FC2ブログ
Because It's There
主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
06« 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30. 31.»08
スポンサーサイト 
--/--/-- [--] --:--:-- » E d i t
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 *  TB: --  *  CM: --  * top △ 
2006/10/25 [Wed] 01:10:19 » E d i t
朝日新聞平成18年10月21日付朝刊17面(オピニオン)には、「私の視点-ウイークエンド◆どうみる代理出産」という表題で、三者の見解(おそらくインタビュー記事)が掲載されていました。この見解について、個別にコメントしたいと思います。


1.まず見解を引用する前に、前説と、キーワードとして「代理出産」の説明をしていましたので、それを引用しておきます。

 「閉経後の50代女性が娘夫婦の受精卵で妊娠、代理出産したと、長野県の産婦人科医、根津八紘氏が発表した。代理出産で生まれた子の実子扱いを求めたタレント向井亜紀さん夫婦の裁判も注目を集めている。問題をどう考えるか、根津氏と2人の専門家に聞いた。」



 「[キーワード:代理出産]

 子宮を失ったり、元々なかったりする女性に代わり、別の女性(代理母)が子どもを産む方法。計5例の実施を公表した根津院長は「他にも公表せずに手がけている医師が国内にいる」と言う。日本産科婦人科学会は会告(指針)で、会員医師の実施やあっせんを禁止。生殖医療の法整備に向けた厚生労働省の専門部会も03年の報告書で禁じたが、法案は未提出だ。

 米国など容認する国に渡り、代理出産で子を得るカップルも少なくないといわれるが、多くはその事実を隠し、実子として出生届を出しているとされる。代理出産を公表した向井さんと元プロレスラー高田延彦さんの子について実子と認めた東京高裁判決や、根津院長が母親による娘のための代理出産を公表したことをきっかけに、柳沢厚労相ら閣僚から改めて検討が必要とする発言が出ている。」


細かいですが、「東京高裁判決」ではなく「東京高裁決定」ですね。




2.荒木勤(あらき つとむ) 日本医科大学長・日本産科婦人科学会元会長の話

荒木勤氏は、01~03年の厚労省生殖医療補助部会があったとき、その当時の日本産科婦人科学会会長だったのですから、以前の行動を撤回するはずがないので、当然ながら代理出産反対の立場と予想できます。なので、あまり意味のない記事と予想できますが、代理出産肯定が増えている現状にどう答えているかが見所です。

容認には厳しい条件必要 

 根津さんが公表した代理出産や、向井さん夫妻のお子さんを巡るニュースが、長く不妊治療を受けた後で子どもを持たないことを選んだ人へのプレッシャーにならないか、とても心配している。

 子どもがいなくても幸せにやっていこうと、せっかく決めた心を揺るがしてしまわないか。子宮のない人でさえ代理出産で子を得ているのに、という世間の目がつらい思いをさせないか。患者さんの思いに応えたいという根津さんの主張も分かるが、その影響の大きさを考えると、慎重な議論が必要だ。

 01~03年の厚労省生殖医療補助部会の議論に、日本産科婦人科学会(日産婦)の当時の会長として参加した。代理出産には厳しい意見がかなり強く、03年にまとめた報告書も禁止する内容になった。日産婦もそれに沿って会告(指針)で、<1>産みの母から引き離すなど、生まれてくる子の福祉に反する<2>代理母となる第三者に身体的・精神的負担を負わせる<3>家族関係を複雑にする<4>代理出産契約を社会が容認していない――という4つの理由を挙げて禁じた。

 当時の学会内部の議論では根津さんらごく少数の反対意見はあったが、大勢は禁止に賛成で、私自身も禁止するべきだと思っていた。

 その後、向井さん夫妻のように代理出産を求めて海外へ行く人たちが顕在化するなど社会の状況が変わり、深刻な少子化と重なり合って、学会の厳しい規則が批判されるようになってきている。

 周産期医療技術が安定してきたことを加味すると、かなり厳しい条件を課すという前提で、代理出産そのものはある程度認めざるを得ないのではないか。学会も、世論の動向や患者の声に応じて、柔軟な対応を取るようにしていくべきだろう。

 ただし、健康な女性を死に追いやるかもしれない代理母のリスクについて、きちんとした医学的根拠となるデータ集めは必要だ。閉経後の女性を人工的に妊娠できる状態にするには相当量のホルモン剤が必要で、副作用もあるはずだ。50~60代の女性にとって、妊娠による血圧の変化はどう影響するのか。帝王切開するのであれば、健康な人の体にメスを入れる医療行為の倫理も問われる。

