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1.東京新聞平成20年10月25日付夕刊9面「大波小波」
「「光と影」首都圏でも
25日深夜、フジテレビで1本のドキュメンタリー番組が放送される。タイトルは「光と影―光市母子殺害事件弁護団の300日」。サブタイトルが示すとおり、あの光市母子殺害事件で、日本中から「鬼畜」などと罵倒(ばとう)された弁護団を被写体にしたドキュメンタリーだ。
制作は東海テレビ。『放送レポート』11月号によれば、このドキュメンタリーの撮影を決めたプロデューサーに対して、「鬼畜弁護士を撮るおまえが鬼畜だ」などの声が社内にもあったという。あわや撮影中止の局面も何度かあったようだ。でもプロデューサーは信念を押し通した。そしてあの裁判における別の視点を呈示してくれた。
この事件の差し戻し判決で裁判長が死刑判決を言い渡したとき、広島高裁に集まっていた数百人の群集から、大きな歓声と拍手が沸き上がった。この作品にはそんな瞬間も捉(とら)えられている。
放送の時間帯は午前3時5分から。本音は見せたくないのかとフジテレビに言いたくなる。でも今回、東海、北陸地区に続き、首都圏でも放送されることを喜びたい。そして自分が今までメディアから一面的な情報しか与えられていなかったことを知ってほしい。メディアが一律になる恐ろしさを誰もが感じるはずだから。 (ミネルヴァの梟)」
(1) 光市事件に関して放映した多くのテレビ番組は、「第1、2審で争わなかった事実問題を、差戻控訴審になって持ち出すのはおかしい」「被害者遺族の無念の思いを踏みにじっている」「弁護団は死刑制度反対のために、この裁判を利用している」等々の反発・批判をさかんに浴びせていました。多くの番組がそのことだけに終始した、という印象でした。
これらの背景には、番組制作者に刑事裁判の仕組みについての前提的知識が欠けていたか、あるいは知っていても軽視した、という事情があったとか言いようがないのです(「光市事件報道問題:BPOは各局に裁判報道の改善要求(下)〜「極めて感情的に制作、他局より輪をかけて大袈裟にやるという『集団的過剰同調番組』、刑事裁判の知識なし、「素材負け」していた、巨大なる凡庸」など徹底して酷評!」(2008/04/20 [Sun] 07:46:06)参照)。
「このドキュメンタリーの撮影を決めたプロデューサーに対して、『鬼畜弁護士を撮るおまえが鬼畜だ』などの声が社内にもあった」わけですが、これはまさに、テレビ局では、「誠実義務」が課せられている弁護人の役割についての理解が全く欠けていた証左といえるのです。
「【意見3 本件放送は、弁護人の役割の認識に欠けるところがなかったか】
当事者主義のもとでの弁護人には、被告に対して、被告のために最善の弁護をする、という「誠実義務」が課せられている。
被告は、強力な権限を行使して迫ってくる検察官に対して自己を防御しなければならない、という境遇にある。一般私人であれば、訴訟能力もさほど持ち合わせていないだろう。弁護人はそうした苦境にある被告とのあいだで信頼関係を築き、ときには被告に不利な事情にも踏み込んででも、可能なかぎりの事実と関係情報を集め、それを被告にもっとも有利な主張や立証として組み立てて法廷に提示することにより、全力を尽くして被告人を弁護しなければならない。それが、弁護人の誠実義務である。この義務に違反することがあれば弁護人は懲戒処分の対象になる。
弁護人が被告人に有利だと判断して法廷にあらたな事実を提示し、争うことは、場合によっては被害者やその家族・遺族を傷つけることにもなりうるが、だからといって弁護人が、被告の主張している事実を提出しなかったりすれば、この誠実義務に背馳することになるのである。
付言すれば、弁護人には、その公的、公益的な地位を勘案したとしても、被告に対する誠実義務や守秘義務に背いて、被告に不利な方向での「真実」発見に関する証拠や情報を進んで積極的に提出・開示するという義務(積極的真実義務)はない、とされるのが一般的な理解である。
弁護人にこのような義務を課し、もっぱら被告人のために立証・主張を尽くさせるのは、そのような役割をつとめる専門家がいなければ、真実を発見し、認定することはむずかしい、という司法の歴史的経験に由来している。三審という司法制度の背景をなすのも、真実発見は容易ではなく、審理は慎重に行わなければならない、という歴史的経験に培われた認識である。」(「光市母子殺害事件の差戻控訴審に関する放送についての意見書」)
