FC2ブログ
Because It's There
主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
03« 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30.»05
スポンサーサイト 
--/--/-- [--] --:--:-- » E d i t
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 *  TB: --  *  CM: --  * top △ 
2009/08/31 [Mon] 23:59:40 » E d i t
第45回衆議院選挙は平成21年8月30日投票、即日開票の結果、民主党が308議席を獲得し圧勝、政権交代が確定しました。9月中旬に開かれる特別国会で鳩山由紀夫代表が首相に選出され、社民、国民新両党との連立内閣が発足する予定です。

300小選挙区のうち、民主党は221選挙区で議席を獲得しています。自民党と対決した263選挙区は、民主党の213勝、自民党の46勝であり、岩手、福島、山梨、新潟、長野、愛知、滋賀、長崎の8県で民主党が小選挙区の議席を独占しています。一方、自民党は小選挙区で選挙前の226議席が64議席に激減してしまいました(2009/08/31 11:21 【共同通信】)。

野党第1党が選挙で過半数を取り政権を奪取するのは戦後初めてて、非自民政権は1994年に退陣した羽田内閣以来15年ぶりとなります。自民党は選挙前の300議席から119議席に落ち込む歴史的惨敗を喫しました。過去最低の223議席を大幅に下回り、1955年の結党以来初めて衆議院第1党の座から転落しました。

日本の政治史上、歴史的な日となりました。


1.報道記事を幾つか。

(1) 朝日新聞平成21年8月31日付朝刊1面(15版)

民主308 政権交代  「鳩山首相」誕生へ

 第45回総選挙は30日、投開票され、民主党が単独過半数(241議席)を大幅に上回る308議席を獲得し、政権交代を確実にした。自民党は公示前勢力の3分の1余に激減する歴史的な惨敗。55年の結党以来初めて第1党の座を失い、15年ぶりに野党に転落する。麻生首相は自民党総裁を辞任する意向を表明。民主党の鳩山代表は9月中旬にも召集される特別国会で第93代首相に選ばれる。政権交代可能な二大政党制を目指して衆院に小選挙区比例代表並立制が導入されてから15年。総選挙で野党が単独で過半数を得て政権が交代するのは戦後初めてだ。「政治主導」を掲げる民主党政権の誕生で、「政と官」の関係など日本の政策決定の仕組みが大きく変わる可能性がある。小選挙区の投票率は朝日新聞社の集計で69%程度で、前回を1.5ポイントほど上回った。」



(2) 東京新聞平成21年8月31日付朝刊1面

民主308 政権交代
 自民119 空前の大敗 鳩山首相誕生へ
2009年8月31日 朝刊

 政権交代が実現する。民主党の鳩山由紀夫代表を首相とする新政権が誕生し、日本の政治を長期に担当してきた自民党は十六年ぶりに下野する。政権選択が問われた衆院選は有権者の一票一票の積み重ねによって、歴史的転換点をもたらした。第四十五回衆院選は三十日、投開票が行われ、民主党が大躍進し、地滑り的勝利を収めた。同党は単独過半数の二百四十一議席を大きく超え、三百八議席を獲得した。自民党は一九五五年の結党以来の大敗となり、海部俊樹元首相、笹川尭総務会長、中川昭一前財務相ら首相経験者やベテランの落選も続出。惨敗を受け、麻生太郎首相は自民党総裁を辞任する意向を表明した。公明党は太田昭宏代表、北側一雄幹事長が落選し、大打撃となった。太田氏の代表辞任は避けられない情勢だ。

 各党の獲得議席は自民百十九、公明二十一、共産九、社民七、みんなの党五、国民新三など。民主党の三百八議席は一党の獲得議席としては戦後最多。

 鳩山氏は三十一日未明の会見で「官僚主権の政治から、国民主導になるかが今後、問われる。利権にまみれた古い政治にさよならする」と勝利宣言した。

 また、鳩山氏は社民、国民新両党と連立政権を組む意向をあらためて示し、三十一日から両党と具体的な協議を進める考えを示した。

 鳩山氏は九月十三日の週に召集見通しの特別国会で第九十三代首相に指名される。閣僚人事について鳩山氏は「首相指名の後に一気に決めたい」と述べた。また、同党は円滑な政権移行に向けて、麻生政権側と協議したい考えだ。

 民主党は政権交代を前面に出した選挙戦を展開。子ども手当の新設や税金の無駄遣い一掃を柱にしたマニフェストが浸透し、前回二〇〇五年の衆院選で惨敗した都市部や、自民党が本来強い地方でも支持を広げた。小沢一郎代表代行は「自公の国民生活を軽視した政治に対する批判は全国で強かった」と勝因を述べた。

