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2009/03/16 [Mon] 23:59:23 » E d i t
毎日新聞は、オウム真理教(アレフに改称)による松本サリン事件の被害者でありながら、当初から捜査機関と報道機関が執拗に容疑者扱いした河野義行さんに対して、インタビューを行い、記事にしていました。


特集ワイド:オウム事件被害者・河野義行さんの心の軌跡

 「人は間違うもの」
     ―――だから、自分の中で人生を総括するしかない

 オウム真理教(アレフに改称)による松本サリン事件の被害者でありながら容疑者扱いされた河野義行さん(59)と、事件に関与した元幹部との間に交流が生まれたという。人は自分を傷つけた人間を許すことができるのだろうか。河野さんの心を知りたいと訪ねた。」(毎日新聞 2009年3月10日 東京夕刊)



1.「河野義行さん(59)と、事件に関与した元幹部との間に交流が生まれた」点を紹介したのは、週刊朝日 2009年2月13日号(発売日:2009年2月3日)での「松本サリン事件 河野義行氏と元オウム信者 交流900日 長距離バスで通うサリンの庭」という記事です。毎日新聞側としては、この週刊朝日の記事を読んで、インタビューを記事にしている「特集ワイド」向きのネタを見つけたとして、河野義行さんにインタビューを行ったのでしょう。

週刊朝日の記事は、河野さんだけでなく、オウム真理教の元幹部の声も紹介していることから、「河野義行さん(59)と、事件に関与した元幹部との間の交流」がよく分かり、充実した内容となっています。

これに対して、毎日新聞の記事は、元幹部に対してインタビューを行っていないため――毎日新聞は、被害者家族は加害者を許すべきでなくいつまでも糾弾するべきであって、加害者は何時までも刑期を終えたとしても罪人として扱うべきとの立場ですから、元幹部にインタビューする気もないのでしょうが――、「河野義行さん(59)と、事件に関与した元幹部との間に交流が生まれた」という点につき、読者に十分な回答を示さずに終わっており、欠落した記事となっています。

週刊朝日の記事の二番煎じであって、比較して物足りない内容であるとはいえ、「被害者家族は加害者を許すべきでなくいつまでも糾弾するべきであって、加害者は何時までも刑期を終えたとしても罪人として扱うべき」との意識を盛んに流布している毎日新聞が、全く立場を異にする河野義行さんの声を紹介したことは、非常に価値があることであると思います。

そこで、河野義行さんへのインタビュー記事を紹介したいと思います。



2.毎日新聞2009年3月10日東京夕刊2面「特集ワイド」

オウム事件被害者・河野義行さんの心の軌跡

 「人は間違うもの」
     ―――だから、自分の中で人生を総括するしかない

 オウム真理教(アレフに改称)による松本サリン事件の被害者でありながら容疑者扱いされた河野義行さん(59)と、事件に関与した元幹部との間に交流が生まれたという。人は自分を傷つけた人間を許すことができるのだろうか。河野さんの心を知りたいと訪ねた。【小松やしほ】

 庭木の手入れ、自宅宿泊「許し」  元服役囚と交流 「友達のような感じ」

 初めて会ったのは06年6月26日だったという。その人は藤永孝三さん(48)。藤永さんは、94年6月の松本サリン事件でサリンの噴霧車を製造したとして、殺人ほう助罪に問われて懲役10年の刑が確定した。06年3月に刑を終え出所。獄中で河野さんの手記を読み、おわびしたいと、妻澄子さんの見舞いにやってきたのだった。

 「加害者だからうんぬんという感情は持っていません。やってしまったことはしかたない。元には戻らないのですから。反省する、しないというのも、その人の心の中の問題だと思うんです。自分のしたことは自分で総括するしかない。それが私のスタンスです。今まで私は誰に対しても、会いたいと言われれば、できる限り会ってきました。藤永さんも、私に会っておわびしたいとやって来た。その思いを私は受け入れたわけです」

 藤永さんはこう振り返る。

 「出所の区切りと、おわびの気持ちが重なってとにかく献花をしたいと思いました」

 初めての面会で2人はいろいろな話をした。

 再び河野さんの話。

 「社会復帰をした時に役に立つようにと、たくさんの作業をしたそうです。中でも庭木の剪定(せんてい)はおもしろくて資格を取ったと言っていました。そうしたら、たまたま同席していた友人が『じゃあ、ここの庭の手入れをすればいいじゃない』って」

 以来、藤永さんは現在住んでいる中国地方の町から月1度ほど長野県松本市の河野さん宅を訪れ、庭木の手入れをしている。河野さんが留守だと、教えてもらっている置き場所から鍵を取り出し、玄関から入って作業を進める。時には泊まっていくこともあるという。もちろん河野さんの了解を得てのことだ。サリンによって河野さん夫妻が倒れた、その家で、である。

