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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2009/07/21 [Tue] 05:10:29 » E d i t
麻生太郎首相は平成21年7月21日午後1時からの衆議院本会議で、衆議院を解散します。政府は、解散後の臨時閣議で、第45回衆議院選挙=定数480(小選挙区300、比例代表180)=について、「8月18日公示-同30日投開票」の衆議院選挙日程を決定する予定です。

 「民主党が政権を奪取するか、自民、公明両党が政権を維持するかを焦点に、解散から投票まで戦後最長40日間に及ぶ事実上の選挙戦が始まる。05年に当時の小泉純一郎首相が「郵政解散」に踏み切ってから4年。この間、首相は安倍晋三氏、福田康夫氏、麻生氏へと1年おきに3回代わり、自民党の総裁交代による政権の「たらい回し」への批判も強まった中での衆院選となる。

 首相は21日午前の定例閣議で、憲法7条(内閣の助言と承認による天皇の国事行為)に基づく衆院解散を閣議決定。閣議後に解散詔書が内閣から皇居に届けられ、天皇陛下の署名を受ける。衆院本会議は午後1時から開かれ、河野洋平議長が解散詔書を読み上げて解散になる。政府はその後の臨時閣議で衆院選の日程を正式に決める。」(毎日新聞平成21年7月20日付朝刊1面)



衆議院選挙の最大の争点は、現在の与党である自民・公明両党か、野党である民主党・社民党・国民新党などどちらに政権を委ねるのか、はっきり言えば、(都議会選挙での自民と民主の得票数の差からすれば)民主党が政権を獲得するとして、民主党が単独で過半数の議席を獲得できるかどうか、がかかっているといえます。

ところが、民主党に対しては、「キャリアがない。本当に任せられるか不安だ」「大体、誰がやっても同じだよ」といった批判が向けられているようです(野田佳彦『民主の敵 政権交代に大義あり』(新潮新書、2009年)「はしがき」より)。言い換えれば、自民党にこそ政権担当能力があるのであり、政権交代する意義は乏しい、という批判です。

こうした「キャリアがない」などの批判は、一般社会でも見聞きする内容であって、政治の世界にだけに限られる問題ではないので、本来的には取るに足らない批判です。しかし、取るに足らない批判とはいえ、反論する必要はあるでしょうから、こうした批判に対してどのように考えるべきかの判断材料を提供するため、3つの論説を紹介したいと思います。

いずれも朝日新聞のオピニオン面に掲載された論説あり、「こんな自民に誰がした 09政権選択」、「政権交代を問う 09政権選択」という(まとめた)表題の下での論説です。前者は、「なぜ自民党は政権担当能力を失ったのか?」という点についての論説であり、後者は、「政権担当の準備が整っていなければ与党になれないのか?」という点についての論説となっています。



1.朝日新聞平成21年7月19日付朝刊7面「こんな自民に誰がした 09政権選択」

「御用聞き」で決断できない

飯尾潤(いいお・じゅん)さん・政策研究大学院教授(現代日本政治論)

 首相が2代続けて政権を投げ出し、選挙の顔として麻生首相を選んだのに、役員人事などで迷走した挙句、都議選で大敗。麻生降ろしの動きも中途半端に終わりそうだ。日本の政治が変革を迫られているのに、変革できないで混乱が起きている。その象徴が自民党だ。

 最大の変化は、政治家に決断が求められる状況になったということだ。高度成長期には財源が豊富だったので、新規の政策をどんどん打ち出せばよかった。しかも求められたのは発展途上国型の政策で、欧米先進国にモデルがあった。それを官僚が勉強し、よいところを組み合わせて政策を作る。政治家は、それが日本の実態に合うように注文をつけていればよかった。つまり、決断は必要ではなく、政治家は楽だった。

