1.東京新聞(平成18年10月3日付夕刊10面)
「代理出産認める高裁決定 最高裁へ抗告検討
タレントの向井亜紀さん(41)夫妻が米国人女性に依頼し代理出産で生まれた双子の出生届受理を東京都品川区に命じた東京高裁決定を受け、長勢甚遠法相は三日、「なお問題が残っている」と述べ、最高裁への抗告を視野に品川区と協議を進める考えを示した。
長勢法相は「わが国では、母子関係は分娩(ぶんべん)の事実により発生するという考えで今日までやっている」と説明。向井さん夫妻のケースについて「従来の考えとはぴったりではないので検討する余地がある」と述べた。
最高裁に不服を申し立てる場合、決定に法令解釈に関する重要な事実が含まれている場合には許可抗告が、憲法に関する事実が含まれている場合には特別抗告がある。
品川区は法務省と協議し、どちらの抗告にするか決定するが、許可抗告を選択するとみられる。その場合、東京高裁の許可決定が必要になる。
九月二十九日付の東京高裁決定は「夫妻と双子には血縁関係があり、親子と認めるネバダ州の裁判所の命令が確定している。子の福祉を優先し、州の確定裁判を承認しても公序良俗に反しない」との判断を示した。
品川区広報広聴課は「出生届の取り扱いで疑義がある場合には法務省の指示に従う義務があり、抗告するかどうかは指示がないのでコメントできない」としている。」
2.この記事によると、「わが国では、母子関係は分娩(ぶんべん)の事実により発生するという考えで今日までやっている」ので、向井さん夫妻のケースについて「従来の考えとはぴったりではないので検討する余地がある」そうです。
これは、母子関係は「原則として、母の認知を待たず、分娩の事実により当然に発生する」(最高裁昭和37年4月27日判決)という判例があるため、従来の法令解釈と一致しないので、決定に法令解釈に関する重要な事実が含まれている場合であるとして「許可抗告」を選択して、抗告するようだということです。
これに対して、9月29日の東京高裁決定は「夫妻と双子には血縁関係があり、親子と認めるネバダ州の裁判所の命令が確定している。子の福祉を優先し、州の確定裁判を承認しても公序良俗に反しない」との判断を示したのです。要するに、ネバダ州の裁判所の命令(裁判)を承認(民事訴訟法118条)した結果、出生届を受理するよう命じたわけです。
日本法は、外国判決の承認を許す以上、日本法の適用と違う結果を認めることは織り込み済みなのですから(「代理出産(代理母)による法律関係〜向井夫妻の双子代理出産につき出生届を認める(東京高裁平成18年9月29日決定)」参照)、承認した結果、「わが国では、母子関係は分娩の事実により発生するという考え」と違う結果となっても、おかしくないのです。
「現在、わが国では代理母契約について、明らかにこれを禁止する規定は存在しないし、代理妊娠を否定するだけの社会通念が確立されているとも言えない」(東京高裁決定要旨)のですから、日本法上、代理出産の是非は未確定な現状なのです。代理出産を法的に禁止しているわけでなく、未確定なのに、外国裁判所の代理出産による親子関係の成立を受け入れることを公序良俗に反する(民訴法118条3号)と断じることは難しいはずです。
繰り返しますが、外国判決承認制度を認めている以上、承認の結果と、日本法の解釈とでずれが生じるのはおかしくないのですから、「許可抗告」が認められるのかどうか、微妙な感じがします。
3.問題となるのは、代理出産により産まれた子供と代理出産依頼夫婦との間における親子関係の成立を否定した判例(大阪高裁平成17年5月20日決定と、その決定を「是認できる」とした最高裁平成17年11月24日決定)との整合性です。
(1) この整合性を検討する前に、米国において代理出産を認める州での、代理出産の場合の親子関係の成立方法について確認しておきます。 「代理母ドットコム」の「出産前の法的手続き」によると、カリフォルニア州における代理出産の場合の親子関係の成立方法が分かります。
「●法的手続きのプロセス(Pre-Birth Order)
a.依頼者の弁護士(甲)が提出書類を作成し、代理母側の弁護士に確認してもらいます。
b.確認ができた後、依頼者、代理母双方がその提出書類にサインします。
c.弁護士(甲)がカリフォルニア州裁判所に出向き、判事にその書類を提出します。
d.提出書類を受け取った判事は、その書類を確認したうえで、その後 Court Order である Pre-Birth Order(命令書)を出します。