 さらに、純粋な医療の域を離れるが、妊娠で代理母の生活が限定される間、その家族にどんな負担がかかるのか。

 様々な観点から調べた上で、閉経後の女性は避けるなど、代理母となる女性の年齢や体調に関する条件、実施する医療施設の条件などを決めていかなければならない。

 診察費など実費程度の補償を除けば、高額の金銭が動くような代理出産の商業化も規制するべきだと考える。一方で、矛盾するようだが、近親者が代理母となることにも抵抗がある。家族間の精神的あつれきが起きやすい。

 根津さんは、産まれた子に代理母への感謝を教えるように言うが、その子の精神的負担を考えると、親がむやみに代理出産を明かすことはないと思う。

 ただ戸籍など法的利益を受けないことや、出自を知る権利などは保障されなければならない。そのためには、個別の相談に応じ、代理出産の可否や子の福祉を巡る対応策を決める公的な第三者機関をつくるべきだ。」



(1) 元々、読む価値のない見解ですが、意味があるのは、

「向井さん夫妻のように代理出産を求めて海外へ行く人たちが顕在化するなど社会の状況が変わり、深刻な少子化と重なり合って、学会の厳しい規則が批判されるようになってきている。

 周産期医療技術が安定してきたことを加味すると、かなり厳しい条件を課すという前提で、代理出産そのものはある程度認めざるを得ないのではないか。学会も、世論の動向や患者の声に応じて、柔軟な対応を取るようにしていくべきだろう。」

の部分です。
世論や患者から「患者無視の対応である」と、日本産科婦人科学会へ厳しい批判がなされるようになったので、代理出産を認めるしかないと、全面禁止の見解を改めた点です。しぶしぶとはいえ、日本産科婦人科学会も代理出産肯定の方向にあるというわけです。



(2) 法律的に気になったのは、

「根津さんが公表した代理出産や、向井さん夫妻のお子さんを巡るニュースが、長く不妊治療を受けた後で子どもを持たないことを選んだ人へのプレッシャーにならないか、とても心配している。

 子どもがいなくても幸せにやっていこうと、せっかく決めた心を揺るがしてしまわないか。子宮のない人でさえ代理出産で子を得ているのに、という世間の目がつらい思いをさせないか。」

の部分です。
荒木勤氏は、基本的には代理出産に反対でした。その反対する根本的な理由として、「日本で代理出産の実施を認めると、代理出産という選択肢を取らない夫婦がつらい目に会うかもしれない」からだということなのでしょう。
要するに、代理出産という選択肢を取るか否か悩む夫婦を生まないために禁止する、すなわち、パターナリスティックな制約として代理出産を禁止しようとしていたわけです。

代理出産を認める最大の理由は、生殖に関する自己決定権(リプロダクション:憲法13条)です。医療における医者と患者の関係ではよく問題とされることですが、この代理出産の場合においても、自己決定権とパターナリズムの対立の構図が生じているわけです。



(3) きな臭い感じがするのは、

「閉経後の女性は避けるなど、代理母となる女性の年齢や体調に関する条件、実施する医療施設の条件などを決めていかなければならない。

 診察費など実費程度の補償を除けば、高額の金銭が動くような代理出産の商業化も規制するべきだと考える。」

の部分です。
「実施する医療施設」は誰が選定するのでしょうか? 代理出産している医師かどうか、という実績が一番確かなはずです。「代理出産を認めるとしても利権は手放さない」、という意思表明のように感じられます。

また、「診察費など実費程度の補償を除けば、高額の金銭が動くような代理出産の商業化も規制するべき」としていますが、どうやって代理母候補者を集め、その適格審査を実施するというのでしょうか? 国自体にはそのような施設はありませんし、医療施設がすべて行うことは不可能です。どうしても民間団体が必要なことは確かですから、実費程度で済むはずはなく、「商業化」自体を否定することは非現実的です。

だいたい、不妊治療自体1回50万ほど費用がかかり、それを20~30回行っている夫婦も珍しくないのですから(合計1000~1500万円)、今でも高額の金銭が動いているのです。海外で代理出産を実施する場合、1000万円程といわれていますから、もし日本で代理出産を実施すれば、現在の不妊治療の総額よりも低額で済む可能性があるのです。代理出産に反対する医師や実施条件を厳格にして実質的に代理出産を禁止を目論む医師は、利権を手放したくないのだろうと、邪推したくなります。



(4) 疑問に思う点はまだあります。それは、

「戸籍など法的利益を受けないことや、出自を知る権利などは保障されなければならない。そのためには、個別の相談に応じ、代理出産の可否や子の福祉を巡る対応策を決める公的な第三者機関をつくるべきだ。」

の部分です。
「戸籍など法的利益を受けない」ということは、どういう意味でしょうか? 現在の戸籍の運用上でも分娩者の実子となるので、「戸籍など法的利益」は受けています。その子を養子縁組しても、「戸籍など法的利益」は受けます。おそらく、代理出産依頼者の実子と扱わないという意味なのでしょうが、それでも誰かの実子なのですから「法的利益」を受けることは確かなのです。
だいたい、代理出産を認めておきながら、戸籍上、実子として扱わないとするならば、何のために代理出産を認めるでしょうか? 代理出産を行う夫婦は実子扱いをも望んでいるのです。一貫しない論理です。

