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2009/05/20 [Wed] 23:59:26 » E d i t
平成21年5月21日、裁判員制度が実施(施行)されます。裁判員制度とは、国民に裁判員として刑事裁判に参加してもらい、被告人が有罪かどうか、有罪の場合どのような刑にするかを裁判官と一緒に決めてもらう制度です。

早ければ7月下旬から裁判員が加わった裁判(裁判員裁判)が各地裁で順次始まる見通しとなっています。裁判に有権者が参加するのは、1943年の陪審制度の停止以来で、72年まで米国統治下で陪審裁判があった沖縄を除くと、66年ぶりとなります(共同通信)。



1.「裁判員制度は、特定の職業や立場の人に偏らず、広く国民の皆さんに参加してもらう制度であること」を理由に、裁判員に選ばれた市民は、原則として辞退できません。

ですから、裁判員制度には多くの批判がなされ、問題点が多く残ってはいるものの、実施されてしまう以上、市民の側は裁判員制度に参加することに備える必要がありますし、少しでもよい結果をもたらすようにと願うばかりです。そこで、「裁判員に選ばれるかもしれないあなたへ」という形で、裁判員となる市民にとって必要とされる心構えを幾つか示してみたいと思います。

その1回目として、木谷明氏という元裁判官へのインタビュー記事(東京新聞平成21年5月20日付朝刊「始動裁判員~あなたへのメッセージ」)を紹介したいと思います。木谷明氏は、「刑事裁判で一番大切なことは,『無辜の不処罰』,つまり『無実の者を処罰しないこと』です」ということを説いていた、稀有の裁判官だった方です。



2.東京新聞平成21年5月20日付朝刊1面「始動裁判員~あなたへのメッセージ」(1)

被告の弁解こそ真相では との意識を 

無罪判決30件以上の元裁判官 木谷明・法政大法科大学院教授

 法政大学法科大学院教授の木谷明(71)は、任官間もない裁判官だったころの事件をよく覚えている。1960年代、東京都内のある名刹(めいさつ)で、清掃員の女性が本堂に放火した。女性は法廷で犯行を認めたが、動機だけは語らぬままだった。

 動機はわからなくても、判決は言い渡せる。しかし、ともに審理を担った裁判長は「なぜ」と根気強く語りかけた。女性は重い口を開き、高僧との交際を告白した。

 「冷たくなったのが不満だった」。裁判長は高僧の証人尋問まで行い、供述を裏付けた。

 事件の真相を知るのは被告だけ。裁判官は、証拠を手掛かりに想像しているにすぎない。被告の言い分をなおざりにして裁判はできない。そう確信した木谷は、被告の言葉を真剣に聞く姿勢を貫いた。だが、被告の弁解には、木谷にとっても奇想天外に聞こえるものも少なくない。

 覚せい剤を使ったとして91年に起訴された男性が、無罪を主張した。 「尿検査の時、覚せい剤反応のある他人の尿を混入された」

 警察がそんなことをするのか。疑問を抱きながらも採尿の状況を調べた。すると、<1>採尿した部屋には他人の尿も置かれていた<2>警察官が被告に背を向けて、尿を入れ替えるような動作をしていた―など、混入の疑いがぬぐえない状況が見えてきた。結局、尿の検査結果を証拠と認めず、無罪を言い渡した。

 「まさかと思うことが実際にはある。自白の強要はその典型だ」と木谷は語る。

 勤務先の医務室で出産直後の乳児を殺したとして母親が起訴された事件。捜査官に自白した母親が、公判では「殺していない」と否認した。木谷は自白の内容を徹底的に検証した。 「へその緒を自分で引っ張ったら胎盤が出た」。通常の出産では考えられない行動が調書に載っていた。

 「出産経験のない警察官が自白を押しつけたのではないか」。調べてみると、出産直後の母親への配慮のない、過酷な長時間の取り調べが行われていた。

 自白を強要された疑いが消えず、仮死状態だった乳児がそのまま死亡した可能性もあるとして、無罪とした。

 「過去に起きた事件で、被告が犯人かどうかを決めるのは人間の能力を超えた行為。だから、必ず誤りが起きる」。その誤りで無実の人を罰することは、絶対に避けなければならないと強く思う。

 「どんな事件でも、検察は被告を犯人と思わせる証拠を出してくる。被告の弁解こそ真相ではないかという意識が、裁判員には大切だ」

 木谷は、30件以上の事件で無罪を言い渡した。高裁や最高裁で破棄されたことは一度もない。  (敬称略)

          ◇

 刑事裁判に市民が参加する裁判員制度が21日、いよいよスタートする。さまざまな立場で刑事事件にかかわった人たちが自らの体験をもとに、法廷などで念頭に置いておいてほしいメッセージを送る。裁判員に選ばれるかもしれないあなたへ向けて―。」



「無辜の不処罰」という刑事手続きの原則は、刑事裁判で最も重視すべきこととされていることは誰しもが分かっており、法曹の誰もが学生時代はそう学んできていますが、多くの裁判官や検察官は失念してしまっています。 また、多くの裁判官や検察官は、多くの嘘を付く多数の犯罪者に接してきているせいか、「被告人の言い分は、嘘ばかりであり、信用しない」という意識でいるのが通常であるとさえ、言っていいかもしれません。

裁判員制度は、冤罪防止という観点から設計されたものではありません。ですから、裁判員が刑事裁判に参加したところで、制度上、冤罪を減少させることができるわけではないのです。有罪率99%ですから、最初から有罪を想定している裁判官や検察官によって、裁判員は、言葉巧みに、うまく丸め込まれてしまうだけになるというのが、多くの裁判員裁判の現実でしょう。

しかし、最初に述べたように、刑事裁判で一番大切なことは、なんと言っても「冤罪の防止」です。市民に対して裁判は分りやすいものになったけれども、冤罪は一向に減らない、むしろ増えたと言われたのでは、何にもなりません(「NHKブログ・解説委員室」より、「視点・論点 『裁判員制度を考える(2) 無辜(むこ)の不処罰』法政大学教授 木谷 明(2008年08月20日 (水))」)。

冤罪であっても全くと言っていいほど救済されない現在の刑事裁判、被告人の弁解がほとんど聞き入れられない現在の刑事裁判において、裁判官に直接対峙して、冤罪を防止することができるのは裁判員だけとさえ、いえるのです。

 「過去に起きた事件で、被告が犯人かどうかを決めるのは人間の能力を超えた行為。だから、必ず誤りが起きる」。その誤りで無実の人を罰することは、絶対に避けなければならないと強く思う。

 「どんな事件でも、検察は被告を犯人と思わせる証拠を出してくる。被告の弁解こそ真相ではないかという意識が、裁判員には大切だ」


裁判員は、木谷明教授が強調されているように、「被告の弁解こそ真相ではないか」という意識をもって、被告人の弁解を真摯に聞く姿勢をもって裁判員裁判に参加することを希望します。

テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済

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