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2009/04/03 [Fri] 02:05:26 » E d i t
朝日新聞平成21年4月1日付朝刊15面「オピニオン 小沢VS.検察」においては、西松建設献金事件について、評論家の立花隆さんの寄稿と、宗像紀夫・元東京地検特捜部長へのインタビュー記事が出ていました。そこで、それらのうち、宗像紀夫・元東京地検特捜部長へのインタビュー記事の方を紹介したいと思います。
4月4日追記:エントリーの最後の文章の前に、1段落を追加しました。)


1.朝日新聞平成21年4月1日付朝刊15面「オピニオン 小沢VS.検察」

捜査手法も着手時期も疑問多い 元東京地検特捜部長・宗像紀夫(むなかた・のりお)さんに聞く

■特捜の体質変容を危惧

 ――小沢一郎民主党代表の公設秘書をめぐる政治資金規正法違反事件の捜査では、着手時期や捜査手法などについて一部で批判の声が上がりました。

 「捜査機関は証拠がそろえばいつでも事件に着手できる、というのが基本原則ですが、検察の伝統的な考え方では、ある時期に着手することが政局や国民の投票動向に影響を及ぼす可能性がある場合には、できるだけそれを避けるという暗黙の了解がありました。それは、特捜部が戦後約60年、政界と切り結びながら世論の支持を支えにして政界の腐敗を摘発してきた中で培われた“生活の知恵”みたいなものです。 『検察は政治を動かそうとしているのではないか』 『政治的な意図を持って捜査しているのでは』などというあらぬ疑いを国民にもたれないように、痛くもない腹をさぐられることがないように、着手時期は慎重に選んできました。私自身、主任検事を務めたリクルート事件や特捜部長として捜査指揮したゼネコン汚職など、政界がらみの大きな事件を着手するときには、必ず政治日程を詳細に調べました。今回のように総選挙が近いうちに行われる可能性が高く、しかもその選挙により政権交代もありうるといわれている時期に、この事件を着手する必然性があったのかという疑問を感じる人は多いのではないでしょうか」

 ――着手時期や捜査手法をめぐる「検察の説明責任」の議論も起こりました。

 「今回、起訴の時に地検の次席検事がわざわざ、 『政治資金収支報告書の虚偽記載は国民を欺いてその政治判断をゆがめる重大悪質な事案と判断した』という趣旨のコメントを出しましたが、本来このような説明は不要で、 『最後まで事件の進展を見ていてください』と言えばいいのです。なぜなら、検察の伝統的な考え方では、政治資金規正法違反というのは、例えば多額のウラ金を取得していたようなケースでない限り、事件の最終目的とはなりえないからです。第2、第3の、贈収賄や脱税などのより悪質、重大な犯罪の摘発が後に控えているときにのみ、政治資金規正法違反による強制捜査といった例外的な捜査手法が許されるのです。だから、 『この時期にこんな事件で政治家の秘書を逮捕するのはおかしい』と言われたら、 『最後まで見ていて下さい』と言えばいいのです。つまり、きちんとした捜査の結果を出すことがいちばん説明責任を果たすことになるのです。だからもし、仮に今回の事件が政治資金規正法違反だけで終わるようなことになるとすれば、あまりにも強引な捜査だったということになるでしょう。ちなみに、リクルート事件の時も、3人の自民党有力政治家の秘書や政治団体の会計責任者を政治資金規正法違反(虚偽記載、量的制限違反)で摘発しました。金額は数千万~数億円でしたが、いずれも在宅で調べて、略式起訴でした」

 ――捜査手法などかつての検察とどこが変わったのでしょうか。

 「以前は十分に特捜事件の捜査経験を積んだ人が指導的立場に立っていました。捜査経験を長く積むと、取り調べの相手からすぐに結論を引き出そうとは思わないんです。時間をかけて、 『友情ある説得』をしながら、真実を引き出す。しかし、最近のいくつかの事件捜査を見ると、 『この事件はこういう筋なんだ』という結論が先にあって、それに向けて無理やり突き進むという感じがします」

