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2008/10/19 [Sun] 23:34:03 » E d i t
国連の自由権規約委員会は10月15、16の両日、ジュネーブの国連欧州本部で、日本の人権保護状況に関する審査会合を開きました。会合では、複数の委員から日本政府に死刑制度や代用監獄制度に批判が集中しており、「月末までに公表される勧告措置を盛り込んだ同委の最終見解書では、日本に厳しい判断が下され」る見込みです(時事通信)。



1.報道記事を幾つか。

(1) 時事通信(2008/10/17-07:48)

死刑制度に不満相次ぐ=国連委の対日人権審査で

 【ジュネーブ16日時事】国連の自由権規約委員会は15、16の両日、ジュネーブの国連欧州本部で、日本の人権保護状況に関する審査会合を開いた。会合では、複数の委員から日本政府に死刑制度の廃止や刑事手続きの透明性向上を求める発言が相次いだ。月末までに公表される勧告措置を盛り込んだ同委の最終見解書では、日本に厳しい判断が下されそうだ。

 日本政府は会合で、極めて凶悪な犯罪には死刑もやむを得ないとの国内世論があることなどを踏まえ、死刑制度を存続する方針を説明。これに対し、委員の間からは「人権問題である(死刑)制度の存廃を世論調査で決めるべきではない」などと批判的な意見が続出した。(2008/10/17-07:48)」



(2) 共同通信(2008/10/17 10:05)

日本の死刑、代用監獄に批判続出 国連委、10年ぶり対日審査

 【ジュネーブ17日共同】国連のB規約(市民的および政治的権利)人権委員会による対日審査が15、16の両日、ジュネーブの国連欧州本部で行われ、法律専門家など有識者18人の委員からは、日本の死刑制度や代用監獄制度の廃止を求めるなど厳しい意見や質問が相次いだ。

 同委員会による対日審査は1998年以来、10年ぶり。

 日本政府は現行制度を維持する型通りの答弁に終始。閉幕に当たりポサダ委員長は「委員会はフラストレーションを感じたと思う。前回の政府見解から十分なフォローアップや(人権状況の)改善がなされていない」などと総括した。

 B規約委員会の審査は162の同規約の全批准国を対象に5-6年ごとに規約の順守状況をチェックする制度。今回の審査は日本政府の事前の報告書提出の遅れなどから、10年ぶりの審査となった。

2008/10/17 10:05 【共同通信】」



(3) 朝日新聞平成20年10月17日付夕刊2面

日本の死刑・代用監獄に批判相次ぐ 国連規約人権委審査
2008年10月17日10時13分

 【ジュネーブ=飯竹恒一】ジュネーブの国連欧州本部で開かれていた国連規約人権委員会の日本に対する人権状況審査は16日、2日間の日程を終えた。質疑では死刑や代用監獄制度などをめぐり、委員から「10年前(前回審査)の問題提起に十分対応していない」などといった批判が相次いだ。

 対日審査は10年ぶり。死刑制度は98年の審査で「廃止に向けた措置」の勧告を受けたが、この間、執行数は増加した。委員からは「30年も死刑囚として過ごして70代で死刑が執行された事例は理解に苦しむ」「死刑を巡っては世界的に廃止の流れがある」といった指摘が出た。日本政府は「国民世論の多数が凶悪犯罪については死刑もやむを得ないと考えている」と従来の主張を繰り返した。

 警察の留置場を拘置所代わりに使う代用監獄制度については、委員が「取り調べが長時間になる一方、弁護士との接見が限られる事態を招く」と指摘。日本政府は「廃止すれば、日本の刑事司法制度の利点の基盤が損なわれる」と答えた。

 委員会は、今回の質疑を踏まえて、勧告を含む「最終見解」を月末までにまとめるが、日本に厳しい指摘が盛り込まれる可能性がある。」




(4) 毎日新聞 2008年10月17日 西部朝刊

死刑廃止:「勧告は…」国連人権委が日本批判

 【ジュネーブ澤田克己】日本の人権保障状況を審査する国連の「規約人権委員会」の対日審査が15、16の両日、ジュネーブの国連欧州本部で98年以来10年ぶりに行われ、法曹出身や研究者らで構成される委員から、日本の死刑制度や代用監獄制度に批判が集中した。

 委員たちは前回審査で「死刑廃止に向けた措置を取るべきだ」と勧告したのに、対応が取られてこなかったと不満を表明。「世論の支持」を死刑存続の理由に挙げる日本政府に、「この問題では、政府が世論をリードすべきだ」と指摘した。

 代用監獄制度についても懸念が表明され、自白の強要を防ぐため、取り調べ段階での弁護士立ち会いや録画の重要性を強調した。

 政府から独立した人権機関がない▽女性だけに離婚後の再婚禁止期間があるなどの民法上の男女差別▽在日韓国・朝鮮人やアイヌ民族の教育権▽従軍慰安婦問題に関与した個人の法的責任追及や被害者への補償--なども取り上げられた。

毎日新聞 2008年10月17日 西部朝刊」



(5) NHKニュース(10月17日 6時34分)

国連 日本の死刑制度に批判

 各国の人権の状況を審査する国連の委員会で日本の死刑制度について取り上げられ、日本政府が「厳格な手続きを経ている」として理解を求めたのに対し、委員の間からは「死刑によって重大な犯罪を抑えることができるのか」などといった批判的な意見が相次ぎました。

 スイスのジュネーブにある国連の自由権規約委員会は、国際人権規約に基づいて各国の人権の状況について審査しており、16日までの2日間日本の実情について取り上げました。このうち、委員会が10年前日本政府に廃止に向けた措置をとるよう勧告した死刑制度をめぐっては、外務省の上田秀明人権人道担当大使が「日本では厳格な手続きを経たうえで最も重大な犯罪に死刑判決を出している。国民世論の多数も、きわめて凶悪な犯罪には死刑もやむをえないと考えている」と述べ、理解を求めました。

 これに対して、17人いる委員の間からは「死刑によって重大な犯罪を抑えることができるのか」とか「世論を理由にして死刑を正当化するのは問題だ」などといった批判的な意見が相次ぎました。

 死刑制度をめぐっては、人権団体などが、世界的に廃止の動きが広がっているなかで日本ではむしろ死刑執行のペースが早まる傾向にあると批判しています。委員会では、死刑制度を含む日本の人権状況について、今月末に見解を取りまとめることにしています。」





2.幾つかの点に触れていきます。

(1) 日本政府への批判が続出したようですので、その批判を集めておきます。

「・委員の間からは「人権問題である(死刑)制度の存廃を世論調査で決めるべきではない」などと批判的な意見が続出した。
・日本政府は現行制度を維持する型通りの答弁に終始。閉幕に当たりポサダ委員長は「委員会はフラストレーションを感じたと思う。前回の政府見解から十分なフォローアップや(人権状況の)改善がなされていない」などと総括した。
・死刑制度は98年の審査で「廃止に向けた措置」の勧告を受けたが、この間、執行数は増加した。委員からは「30年も死刑囚として過ごして70代で死刑が執行された事例は理解に苦しむ」「死刑を巡っては世界的に廃止の流れがある」といった指摘が出た。
・警察の留置場を拘置所代わりに使う代用監獄制度については、委員が「取り調べが長時間になる一方、弁護士との接見が限られる事態を招く」と指摘。
・委員たちは前回審査で「死刑廃止に向けた措置を取るべきだ」と勧告したのに、対応が取られてこなかったと不満を表明。
・「世論の支持」を死刑存続の理由に挙げる日本政府に、「この問題では、政府が世論をリードすべきだ」と指摘した。
・17人いる委員の間からは「死刑によって重大な犯罪を抑えることができるのか」とか「世論を理由にして死刑を正当化するのは問題だ」などといった批判的な意見が相次ぎました。」


「日本政府は現行制度を維持する型通りの答弁に終始」したようですから、こんなことでは、国連規約人権委員会に対して、理解を求めることは困難です。批判が続出したのも当然です。外務省及び法務省の官僚は、あまりにも先を見通す能力・説明する能力がないようです。

