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2008/12/14 [Sun] 23:59:26 » E d i t
原則非公開の少年審判で、殺人などの重大事件について犯罪被害者や遺族の傍聴を認める改正少年法が平成20年6月11日午前の参院本会議で、自民、公明、民主各党などの賛成多数で可決、成立し、この改正少年法が平成20年12月15日、施行されます。

今回の少年法の改正案は、<1>殺人や強盗致死傷、危険運転致死などの重大事件で、加害者が12歳以上の場合、裁判官が精神状態などを考慮して、傍聴を可能にし、原則非公開の審判の例外を認めたこと、<2>損害賠償を請求する場合などに限定されている事件記録の閲覧、コピーも原則として許可することを内容とするものです。

この少年審判の傍聴は、2005年に閣議決定された犯罪被害者等基本計画に盛り込まれた支援策の1つで、「被害者らの権利を一層保護するため」(法務省の説明)です。しかし、被害者らの傍聴は、「少年審判の教育的・福祉的機能を後退させる恐れ」があり、また、改正少年法に盛り込まれた、記録の閲覧・謄写の要件緩和についても「経歴など少年に関する情報流出の危険性が増す」という批判がなされています(新潟日報2008年4月23日・新潟県弁護士会による意見書)。



1.報道記事を幾つか。

(1) 東京新聞平成20年12月14日朝刊26面

双方のケア 運用に課題 少年審判 あすから 被害者傍聴開始
2008年12月14日 朝刊

 重大事件の被害者や家族に、原則非公開だった少年審判の傍聴を認める改正少年法が十五日、施行される。被害者席を新たに設けるなど準備に追われる家裁関係者。加害少年と被害者らが狭い法廷に同席することになるため、双方への心身の負担をいかに減らすのか、運用のあり方が試される。

 改正法施行に先立ち最高裁家庭局は審判が混乱しないよう、加害少年と被害者らの対面は避けるよう求めた。

 東京家裁では約三十-五十平方メートルの三法廷に被害者らの席を新設。被害者らは、裁判官に向き合うように座る加害少年から、少年鑑別所職員や学校関係者、保護司らを間に挟んで後方に座る。

 入廷の際は、加害少年が最初に入り、被害者らは後に続く。持ち物は事前にロッカーに預ける。「被害者らと加害少年の衝突が予測される場合などは職員を増やすこともある」(同家裁)という。

 十一月に全国の裁判長が集まった会議で新しい審判のイメージが話し合われ、遺影の持ち込みについては「認めていい」との意見が多数あったという。

 二〇〇〇年、金目当ての行きずりの中学生らに長男を殺された神奈川県内の母親(78)は当時、少年の名前や殺害理由も分からずじまいだった。「事件直後に審判で加害者と向き合うのは耐えられるかと心配はあるけど、遺族だったら悲しみに打ちのめされているより、加害者のことを知りたい」と新たな制度を評価する。

 「真実を知りたい」と願う被害者らの思いに応えて、傍聴は殺人や傷害致死、傷害などの重大事件ではほぼ認める方針だ。しかし、少年事件の多くは友人、先輩後輩、家族の中で起きているという事情もある。「制度の趣旨は理解するが、傍聴が難しいと判断されるケースも出てくるのではないか」とある家裁関係者はみている。

 <少年審判の傍聴> 改正少年法に盛り込まれた。加害少年が12歳以上で殺人や強盗致死傷、危険運転致死など被害者を死傷させた事件に限定。少年に心理的圧迫を与えないよう家裁は少年の付添人の弁護士から意見を聴いた上で傍聴の可否を個別に判断するが、審判への影響が懸念されない限り原則認める方針。対象事件は年間350-500件と想定。傍聴人にも不安や緊張を和らげるために、弁護士らの付き添いが認められる。」




(2) 日経新聞平成20年12月13日付夕刊11面

少年審判、重い扉開く 被害者傍聴15日スタート

 原則非公開の少年審判で、殺人など重大事件の被害者や遺族に傍聴を認める制度を盛り込んだ改正少年法が15日、施行される。「何があったのか、加害少年から直接聞きたい」と希望する被害者や遺族にとって新制度は悲願。「ようやく自分の目で確かめられる」と歓迎する。一方、加害少年の萎縮など影響を懸念する声も大きく、専門家は慎重な運用を求めている。

 「たとえ少年が真実を話さなくても、声を聞くだけで、遺族には救いになる」。大阪府寝屋川市の上内勇一さん(58)は、被害者らが少年審判を傍聴できるようになる新制度開始に期待する。

 上内さんは昨年10月、同市のコンビニエンスストアで働いていた長男、健司さん(当時27)を、万引き犯の少年二人組に刺殺されて失った。うち1人は当時15歳だったため、非公開の審判に。「中等少年院送致」の結果は家裁から書面で伝えられただけだった。