 ――ロッキード事件以降の実務派・現場派検事のリーダーだった吉永祐介・元検事総長の薫陶を直接受けた「吉永学校の生徒」が捜査現場からいなくなったことが、検察の変容を招いたという声もあります。また、特捜部がエリートコース化したという指摘もありますが……。

 「若いころ、よく吉永さんら先輩検事と酒を酌み交わしながら、過去の捜査の苦労話を聞きましたが、吉永さんは『検察の仕事は社会のドブ掃除だ。検事は政治にかかわってはいけない』と言われました。また、造船疑獄など戦後の大疑獄事件を捜査したことで有名な河井信太郎さんからは 『宗像君、特捜検事は出世なんか考えちゃだめだよ。ただひたすら事件を見つけ出して、悪いやつを捕まえるんだ』と言われたことを鮮烈に覚えています。それが今は、どうなっているのかなと首をかしげたくなることが多い。いい事件をやって名前を上げようなんていう検事がいたら大変なことになります。また、特捜部がちやほやされすぎて、捜査経験があまりない人が箔(はく)をつけるために特捜部に来るような変な人事が行われてたりしないかも危惧(きぐ)します」

 ――特捜部が逮捕・起訴した被告の弁護人を務めて全面的に争っていますね。

 「佐藤栄佐久・前福島県知事の収賄事件ですが、これは作られた事件です。とにかくむちゃくちゃな捜査で、関係者に対して、威圧的・暴力的な取り調べをして、搾り取るようにして無理な調書を取って起訴しましたが、佐藤前知事の事件は昨夏の1審判決では起訴された1億7千万円の収賄額のうち判決で認定されたのは7千万円だけで、しかも追徴金はなしという検察にとって厳しい結果が出ました。現在、双方控訴中です」

 ――メディアと検察の関係についてはどのように感じていますか。

 「マスコミは検察と一体になってしまっていますね。弱者の目を持たなければならないのに、強者の目で事件を見ているように見える。私は在職中は検察に好意的な新聞記事を読むと心地よかったのですが、検察の磁場を離れた今、そうした記事を読むと異常な感じがします」

 ――特捜部長当時、戦前の「帝人事件」に関する文献をよく読まれていましたが、どういう関心からですか。

 「『帝人事件』は34年、現職大臣2人や大蔵次官、大蔵省銀行局長、財界人など十数人が贈収賄容疑などで検察に逮捕・起訴され、斉藤実内閣が総辞職するなど政局に大きな影響を与えながら、裁判では全員無罪となり、世間から『検察ファッショ』と非難を浴びた事件です。検事は本当に大きな権力を与えられている職業だと思います。だから、 『検察は自己抑制を忘れてはいけない』という教訓にしようと思い、この事件の文献を特捜部の仲間とも回し読みしました。検察はいつでもどんな事件でもやれるということになったら、 『検察国家』になってしまいます。 (聞き手・山口栄二)

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42年生まれ。東京地検特捜部長、最高検刑事部長、高松、名古屋両高検検事長などを歴任後、04年に退官。現在は弁護士、中央大学法科大学院教授。
----------------------------------------------------------------」




2.今回の西松建設献金事件については、検察OBの郷原信郎教授は、以前から手厳しく検察批判を行ってきていますが、同じく検察OBの宗像教授もまた、非常に手厳しい批判を行っていることが読み取れます。

(1) もっとも、内容としては、「西松建設献金事件:小沢氏の公設第1秘書を政治資金規正法違反のみで起訴~検察は説明責任を果たすことなく、「逮捕・起訴=有罪」視する報道も相変わらず。」(2009/03/28 [Sat] 16:15:17)で紹介した内容と幾らか重なり合っています。その記事を引用しておきます。

 「小沢一郎・民主党代表の資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件。検察OBの間では、今回の特捜部の捜査に対する評価が分かれている。