ポサダ委員長から「前回の政府見解から十分なフォローアップや(人権状況の)改善がなされていない」とまで言われてしまっているのです。



(2) 死刑制度や代用監獄以外にも、問題とされたようです。

 「政府から独立した人権機関がない▽女性だけに離婚後の再婚禁止期間があるなどの民法上の男女差別▽在日韓国・朝鮮人やアイヌ民族の教育権▽従軍慰安婦問題に関与した個人の法的責任追及や被害者への補償--なども取り上げられた。」(毎日新聞)


いずれも問題視されているのに解決できていない問題ですから、日本政府は、説得力のある説明ができていないはずです。

例えば、アイヌ民族問題では、政府は6月、アイヌを「先住民族と認識する」との官房長官談話を発表してはいるものの、アイヌ民族に対する差別が今も続いているのであり、「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」が、「おためごかし」ような視察を行って見せている程度なのです。差別問題も教育問題もこれから対応しようとしているのです。

  イ:asahi.com:マイタウン・北海道(2008年10月15日)

アイヌ政策有識者懇 道内視察し意見交換
2008年10月15日

 アイヌ民族の権利回復を議論する「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」(=座長・佐藤幸治京大名誉教授)のメンバーが13~15日、道内のアイヌ民族の現状を把握するために視察に訪れている。メンバーは14日、アイヌ人骨が保管されている北大アイヌ納骨堂や北海道開拓記念館を見学し、胆振支庁白老町に移動。アイヌの人たちとの意見交換では、差別のない社会の実現を求める声が出た。

 有識者懇がまとまってアイヌ民族の意見を聞くのは初めて。8月の初会合で、メンバーの北海道ウタリ協会理事長の加藤忠氏から「ぜひアイヌ民族の声を聞いて欲しい」と要望が出た。アイヌ民族の生活状況や教育環境を見聞きし、議論のたたき台とする狙いだ。

 白老町高砂町2丁目の「白老生活館」で開かれた意見交換では、アイヌ文様の衣装をまとった地元のアイヌ民族13人が出席。有識者懇からは佐藤座長や高橋はるみ知事、加藤氏らが出席した。

 佐藤座長は「来年8月に報告書をまとめる。思いや考えを伝えてほしい」とあいさつ。意見交換は非公開だったが、出席者は学校や就職で受けた差別の経験を思い思いに伝えたという。「アイヌ民族について学ぶ教育の機会を充実させてほしい」「国内で民族を意識できる場が欲しい」などの意見が出た。メンバーは、アイヌ民族が多く住む地域でも差別があった現実に驚いていたという。出席したウタリ協会白老支部の田村文一さん(70)は「一歩前進だ。これからの若い人のためにも、一番の願望は、差別のない平等な社会が実現することだ」と話した。」


  ロ:毎日新聞 2008年10月10日 東京朝刊

 「記者の目:今も続くアイヌ差別、国は反省せよ=金子淳(北海道報道部苫小牧)

 私が担当する北海道南部の日高地方には多くのアイヌ民族が暮らしている。北海道庁の06年調査では道内に2万3782人おり、その約3割が日高在住だ。彼らと触れ合う中で痛感するのは、差別が今も続いているという厳然たる事実だ。

 中学に通う女の子は小学生の時、教室でクラスメートから辞書の「アイヌ」の項目を無理やり見せられ、ペンやノートを汚いものをつまむような手つきで持たれたりした。同級生の一人が親から「アイヌは汚い」と聞かされたのが、いじめのきっかけだったという。70代の男性は最近、友人が陰で自分のことを「あいつはアイヌだから」と話すのを聞いたと明かした。差別の話になると、急に口数が少なくなる人もいれば、自らの体験を涙を浮かべて語る人もいた。

 深刻なのは、こうした差別が生活格差に直結している点だ。道庁によると、アイヌ民族の生活保護受給率は3・8%で、アイヌ民族以外の1・6倍。大学進学率に至っては半分以下の17・4%にとどまっている(いずれも06年)。この数字からは、教育や就職、結婚などで受けた差別が結果として生活苦につながり、次の世代も貧困から抜け出せないという“負のスパイラル”が見え隠れする。

 かつて国のアイヌ民族政策は北海道開発の名の下に行われてきた。彼らの土地は国有化され、伝統的な生活の手立てである漁業や狩猟の権利は奪われた。アイヌ文化は否定され、「日本人」との同化政策が進められた。その象徴が1899(明治32)年施行の北海道旧土人保護法だ。97年、アイヌ民族初の国会議員、萱野(かやの)茂さん(故人)らの尽力によって1世紀ぶりに廃止されたが、代わりにできたアイヌ新法は先住民族の認定を避け、内容は「文化振興」に限定された。アイヌ文化の理解促進はある程度進んだものの、萱野さんの次男志朗さん(50)=萱野茂二風谷(にぶたに)アイヌ資料館館長=は「生活の向上には直接、結びつかなかった」と言う。

 アイヌ民族の多くが今も貧窮している背景には国の差別的な政策があり、現在の格差社会問題とは事情が異なる。道庁は独自の奨学金制度などを設けているが、「本来は国がやるべきことを地元がやっている」(志朗さん)に過ぎない。アイヌ民族の苦しみを「地方の問題」として片づけてきたのが、今までの国の姿勢だったと言える。

 有識者懇は来夏にも報告書を出し、国はそれを基に新たな支援策を検討する予定だ。有識者懇のメンバーには地元から高橋はるみ北海道知事やアイヌ民族でつくる北海道ウタリ協会の加藤忠理事長(69)が選ばれ、加藤理事長は9月17日の第2回会合で「教育の充実」など生活支援に向けた現実的な要求を掲げた。今後は土地や資源の返還・補償といった先住権の中身が議題に上る可能性があり、国としても簡単に妥協できない場面が出てくるかもしれない。しかし国はまず過去の政策を反省し、アイヌ民族の主張に耳を傾けることから始めるべきだろう。」




(3) 国連の「規約人権委員会」では、当然予想できるような日本政府の主張を行い、そのため、当然予想されたような批判を受けています。

 「日本政府は会合で、極めて凶悪な犯罪には死刑もやむを得ないとの国内世論があることなどを踏まえ、死刑制度を存続する方針を説明。これに対し、委員の間からは「人権問題である(死刑)制度の存廃を世論調査で決めるべきではない」などと批判的な意見が続出した。」(時事通信)


日本政府は「国民世論の多数が凶悪犯罪については死刑もやむを得ないと考えている」と従来の主張を繰り返したのですが、本当に、そうした論理が、国連の人権規約委員会の場で通用すると思っていたのでしょうか? 

  イ:日本政府は、いつもの日本流の存置論(世論調査では「存置」が常に多数であり、世論が支持している以上、死刑は必要である)を主張したようですが、結局は、「死刑を執行される側という少数者の人権の問題について、多数派の意見を重視するのは誤りである」という反論を受けています。

国民世論の多数が死刑制度を支持しているといっても、その世論調査が基になっているわけです。しかし、世論調査は一般的には考慮に値するものとはいえますが、国民投票という形で国民の意思を示したわけではないのですから、大まかなものでしかありません。特に、死刑制度という命を奪う制度の是非について、多数の市民の意思で決定することを公言することは、それこそ「私刑」を公言して実施するのと変わりません。

欧州での死刑廃止をした国のほとんどは、廃止直前の状況は6対4くらいで存置が強くても、それを政治家が押し切って廃止してきたのです(「対談 刑事司法の死の淵から」(安田好弘弁護士、作家・森達也氏)現代思想2008年10月号54頁〔作家・森達也氏の発言〕)。これが欧州の常識なのですから、「規約人権委員会」の委員から「この問題では、政府が世論をリードすべきだ」と反論を受けるのは当然なのです。