 事件後、遺族は「蚊帳の外にいる」と思ったといい、当時を「家族は息子が受けた被害について何も分からず、無念さだけが募った。精神的に苦しい毎日を過ごし、家族関係も悪くなる一方だった」と振り返る。「加害少年の姿を目にするだけで、親として少しは心が晴れる」と話す。

 新制度の施行で、被害者や遺族は家裁が認めれば、非公開だった少年審判を傍聴できるようになる。対象は加害少年が12歳以上で、殺人や強盗致死傷、危険運転致死など被害者を死傷させた事件に限られるが、多くの遺族は「大きな前進」(少年犯罪被害者当事者の会」代表武るり子さん)と感じている。

 傍聴の可否は通常、少年審判は事件から数週間で期日が組まれることが多く、家裁が加害少年の年齢や心身の状態、事件の性質などを考慮して判断する。この際、家裁は少年の付添人の弁護士の意見を聞くことが義務付けられている。

 改正法には被害者や遺族に配慮する規定も設けられ、不安や緊張の緩和のため、弁護士などを審判に付き添わせることは認められる。被害者支援の経験のある弁護士は日本司法支援センター(法テラス)が全国で計1400人をリストアップしている。

 また従来、損害賠償請求する場合などに限定されていた事件記録の閲覧やコピーも認められるようになる。(13日 16:00) 」



更生への影響、懸念 慎重な運用求める声 根強く

 新制度導入の背景には、2004年12月に犯罪被害者基本法が成立するなど、被害者の権利保護の流れがある。少年審判の傍聴の可否については、法制審議会(法相の諮問機関)などで議論を経て、今年6月に成立した改正少年法で導入が決まった。

 ただ被害者尊重の視点を理解しながらも、少年の更生をめざす少年法の理念が損なわれるとして、新制度の慎重な運用を求める声は根強い。日本弁護士連合会は刑事裁判と違い少年審判の法廷が狭いことから「被害者がいると、加害少年が萎縮する」と訴える。

 非行少年の更生を手助けする活動に携わる東京都の20歳代の男性も新制度を懸念する一人。強盗傷害の非行事実で少年審判を受けた経験がある。

 当初、緊張感から「裁判官には何も話すものか」と思っていたが、裁判官に「今からでも君は立ち直れるよ」と諭され、考えを変えた。

 男性は「家裁のアットホームな雰囲気づくりに体の力が抜け、率直な気持ちを伝えられた。被害者がいれば、素直になれただろうか」と話す。

 こうした声に対して、各家裁は被害者の傍聴席を加害少年から斜め後方に設置するなど、少年との距離をできるだけ取れるよう配慮。法廷への入り口を少年の保護者と別々にするなどの対応も図る方針だ。

 多くの少年事件を扱った元裁判官の広瀬健二立教大法科大学院教授は「少年が真実を話さなければ、裁判官は適切な処分ができない」と強調。家裁が事前に被害者らの様子を把握し「傍聴を認めない判断をした場合は、審判後にちゃんと内容を説明するなどの対応が重要」と指摘する。」



(3) 毎日新聞平成20年5月18日付朝刊5面「発言席」

少年法改正 審判の被害者傍聴は疑問

 少年法改正案が国会に上程された。少年事件の被害者やその家族に対して、<1>家庭裁判所の少年審判の傍聴を認める<2>記録の閲覧・謄写の範囲を拡大し、要件を緩和する――などを柱としている。いずれも「事件の真相を知りたい」という被害者の要望に応えるものとされている。

 私は、少年法研究者として02年から3年間、欧米諸国で少年係の裁判官にインタビューしたが、彼らは異口同音に少年の更生を図るうえで、少年とのコミュニケーションが重要であると語っていた。被害者傍聴は、それを危うくするおそれがある。

 少年の多くは、犯行の時点で自らの行為の社会的意味を十分に認識していない。行為の社会的意味には、自分の家族や周囲の人々に与えた影響や自らの今後の人生に与える影響だけではなく、何よりも被害者やその家族に与えた被害の大きさ、心の傷が含まれる。そうした社会的意味を理解させるには教育的な働きかけが重要であり、少年に心を開かせ、裁判官などとの対話を可能にすることが肝要である。少年は審判以前に少年鑑別所の担当者や家庭裁判所調査官の面接、付添人との接触などを体験して、事件と向き合うようになるが、審判で裁判官とのやりとりを通じて、本格的に自らの非行と向き合い、被害者の苦しみを知り、さらに自分の過去の生活や行動、性格の問題点を把握するようになる。

 少年法は、この趣旨から、少年審判は「懇切を旨とし、和やかでなければならない」「自己の非行について内省を促すものとしなければならない」としている。少年が心を開いて対話できる状態でなければ、内省は深まらない。被害者が少年審判に出席し、厳しいまなざしで傍聴すれば、少年は防衛的に心を閉ざしてしまい、中身のある対話が成り立たなくなる。被害者等が単に真相を知りたいだけであったとしても、少年は被害者が敵意と憎しみを持っていると考えて、防衛的になり、心を閉ざしてしまう。傍聴によって少年が過度に緊張し、萎縮(いしゅく)してしまい、こうした状況での反省や謝罪は表面的なものにとどまる可能性が高い。