 東京地検の特捜部長時代にゼネコン汚職事件の捜査を指揮した宗像紀夫・中央大法科大学院教授は、「特捜部は、従来の価値基準を変えて摘発した」と批判的だ。「政治資金規正法上、最も悪質なのは、収支報告書に記載しないヤミ献金。今回は、献金自体は記載されており、透明化の義務はある程度果たされていた」と指摘。さらに、「政治状況が緊迫する今、いきなり野党第1党の党首の秘書を逮捕したのは、やや乱暴だったのではないか」と疑問を投げかけた。

 自民党長崎県連の違法献金事件(2003年)の捜査に携わった元検事の郷原信郎・桐蔭横浜大法科大学院教授も、「西松建設の政治団体がダミーなら、例えば業界団体が設立する政治団体はどうなのか。今回の事件が違法だとしても、ヤミ献金ではないので悪質性は低く、罰金刑が妥当。検察は、なぜ今回の事件を摘発したか十分に説明する義務がある」と指摘した。」(読売新聞平成21年3月25日付朝刊38面)



(2) ただ、比較して読むと分かるように、幾らか重なっているものの、朝日新聞でのインタビュー記事の方は、検察批判が強烈な内容になっています。

 「検察の伝統的な考え方では、政治資金規正法違反というのは、例えば多額のウラ金を取得していたようなケースでない限り、事件の最終目的とはなりえないからです。第2、第3の、贈収賄や脱税などのより悪質、重大な犯罪の摘発が後に控えているときにのみ、政治資金規正法違反による強制捜査といった例外的な捜査手法が許されるのです。だから、 『この時期にこんな事件で政治家の秘書を逮捕するのはおかしい』と言われたら、 『最後まで見ていて下さい』と言えばいいのです。つまり、きちんとした捜査の結果を出すことがいちばん説明責任を果たすことになるのです。だからもし、仮に今回の事件が政治資金規正法違反だけで終わるようなことになるとすれば、あまりにも強引な捜査だったということになるでしょう。」

 「以前は十分に特捜事件の捜査経験を積んだ人が指導的立場に立っていました。捜査経験を長く積むと、取り調べの相手からすぐに結論を引き出そうとは思わないんです。時間をかけて、 『友情ある説得』をしながら、真実を引き出す。しかし、最近のいくつかの事件捜査を見ると、 『この事件はこういう筋なんだ』という結論が先にあって、それに向けて無理やり突き進むという感じがします」

 「検事は本当に大きな権力を与えられている職業だと思います。だから、 『検察は自己抑制を忘れてはいけない』という教訓にしようと思い、この事件の文献を特捜部の仲間とも回し読みしました。検察はいつでもどんな事件でもやれるということになったら、 『検察国家』になってしまいます。」


今回の西松建設献金事件における小沢民主党代表の公設第一秘書の逮捕を巡る捜査は、検察による捜査の伝統的な考え方、すなわち強引な捜査をしない、自己抑制を忘れないということから、懸け離れているもので、「検察国家」をもたらしているのではないか、という批判です。そればかりか、未熟な捜査経験しかない者が「結論ありき」でお話を作り上げて、そのお話通りの形で強引な捜査・起訴を行っているのであって、言い換えれば、検察の捜査能力が著しく劣化している旨の批判まで行っています。

いずれの点も、弁護士や研究者が批判をするのであれば、さほど反響を呼ぶものではないのでしょうが、東京地検特捜部長、最高検刑事部長まで務めた宗像教授が述べるのですから、非常に強烈な批判といえます。



(3) 興味深いのは、マスコミ批判も行っている点です。

「――メディアと検察の関係についてはどのように感じていますか。

 「マスコミは検察と一体になってしまっていますね。弱者の目を持たなければならないのに、強者の目で事件を見ているように見える。私は在職中は検察に好意的な新聞記事を読むと心地よかったのですが、検察の磁場を離れた今、そうした記事を読むと異常な感じがします」」