  ロ:日本政府の主張は、「国民の多数が死刑制度を維持したいと考えていることから、その市民の意思を尊重している、すなわち、市民の意思を尊重するのが民主主義であり、死刑制度の是非も民主主義を優先する、という善意に解釈も可能です。

では、国民の多数が死刑制度を維持したいというとき、それを廃止することは民主主義に反してできないのでしょうか? これは人権と民主主義の優劣の問題ですが、この点につき、次の記述を引用しておきます。

 「みんなこう思うからということよりも人権は大切です。つまり、民主主義で決めたことよりも人権のほうが優越するということです。一人ひとりの自由と平等があって初めて民主主義が成り立つ前提が形づくられるわけですから、民主主義で自由や平等を奪ってしまうことは間違っています。」(植村勝慶ほか『現代憲法入門(新訂版)』(一橋出版、2004年)20頁)


民主主義よりも人権の方が優先する――。

これが人権と民主主義の関係であって、しかも、人の命を奪うという刑罰は、生きることを本質的前提とする人間にとっては過酷であり、人間の尊厳の根本的否定ですから、死刑制度は、人権、特に人間の尊厳を保障する憲法と相容れない性質の制度です。このように理解されているからこそ、「死刑の存続を求める国民感情があるとはいえ、死刑は人権問題であるので国民の多数の支持によっては正当化されない」(戸波『憲法(新版)』(ぎょうせい、平成10年)333頁)のです。




<10月23日追記>

自由権規約委員会の審査と関連があるのか不明ですが、国連の報告書がでているので、時事通信(2008/10/18-16:21)の記事を引用しておきます。

死刑廃止は「確かな潮流」=国連報告

 【ニューヨーク18日時事】国連は18日までに、「死刑廃止に向けた確かで長期的な潮流が続いている」との認識を示した報告書をまとめた。日本に関しては、事前に執行が通知されず、死刑囚は量刑に疑義を呈する機会を奪われているなどとする日本弁護士連合会の意見を紹介した。
 報告書は8月15日付。大部分は国連に情報提供した55カ国の政府や日弁連、米欧人権団体などの見解の引用だが、死刑制度を維持する各国では執行に当たり、「死刑囚の権利を保護する規範」があることが重要だと指摘した。死刑を維持する日米中各国政府などは情報を提供せず、その見解は盛り込まれていない。(2008/10/18-16:21)」



テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済

コメント
この記事へのコメント
>・委員の間からは「人権問題である(死刑)制度の存廃を世論調査で決めるべきではない」などと批判的な意見が続出した。

そう、国際世論で決めるべきではない。


>民主主義よりも人権の方が優先する――。

で、誰が決めるのかな?白人様?俺様が決めるってわけ?

リーダーシップの欠如を民主主義の責任にすべきではない。それは世論を死刑廃止に導けられない、廃止論者の責任が大だろう。廃止論者は大いに反省して欲しい。
2008/10/20 Mon 10:18:30
URL | YO!! #-[ 編集 ]
はてさて...
>YO!!さん

もしもーーし。このエントリーのお題「国連「自由権規約委員会」の対日人権審査」っては、「国際世論」の問題じゃないです...

# mixiでは、この記事について、かなりの人が「内政干渉」だ!って日記に書かれていましたけど、なんだかねぇw

「主に社会問題について法律的に考えてみる」ことが真骨頂のこのブログでは、単なる「感想」(意見ではないことに注意!)ですよ、あなたのは。

すくなくとも、書き込む前に調べましょうよ。ネットでも有用な情報はありますよ。

ほい! とりあえず、ここ↓
国際人権規約@外務省
http://www.mofa.go.jp/Mofaj/Gaiko/kiyaku/index.html

刑訴法で春霞さんと「法律論」を闘わせるくらいですから、日本国憲法 第61条、第73条2号・3号、第98条2項等々、の規定は知らないはずはないですよね?

# 刑訴法313条1項について、手持ちの貧弱な文献では、>>おそらく「論点」にもならないらしく<<、腑に落ちる説明がなされていなかったので、図書館で調べたり、考えたりするきっかけとなったので、個人的には勉強になりましたけどネ。ちなみに、データベースの第一法規・D1-LAWでは、件の事例に当てはまるような判例は見つかりませんでした、また、春霞さんがおっしゃっているように、各種コンメンタール(ex.大コンメンタール刑事訴訟法)や論文にも、ことさら取り上げるべき「論点」になるような説明はありませんでした。←スレ違いで失礼しました。

閑話休題。話の種に、下の文献でも読んでみて下さいよ。

徳川信治 「自由権規約六条と死刑問題 (一)」 立命館法學 1995(1),67-96、同左「自由権規約六条と死刑問題 (二・完)」 立命館法學 1995(2),109-151
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/95-1/tokugawa.htm
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/95-2/tokugawa.htm

>で、誰が決めるのかな?白人様?俺様が決めるってわけ?

そもそも、世界のそこかしらは、理想はいざ知らず、大なり小なり「多文化主義・多言語主義」。欧米=白人様って、何時の時代のことかな~?w そんな「白豪主義」を国是にしている国って今時どこにありますかぁ??

んでもって、現在の国連「自由権規約委員会」の委員国一覧:Colombia(廃), Sweden(廃), Australia(廃), Egypt(存), Tunisia(廃), France(廃), India(存), Benin(事), Ecuador(廃), Switzerland(廃), Mauritius(事), Ireland(廃), United Kingdom(廃), United States of America,(存) Japan(存), South Africa(廃), Romania(廃), Peru(廃*)

(廃)=全面的に廃止した国、(廃*)=通常犯罪のみ廃止した国、(事)=事実上の廃止国、(存)=存置国。ただし、アメリカ合州国は、14の州と特別自治区は廃止。存置州・管轄のうちカンザス、ニュー・ハンプシャー、米軍は1976年以来死刑の執行なし。

わかりやすくいうと基督教=「白人様」ですね!あなたにとって。以下のデータをどうとらえますか↓(もし、旧宗主国の圧力から死刑を廃止したんだ!って主張なさるなら、根拠となる文献を明示して下さい)。

<<死刑を法律上、事実上廃止した>>、ムスリムが人口比率で一番多い国。( )内は国内のムスリム=イスラム教徒の比率。

CIA World Fact Bookより
https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/

アルバニア(70%)、アゼルバイジャン(96.7%)、ボスニア・ヘルツェゴビナ(40%)、コートジボアール(35-40%)、ジブチ(94%)、セネガル(94%)、トルコ(99.8%)、トルクメニスタン(89%)、ウズベキスタン(88%)、キルギスタン(75%)、ブルネイ・ダルサラーム(67%)、ブルキナファソ(50%)、エリトリア(多数)、ガンビア(90%)、モルディブ(多数)、マリ(90%)、モーリタニア(100%)、モロッコ(98.7%)、ニジェール(80%)、タンザニア(首都ではムスリム100%、全土では35%で相対多数)、チュニジア(98%)

お邪魔さまでした (*´▽`)ノシ
2008/10/21 Tue 03:29:40
URL | Zizou #-[ 編集 ]
やれやれ
Zizouさん

>「主に社会問題について法律的に考えてみる」ことが真骨頂のこのブログでは、単なる「感想」(意見ではないことに注意!)ですよ、あなたのは。


私の問いは簡単です。
誰が決めるの?
ですよ。

法律論とやらでいえば、国会で刑法を改正するしかないのでしょうね。

法律論を戦わせるといっている割には、私のレスの主題と話がずれていますね。

それとも現行法を改正せず死刑廃止できるという法律論をお持ちなのでしょうか。

であれば、それを開示するのが、貴方自身が仰ったこのプログの真骨頂に相応しいかと思いますが。
2008/10/21 Tue 09:43:15
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/10/20 Mon 10:18:30
コメントありがとうございます。


>・委員の間からは「人権問題である(死刑)制度の存廃を世論調査で決めるべきではない」などと批判的な意見が続出した。
>そう、国際世論で決めるべきではない

Zizou さんが述べているように、「国際世論」の話ではありません。日本は自由権規約を批准しており、自由権規約委員会は、162の同規約の全批准国を対象に5-6年ごとに規約の順守状況をチェックしているのです。

要するに、日本は、自由権規約を批准しているのに遵守していないから審査の場で非難されているのに、日本政府は「世論調査だと~」と法的にまるで反論にならない主張をしているという愚かしい態度をとっているのです。条約の遵守をしていなければ非難を受けるのは、当然のことです。YO!!さんは、この問題も法律論であることが分かっていなかったのですか?  


