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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2006/09/24 [Sun] 01:09:55 » E d i t
9月20日は「彼岸の入り」。回向院において「家畜総回向」がありましたので、参詣してきました。この彼岸の期間には、各寺院では彼岸会法要が営まれますが、参詣せずとも、改めて供養の気持ちをもつことも大切なことではないかと思います。(もちろん、ペットに限りませんし、信ずる宗教との関係を問わずということではありません。)
9月20日から26日までは動物愛護週間ですから(動物愛護法4条)、動物も命あるものであることを今一度理解してほしいと思います。

この出会ったペットに対して、慈悲の心も供養する心も全くないと感じられるのが坂東眞砂子氏です。毎日新聞9月22日付夕刊において、ポリネシア政府が坂東氏を動物虐待で告発するとの記事と、坂東批判に対する坂東氏の反論が掲載されていましたので、コメントしたいと思います。


1.毎日新聞9月22日付夕刊14面
(毎日新聞 2006年9月22日 15時00分 (最終更新時間 9月22日 15時41分))
(毎日新聞 2006年9月22日 東京夕刊ーバックナンバー)(バックナンバーの方から引用)

「子猫殺し」告白:坂東眞砂子さんを告発の動き--タヒチの管轄政府「動物虐待にあたる」

 直木賞作家の坂東眞砂子さん(48)=フランス領タヒチ在住=が、日本経済新聞に寄稿したエッセーで告白した「子猫殺し」。その内容をめぐって余波が続いている。タヒチを管轄するポリネシア政府は、坂東さんの行為を動物虐待にあたると、裁判所に告発する構えを見せている。20日から26日は、動物愛護週間。坂東さんが、真意を語りたいと毎日新聞に寄稿した。

==============

 ■解説

 ◇動物の生と死、多角的議論を

 坂東さんは「子猫殺し」を発表することで、愛猫に抱く葛藤(かっとう)を伝えるとともに、過剰なペット依存社会に一石を投じ、動物の生と死について再考を促そうとした。しかし現状では、多角的で本質に迫る議論には発展していない。

 「雌猫3匹が産む猫を、がけから放り投げている」。この強い表現は、猫への愛情と罪悪感が希薄な印象で、読む側の不快感につながった。言葉を扱うプロだからこそ、意図を正確に届ける工夫がもっとほしかった。

 また、猫への避妊手術は、坂東さんの挙げる野良猫対策とは異なる側面もある。野良猫の7割以上がウイルスを持っているといわれる猫エイズの予防だ。治療法は確立されていないが、体液の接触感染が主な原因で、不妊・去勢手術を施してけんかや交尾の機会を減らせば防ぎやすくなる。

 現代社会の猫や犬は、単なるペットではなく、人生の伴りょとして扱われる。坂東さんに賛同する人は少ないだろう。ただ、私たちが「動物にとっての本当の幸せ」を知るすべはない。動物の飼育を「自分勝手な傲慢(ごうまん)」と考えている人はどれだけいるだろうか、人間に向かうべき愛情が動物に偏って注がれていないか……。坂東さん、そして社会が抱える病理を多数派の意見で押し込めてはならない。【鳴海崇】

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 ◆坂東眞砂子さん寄稿

 ◇子猫を殺す時、自分も殺している

 私は人が苦手だ。人を前にすると緊張する。人を愛するのが難しい。だから猫を飼っている。そうして人に向かうべき愛情を猫に注ぎ、わずかばかりの愛情世界をなんとか保持している。飼い猫がいるからこそ、自分の中にある「愛情の泉」を枯渇させずに済んでいる。だから私が猫を飼うのは、まったく自分勝手な傲慢(ごうまん)さからだ。

 さらに、私は猫を通して自分を見ている。猫を愛撫(あいぶ)するのは、自分を愛撫すること。だから生まれたばかりの子猫を殺す時、私は自分も殺している。それはつらくてたまらない。