 ところが日本が先進国になり、経済成長が止まった。にもかかわらず昔ながらの政策を続けるから、財政赤字が膨らむ。新規の政策を実行するには、古いものをやめなければならない。政治家には、どの政策をやめるか選択する決断が求められている。ところが、いまだに官僚任せの状況が続いている。

 政治家に大きな負荷がかかる時代だからこそ、政党の役割が大きくなる。政党が「民意を集約して決断できる」体制をつくらなければならない。だが、自民党は伝統的に民意の集約が苦手だ。個人で陳情を受け付けて、そのまま役所に伝える「御用聞き」が活動の中心だったからだ。これは「政府・与党二元体制」と合わせ、自民党政治家にとって居心地のいい仕組みで、政権の長期化に貢献した。

 自民党はそれに慣れているものだから、今求められている「民意を集約して決断する」ということが難しい。決断の必要性は彼らもよく認識していて、「強いリーダーが必要だ」などと言っている。小泉元首相は、決断はしたが「民意を集約して」という部分が欠けていた。小泉後の自民党にとっては、トップに権力を集中しつつ、その権力を支える政策形成システム、民意の集約システムを備えることが大きな課題だったが、それには手をつけなかった。

 「政府・与党二元体制」の下では、自民党は真の意味での「政権党」ではなかった。与党が政府を批判したりした。具合が悪いことが起きると、首相のすげ替えをしてきた。本来なら政権党が責任を取って下野しなければならないのに、すべての責任を政府のトップである首相に押し付け、党は生き残るシステムだ。それが派閥抗争による政局だった。この「疑似政権交代」で国民の怒りは収められ、政権を維持し続けた。そういう成功の記憶があるから、小泉元首相の後、苦しくなるとそれを繰り返した。だが、このやり方はもう効かない。リーダーを選ぶことは政党の最も重要な機能なのに、それを世論調査に頼るようになってしまったからだ。

 派閥政治には問題もあるが、かつての派閥は本当にその人物を信じて行動する集団だっただけに、それなりの人物がリーダーとなっていた。今は派閥のそういう機能も失われた。

 日本のためにも自民党の自己変革が求められる。時間は限られるが、目先の選挙対策を超え、党のあるべき姿を皆で議論すべきだ。自民党の再生には、過去にとらわれない積極性が必要だ。 (聞き手・山口栄二)

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 62年生まれ。92年東京大大学院法学政治学博士課程修了。埼玉大助教授などを経て、00年から現職。著書に「日本の統治構造」など。」



損得だけ考える「甘い商売」

塩川正十郎(しおかわ・まさじゅうろう)さん・元財務相(インタビュー)

 なんちゅうか、「政治不在」だね。東京都議選にしたって都政に対する政策の訴えより、国政選挙へのプロパガンダに重点が置かれてしまった。自民党はそれに対抗できる力をもっていなかったな。思い切って「オリンピック是か非か」の議論をやったらよかったのに、そういう知恵が出てこない。政治センスがメタメタになっているんだ。

 第一、麻生さんは就任してすぐに選挙をやるんだと、僕は思っていました。ところが、世界同時不況という言葉にだまされて。側近が悪いんじゃないか。いま選挙をやったら危険だとか言ったに違いないと思う。今ごろ解散と言ったところで、もう伝家の宝刀でもなんでもない。追いつめられて、さびついた刀を振り回しているだけ。

 宝刀を抜けなかったのは、政治がわかっていないからよ。自分がなんで総理大臣になったのか、空気が読めていない。だけど、それは麻生さん一人じゃない。自民全体の話だね。

 昔は空気を適当に読んでやっていた。野党が全然ダメだったから、自民党が派閥抗争という形の自助努力をして政治を動かしてきた。それが機能しなくなったのは、94年に小選挙区制が導入されてからですよ。

 小選挙区といっても、比例代表並立制だから中間政党がキャスチングボートを握る。どうしても政治は妥協的になって、ポピュリズムに頼らざるを得ない。しかも、本当に政治を志そうという有為な人材は選挙に出にくくなった。立候補は現職じゃなければ、世襲か地方の議員や首長。中選挙区のときには、あれっと思う人材が出てきたけど、今はそのサプライズもないじゃないですか。