>リーダーシップの欠如を民主主義の責任にすべきではない。それは世論を死刑廃止に導けられない、廃止論者の責任が大だろう。廃止論者は大いに反省して欲しい

死刑問題について、誰も「世論を死刑廃止に導」く義務を負っているわけではありません。死刑問題に限らず、どんな問題であっても、自分自身で調べ、十分に考え、判断するものです。特に死刑制度の是非は、人権問題・憲法問題なのですから、なおさら国民が自ら知る努力が求められます。

「廃止論者の責任が大」とか、「廃止論者は大いに反省して欲しい」だなんて、それではまるで「教えて君」です。「教えて」くれないから、「教えていない方に責任がある」とか、「教えて」くれないから「教えていない方が反省しろ」だなんて、YO!!さんの考えは根本的に幼稚です。
2008/10/22 Wed 23:43:06
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>Zizouさん:2008/10/21 Tue 03:29:40
お久しぶりです。コメントありがとうございます。
代わりに答えて下さってありがとうございます。


>mixiでは、この記事について、かなりの人が「内政干渉」だ!って日記に書かれていましたけど、なんだかねぇ

えー、内政干渉!? 

共同通信には、「B規約委員会の審査は162の同規約の全批准国を対象に5-6年ごとに規約の順守状況をチェックする制度」と書いていますから、分かっていいはずなんですけどね。

日本が自由人権規約を批准したからこそ、審査を受けていることぐらい、分かっていいはずなんですが。よほど調べる能力がなくなったのか、それとも、考える力が著しく低下したのか……。


>刑訴法313条1項について、手持ちの貧弱な文献では、>>おそらく「論点」にもならないらしく<<、腑に落ちる説明がなされていなかったので、図書館で調べたり、考えたりするきっかけとなったので、個人的には勉強になりましたけどネ

刑法や刑訴法は、元々、全体的に色々調べてはいるのですが、刑訴法313条1項についてこれほど熱心に調べたのは初めてでした。これはこれで貴重な体験でした。


>ちなみに、データベースの第一法規・D1-LAWでは、件の事例に当てはまるような判例は見つかりませんでした、また、春霞さんがおっしゃっているように、各種コンメンタール(ex.大コンメンタール刑事訴訟法)や論文にも、ことさら取り上げるべき「論点」になるような説明はありませんでした

調べて下さってありがとうございます。

今まで数ヶ月・数年にわたって公判を開いており、弁論が終結してしまったのですから、裁判官としてはすでに心証形成しているわけです。ですから、必要があって弁論を再開するべき事態はあるとしても、一般的には、終結した弁論を一度再開したところで、劇的に変わるという事態になることは考えにくいのです。ですから、刑訴法313条1項の弁論の再開については、ことさら取り上げるべき「論点」もないということなのだろうと、思っています。
2008/10/23 Thu 00:19:55
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>Zizou さんが述べているように、「国際世論」の話ではありません。

私は以下のとおり述べてます。

>>
>・委員の間からは「人権問題である(死刑)制度の存廃を世論調査で決めるべきではない」などと批判的な意見が続出した。

そう、国際世論で決めるべきではない。
>>

委員の「世論調査で決めるべきではない」を受けてのコメントですよ。それを国際世論まで拡張したものですが。国際世論の問題ではないという貴方の主張については特に疑義はありません。国際世論の問題ではないなら、国際世論で決めるべきではない、というのは、当然に導かれる考えといえますが。


>要するに、日本は、自由権規約を批准しているのに遵守していないから審査の場で非難されているのに、日本政府は「世論調査だと~」と法的にまるで反論にならない主張をしているという愚かしい態度をとっているのです。条約の遵守をしていなければ非難を受けるのは、当然のことです。YO!!さんは、この問題も法律論であることが分かっていなかったのですか? 

貴方は単に愚かしい態度を咎めているだけということでしょうか。私のコメントのどこからそんな話がでてくるのか疑問です。が、特に法律論を意識していないのは確かです。ていうか、死刑は憲法違反ではないのでしょう?そして通説では憲法は条約よりも優先されるとのことですが。死刑廃止は法律論ではなく、政治論?政策論の問題かと思いますが。


>死刑問題について、誰も「世論を死刑廃止に導」く義務を負っているわけではありません。

つまり、死刑廃止論者といえども、死刑廃止に導く義務はないとのお話でしょうか?
で、日本政府についてはどうでしょうか?政府にも死刑廃止義務はないということでしょうか


>死刑問題に限らず、どんな問題であっても、自分自身で調べ、十分に考え、判断するものです。特に死刑制度の是非は、人権問題・憲法問題なのですから、なおさら国民が自ら知る努力が求められます。

これに対して特に違和感はありませんが、いろいろな問題が山積みになっていて、いろいろと他にもやるべきことは多いのですよ。
でも、裁判員制度が導入されてくれば多くの国民も死刑を身近な問題と捉え、自ら知る努力を果たそうとするでしょう。


>「廃止論者の責任が大」とか、「廃止論者は大いに反省して欲しい」だなんて、それではまるで「教えて君」です。

いったい、私が何を教えてくれといったのでしょうか?誰が決めるかってことですか?↓
>>
私の問いは簡単です。
誰が決めるの?
ですよ。
>>

確かに誰からもお答えは頂いておりませんが、別に責任があるとは何も言ってませんが。
それに答えは、察しのとおり、世論が決めるということでしょうか。そうなると。国際世論のもんだいではなく国内世論の問題となるでしょうか。

>「教えて」くれないから、「教えていない方に責任がある」とか、「教えて」くれないから「教えていない方が反省しろ」だなんて、YO!!さんの考えは根本的に幼稚です。

私は別に死刑廃止運動をしてくれと頼んだ覚えはありませんが。
そもそもわが国の体制では法改正しないと死刑廃止はできないと考えます。もっとも、検察が死刑を休憩しないとか、法務大臣が死刑を執行しないとか、恩赦で減刑にするとかはあり得ますが。
そうなると、死刑廃止に導くには死刑存置の根強い思考を有する世論を教導することが必要不可欠になるかと。国民に死刑廃止の意義を教え、世論を導くことをしないと永久に法改正はできないかと思います。
無論、死刑廃止論は、ただの法律論であり、それゆえ、死刑廃止の実行自体は目的ではないというのであれば、死刑廃止論の責任を問うた私の行き過ぎでしょう。

ところで、貴方の主張から敷衍すると、死刑廃止も、政治家任せ、政府任せはダメということになるのでしょうか。
2008/10/23 Thu 10:36:41
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/10/23 Thu 10:36:41
議論がずれているので、もう一度コメントしておきます。


>リーダーシップの欠如を民主主義の責任にすべきではない。それは世論を死刑廃止に導けられない、廃止論者の責任が大だろう。廃止論者は大いに反省して欲しい。 (2008/10/20 Mon 10:18:30のYO!!さんのコメント)

死刑問題に限らず、どんな社会問題であっても、自分自身で調べ、十分に考え、判断するものです。特に死刑制度の是非は、人権問題・憲法問題なのですから、なおさら国民が自ら知る努力が求められます。裁判員制度が実施されれば、自ら「人殺し」という刑罰を決定することになり、一生、その「人殺し」という責任を自ら背負っていくのであって、他人の責任に押し付けようがないのです。 冤罪で死刑執行されれば、間違って「人殺し」をしたという汚名を一生背負っていくことになるのであり、他人にその汚名を押し付けようがないのです。