 自民党は政権担当能力と景気対策の継続を訴えたが、自民党支持層離れを止められず、結党以来初めて第一党の座から転落。過去最低だった九三年の二百二十三議席を大きく下回った。

 麻生首相は三十日夜、自民党敗北について「自民党に対する不満をぬぐい去れなかった。景気対策が道半ばになり、断腸の思いだ。(敗北の)責任を負わなければならない」と述べた。

 自民党は今後、後継総裁選びを本格化するが、党立て直しに向け地方の声も反映させたいとの立場から党総裁選は九月末にずれ込む見通しだ。

 首相は細田博之幹事長らと首相公邸で会談。細田氏ら党執行部はそろって辞任する意向を首相に伝えた。

 公明党は太田、北側両氏のほか、冬柴鉄三元国土交通相が落選するなど、小選挙区に出馬した八人が全員落選し、公示前三十一議席から大きく後退した。

 小選挙区の平均投票率は推計69・29%。小選挙区比例代表並立制が導入された九六年以降、最高だった前回の67・51%を上回った。

 民主党の鳩山由紀夫代表は三十一日未明の記者会見で、選挙結果について「政権交代を選んだ国民に感謝したい」と強調した。

 今後の国会運営に関しては「数の横暴は、たとえ制度的に許されても考える気になれない。自公連立政権を反面教師として健全な政党政治を行いたい」と述べ、野党との協議を重視する考えを示した。

 新政権の人事や社民、国民新両党との連立政権協議について「現在の党三役中心に行動していただこうと考えている」と述べ、岡田克也幹事長らを中心に進める考えを明らかにした。新内閣の重要閣僚としては、新設する国家戦略局の担当大臣と財務相を挙げた。

 歴史的惨敗を喫した自民党に対しては「自民党には未曾有の経験かもしれないが、党が危機的になったとしても、それが大きな再生につながる。奮起を期待したい。そうしないと真の意味での二大政党政治が日本に定着しない」と述べた。」



民主党・鳩山代表の記者会見<全文>(質疑を除く)
2009年8月31日2時27分

 民主党の鳩山代表が31日未明に行った記者会見の全文は以下の通り。

 ●冒頭発言

 ご案内の通り、今回、国民の皆さんが、日本の憲政史上初めての政権選択選挙というものをおこなって、勇気を持って、政権交代を選んでいただいた。そのことに、国民の皆さんに対して、民主党の代表として心から感謝を申し上げたいと思います。

 すべてはこれからだと思っておりますし、単なる民主党の勝利だと思っておりません。やはり、国民の皆さんにとって、お暮らしが大変厳しくなっている。今の政治、何やっているんだとのお怒りが、民主党への期待感に結びついたということも間違いないことだと思っております。その意味では、謙虚に私どもとしては、いかにして国民の皆さんの方向を向いた政治というものを作り上げていくかということがすべてだと思います。

 私はある意味で三つの交代ということを申し上げたいと思います。一つは言うまでもありません、政権の交代であります。長く続いた自民党の政権に対して、国民が新たな政権の選択をしたということであります。それは、とりもなおさずこれまでの野党というものが非力だったということが、むしろ自民党に対して反省を求めるよりも、野党が非力だったということが、国民の皆さんに不幸を招いた原因だと理解しております。それだけに、このような状況のなかで、政権交代をできたというのが大変大きな意味があると思います。

 二つ目の交代は、これは古い政治から新しい政治への交代だということも言えると思います。いわゆる政官業の利権にまみれた政治というものにさよならして、新しい、市民が中心となる政治を作り出していこうということの表れたと思っています。民主党としては新人がたくさん登場するわけでありますが、同窓生というと語弊があるかも知れませんが、経験のあるもの、そして、新人がいかに協力して融和の中で新しい政治を興すかということが我々の大きな課題だとも思います。

 三つ目の交代、これはいわゆる主権の交代でありまして、今日まで官僚任せ、いわゆる官僚主導、官僚主権の政治だと言われて参りました。それに対して「そうじゃないよ」と、国民が主役となる政治だと、国民主導の政治というものを作り上げていかなければならない。政治主導が必ずしも、国民の皆さんの主導になりきるかどうかということが逆に問われることだと思っておりまして、私どもとすれば、政治主導を国民主導の政治に変えていく、主権が明らかに国民の手に戻ったぞという国民主権の選択を国民の皆さんが自身の手でおこなっていただいたということであろうかと思います。