 自民党の派閥抗争が有効だったのは、経済がずっと成長していたから。政策を先送りする余裕があった。今は、それができない。国政の基盤が変わり、非常に難しい政治をこなす高度な能力が要求されるようになったが、その人材が小選挙区では出てこない。

 逆に、ポピュリズムに凝り固まった人たちが政権の中枢を担ぐようになった。政治家って、こんなに甘い商売はないじゃないかとなれば、選挙に勝てるようにと国民への迎合が始まる。

 国民にも、少し寛容になってほしいと言いたいね。総理大臣に多少のミスがあっても、ある程度の期間はやらせるというのが大事。代えろ、代えろとマスコミが国民をあおって、1年で総理が代わるようじゃ政治がうまくいくはずがない。小泉政権がもう5年続いていたら、この国の形は変わっていたと思う。格差、格差というけど、格差是正に手をつけようとしたところで降ろしちゃったんだもの。あと5年やっていたら、公務員改革にまで進めたと思いますよ。

 今のような政治が、10年は続くんじゃないかな。そこで経済も行き詰って、日本の産業が劇的に空洞化してしまうと思う。そうさせないために政策を出さなければいけないのに、何をやったらいいかわからない、人気取りしか考えない。

 つまり、政治を理解しているかいないかの話。政治家も国民も、自分に得か損かでしか考えないからダメなんだよ。政治家が選挙を人気投票と考えるのは間違いだし、国民も風にあおられて投票してはいかん。 (聞き手・今田幸伸)

============================================================
 21年生まれ。67年、衆院議員に初当選。11期務め、運輸相、文部相など歴任。小泉内閣で財務相。03年、政界を引退。東洋大総長。」



(1) お二人の論説の内容には、差異があるとはいえ、「なぜ自民党は政権担当能力を失ったのか?」という点については、共通しています。

 「最大の変化は、政治家に決断が求められる状況になったということだ。高度成長期には財源が豊富だったので、新規の政策をどんどん打ち出せばよかった。しかも求められたのは発展途上国型の政策で、欧米先進国にモデルがあった。それを官僚が勉強し、よいところを組み合わせて政策を作る。政治家は、それが日本の実態に合うように注文をつけていればよかった。つまり、決断は必要ではなく、政治家は楽だった。
 ところが日本が先進国になり、経済成長が止まった。にもかかわらず昔ながらの政策を続けるから、財政赤字が膨らむ。新規の政策を実行するには、古いものをやめなければならない。政治家には、どの政策をやめるか選択する決断が求められている。ところが、いまだに官僚任せの状況が続いている。 (中略)
 リーダーを選ぶことは政党の最も重要な機能なのに、それを世論調査に頼るようになってしまったからだ。
 派閥政治には問題もあるが、かつての派閥は本当にその人物を信じて行動する集団だっただけに、それなりの人物がリーダーとなっていた。今は派閥のそういう機能も失われた。」(飯尾潤氏)



 「自民党の派閥抗争が有効だったのは、経済がずっと成長していたから。政策を先送りする余裕があった。今は、それができない。国政の基盤が変わり、非常に難しい政治をこなす高度な能力が要求されるようになったが、その人材が小選挙区では出てこない
 逆に、ポピュリズムに凝り固まった人たちが政権の中枢を担ぐようになった。政治家って、こんなに甘い商売はないじゃないかとなれば、選挙に勝てるようにと国民への迎合が始まる。」(塩川正十郎氏)


政策を実行するのための法律を定める立法権は、国会(構成員たる国会議員)が有しています。ですから、政策を立案する官僚は本来、政策の選択肢を提示するのみで、その中からどのような政策を採用するかを決めるのは国会議員の役割です。