(2) 番組内容については、「来栖宥子★午後のアダージォ」さんの「光市事件 加害者側に焦点 東海テレビが制作「光と影」」(2008-06-04)で紹介されている記事には、次のようなことが書かれています。
「阿武野勝彦プロデューサーは「もし、事件を利用して『人権派』の名を売るものだったら、そこで制作をやめるつもりだった」と明かす。「でも、違った。真実を明らかにする姿があった」
当初は番組スタッフにさえ逆風が吹いた。「妻が拒否反応を示した」と斉藤さん。ナレーションを務める女優の寺島しのぶも「初め、お受けしたくないと思った」という。番組を見て「弁護団が、何をしていたのか、初めて知った感じです」。
「憎い」という感情だけで白黒をつけ、真実の解明にふたをする風潮。このまま来年5月に裁判員制度が始まったら、どうなるか。現代日本に、番組は一石を投じている。」(中日新聞夕刊 2008/06/04)
真実を明らかにする姿を報道するというのは、報道機関として真っ当なものであるのに、どのテレビ番組もそうしたものがほとんどありませんでした。法治国家とは何であるか、刑事裁判の構造的原理は何か、なぜ裁判では犯行事実がわかっているのに、被告の生育歴を調べたり、精神鑑定までするのか、法はどうして成人と少年を区別しているのか、被害者とその家族や遺族の無念の思いは、どうすれば軽減・救済できるだろうか――。こうしたことは殆ど調べることなく、放映されませんでした。
ほぼすべての番組が、「被告・弁護団」対「被害者遺族」という対立構図を描くものばかりでした。こうした構図で描くこと自体、刑事訴訟における当事者主義構造について全く知識が欠けていることが明らかです。刑事裁判の仕組みなどそっちのけで弁護団に反発したり、反発と共感のどちらを語るときも、感情的であって、「巨大なる凡庸」(BPOの委員会の席上で、ある委員が口にした感想)といえる放送番組ばかりだったのです。
「『憎い』という感情だけで白黒をつけ、真実の解明にふたをする風潮」になっているのが、今の日本社会なのです。そうした風潮に抗して作成した、唯一といえる番組が『光と影〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜』だったのです。
(1) フジテレビ「第17回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品 『光と影〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜』」
「第17回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『光と影〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜』
(制作:東海テレビ)
1999年、山口県光市で本村洋さんの妻と長女が殺害された。「光市母子殺害事件」。
当時18歳だった少年が逮捕され、一審二審の判決は、無期懲役。しかし、最高裁は、死刑含みで、審理を広島高裁に差し戻した。
21人の弁護士が集い、この事件を再調査することになる。そこで、弁護団が見たものは、精神年齢の低い青年像だった。
刑事事件の弁護活動とは、弁護士とはどうあるべきかを、弁護団会議などにカメラを入れ、取材を重ねた。
果たして、この番組から、何が見えてくるのか…。
<2008年10月25日(土)深夜3時5分〜4時放送>
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1999年4月14日、山口県光市で母と生後11カ月の長女が殺害された「光市母子殺害事件」。当時18歳だった少年が逮捕され、一審二審の判決は、無期懲役。しかし、最高裁は、死刑含みで、審理を広島高裁に差し戻した。
最高裁の途中段階から、弁護団は、差し変わった。起訴事実を争わず、情状を主張してきた旧弁護団が、「死刑含み」の状況に危機感を感じたためである。新弁護団には、21人の弁護士が集まり、この事件を再調査することになる。この弁護団の中に、名古屋の村上満宏弁護士も加わっていた。村上弁護士は、自身の弁護経験から「謝罪や反省は、いつか被害者遺族に届く」と信じていて、事件に真っすぐに向き合うよう、光事件の被告と幾度も面会を重ねていた。村上弁護士が見た被告は、流布されていた凶悪な姿ではなく、精神年齢の低い青年だった。