 その意味で、三つの交代の意義というものをしっかりとつかみ取って、国民の皆様方の期待に応える政治というものを興していきたいと思っております。

 前置きはこのぐらいにいたしたいと思いますが、いわゆる、新型のインフルエンザとか、台風が近づいておりますし、災害対策もおこなわなければならないと思っております。野党で現在はありますけれども、これから政権を担っていく政党として、自民党と民主党、これは大いに戦うべきところは戦いながら、継承したり、あるいは協力するべきところは、大いに協力してこれからおこなっていく必要があるかと思っておりますので、そのようなことも決して数におごることのない政治をおこなって参りたいと言うことを冒頭申し上げておきたいと思います。 」(asahi.com:2009年8月31日2時27分


2.1996年に民主党を結成して以来、やっと政権交代を実現した民主党の感慨と、歴史的な惨敗を喫した自民党について触れた記事として、次の2つを紹介しておきます。

(1) 朝日新聞平成21年8月31日付朝刊2面(15版)

民主308議席、問われる真価
悲願成就 高揚と緊張 「国民の勇気に感謝」
2009年8月31日7時12分

 「革命的な政権交代」 「歴史を塗り替える日」――。民主党の鳩山代表がこう表現してきた総選挙は、有権者の大きなうねりを呼び起こし、幹部らの予想を上回る大勝となった。 「歴史的事件」の当事者となった党内には高揚感と、新政権発足に向けた緊張感が交錯した。 

 「明治以来の官僚主導の政治を政治主導に変えないといけない。そのために国民が自ら選択する勇気をお示しいただいた。強く感謝している」

 民主党の鳩山代表は31日未明の記者会見でこう語り、努めて謙虚にふるまった。

 鳩山氏が掲げた選挙戦のキーワードは「革命」だった。

 衆院が解散された7月21日。鳩山氏は党両院議員総会で「政治主導で新しい日本の政治をおこす、大きな革命的な解散・総選挙だ」と歴史的意義を強調した。幹部だけでなく候補者全員が選挙区で「政権交代」を叫び、小沢一郎代表代行が奨励した「どぶ板選挙」を戦った。

 その結果、「政権交代」の言葉は有権者の心に響き、想像以上のうねりを起こした。29日夜、東京・池袋で鳩山氏が行った「最後の訴え」は熱気に包まれ、興奮した同氏は演説後に記者団に語った。

 「革命的なうねりを感じた。明治維新以来の大きな変革を自分たちで成し遂げようという大きな胎動を、ものすごく強く感じた」

 鳩山氏らにとっては、長い道のりだった。「政権交代」を旗印に、鳩山氏と菅直人代表代行が旧民主党を結党したのは96年。98年に岡田克也幹事長らを迎え入れて今の民主党をつくり、03年に小沢氏が合流。失敗を繰り返しながら、鳩山、菅、小沢のベテラン3氏がスクラムを組み、ようやくたどりついた。

 鳩山一郎元首相の孫で保守色の強い鳩山氏、市民運動から政治家になった菅氏、自民党中枢を歩んで権力を熟知する小沢氏――。毛色の違う3氏が06年の小沢体制発足を機に組み上げた「トロイカ体制」で、党の結束力は増した。短所を補い合い、07年参院選に大勝して参院を与野党逆転に導き、ついに衆院も制して悲願を成し遂げた。

 長らく野に甘んじた幹部らの感慨は深い。だが、小沢氏は30日夜のテレビ番組で大勝の感想を問われても「まだ結果が出ていない」と繰り返し、厳しい表情を崩さなかった。

 よみがえるのは、16年前の苦い記憶だ。93年の政権交代で誕生した7党1会派による細川連立政権は、1年ももたず崩壊した。菅氏は選挙戦最終盤の28日、東京都内の街頭演説で当時を振り返った。

 「(自民党は)細川さんのスキャンダルでも何でも突けば、短期間にひっくり返せると思っていた。事実、短期間でひっくり返った」

 「政権交代」の次の目標は「細川政権の二の舞い」を避けることだ。小沢氏も選挙戦で「日本に本当の議会制民主主義を定着させる。それが私の願いだ」と持論を繰り返した。幹部らは一様に「政権交代はゴールではなくてスタートだ」と強調してきた。

 政権運営が難しい現実は変わらない。難題が多いマニフェスト(政権公約)の目玉政策を、約束通り財源を確保して実行し、支持を維持できるのか。鳩山氏は29日、こう訴えて次の目標に歩み出す決意を語った。

 「マニフェストの実現に向けて全身全霊を傾ける。(公約実現への)4年間のシナリオを我々は用意した。その4年間がどうしても必要だ」」



(2) 朝日新聞平成21年8月31日付朝刊3面(15版)