しかし、従来から、実際には官僚が「私たちがやるべきなのは、この政策です」と決め打ちして、それを与党議員が追認しているのであって、「政権を動かしているのは、むしろ官僚」(長谷川幸洋『日本国の正体  政治家・官僚・メディア――本当の権力者は誰か』(講談社、2009年)26・27頁)なのです。言い換えれば、官僚は政権の一部どころか中枢であって、国会議員に従って中立的に行政を遂行する集団ではないのです。

ただ、高度成長期であれば、どんな政策も官僚まかせにしておいても結果的には問題がなかったのですが、今は「政治家には、どの政策をやめるか選択する決断が求められている」のです。ところが、自民党は、個人で陳情を受け付けて、そのまま役所に伝える「御用聞き」が活動の中心だったせいもあって、決断ができません。


(2) もっとも、いくら自民党議員の多くが選択する決断できなくとも、せめて適切な決断ができる者がリーダーであればよかったのです。

しかし、「かつての派閥は本当にその人物を信じて行動する集団だっただけに、それなりの人物がリーダーとなっていた」のですが、リーダーを選ぶことを「世論調査に頼る」ようになってしまった結果、真っ当な人物が派閥の長にもならなくなり、首相としての資質を欠いた人物が首相に就任しなくなったのです。安倍晋三氏と福田康夫氏のように、一国の首相が、2人連続して、十分な説明なしに中途で政権を投げ出した点だけでも、この二人は首相としての資質を欠いた人物であったと、誰しもが感じたと思います。

塩川正十郎氏は、「国民も風にあおられて投票してはいかん」として民主党への風に流されてはいけないとして、自民党への投票を勧めてはいるものの、飯尾潤氏ともども「自民党は政権担当能力を失っている」という点において、共通した理解を示しているものといえると思います。




2.朝日新聞平成21年7月15日付朝刊15面「政権交代を問う 09政権選択」

準備のできた野党などない

ビル・エモット ジャーナリスト(寄稿)

 変化のとき――。民主主義の国では、選挙につきものの感覚だ。ひとつの党が長年政権を握る場合はなおさらだ。日本は長い間、その例外だった。しかし今回の総選挙は違う。政権交代が現実味を帯びている。日本を愛する観察者の一人として、変化の可能性は大歓迎だ。

 私の期待は、民主党への思い入れや敬意に根ざすものではない。民主主義の単純な効用に基づく。民主主義は良い政府を実現するための方法ではない。むしろ、説明責任を導き出したり、悪い政府を罰したりするための方法だ。良くない政府は罰を受けるべきなのだ。

 政治や官僚機構は、野放しにされたり、説明責任に無関心だったりすると、独りよがりになり、腐敗する。政治の安定は望ましい。だが、93年から94年にかけての細川、羽田両内閣を除き、自民党が55年の結党以来ほぼ一貫して政権の中枢にあるという安定は、あまりにも長すぎて、日本にとって良くなかった。

 おそらく一つの政党が10年程度は政権を担うのが理想的なのだろう。私の母国・英国では、79年の総選挙でサッチャーが勝利して以降、後継者のメージャーとあわせて保守党政権が18年続いた。その後、ブレアとブラウンの労働党政権が12年継続している。その間、政府は一貫した政策を実行できた。そして政府が腐敗したり、手腕のなさが明らかになったりすると、有権者は政権を罰してきた。英国では2010年6月までに総選挙が行われるが、労働党が保守党によって政権から追われる可能性が高い。

 民主党に政権担当の準備は整っているのか、と誰もが問う。間違った質問だ。そんな用意ができていた野党など、どこの国にもない。議会での野党の仕事が、政権担当のための訓練や経験につながることは決してない。野党議員であることと閣僚であることはまったく異なる仕事だ。民主党は英保守党のように、政権奪取直後から、とにかく仕事を覚えなければならないというだけのことだ。