「公的な第三者機関」を作ること自体は、いいことです。しかし、「公的な第三者機関」は、実際に誰が運用し、個別事案に誰が対応するのでしょうか? 医師でしょうか? 将来にわたる子の福祉の問題は、精神的のみならず法的な面でのアドバイスが必要なはずですが、公的機関にすればすべて対応できるわけではないはずです。日本においてどれだけ公正で実効性のある機関を創設できるのか、疑問があります。




2.松原洋子(まつばら ようこ) 立命館大大学院先端総合学術研究科教授(科学史)の話

松原洋子氏は、業績リストを読むと、ほとんどの研究が「優生学」(ウィキペディア(Wikipedia))のみであり、「研究ふぁいる 立命館大教授・松原洋子さん(47):生命科学の膨張に警鐘 恩恵はだれに 倫理規範の再構築が必要(京都新聞2005年(平成17年)12月21日水曜日)を読むと、先端医療全般に対して疑問視しているのです。こういう思想の持ち主だと、何でも優生思想扱いしそうですし、読むまでもなく代理出産反対の立場と予想できますから、特に読む価値がない記事と予想できます。ですが、学者ですから、代理出産を肯定する一番重要な理由である「自己決定権」に言及しているのか、どこまで現状を知った上で代理出産を危険視しているのかが見所です。

 「リスク評価を軽視するな

 代理出産で生まれてきた子どもの法的地位については、その子の利益を優先して速やかに対処すべきだろう。だが子どもの保護と、代理出産を医療行為として正当化することは、切り離して考えるべきである。不妊治療の選択肢の1つとして公認することは、医療制度全体への信頼をゆるがす恐れが大きいからだ。

 生殖医療の法整備が急がれるなかで、少子化の時代に不妊治療を受ける患者への救済に関心と同情が集まるあまり、医療への信頼の根拠となる医学的見地からのリスク評価が軽視されてはならない。

 通常の妊娠・出産でも生命を失ったり、重い病気の引き金になったりする危険性がつきまとう。しかも、胎児と母体の2つの命がかかわる。だからこそ、産後に医師の措置が不十分だったと訴訟が起こり、それを恐れて産婦人科医のなり手がいないような状況が生まれている。

 代理出産の最大の問題は、第三者をこうした危険にさらすことにある。代理出産する女性は、治療の一環として人体を動員される点で生体臓器移植の臓器提供者(ドナー)と似た立場にある。

 身内が肝臓を提供する生体肝移植は、命にかかわる肝臓病患者を救うためという理由で許容されてきたが、最近は提供者が死亡する例が発生し、身体的な後遺症に悩むドナーの存在も明らかになってきている。

 子どもが欲しいという悩みの切実さは理解できる。だが、救命にかかわらない理由で第三者を「代理出産による不妊治療」に組み入れ、生死の危険もありうる状況に追い込むことが、医療として許容できるのか大いに疑問だ。

 代理出産では通常の妊娠・出産以上に、第三者である女性の安全は尊重されなければならないはずだ。しかし、むしろ、子どもの安全が母体の安全よりも優先される懸念がある。「そうはならない」ときちんと説明できるほどの材料がないまま、議論が進んでいるようにみえる。

 例えば多胎妊娠になったとき、女性が危険を恐れて減数手術を希望しても、代理出産の依頼者が拒否すれば、手術をしない方向に医師の判断が傾く可能性はないだろうか。

 もう1つ、見過ごされているのは、患者中心という立場の盲点だ。代理出産では主役は出産を依頼する「患者」だ。代理出産する女性は脇役で、その声が社会に届きにくいマイノリティー。しかも最も大きいリスクを負う存在なのである。母親・姉妹などの身内であれば、なおさら問題を声に出しにくい。

 純粋なボランティア精神や命がけの覚悟があれば、代理出産は許されるのではないかという意見もある。しかし、患者にどれほどの覚悟があっても、一定の手続きを経て安全性と有効性、公正さが確認されていなければ、医者は患者に投薬や手術を行わない。代理出産の場合は、なおさら厳格さが要求される。

 私たちは適正な専門的知識や技術を医療者に期待し、医療の信頼性は専門家の膨大な労力と税金を含む資金に支えられている。患者や関係者の熱意とは別に、厳格な医学的判断を徹底しなければ、医療への信頼は崩れてしまう。」



(1) この記事には色々指摘したい点がありますが、まずは、

「代理出産で生まれてきた子どもの法的地位については、その子の利益を優先して速やかに対処すべきだろう。」

という点です。
代理出産で産まれた子の法的地位としては、代理出産依頼者の実子として認めるか否かが問題となるだけでしょう。役所では、外国での親子関係の成立につき、調査する能力はありませんから、50歳の年齢制限に抵触するか、代理出産の事実を告げない限り、出生届が受理されてしまうだけです。