捜査機関側の情報を得て、容疑者側を非難することは実に容易いことです。それは、起訴前の事件の段階では、捜査機関が最も多くの情報を得ているのですし、捜査機関は最も強力な権限をもつ国家権力なのですから、まるで「虎の威を借る狐」同然の行為なのですから。

しかし、それは権力を監視するという報道機関の基本的な立場を失念した態度そのものです。検察OBの宗像教授から、「マスコミは検察と一体になってしまっています」「弱者の目を持たなければならないのに、強者の目で事件を見ているように見える」「検察の磁場を離れた今、そうした(検察に好意的な)記事を読むと異常な感じ」と言われてしまうなんて、報道機関側はどう感じのでしょうか。

報道機関から監視される側であった者から、「報道が異常」と言われるくらいなのですから、報道機関の基本的な立場を弁えている者であれば、「検察に媚を売ったような現在の報道機関の報道姿勢は、恥ずかしいにもほどがある」と感じているのではないか、と思えるのです。




3.宗像教授のコメントは、いわば「報道の劣化」を批判したものでもあるのですが、朝日新聞平成21年4月1日付朝刊15面「オピニオン 小沢VS.検察」では、評論家の立花隆さんの寄稿がその「報道の劣化」の典型例といえるものでした。一部を引用しておきます。

 「総理大臣というのは、この世に存在するあらゆる職業のうちで最大の激職である。日々その職務以外のことを全く考える暇がないほど、あらゆる種類のデシジョン・メーキングが山積状態で追いかけてくる。そんな裁判をやっている暇はとてもないはずだ。

 この問題、政治資金規正法の法的解釈などをめぐって、多くの論争すべき点があるのは小沢の言う通りだが、総理大臣の前にはもっと大事な争点が毎日のように出てくる。どちらが大事なのか。裁判が大事という人を日本国の総理大臣にするわけにはいかない。

 またこの裁判では、法律問題より事実問題で最大の論点になってくるのは、事件の悪質性であることが初めから予想されている。悪質性をめぐっては、すでに多くの新聞に、その独自取材にもとづいて(あるいは検察のリークもあったが)なるほどこれはひどいというエピソードがたくさん書かれている。それを読むと、小沢がやってることは、昔の金権時代に角栄がやったこと、金丸信がやっていたこととそっくりである。(中略)

 検察は、まだ明らかにしていない「悪質性」の説明を法廷ではどんどん出していくと予言している。するとどうなるか。小沢政権が実現したとして、「総理大臣の悪質性」が毎週毎週、法廷で暴かれていくことになる。」


 イ:すぐに気になったのは、立花隆さんが刑事裁判の当事者を間違えているのでは、と思えるような非難をしている点です。

西松建設献金事件では、小沢・民主党代表の秘書が逮捕・起訴されているのであって、小沢・民主党代表は逮捕・起訴されていません。刑事裁判の当事者は小沢氏の秘書であって、小沢一郎氏ではないのです。

ですから、いくら立花隆さんが(小沢氏は)「そんな裁判をやっている暇はとてもないはず」と言ったところで、小沢氏が刑事裁判の当事者ではない以上、的外れの批判になっています。まさか「小沢氏の秘書=小沢一郎」と理解しているほど「おかしくなった」わけではないとは思いますが。


 ロ:特に、意味不明なのは、総理大臣の職務と(秘書の)裁判の「どちらが大事なのか」という問い掛けです。

捜査機関は、相当な根拠があれば誰に対しても逮捕・起訴することが可能ですし、民事事件では誰でも誰に対しても裁判を起こす権利があることが、憲法32条によって保障されています。このように、誰でもいつでも裁判に関与する可能性がありつつ、生きる糧などの意味で職を全うしているのですから、誰もが裁判と自らの職業の遂行を両立させていっているのです。言い換えれば、誰にとっても、裁判と自らの職業の「どちらも大事」なのです。

