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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2006/10/20 [Fri] 19:05:11 » E d i t
50代後半の女性が昨年春、がんで子宮を摘出して子供が産めない30代の娘夫婦の卵子と精子を使って“孫”を代理出産していたことを、読売新聞が報道し、10月15日、諏訪マタニティークリニックの根津八紘院長が都内で記者会見して明らかにしました。
それを受けて、代理出産について10月17日、18日付の新聞各紙は社説・解説記事を掲載していました。その中から、良い社説・解説記事と、良くない社説を取り上げて検討してみたいと思います。今日は、良い社説・解説を紹介します。


1.日経新聞(平成18年10月17日付)の「社説」

社説1 代理出産に法制度と倫理の規範を(10/17)

 受精卵の移植を受けた祖母が、遺伝的には孫に当たる子を、子宮を摘出した娘に代わって妊娠・出産していたことが、長野県の根津八紘医師によって公表された。不妊治療の方法としては、日本では公式に認知されていない「代理出産」が、法制度が全く整備されないまま、実質的に定着・拡大している実態を、まずは重く受け止める必要がある。

 国内で実例が積み上げられてゆく一方で、タレントの向井亜紀さん夫妻のように海外で代理出産というケースも増えている。私たちはそうした現実をふまえ、包括的な生命倫理法、あるいは生殖補助医療に関する基本法の早期制定を求めてきた。

 子を望む夫婦の切実で強い思いをサポートするには、それを実現する手段の倫理的な正当性もまた不可欠である。個別の事例の積み重ねではなく、包括的な基本的ルールを、法制度や社会規範として明文化すべきではないか、と考える。

 日本産科婦人科学会は会告(指針)で、家族関係を複雑にするなどの理由で、代理出産を一律に禁じているが、すべての医師に強制力が働くわけではない。厚生科学審議会の法制化に向けた議論では、代理出産をする女性の負う生命・身体のリスクはかなり大きく、女性の体を出産機械のように使うことの倫理的な問題もあるとして、原則禁止の方向を打ち出した。しかし、現在は法制化の動きは止まったままだ。

 がんなどの病気で子宮やその機能を失った女性にとっては、代理出産しか我が子を抱く手だてはない。リスクを承知の上での、無償の愛と善意に基づく代理出産ならば、社会がそれを強く規制したり、権力が一律に禁じたりする必要はない、という意見は医学界にも根強い。

 問題はそのリスクの評価である。代理出産した女性の健康についての追跡調査は難しく、今回のような閉経後の出産については、専門家は「命にかかわるリスク」と語る。さらに、金銭の授受を伴う無秩序な代理出産の拡大に、どうやって歯止めをかけるかも、大きな課題である。

 独仏は基本的に代理出産を禁止していて、英国は無償の善意に基づくケースだけは認めている。米国はこの問題に関する連邦法の規定はなく、州によって対応は異なる。

 先端医療と生命倫理に関して、米英独仏の政策・哲学はそれぞれ一貫している。生殖細胞や受精卵の扱いと同じく、厳密な法規定の独仏、独仏よりやや柔軟な英、先端技術の国による規制を避けている米。日本も立ち位置を明確にすべき時だ。」



(1) この社説はまず、

「日本では公式に認知されていない「代理出産」が、法制度が全く整備されないまま、実質的に定着・拡大している実態を、まずは重く受け止める必要がある。国内で実例が積み上げられてゆく一方で、タレントの向井亜紀さん夫妻のように海外で代理出産というケースも増えている。」

と述べています。
要するに、今まで日本での代理出産の事例は極わずかと思われていたので、代理出産問題は理念的な問題に留まっていたが、本当は違っていた、また、臓器移植と同様に、国外での代理出産が増えていることから、現実感をもって対応する必要があるというわけです。まずは、このような現状から目をそらさないことがまず大事なことだと思います。


(2) 

「私たちはそうした現実をふまえ、包括的な生命倫理法、あるいは生殖補助医療に関する基本法の早期制定を求めてきた。……個別の事例の積み重ねではなく、包括的な基本的ルールを、法制度や社会規範として明文化すべきではないか、と考える。 」