自民119議席 険しい再建
結党初 第1党転落 「宿命と思って甘受」
2009年8月31日7時17分

 自民党は1955年の結党以来、経験したことのない歴史的惨敗――。2代続けての「政権投げ出し」の後に就いたのに、まだ「責任力」を誇示する麻生首相の訴えは、「政権交代」のかけ声にかき消された。63年の石橋湛山氏以来46年ぶりに首相経験者が敗れたほか、党幹部、派閥領袖(りょうしゅう)も相次いで落選。結党以来守ってきた「衆院第1党」の座も滑り落ちた。あまりの惨憺(さんたん)たる結果に、党の立て直しの展望すら描きようがない。

 「経済対策道半ば。はなはだ断腸の思いだが、自民党に対する積年の不満をぬぐい去ることができなかった。宿命と思って甘受しなければならない」。30日午後10時すぎ。「政権交代」が確実な情勢になり、自民党本部に姿を現した麻生首相は、テレビ番組に出演、厳しい表情を浮かべながら、こう敗戦の弁を述べた。

 首相の盟友で、現政権を支えてきた自民党の菅義偉選挙対策副委員長も30日夜、「歴史的な大敗北だ。国の未来を私どもは描き切れていないということだ」。開票が始まった8時すぎのテレビ番組であっさりと白旗をあげた。

 これまで党が記録的に大敗したのは93年。選挙前に羽田孜、小沢一郎両氏らが飛び出して自民党が分裂、非自民8党派による政権交代を許した時だ。その時でさえ自民の獲得議席は223だったが、今回は、その過去最低議席を大きく割り込む壊滅的敗北だ。

 麻生首相は昨年9月に「選挙の顔」として党総裁に選出。直後の臨時国会での解散を期待されたが金融危機への対応を理由に解散を先送り。この判断について麻生氏は「政策を政局より優先させたことは間違っていなかった」と強調した。しかし、漢字の読み間違いに加え、郵政民営化や定額給付金などで発言が二転三転。起用した閣僚が不祥事で辞任することなどもあって、支持率は急落した。

 麻生氏が解散を宣言した直後に党内で「麻生降ろし」が激化し、総裁選前倒しなどを求める署名活動も起きた。それをしのぎ、ようやく衆院解散にこぎつけ、40日間という過去最長の選挙日程を設定。「政治はばくちでもギャンブルでもない」と政権交代ムードを牽制(けんせい)する一方、半年間で4度の予算編成で景気対策を打ったことを強調した。また、民主党と日教組の関係や同党支持者が日の丸をつないで党旗を作ったことを執拗(しつよう)に攻撃した。だが、有権者の答えは「自民退場」だった。

 自民惨敗の原因はどこにあるのか――。麻生氏は30日、「これが敗因だったとなかなか一言では言えない。自民党に対する積年の不満やら不信が積み重なった」。当選した石破農林水産相も「自民党に対する失望感が今回の政権交代の嵐の本質だ。内輪の論理を排した党でなければ立ち直れない」と分析した。

 党は総裁選を実施したうえで党再生を図ることになる。

 麻生首相は「総裁をすみやかに辞任する」と表明する一方、総裁選日程について「首相指名の後、地方の党員党友の意見を聞いて選挙を行う」と特別国会召集後に総裁選を実施する考えを示唆。自らの再出馬にも「お答えすることはありません」と言葉を濁した。

 だが、総裁選が特別国会後となれば、自民党所属議員は首相指名で「麻生太郎」と書くことになる。党内では、敗軍の将・麻生氏への猛反発が起き、総裁選日程をめぐって混乱する可能性もある。」


自民党は、首相経験者が敗れたほか、党幹部、派閥領袖(りょうしゅう)も相次いで落選しています。例えば、自民党の候補者中、落選した主な議員として、海部俊樹〈元〉首相、中川昭一〈元〉財務・金融相、山崎拓〈元〉党副総裁、久間章生〈元〉防衛相、笹川尭 党総務会長、堀内光雄 〈元〉党総務会長、赤城徳彦 〈元〉農水相、柳沢伯夫 〈元〉厚生労働相、丹羽雄哉 〈元〉厚相、尾身幸次 〈元〉財務相、深谷隆司 〈元〉通産相、島村宜伸 〈元〉農水相、鈴木俊一 〈元〉環境相、片山さつき 〈元〉財務省課長、佐藤ゆかり 〈元〉外資証券社員、中馬弘毅 〈元〉行革担当相、船田元 〈元〉経企庁長官、中山太郎 〈元〉外相、太田誠一 〈元〉農水相が挙げられています。