ですから、総理大臣の職務と(秘書の)裁判の「どちらが大事なのか」と問い掛けたところで――そもそも、小沢・民主党代表が裁判の当事者でないので、どちらが大事かの選択をする前提を欠いているのですが、それは別論として――、「どちらも大事」と答えるのが正しい答えであって、比較してどちらか一方のみを選択すべきではないのです。ましてや、小沢・民主党代表側は、不当な捜査・起訴であると非難している以上、それに屈するような形で民主党代表の座を退くことはできないでしょう。

憲法75条は、「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない」と規定しています。この趣旨は、検察権による内閣の職務遂行への干渉を排除し、内閣の統一性を保つことにあるとされています(戸波江二『憲法(新版)』(平成10年、ぎょうせい)403頁)。内閣総理大臣に対する訴追の当否については議論はあるものの(多数説は、内閣総理大臣は在任中訴追されないと理解しています)、日本国憲法は、検察権の行使よりも、内閣の職務執行を優先すべきことを明記しているのです。言い換えれば、日本国憲法自体が、内閣は検察に屈しないことを予定しているのです。それなのに、なぜ、立花隆さんは、政権獲得を目指す小沢氏に対して、検察に屈するような態度を取れというのか、理解できません。

なお、宗像教授は、「検察の伝統的な考え方では、ある時期に着手することが政局や国民の投票動向に影響を及ぼす可能性がある場合には、できるだけそれを避けるという暗黙の了解がありました」と述べています。これは、検察権による内閣の職務遂行を含めた政治動向への干渉を避ける態度ですから、憲法75条の趣旨に合致するものといえます。


 ハ:大変がっかりさせられたのは、立花隆さんが、「検察リーク情報」をそのまま鵜呑みにしてしまっている点です。

西松建設献金事件ついて、「(新聞を読むと)なるほどこれはひどいというエピソードがたくさん書かれている」として、「それを読むと、小沢がやってることは、昔の金権時代に角栄がやったこと、金丸信がやっていたこととそっくり」と述べ、新聞紙面を信じ込んでしまっているのです。

近年の立花隆さんは、根拠の乏しい噂話程度の陰謀論さえも信じ込んでしまうほど、劣化が激しいのですが、この事件でも、新聞紙面に躍っている「検察リーク情報」をそのまま鵜呑みにしてしまっているのです。新聞社の「独自取材」に基づく記事は数少ないのではないかとか、虚偽報道も少なくないのが気になるなど、一般市民も思慮深く考えているのに、立花隆さんは、一般市民よりも情報を判別する能力を失ってしまったようです。

立花隆さんは、ジャーナリストの故・筑紫哲也さんを高く評価しているお一人です。その筑紫哲也さんは、「筑紫哲也 NEWS23」という自らの名を冠した番組の最後の放送で、自らが目指したニュースのあるべき姿を次のように語りました(『Web多事争論』より引用)。

「力の強い者、権力に対する監視の役を果たし」
「ひとつの方向に流れやすいこの国の中で、少数派であることを怖れず」
「多様な意見や立場を登場させることで、社会に自由の気風を保つ」
(『多事争論』3月31日放送“変わらないもの”より)


洪水のような検察リークの情報を鵜呑みにして、検察の情報のままに「悪質、悪質」と喚き立てることは、果たして「力の強い者、権力に対する監視の役を果たし」たといえるのでしょうか。検察リーク情報のみで正式な記者会見によって情報が明らかになっていないのに、なぜか小沢氏側を非難する世論の流れができている中で、その小沢氏側を非難する検察・多数者側にたって批判することは、「ひとつの方向に流れやすいこの国の中で、少数派であることを怖れず」という立場なのでしょうか。