と述べています。
要するに、今は、厚生科学審議会の専門部会の報告書や日本産科婦人科学会により事実上禁止しているわけですが、包括的な基本法、すなわち理念的な法律の制定とともに、法律に限らず、「社会規範」いわば一定の基準を政府が示すべきというわけです。
基本法は強制力を持たない形での法律ですし、社会規範も強制力を持ちません。生殖補助医療への規制は、個々人の生殖という人の本能に規制することになりますから、強制してよいかどうか疑問があるところです。なので、はっきりした基準を示しつつも、強制しない道を示す姿勢はあり得る方向性だと思います。


(3) この社説の一番良い指摘は、

「先端医療と生命倫理に関して、米英独仏の政策・哲学はそれぞれ一貫している。生殖細胞や受精卵の扱いと同じく、厳密な法規定の独仏、独仏よりやや柔軟な英、先端技術の国による規制を避けている米。日本も立ち位置を明確にすべき時だ。」

のところです。
先端医療は、すべて個別的に考慮する必要があり、規制・基準は個別配慮が必要であることは確かです。しかし、各国の法制度・国民の意識の違いより、一貫した政策・哲学で先端医療への規制を行っているのです。根津八紘院長や向井夫妻が代理出産したからといって、おたおたして、代理出産だけの規制をするのではなく、一貫した哲学・立ち位置で、代理出産に限らずに決定すべき問題であるのです。

うがった見方をすれば、根津八紘院長や向井夫妻がした代理出産事件について、感情的に反発したり、代理出産の問題点のみを強調して反発している多くの日本人に対して、個別的な事例のみ、代理出産のみに目を向ける態度は止めようと促しているといえるでしょう。




2.山陰中央新報(平成18年10月17日付)の論説

論説 : 代理出産/子供の福祉に法整備急げ

 長野県の不妊治療施設で五十代女性が、娘夫婦の卵子と精子を体外受精させた受精卵を使い「代理母」として妊娠、出産していたことが明らかになった。一九七八年に英国で初の体外受精児が誕生してから、生殖補助医療は次々に新しい技術が生まれ、社会が想定しない出産の形が出現してきた。

 代理出産は日本産科婦人科学会が会告(指針)で禁じている。だが、実際にはタレントの向井亜紀さんら百組以上の日本人夫婦が米国などで代理出産で子供を得たとされ、国内でも、今回の施設が姉妹間の代理出産を公表していた。

 代理出産には子供を望む夫婦の強い要望がある一方で、生命倫理や社会の規範から禁止すべきとする考え方まで、さまざまな意見がある。このまま、なし崩し的に代理出産が増えることは、生まれてくる子供の福祉の観点からも問題が多い。

 代理出産は先天的に子宮がなかったり、がんなどで子宮を摘出した女性が子供を得る手段として、八〇年ごろに米国で始まった。自分の卵子と夫の精子を体外受精させ、別の女性が出産する場合は遺伝的に夫婦の子供だが、別の女性から卵子の提供を受けて夫の精子と体外受精させる例もある。

 米カリフォルニア州などには、代理出産をあっせんする代理店が多数あり、女性は謝礼をもらって出産する。長野のケースのように「孫」を産むことも珍しくない。

 日本で学会が禁止したのは▽生まれてくる子供の福祉を最優先すべき▽代理出産する女性に危険が発生する▽代理母が子供に執着したり、子供に障害があって生まれるとトラブルになる例がある▽法律では産んだ女性が母となる▽金銭が介在すると倫理的問題がある―などの理由から。

 厚生科学審議会の専門部会も二〇〇三年三月、代理出産を禁止するとともに、早急な法整備が必要とする報告書を公表したが、法制化は棚上げにされている。

 海外での代理出産は、現地で出生証明書を取り「妊娠中に渡航して現地の病院で出産した」という形で帰国後に役所に提出し、実子として認められている例がほとんどという。国内の代理出産は産んだ女性の子供として届けた後、遺伝的な両親の養子となっている。

 ただし、代理出産を公表していた向井さんや、海外で卵子の提供を受けた五十代夫婦では出生届が受理されなかった。向井さん夫妻が不受理処分取り消しを求めた家事審判で、東京家裁は申し立てを却下したが、東京高裁は今年九月「夫婦の子と認めても公序良俗に反しない」と受理を命じ、最高裁の判断を待つことになった。