 民主党には政策がないではないか、との批判もよく聞く。これも正しくない。民主党は社会保障から道路、防衛に至るまで広範な政策を持っている。問題は、政策のいくつかが別の政策と相反したり、党内で反目するグループによって支持されたりしていることだ。さらに言えば、政府債務残高が国内総生産(GDP)の1.7倍に達する日本の財政状態を考えると、民主党があらゆる政策をただちに実行することは不可能だ。

 これは世界中の野党の典型例だ。政権党になれば、政策を選択し、優先順位をつけて、限られた資金をどうすれば最も有効に活用できるか答えを出さなければならない。有権者もメディアも民主党も、実際に政権を取るまでは、どんな優先順位でどんな選択を行うのかはわからない。英保守党もまったく同じだ。

 私は「新自由主義者」「市場原理主義者」などと非難されてきた。そんな私だが、民主党の政策のいくつかは09年の日本経済・社会に必要だと信じている。

 日本が抱える問題点を考えてみよう。経済的には消費が弱く、生産性の伸びが鈍い。社会的には格差が拡大し、悪いことに貧困層が増大している。こうした問題は互いに結びついている。景気が悪いために賃金は減っており、パートタイマーや非正規労働者はさらに低い報酬しか受け取れない。年金や失業保険などの恩恵にあずかることも難しい。こうした状況が個人消費の低迷につながり、企業も投資に二の足を踏んでいる。格差と貧困は、道徳的に混乱し、社会秩序が乱れる危険をはらむだけでなく、将来の経済成長に悪影響を及ぼす。

 日本政府は伝統的に、規制や指導、場合によっては国有化などの方法で、経済に積極的に介入してきた。一方、社会福祉については、欧州諸国に比べてひどく消極的だった。民主党の政策の本質は、この不均衡を変えようということだ。2年間で21兆円という財政出動は、家計や社会保障に回るよう設計されている。財源が他の予算のやり繰りで賄えるなら、民主党の野望は十分な意味を持つ。

 民主党が政権を取っても、すべての公約を実行することはできないかも知れない。それでも、変化の兆しと新政権誕生という事実は、内政だけでなく、外交面でも効果をもたらすだろう。

 中国とインドの躍進で、アジアは刻々変化している。こうした状況のなかで、日本は小泉首相の退陣以来、法案を着実に通すことができないばかりか、政権が続くことの正統性さえ疑問視されるという頼りない政府に悩まされてきた。

 政権交代があっても、状況を一晩で変えられるわけではない。新しい党が政権を取っても、新たな不祥事まみれの大臣を寄せ集めた新内閣によって、新しい失政が始まるだけだと皮肉られるかもしれない。だが政権交代により、日本が変わるというはっきりしたシグナルを他国に示すことができる。日本の民主主義がきちんと機能していると訴えることができる。

 変化の直後は、混乱と矛盾かもしれない。だが刷新は、新たな人材と新しい考え方をもたらす。日本を愛する外国人の一人として、いま訪れつつある機会はおそろしく刺激的だ。

==============================================================
Bill Emmott 56年、英国生まれ。英誌エコノミストの東京支局長、編集長を務めた。著著に「日はまた沈む」「アジア三国志」など」



(1) この論説を読むと、「政権担当の準備が整っていなければ与党になれないのか?」という点については、「そうではない。政権担当の準備のできた野党など世界のどこにもないのだ」ということがよく分かると思います。

 「民主党に政権担当の準備は整っているのか、と誰もが問う。間違った質問だ。そんな用意ができていた野党など、どこの国にもない。議会での野党の仕事が、政権担当のための訓練や経験につながることは決してない。野党議員であることと閣僚であることはまったく異なる仕事だ。民主党は英保守党のように、政権奪取直後から、とにかく仕事を覚えなければならないというだけのことだ。