 少年法が被害者やその家族の面前で「萎縮」するのは当たり前だ、罪と責任を認める出発点だ、という意見もあろう。しかし、コミュニケーションが確保されなければ、罪の意識、責任の自覚も深まらない。また、緊張によって少年が審判で話ができないという状態は、裁判所の適正な事実認定をも阻害するおそれがある。

 被害者等の真相を知りたいという気持ちは十分に理解できるが、現在も被害者等に認められている記録などの閲覧・謄写、審判結果の通知等で目的は達成できるはずである。

 家庭裁判所の審判に現れる少年の多くは、表現能力が乏しい。内心では内省の心が芽生えていても、目の前の被害者に向かって十分表現できるとは限らない。舌足らずな言動は、被害者の目には、言い逃れ、建前の発言と映り、怒りと憎しみを増大させ、被害者にとり深刻な2次被害となりかねない。傍聴は、被害者の不満を増加させ、その要求は審判での尋問や質問の権利、高裁への不服申し立て権へとエスカレートし、少年審判を健全育成の場から公的な復讐の場へと変質させる可能性がある。

 記録の閲覧・謄写の拡大も、疑問である。警察の段階で明らかとなった少年の身上等や審判で明らかとなった生い立ちなど、プライバシー情報へのアクセスが含まれるため、少年の更生を妨げるおそれがある。

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大阪商業大学教授・弁護士 斉藤豊治

京都大学法学部卒業、甲南大学、東北大学大学院、大阪経済大学の教授を経て大阪商業大学教授。弁護士。少年法、犯罪学、刑法専攻。
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2.改正前少年法22条2項は、少年審判は傍聴を認めず、非公開で行うことを定めていました。

(審判の方式)
少年法第二十二条

1 審判は、懇切を旨として、和やかに行うとともに、非行のある少年に対し自己の非行について内省を促すものとしなければならない。
2 審判は、これを公開しない。
3 審判の指揮は、裁判長が行う。」



(1) 本来、憲法32条・82条は裁判の公開を原則としているのに、では、なぜ、少年審判は非公開で行うと定めていたのでしょうか?

<理由>
 ア 少年審判を行うに当たっては、少年の家庭内の問題はもちろん、その全生育史の問題点が対象とされるので、関係者からの私事の詳細な事実を率直に述べてもらう等の協力を得るため、手続の秘密性は不可欠です。また、少年法の基本目的は少年の健全な育成を期することにあり、未熟な少年の情操を保護しその健全な立ち直りを図るため、その真意を聴き出すためにも公開の場よりも非公開手続の方が望ましいのです。このように、少年法22条2項が審判が非公開で行われると定めたのは、こうした少年の保護・教育の趣旨や家庭の福祉等を考慮したものであり、家事審判の非公開とも共通した側面も持っているのです(田宮裕編「少年法 条文解説」(有斐閣・1986年)141頁)。

 イ 少年審判の非公開規定は、かえってその方が適正を期するものとして、少年の犯罪者の取扱いについて多くの悲劇と失敗を重ねた、刑事裁判の歴史を通して確立された少年法制そのものの本質に由来するものです。非行を犯した少年を援助して更生させ、成長発達を全うさせ、そのことを通して犯罪を防止し、社会公共の安全・福祉に貢献するという少年法制の目的達成のために必要・不可欠な前提とされているのです(団藤重光・森田宗一「少年法」(有斐閣、1984年)212頁、少年法判例百選77頁〔津田〕)。

 ウ 国際人権規約B規約14条1項は「少年の利益のために必要がある場合…を除くほか、公開する」として、明文で公開の保障の例外としており、児童の権利に関する条約40条2項(b)(7)はプライバシーを少年の手続における原則的な保障の1つとしていることからすると、原則公開とはいえないのです(少年法判例百選77頁〔津田〕)。



(2) 審判非公開の合憲性については、高松高裁昭和29年8月5日決定は、「家庭裁判所における所謂少年保護事件は訴訟事件に属しないから、審判を非公開としている少年法第22条第2項の規定が裁判の公開に関する憲法82条の規定に抵触するとは考えられず、他方法律の定める手続により身体の自由を拘束することは憲法上も許されるところであるから(憲法第31条参照)、家庭裁判所が公開の裁判によらないで少年院送致の如く少年の身体の自由を不定期間拘束する措置をなし得ることを定めている少年法の規定が憲法に違反しているとはいえない」と判示しています。このように、審判非公開は合憲であると判断したわけです。



(3) このように、少年審判非公開を設けたのは、未熟な少年ゆえに真意を聞きだすため、関係者からの私事の詳細な事実を率直に述べてもらう等の協力を得るため、手続の秘密性が不可欠だと考えたからです。非公開とした方が、非行を犯した少年を更生させ、その後、成人後に犯罪を実行しないよう、犯罪抑止の意味もあるのです。こうした理解は、単なる理屈ではなく、「少年の犯罪者の取扱いについて多くの悲劇と失敗を重ねた、刑事裁判の歴史を通して確立された少年法制の本質」に由来するという経験則に基づくのです。