 けれども河野さんは言う。

 「普通の人としてお付き合いしてますね。今は友達のような感じかな」

 事件の被害者と加害者。何のわだかまりも心に持たずに接することなどできるのか。

 「だって日本は法治国家でしょう。罪を犯せば罰せられる。でも刑期を終えて出てくれば、それ以上の不利益は受けないと、法律で決まっている。そうであれば、普通の人として接するのは、当たり前のことじゃないでしょうか」

 頭では理解できる。しかし、感情的には受け入れられない。そう問うと、河野さんは軽くうなずき続けた。

 「何度も死にそうな目に遭うとね、命には限りがあって、どこで終わるか分からない、人生八十いくつまでというのは錯覚だと分かる。3年後に人生が終わるとして、3年間恨んで憎んで過ごしていたとしたら、そういう人生はその人にとって幸せなのかなと思うわけです。楽しんでなんぼの人生の方がいいじゃないですか。だって、人は間違えるものなんですから」

   ■

 昨年8月、事件以来意識の戻らぬまま、澄子さんが60歳の生涯を閉じた。河野さんは松本市を離れるとき以外は毎日、澄子さんが入院している病院へ行き、音楽をかけ、手足をマッサージしながら語りかけてきた。

 「私は妻を選び、妻は私を選んだわけだから、お互いに守っていくというのは大事な義務だと思っているんです。妻がいることで、逆に自分たちが励まされてきた。ですから、大変だと思ったことないんですよね」

 余命90日と告げられたのは昨年6月のこと。会いたい人は生きているうちに会ってほしい。そう思い、余命90日をマスコミに公表した。その代わり、葬儀には誰も呼ばないことを決めた。「見送る人すべてが妻だけに心を向けられるように」と。

 「3日間、ひつぎの横で寝転びながら音楽を聴いていたんですが、何となく、家の中が幸せだなあという雰囲気でした。自分なりのやり方だったけど、亡くなった人の魂がこの世にいるという50日間、家を空けず、毎日花を供えてきっちり送ることができました」

 ダメだと思うことは何度もあった。7年前には遺影も用意した。それでも、絶対治ると信じてきた14年だった。

 「治ると思うことが薬だという思いがあった。あきらめた時点で、わっと弱って死んでしまうだろうなって。だから、常に『あなたが必要なのよ』と言葉に出しました。『あなたにとってはつらいかもしれないけど、家族のために生きて』って。それで14年間も持ったんだと思う。亡くなって焼いたときに、骨がスカスカで、フワッと入れても骨つぼの6割ぐらいしかなかった。体の使える栄養を全部使って、この人は死んでいったのかなあって思いましたね」

   ■

 澄子さんが亡くなって半年余。全国各地へ講演に出向く忙しい生活が戻ってきた。講演では澄子さんのことを話すことも多い。

 「命があるというのはやっぱり貴いということ。妻は14年間、話すことは全くできなかったし、動くこともできなかった。それでも家族を大きな力で支えてくれた。人が生きるということは、そこに命があるということ。命は本当に大事なのよということを訴えています」

 河野さんの中で事件はどう総括されているのだろうか。

 「妻が亡くなった時に、我が家での『事件』は終わりました。私にとって松本サリン事件は、最初の1年は、社会から抹殺されそうになったところから自分や家族を守り、その後、妻の回復を待つところへシフトした。自分の中では、事件が終わるのは妻が回復した時か、亡くなった時と位置づけていましたから。マスコミがどうした、警察がどうだったというのは、私の中では、はるか昔に終わっている話です」

 そして繰り返した。

 「人は間違うものなんです。だから、それぞれが自分の中で自分の人生を総括するしかないんですよ。残り何年か分からないけど、ワクワクドキドキ、楽しい人生がいいじゃないですか」

==============

 ◇「特集ワイド」へご意見、ご感想を
t.yukan@mbx.mainichi.co.jp

ファクス03・3212・0279

毎日新聞 2009年3月10日 東京夕刊」



(1) 河野義行さんの言葉は、犯罪報道に対して感情に流れやすい世論に対して、冷静さを促すものです。
 

「加害者だからうんぬんという感情は持っていません。やってしまったことはしかたない。元には戻らないのですから。反省する、しないというのも、その人の心の中の問題だと思うんです。自分のしたことは自分で総括するしかない。それが私のスタンスです。」

 「だって日本は法治国家でしょう。罪を犯せば罰せられる。でも刑期を終えて出てくれば、それ以上の不利益は受けないと、法律で決まっている。そうであれば、普通の人として接するのは、当たり前のことじゃないでしょうか」