 民主党には政策がないではないか、との批判もよく聞く。これも正しくない。民主党は社会保障から道路、防衛に至るまで広範な政策を持っている。問題は、政策のいくつかが別の政策と相反したり、党内で反目するグループによって支持されたりしていることだ。さらに言えば、政府債務残高が国内総生産(GDP)の1.7倍に達する日本の財政状態を考えると、民主党があらゆる政策をただちに実行することは不可能だ。

 これは世界中の野党の典型例だ。政権党になれば、政策を選択し、優先順位をつけて、限られた資金をどうすれば最も有効に活用できるか答えを出さなければならない。有権者もメディアも民主党も、実際に政権を取るまでは、どんな優先順位でどんな選択を行うのかはわからない。英保守党もまったく同じだ。


要するに、どこの国でも、政権担当の準備のできた野党はなく、実際に政権を取るまでは、どんな優先順位でどんな選択を行うのかはわからないのです。こうした点は、不安に感じる市民もいるでしょう。特に、日本国民は本格的な政権交代を経験していないのですから。

しかし、政権交代を行っている健全な民主主義国家では、政権交代に伴う不安定さは、民主主義国家を維持するうえで当然に必要となるコストである、選挙に伴う政権交代による一定の混乱は、選挙制度自体に予定されているものである、と受け止めていることが分かるかと思います。


(2) では、なぜ、政権交代が必要なのでしょうか? 

それは、「政治や官僚機構は、野放しにされたり、説明責任に無関心だったりすると、独りよがりになり、腐敗する」ことから、前政権でしてきたことを総ざらいして、見直す必要があり、見直しのための最も効果的な方法が「政権交代」であるということなのです。ビル・エモットさんによれば「良くない政府は罰を受けるべき」であるというのですから、政権交代は有権者による処罰の結果であるといえるのかもしれません。

先に、「どこの国でも、政権担当の準備のできた野党はなく、実際に政権を取るまでは、どんな優先順位でどんな選択を行うのかはわからない」と述べました。こうした点で、市民に不安を与える面はあることは確かですが、そうした不安よりも、政権交代で得られる利益が大きいために、民主主義国では政権交代がなされているというわけなのです。

政権交代が必要であるという点について、一例を引用しておきます。

 「役人に緊張感を

 かつて世界一優秀と言われ、また「政治なんか誰がやっても同じだよ」の根拠だった官僚の地位が低下し続けています。今でも優秀な学歴の、志ある官僚はたくさんいるはずです。にもかかわらず、なぜこのようなことになるのでしょうか。

 この点もやはり、自民党長期政権による膿がたまったからだ、というのがその答になります。「何でもそこかよ。民主党なんか、官僚に手玉に取られてしまうから、自民党より駄目なんじゃないか」、そんなふうに思う人もいるかもしれませんが、まあ少し話を聞いてください。

 政権交代によって、チームがある程度の頻度で入れ替わることの最大の意義は、役所の人たちとの緊張感です。自民党と役人は、もう慣れあいのチームになっています。自民党の場合は、官僚との関係だけではありません。経済団体を含めた民間とのチームも、ある程度できあがってしまっています。それらをもう1回、白紙で見直すことが重要なのです。

 そして大事なのは、新しいチームでお金の使い方をどうやって変えていくかです。なあなあでだらだらのチームでは、しがらみを断ち切ることができず、方針の大転換などできません。私は政権交代の醍醐味は、お金の使い方を考える人間が変わるということにあると思います。

 官僚は、政治が強ければひれ伏して従います。しかし、支持率が低くなったりすると、すぐに手を抜いたり、先送りや骨抜きといったことをします。

 “渡り”の政令の話は、その典型です。“天下り”を抑制していこうという政治の意思があるにもかかわらず、政令で渡りを首相が容認できるようにしてしまう。しかも、わからないようにやろうとする。地方分権の話でも同じことが起こっています。官僚の雇い主は国民であり、その代表が政治家であるという視点はそこにはありません。