このように、自分で考え判断すべき問題であるのに、「廃止論者の責任が大」とすることは、自ら負うべき責任を他人に押し付けるものであって、実に無責任としか言いようがありません。

また、自分で考え判断すべき問題であるのに、「廃止論者は大いに反省」などとして、他人に反省を求めるなんて、実に身勝手極まりない考えです。自分自身が反省するべきことなのに、なぜ他人である廃止論者が反省すべきことになってしまうのか、実に呆れた責任転嫁の考えです。

このように、YO!!さんの考えは、実に身勝手で無責任すぎるものであり、呆れた責任転嫁の考えであるために、YO!!さんの考えはあまりも幼稚であって、だからこそ「根本的に幼稚だ」と断じているのです。

YO!!さんは、廃止論者に責任があり、廃止論者が反省するべきだというのですから、その「廃止論者に責任を押し付ける法的根拠」「廃止論者に責任転嫁する法的根拠」をまず示しなさい。
2008/10/25 Sat 17:33:09
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>死刑問題に限らず、どんな社会問題であっても、自分自身で調べ、十分に考え、判断するものです。特に死刑制度の是非は、人権問題・憲法問題なのですから、なおさら国民が自ら知る努力が求められます。


論点が見事にずれてますよ。私は死刑問題について問うていません。私が問題にしているのは廃止論者の責任です。それを間違えないように。

>呆れた責任転嫁の考えであるために、YO!!さんの考えはあまりも幼稚であって、だからこそ「根本的に幼稚だ」と断じているのです。

廃止論者でもない人間に世論を死刑廃止に導く責任はありませんが。そもそも責任がない以上、責任転換の概念は生じません。責任転嫁しているのは貴方の方ですよ。


>YO!!さんは、廃止論者に責任があり、廃止論者が反省するべきだというのですから、その「廃止論者に責任を押し付ける法的根拠」「廃止論者に責任転嫁する法的根拠」をまず示しなさい。

法的根拠で廃止論者に責任があるとはいってませんが。廃止論者は死刑廃止をもとめているのだから、そのために果たす責務があるのは当然と思いますが。
それとも廃止論者は死刑が廃止されることに責任を持っていない、というのが貴方の主張と理解してよろしいですね。
そうであれば死刑廃止論を唱えることのどこに意味があるのでしょうか。疑問ですね。
2008/10/26 Sun 11:00:43
URL | YO!! #-[ 編集 ]
(「月末までに公表される勧告措置を盛り込んだ同委の最終見解書では、日本に厳しい判断が下され」る見込みです)
どのような判断が出るか興味ありますね。
委員国の中でも廃止してない国もあるのにどのような拘束力があるんでしょうね。チベット問題等、緊急な課題があるでしょうに。

現実的には刑法を変えるしかないでしょう。死刑を是認した法律を残したまま運用で執行を行わないとの意見もあるようですがどうかな?これを許したら時の政府が法律があるのに自己の都合の悪いものは適用しない。これが是認されたら問題ですね。
2008/10/27 Mon 10:42:33
URL | 考える人 #-[ 編集 ]
「人殺し」をしたという汚名
世論は死刑を望んでいる。非道な犯罪者には死をもって報いるのみ。それが我らの罪ならば、我らはそれを背負う。死刑執行が十字架ならば、私たち日本人はそれを背負う。それだけのことです。

あなたはそれを背負いたくはない。よろしい。ならば日本から出て行けばいい。世界の大勢は死刑廃止国なのだから、行き先に困ることはないでしょう。
2008/10/29 Wed 17:14:18
URL | KY #OARS9n6I[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/10/26 Sun 11:00:43
コメントありがとう。


>>死刑問題に限らず、どんな社会問題であっても、自分自身で調べ、十分に考え、判断するものです。特に死刑制度の是非は、人権問題・憲法問題なのですから、なおさら国民が自ら知る努力が求められます。
>論点が見事にずれてますよ。私は死刑問題について問うていません。私が問題にしているのは廃止論者の責任です。それを間違えないように。

YO!!さんは読み間違いをしています。
「世論を死刑廃止に導けられない、廃止論者の責任が大だろう。廃止論者は大いに反省して欲しい」というYO!!さんの主張が幼稚であることの理由を述べたのです。


>>呆れた責任転嫁の考えであるために、YO!!さんの考えはあまりも幼稚であって、だからこそ「根本的に幼稚だ」と断じているのです。
>廃止論者でもない人間に世論を死刑廃止に導く責任はありませんが。

「死刑存置論者に世論を死刑廃止に導け」と書いたのではなく、「世論を死刑廃止に導けられない、廃止論者の責任が大だろう。廃止論者は大いに反省して欲しい」というYO!!さんの主張が幼稚であることの説明をしただけです。


>法的根拠で廃止論者に責任があるとはいってませんが。廃止論者は死刑廃止をもとめているのだから、そのために果たす責務があるのは当然と思いますが。

「法的責任」でないのだとしたら、いかなる性質の責任ですか? 法的でない責任が発生するのだとすれば、その責任の主体(日本人のみか、廃止論者すべてか)・責任の範囲(何割まで廃止論に世論が傾くことまで負うのか)・時期的限界は? それらを決めることができるとしても、客観的な基準はあるのですか? 思いつきで「責任がある」と書くのは止めるべきです。


>廃止論者は死刑廃止をもとめているのだから、そのために果たす責務があるのは当然と思いますが。

その理屈からすると、「死刑存置論者は、死刑存続を求めているのだから、そのために果たす責務があるのは当然」となります。それでいいのですか?

また、死刑制度の是非を論じる場合、存置か廃止かのどちらかなのですから、およそすべての人(「責任の主体」にもよりますが)が責務を負うことになります。それでもいいのですか?
2008/10/29 Wed 22:25:56
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>考える人さん:2008/10/27 Mon 10:42:33(条文引用を修正しました)
コメントありがとうございます。


>(「月末までに公表される勧告措置を盛り込んだ同委の最終見解書では、日本に厳しい判断が下され」る見込みです)
>どのような判断が出るか興味ありますね。

法務省は10月28日に死刑執行しました。自由権規約委員会に敵対する意図があるとさえ、いえるのですから、より厳しい非難が下されるでしょうね。


>委員国の中でも廃止してない国もあるのにどのような拘束力があるんでしょうね。

Zizouさんのコメントから引用しておきます。

「現在の国連「自由権規約委員会」の委員国一覧:Colombia(廃), Sweden(廃), Australia(廃), Egypt(存), Tunisia(廃), France(廃), India(存), Benin(事), Ecuador(廃), Switzerland(廃), Mauritius(事), Ireland(廃), United Kingdom(廃), United States of America,(存) Japan(存), South Africa(廃), Romania(廃), Peru(廃*)

(廃)=全面的に廃止した国、(廃*)=通常犯罪のみ廃止した国、(事)=事実上の廃止国、(存)=存置国。ただし、アメリカ合州国は、14の州と特別自治区は廃止。存置州・管轄のうちカンザス、ニュー・ハンプシャー、米軍は1976年以来死刑の執行なし。」

委員18ヶ国中は存置国は4ヶ国ですね。このうち、インドでは、「過去10年間で死刑が執行されたのは1人だけ」(デビッド・ジョンソン・ハワイ大教授(社会学)による。朝日新聞平成20年6月20日付14面「私の視点」)です。インド最高裁は、死刑は極端に例外的な事件のみ適用すべきであるとしており、恩赦が適用されるためだそうです。また、米国の死刑判決と執行は、90年代後半をピークに減り続けているとのことです。エジプトは正確には分かりませんが、執行が多い国としては上がっていません。そうなると、日本だけが、抑制させることなく異常なほど死刑を執行していることになります。

自由権規約は、「即時的に死刑廃止が締結国に対して義務づけている訳ではないが、確実に廃止に向かうための措置を締結国に要請」(徳川信治「自由権規約6条と死刑問題」立命館法学1995年第1号(239号))しています。そして、日本は、自由権規約を批准している以上、(それ自体には法的拘束力はなくても)委員会の勧告を尊重することが求められます。


>チベット問題等、緊急な課題があるでしょうに。

自由権規約委員会は、日本の審査をしているのですから、チベット問題は関係ありません。


>現実的には刑法を変えるしかないでしょう。死刑を是認した法律を残したまま運用で執行を行わないとの意見もあるようですがどうかな?