いったい、「速やかに対処」とはどういう意味でしょうか? 「速やかに出生届を拒絶せよ」というのなら、代理出産の事実が分かれば拒絶していますし、現在向井夫婦の事案は裁判中ですから、争っている以上、役所は対処しようがありません。「速やかに対処すべき」というのは意味不明です。



(2) 松原氏は、

「(代理出産を)不妊治療の選択肢の1つとして公認することは、医療制度全体への信頼をゆるがす恐れが大きいからだ。生殖医療の法整備が急がれるなかで、少子化の時代に不妊治療を受ける患者への救済に関心と同情が集まるあまり、医療への信頼の根拠となる医学的見地からのリスク評価が軽視されてはならない。」

としています。
代理出産を公認している英国や米国の一部の州では、公認したせいで医療制度全体への信頼が揺らいでいるというのでしょうか? そんな話は報道されていませんが、松原氏だけがご存知なのでしょうか? 松原氏は、「英国や米国の一部の州では、代理出産を公認したせいで医療制度全体への信頼が揺らいでいる」との統計資料を、ぜひ提示して頂きたいと思います。



(3) 松原氏は、

「通常の妊娠・出産でも生命を失ったり、重い病気の引き金になったりする危険性がつきまとう。しかも、胎児と母体の2つの命がかかわる。……代理出産の最大の問題は、第三者をこうした危険にさらすことにある。」

としています。これは、「第三者である代理母に多大なリスクを負わせる」という厚労省生殖医療補助部会の報告書とほとんど同じことの繰り返しです。

これに対しては、ずっと前からなされている反論を引用しておきます。

 「代理母は妊娠・出産のリスクについて事前に、十分な説明を受けるわけです。そして、そのリスクを承知の上で、自らの意志で出産を引き受けているわけです。代理出産は、一般的な体外受精による妊娠・出産以上のリスクはありません。報告書も、一般的なリスクしか挙げていません。それなのに代理出産を認めないのだと言っていますが、これでは禁止する理由としては根拠が薄いといわざるをえません。」(「第4 回妊娠・出産をめぐる自己決定権を支える会総会」(平成14 年( 2002 年)10 月27 日(日))での小野幸二教授(民法)の見解(PDF)




(4) 松原氏は、

「代理出産する女性は、治療の一環として人体を動員される点で生体臓器移植の臓器提供者(ドナー)と似た立場にある。身内が肝臓を提供する生体肝移植は、命にかかわる肝臓病患者を救うためという理由で許容されてきたが、最近は提供者が死亡する例が発生し、身体的な後遺症に悩むドナーの存在も明らかになってきている。」

と指摘して、臓器移植と同様に代理出産は危険であるから否定すべきというわけです。先端医療全般に対して否定的な松原氏らしい指摘だと思います。

ですが、米国で多数の代理出産を手がけている、ジェフリー・ステインバーグ医師は、

医療技術の進んだ現在、自然出産の方が、代理出産より危険といえるよ。日本は技術的に、安全な代理出産が可能だ。」(平井美帆「あなたの子宮を貸してください」234頁)

と述べているように、現実を無視してやたらと危険視するのは妥当ではないと思います。

代理出産を行う際に最も重要なことは、医学的な観点から

「代理出産を行う患者を適切に選択すること」(平井美帆「あなたの子宮を貸してください」127頁)

です。例えば、不妊の原因が患者の卵子にある場合には、卵子提供を受けないと、代理出産は適さないのです。米国では、代理母の適格審査があるとともに、誰もが代理出産に挑戦できるわけではないことを知っておくべきです。この点は、もし日本で代理出産を実施する場合にも同様に妥当する点だと考えます。

先端医療における危険性を指摘するのはいいとしても、先端医療であるからといって、なんでも危険視して否定することは愚かな考えです。



(5) 松原氏が、代理出産肯定の理由に言及したのは、

「子どもが欲しいという悩みの切実さは理解できる。だが、救命にかかわらない理由で第三者を「代理出産による不妊治療」に組み入れ、生死の危険もありうる状況に追い込むことが、医療として許容できるのか大いに疑問だ。」

の部分だけです。
松原氏は、代理出産を肯定する一番重要な理由である「自己決定権」に言及していません。ただ「子どもが欲しいという悩みの切実さ」とするだけです。

しかし、単なる「子どもが欲しいという悩み」と「代理出産の危険性」で比較すれば、「代理出産の危険性」が優先するのは当然です。自己決定権と「代理出産の危険性」とを具体的に利益衡量を行わなければ、説得力がありません。だいたい、「自然出産の方が、代理出産より危険」という現状を無視しているのですから、お話になりません。

現在では、パターナリズムから患者の自己決定権を重視するという流れに大きく変わってきている状態であるのに、自己決定権を無視した議論を行い、代理出産の方が安全という現状を無視した、松原氏の意見はまったく説得力がありません。


もっとも、「代理出産の危険」はあるわけですから、そこに目をつぶるわけにはいきません。では、夫婦以外の者が「代理出産」の危険を引き受けることは許されないのでしょうか?