 祖母による代理出産は「誰からも強制されず、金銭的利益が目的でもなく、娘夫婦に実子を育てられるようにしてあげたい、という献身的な行為」であり、例外として認めるべきとする生命倫理研究者もいる。

 生命倫理にかかわる生殖補助医療の規定は国によって異なる。自己決定重視の米国の一部の州は有料の代理出産を認め、ドイツやフランスは社会的規範を重視し代理母を禁止するが、同じ欧州の英国は可能。日本ではどうするのか。議論を深め、生命倫理の基本となる法体系の整備を急ぐべきだ。 ('06/10/17)」



(1) この社説では、

「代理出産は先天的に子宮がなかったり、がんなどで子宮を摘出した女性が子供を得る手段として、八〇年ごろに米国で始まった。自分の卵子と夫の精子を体外受精させ、別の女性が出産する場合は遺伝的に夫婦の子供だが、別の女性から卵子の提供を受けて夫の精子と体外受精させる例もある。米カリフォルニア州などには、代理出産をあっせんする代理店が多数あり、女性は謝礼をもらって出産する。長野のケースのように「孫」を産むことも珍しくない。」

と述べています。
このように代理出産が始まった経緯、色々な態様があることを指摘しています。 「別の女性から卵子の提供を受けて夫の精子と体外受精させる例」については、もちろん日本人も行っています。明石葉子著「あなたの赤ちゃんが欲しい」には、自ら卵子提供者を探して行った体験談が書かれています(資料として、実際にかかった費用の内訳・日米の治療費の比較などを掲載しています)。
米国では、長野のケースのように「孫」を産むことも珍しくないのですから、長野のケースに対して感情的な反発ばかりするのはおかしなことだといえそうです。


(2) この社説の一番良い指摘は、

「生命倫理にかかわる生殖補助医療の規定は国によって異なる。自己決定重視の米国の一部の州は有料の代理出産を認め、ドイツやフランスは社会的規範を重視し代理母を禁止するが、同じ欧州の英国は可能。日本ではどうするのか。議論を深め、生命倫理の基本となる法体系の整備を急ぐべきだ。」

のところです。
日経新聞とほぼ同様に、各国は一貫した政策・哲学で規制しているのですから、日本はどういう一貫した政策・哲学で法整備するのか、問いかけています。


(3) この社説中での

「自己決定重視の米国の一部の州は有料の代理出産を認め」ている

との指摘は重要です。日本国憲法も自己決定権を認めていると解釈されているからです。 

 「わが国でも、憲法13条を根拠に自己決定権(人格的自律権)を人権の1つとして認める説が有力である。

 自己決定権の具体的な中身は…①「自己の生命、身体の処分にかかわる事柄」、②「家族の形成・維持にかかわる事柄」、③「リプロダクションにかかわる事柄」、④「その他の事柄」に分けて考える説が有力である。

 子どもを持つかどうかを決定する権利は、アメリカの判例・学説上プライバシーの権利の中心的な問題として争われてきた。この権利が「基本的権利」だとされ、それに対する規制は「やむにやまれぬ政府利益」の基準という、きわめて厳しいテストによって司法審査に付されることは、すでに触れたとおりである(*)。わが国でも、リプロダクションにかかわる事項は、個人の人格的生存に不可欠な重要事項であることには変わりないので、基本的には、同様に解してよい問題と思われる。」

 *リプロダクションにおける自己決定が保護され、それが厳格審査による理由は、「それが個人のライフ・スタイルのあり方に決定的な影響を及ぼすからだというだけでなく、より広く、個人にとって自己実現の場であり、かつ、社会の基礎的な構成単位である『家族』の意義が重要視されなければならないからだ…。家族のあり方を個人が自律的に決定する権利を保障することによって、はじめて民主主義の基盤である社会の多元性の確保が可能となるからである。」(芦部信喜「憲法学2」(1994年、有斐閣)391頁~)



このように、子を持つかどうかを決定する権利、すなわち、リプロダクション(生殖活動)の自己決定権は、憲法13条により、憲法上保障されているのであり、厳しい制約は許されないとすれば、代理出産により子を持つ権利を厳しく規制することは妥当でないことになります。