死刑の執行停止ですね。日弁連は、死刑の規定の削除とは関係なく、「死刑の執行停止」をする立法を行うべきと主張していますが、立法による方が明確ですね。

ただ、刑訴法第475条〔死刑執行の命令〕は、1項で「死刑の執行は、法務大臣の命令による」とし、2項で「前項の命令は、判決確定の日から6箇月以内にこれをしなければならない。但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であつた者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない」と定めています。

この刑事訴訟法475条の趣旨は、死刑が人の命を奪う極刑であって、一旦執行されると回復が不可能であることから、その執行手続を特に慎重にすることにあります。そうすると、現実に死刑再審事件が幾つもあることを考慮すれば、法務大臣が、執行命令を行うかどうかについて6ヶ月を大幅に超えてでも慎重に判断することは、むしろ475条の趣旨にかなうものです。

(1)こうした475条の趣旨、(2)死刑制度は人権思想にそぐわず、死刑制度は廃止した方が憲法適合性があるといえるのですし、(3)死刑執行の一時停止を求める国連決議もある、という3つの法的根拠があるので、事実上、死刑執行を停止することは、法律上、十分に可能だと思います。


>これを許したら時の政府が法律があるのに自己の都合の悪いものは適用しない。これが是認されたら問題ですね。

死刑の一時停止については、上記の(1)~(3)の法的根拠があるので、問題ありません。

死刑の一時停止を行ったからといって、すべての問題について「時の政府が法律があるのに自己の都合の悪いものは適用しない」となるわけではありません。他の問題には、(1)~(3)のような法的根拠はないのですから。

法律論は、事例ごとの個別事情に応じて判断するものです。法律論では、それが普通です。ですから、「これを許したら」すべての問題について「時の政府が法律があるのに自己の都合の悪いものは適用しない」ということになる、という考えは、非常に無理があります。
2008/10/29 Wed 22:32:02
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>KYさん:2008/10/29 Wed 17:14:18
はじめまして、コメントありがとうございます。
「村野瀬玲奈の秘書課広報室」さんで、お名前をお見かけしますが、わざわざこちらまで。お疲れ様です。


>世論は死刑を望んでいる。非道な犯罪者には死をもって報いるのみ。

世論という不安定な多数の意思で人の命を奪うのですから、それではまるで「私刑(リンチ」を肯定するかのようです。


>「人殺し」をしたという汚名
>それが我らの罪ならば、我らはそれを背負う。死刑執行が十字架ならば、私たち日本人はそれを背負う。それだけのことです。

裁判員制度実施後、冤罪で死刑執行されれば、裁判員は、間違って「人殺し」をしたという汚名を一生背負っていくことになります。日本人であれば、裁判員でない者も「間違って『人殺し』をしたという汚名」を背負うというのですか? 日本人すべて「背負う根拠」を述べて下さい。

「それだけのこと」とは、背負ったと意思表示するだけで、そのまま何もしないということですか? 何の責任も負うつもりはないのですか?

ジャーナリストの江川詔子さんによれば、「被害者家族は加害者に対して命で償えと求めてよい」そうです。それが妥当なのだとすると、裁判員制度により間違って「人殺し」という刑罰を決定した市民に対して、被害者家族は、命で償え(=自殺?)と求めてよいことになります。 

KYさんが「我らはそれを背負う」「私たち日本人はそれを背負う」と述べたことは、KYさんが関与した裁判員裁判でなくても、裁判員制度により間違って「人殺し」という刑罰を決定した場合には、KYさんは自らの命で償うという決意を示したと理解してよいですか?


>あなたはそれを背負いたくはない。よろしい。ならば日本から出て行けばいい。世界の大勢は死刑廃止国なのだから、行き先に困ることはないでしょう。

もう一度書きます。KYさんが「我らはそれを背負う」「私たち日本人はそれを背負う」と述べたことは、KYさんが関与した裁判員裁判でなくても、裁判員制度により間違って「人殺し」という刑罰を決定した場合には、KYさんは自らの命で償うという決意を示したと理解してよいですか? 無実の者を処刑しておいて、その責任を背負わないのは卑怯ですよね。

色々書きましたが、正直なところ、「死刑執行が十字架ならば、私たち日本人はそれを背負う」だなんて何か意味があることだとは思えません。ただ言ってみただけのことでは? 

冤罪は避けることができない以上、死刑を存続することは、無実の者を処刑することをも許容することになります。現に、無実であるのに処刑された「福岡事件」があるのです(このブログでは何度か触れている事件です。最近、「弱い文明」さんからのTBを受けています)。

背負うかどうか、背負わないなら日本から出てけ、などは不毛な議論であって、こうした無実の者が処刑されないためには、死刑を廃止するしかないのではないか、という議論の方が大事だと思います。
2008/10/29 Wed 23:14:41
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
命の重さ
「自らの命で償う」?
死刑になるような凶悪犯罪者と私たち普通の市民の命が等価だとは思いません。

ついでに申し上げますと、死刑廃止を主張される方々のご意見はどうも
・死刑廃止は世界の趨勢
・死刑は廃止されるべき
・以上。
で、まあご命令ご託宣の類のように思われます。
神様人権様のご命令では致し方ないのでしょうが、こちらはあいにく異教徒でございまして、しかもその「異教徒」が日本国では多数派なのです。
それだけのことでございます。

死刑存置派の信仰にご興味があるようでしたら、こちらに私などがコメント欄で書き散らすよりもずっとすばらしい文章がございますので、よろしければご覧ください。

http://blog87.fc2.com/klingon

とりあえず、信仰価値観を異にするということだけはよく理解いたしました。それでは失礼いたします。
2008/10/30 Thu 01:07:46
URL | KY #OARS9n6I[ 編集 ]
>YO!!さんは読み間違いをしています。
「世論を死刑廃止に導けられない、廃止論者の責任が大だろう。廃止論者は大いに反省して欲しい」というYO!!さんの主張が幼稚であることの理由を述べたのです。

貴方の主張は私の主張が幼稚という理由になっていません。


>「法的責任」でないのだとしたら、いかなる性質の責任ですか? 

立場上当然負わなければならない任務や義務ということです。死刑廃止は死刑廃止論者が立場上当然負わなければならない任務や義務です。違うのですか?


>その理屈からすると、「死刑存置論者は、死刑存続を求めているのだから、そのために果たす責務があるのは当然」となります。それでいいのですか?

そうなりますね。


>また、死刑制度の是非を論じる場合、存置か廃止かのどちらかなのですから、およそすべての人(「責任の主体」にもよりますが)が責務を負うことになります。それでもいいのですか?

