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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2009/06/22 [Mon] 23:59:27 » E d i t
麻生首相の部落差別発言問題について、ご存知でしょうか? 麻生太郎氏が「野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなあ」と述べたために、元官房長官である野中広務氏が麻生太郎氏に面と向かって激怒した事件です。

麻生首相の部落差別発言問題については、「「ナチス発言」問題:ナチスに関する麻生氏の歴史認識は正しいのか?~研究者は“麻生氏の発言は歴史的にトンチンカン”と酷評(東京新聞平成20年8月6日付「こちら特報部」より)」(2008/08/06 [Wed] 22:03:21)において、取り上げたことがあります。

東京新聞のコラム(例えば、「本音のコラム」「大波小波」)では、麻生首相の被差別部落発言を取り上げることがありましたが、新聞社の編集委員が取り上げたことは過去においてなかったように思います。ところが、驚くべきことに、朝日新聞平成21年6月20日付「政治コラム 政態拝見」において、編集委員・坪井 ゆづるさんがこの部落差別発言を取り上げていました。

野中広務氏と辛淑玉(しんすご)さんの対談集「差別と日本人」(角川書店、平成21年)が切っ掛けになったようですが、麻生首相の政治家としての資質の有無、そして自民党の政権維持を認めるか否かを判断するために重要な意味があることだと思い、紹介したいと思います。



1.まず、朝日新聞平成21年6月20日付「政治コラム 政態拝見」を紹介する前に、いまだ残る「部落差別」について少しでも理解してもらうために、「差別と日本人」(角川書店、平成21年)の「はしがき」(17頁以下)を一部、引用しておきます。

 「部落差別とは、「部落」というレッテルを貼り、差別することである。差別とは、富を独り占めしたい者が他者を排除するために使う手段である。そして、この差別は、する側になんとも言えない優越感を与える享楽である。

          *          *          *

 差別は、いわば暗黙の快楽なのだ。例えば、短絡した若者たちが野宿者を生きる価値のない社会の厄介者とみなし、力を合わせて残忍なやり方で襲撃する時、そこにはある種の享楽が働いているのだ。それは相手を劣ったものとして扱うことで自分を保つための装置でもあるから、不平等な社会では差別は横行する。そして、あたかも問題があるのは差別される側であるかのように人々の意識に根付き、蓄積されていく。

 時の権力は、権力に不満が集まらないようにするためには、ただ、差別を放置するだけでいい。そうすれば、いつまでも分断されたシモジモ同士の争いが続く。

 他方、差別される側は、差別の理由を求めてさまよう。その理由をなくせば差別されなくなると考えるからだ。しかし、差別するための「理由」は、いくらでも付け足せる。結果、自らの努力ではどうにもならない状況が作り出され、多くは無力感を植えつけられていく。

 西日本を中心に今なお続く「部落差別」は、多くは朝廷政治の歴史の中から生み出されていった。

 その被差別者の解放への動きの始まりは、1871(明治4)年、明治政府が出した賤民(せんみん)廃止令である。しかしこれは、その後の地租改正条例へと続く、財源確保政策の一環として行われたものだ。権力は、かつては既得権を維持するために特定の人々を「卑しい」身分に落とし込み、今度は、彼らから金をむしりとるために「平民」とした。しかし、「平民」としたのは名義上のことだけで、彼らを取り巻く差別的な環境や意識には一切手をつけない、おためごかしでしかなかった。

 このとき、「賤民」が解放されて「増長」することを恐れた一般大衆は、焼き討ちや襲撃などの暴力を繰り返し、口々に「(賤民廃止令は)5万日(137年)先送りにされた」と悪意に満ちたデマを流した。そして、自らの生活圏に「賤民」が侵入してくることへの恐怖と、自らの位置の低下への不安から、暗示的な言葉やしぐさで差別を表現し、日常生活の中での匂いや味、趣といった感覚的な差異を作り上げて排除するという、より陰湿な差別を作り出していった。

 1871年8月28日から数えて「5万日」後は、2008年7月20日。

 2001年の国連人種差別撤廃委員会では、「部落差別はカースト制度」とまで指摘されたにも拘(かか)わらず、この国の多くの人々は無関心のままでいる。「賤民廃止令」は、差別した側の責任をいっさい問わないまま、いまに至っているのだ。5万日があけた今も、被差別者の苦悩は続いている。」



2.朝日新聞平成21年6月20日付朝刊15面「政治コラム 政態拝見」(編集委員・坪井 ゆづる)

麻生首相 差別発言はあったのか、なかったのか

 なんとも気になる本が、先週から書店に並んでいる。元官房長官の野中広務氏と人材育成コンサルタントの辛淑玉(しんすご)さんの対談集「差別と日本人」(角川書店)だ。そのなかで、野中氏はみずから被差別部落出身であると語ったうえで、麻生首相の暴言を指摘している。