 しかし、子猫を殺さないとすぐに成長して、また子猫を産む。家は猫だらけとなり、えさに困り、近所の台所も荒らす。でも、私は子猫全部を育てることもできない。

 「だったらなぜ避妊手術を施さないのだ」と言うだろう。現代社会でトラブルなく生き物を飼うには、避妊手術が必要だという考え方は、もっともだと思う。

 しかし、私にはできない。陰のうと子宮は、新たな命を生みだす源だ。それを断つことは、その生き物の持つ生命力、生きる意欲を断つことにもつながる。もし私が、他人から不妊手術をされたらどうだろう。経済力や能力に欠如しているからと言われ、納得するかもしれない。それでも、魂の底で「私は絶対に嫌だ」と絶叫するだろう。

 もうひとつ、避妊手術には、高等な生物が、下等な生物の性を管理するという考え方がある。ナチスドイツは「同性愛者は劣っている」とみなして断種手術を行った。日本でもかつてハンセン病患者がその対象だった。

 他者による断種、不妊手術の強制を当然とみなす態度は、人による人への断種、不妊手術へと通じる。ペットに避妊手術を施して「これこそ正義」と、晴れ晴れした顔をしている人に私は疑問を呈する。

 エッセーは、タヒチでも誤解されて伝わっている。ポリネシア政府が告発する姿勢を見せているが、虐待にあたるか精査してほしい。事実関係を知らないままの告発なら、言論弾圧になる。

==============

 ■ことば

 ◇子猫殺し

 坂東さんが日経新聞8月18日夕刊でエッセー「子猫殺し」を掲載。飼っている雌猫に避妊手術をせず、子猫が生まれるとがけ下に投げていることを明らかにした。日経にはメールと電話で延べ1497件(今月19日現在)の意見が寄せられた。「残酷で不快」「動物愛護の精神に反する」「生命を軽視している」「避妊手術と、子猫を殺すことを同列に論じるのはおかしい」など、大多数が批判。少数だが「これからも生と死について書き続けて」との賛意もあった。

毎日新聞 2006年9月22日 東京夕刊」



2.やっと、「タヒチを管轄するポリネシア政府は、坂東さんの行為を動物虐待にあたると、裁判所に告発する構えを見せている」との記事が出ました。

以前に紹介した、「タヒチ*ライフ」さんの「猫殺し」のエントリーは9月15日に書いたのですから、ずいぶん遅れて報道されたとの印象をもちます。もっとも、他の新聞では全く触れていませんから、それに比べればマシであるとは思います。

しかし、鳴海崇記者による解説の方はかなり問題があると思います。以下、逐一批判していきます。

(1) 

「坂東さんは「子猫殺し」を発表することで、愛猫に抱く葛藤(かっとう)を伝えるとともに、過剰なペット依存社会に一石を投じ、動物の生と死について再考を促そうとした。しかし現状では、多角的で本質に迫る議論には発展していない」


過剰なペット依存社会と非難していますが、人の価値観は他人の物差しでは計れないのですし、憲法13条(幸福追求権)は多様な価値観を保障しているのです。過剰なペット依存社会であったとしても、一概に非難することは困難です。

「過剰なペット依存社会」は日本だけではないのです。米国人のペットに対する過熱ぶりは日本の比ではありません。離婚の裁判においては、ペット問題専用の弁護士が対応に当たり、離婚後の面会の条件なども細かく決定されるのです(宇都宮直子「ペットと日本人」(文春新書、平成11年)60頁)。過熱する一方、日本と異なり、ペット・ロスに対するホットライン(専門家による電話相談)も整っており、また、米国では、獣医学部の学生たちが一定の教育を受けた後に、電話で飼い主の心の痛みについて相談を受けることも行っているのです。
ペット・ロスへのケアが十分でない日本においては、非難すべきなのは、「過剰なペット依存社会」ではなく、ペット・ロスに対するケアを充実していない現状の方であるように思えます。