 ごくごく冷静に考えると、なぜそのようなことが可能なのか、普通に暮らしている人々からすると不思議ではないですか。たとえば、企業同士の契約で、一度決めた取り決めを、相手方に知らせず、自分たちの都合のいいように勝手に変更することなどあり得ないでしょう。そういう社会の非常識がまかり通っています。

 公に奉仕するという理想とはかけ離れた姿です。彼らとしては、組織防衛なのでしょう。個人的な動機というよりも、親方日の丸村の仲間内を守るためだけに、そういうことをしているとしか思えません。やっかいなのは、本人たちにその意識があるかどうかすら怪しいという点です。つまり、あまりに長期間にわたって作り上げられたシステムにおいては、個々の行動が自動的に組織防衛に直結するようになっているのです。

 そうなってしまった理由は1つしかありません。政権交代がなかったことです。

 なあなあの関係がバックにあるため、組織防衛のほうに力を注ぐことが可能になる。これが、「いつ別のトップが来てチェックされるかわからない」という状態になれば、組織の一員としてではなく、公僕としての意識を持つようになるはずです。

 民主党が政権を取れば、政治家と官僚との間の緊張感は一気に高まります。官僚になめられるのでは、という懸念に対しては、民主党には優秀な元官僚議員もいるので心配ない、と申し上げておきましょう。」(野田佳彦『民主の敵 政権交代に大義あり』(新潮新書、2009年)68頁以下)。


要するに、政権交代の最大の意義は、与党政治家・官僚・特定の民間三者の間の長年の慣れ合いを排して「役所の人たちとの緊張感」をもつことであって、官僚の身勝手な行動を阻止することにあるわけです。


(3) もっとも、メディアがこうした慣れ合いを厳しく批判することも可能であり、そうした批判で慣れ合いを阻止することも可能だったかもしれません。

しかし、新聞は、いち早く政策情報を官僚から入手すれば、それで立派な特ダネになることから、官僚から優先的に情報提供されるようになると、自ずと批判の筆先は鈍ります。このように記者と官僚の関係は、複数の記者が情報の買い手であるのに対して、一人の官僚が売り手なので、しばしば「売り手独占」になってしまいます。そこから、官僚がご主人様のように強い立場にたつ一方、記者はあたかも「ポチ」のような弱い立場に立ってしまいがちになるのです(長谷川幸洋『日本国の正体  政治家・官僚・メディア――本当の権力者は誰か』(講談社、2009年)42頁以下)。

記者の多くが、官僚の「代理人、あるいはポチ」と化しており、多くの記者は記者クラブに閉じ込められ、官僚によって巧妙に情報操作されている以上、国民に対して、正しい情報が伝わるはずがありません。「ポチ」ごときでは、与党政治家・官僚・特定の民間三者の間の長年の慣れ合いを厳しく批判し、官僚の政策の妥当性を十分に吟味できるはずがないのです。


(4) 「政権交代があっても、状況を一晩で変えられるわけではない」ことは確かですし、必ずしも最良な政権となるかどうかは分かりません。大きな「混乱と矛盾」を生むこともあるかもしれません。

しかし、「政権交代により、日本が変わるというはっきりしたシグナルを他国に示すことができる。日本の民主主義がきちんと機能していると訴えることができる」のです。また、政権交代という変革は、「新たな人材と新しい考え方をもたらす」ことは確かなのです。

08年米大統領選を制した民主党のバラク・オバマ上院議員は、2008年11月4日深夜(日本時間5日昼)、地元イリノイ州シカゴで演説し、「この選挙で私たちが起こした行動により、米国に変革の時がきた」と勝利を宣言しています(「2008年米大統領選挙:第44代米大統領はバラク・オバマ上院議員に~「米国に変革の時が到来した」と勝利宣言」(2008/11/07 [Fri] 00:36:38)参照)。

日本にも変革の時が到来するのでしょうか。変革の道を選択するかどうかは、私たち有権者の判断に委ねられているのです。

テーマ:政治・時事問題 - ジャンル:政治・経済

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