選挙区で敗れ比例復活した候補者として、町村信孝 〈元〉官房長官、伊吹文明 〈元〉党幹事長、与謝野馨 財務相、佐藤勉 総務相、塩谷立 文部科学相、野田聖子 消費者行政相、甘利明 行革担当相、林幹雄 国家公安委員長、小池百合子 〈元〉防衛相、中川秀直 〈元〉党幹事長、武部勤 〈元〉党幹事長、といった名前が挙がっています。

今までの選挙なら、当然のように当選してきた人たちが落選したのですから、有権者の意識が変化したことが分かります。自民大敗の原因はどこにあるのか――について、自民党はよく自らを振り返る必要があります。

宮崎県の東国原英夫知事は、総選挙前に、自民党に対し、自身を党総裁候補とすることなどを条件に総選挙に出馬することを提案しました。本気で、元芸人を自民党総裁にするつもりなのか、実に馬鹿げた騒動でしたが、こうした騒動が、有権者自民大敗の一因になったことは確かでしょう。したたかな元芸人の策略に巻き込まれないだけの力量ぐらいは持つべきでした。

もっとも、政権を投げ出した、安倍晋三元首相や福田元首相ばかりか、小泉元首相の次男の進二郎氏が選挙区で当選してしまいました。こうした決して当選させるべきでない国会議員が、自民党の将来を左右してしまうのです。(なぜ、 これらの選挙区の有権者が、政権投げ出し、いまだ解決しない年金、郵政民営化により国民に多大な不利益を与えた責任を問わないのか、不思議でなりません。「これらの選挙区の有権者の民度は低すぎる」とのそしりを免れないでしょう。)

自民党は、今後、党の立て直しを図ることになります。しかし、先に挙げた問題のある議員だけでなく、森喜朗氏、町村信孝氏、武部勤氏、中川秀直氏、古賀誠氏、二階俊博氏といった、古い自民党の悪癖(=政権政党であることを背景に、国の予算で地元に無駄な公共事業を獲得する利益誘導政治・利権政治)を体現している議員が当選してきています。中堅・若手の大半が落選し、こうした悪癖を体現している首相経験者や二階俊博氏といった派閥領袖たちばかりが残ってしまっているようでは、自民党の真っ当な「立て直し」は困難であるように思えます。

鳩山氏は8月29日、「マニフェストの実現に向けて全身全霊を傾ける。(公約実現への)4年間のシナリオを我々は用意した。その4年間がどうしても必要だ」と語っているようです。そうすると、4年間もの間、自民党は政権党でなくなるのですから、うまみのなくなった企業は献金を止め、その結果、自民党に対する企業献金は消え去るはずです。こうして「日干し」になることにより、自民党の悪癖が自然に消滅し、自民党が消滅に向かっていくように思えます。

「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす 驕れる者も久しからず ただ春の夜の夢のごとし 猛き人も遂には滅びぬ」(「平家物語」より引用)


自民党は今回の歴史的大敗で「底」になったのではなく、自民党の壊滅は、これから始まるというべきです。自民党の「終わりの始まり」であるように思えます。




3.民主党圧勝の立役者は、もちろん選挙担当の小沢一郎代表代行です。

(1) 東京新聞平成21年8月31日付朝刊15面

「小沢戦略」大物倒す
2009年8月31日 朝刊

 東京12区で、公明党の太田昭宏代表を破った民主党の青木愛さん。当選確実の報が流れると、選挙事務所は「うおー」という歓声がとどろいた。目を赤くした青木さんは、「大変な選挙だったが、結果を出せてほっとした。皆さんのおかげです」と感謝の弁。「自公連立政権を象徴する選挙区で勝てたのは非常に意味がある」と力を込めた。

 出馬表明が七月下旬と出遅れたが、二千回もの街頭演説を実施。小沢一郎代表代行の政策秘書がぴたりと付き添い、細やかに助言した。小沢さんも選挙事務所を三回訪れ、“まな弟子”を激励。遊説計画をチェックし、「これなら大丈夫だ」と満足そうに話したこともあった。

 青木さんは「愛は日本を変える」を合言葉に支持政党のない人々に浸透。組織力では太田さんに及ばなかったが、政権交代を求める強烈な追い風が、青木さんを“大金星”へと導いた。

     ◇

 「みなさまの政治を変えたいという気持ちが勝利につながった」。東京10区で抜群の知名度がある自民党の小池百合子さんを破った民主党の江端貴子さんは万歳をして喜びを爆発。「チャレンジのしがいのある選挙区。ここで勝てたのは政権交代の流れの中で意義がある」と強調した。

 前回衆院選で「小泉劇場」の“刺客”として、小池さんが送りこまれた選挙区。元東大特任准教授の江端さんは、小池さんへの“逆刺客”として注目された。選挙戦では、子育てや介護の経験がある「庶民派」のイメージも重なり、自民支持層からの支持も多く勝ち取った。