改正少年法は、手続の秘密性を壊したのですから、少年から真意を聞きだせず、更生を阻害し、成人後に更なる犯罪を重ねることをもたらしかねません。少年審判への傍聴を認めたことは、被害者保護のためと言われてますが、さらに別の被害者を生じさせかねないという、皮肉な改正となったのです。




3.少年審判の傍聴に関する主な問題点としては、次の点が挙げられています(法務委員会調査室長嶺陽一「犯罪被害者等による少年審判の傍聴~少年法の一部を改正する法律案~」参照)。


(1) 少年の萎縮

 イ:被害者等に少年審判の傍聴を認めることについては、これにより少年が萎縮し、自らの心情を述べにくくなったり、裁判所においてプライバシーにわたる事項を審判でとりあげにくくなったりして、少年審判における教育的な機能が損なわれるとの問題点があります。


 ロ:これに対しては、少年事件は様々であって、常にそのような事態が想定されるとも限りません。また、裁判所においては、対象事件となっている重大事件の場合には、家庭裁判所調査官による十分な被害調査を前置して、その調査結果を踏まえ、事件ごと、審判期日ごとに、少年の年齢、心情等に配慮し、きめ細かく傍聴の相当性を判断し、裁判所の判断により、審理計画に基づいて審理を行い、場面により被害者等に退席を願うこともできるような制度設計になっているのであるから、そのような指摘は当たらないとの反論がなされています。

しかし、いくら少年事件が様々であるとはいっても、また、きめ細かく傍聴の相当性を判断するとしても、萎縮するか否かは少年の心情次第なのですから、裁判所などの他人にとっては判断は困難です。ですから、制度設計上は対応できるものであっても、この反論は妥当でないように思われます。

 「被害者尊重の視点を理解しながらも、少年の更生をめざす少年法の理念が損なわれるとして、新制度の慎重な運用を求める声は根強い。日本弁護士連合会は刑事裁判と違い少年審判の法廷が狭いことから「被害者がいると、加害少年が萎縮する」と訴える。
 非行少年の更生を手助けする活動に携わる東京都の20歳代の男性も新制度を懸念する一人。強盗傷害の非行事実で少年審判を受けた経験がある。
 当初、緊張感から「裁判官には何も話すものか」と思っていたが、裁判官に「今からでも君は立ち直れるよ」と諭され、考えを変えた。
 男性は「家裁のアットホームな雰囲気づくりに体の力が抜け、率直な気持ちを伝えられた。被害者がいれば、素直になれただろうか」と話す。」(日経新聞)


現にこうして、「家裁のアットホームな雰囲気づくりに体の力が抜け、率直な気持ちを伝えられた。被害者がいれば、素直になれただろうか」と懸念を示す方もいるのです。少年が萎縮し、自らの心情を述べにくくなることは確実であるといえそうです。

また、反対に、被害者やその家族の前で「萎縮」するのは当たり前だという意見さえもあります。

 「少年法が被害者やその家族の面前で「萎縮」するのは当たり前だ、罪と責任を認める出発点だ、という意見もあろう。しかし、コミュニケーションが確保されなければ、罪の意識、責任の自覚も深まらない。また、緊張によって少年が審判で話ができないという状態は、裁判所の適正な事実認定をも阻害するおそれがある。(中略)
 家庭裁判所の審判に現れる少年の多くは、表現能力が乏しい。内心では内省の心が芽生えていても、目の前の被害者に向かって十分表現できるとは限らない。舌足らずな言動は、被害者の目には、言い逃れ、建前の発言と映り、怒りと憎しみを増大させ、被害者にとり深刻な2次被害となりかねない。傍聴は、被害者の不満を増加させ、その要求は審判での尋問や質問の権利、高裁への不服申し立て権へとエスカレートし、少年審判を健全育成の場から公的な復讐の場へと変質させる可能性がある。」(毎日新聞)


要するに、被害者や被害者遺族の前で「萎縮」するのは当たり前だという考えは、「被害者に対して犯した罪を詫びろ、少年の真意を聞き出す必要はない」として、少年法の非公開の意義をすべて没却してもよいという考えです。言い換えれば、少年に怒りと憎しみをぶつけ、少年審判場を復讐・報復の場として利用するというものです。果たしてそうした復讐法廷が妥当なのでしょうか?