e.依頼者は、その Court Order を弁護士(甲)から、出産以前に受け取ります。
f.依頼者は、その Court Order を代理母が出産する病院の事務担当者に渡します。
g.その書類に従って、法的に子供の両親が決定します。
担当の産婦人科医は、 Court Order に従って産まれた赤ちゃんの Birth Certificate(出産証明書)をその地区(郡)の役所に提出します。
●備考
・法的手続きのプロセスは、弁護士(甲)が全て行ないますので、依頼者は出向く必要はありません。
・出生証明書(Birth Certificate)
アメリカで出産すると、出産に関わった医者が、出生証明書(Birth Cerfiticate)というものを発行し、その地区(郡)の役所に届けます。
この証明書には、母親の名前と父親の名前を書く欄があります。
カリフォルニア州に限っては、母親の名前の欄は、出産した代理母ではなく、依頼した女性の名前になります。
これは、弁護士が前もってカリフォルニア州裁判所判事のその旨の命令書をもらい、担当の産婦人科医にその書類を出産時に渡すのです。
産婦人科医は、判事の命令に従って、出生証明書を書き、郡役所に提出します。
その後、依頼者(ご両親)が郡役所に子供の正式な出生証明書を発行してもらいます。
そして、日本の区役所あるいは市役所に行き、その出生証明書と共に、子供の出生届を出します。
そうすれば、子供を自動的に自分の戸籍に入れることができるのです。
誰にも知られずに自分で産んだように子供を戸籍に載せることが可能なわけです。ですから養子縁組は不要になります。
この点でカリフォルニア州は代理出産に関して法律が確立された州といわれるのです。」
引用した記述からすると、産婦人科医が出生証明書(Birth Cerfiticate)を郡役所に提出し、郡役所が子供の正式な出生証明書を発行した時点、あるいは、日本の区役所あるいは市役所に行き、その出生証明書と共に、子供の出生届を出した時点で、親子関係が成立したようにも見えます。
しかし、カリフォルニア州裁判所に出向き、判事にその書類を提出し、提出書類を受け取った判事は、その書類を確認したうえで、その後 Court Order である Pre-Birth Order(命令書)を出し、「その書類に従って、法的に子供の両親が決定する」わけです。要するに、カリフォルニア州では代理出産の場合の親子関係の成立については、州裁判所の命令で決定されるのです。
もっとも、代理母契約で親子関係は成立し、州裁判所の命令は争いを避けるために確認したにすぎないとの解釈も可能です。しかし、身分関係の形成の問題ですから、契約だけで親子関係を確定すべきでなく、分娩者と卵子提供者という2人の母親がいるという法的構成もあり得るので、裁判所の命令は親子関係の成立に不可欠な要件であると考えます。
なお、日本民法では、出生の事実で親子関係が成立し、出生届は報告的届出の性質です。戸籍の届出は、報告的届出と創設的届出に分類できますが、報告的届出とは、出生、裁判認知、調停離婚、死亡などのように、既に法的効果の発生した事項を報告するためにする届出であり、他方で、創設的届出とは、婚姻、協議離婚、養子縁組、協議離縁、任意認知、婚姻関係の終了のように、届出の受理によって初めて身分上の効果が発生する届出です(遠藤=川井他編「民法(8)〔第4版増補補訂版〕24頁)。
このように、出生証明書(Birth Cerfiticate)も出生届も、親子関係の成立要件ではないわけです。
なぜ、代理出産の場合の親子関係の成立について、裁判所の命令によるのか否かを気にするのかと言うと、処理が異なってくるからです。
<1>裁判所の命令によって親子関係が成立する法制度の場合には、外国判決の承認の問題であり、すなわち、国際民事訴訟法の問題として民訴法118条の要件を検討することになるのです。
<2>これに対して、裁判所の命令ではなく、分娩の事実や卵子提供者が誰かによって親子関係が成立する法制度の場合には、国際私法上の問題として、国際私法の立場から「親」の候補者を確定して、その上で、当該「親」候補者と当該子の親子関係の存否を、原則として、当該「親」の本国法で決定することになる(法例17条、18条)。すなわち、国際私法上の問題として、法例17条、18条を適用して処理することになるのです。
この点を指摘した文献を引用しておきます。