 終盤には鳩山由紀夫代表ら党幹部が応援に入るバックアップもあり、勝利を手にした。「みなさまの生活を安定させることに全身全霊で取り組みたい」と気を引き締めていた。

     ◇

 「歴史が動いた。日本は変わる」。長崎2区の激戦を制した民主党の福田衣里子さんの笑い声がはじけた。政治経験のない二十代が、自民党の元防衛相久間章生さんに挑んだ。薬害肝炎訴訟の原告として国と闘い、救済を勝ち取った気骨が大ベテランを破った。

 闘病経験から弱者の視点を重視した政治を訴え続け「変化を恐れないで」と呼び掛けた。「利益誘導の政治は一部の人間にしか評価されない」ときっぱり。「格差が広がる中で多くの人が苦しい思いをしており、今、日本を変えなければいけないと多くの人が思ったのでは」と話した。」



(2) 東京新聞平成21年8月31日付朝刊2面

太田代表・北側幹事長・冬柴氏 公明 選挙区全滅
2009年8月31日 朝刊

 公明党は太田昭宏代表、北側一雄幹事長、冬柴鉄三元国土交通相ら小選挙区で八人全員が落選する大敗を喫し、太田氏の代表辞任は避けられない。党や支持母体の創価学会では長期の「太田-北側」体制を前提としていただけに、後継選出が難航する可能性もある。

 野党転落によって自公路線は解消される見通し。新執行部は来年夏の参院選を見据えて党の独自色を強めるとみられる。衆院選後に開かれる特別国会の首相指名選挙では、自民党総裁ではなく公明党代表に投票する見通しだ。

 幹部の一人は三十日、太田、北側両氏の進退に関し「正式な辞任表明は先になる」との見通しを示した上で「二人とも結果を厳粛に受け止めている。近く役員会を開き、選挙の総括と新代表の人選を検討しなければならない」と述べた。

 民主党との関係は「政策実現のために是々非々で対応していく」(幹部)構え。自民党とは「信頼関係は大事にしたい」(太田氏)としている。

 衆院選で太田、北側両氏ら小選挙区に立候補した八人全員が比例代表と重複立候補しなかった。勝機は十分あるとの判断だったが、幹部の一人は「重複しない戦略が間違いだった。大半が落選すれば、今後の選挙で小選挙区からの撤退論が出かねない」と指摘した。

 衆院選では八小選挙区に候補を擁立し、比例代表と合わせ選挙前勢力の三十一議席の維持を目標とした。東京都議選で立候補者全員を当選させた勢いで支持母体の創価学会を中心に乗り切りを図った。しかし政権選択が最大の焦点となったことも影響し、与党への強い逆風をまともに受ける格好となった。」


総務省は8月31日午前、期日前投票を含めた衆院選の最終確定投票率を発表しています。小選挙区が69.28%(前回比1.77ポイント上昇)、比例代表が69.27%(同1.81ポイント上昇)でした。いずれも「郵政解散」に伴う刺客候補などが話題になった2005年衆院選の投票率を更新し、小選挙区比例代表並立制に移行した1996年以降で最高となっいます。こうした7割近い投票率の高さが、民主党圧勝を要因となったとはいえます。

ただ、こうして投票率があがったのも、民主党が政権党となるだけの、選挙に強い政党になり、「政権交代」の可能性が高くなったためです。

小沢一郎代表代行は、各地の自民優勢区で自民支持組織を崩し、連合との連携を図り、どの候補者にも日々の辻立ちなどの地道な運動を徹底させました。そうしたことで、小泉元首相が行ったような風頼みの選挙に頼らない、有権者に密着した、選挙に強い民主党を作り上げたのです。

だからこそ、多くの小選挙区で、いわゆる「小沢チルドレン」と呼ばれる議員が、大物与党議員を破って当選してきています。単に、「政権交代を求める強烈な追い風が、青木さんを“大金星”へと導いた」わけではないのです。もし、あくまで「風」にこだわるのであれば、小沢一郎氏の選挙戦略が「風」を呼び込んだと評価するべきでしょう。