(2)二次被害

 イ:被害者等に少年審判の傍聴を認めると、被害者等が審判における少年の言動に傷つくという二次被害が発生するおそれがあるとの問題点があります。


 ロ:これに対しては、傍聴により被害者がどのような感情を抱くかは個々の事件によって異なる上、傍聴は被害者等の申出によって許可されるものであるから、そのようなことを覚悟の上で傍聴を希望する被害者等が存在することを考えるならば、そのようなおそれがあるとの理由で傍聴を一切認めないとすることは妥当でないとの反論がなされています。

しかし、この反論は、要するに、二次被害が発生することを「覚悟の上で傍聴を希望する被害者等が存在する」のだから、自己責任で構わないのではないか、という突き放した理屈です。

確かに、被害者参加制度は全般的に、自己責任に委ねる制度となっていますし、少年審判の場合も、被害者が二次的被害を受けようとも、自ら望んだ以上、自己責任であるといえなくもありません。しかし、それが本当に被害者保護になるのでしょうか? 二次被害を受けることをも厭わないのが被害者だということでいいのでしょうか? みなあのカリスマ被害者のように、死刑を連呼し続けるような被害者ではないのです。



(3)審判の時期

 イ:少年事件は事件から間もないうちに審判が開かれ、そのような時期に被害者等が審判を傍聴しても、被害者等と少年の双方が心の整理もついていない状態で対面することになれば、将来的に修復可能であったかもしれない両者の関係はかえってこじれるばかりになってしまうといった問題点があります。


 ロ:これに対しては、平成12年改正による意見陳述制度の導入の際にも議論があったところですが、実際導入してみたところ、審判期日における意見陳述を比較的多くの被害者等が選択し、弊害は生じていないのではないかといった意見もあるようです。

しかし、現実には弊害は生じています。

被害者側参加の少年審判 意見陳述で混乱相次ぐ
2008年4月27日 17時01分

 少年審判での意見陳述を認められた被害者遺族が、審判廷で加害者の少年に物を放り投げたり、閉廷後、ネットに少年の実名を書き込み、態度を非難したりするケースがあったことが27日、日弁連少年法問題対策チームの調査や関係者の証言で明らかになった。「悪魔」「(あなたが)死ぬまで許さない」などと陳述する被害者もいたという。

 政府は今国会に被害者の審判傍聴などを認める少年法改正案を提出している。これに先行して、裁判官の裁量で審判での意見陳述を認めたケースで混乱が出ていることは、改正案の審議にも影響を与えそうだ。

 関東地方の傷害致死事件の審判では、被害者の親が「悪魔、人間とは思えない」「あなたは一生幸せになってはいけない」と陳述。別の傷害事件の審判でも、被害者の親が「(賠償は)10億、20億でも足りない」「死ぬまで許さない」と述べた。

 怒りをぶつけられた少年の一人は少年院で自殺を図ったが、命を取り留めたという。

 別の地方で昨年開かれた審判では、出廷を認められた親が閉廷後に少年の実名、調書の内容、審判での様子、少年に対する批判的な感想をネットに書き込んだ。」(東京新聞平成20年4月28日付朝刊1面)


少年審判は刑事裁判と異なり、少年の立ち直りを重視しますので、多くは家裁送致から3~4週間で開かれるため、事件のショックを受けた被害者は心の整理をする時間が十分ないのです(毎日新聞 2008年12月14日 東京朝刊)。

被害者自身が精神的なショックがほとんど回復できていない状態において、少年が反省を深めず臨めば、不用意な発言で被害者が傷付く恐れがあります。すでに、意見陳述制度を認めた場合でさえも、「被害者遺族が、審判廷で加害者の少年に物を放り投げたり、閉廷後、ネットに少年の実名を書き込み、態度を非難したりするケース」があったのですから、少年審判の傍聴をを認めれば、一層こうした混乱が生じる事例が増えることになります。これでは少年審判では、もはや少年から真意を聞きだすことは不可能になる結果となりかねません。



(4)審判廷の狭さ

 イ:審判廷は狭いため、被害者等の傍聴により、少年は間近なその存在に萎縮し、不安、恐怖の念から話をしにくくなるばかりか、トラブル発生の懸念も指摘されています。


 ロ:これに対しては、ほかの広い部屋を用いたり、新たに別室を作ればよい等の反論もあり得えます。しかし、そもそも懇切を旨として、和やかに行うべく(少年法22 条1項)、同じ目線で、近接した距離で少年に語りかける形で進行する少年審判の特質等から、単に広い部屋を使用すればいいということにはなりません。ですから、現段階においても、審判廷は狭いままです。

すでに述べたように、現に、少年審判では、被害者遺族がトラブルを生じさせている以上、少年審判の傍聴ではさらなる混乱が生じる可能性があるわけですから、裁判所はある程度の対策を講じています。

 「改正法施行に先立ち最高裁家庭局は審判が混乱しないよう、加害少年と被害者らの対面は避けるよう求めた。
 東京家裁では約三十-五十平方メートルの三法廷に被害者らの席を新設。被害者らは、裁判官に向き合うように座る加害少年から、少年鑑別所職員や学校関係者、保護司らを間に挟んで後方に座る。
 入廷の際は、加害少年が最初に入り、被害者らは後に続く。持ち物は事前にロッカーに預ける。「被害者らと加害少年の衝突が予測される場合などは職員を増やすこともある」(同家裁)という。」 (東京新聞)