平井美帆著「あなたの子宮を貸してください」(2006年、講談社)142頁によると、

「全米50州の法的見解はおおまかに次のように分別できる…。代理出産が許可されている州、あるいは許可と法解釈できる州は23州。代理出産が禁止されている州、あるいは禁止と法解釈できる州は9州。どちらの立場か、不透明な州が18州。」

だそうです。このように、代理出産を容認する州の方が多いのです。米国では自己決定権を保障し、重視されている以上、当然の対応ということでしょう。




3.東京新聞(平成18年10月17日付)の「こちら特報部」

代理出産どこまで進んでいる?  根津院長『高齢不妊問題にどう対応』

 五十代の女性が娘の代理母として孫を出産していた-と、衝撃的なニュースをあえて公表した諏訪マタニティークリニック(長野県下諏訪町)の根津(ねつ)八紘(やひろ)院長。記者会見の目的は、国内では認められないがゆえに水面下で進行する代理出産の実態を世に問い、議論の俎上(そじょう)に載せることだったという。もう少し同院長の言葉に耳を傾けてみよう。今、代理出産は、どこまで進んでいるのか。

 「私のところに来たメールは『よくやって下さった』という方たちがほとんど。『国内でも(代理出産が)できることがわかって希望が持てた』という内容のものもありました。今のところ、誹謗(ひぼう)・中傷の電話はありませんが、常に私を誹謗して下さる“愛好家”がいるので、そのうち手紙が届くのでは。同業者からの反響はないですね」

 国内初の、五十代女性による「孫」の代理出産を、十五日に記者会見して公表した根津院長は、一夜明けた世の中の反応を、こう語った。

 記者会見で「批判は承知の上」としながら「代理出産の問題を議論し、今後の方向性を出すきっかけになってほしい」と訴えた根津院長。彼が自ら手がけた実例を公表することで問題を提起したのは、これが初めてではない。一九八六年に減数手術(多胎妊娠で母体と胎児の安全のために、一部の胎児を人工中絶する手術)、九八年に非夫婦間の体外受精による出産を公表。代理出産では、二〇〇一年、子宮を摘出した姉に代わり、妹が姉夫婦の受精卵を妊娠、出産した事例を公表している。

■「いいことなら定着してほしい」 

 あえて公表する理由を、根津院長は「水面下で仕事をしたくない。いい悪いをみんなが議論して、それがいいことなら世の中に定着してほしい」と語り、現実と学会を中心とした議論のズレを、こう批判する。

 「『コンセンサスを得られない』と学会は言うが、では、コンセンサスを得られるように国民に情報をオープンにしているのか。やっていないんです。結局、『おかみ』的な理事会で、現場がわかっていない人間がいい悪いを決め、会員はそれに従わなければいけない。迷惑をこうむっているのは患者さんです」

■公開されない情報も

 同院長によると、国内の代理出産を「シークレットでやっている人はいる」。だが「共に問題提起しようといっても『遠慮します』と言われる」そうだ。

 院長が今回、新たな公表に踏み切った理由に、タレントの向井亜紀さんをめぐる事態への怒りがある。

 東京高裁は、代理出産で生まれた向井さん夫婦の子供の出生届を受理するよう、品川区に命じた。これに対し、長勢甚遠法相は「わが国では母子関係は分娩(ぶんべん)の事実により発生するという考えで今日までやっている」と異を唱えた。

 「新しい取り組みに、柔軟に対応できるシステムをつくっていかなくてはいけない。法務大臣が『前例がないから』と言うのは、けしからん。前例のないことをやるから科学は進歩してきた」。そして、現在の不妊医療の問題点を、こう指摘する。

 「今後、気が付いたら妊娠できなくなっていたという高齢不妊の問題がいくらでも出てくる。そういう流れを学会はどう予防し、助けるのか。患者さんが、どういうニーズを持っているのか、それがどう変わっていくのか、先を見越した対策を考えなければいけない」

■海外での実施七十数組仲介

 同病院のほかに、向井夫妻のように海外で代理出産した例もある。「卵子提供・代理母出産情報センター」(東京)は十数年前から、米国で計七十数組の代理出産を仲介したという。