4.最後に、各新聞社の政治部長などの論説を幾つか引用しておきます。

(1) 朝日新聞平成21年8月31日付朝刊1面

新たな「憲政常道」を――政治エディター・根本清樹

 「09年8月30日」は後世、歴史年表に太い活字で特筆されるだろう。

 日本の民主主義の前進が、衝撃的な数字で示された。

 現職首相を退場させる。後継を指名して舞台に上げる。永田町の政争などを介さず、有権者自身の手でばっさりとそれをやってのけた経験は、過去にない。

 明治憲法が発布された1889年から数えて120年、日本憲政史上初めての大事件である。

 1955年の結党以来続いた自民党「第1党」体制も、ついに終止符を打った。

 「政治改革」の20年が実を結んだ。

 今回、有権者が真に選びとったものは何か。

 「政権選択」の選挙ではあったが、際だったのは自公政権への逆風である。

 「自民党をぶっ壊す」。小泉元首相が切ったたんかを、有権者は忘れていない。

 小泉後のていたらくとの落差が大きすぎた。

 有権者が望んだのは、民主党政権という以上に、政権の「交代」それ自体だったのではないか。

 「政治はばくちじゃない」

 麻生首相は政権交代機運にいら立ちを見せた。しかし、継続を断ち切って、変化に「賭ける」のも政治である。

 政権交代をふつうに起こす新しい政治のあり方こそ、有権者は求めたのだと考えたい。

 当然ながら民主党のけいこ不足は否めない。「2大政党」というだぶだぶの服を、何とか着られるずうたいに育ったばかりである。それでも幕はいや応なく上がる。

 「あすは我が身」の緊張感を保っていくしかない。「どちらに転んでもよりよい政治」(鳩山代表)の初心を、忘れてはならない。

 自民党は「政権党」という、いまやほとんど唯一ともいえる存在証明を奪われた。しかし、このまま衰えに身を任せていいのか。

 有権者が選んだ政治の新しいあり方を定着させるには、自民党の再生が欠かせない。理念、政策、組織をめぐり、身を切るような議論を始めなければならない。

 大正から昭和にかけ、当時の2大政党が交互に政権を担う時代があった。「憲政常道」と呼ばれた慣行である。その評価は様々であり、現代と同列にも語れない。

 ただ、私たち有権者は今、新たな「常道」を開く入り口にたどり着いたとはいえる。この達成を大切にしたい。」



(2) 毎日新聞平成21年8月31日付東京朝刊1面

選挙:衆院選 新しい時代が始まる=政治部長・小菅洋人

 時代を変えるうねりは、あらがう者を容赦なく切り捨てていく。

 首相経験者も例外ではなく、実績を誇ったベテランたちが無名の民主党新人に次々と敗れていった。それは鳩山由紀夫民主党代表が言う「革命的」ですらある。守旧のレッテルを張られた敗者が「何でだ」と理不尽さを叫んでも、敗因ははっきりしている。

 自民党は郵政民営化を掲げた4年前の衆院選挙で大勝した。ところがホームレスになることが現実味を持って語られる格差社会が顕在化し、政権党の責任が問われ始めた。

 改革の負の側面に向き合うべき時の首相は、2代続けて1年で政権を放り投げ、統治機能の喪失さえ指摘される事態となった。

 任期満了近くまで選挙ができなかったのは、麻生太郎首相の「決断力」欠如というより、構造改革の総括ができない自民党が、国民に合わせる顔がなかったという方が正確だ。

 一方、民主党は07年参院選で圧勝した。インド洋の給油活動の中断や、暫定税率の廃止によるガソリンの値下げなどの主張を一時的にでも実現した。「基本政策の変更もあり得る」という政治の可能性を国民に認識させ、政権交代の準備を進めていったと言えよう。

 麻生首相は保守を強調し過去の実績を訴えたが、もはや戦後の日本を作ってきた自民党は「腐ってもタイ」ではなく「腐ったタイ」としか見られなかった。

 結局、有権者は自民党内のリーダーのたらい回しでは、国は立ち行かないと見切り、先進民主主義国家の中で、唯一日本だけがなしえていなかった本格的政権交代を実現させた。

 新政権は新しい統治形態を作り上げ、マニフェストに基づいた政策を実行しなければならない。

 成否のポイントは、リーダーたちが改革実現への強い意志の下で、党内の結束を保てるかという点だ。

 寄り合い所帯の構造的な欠陥は解消されておらず、国会の作法も分からない大量の新人議員が議席を占める党運営は厳しい。

 政権奪取というタガが外れた今、とりわけ大勝利の功労者、小沢一郎氏には注文がある。選挙の面倒をみたチルドレンを加える「新小沢派」を背景にして、同氏の影響力は増す。過去の苦い経験が示すように極端に自らへの純化を求めていけば、内紛の芽が生まれる。小沢氏はあくまで改革に殉ずるべきだ。

 新政権は官僚と既得権益を失うあらゆる層の抵抗に遭いながら、困難に直面するだろう。来年の参院選を意識し、パフォーマンス的に変化の形だけを見せるのであれば、それはまやかしになる。