 「何度も死にそうな目に遭うとね、命には限りがあって、どこで終わるか分からない、人生八十いくつまでというのは錯覚だと分かる。3年後に人生が終わるとして、3年間恨んで憎んで過ごしていたとしたら、そういう人生はその人にとって幸せなのかなと思うわけです。楽しんでなんぼの人生の方がいいじゃないですか。だって、人は間違えるものなんですから

 「人は間違うものなんです。だから、それぞれが自分の中で自分の人生を総括するしかないんですよ。残り何年か分からないけど、ワクワクドキドキ、楽しい人生がいいじゃないですか」


ただ、こうした河野義行さんの言葉は、ともかく犯罪に対して感情に厳罰化を求める世論は、反発を与えるものなのかもしれません。現にこの毎日新聞の記者は、河野さんの言葉に対して、「頭では理解できる。しかし、感情的には受け入れられない」と述べているくらいですから。

しかし、どうなのでしょうか。あるカリスマ被害者は、「ともかく死刑を求める。被告人が十分に反省した挙句、処刑されることが望ましい」と盛んに述べており、その発言を絶賛するのが世論でした。なかには、被告人の弁護人に対しても、「反省を促すのが弁護人の役目である」などと弁護人の役割を無理解な考えで脅迫を行うなど、弁護活動を妨害することさえ、行う方までいるのです。

河野義行さんとあるカリスマ被害者。どちらの言葉の方が、法治国家に属する者の発言として妥当なのでしょうか。ある意味、国民の知性が問われているのかもしれません。



(2) 河野義行さんは、あるカリスマ被害者と異なり、加害者家族に対して配慮する発言をしています。

 イ:毎日新聞 2008年11月7日 地方版

講演:松本サリン事件被害者・河野さん「被害者真っ先に疑い」 /新潟

 ◇加害者家族への対策必要

 犯罪被害者のニーズに応える目的で設立された「県被害者支援連絡協議会」の総会が6日、新潟市中央区の県自治会館で開かれ、「松本サリン事件」の被害者で第1通報者、長野県松本市の河野義行さんが講演を行った。

 河野さんは講演の中で「被害者が出た時、警察はまず被害者周辺から調べる。犯罪被害者は真っ先に疑われる」と述べ、94年6月の事件発生後、警察の長時間にわたる事情聴取や、マスコミ報道で犯罪者扱いされ、人権が侵害された経験を紹介した。その上でサリンを吸って意識が戻らずに今年8月に亡くなった妻澄子さんを献身的に看病してきた年月を振り返り、「心の支えだった」と語った。

 さらに「今の犯罪被害者対策は被害者のことは考えているが、加害者の家族がどれだけつらい思いをするかも考えてほしい」と提言。犯罪被害者の受け皿となる団体についてはさらに広報する必要があると訴えた。【川畑さおり】

毎日新聞 2008年11月7日 地方版」


 ロ:被害者に対する配慮を必要であることは確かであり、被害者遺族に対するケアがなされ、被害者参加制度まで実施されています。しかし、加害者家族の方はどうなのでしょうか? 加害者家族であるという身分関係ゆえに世論や報道機関から不当な非難を受けているのに、加害者家族に対するケアはまったくなされていないのが現状です。

河野義行さんは、「今の犯罪被害者対策は被害者のことは考えているが、加害者の家族がどれだけつらい思いをするかも考えてほしい」と提言しています。犯罪被害者でありながら、容疑者扱いされた河野義行さんだからこその発言なのかもしれません。しかし、ここまで言えるほど、人を思いやることが出来る人間性は尊敬に値するように思います。



<3月17日追記>

毎日新聞平成21年3月17日付朝刊7面「新聞時評」欄において、原武史・明示学院大教授(政治思想史)が、河野さんのインタビュー記事に触れていましたので、紹介しておきます。

重い響きを持つ一言

 私がこの1ヶ月間の本紙で最も深い感銘を受けたのは、3月10日夕刊特集ワイドの、オウム事件被害者、河野義行さんへのインタビュー記事である。

 94年6月の松本サリン事件から早くも15年近くがたった。その間に河野さんは、容疑者扱いされ、嫌疑が晴れてからも妻を看病し続け、妻を失っても事件に関与した元幹部との交流を続けている。「人は間違うものなんです」という河野さんの一言は、まことに重い響きをもって読者に迫ってくる。

 社会学者の大澤真幸さんは、「不可能性の時代」(岩波新書)の最後で「河野氏の実践は、(共同体と共同体をつなぐ)『ランダムな線』が、最も困難なところにも、これ以上もないほどに敵対しあっている者同士の間にも引かれうる、ということを示している。これらの実践の中に、真に徹底した民主主義への希望がある」と述べた。私は3月10日の記事を、大澤さんの文章を思い出しながら、じっくりと読んだ。」


テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済

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