 「野中やらAやらBは部落の人間だ。だからあんなのが総理になってどうするんだい。ワッハッハッハ」と、麻生氏が言ったというのだ。

 現場は8年前、01年3月12日の麻生氏の派閥の会合。次の党総裁候補に野中氏の名前もとりざたされていたころだ。

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 実は、この発言は国会で真偽をただされたことがある。ジャーナリストの魚住昭氏が『野中広務 差別と権力』(04年刊、講談社)で「発言内容」と、それに激怒した野中氏が後に自民党総務会で麻生氏を面罵(めんば)したことを紹介。05年2月の衆院総務委員会で、民主党議員がその本を読み上げながら質問した。麻生氏は「そのような発言をしたことは全くありません」と否定した。

 録音されていない発言の有無を確かめるのは難しい。なのに、野中氏はあえて改めて世に問うた。その根拠を聞くと野中氏はこう断言した。「人づてに発言を知り、その場で聞いていた3人の国会議員から確認した」 「AもBも実名だったが本では伏せた」

 真相を知りたくて、現場に居合わせた約10人の議員を取材した。すると、2人が「差別発言はあった」と認めた。

 ひとりは「野中さんや別の衆院議員の名前もあげて『表に出てはいけない連中が表に出て大きな顔をしている』という趣旨で、明らかな差別発言だった。その後、あの発言に野中さんが憤っていることが派閥で話題になり、『野中さんにわびをいれた方がいいのでは』と話した議員もいた」と述べた。 「麻生さんが国会で否定したのなら、国会でウソをついたことにならないか」とも指摘した。

 もうひとりは「雑談の中で麻生さんは大声で話したんだ。その場のみんなが聞いたはずだ」と繰り返した。

 しかし、ほとんどの議員は否定した。「麻生さんが野中さんの総裁選出馬に否定的だった話に尾ひれがついた」という解説が多かった。

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 麻生首相の村松一郎秘書官は、こう反論する。 「野中さんは当時、党の幹部で麻生を呼んで確認できたはずなのに、なぜしなかったのか。確認もせずに一方的に言い募るのはひきょうだ。なかったことは立証できないから、この種の話は流された側が損をするばかりだ」

 総選挙が迫るいま、野中氏の狙いは差別問題の糾明より、政治的な麻生批判だと見ることもできよう。だが、差別発言が事実なら、野中氏個人ではなく、すべての被差別部落出身の人々への言葉として許されるはずがないのも確かだ。

 総選挙が迫るいまだからこそ、真相がなんとも気になる。」



(1) 野中広務・辛淑玉『差別と日本人』(角川書店、2009年)の中で、麻生首相の部落差別発言に言及していると分かるので、その箇所(同162頁以下)を引用しておきます。

 「●麻生太郎の暴言

 私は麻生さんの顔を見ると背筋が寒くなるんです。
 とくに彼の中にあるひどい差別意識には、ぞっとさせられる。

野中 まだ麻生さんが総理になる前の、2001年4月の頃だったけれども、ある新聞社の記者が僕に手紙をくれたんです。手紙には、こんな内容のことが書かれていた。

<麻生太郎が、3月12日の大勇会の会合で「野中やらAやらBは部落の人間だ。だからあんなのが総理になってどうするんだい。ワッハッハッハ」と笑っていた。これは聞き捨てならん話だと思ったので、先生に連絡しました>

 彼がそれを言ったとき、その輪の中に数名の政治家がいたらしいのだが、その1人が、今は国民新党にいる亀井久興(ひさおき)君だった。私自身が亀井君に確認したら、「残念ながらそのとおりでした」と。その発言の直後に河野洋平(こうの・ようへい)君が入ってきたらしいんだが、彼は、「その発言は聞いておりません」と言ったそうだ。

 僕も独自に事実確認しましたよ。河野さんに、「あなたはおらなかったけれども」と言いながら、麻生さんの発言を確認すると、「はあー」って言うて、知らないような様子だった。亀井君は自民党を離れているから、正直に言うてくれるだろうと思って聞いた。すると亀井君は、「そのとおりです」と。それ以外の2人については、まだ自民党の中にいるから、あえて言わないけれども。かわいそうだから。

  麻生さんというのは、自民党の中でもそういう発言をする人なんですか。

野中 そうだろうね。実際そう思っているんでしょ。朝鮮人と部落民を死ぬほどこき使って、金儲(もう)けしてきた人間だから。
 彼が初めて選挙に出た時、福岡の飯塚の駅前で、「下々の皆さん」って演説した。これが批判を受けて選挙に落ちたんだ。彼はずうっとそういう感覚なんですよね。