 鷲見侑紀代表は、諏訪マタニティークリニックのケースについて「米国では見慣れているので、驚かなかった。本人たちが望んだことで、医療行為として行われているのなら構わないのでは」と理解を示す。

 同センターでは、依頼を受けると、「子宮を摘出した」「卵子に問題がない」「既婚」といった条件を確認し、米国各地の代理の母に連絡をとる。報酬は二万-二万五千ドル。日米のスタッフに対する仲介料は計二百万-三百万円だが、医療費、出生証明書を出す裁判の費用などで総額は一千万円を超える。新生児医療を施すと、さらに出費がかさむ。センターは「妊娠できないかもしれないし、早産になるかもしれない」というリスクや、想定外の出費があるかもしれないことも話すという。

 産んだ子を代理の母が手放さないといったトラブルはないのか。鷲見代表は「それは相当前の話。今は代理の母の卵子は使わず、おなかを借りるだけ。既に子供がある人を選ぶので、生まれた子を育てたいと思うことはない」と断言。法制化が検討されていることには「法律で縛る必要はない。弁護士を立てて合意書を交わすような条件付きで、代理出産を認めてもいいのでは」という立場だ。

 一方、韓国での代理出産の仲介業者「エクセレンス」(東京)は三年ほど前から、三件の代理出産を手がけている。代理の母の報酬五百万円、仲介料百五十万円に医療費などが加わるが、総額は米国で行うより、かなり安い。

 米国と違うのは、両親から生まれたとする出生証明書が出ないこと。生まれた子供は両親と養子縁組しなくてはならない。佐々木祐司代表は「『養子にするのは世間体が悪い』などと夫婦間でもめることもある」と明かす。

 今回のケースについては「この少子化社会なのに、古いルールに縛られているのはおかしい。根津医師のような人が既成事実をつくり、少しずつ進歩する。産婦人科医には内心同意している人が多いのでは」とみる。

 国内では代理出産を禁止する法律はないが、日本産科婦人科学会が認めていない。このため公表されているのは根津医師が手がけた五件だけだ。現代医療を考える会代表の山口研一郎医師は「根津医師以外の医師は、表に出していない可能性もある。プライバシーの問題があるため、全体の調査もできない。国内でも水面下で行われている可能性はある」と警鐘を鳴らす。

 医事評論家の水野肇氏は今回のケースについて「医療技術としてできることと、やってもいいことは別。国民全般でコンセンサスが得られているとは思えない。『子供を産みたい人の希望をかなえたい』というが、もっと倫理的なことを考えなくてはならない」と否定的だ。

■戸籍に入れぬ例なくすべきだ

 水野氏によると、カトリックの伝統がある欧州では代理出産にブレーキがかかっているという。「脳死の問題は脳死臨調(臨時脳死及び臓器移植調査会)で二年ほど検討されたが、生殖医療ではほとんどそういうことが行われていない。一般の人の意見も採り入れ、法律改正より前に議論すべきだ」と主張する。

 前出の山口医師は「死の問題と違い、出産にはほとんど規制がなく、各医療機関、医師の判断で行われている。子供の将来が問題になる。不妊に悩む夫婦はたくさんおり、その親に娘の代わりに産まなくてはというプレッシャーがかかるのでは」と懸念を表したうえで、議論の充実を求める。

 「親でなければ許されるとか、外国ならいいということではない。線引きは難しいが、最低でも向井亜紀さんのように、戸籍に入れないケースが出ないようにすべきだ。何が民法に触れるのか、すり合わせなくてはならない」
 
<メモ>諏訪マタニティークリニック これまで5例の代理出産を手がけたと公表している。いずれも代理出産したのは、依頼者の身内。同院は、(1)依頼者は子宮を摘出した女性に限る(2)代理出産を行う女性は子供のいる既婚者に限り、生まれた子供にいかなる権利も主張しない(3)依頼者夫婦と、請け負う夫婦に十分な事前説明を行う(4)出産後、生まれた子供は代理出産した夫婦の子供として戸籍に入れ、その後依頼者夫婦と養子縁組する、などのガイドラインを定めている。

