているのではないか、と思われるのです。



(2) 東京新聞平成21年10月1日付朝刊24・25面【こちら特報部】

八ッ場ダム『中止』ふるさと再生の道 
声高に言えぬ本音
2009年10月1日

 民主党の前原誠司国交相が八ッ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)の建設中止を宣言してから約2週間。大揺れに揺れた地元の温泉街も少し落ち着きを取り戻し始めた。と同時に、ダム推進派の動きに隠れていた声も聞こえるようになった。住民たちの心からの願いは、まず「生活再建」。必ずしも「ダム」ではないように思える。最善の方法とは-と考えた。 (篠ケ瀬祐司、岩岡千景)

■国交相の視察 具体策なし不信感

 「まずは不安に、その後は町中がパニック状態になってしまった」。間もなく紅葉の季節を迎える八ッ場ダム建設予定地の群馬県長野原町。住民の一人は、民主党が大勝した8月30日の衆院選から1ヶ月間の町の様子を、そう表現した。

 民主党マニフェストにダム中止が盛り込まれていることは広く知られていた。このため衆院選の結果を見て、地域は先行きへの不安感に包まれた。政権発足後、地元への説明より前にダム中止が宣言されたため、なおさら住民は混乱した。

 23日の前原国交相の現地視察の際は、高山欣也長野原町長が「ダム中止が白紙の状態でなければ、意見交換会には参加できない」と主張し、地元と政府とのあつれきがあらわになった。

 あれから1週間。ダムができれば水没する河原湯温泉街の土産物屋には、建設中止反対の署名を呼び掛けるポスターが張られている。同温泉旅館組合の豊田明美組合長(44)は「地域に説明しないままマニフェストにのせ、中止を発表した。ダム湖畔の温泉街という再建策を描いていた私たちに対し、何の具体的な新再建策も示さない」と政府・民主党への不信感を募らせている。

■「心の中だけで喜ぶ」「ダムは利益にならない」

 だが、そうした声が多い中でも、水没予定5地区などでゆっくり耳を傾けてみると、少しずつだがダム推進を求める声以外も聞こえてくる。

 元は建設中止だったが、地元がダム受け入れを前提にした町づくりへ動きだした1992年前後からは推進派に転じたという住民は、「本当はダムはない方がいいと思っている」と声をひそめて話す。「水没地の知人が住み慣れた場所を離れていくのを見送るのは本当につらかった」とつぶやく。

 若山牧水や与謝野晶子が愛した、町の豊かな自然を誇りに思っている別の住民も、ダム中止の方針を「心の中だけで喜んでいる」と明かす。

 「下流の人が困らないというなら、ダムをやめてもいい。ダムができても、町にとってそれほどの利益にならないのだから」と覚めた口調で話す住民もいた。

 河原湯温泉街近くで「豊田乳業」を営む豊田武夫さん(58)は、「ダム湖予定地周辺は地質も悪く、計画がさらに遅れ、もっと予算が必要になる可能性もある。ならば新政権の中止方針を覆させることにエネルギーを費やすより、中止を選択した方が、生活再建実現にとっては早道ではないか」と考えている。

■最初に生活再建を

 豊田さんが指摘した「生活再建」は、ダムを受け入れる苦渋の選択をした、地元住民共通の願いだ。

 既に自宅を水没予定地から代替地に移した住民は言う。「政府があれほど言うのだからダム中止は仕方がない。せめて移転先周辺の道路や、造りかけの国道、県道の工事など生活再建に必要なものだけでも造ってほしい」

 こうした声を意識してか、政府も住民の生活支援を強調しつつある。

 前原国交相は先月23日の地元視察後の会見で、現在進む住民の移転先などの整備は継続するとした上で、「ダムに頼らない地域再生については、新しい法律を作った上で財政措置を講じていく」と発言。公共工事の中止に伴う住民の生活再建を財政面で支援する考えを強調した。

 先月25日に地元で開かれた河原湯地域の集会では、国土交通省の出先機関である八ッ場ダム建設事務所側から、ダム本体工事が中止されても、生活再建事業を継続する方針の説明があった。集まった住民の間に、ほっとしたような空気が広がったという。