鳴海崇記者は、「現状では、多角的で本質に迫る議論には発展していない」と決め付けています。しかし、ネット上では多角的な議論がなされていますし、新聞紙上でも、 「直木賞作家・坂東眞砂子氏の「子猫殺し」問題~犯罪抑止力としての動物虐待研究(東京新聞9月12日付)」で紹介したように、東京新聞では9月12日付で「動物虐待研究」についての論説を紹介しています。掲載時期からして、当然、坂東氏の動物虐待行為を念頭に置いた記事であることは明白です。

これに対して、毎日新聞は、最初に記事にしたこと自体は評価できますが、その後の後追い報道はしていません。何も報道することなく、「多角的で本質に迫る議論」がないと指摘するのは無責任ではないでしょうか?  「多角的で本質に迫る議論には発展していない」と決め付けるからには、毎日新聞において更なる報道を行うべきです。


(2) 

「『雌猫3匹が産む猫を、がけから放り投げている』。この強い表現は、猫への愛情と罪悪感が希薄な印象で、読む側の不快感につながった。言葉を扱うプロだからこそ、意図を正確に届ける工夫がもっとほしかった。」


鳴海崇記者が述べるように、「この強い表現は、猫への愛情と罪悪感が希薄な印象で、読む側の不快感につながった」ことは確かです。坂東氏は、作家として「言葉を扱うプロ」であるならば、論理破綻した文章でなく、もっと真っ当な言い訳をすべきでした。

しかし、「意図を正確に届ける工夫」があれば「不快感」につながらないわけではないのです。産まれたばかりの子猫を崖から投げ殺すという、残忍な方法で、常習的に(=出産毎に、数匹の子猫が産まれていると推測するのが当然であり、そうすると、既に数十匹を殺していると判断するのがほぼ100%に近く合理的な推測なので)殺害しているという動物虐待の事実(犯罪行為)を行っているから、批判されているのです。

大体、フランス刑法でも、日本の動物愛護法でも、明らかに動物虐待罪に当たる行為であるのに、動物虐待を正当化する者の言い分を尊重し、新聞掲載することは犯罪行為を助長するものです。動物虐待研究によれば、動物虐待は凶悪犯罪につながるのですから、凶悪犯罪抑止の見地から、早期に摘発することが肝心なのです。

このように、鳴海崇記者は、動物虐待の事実(犯罪行為)を行っているから、批判されていることを理解しておらず、動物虐待の危険性についても、あまりにも無理解だといわざるを得ません。新聞記者も「言葉を扱うプロ」なのですから、事の本質をきちんと理解して解説するべきです。


(3) 

「また、猫への避妊手術は、坂東さんの挙げる野良猫対策とは異なる側面もある。野良猫の7割以上がウイルスを持っているといわれる猫エイズの予防だ。治療法は確立されていないが、体液の接触感染が主な原因で、不妊・去勢手術を施してけんかや交尾の機会を減らせば防ぎやすくなる。」


鳴海崇記者が、「猫への避妊手術は、坂東さんの挙げる野良猫対策とは異なる側面もある」と指摘するのは、正しい指摘です。

しかし、

「「避妊および去勢手術をする理由はいろいろでしょうが、よくある理由というのが3つあります。「繁殖制限」と「病気予防」、「行動制限」です。

…避妊および去勢手術の一番の目的は、繁殖しないようにすることでしょう。説明するまでもないでしょうが、避妊および去勢手術をしたペットは、繁殖能力がなくなります。ですので、繁殖制限することを目的として避妊および去勢手術を行う方は多くいらっしゃいます。

次に考えられる理由は、病気の予防でしょう。メスは、人間の女性と同じように婦人科系の病気(子宮蓄膿症など)になるおそれがあります。けれども、避妊手術をして女性ホルモンをストップさせることで、婦人科系の病気になりにくくすることができます。