こういった危険が生じることを認識して同意していたような場合には、法的責任を負わないとする「危険の引き受け」という理論があるのです(塩谷 毅「危険引き受けについて」(立命館法学 一九九七年三号(二五三号)六一五頁(一六七頁))塩谷 毅 「自己危殆化への関与と合意による他者危殆化について(二)」(立命館法学  一九九六年三号(二四七号))参照。この文献は刑事責任に関するものですが、民事責任でも同様の議論がなされています)。

こういうことから、法律上は、夫婦以外の者が「代理出産」の危険を引き受けることは許されないという結論に結びつくわけではないのです。松原氏の意見は「危険の引き受け」理論からしても、妥当ではないのです。



(6) 松原氏は、

「代理出産では通常の妊娠・出産以上に、第三者である女性の安全は尊重されなければならないはずだ。しかし、むしろ、子どもの安全が母体の安全よりも優先される懸念がある。「そうはならない」ときちんと説明できるほどの材料がないまま、議論が進んでいるようにみえる。
 例えば多胎妊娠になったとき、女性が危険を恐れて減数手術を希望しても、代理出産の依頼者が拒否すれば、手術をしない方向に医師の判断が傾く可能性はないだろうか。」

とも指摘しています。
しかし、米国では、「(代理出産を)有効とする場合でも、代理母自身と胎児の健康にかかわる決定権は代理母に留保されている」(二宮「家族法」188頁)のです。こういった当然のことは、日本でも当然に同様のことが妥当するはずです。松原氏は、どういう根拠に基づいて、「子どもの安全が母体の安全よりも優先される」とか、「代理出産の依頼者が拒否すれば、手術をしない方向に医師の判断が傾く」可能性を指摘するのか、訳が分かりません。



(7) 松原氏は、

「見過ごされているのは、患者中心という立場の盲点だ。代理出産では主役は出産を依頼する「患者」だ。代理出産する女性は脇役で、その声が社会に届きにくいマイノリティー。しかも最も大きいリスクを負う存在なのである。母親・姉妹などの身内であれば、なおさら問題を声に出しにくい。」

と指摘します。
代理母となることへの強要阻止は必要です。しかし、すでに述べたように、代理母となる者の適格審査がなされ、さらに代理出産を手がける医師などの第三者が確認すれば、強要は阻止できるはずです。だいたい、日本では「母親・姉妹などの身内」しか選択肢がない状態の方が不健全であって、もっと代理母候補者を広げるならば、強要のおそれはなくなるはずです。

それにしても、子どものいない人を助けるために代理母を希望するという米国と異なり、日本では強要を心配しなければならないのは残念なことです。代理母にならないという意思決定もまた「自己決定権」で保障されるのに。どうやら松原氏の感覚では、誰もが生殖に関する自己決定権を、持ってはならず、持ってもいないようです。



(8) 松原氏は

「純粋なボランティア精神や命がけの覚悟があれば、代理出産は許されるのではないかという意見もある。しかし、患者にどれほどの覚悟があっても、一定の手続きを経て安全性と有効性、公正さが確認されていなければ、医者は患者に投薬や手術を行わない。代理出産の場合は、なおさら厳格さが要求される。……患者や関係者の熱意とは別に、厳格な医学的判断を徹底しなければ、医療への信頼は崩れてしまう。」

としています。
この記述を読むと、多くの誤解に満ちていることが分かります。米国での現状は、「ボランティア精神」(=子どものいない人を助けたいという気持ち)で行うことは確かですが、「命がけの覚悟」で行っているわけではありません。根津院長が行った事例では、「命がけの覚悟」という気持ちでしたが、必要な健康チェックをしていたわけです。

また、すでに述べたように、誰でも代理出産に挑戦できるわけではなく、「一定の手続きを経て安全性」が確保されているのです。代理出産を認めると、何の手続もなしに実施されるわけではないのです。

医療の一般論として、「有効性、公正さが確認」は必要だとは思いますが、代理出産にも「有効性、公正さ」は妥当するのでしょうか? ここでも先端医療ならすべて危険視する意識が表れているようです。

「患者や関係者の熱意とは別に、厳格な医学的判断を徹底しなければ、医療への信頼は崩れてしまう」としていますが、熱意の根拠は自己決定権ということを失念しています。憲法13条に基づく自己決定権を制限する根拠として「医療への信頼が崩れる」を挙げても、抽象的過ぎて、制限を正当化することは困難です。