「諸外国の中には、生殖補助医療の結果として生ずる親子関係の成立につき、裁判所の決定によらしめている国もある。そのような外国裁判所の決定が存在する場合には、わが国の国際私法上の取扱いを検討するまでもなく、民事訴訟法118条が規定する外国判決承認制度によって、外国裁判所で決定された親子関係がわが国においてもそのまま承認される余地があることについては付言する必要があろう。」(立教大学助教授・早川吉尚「国境を越える生殖補助医療―国際私法の観点から」ジュリスト1243号(2003年)40頁)
(2) 現在(平成17年1月の調査)における米国の法規制状況について取り上げておきます。
「代理懐胎に関する法律は、出産する州の法律に依拠し、また、代理懐胎契約が合法か違法かはその州の法律の法解釈に左右される場合がある。法規制の傾向としては、代理懐胎契約を無効とする州(ユタ州など)、商業的代理懐胎契約を無効ないし犯罪とする州(ニューヨーク州、ワシントン州など)、代理懐胎契約を有効とする州(カリフォルニア州[判例法]、バージニア州[裁判所の承認が必要]など)、代理懐胎を合法とも違法ともしていない州(ミネソタ州などのほとんどの州)に分類することができる。」(梅澤 彩「代理懐胎の現状とその課題−代理懐胎契約と子の法的地位に関する検討を中心に−」PDF)
もう少し具体的な州を挙げておくと、
「代理出産契約を有効とする制定法を有する州として、例えば、アーカンソー、フロリダ、イリノイ、ネヴァダ、ニューハンプシャー、テキサス、ヴァージニア、ワシントン、ウェスト・ヴァージニアが挙げられる…。このうち、ネヴァダ、ニューハンプシャー、ワシントン、ウェスト・ヴァージニアの各州は、報酬や対価を求める代理出産契約の締結を禁じている。また、アーカンソー、ネヴァダ、ニューハンプシャー、テキサス、ヴァージニア、ワシントンの各州は、明文規定を以て、親となる意思を有する者を親としているが、ヴァージニア州は場合によっては遺伝上のつながりを有する者を親とする。
反対に、代理出産契約を無効とする制定法を有する州は、アリゾナ、コロンビア特別区、インディアナ、ケンタッキー、ルイジアナ、ミシガン、ネブラスカ、ニューヨーク、ノース・ダコタ、ユタなどである。そして、コロンビア特別区、ミシガン州、ニューヨーク州のように刑罰を以てこれを禁ずる州もあれば、刑罰を科さない州も存する。もっとも、これらの法状況は固定的なものではなく、刻々と変わる可能性があることに注意しなければならない……。」(北海学園大学法学部教授・織田有基子「アメリカにおける代理出産と母子関係」PDF)
このように、米国では、代理出産契約を有効とする制定法を有する州としては9州があるように、かなり代理出産を許容している傾向にあること、ミネソタ州などのほとんどの州は代理懐胎を合法とも違法ともしていないことから、米国の多くの州では、日本法と同様に、合法か違法かの規定がないというわけです。
(10月8日追記:制定法あるいは判例法で代理母契約を有効としているのは14州ある。アラバマ、アーカンソー、フロリダ、イリノイ、アイオワ、ネバダ、ニューハンプシャー、テネシー、テキサス、ヴァージニア、ワシントン、ウェスト・ヴァージニア、ウィスコンシン、カリフォルニア州である。判例タイムズ1100号118頁参照)
(3) では、本題である「整合性」について検討します。
最高裁平成17年11月24日決定の事案は、50代の夫婦は、国内で不妊治療を試みたが妊娠しなかったため、夫の精子を凍結保存し、平成14年4月、アジア系米国人女性Bから提供された卵子を使って体外受精し、受精卵は「代理母」となる別の米国人女性Aの子宮に移され、同年10月に双子が生まれたという事案です。
親子関係の成立手続について、平成17年の最高裁決定は「是認できる」くらいしか判断をしていないので、平成17年5月20日の大阪高裁決定の判示(判例時報1919号(平成18年4月11日号)107頁)から引用してみます。
「抗告人らは、平成14年9月15日、A及びその夫を被告として、カリフォルニア州ロサンゼルス郡高等裁判所に、上記受精卵より生まれてくる子と父子関係と母子関係の確認を求める訴えを提起したところ、同裁判所は、同年10月7日、抗告人太郎は上記子らの法的なそして遺伝学的な父親であり、抗告人花子は上記子らの法的な母親であるとする旨の判決を言い渡し、同判決において、上記子らの出生に責任がある医師、病院、公的登録機関に対し、その作成する出生証明書に抗告人らが父母である旨の記載をするように命じた。」