小さなペットにおいては、避妊せず、交配もさせない場合に病気になってしまう種類がいます。フェレットです。」( 「子猫殺し」で考えたコト:村田 亜衣さん)。


愛玩動物飼養管理士であり、ペットの適正飼養の普及活動を行っている、村田 亜衣さんによれば、不妊手術の理由は、「繁殖制限」と「病気予防」、「行動制限」をあげていますから「猫エイズの予防」だけを挙げるのは不適切でしょう。

坂東眞砂子氏のエッセイについて-獣医の反論1

「このエッセイ(を)一読した感想。あー、こういうの、避妊手術反対!とがなりたてる輩の陳腐な言い草の集大成って感じだなあ。けど、こいつ、文章力はあるから、妙に説得性があるように見える。……なので、獣医学上の反論を述べさせていただきたい。……

 避妊手術は、特に猫は若いうちにきちんとやるべきです。その理由は、「可哀相な貰い手のない猫をこれ以上増やさないため」ではありません。 では何のためか?「その猫が元気に健康に長生きするため」、これに尽きる!!!  どういうことか、当院のデータから説明しましょう。
 最近の猫は長生きになりました。10歳なんてヒヨッコ、15歳くらいの猫がみな、ピンピンして生きている。で、こうした年齢になってから増加してくるのが、悪性腫瘍です。中でも、雌猫の乳腺腫瘍は100%悪性であり、かつ、その悪性度は極めて高く、治療しても厳しい経過をたどります。
 当院において、この乳腺腫瘍を発症し、死亡した雌猫は全員が避妊手術を受けないまま10歳以上経過したケースである。 避妊手術をきちんと受けた猫での発症件数は、現在の所 。……

 猫の発情には周期性がありますが、これは光周期によってコントロールされています。最近の日本の家屋は夜間も煌々と明るい、そのせいで発情周期が不安定になってしまう猫も増えています。発情期の雌猫のイライラはともかく、しょっちゅうホルモンバランスが変化してしまう、こうした状況が身体に良い影響を及ぼすはずがない。
 猫の健康管理に、避妊手術は極めて重要な位置を占めているのです。……
 
 坂東さん、あなた、こういうこと、なーんにも知らんだろ?
 あ、知っててもどーでもいいってか?そうだよな、餌やってるだけの関係なんでしょうしね。そう書いてるもんな、エッセイで。「猫が飼い主に甘える根元には、餌をもらえるからということがあると思う。」だもんなあ。
 つまりさあ、あんたには動物を飼う資格はないんだよ。餌やってるだけ、というのは飼ってることにはならんのよ。」


獣医さんによれば、雌猫の避妊手術の理由は、野良猫にしないためではなく、「『その猫が元気に健康に長生きするため』、これに尽きる!!!」 のです。
乳腺腫瘍は「放置していると急速に移転する致命的な病気です。……近年増加傾向にあり、10~12歳の、避妊手術をしていないメスに多く見られます」(井上緑「老猫さんの衣食住」(2006年9月、どうぶつ出版)と指摘されているように、現在、かなり知るところとなっている病気です。

今や、現在における雌猫の病気状況を考えると、避妊手術は、「その猫が元気に健康に長生きするため」に不可避なことのように思えます。

坂東氏はもちろん、鳴海崇記者は避妊手術の理由や雌猫の近時の病気状況に対して理解が不足しています。「あなた、こういうこと、なーんにも知らんだろ? あ、知っててもどーでもいいってか?」と言われても仕方がないでしょう。

もう1つ(追記)。
「猫エイズの予防」として最も効果的なのは、避妊手術ではなく室内飼いすることです。放し飼いをしている限り、猫エイズに限らず、猫伝染性腹膜炎のようにワクチンのない病気に感染するおそれがあります。猫伝染性腸炎や猫ウイルス性鼻気管炎のように、生命力がとても強く、人間の衣類について運ばれるウイルスもあるくらいで、室内飼いであっても油断できません
鳴海崇記者はきちんと調べてから解説を書くべきでした。


(4) 