死刑制度の論じても、死刑存置か廃止以外に、現行制度が甘い、死刑拡大という立場もあります。また、どの立場に立つべきか考慮中の人もいます。死刑制度なんて知らないよという立場の人もいるでしょう。


で、貴方としては、死刑廃止は死刑廃止論者が立場上当然負わなければならない任務や義務とはいえないというわけですね。であれば死刑廃止論者の目的はなんと貴方はお考えでしょうか?
2008/10/30 Thu 09:41:58
URL | YO!! #-[ 編集 ]
(1)こうした475条の趣旨、(2)死刑制度は人権思想にそぐわず、死刑制度は廃止した方が憲法適合性があるといえるのですし、(3)死刑執行の一時停止を求める国連決議もある、という3つの法的根拠があるので、事実上、死刑執行を停止することは、法律上、十分に可能だと思います。)

はっきりしているのはこの3項目に法的根拠があると主張しているのは少数派です。475条の趣旨はある程度は理解できますが冤罪の主張以外は無理があります。(2)は現在の現在の法解釈上無理ですね。最高裁で死刑が憲法違反と判断された事はありませんし、人権が法律を上回ると判断された事はありません。
その証拠に最高裁は現時点でも死刑の判決を下してますから。最も最高裁の判断が間違いだと主張されるのなら議論の余地はありませんが、貴方は弁護士だそうですから、少なくとも日本の法解釈上貴方の主張は認められてない事は事実です。(3)に関しては問題外です。インドの例を出してますが、一人なら良くて100人なら良いなんてありえません。まして存続国が委員に加わっている勧告なんて意味がありませんね。また10年20年前まで死刑制度を残していた国が日本に勧告するなど笑止千万です。

かつてイラク問題の安保理決議を弁護士でもある社民党福島党首は安保理の決議は間違っていると主張しアメリカを非難し、日本は独自の道を行くべきと
主張しました。
日本の国内法を海外の一機関の勧告で
変えるなんて独立国でなくなってしまいます。

(日本の審査をしているのですから、チベット問題は関係ありません)
相変らずな論法ですね(苦笑)自由権規約委員会に対しての感想です。

廃止を求めるなら刑法を改正し同時に現在の死刑囚の死刑停止をする法律を目指すべきです。
2008/10/30 Thu 13:51:52
URL | 考える人 #-[ 編集 ]
おそがけにすみません
YO!!さんの、「世論を死刑廃止に導けられない、廃止論者の責任が大だろう。廃止論者は大いに反省して欲しい」ですが、ちょっと不思議に思うのですが、YO!!さん自身、死刑廃止に賛成していらっしゃるのでしょうか?それとも死刑は維持すべきとお考えでしょうか?
もし死刑は廃止すべきとの立場なら、この発言は、もっと死刑廃止論者は頑張るべきだという自戒を込めた発言としてまだわからないわけでもないのです。
でも、もし死刑を存続させるべきだと言う立場なら、大変妙な発言ですね。
だって、死刑は維持すべきだ。そして死刑廃止論者は死刑廃止に導けなかった責任をとれ、なんて、例えば選挙に大勝した自民党が、大敗した民主党党首にむかって敗北の責任をとって党首を辞任せよ、と迫ってるようなものですから

議論を蒸し返すつもりはありません、コメント欄を見た感想です。失礼しました。
2008/10/31 Fri 10:01:16
URL | 秋原葉月 #-[ 編集 ]
>KYさん:2008/10/30 Thu 01:07:46
コメントありがとうございます。


>命の重さ
>「自らの命で償う」?
>死刑になるような凶悪犯罪者と私たち普通の市民の命が等価だとは思いません

凶悪犯か否かにより「命は等価でない」というのですから、人により命を差別する「差別主義者」であると公言するわけですね。憲法14条(法の下の平等)からすれば、人により命を区別することは、憲法違反です。

また、刑法199条は「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。」としており、誰の命だろうと量刑に差を設けることをしていません。人により命を区別する考えは、現行刑法とも一致しません。

よくご存知だとは思いますが、殺人事件の多くは、家族などの身内が犯人です。他人がどう思ったとしても、生きていてほしいと願うのが家族です。また、被害者に家族がいるように、加害者側にも家族がいるのです。家族にとっては、いかなる罪を犯していようとも掛け替えのない命であって、価値の低い命ではないのです。


>ついでに申し上げますと、死刑廃止を主張される方々のご意見はどうも
>・死刑廃止は世界の趨勢
>・死刑は廃止されるべき
>・以上。
>で、まあご命令ご託宣の類のように思われます。

「ご命令ご託宣の類」としか理解できないのは、知識不足です。

ナチスによるユダヤ人の大量虐殺を契機にして、第二次世界大戦後、人権を国際的に保障していくべきだとする動きになりました。1948年に国連総会で「世界人権宣言」が採択され、1966年に「国際人権規約」を採択されました。さらに、死刑廃止条約(1989年)、拷問禁止条約(日本も加入)も採択されています。EUの加盟国はすべて死刑を廃止しており、死刑廃止はEU加盟の条件でもあります。これらの長年にわたる国際的な人権保障の進展があるからこそ、「死刑廃止は世界の趨勢」という意味に重みがあるのです。

日本国憲法は国際協調主義を採用していますし(憲法前文)、日本は「国際人権規約」「拷問禁止条約」に加入している以上、条約を遵守する義務があることから、こうした「死刑廃止」という「世界の趨勢」に従うべきだ、ということになります。


>神様人権様のご命令では致し方ないのでしょうが、

「神様」の話ではなく、人権保障の国際化の話です。
憲法の第1次的存在理由は、人権を保障することですから、「人権様」などと人権を揶揄することは憲法の最も根本的な知識に欠けています。

こうしてKYさんがコメントできること自体、憲法上、表現の自由が保障されているからです。自ら人権行使を謳歌しておいて、「人権様」と揶揄することは自己矛盾です。


>神様人権様のご命令では致し方ないのでしょうが、こちらはあいにく異教徒でございまして、しかもその「異教徒」が日本国では多数派なのです。

「異教徒」とは、具体的にはいかなる宗教ですか? 

日本は古来から仏教的な世界観が根付いています。その仏教の一番重い戒律には、「殺スナカレ、殺サレルナカレ」という釈迦の教えがあります。ですから、仏教的な世界観からすれば、死刑反対の考えになるはずです。

KYさんは、「死刑になるような凶悪犯罪者と私たち普通の市民の命が等価だとは思いません」としています。しかし、「仏教の世界観は、人間だけではなく、あらゆる動物を有情(心あるもの)と見て同列に置き、人間とか動物とかは、ある永続する個的存在の輪廻の諸相、諸段階に他ならない」とするものです(山本雅道「改訂新版 宗教法人の法律問題」109頁)。

このように、仏教的な世界観は「人間どころか、あらゆる動物の命も『同列に置く』もの」ですから、命を区別するというKYさんの考えは、仏教の世界観にもそぐわないのです。

KYさんが仏教徒でないことになりますが、では、「その『異教徒』が日本国では多数派」だとするのでしたら、日本国において仏教以外に多数を占めている宗教とは何でしょうか?


>とりあえず、信仰価値観を異にするということだけはよく理解いたしました。

KYさんは、日本文化に深く影響している日本古来からの仏教的な世界観と異なる「異教徒」だと、主張していることになります。

いかなる宗教の信者なのか分かりませんが、命に差をつけることを公言し、死刑を肯定する宗教と言うと、オウム真理教が頭に浮かびます。KYさんはオウム真理教の信者なのでしょうか?

KYさんは「信仰価値観を異にする」ことを「よく理解」したと書いていますが、元々、「信仰価値観」についてろくに知らず、最初から理解していないように思います。
2008/10/31 Fri 23:38:20
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>YO!! さん:2008/10/30 Thu 09:41:58
>>YO!!さんは読み間違いをしています。
>「世論を死刑廃止に導けられない、廃止論者の責任が大だろう。廃止論者は大いに反省して欲しい」というYO!!さんの主張が幼稚であることの理由を述べたのです。
>貴方の主張は私の主張が幼稚という理由になっていません。

YO!!さんは、2008/10/23 Thu 10:36:41」で
「>死刑問題に限らず、どんな問題であっても、自分自身で調べ、十分に考え、判断するものです。特に死刑制度の是非は、人権問題・憲法問題なのですから、なおさら国民が自ら知る努力が求められます。

これに対して特に違和感はありませんが、いろいろな問題が山積みになっていて、いろいろと他にもやるべきことは多いのですよ。」
と述べており、すでに理由になっていることを自認しています。


>>「法的責任」でないのだとしたら、いかなる性質の責任ですか? 
>立場上当然負わなければならない任務や義務ということです。死刑廃止は死刑廃止論者が立場上当然負わなければならない任務や義務です。違うのですか?