3.根津八紘(ねつ やひろ) 諏訪マタニティークリニック院長の話

根津院長は、代理出産を行っているのですから、読むまでもなく代理出産肯定の立場です。最初から分かっているのですから、どれほど意味がある記事か疑問ですが、代理出産肯定への批判へどのように反論しているのか、海外での代理出産についてどう評価しているのかが見所です。

問題提起のため実力行使

 熱心に不妊治療に取り組む医師の多くが行き着くところが、卵子や精子がない、子宮がないという、いわば「不可能」の領域だ。それでも子を持ちたい人を前に医師はどうするか。日本産科婦人科学会(日産婦)が禁じているからといって目を背けるのでは、患者に尽くせなかったと、私の心が救われない。

 私だって学会のルールが妥当であれば順守する。だが、患者の生の声に最も近い医師の集まりである学会は、患者のニーズや社会の要請に応じて臨機応変にルールを作り、改めるという作業を怠っている。

 いくら街中で拡声機でしゃべっても1億2千万人にはアピールできない。代理出産を問題提起するには実力行使しかなかった。独断専行と言われればその通り。批判は甘んじて受ける。ただ代理出産については、きちんと皆さんに議論していただきたい。

 まずは、どういう人が代理出産を欲しているのか、徹底的に調べるべきだ。そのうえで、法外な金銭の授受の横行や、強制などの悪用を防ぐにはどんな規制が必要かを決めていけばよい。女性を子を産む道具にしているとの批判があるが、例えば海外から花嫁をもらうのは労働力と子孫を残す道具として扱うことに他ならないが、その後に夫婦愛が育つから成り立っている。そうした中で代理出産だけ取り出して批判するのは、心の貧しい人の理論だ。

 元来、海外での代理出産には反対だ。日本で出来ないから外国でするというのは、廃棄物を自国で処理せず海外へ捨ててくるのと同じ。ただ、向井さん夫婦は何も違法行為をしたわけではない。同じことをしながら、こっそりとした人は実子として戸籍に載り、公表した向井さんのお子さんだけ認められないのは不公平。それも、産んだ女性が母であるとするカビの生えた法律が残っているからだ。学会が患者の声を吸い上げ、法を変えていく力になるべきだった。

 法規制のない現状では、母娘間の代理出産が最適と考える。私が手がけた5例のうち4例は、姉妹や義理の姉妹だった。最終的には喜んでくれていると思うが、代理母側の生活が妊娠で制限されることなどによる「マイナートラブル」は、どの例でもあった。母なら娘のために100%投入できる。

 50代の妊娠出産は確かに前例が少なく未知の領域だが、年齢によるリスクを伴うという意味では高齢者のスポーツや登山と同じ。人間ドックを受けてもらうなど、必要な健康チェックはしたつもりだ。そもそも医療とは、言い方は悪いが人体実験のようなものを、あらゆるリスクを想定しながら積み重ねていって治療法を確立していくものだ。

 1万人に1人くらい亡くなる妊娠出産のリスクが、年齢によって千分の1くらいに高まるかも知れないぐらいのことは説明した。母親本人は当初から「命がけでも」と訴えており、説明後も気持ちは変わらなかった。

 代理出産の相談は年に20件ほどある。代理出産も非配偶者間体外受精も、後に続く人のため、逃げ隠れもせずいきましょうと話して手続きを始める。だが、子が生まれた後も連絡を取り続けてくれる方が1割に減ってしまうことには、寂しい思いをしている。」




(1) 気になった点に少しだけ触れると、まず、

「女性を子を産む道具にしているとの批判があるが、例えば海外から花嫁をもらうのは労働力と子孫を残す道具として扱うことに他ならないが、その後に夫婦愛が育つから成り立っている。そうした中で代理出産だけ取り出して批判するのは、心の貧しい人の理論だ。」

という部分です。
女性を子を産む道具にしているとの批判に対しては、通常、

「代理出産というのは、子供を産めない人のために、身代わりになって自分が産んであげたいという純粋な代理母の気持ち、そして子を産んでもらいたいという依頼夫婦の切実な願いが一致して実施されるものであります。ですから、報告書で言っているような代理母を専ら生殖の手段としているとか、あるいは、単に出産の道具として用いるなどということは、現実とかけ離れているのではないだろうかと思います。」(「第4 回妊娠・出産をめぐる自己決定権を支える会総会」(平成14 年( 2002 年)10 月27 日(日))での小野幸二教授(民法)の見解(PDF)

という点が挙げられています。



(2) 根津院長は、

「元来、海外での代理出産には反対だ。日本で出来ないから外国でするというのは、廃棄物を自国で処理せず海外へ捨ててくるのと同じ。ただ、向井さん夫婦は何も違法行為をしたわけではない。同じことをしながら、こっそりとした人は実子として戸籍に載り、公表した向井さんのお子さんだけ認められないのは不公平。」