 住民の間に不信感は根強い。熟年の女性は「やるやるといいながら、これまで代替地の工事などはずっと遅れてきた」と話す。

 国交省の従来のやり方に、半ばあきれながら、それでも今度こそはと期待をかけたい気持ちがのぞく。

■人の和の復活は長い時間が必要

 ある男性は、人目を避けるように「車の中で話そう」といった。狭い地域の中で、誰がどんな発言をしたかという情報は、あっという間に広がる。だから大きな声では言えないが、男性が心から求めているのは、ダム計画が来る前に、この温泉街に存在した人の和だ。

 「既に町外に出た人も多い。用意された移転先で、かつてのような向こう三軒両隣の付き合いが復活するには、10年、15年、もっと長い時間がかかる。そもそもこれ以上人が減れば、そういう付き合いはできなくなるな」

 新法が制定され、ダム抜きの事業が進んだとしても、地域再建は並大抵のことではない。


■地域の豊かさ役立てて 加藤登紀子さん

 人々は、どう生活を立て直したらいいのか。

 歌手で、八ッ場の地域再生などを考える「八ッ場あしたの会」代表世話人の加藤登紀子さんは「温泉街や渓谷の美しさ、人々の温かさなど地域に残された豊かさに気づき、役立ててほしい」と提言する。加藤さんは2005年夏に河原湯温泉を初めて訪ね、「坂道に旅館が並び、軒先にほのかな明かりがともる光景のすてきさに感動した」という。

 地域再生は、日本の古い温泉街の多くが抱える問題。だが、「大分県の湯布院や熊本県の黒川などでは自然の光景など地域が持つ豊かさに目覚め、住民が力を合わせてPRして成功した」といい、「八ッ場でももう政争に翻弄(ほんろう)されるのをやめ、住民は美しいふるさとを思う気持ちに立ち返って再生のスタートに立ってほしい。建設中の道路や鉄道の安全性や必要性も、住民の立場であらためて検証のし直しを」と話す。成功すれば公共事業が止まっても地域を再生させた初のケースになる。「そのために都市に住む私たちもできることを考え、応援していきたい」



<デスクメモ>

 栃木県鹿沼市を流れる大芦川は関東一の清流だ。透明なふちにニッコウイワナが群れる。1973年、この川にダム計画に持ち上がった。だが漁協関係者らの粘り強い反対運動で撤回された。今、ダム予定地の跡には、“清流”の碑が誇らしげに立つ。ダム問題で迷ったときは、この碑を思い浮かべる。 (充)」


 イ:八ッ場ダムに関しては、自民党政権下のやり口は、かなりえげつないものでした。

熟年の女性は「やるやるといいながら、これまで代替地の工事などはずっと遅れてきた」と話しているように、八ッ場ダムにより沈む地から移転しようと思っても、代替地の工事が完成していないのですから、代替地に移ることができません。

しかも、「造成した代替地は坪17万円(周囲の山林は坪5千円)と高額に設定されたため、補償金だけでは土地代・建築費をまかなえず、移転を逡巡する人たちもいる」(「国会の質問王 保阪展人・前衆院議員が現場を歩く 八ッ場ダムの隠された真実」週刊朝日2009年10月16日号20頁)のです。反対派を切り崩すために補助金を釣り上げ、代替地の土地代で回収するというのであれば、まったくの騙まし討ち」(前掲週刊朝日2009年10月16日号20頁)なのです。


 ロ:東京新聞の記事を読むと、本当は、八ッ場ダム建設中止に賛成の声を上げたいのだけれど、賛成派の嫌がらせが怖くて、口に出せない住民が少なくないことが分かります。

「水没予定5地区などでゆっくり耳を傾けてみると、少しずつだがダム推進を求める声以外も聞こえてくる。
 元は建設中止だったが、地元がダム受け入れを前提にした町づくりへ動きだした1992年前後からは推進派に転じたという住民は、「本当はダムはない方がいいと思っている」と声をひそめて話す。「水没地の知人が住み慣れた場所を離れていくのを見送るのは本当につらかった」とつぶやく。
 若山牧水や与謝野晶子が愛した、町の豊かな自然を誇りに思っている別の住民も、ダム中止の方針を「心の中だけで喜んでいる」と明かす
 「下流の人が困らないというなら、ダムをやめてもいい。ダムができても、町にとってそれほどの利益にならないのだから」と覚めた口調で話す住民もいた。(中略)
 ある男性は、人目を避けるように「車の中で話そう」といった。狭い地域の中で、誰がどんな発言をしたかという情報は、あっという間に広がる。だから大きな声では言えないが、男性が心から求めているのは、ダム計画が来る前に、この温泉街に存在した人の和だ。
 「既に町外に出た人も多い。用意された移転先で、かつてのような向こう三軒両隣の付き合いが復活するには、10年、15年、もっと長い時間がかかる。そもそもこれ以上人が減れば、そういう付き合いはできなくなるな」