 未知が現実に変わる時、期待が大きいほど必ず失望感が伴う。国民は政権交代のリスクも覚悟の上で投票したはずで、政権デビューを長い目でみる忍耐も必要だと思う。

毎日新聞 2009年8月31日 東京朝刊」



(3) 東京新聞平成21年8月31日付朝刊1面

未来につなげる政治を――論説主幹・山田哲夫

 「政権交代」が政権選択選挙での民意だった。政権担当能力への疑問には目をつぶっても、変革と革新の未来に賭ける、が民主党大躍進の理由とみられるが、より重要なのは激変する世界に政治はどう対応していくのかの問いかけである。

 文明と時代の転換期を印象付けられる選挙だった。ほぼ半世紀にわたって政権を独占してきた自民党は、経済成長を党存続の前提とする政党だった。強固な政官業システム、関係利益団体への予算配分は党勢拡大の源だった。

 その自民党の成長戦略が思うに任せない。金融危機以降は米国の過剰消費には頼れなくなったのに加え、エネルギー資源と環境両面での限界が決定的。15.4兆円の大型経済対策もはかばかしくなく党存続の理由さえ失いかけている。

 新政権の当面の重要課題は所得再分配機能の強化と社会保障の充実、雇用対策である。労働者の3人に1人が非正規雇用、ワーキングプアは1千万人、失業率も120万の生活保護世帯数も史上最悪だ。

 結婚したくてもできない、子供を産みたくても産めない若い世代の増加はもう見過ごせない。若者に希望がもてない国に未来があるとは思えないからだ。マニフェストの5.3兆円の子ども手当もバラマキでなく未来世代のための重要投資と考えたい。

 低成長と少子高齢化の時代でもある。国民のだれもが医療、介護、育児、教育の社会サービスと安心を求め、その充実を望んでいる。給付の確かさを示されれば、高福祉・高負担を受け入れる覚悟の人も少なくない。

 所得減少の時代だからこそ、みんなで助け合う人間中心主義の社会が構築されていくべきだ。そんな安心社会の総合プランが必要とされている。給付と負担の財源問題も率直に語ってもらいたい。

 政治主導の脱・霞が関政治が始まる。政権交代に伴う抵抗も混乱もあるだろう。一票の重みを知った国民は傍観者ではいられない。統治の主体者となって厳しい政治の監視役を果たすに違いない。」


「09年8月30日」は後世、日本の歴史上、特筆される日となるのでしょう。こうした日に有権者であったことは幸運な出来事といえます。

麻生首相は「政治はばくちじゃない」と、政権交代機運にいら立ちを見せました。しかし、「継続を断ち切って、変化に『賭ける』のも政治である」(朝日新聞)でもあります。新しいことを行うとすることは、影響力の大小は異なるとは言え、何事でも「賭け」の要素を含んでいます。麻生首相のように、「政治だけは賭けが許されない」と考えること自体がおかしなことと思えます。

むしろ、有権者が「賭け」をせざるを得なくなったその責任は、何よりも自民党・麻生政権にあることの自覚を持つべきではないでしょうか。「改革の負の側面に向き合うべき時の首相は、2代続けて1年で政権を放り投げ、統治機能の喪失さえ指摘される事態」に対して、ほとんど反省をしていないのですから。

麻生首相は保守を強調し過去の実績を訴えはいるものの、「もはや戦後の日本を作ってきた自民党は『腐ってもタイ』ではなく『腐ったタイ』としか見られなかった」(毎日新聞)のです。単なる「腐ったタイ」は捨てるしかないのです。

ともかく、有権者は、自公政権を見限り、民主党に賭けることを決めました。民主党を大勝させ、民主党が自由に政策を実現できるようにしたのです。こんどこそ、「未来につなげる政治」を行うことを願うばかりです。

テーマ:衆議院選挙 - ジャンル:政治・経済

選挙 *  TB: 2  *  CM: 0  * top △ 
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/tb.php/1892-7439d26d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
 「劇的な変化」といえた「8月30日」から3日経った。水面下では、「鳩山内閣」組閣の動きや、議員会館からの引っ越しや、一部では鳩山...
2009/09/02(水) 10:17:03 | Ali della liberta (in Stadio)
?????Τ???????Ρ????μ¸?????Ū???ä??????????β????Τ????????¤??????ΤФ??к???Ū????????ΰ??β??к????????β????ä????????Τ褦??Ĥ??λ??Ω?Ρ???ä?Τ?β?Ķ??Ķΰ??????ä??δ????Ķ????????????????Τ??η??Τк?顢Ŀ??????Ť????Ф?????...
2009/10/01(木) 22:00:31 | ???ñ??
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。