「現代社会の猫や犬は、単なるペットではなく、人生の伴りょとして扱われる。坂東さんに賛同する人は少ないだろう。ただ、私たちが「動物にとっての本当の幸せ」を知るすべはない。動物の飼育を「自分勝手な傲慢(ごうまん)」と考えている人はどれだけいるだろうか、人間に向かうべき愛情が動物に偏って注がれていないか……。坂東さん、そして社会が抱える病理を多数派の意見で押し込めてはならない。」


ペットは、愛護動物とか伴侶動物と呼ばれています。それは、現在の欧米人動物観は、「動物福祉(animal welfare)」、すなわち、相手の人格などを認めたうえで、手を差し伸べる「福祉」であり、日本の動物愛護法も、このような「動物福祉」の動物観に基づいているからです。

鳴海崇記者が「動物の飼育を「自分勝手な傲慢(ごうまん)」と考えている人はどれだけいるだろうか、人間に向かうべき愛情が動物に偏って注がれていないか……。」などと考えること自体は自由です。
しかし、「私たちが「動物にとっての本当の幸せ」を知るすべはない」からといって、「自分勝手な傲慢(ごうまん)」さで、子猫の「生きたい」という生き物にとって本質的に有している欲求を奪うことは、究極の「自分勝手な傲慢(ごうまん)」ではないでしょうか?

動物愛護法の基本原則は、動物を「命あるもの」と認識し、動物をみだりに殺したり、傷つけたり、苦しめてはならないのです。それなのに、坂東氏は「自分勝手な傲慢(ごうまん)」で子猫・子犬を殺害しているのです。
坂東氏や鳴海崇記者のように、「自分勝手な傲慢(ごうまん)」で動物の命を奪ってはならないことが分からない人こそ、「社会が抱える病理」のように思えます。

坂東氏の言い分を認めると、動物虐待がはびこることを肯定し、処罰しないことになりますが、鳴海崇記者は動物虐待がはびこる社会の方が健全とでも言うのでしょうか? 

犯罪行為を正当化することは許さないという「多数派の意見」が、「自分勝手な傲慢(ごうまん)」で動物の命を奪ってよいという少数派の意見(坂東氏や鳴海崇記者)を「押し込め」ることは、各国の動物法の理念である動物の尊厳の尊重の観点からして、健全な社会であると思います。




3.坂東氏の言い訳についてもコメントしてみます。

(1) 

「私は人が苦手だ。人を前にすると緊張する。人を愛するのが難しい。だから猫を飼っている。そうして人に向かうべき愛情を猫に注ぎ、わずかばかりの愛情世界をなんとか保持している。飼い猫がいるからこそ、自分の中にある「愛情の泉」を枯渇させずに済んでいる。だから私が猫を飼うのは、まったく自分勝手な傲慢(ごうまん)さからだ。」


坂東氏は、対人恐怖症であり、人を愛するのが難しいから、人の代わりに猫を飼うのです。猫にしか愛情を注げないという状態自体、精神を病んでいる状態といえます。だから、「私が猫を飼うのは」、「まったく自分勝手な傲慢(ごうまん)さから」ではなく、精神状態の安定を得るためというべきです。坂東氏は自己分析ができていないようです。

ペット先進国の欧米では、ペット問題についてのカウンセラーが充実していますから、坂東氏はカウンセリングを受けるべきでしょう。自分の書いた論理のおかしさに気づくという効用もあるかもしれません。


(2) 

「さらに、私は猫を通して自分を見ている。猫を愛撫(あいぶ)するのは、自分を愛撫すること。だから生まれたばかりの子猫を殺す時、私は自分も殺している。それはつらくてたまらない。」


子猫を殺すのは「つらくてたまらない」と言いつつ、常習的に何匹もの子猫の命を奪っているのです。現実には、殺されているのは子猫だけであって、坂東氏は殺されていないのです。命は1つだけであって代わりはないのに、何匹もの命を奪っておきながら、「私は自分も殺している」という感傷に浸るのですから、自己陶酔の極みであるというべきです。自己陶酔の結果、子猫殺しという動物虐待を正当化しようとするのですから、到底納得できません。