一方、裁判は思わぬ方向へ動き始める。被告は、新弁護団に殺意がなかったこと、そして、強姦目的で現場を徘徊していたのではないことなどを告白する。一、二審で争われなかった新事実であった。弁護団は、争点を絞りながら、法廷で新事実を展開する。しかし、感情的な空気の中で、世論は「荒唐無稽な供述を始めた」「死刑が恐くなって事実を翻した」と被告を非難、さらに、弁護団にまで、「鬼畜」「悪魔のしもべ」などとバッシングの嵐が吹き荒れる事態となる。また、「悪者を弁護する必要などない」ということを、メディアで平気で語るコメンテーターまで現れる。
私たちは、裁判とは何か、刑事事件の弁護活動とはどうあるべきか、弁護士とは、どういう職責を持つものなのかを、冷静に見ることが欠落した危険な風潮を感じた。このため多様な視点を提示するべきだと考え、弁護団会議などにカメラを入れ、取材を重ねた。差し戻し控訴審判決は、「死刑」と出た。しかし、裁判員として法廷で人を裁く立場となる私たちに「光市母子殺害事件」は、さまざまな問題を残したのではないかと考える。果たして、この番組から、何が見えてくるか…。
制作担当者のコメント … プロデューサー・阿武野勝彦
「死刑だ」「殺してしまえ」…。会ったことも、言葉を交わしたこともない被告に、なぜ、こんなに感情的になってしまうのか? 「鬼畜弁護団」「悪者を弁護するなど必要ない」…。被告の弁護士たちまでバッシングする社会のありようを、正常と言えるのか。私たちは、弁護団側から「光市母子殺害事件」を取材しました。この番組は、誰かを陥れたり、傷つけたりするためではなく、よりよい社会を作っていくために、多様なものの見方を提示することが必要だとの思いから制作しました。「情報過多」も問題ですが、「予断」や「偏見」は「情報過疎」から生まれるものです。メディアとしての役割を考えながら制作しました。すでにご覧いただいた方たちからの感想を、東海テレビのホームページに掲載しています。視聴後に、隣人の意見としてお読みください。
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<番組概要>
◆番組タイトル
第17回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『光と影〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜』
◆放送日時
2008年10月25日(土)深夜3時5分〜4時放送
◆スタッフ
プロデューサー
阿武野勝彦
ディレクター
齊藤潤一
撮影
岩井彰彦
村田敦崇
編集
山本哲二
効果
久保田吉根」
(2) 『光と影〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜』は、今年、日本民間放送連盟賞・番組部門テレビ報道番組において、最優秀賞を受賞しています。
イ:朝日新聞平成20年9月19日付朝刊37面
「文化放送の「死刑執行」最優秀作品に 民放連賞決まる
2008年9月18日
日本民間放送連盟は18日、今年の同連盟賞受賞作品を発表した。ラジオ報道番組では、死刑執行時の録音テープや元刑務官らへの取材音声などを放送した「文化放送報道スペシャル 死刑執行」(文化放送)が、最優秀作品に選ばれた。そのほかの最優秀番組は次の通り。
【テレビ】報道「光と影〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜」(東海テレビ放送)▽教養「映像’08 家族の再生〜ある児童養護施設の試み〜」(毎日放送)▽エンターテインメント「いつも心にジャグリング」(長崎放送)▽ドラマ「山田太一ドラマスペシャル 本当と嘘(うそ)とテキーラ」(テレビ東京)
【ラジオ】教養「魂の46サンチ砲〜戦艦大和に想(おも)いを乗せた男たち〜」(文化放送)▽エンターテインメント「中四国ライブネット 山口発・地球も財布もエコロジー」(山口放送)」
ロ:「番組は、「荒唐無稽」などと世論の激しいバッシングを浴びた弁護団の側から同事件を取り上げ、深く掘り下げた。裁判取材・報道のあり方にも警鐘を鳴らしている。」(日本民間放送連盟)ことから、受賞したようです。