としています。確かに、日本での不妊治療は、日本で行うべきしょう。不妊治療自体、元々費用がかかるのですが(例えば、体外受精は10万~70万円、20回以上も体外受精を行う夫婦もいる)、日本から海外へ行って代理出産を行うと高額(1000万円ちかく)になってしまいますし。



(3) 根津院長が最後に述べた

「代理出産も非配偶者間体外受精も、後に続く人のため、逃げ隠れもせずいきましょうと話して手続きを始める。だが、子が生まれた後も連絡を取り続けてくれる方が1割に減ってしまうことには、寂しい思いをしている。」

の点は、非常に気になりました。
代理出産や非配偶者間体外受精について、拒絶感を抱く日本社会が存在するため、連絡をとり続けることが出来ないということです。

代理出産がモラルの点を含んでいるとしても、モラルの判断は、各個人に委ねるべきで、代理出産を禁止したり、他人が行った代理出産という自己決定権を拒絶する必要はないと思うのです。代理出産に違和感があるとしても、自らは代理出産という選択肢を選ばなければいいだけです。代理母を依頼する者と代理母を希望する者がいて、代理母という自己決定権を行使しただけで、代理出産に違和感を抱く人に強要するわけではないのです。




4.最後に、この代理出産問題について、説得力を感じたブログのエントリーを紹介しておきます。

「Mikekoの愚痴ブログ」さんは、次のような反論を行っています。

「「代理出産を認めると女性が子供を産む道具として扱われる可能性が出てくる」とかいう寝ぼけたことをいう奴がいる。代理出産など存在する遥か前から女性はもうずっと長いこと子供を生む道具として扱われてきたし、昔は子供を埋めない女は(実際は夫の方に問題がある場合でも)役立たずとしてくずのように扱われた。代理出産は健康な卵巣を持っていても健康上の理由から妊娠出産がかなわない女性には大きな救いとなるだろうし、自分で生みたくでもキャリアなどの理由で長い妊娠期間を許されない女性にとっても選択肢の一つとなるだろう。代理出産に眉をひそめる人もいるようだが、女性が思い通りに自分自身の人生を設計し体を使って何が悪い?

この件でつくづく日本は男社会だと感じた。妊娠して子供を生むということがどれだけ大変なことかまったく理解されていない。女性は子供を生むのが当たり前とか、黙っていても健康な子供が生まれてくれると思っている。この国の出生率が減るのも当たり前だ。

……「代理出産を認めると女性が子供を産む道具として扱われる可能性が出てくる」などといういかにも女性の体をいたわるような偽善は吐かないでいただきたい。」(「Mikekoの愚痴ブログ」さんの「代理出産問題」(2006/10/21(土) 午後 3:50)



日本女性は姑・近所・知人のうち、心無い人達から、子を産むことを執拗に期待され、一般人以外でも女性皇族は天皇制維持のため子を産むことを憲法上(事実上)強要され、はては子を残すために海外から花嫁をもらってくることさえしているのだから、今現在において、女性が子供を産む道具として扱われているのです。「代理出産を認めると女性が子供を産む道具として扱われる」などといかにも女性の体を労わるような偽善はヤメロということです。実に説得力があると感じます。

代理出産は、日本女性にもっと人生設計を行う自由を、人生を選ぶ選択の自由を認めてほしいということにつながります。他方で、代理母を希望する女性の側としても、そういう人生設計を行う自由を、長年子を望んできた夫婦に子を持つ喜びを与えてあげたいということです。

選択の自由が広がることを喜ぶ女性もいれば、代理出産自体に拒絶感があったり、選択の幅が広がると悩みが深くなるとして拒否したい女性もいるでしょう。しかし、法律によって代理出産を(実質的に)禁止し、選択の自由を狭まることは、かえって「女性が子供を産む道具」状態を維持し、ひいては女性の人生設計の自由を狭めることにつながってしまうのではないでしょうか? 




<追記>

「教えて!goo 向井亜紀さんと代理母出産の論点は?」を見ると、回答が錯綜してます。すべて間違っているとは言いませんが、誰もがどこか間違って答えていますし、分かり易く答えていません。

テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済

コメント
この記事へのコメント
春霞様 コメントお許し下さい
春霞様のご見解、逐一肯かせて頂きながら拝読しました。
「危険の引き受け」という法学的な論理は啓蒙を受けました。

荒木氏や松原氏の「通常分娩でも危険な事態があるので代理出産はリスク上問題」という論点について、異なる観点の指摘があります。

今年2月18日の福島県立大野病院分娩責任医師の逮捕・起訴に関連した周産期医療リスク問題の医療現場からのレポート記事です。
荒木氏と同じ大学の人で、本の章の共同執筆者であったことがある人ですが。
http://www.senkensoi.net/opinion/060512_02.html