<デスクメモ> 代理出産の実態は、臓器移植をめぐるそれと、よく似ている。法的対処が遅いから現実が追い越していく。「慎重な議論」ばかりを強調する医学界。常に静観の構えの厚労省。議論は必要だが、患者にとって時間は、刻々とすり減る命そのものだ。なのに急ごうとしない。これは「見殺し」という立派な罪だ。 (充)」



この解説記事では、1980年代に起きた「ベビーM事件」のことではなく、今現在における代理出産の実情が詳しく書かれています。この今の実情を把握することが大事なことです。

(1) この解説記事では、

 「(根津)院長によると、国内の代理出産を「シークレットでやっている人はいる」。だが「共に問題提起しようといっても『遠慮します』と言われる」

…現代医療を考える会代表の山口研一郎医師は「根津医師以外の医師は、表に出していない可能性もある。プライバシーの問題があるため、全体の調査もできない。国内でも水面下で行われている可能性はある」と警鐘を鳴らす。」

と書かれています。平井美帆著「あなたの子宮を貸してください」(2006年、講談社)167頁~にも「代理出産容認派の日本人医師たち」という項目で8人はいるようなことが書かれていますが、根津院長以外の医師も、日本で代理出産を行っているのです。なので、代理出産に関して、根津院長だけを特異な存在として扱うべきではなく、もっと現実を直視すべきなのです。


(2) この解説記事では、

「産んだ子を代理の母が手放さないといったトラブルはないのか。鷲見代表は「それは相当前の話。今は代理の母の卵子は使わず、おなかを借りるだけ。既に子供がある人を選ぶので、生まれた子を育てたいと思うことはない」と断言。」

と書かれています。
もう少し詳しく説明すると、現在の米国では、代理母になる人は、固い決意と代理代理出産に対する正しい認識を持っている者が大半であり、適格審査(非喫煙者、20歳から37歳まで、経済的に安定していること、出産した子供が1人以上いること、家族の同意)を経た者だけがなるので、現在はトラブルはないというわけです(平井美帆著「あなたの子宮を貸してください」94頁参照)。

米国での代理母になった人の声を読むと、実感できると思います。

 「『私が代理母になることを選んだのは、長年切望しているのに子どもができない人たちに、生命の贈り物をあげたかったからよ。それに私自身、子育ての重荷を自分で負うことなく、出産の喜びをもう1度体験したかったの。』(71頁)

 「妊娠は誰がしたってリスキーなものだと思う。サロガシーは私たち、女から女へ与えることのできる最高のギフトなのよ。子どもの産めない女性に代わって出産する、これ以上に素晴らしいギフトなんてある? 自らの性を生殖の道具としているなんて間違った批判よ」(174頁)(平井美帆著「あなたの子宮を貸してください」


このように代理母は、押し付けられたものではなく、新しい生命の誕生に強い使命感をもって挑んでいるのです。代理出産が経済的弱者に対する搾取であるとか、生殖の手段であるとか、母体の商品化であるとかとは、かけ離れた現実があるのです(平井美帆著「あなたの子宮を貸してください」118頁~)。


(3) <デスクメモ>として、

「代理出産の実態は、臓器移植をめぐるそれと、よく似ている。法的対処が遅いから現実が追い越していく。「慎重な議論」ばかりを強調する医学界。常に静観の構えの厚労省。議論は必要だが、患者にとって時間は、刻々とすり減る命そのものだ。なのに急ごうとしない。これは「見殺し」という立派な罪だ。」

と述べています。
配偶者の子供が欲しいというのは、人として本能的な欲求です。なのに、長年子供を望んでも産まれなかったとか、病気により子供を生むことが困難な状態にある場合、代理出産に頼らざるを得ない状態になります。

妻が卵子を提供する形の代理出産の場合、受精能力のある卵子であるためには年齢的な制限が生じます。また、代理出産後もその子供を育てるのですから、出産自体は代理母に任せるとはいえ、代理出産を依頼する夫婦の方にも自ずと年齢制限が生じます。まさに、「患者にとって時間は、刻々とすり減る命そのもの」なのです。

政府は、代理出産が国内外で行われている現実・代理出産の現状を踏まえたうえで、「患者にとって時間は、刻々とすり減る命そのもの」であることを念頭において、いち早く対応するべきなのです。

テーマ:社会問題 - ジャンル:ニュース

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