要するに、カリフォルニア州における代理出産における親子関係の成立については、州裁判所の命令が必要であり、この50代の夫婦も、州裁判所の命令を得たわけです。そうすると、この50代の夫婦の事例においても、外国判決の承認の問題、すなわち国際民事訴訟法の問題として処理すべき事例であったはずです。
では、引き続き平成17年の大阪高裁決定の判示から引用してみます。
「(1) 抗告人らの本件原申立ては、明石市長に対し本件出生届の受理を求めるものであるが、その内容としては、抗告人花子と本件子らとの間の母子関係(実親子関係)の有無を問題とするものであり、上記の事実関係からみて、この問題については、渉外私法的法律関係を含むことが明らかであるから、この点に関する準拠法に関連して検討を加える。
(2) 抗告人らは、婚姻した夫婦であるから、抗告人花子と本件子らとの親子関係の存否は、まず、法例17条1項で定まる準拠法により嫡出親子関係の成立の有無を検討すべきである。
同項は、夫婦の一方の本国法で子の出生当時におけるものにより子が嫡出とされるときは、その子は嫡出子とする旨規定する。
本件では、抗告人花子及びその夫の抗告人太郎の本国法は、いずれも日本法であり、日本においては、後述のとおり、本件子らを分娩していない抗告人花子をその母と認めることができないから、本件子らは、抗告人ら夫婦の嫡出子と認めることはできない。また、米国人の分娩者夫婦(A夫婦)や卵子提供者夫婦(B夫婦)と本件子らとの親子関係についても、これら分娩者夫婦や卵子提供者夫婦の居住する米国カリフォルニア州においては、同人らの本国法である同州法に基づく同州ロサンゼルス郡高等裁判所の判決により、本件子らの法的な母は、抗告人花子であるとされていることは前記のとおりであるから、同州法の下においては、本件子らは、上記分娩者夫婦や卵子提供者夫婦の嫡出子と認めることはできないものと解される。
(3) 上記のとおり、法例17条1項で定められる準拠法によっては、嫡出親子関係の成立を肯定することができないから、同法例18条1項で定まる準拠法により、更に、親子関係の成立の有無を判断すべきである。」
外国判決の承認の問題、すなわち国際民事訴訟法の問題として民訴法118条で処理すべき事案であるのに、平成17年の大阪高裁決定は、国際私法の問題として法例17条、18条を適用して処理をしています。要するに、平成17年の大阪高裁決定は法適用を間違えたわけです。
法適用を間違えた決定であっても、平成17年の最高裁決定は大阪高裁決定の結論だけは「是認できる」と考えて、「是認できる」と判示したのだと思います。もちろん、法適用を間違えた決定ですから、高裁決定の論理を含めて「正当である」の判断はできなかったのでしょう。
平成17年の最高裁決定は、法適用を間違えた決定を前提としたものですから、単なる事例判断をしただけということ以上に、整合性まで検討する必要があるのか、疑問に思います。(なお、代理出産の是非については、また別項目で触れる予定ですので、その中で大阪高裁決定にも触れるかもしれません)
4.品川区が最高裁へ上告した場合、最高裁では、代理出産の是非という日本民法上の問題とともに、国際私法の問題(関西大学教授・佐藤やよひ「外国で『代理母』を利用して出生した子をめぐる母子関係の決定について」(PDF)も参照)、国際民事訴訟法の問題(民事訴訟法118条)についても、検討することになります。
いずれも新しい問題であり、最高裁がすべてについて判断を示した場合には、非常に重要な判例となると思います。注目しています。
URL | 勉強中 #gIYQI5Sw[ 編集 ]
>非常にわかりやすい解説
ありがとうございます。
代理出産については、日本で実施した場合と外国で実施した場合では、違う議論が必要になります。特に、米国で実施した場合は、外国判決があるため、また議論が違ってきます。
これを整理して考えることはなかなか面倒とはいえますが、多くの国々があり、日本法と外国法が存在し、みな内容が異なる以上、やむを得ないことです。日本法と異なる外国法にも配慮することは、異質な存在を理解し、受け入れることでもあります。
このエントリーを通じてそういったことにまで思い至ることがあれば幸いです。
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