代理出産問題の根底ある不妊治療についての社会基盤自体の問題は根が深いと思います。
「長く不妊治療を受けた後で子どもを持たないことを選んだ人へのプレッシャー」という荒木氏の発言には反発は必然です。
現状のような長い苦痛を与えねばならない必然的な理由を是非とも知りたいものです。
2006/10/25 Wed 19:51:19
URL | Canon #-[ 編集 ]
>Canonさん:コメントはいつでもどうぞ
コメントありがとうございます。
やっと、「日本で実施する代理出産の是非」について、代理出産否定の立場への法的な批判・反論をしてみました。


>春霞様のご見解、逐一肯かせて頂きながら拝読しました。
>「危険の引き受け」という法学的な論理は啓蒙を受けました。

ありがとうございます。代理出産の是非については、法律的な観点からの分析がまだまだ充分とはいえません。代理出産においても、「危険の引き受け」が議論になることを明確にしてみました。「危険の引き受け」は、割と新しい理論であるせいか、知らない方が結構いるのではないかと思います。


>異なる観点の指摘があります
>周産期医療リスク問題の医療現場からのレポート記事です。

情報ありがとうございます。大変参考になりました。

レポート記事から引用しますと、

「そしていまや多くの若い産科医たちは、こう言い放つ。
 『国内だろうが、国外だろうが、親のエゴといいかげんな適応でおこなわれた不妊治療によってできた医原性のハイリスク妊娠のリスクまで、なぜ我々が背負わなければならないのか? 分娩のリスクを考えれば代理母のほうがずっとましだ。』と。
これは冗談ではない。これがいまの産科医療現場の究極の『リアリティー』なのだ。」

増えている「医学的につくられたハイリスク妊婦」より、代理出産の方が安全、というのが、日本での産科医療の現実なんですね。いかに「代理出産の危険」が現実的でないと同時に、不妊治療の結果、妊娠した場合の危険性に、産科医が危機感を抱いていることが分かります。


>代理出産問題の根底ある不妊治療についての社会基盤自体の問題は根が深いと思います

仰るとおりです。ずっと代理出産について触れていますが、「根底ある不妊治療についての社会基盤自体」の問題から見直す必要があります。


>現状のような長い苦痛を与えねばならない必然的な理由を是非とも
>知りたいものです。

荒川氏としては、患者が希望するので長い不妊治療になっていて、医師のせいではないということなんでしょうね。でも、「長い苦痛」が続くのですから、現状自体がおかしいという意識をもってほしいです。


<追記>

内閣府、ホームページで少子化対策の意見募集
 内閣府は24日、政府が進める少子化対策について意見を募集するコーナーをホームページ上に開設した。
 少子化対策に国民の声を反映させるのが目的で、初回のテーマは「出産育児一時金など出産時の経済的負担」と「不妊治療」。意見はホームページ上から書き込める。内閣府ホームページのアドレスは(http://www.cao.go.jp/)。
(2006年10月24日18時58分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20061024ia21.htm

…えーと。政府はやっと、不妊治療問題に取り組もうと考えたようです。
2006/10/26 Thu 01:37:44
URL | 春霞 #Gu2JBjds[ 編集 ]
興味深く拝見しました
ブログをこちらに引用していただいたMikekoです。私のブログはこちらのように各方面の意見を丁寧に検証したものでなはく、釈然としない思いのままただ書き綴ったものなのですが(苦笑)。
代理出産はあくまで当事者達が決断する選択肢とされるべきであり、立法機関は当事者(夫婦・代理母・子供)の権利・責任を明確にした法律を作るのが仕事であり、医学界はその法律に沿った安全な医療プロトコールを定めるべきだと思います。
ただ残念ながら、現在私は医学界からも政治家達からも偽善しか感じません。「厄介ごとは御免」ってやつです。
2006/10/26 Thu 21:12:19
URL | Mikeko #-[ 編集 ]
>Mikekoさん
コメントありがとうございます。

>各方面の意見を丁寧に検証したものでなはく、
>釈然としない思いのままただ書き綴ったものなのですが(苦笑)。

色々な意見を検証するという書き方もあります。ですが、そういったことをしなくても、言いたいことが明快で、説得力ある主張なのですから、それで充分だと思います。


>代理出産はあくまで当事者達が決断する選択肢とされるべき
>立法機関は当事者(夫婦・代理母・子供)の権利・責任を明確にした
>法律を作るのが仕事
>医学界はその法律に沿った安全な医療プロトコールを定めるべき

明快ですね。代理出産を認めるなら、Mikekoさんのような方向が一番いいと思います。
2006/10/27 Fri 06:59:16
URL | 春霞 #Gu2JBjds[ 編集 ]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/tb.php/171-b97079ff
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。