ところで、立花隆さんは、筑紫哲也さんが亡くなった時に書いた追悼文を覚えているのでしょうか。

みんなロッキード裁判批判の側にまわり、それが世間の正論のようになっている中で、筑紫哲也さんが最大の支援者になってくれた旨の追悼をしていました(朝日新聞平成20年11月8日付夕刊10面)。それなのに、今回の事件では問題となった法令の法解釈はそっちのけで、権力側に立ってはやし立てるなんて、結局は、結局は立花隆さんにとって、自分の利益(経済的利益、名誉)にとって「筑紫の雑誌は便利だっただけ」なのではないですか。そんな態度でいながら、どうして小沢・民主党代表を非難できるのですか。(4月4日追記)

立花隆さんの態度は、筑紫哲也さんに唾を吐きかけるような態度としか思えないのです。

テーマ:政治・時事問題 - ジャンル:政治・経済

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コメント
この記事へのコメント
今見えつつある本当の敵と味方
 そもそもロッキード事件で田中角栄のみを叩き「悪人化」させた張本人が立花氏である。しかしそれは、5億円の民間側(全日空)の金についてのみで、裁判においてもコーチャン氏の証言も疑問視されていた。田中氏の死去により途中止めとなった事案である。ところが、政府側(防衛庁)のP-3Cの50億の行方は何も解明されていない。
 以降も官僚に対峙する「強い政治家」たち(経世会)が抹殺されていき、官僚に覚え愛でたき政治家グループ(福○派-清○会-・中○根派等々)はその勢力を拡大させていった。もうそれ以上言う必要も無いだろう。大蔵族と極めて折り合いのいい大勢力である。そしてそのグループの政治家たちの検察捜査は皆無である。今回の西松建設事件でも森元総理や尾身元財務大臣などもノーチェックだ。かれらこそ西松建設とは前者は北陸新幹線で、後者は沖縄でそれぞれ職務権限があったのにである。
 官僚・与党の官僚協同派・財界・マスコミ・外資の既得権益勢力が取り仕切るこの国の社会・経済の仕組みの中で「おいしいく生きて来たジャーナリストや知識人達」が、自分達の「生き死に」をかけて必死になっているということだろう。
 政権交代し、この国の本質や秘密が本当に明らかになれば過去の評価が大逆転するかも知れない。ノーベル平和賞を取った佐藤栄作も、大勲位を得た中曽根康弘も、金権の汚名を着せられた田中角栄もそんな人たちだろうと思う。同様に数々の疑義ある検察事件も。また併せて過去の著名知識人たちの評価さえも。
 是非とも我々が生きているうちに、この国の実態と本質が明らかにされていくことを期待したい。
 そして、今回の事件で、本当は「誰」が「どこ」を向いているのかかがよくわかりつつある。権力や既得権益側なのか、国民の側なのかを。
 政権交代後も国民は、今見えてきた事実や国民に唾する組織や輩たちをしっかり覚えておこう。
2009/04/03 Fri 18:54:03
URL | おびえる国民 #-[ 編集 ]
立花はロッキード事件から何を学んだのか
宗像氏(元検事):
 「マスコミは検察と一体になってしまっていますね。弱者の目を持たなければならないのに、強者の目で事件を見ているように見える。私は在職中は検察に好意的な新聞記事を読むと心地よかったのですが、検察の磁場を離れた今、そうした記事を読むと異常な感じがします」」

隣の立花隆の発言を指しているのか?と笑ってしまった。田中が起訴と同時に離党したのはそれでも支配できる(院政政治は日本の伝統)からであり、党をみちづれにすれば自分が死ぬからと知っていたからに過ぎない。
検察のスポークスマンとなった立花隆こそ、ロッキード事件から何も学んでいないようである。

小沢を党首にいただいた民主党は今回の事件がなくても政権を取った後早晩マスゴミから叩かれる運命にあるのは国民なら予感している。それでも政権交代が必要なのだ。学習だよ、国民の。
2009/04/22 Wed 16:30:04
URL | 古井戸 #Odn1FXQk[ 編集 ]
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2009/04/04(土) 18:04:56 | ??ŷ????
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