(3) 

「しかし、子猫を殺さないとすぐに成長して、また子猫を産む。家は猫だらけとなり、えさに困り、近所の台所も荒らす。でも、私は子猫全部を育てることもできない。」


不思議に思うのは、なぜ放し飼いにするのでしょうか? 放し飼いにすれば、当然子猫を産むことになり、子猫だけでなく飼い猫全て近所に迷惑をかけているはずです。放し飼いによる「猫害」は、野良猫による「猫害」と区別できません。放し飼いこそ問題があるのです。
放し飼いにすれば、雄猫は家から出て行ってしまいますし、野良猫状態だと3~4年の寿命ですから、必ずしも「家は猫だらけ」になるのか疑問です。
日本でも欧米でも、終生飼養が原則です。「えさに困り」「私は子猫全部を育てることもできない」のであれば、元々猫を飼うべきではなく、飼えないなら子猫を産ませるべきではないのです。

もう1つ(追記)。
餌代に困り、家が猫だらけになって困るというくらいなら、なぜ3匹の雌猫(雄猫も飼っていましたが出ていったそうです)や3匹の犬(2匹は雌犬)を飼っているのでしょうか? 多頭飼いは当然、多くの出費を必要としますし、猫の世話にも時間がかかります。3匹の雌猫がいれば、最低でも3匹の雌猫×3匹の子猫=9匹は産まれますし、6匹産む可能性もあるので、同時期に18匹産まれることもあったはずです。しかも、2匹の雌犬も複数の子犬を産むのです。餌代に困り、家が猫だらけ(及び犬だらけ)になって困る事態を招いたのは、坂東氏自身なのです。自分が招いた事態なのに、「困る」と言い出すのは身勝手な言い分です。ここでも「独善」に満ちた言い訳なのです。


(4) 

「「だったらなぜ避妊手術を施さないのだ」と言うだろう。現代社会でトラブルなく生き物を飼うには、避妊手術が必要だという考え方は、もっともだと思う。

 しかし、私にはできない。陰のうと子宮は、新たな命を生みだす源だ。それを断つことは、その生き物の持つ生命力、生きる意欲を断つことにもつながる。もし私が、他人から不妊手術をされたらどうだろう。経済力や能力に欠如しているからと言われ、納得するかもしれない。それでも、魂の底で「私は絶対に嫌だ」と絶叫するだろう。」


他人の身体を同意なく傷付けることは傷害罪(刑法204条)ですから、人には不妊手術を強制できません「もし私が、他人から不妊手術をされたらどうだろう」というのは、あり得ない例えであり、無意味な記述です。無意味な記述を書いても、全く説得力はありません。


(5) 

「もうひとつ、避妊手術には、高等な生物が、下等な生物の性を管理するという考え方がある。ナチスドイツは「同性愛者は劣っている」とみなして断種手術を行った。日本でもかつてハンセン病患者がその対象だった。」


雌猫に対する避妊手術は、今や「その猫が元気に健康に長生きするため」です。「避妊手術」という言葉が一致するからといって、雌猫に対する合法的な避妊手術と、ナチスドイツや過去の日本における違法な強制的な避妊手術とは別問題です。別問題を持ち出して比較しても無意味です。

もう1つ(9月25日追記)。
「猫」の避妊手術のことなのに、なぜ、「人間の」同性愛者やハンセン病患者を持ち出してくるのでしょうか? しかも、「高等な生物が、下等な生物の性を管理する」ために避妊手術したのではなく、偏見や差別に基づいて強制的に避妊手術をしたのですから、坂東氏の言い分は正しくありません。
新潮45での寄稿でも、坂東氏を批判する日本人をわざわざ、アルツハイマー病患者と糾弾してました。こうしてみると、坂東氏は、同性愛者・ハンセン病患者・アルツハイマー病患者など差別を受けてきた者全般に対して根深い差別感情を抱いている差別主義者だと思えてなりません。