 飯塚って在日も部落の人もたくさん住んでいるところですからね。

野中 何の疑問もなしにそう言うんだ。不幸な人だ。一国のトップに立つべき人じゃない。

  そうですね。他の先進国でこんな発言をしたら、たとえ過去の発言であっても一発で首が飛ぶ。
 こんな「国会議員の誰が部落だ」みたいな情報は、国会の中で回るものなんでしょうか。

野中 いや、そんなのわからんと思うよ。僕はA君の話もB君も初めて知ったんだから。
 それにしてもどこからそんな情報が出たか、知らんですよ。

  麻生さんは差別意識が体の中に染みこんでいるんだと思う。

野中 そうそう。


 麻生氏のこの発言は、救いがたい「家柄」意識の表れだ。

 その言葉は、出自の低いお前たちは所詮(しょせん)トップには立てない、自分の分をわきまえろ、と言っているのだろう。彼には、吉田茂の孫であり、また麻生セメントに代表される麻生財閥の末裔(まつえい)ということ以外に、政治的資源は何もない。能力もない。だから出自で人を見下す。

 多くの人がそのような麻生氏を受け入れるのは、そうすることにメリットがあるからだ。

 真の実力を持ち、競争を勝ち抜いてきた本当のエリートたちに対しては、コンプレックスや近寄りがたさを感じる。それに対して、そもそも自分の力ではどうにもならない「家柄」や「出自」の良さというものを受け入れる事は、ある種の安堵(あんど)感を与えてくれると同時に、自分たちの下におかれるものたちを作ることになり、自分たちは優越感に浸れるのだ。「オレはあいつより上だ」と。

 彼らはもう、競争しなくても良い。彼らはそのままで差別する側に立つことができるだ。

 だからこそ、麻生氏の言葉や差別意識は許容される。

 「麻生太郎」が政治家でいられるのは、大衆の差別意識の上に乗っているからだ。


朝日新聞の紙面では書籍のうち、一部を引用しただけですが、書籍の該当箇所全体を読むと、麻生太郎氏の部落差別発言を知った経緯、野中広務氏は誰に発言を確認したのかが、分かる内容となっています。

これを読むと、野中氏は、麻生氏の差別発言の有無をできる限り調べており、信頼できる発言を得て、事実であったという確証があるとして、暴露したのだと感じられると思います。



(2) 朝日新聞の記者は、「麻生氏の部落差別発言」の有無について、独自に取材したようです。

 「録音されていない発言の有無を確かめるのは難しい。なのに、野中氏はあえて改めて世に問うた。その根拠を聞くと野中氏はこう断言した。「人づてに発言を知り、その場で聞いていた3人の国会議員から確認した」 「AもBも実名だったが本では伏せた」
 真相を知りたくて、現場に居合わせた約10人の議員を取材した。すると、2人が「差別発言はあった」と認めた。
 ひとりは「野中さんや別の衆院議員の名前もあげて『表に出てはいけない連中が表に出て大きな顔をしている』という趣旨で、明らかな差別発言だった。その後、あの発言に野中さんが憤っていることが派閥で話題になり、『野中さんにわびをいれた方がいいのでは』と話した議員もいた」と述べた。 「麻生さんが国会で否定したのなら、国会でウソをついたことにならないか」とも指摘した。
 もうひとりは「雑談の中で麻生さんは大声で話したんだ。その場のみんなが聞いたはずだ」と繰り返した。
 しかし、ほとんどの議員は否定した。「麻生さんが野中さんの総裁選出馬に否定的だった話に尾ひれがついた」という解説が多かった。」


朝日新聞の記者の取材によると「差別発言」の有無について、10人中、2人が認め、8人が否定したわけです。これをどう判断するか、です。「差別発言」があったのか、なかったのか、どちらでしょうか。よくいじめ問題において、多くの人がいじめを否定し、ごく一部の人がいじめがあったことを肯定し、いじめの状況について詳細な話を行うというのは、よくある話です。

麻生首相の村松一郎秘書官は、「確認もせずに一方的に言い募るのはひきょうだ」とまで言い放ち、部落差別発言を否定しています。麻生氏を擁護する秘書官としては、正しい言動なのかもしれません。

しかし、これでは、まるで野中広務氏が、一方的に被害意識を募らせて、麻生氏を誹謗しているかのようです。市民の目からすれば、「野中氏は「確認」したうえで、麻生氏を非難しているのに、秘書官は『確認もせずに』と誹謗するのだから、これもまた『部落出身者に対する誹謗中傷』の1つなのだろう」と、嫌な気持ちになるように思われます。

麻生氏が差別発言をしたと言われる場所に居合わせた国会議員のうち、「差別発言があった」と述べる2人を信じるのか、判で押したかのように「麻生さんが野中さんの総裁選出馬に否定的だった話に尾ひれがついた」という解説をする約8人を信じるのか――。麻生氏のこれまでの数々の暴言をもよく考慮するならば、2人と8人のどちらを信じるのか、誰でも判断できるかと思います。