こうして少年と被害者を遮る人間がいるといった対策を講じているのですから、少年が被害者等から暴行を受けることはないのでしょう。ですが、審判廷は狭いままですから、トラブルを避けることは困難です。




4.このように多くの問題点が解消されないまま、少年審判の傍聴が行われます。しかし、近時は、少年審判が特に難しくなっているように思います。

(1) 東京新聞平成19年10月24日付夕刊1面「放射線」

つじつま合わせ

 家裁調査官としての長年の仕事のなかで、いちばん難しかったのが性犯罪を解明することだった。何度か事例を集めて論じたので、ぜんぜんうれしくないけれど「下ネタの女王」という称号までもらったことがある。

 近年の少年による性犯罪の特徴は、力で圧する暴力的な事件が減って、いかにも姑息(こそく)なのぞきや盗撮とか、性的な脅迫、ストーカー行為が目に付くようになったことである。

 しかし、このような事件が起こした少年に会ってみると、「未熟」のひと言では片付けられない異常性が見られることがある。動機を聞いてもさっぱり要領を得ず「突然、頭に浮かんだ」などと平気で言う。時には、アニメの世界でしか通用しないような説明をすることもある。

 問題は、これらを捜査した警察の調書が、わりあい理路整然としていることである。調書での非行事実は「少女が自分を見たので、むらむらとなり、追いかけて人けのないところで抱きついた」となっている。それなのに、調査官との面接では「嫌な目つきで自分を見た少女に文句を言ってやろうと追いかけた。突然、少女が振り返って近づいてきたので、怖くなって抱きついた」などと言う。

 記録をよく見てみると、検挙された直後はこう述べているのだが、その後「常識的」になっている。どちらが本当か。その少年の日常生活を調べて、対人恐怖や奇妙なエピソードが他にも見つかれば、取り調べ段階で言い直させられたことは明白である。

 わが国の警察はとても優秀だけれど、つじつま合わせも得意である。「そんなこと、あるわけないじゃないか」「通用しないよ」。悪いことをしたのは間違いないけれど、そう言われて、いっそう混乱して肩を落とす少年の姿が、私の目に浮かぶ。
藤川 洋子=京都ノートルダム女子大教授)」



(2) 殺人など重大事件での傍聴に限るとはいえ、今後は一層、少年が不可解な説明を行うことが増えていくことが予想されます。例えば、加害者がいかに異常な理由を述べたとしても、事件を「捜査した警察の調書が、わりあい理路整然としている」のです。結局は、調書は「つじつま合わせ」をしてしまっているのですから、調書から真実を探ることは困難になってきているのです。

そうなると、被害者遺族がいくら傍聴しても、調書の内容だけが分かったとしても、少年の真意は分からないままになる可能性が高いのです。被害者遺族が傍聴することで、少年が真意・真実を話さなくなれば、被害者遺族はもちろん、裁判所の側も事件の真相や少年の真意が分からないままになりかねません。

しかし、多くの少年事件を扱った元裁判官の広瀬健二立教大法科大学院教授が述べるように、「少年が真実を話さなければ、裁判官は適切な処分ができない」のです。

犯罪を犯した真意も判明することなく、適切な処分もできず、したがって、被害者や被害者遺族も真実が分からないままになりかねないのが、改正少年法の傍聴制度です。


少年事件の被害者遺族は次のように述べています。

「事件後、遺族は「蚊帳の外にいる」と思ったといい、当時を「家族は息子が受けた被害について何も分からず、無念さだけが募った。精神的に苦しい毎日を過ごし、家族関係も悪くなる一方だった」と振り返る。「加害少年の姿を目にするだけで、親として少しは心が晴れる」と話す。」(日経新聞)


しかし、少年審判でも意見陳述制度が認められているのですから、加害少年の姿を目にする機会はあるのです。ですから、本当に、「加害少年の姿を目にするだけで」いいのであれば、傍聴制度は不要なのです。

そうなると、結局は少年審判傍聴制度は、被害者遺族が、復讐相手である少年に憎しみをぶつけるための機会を与えるものであるように思えるのです。現実にも、審判廷で加害者の少年に物を放り投げたり、閉廷後、ネットに少年の実名を書き込み、態度を非難したりするケースもあるのです。しかし、このように少年審判を復讐の場としていいのでしょうか? 