「声をひそめて話す」「心の中だけで喜んでいる」「車の中で話そう」……。こうした態度を取らざるを得ない地元住民の様子を聞くと、その心情を思いを致すと苦しさを感じます。自民党内の政争の場に巻き込まれて左右された地元住民の苦しさは察するに余りあるものです。

このように、朝日新聞と東京新聞の記事を読むと、「地元住民は建設中止反対ばかりであるかのようなテレビ報道」や「そのようなテレビ報道や記事だけを報道する新聞(読売新聞、毎日新聞)」はかなり偏った報道であって間違っていることがわかります。「地元住民は建設中止反対ばかり」ではないこと、「地元住民の気持ちを十分に報道して」いないことが分かるはずです。




2.最後に。元々、八ッ場ダム建設が進む吾妻川自体が、元々ダム建設に適していないのです。

「「ここは、『死の川』だったんだ」

 暗闇の迫るダム予定地を見下ろして、ぽつりと地元の古老がつぶやいた。

 八ッ場(やんば)ダムの建設が進む吾妻(あがつま)川(群馬県)は、かつて、上流からの硫黄分などを含む強酸性の水質で生き物を寄せつけなかった。飲料水どころか農業用水にもならない、文字どおり「死の川」だった。

 57年前の1952年、旧建設省がダム計画をぶちあげた時、猛烈に反対した地元住民は、この強酸性の水質を問題にした。いったんはスローダウンしたダム計画が再浮上したのは、上流に「酸性の川に大量の石灰を投下して中和する」ための中和工場と、石灰生成物というヘドロをためるための品木ダムの完成をみてからだった。

 品木ダムについては後述するが、国土交通省の“ダム官僚”たちの執念と、自然の障壁を力ずくでも突破する手法がここにある。

 「果たして、石灰を混ぜて中和したからといっても、こんな水を飲めるのか。下流の人たちのためにも、ダムに反対しなければ、と立ち上がった」

 と、冒頭の古老は振り返った――。(中略)

 八ッ場ダムの予定地から車で40分、草津温泉街の外れに国交省の「草津中和工場」がある。さらに、そこから山を十数分走ると、日本初の石灰生成物をためる品木ダムがある。

 この世のものとは思えない絵の具のような薄緑色のダム湖は、ヘドロで今にも水が溢れる寸前だ。1965年の完成当時、深さ40メートルだった品木ダムは、今や「いちばん深いところで5~6メートル」(同ダム水質管理所)という状態になっている。88年から、ダム湖面に浚渫(しゅんせつ)船を浮かべて、たまったヘドロを毎日運び出し、さらに脱水・圧縮して山に捨てている。これを、「究極のリサイクル」と語るダム官僚の感覚に私は驚愕(きょうがく)した。すでに46年間にわたって、毎日計60トンという大量の石灰が、吾妻川上流の湯川と谷沢川で投下されている。年間約10億円をかけて石灰を投入し続ける事業も、八ッ場ダムの影にあったのだ。」(前掲週刊朝日2009年10月16日号18頁以下)


八ッ場ダムを建設するためだけに、

<1>吾妻川の上流に「酸性の(吾妻)川に大量の石灰を投下して中和する」ための中和工場を建設し、
<2>大量の石灰を投下した結果生じる「石灰生成物というヘドロをためるための品木ダムを建設」し、
<3>「年間約10億円をかけて」「毎日計60トンという大量の石灰を、吾妻川上流の湯川と谷沢川で投下」し続け、
<4>すでに満杯状態ある品木ダムを維持するために、「88年から、ダム湖面に浚渫(しゅんせつ)船を浮かべて、たまったヘドロを毎日運び出し、さらに脱水・圧縮して山に捨てている」

のです。
 
これほどの究極の無駄の限りを尽くした事業を、国交省のダム官僚は「究極のリサイクル」と語るのですから、ダム官僚は正気の沙汰とは思えません。政権交代したのですから、ダム官僚を排して正気に戻った真っ当な政治にするべきであって、八ッ場ダム建設だけを目的とした事業(中和工場、毎日計60トンの石灰の投下)は直ちに中止し、八ッ場ダム建設は中止するべきです。 


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2009/10/27 Tue 08:25:50
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