(6) 

「他者による断種、不妊手術の強制を当然とみなす態度は、人による人への断種、不妊手術へと通じる。ペットに避妊手術を施して「これこそ正義」と、晴れ晴れした顔をしている人に私は疑問を呈する。」


「ペットに避妊手術を施して「これこそ正義」と、晴れ晴れした顔をしている人」はどれほどいるのでしょうか? 病気予防など、やむを得ず、不妊手術を行っているのが通常でしょう。坂東氏は、いつもながらの「独善と狭窄」さに基づいて、非難しているのです。


(7) 

「エッセーは、タヒチでも誤解されて伝わっている。ポリネシア政府が告発する姿勢を見せているが、虐待にあたるか精査してほしい。事実関係を知らないままの告発なら、言論弾圧になる。」


タヒチの報道(要約文やメール)を読む限り、エッセーは、タヒチでも正しく伝わっています。「虐待にあたるか精査してほしい」と述べていますが、不妊手術は嫌いだから子を産まれるままにしておきながら、挙句に子猫を全部飼えないから、体の弱い産まれたばかりの子猫を崖から投げ殺す行為は、飼い主の身勝手な理由で残忍な方法により殺害するものですから、動物虐待罪を有する国であれば、どこでも「虐待」に当たることは明白です。

「事実関係を知らないままの告発なら、言論弾圧になる」と述べています。そこまで言うのであれば、坂東氏が何匹の子猫と子犬を殺したのか、ぜひ捜査してほしいですし、坂東氏も何年にわたり、何匹の子猫と子犬を殺害したのか積極的に包み隠さず自白すべきです。日本の市民も知りたいことだ思います。
坂東氏は、「言論弾圧」を跳ね除けるためにも、ぜひ、何匹もの子猫や子犬をがけから投げ殺したのか、全部説明して欲しいと思います。

テーマ:時事ニュース - ジャンル:ニュース

コメント
この記事へのコメント
頭がスッキリしました。
おじゃまします。
坂東氏の言い分は当然として、毎日新聞の解説文にも釈然とせずムムムと思っていたわたくしです。おかげさまでスッキリしました。
2006/09/24 Sun 22:22:05
URL | kazu-san #-[ 編集 ]
楽天ブログ“りんどう畑”から参りました、azareaでございます。

本来なら勝手に参考にさせて頂いた私が先にご挨拶をしなければなりませんのに、大変なご無礼をいたしました。

また温かいコメントをお残しになりこの問題に付いて深くお考えになられている姿勢に、励まされました。

これからも、度々春霞様の文章を読ませて頂きにお邪魔するかと思います。

よろしくお願い申し上げます。
2006/09/25 Mon 09:36:03
URL | azarea #-[ 編集 ]
>kazu-sanさん
はじめまして、コメントありがとうございます。
ひそかに何度も拝見させて頂いています。洒落た言い回しの妙を楽しませて貰っています。

>坂東氏の言い分は当然として、毎日新聞の解説文にも釈然とせず
>おかげさまでスッキリしました
スッキリできて良かったです。坂東氏と毎日新聞の解説には唖然として、その日は不貞寝してしまったのですが(汗)、気を取り直して逐一批判してみました。
2006/09/25 Mon 23:08:39
URL | 春霞 #eJ42Lz8A[ 編集 ]
>azareaさん
こちらでははじめまして、コメントありがとうございます。
坂東氏の問題についてのエントリーは大変素晴らしく、ずっと拝見させて頂いてます。

>本来なら勝手に参考にさせて頂いた私が先にご挨拶をしなければなり
>ませんのに、大変なご無礼をいたしました。
わざわざお気遣いありがとうございます。

>これからも、度々春霞様の文章を読ませて頂きにお邪魔するかと思います。
ありがとうございます。

>よろしくお願い申し上げます。
こちらこそ宜しくお願いします。
2006/09/26 Tue 07:24:27
URL | 春霞 #eJ42Lz8A[ 編集 ]
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