(3) 近時の刑事立法は、被害者や被害者遺族の要求に動かされた例が多く、この改正少年法もその1つです。

 「民事法や経済法では、経営者団体と労働者団体といったように対抗勢力が存在するので、利害関係者が立法作業に直接関与してもある程度バランスが保たれるが、刑事法では、犯人や被害者が団結し、被害者側の団体に対抗しうるような形で活動することは不可能であるから、勢力の均衡がとれないのである。2007年の刑事訴訟法改正では日本弁護士連合会が懸念を示したが、日弁連の内部でも意見が分かれていたことを別としても、「第三者」である弁護士会は、「当事者」である被害者側の団体に対抗するものとはいえない。刑事法のように政治過程による予定調和が想定できない領域においてこそ、法律専門家集団による調整が期待されるところであるが、現在、法律家は医師や教師等と共にマスメディアによる専門家批判の矢面に立たされており、その影響力は顕著に低下している。さらに、被害者側の立場での発言に対しては心情的に反論しにくいのも事実であり、特に政治過程で扱う場合には「沈黙のスパイラル」が懸念される。」(松原芳博「刑事立法と刑法学」ジュリスト1369号(2008年12月15日号)(有斐閣、2008年)67頁)  


犯罪件数は減少傾向にあるのに、体感治安に基づく過度な重罰化を行い、被害者の「悲しみ」や「辛さ」を追体験せずに、被害者の「怒り」のみ共感するという「美味しいところ取り」をするだけでバランスの欠いた刑事立法の数々。「被害者側の立場での発言に対しては心情的に反論しにくい」のですから、バランスの欠いた立法であっても、非難がしづらいのです。これでは、まるで報復感情を理由にして刑事法規定を創設・改正しているようです。

こうした復讐感情に基づいたような世論の動向は、もし、自分や家族が処罰される側に立たされたとしても納得できる刑罰・刑事法規定であるのかという視点が欠けているのです(山佳奈子「実体法の見地から」刑法雑誌43巻1号(2003年)19頁参照)。しばしば、犯罪を犯した者に対して、他者への想像力を欠いているという非難がなされるのですが、非難する国民の側も他者への想像力を欠いているのではないでしょうか(松原芳博「刑事立法と刑法学」ジュリスト1369号(2008年12月15日号)(有斐閣、2008年)70頁)。

報復感情から離れ、十分な情報を得て妥当な判断をできるだけの能力を身につけ、理性的な判断を行うべきであると思うのです。報復感情を理由にしたような刑事法規定を創設・改正をしたところで、規定の合理性・妥当性を判断できないのですから、効果は乏しく、人々の不安感を解消することには繋がらないのです。


テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済

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コメント
この記事へのコメント
公正な少年審判の崩壊
もし、自分に敵対心を抱く被害者に傍聴されたら、誰でも萎縮すると思います。
まして、20歳未満の少年ならなおさらです。
人間の心理を考慮すると、萎縮してしまってかえって本当のことは言いにくくなるのは明らかだと思います。
さらに、日弁連の調査や関係者の証言(2008.4.28東京新聞朝刊)でも明らかなように、少年審判の場が報復の場に、リンチの場になってしまうことが明らかです。
量刑も必要以上に重くなってしまう可能性が濃厚です。
被害者傍聴は、公正な少年審判を崩壊に導くのみではないでしょうか。
2008/12/15 Mon 21:47:52
URL | いい #-[ 編集 ]
TBありがとう。
 今晩は。TBして頂いたエントリ、まだ1部分しか拝見していないのですが、感動しています。

>少年法は、この趣旨から、少年審判は「懇切を旨とし、和やかでなければならない」「自己の非行について内省を促すものとしなければならない」としている。少年が心を開いて対話できる状態でなければ、内省は深まらない。被害者が少年審判に出席し、厳しいまなざしで傍聴すれば、少年は防衛的に心を閉ざしてしまい、中身のある対話が成り立たなくなる。被害者等が単に真相を知りたいだけであったとしても、少年は被害者が敵意と憎しみを持っていると考えて、防衛的になり、心を閉ざしてしまう。傍聴によって少年が過度に緊張し、萎縮(いしゅく)してしまい、こうした状況での反省や謝罪は表面的なものにとどまる可能性が高い。

 「被害者の権利」と、著名な被害者M氏は云いました。権利と云えば聞こえは良いですが、若い人の未来(命)や可能性を奪いたいということに他ならないでしょう。刑を終えて出所の時期にも、被害者が意見を述べるとか。これは「行刑の透明化」とも云うそうな。・・・こんな下方修正ばかりじゃ、もう生きてゆけません。

>(山佳奈子「実体法の見地から」刑法雑誌43巻1号(2003年)19頁参照)。
>(松原芳博「刑事立法と刑法学」ジュリスト1369号(2008年12月15日号)(有斐閣、2008年)70頁)。

 上に2つ↑挙げたにすぎませんが、春霞さんのエントリは、いつも調べて書かれてあって・・・勿論、春霞さんの論考も・・・ほかではみられない優れたものです。「ジュリスト1369号(2008年12月15日号)・・」なんて最新ですね。早速拝見できて、ラッキーです。
 HPのほうへ、掲載させてください。

 別の事になりますが、先般の広島女児殺害事件ですが、ちょっと私の考えたことをエントリしてみたのです(どこも判決文要旨すら報道してくれていないようですが)。読んでみてくださいますか。
http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/cb979a4d117c56e70f2a7a8a678861c9
2008/12/17 Wed 23:28:09
URL | ゆうこ #mQop/nM.[ 編集 ]
>いいさん:2008/12/15 Mon 21:47:52
コメントありがとうございます。