しかし、本来は、どのテレビ局もこうした観点から取材報道していいはずであり、同様の観点による番組の中に埋もれてしまうものであるべきだったのです。『光と影〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜』のような番組がほとんどなく、最優秀賞が受賞したこと自体、裁判取材・報道のあり方の問題性の根深さを物語っているように思います。
もっとも、こうした裁判報道の問題性が解消されない原因は、裁判制度の基本的知識に欠けた市民が多数おり、そうした市民が感情的に裁判を評価し、真っ当な報道に対して非難することにあります。『光と影〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜』を見て感じてほしいことは、「メディアが一律になる恐ろしさ」(東京新聞)ばかりでなく、市民の側が、弁護人の役割など裁判制度の基本的知識を欠如しているとの認識をもつことであるように思います。
フジテレビが頑張って?放送なさったようですね。でも、ま、「ここまで」でしょうか。他局は、望むべくも無いようですね。7月21日の綿井健陽さんの集会の折の拙エントリの1部分です。↓
“私の隣に座っていらしゃったのが、東海テレビの人で「光と影」のカメラマンだった。講演の後、少しお話した。『光と影』はフジテレビ系列で再放送されるだろうとおっしゃったが、「時間帯は、午前2時とか3時とか、劣悪」であるようだ。Youtube で、1日だけ無断で流れたそうで、「止めて貰いました」とか。” http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/eb6fdcf0d309a98999acea9421f4758f
やはり「劣悪」な時間帯での放送でしたね。光市事件は大きな苦痛を当事者に伴わせながらも、報道姿勢によっては、世に多くの示唆を与える筈のものでしたが・・・。
差し戻し控訴審判決後、(第三者にすぎないのに)私は未だに虚脱感をどうにも出来ずにいます。あれほど読み込み、HPにも挙げた裁判書類ですが、読む気もしません。(弁護団のご努力が)痛ましくて、読めないのです。未だに目と耳を疑っているような感覚が持続しています。あってはならないことが起きてしまっているという・・・。
>フジテレビが頑張って?放送なさったようですね。でも、ま、「ここまで」でしょうか。他局は、望むべくも無いようですね
まずは、こうした番組を制作した、日本の報道機関があったことを高く評価したいですし、反面、こうした番組を他局では制作できなかったという報道機関の限界を嘆きたいと思います。
番組を見ていてなるほどと思ったのは、2点です。1つは、被告人の声色・調子で、この声を聞くと、被告人は相当に精神的に幼いと感じられました。そして、もう1つは、記者会見において、報道機関が被告人の供述と鑑定の内容を混同した質問をしたため、安田弁護士が困惑した表情をしていた点。被告人のことを知らずに感情的に非難し、報道機関が供述と鑑定を区別できないほど、裁判制度についての知識を欠いていたために偏向した報道へ繋がったと、理解できたように思いました。
それ以外にも、視聴者には、弁護活動とは具体的どういう活動をするものなのか、弁護人の役割は「誠実義務」を尽くすことであること、が伝わると良かったのですけど……。
>やはり「劣悪」な時間帯での放送でしたね
「FNSドキュメンタリー大賞」という番組は、元々、深夜2時半〜4時半当たりの時間帯で放映しているのですが、3時5分から放映開始ではいくらなんでも遅すぎです。いくら良い番組であっても、さすがに眠気に襲われました……。
>差し戻し控訴審判決後、(第三者にすぎないのに)私は未だに虚脱感をどうにも出来ずにいます。あれほど読み込み、HPにも挙げた裁判書類ですが、読む気もしません
>(弁護団のご努力が)痛ましくて、読めないのです。
もう一度読み直すよりも、差戻し控訴審判決の問題点はどこにあるのかについて論じた評釈を読んでみるのは如何でしょうか。
「LEX/DBインターネット TKC法律情報データベース」(http://www.tkclex.ne.jp/)の「速報判例解説」の [バックナンバー] の中に、差戻し控訴審の評釈があります(刑法 No.29 (文献番号 z18817009-00-070290231))。問題点だらけだったことがよく分かります。
問題点だらけなだけに、「弁護団のご努力」は何だったのだろうかと、余計に思いたくなるかもしれませんけれど。
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