(3) 憲法14条(法の下の平等)は、1項後段において歴史的にみて不合理な差別が行われてきた典型的な事由を特に挙げて、その一例として「人種」を列挙しています。

 「「人種」とは、骨格、皮膚の色、容姿、言語、風俗などで区別した人の人類学上の種別をいう。人種は先天的に決定されるものであり、また、人種によって能力等が異なることも科学的には認められず、したがって、人種による区別は、……優先処遇を別として、まったく正当化理由をもたない。また、人種差別は、黒人差別やユダヤ人差別のように、これまで重大な差別を生じさせてきており、現在なお克服されていない。日本人には人種の違いがないといわれる。しかし、アイヌ人に対する差別的措置は人種による差別といえるし、さらに在日朝鮮人問題や被差別部落問題もまた、人種による差別に通ずる生まれによる差別を内包している。」(戸波江二『憲法(新版)』(ぎょうせい、平成12年)197頁)


部落差別発言は、「人種による差別に通ずる生まれによる差別」と異ならないのです。麻生氏が、部落差別発言をしてみせ、何ら反省もすることもないのであれば、麻生氏には首相どころか政治家としても資質はなく、自民党の政権維持を認めわけにはいきません。

麻生氏は、部落差別発言をしたのかどうか、部落差別についてどう理解しているのか、野中広務氏を含む被差別部落に所属する者へ謝罪する意思があるのか、「麻生炭鉱は部落民を一般の労働者と分け、部落民専用の長屋に入れて奴隷のように酷使した」(野中広務・辛淑玉『差別と日本人』(角川書店、2009年)163頁)ことへの謝罪はないのか――。

これらの点は、必ず国会において問題にするべきであり、麻生氏が無視して問題にしないのであれば、有権者は、「麻生氏が無視した態度」をも考慮して総選挙に臨むべきであると思います。

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コメント
この記事へのコメント
http://www.citizentube.com/
エントリーと無関係で申し訳有りません。
ここに集う人達は是非視て欲しい。
2009/06/23 Tue 12:47:36
URL | rice_shower #UXr/yv2Y[ 編集 ]
>rice_showerさん:2009/06/23 Tue 12:47:36
情報ありがとうございます。


http://www.citizentube.com/

ここで生のイラン情勢を知ることができるわけですね。ありがとうございます。イランの市民の人たちは、不合理な弾圧に負けずに頑張りとおしてほしいです。イラン政府は、国際社会がどんなに懸念を呼びかけても、改めることはしないようですし。
2009/06/28 Sun 00:05:30
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
『差別と日本人』読ませて頂きました。 素晴らしい本をご紹介頂き、感謝です。
  
巻末に紹介されている詩、
“ふるさと”をかくすことを
 父は
 けもののような鋭さで覚えた.....
言葉を失います。

「ボクお腹が痛い」と総理の座から遁走したヘタレ右翼が、『美しい国』と形容したこの国が、いかに『寂しい国』『哀しい国』であるかを、改めて知らされた思いです。
2009/06/30 Tue 10:06:01
URL | rice_shower #UXr/yv2Y[ 編集 ]
麻生氏と自民党の内訌
おはようございます。オーナー様
久しぶりになります。小泉・安部時代は、お世話になりました。
本記事2(3)で、麻生氏(現首相)の差別的発言がが、憲法14条違反(の趣旨に))になって政治家不適格(>麻生氏には首相どころか政治家としても資質はなく、・・・)とあります。
考えさせられます。憲法には、為政者・政府が絶対に守らなければならない強行規定(54、69など)と訓示規定(努力目標)にすぎない規定が混在しているような印象を受けます。
さて、記事とはズレますが、
今度の自民党内の「麻生降ろし」醜かったです。
国会では内閣不信任案を否決しておきながら、党内では堂々と「麻生降ろし」、何か違和感があります。
総選挙を経ずして首相だけを代える(よく表紙だけを変えると言われます)「政権のたらい回し」を防止できない現行憲法(もしくはその解釈に)に無力感を感じます。 数(300議席)があれば、しょうがないんでしょうかね!
2009/07/18 Sat 06:43:18
URL | Gくん #-[ 編集 ]
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追記事(2008/09/27)
2009/06/23(火) 09:27:30 | 来栖宥子★午後のアダージォ
前回と前々回の内容はアレだったんですが、今回は一応真面目なテーマです。 ご存じの方も多いのではないでしょうか。 6月20日の朝日新聞政治欄のコラム「政態拝見」に、気になる話題が載ってました。こちら↓で詳しく読めます。 麻生首相の差別発言問題:麻...
2009/08/27(木) 22:53:17 | 身近な一歩が社会を変える♪
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