>もし、自分に敵対心を抱く被害者に傍聴されたら、誰でも萎縮すると思います。
>まして、20歳未満の少年ならなおさらです。
>人間の心理を考慮すると、萎縮してしまってかえって本当のことは言いにくくなるのは明らかだと思います。

仰るとおりだと思います。
エントリーでも触れましたが、少年審判では、少年の全生育史の問題点が対象とされるので、関係者からの私事の詳細な事実を率直に述べてもらうわけです。それだけでも、少年にとって、恥ずかしいことであるのに、傍聴が認められて全部知られてしまう、もしかしたらインターネットで暴露されてしまうかもしれないと思えば、萎縮して真意を話すことはまずできなくなるでしょう。


>さらに、日弁連の調査や関係者の証言(2008.4.28東京新聞朝刊)でも明らかなように、少年審判の場が報復の場に、リンチの場になってしまうことが明らかです。

こうした非行を行った少年は、かなりの割合で考え方が幼いのです。次の記事を引用しておきます(小学校六年生ということ自体で幼いことは確かですが)。

「長崎県佐世保市で04年に起きた小6同級生殺害事件の被害女児の父、御手洗恭二さん(50)は審判後に記録を読んだ。真相解明の場面は少なく、加害少女のあまりに幼い受け答えが続いていた。「想像と違った。傍聴していたら冷静さを保てただろうか」と話す。」(毎日新聞 2008年12月14日 東京朝刊)
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20081214ddm041040170000c.html

犯した非行事実という結果からすると凶悪な考えの持ち主だろうと思っていたら、全く違っていたため、想像した少年と現実の少年とのギャップが大きすぎてしまうのです。だから、被害者家族にとっては「傍聴していたら冷静さを保てただろうか」となってしまい、少年審判の場で被害者家族が暴れてしまう一因なのだと思うのです。


>量刑も必要以上に重くなってしまう可能性が濃厚です。

仰るとおり、少年が真意を話すことがなければ、重い処分になりかねません。被害者遺族にとっては、好ましいことなのでしょうが……。


>被害者傍聴は、公正な少年審判を崩壊に導くのみではないでしょうか。

前から何度も非行を行っていた場合はともかく、突如非行を行った場合には、加害者家族の戸惑いが大きいのですが、被害者家族と異なり、加害者遺族は今でも何の保護を受けていません。傍聴により、より心理的に追い詰められてしまうのは、加害者家族です。少年審判は変容してしまい、加害者家族は崩壊するでしょう。

少年審判傍聴を推進した被害者家族や一部の世論にとっては、加害者家族のことなんて、どうでもいいと思っているとしか思えません。誰もが被害者(家族)になると同時に、加害者(家族)になり得ることを想像してほしかったのですが。
2008/12/18 Thu 00:33:11
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>ゆうこさん:2008/12/17 Wed 23:28:09
コメントありがとうございます。
お返事が遅くなってすみません。


>権利と云えば聞こえは良いですが、若い人の未来(命)や可能性を奪いたいということに他ならないでしょう
>刑を終えて出所の時期にも、被害者が意見を述べるとか。
>こんな下方修正ばかりじゃ、もう生きてゆけません

被害者側も色々訴えたいこと、情報を知りたいということ自体は分かります。被害者遺族の一部にとっては、「どんな犯罪であっても、加害者は死んでほしい」と思う方もいるでしょう。

しかし、被害者遺族にとっては許せないと思っても、現在の法の手続上は、加害者の多くはその後も長く生きていくのですから、その人生を考えなくてはならないのです。これは、加害者を免責するということではなく、加害者が真っ当な人生を歩むことで、犯罪防止はもちろん、社会的によい影響を与えることでもあります。

もし、加害者の復帰の心を破壊してしまったら、社会により害悪を及ぼすことになります。もちろん、加害者側家族自体も完全に崩壊してしまうでしょう。将来のことや社会全体のことを考えれば、被害者側が言いたい放題いってそれで済む問題ではないのです。

今は、クレーマーのようになってしまった被害者団体(あすの会)もいるために、被害者側に言いたい放題言わせるのが怖いのです。後先考えずに、感情優先の社会になっている日本社会を象徴しているようです。


>春霞さんのエントリは、いつも調べて書かれてあって・・・勿論、春霞さんの論考も・・・ほかではみられない優れたものです。「ジュリスト1369号(2008年12月15日号)・・」なんて最新ですね

ありがとうございます。「ジュリスト1369号(2008年12月15日号)・・」は、現在発売中のものです。立法学について触れた特集になっています。


>HPのほうへ、掲載させてください。

ありがとうございます。宜しくお願いします。


>先般の広島女児殺害事件ですが、ちょっと私の考えたことをエントリしてみたのです……。読んでみてくださいますか。

拝見しました。この事件判決へコメントさせて頂きました。
2008/12/22 Mon 08:20:55
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
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