責任の性質とは何か?と問われたときには、法的責任と倫理的責任のどちらなのか、根拠を述べて答えることになります。

ところが、驚いたことに、YO!!さんは「立場上当然負わなければならない任務や義務」だと説明しました。これは、単に「責任」の国語的意味を説明したただけであって、単なる「同語反復」です。Yahoo!辞書で「責任」を検索して書き写せば「責任の性質」を説明したことになると思うだなんて、YO!!さんは安易すぎます。

Yahoo!辞書の「責任」を引用しておきます。

「せき‐にん【責任】

1 立場上当然負わなければならない任務や義務。「引率者としての―がある」「―を果たす」
2 自分のした事の結果について責めを負うこと。特に、失敗や損失による責めを負うこと。「事故の―をとる」「―転嫁」
3 法律上の不利益または制裁を負わされること。特に、違法な行為をした者が法律上の制裁を受ける負担。主要なものに民事責任と刑事責任とがある。

[類語] (1)責務・義務・任務・本務・使命・職責・重責・責め・務め・文責・言責
[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ] 」


>貴方としては、死刑廃止は死刑廃止論者が立場上当然負わなければならない任務や義務とはいえないというわけですね

Yahoo!辞書の「責任」を書き写しても無意味です。
責任の性質は何ですか? その根拠は何ですか?


YO!!さんは、いつも法律論無視の考えですから、法律的に考察する意味がないようにも思いますが、YO!!さんの考えの根底には、「権利には義務が伴う」という思い込みがあるように思います。その思い込みは間違っていると説明したものを引用しておきます。

法学館伊藤塾塾長・法学館研究所所長である伊藤真氏の講演会から一部引用しておきます。

「権利には義務が伴うと言われると、どうしても、ああ、そうかなと思ってしまいます。また、自由には責任が伴うと思ってしまいがちです。ここで言いたいことは、国民には人権という権利を与えます。権利を保障するのだから、当然義務も負担してください。権利ばかり主張するのでなくて、ちゃんと義務も負担してください。だって、権利と義務はセットですから、といった意味です。国民に人権は保障しましょう、そのかわり国防の義務、愛国の義務はちゃんと負担しなさい。そういったニュアンスです。

権利は権利、義務は義務 
権利に義務は伴わない

 しかし、権利に義務なんか伴いません。権利は権利で、義務は義務です。両者は全く別物であって、伴うことはありません。ここの言い方はまやかしです。
 例えば、私が友達に1万円のお金を貸したとします。その友達がなかなか返してくれないので、1週間ぐらいたったときに、「おまえこの前貸した1万円返してくれ。」と、私は、その友達に金を返せと請求する権利を持ちます。その時に、借りた友達はお金を返す義務を負担します。私に権利があるときに、その相手である友達に義務が発生します。こちらに権利があるときに、その権利の相手方に義務が発生します。これはセットです。でも、私に権利があるからといって、私に何らかの義務がありますか。私には金返せという権利があるだけであって、義務なんかありません。
 もう1つの例をあげましょう。例えば、私が量販店でテレビを買って1週間後に届けてくださいという権利があったとします。そのときに、私は10万円の代金を支払う義務を負担します。私には、テレビを届けてという権利があると同時に、代金を払う義務も私には発生しています。しかし、私に10万円の代金を払う義務が発生したのは、その権利に伴って発生しているのではなく、売買契約で代金払いますという約束をした結果、代金を払う義務が発生しただけであって、別に権利に伴って発生しているわけではありません。売買契契約から義務が発生するだけであって別に権利に伴っているわけではありません。権利に義務が伴うというと、何となく、権利を持っている人は常に義務を負担しなければいけないと思ってしまいがちですが、そのような勘違いをさせるような言い方は本当にひどいと思います。」
http://www.stop-yuji.jp/seimei/070419.htm

憲法上、表現の自由(憲法21条)が保障されている以上、その表現の自由の一環として、人は誰でもその主張を広める自由・権利はあります。しかし、主張を広める義務はなく、他人の意見を変更させる義務はありません。なぜなら、権利は義務を伴うものではないからです。また、他人の意見を聴き、どのように判断するかはその個人の自己決定権(憲法13条)に委ねられているからです。

死刑の廃止を主張する個人や団体は、その表現の自由の一環として、死刑の廃止を主張しているのですから、「世論を死刑廃止に導」く義務はありません。人権とはそういうものです。

ところで、YO!!さんは法的な責任でないのに、何か意味不明の「責任」を負えと主張します。YO!!さんの考えは、憲法論・法律論にそぐわないのですから、その何か意味不明の「責任」について、憲法論・法律論を凌駕するような、十分な説明をして頂きたいと思います。


>であれば死刑廃止論者の目的はなんと貴方はお考えでしょうか?

死刑廃止です。それ以外に何を?
もしかして「目的」の意味も分からないのですか? 

「もく‐てき【目的】

1 実現しようとしてめざす事柄。行動のねらい。めあて。「当初の―を達成する」「―にかなう」「旅行の―」
2 倫理学で、理性ないし意志が、行為に先だって行為を規定し、方向づけるもの。
[用法] 目的・目標――「目的(目標)に向かって着実に進む」のように、めざすものの意では相通じて用いられる。◇「目的」は、「目標」に比べ抽象的で長期にわたる目あてであり、内容に重点を置いて使う。「人生の目的を立身出世に置く」◇「目標」は、目ざす地点・数値・数量などに重点があり、「目標は前方三〇〇〇メートルの丘の上」「今週の売り上げ目標」のようにより具体的である。

[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ] 」
2008/10/31 Fri 23:40:21
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>考える人さん:2008/10/30 Thu 13:51:52
コメントありがとうございます。


>はっきりしているのはこの3項目に法的根拠があると主張しているのは少数派です。

「少数派」であることが「はっきり」しているのですか? 「はっきりしている」と書く以上、当然、明確に示している法律論文をお持ちのはずです。ぜひ、その文献を教えて下さい。宜しくお願いします。楽しみに待っています。

処刑の権限は行政権限であり、刑訴法475条はその裁量を認めている以上、人権を重視して事実上、停止状態にすることは、問題視するのは難しいように思いますけどね。(1)~(3)の根拠は行政裁量を根拠となるものといえるのですが。いずれにせよ、考える人さんは文献をお持ちのはずですから、楽しみにしています。


>475条の趣旨はある程度は理解できますが冤罪の主張以外は無理があります。

冤罪の主張にかかわらず、事実上の執行停止状態の死刑囚もいるのに、それでも政府は「刑訴法475条の運用として、「『違法状態を長年容認していた』ものとは考えていない」と答弁書で答えています。このように(一部)事実上の執行停止につき、475条に基づいている以上、475条の趣旨は十分な根拠になりえます。


>2)は現在の現在の法解釈上無理ですね。最高裁で死刑が憲法違反と判断された事はありませんし、人権が法律を上回ると判断された事はありません。
>その証拠に最高裁は現時点でも死刑の判決を下してますから。最も最高裁の判断が間違いだと主張されるのなら議論の余地はありませんが、貴方は弁護士だそうですから、少なくとも日本の法解釈上貴方の主張は認められてない事は事実です。

最高裁で死刑が法令違憲と判断されれば、政府や国会は執行停止や改廃義務を負うのですから、違憲判断が出た後に、「死刑を憲法違反」と主張する意味はありません。最高裁で死刑を違憲と判断しない段階でこそ、憲法違反ではないかと主張する意味があるのです。「違憲判決の効力」という議論を学習してみてください。

「人権が法律を上回ると判断された事はありません」と書いていますが、人権は憲法で保障されており、憲法は最高法規(憲法98条)ですので、下位法である法律は、上位法たる憲法に反する規定は無効です。ですから、もちろん、「人権が法律を上回る」ことになります。

最高裁昭和23年判決という古い判例は、絞首刑は憲法36条の禁止する残虐な刑罰に当たらないとしています。今の人権意識で同じ判断がでるかは疑問の余地があります。)。 その最高裁昭和23年判決の補充意見では、次のようなことを述べています。

「国家の文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする平和的社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定されるにちがいない。かかる場合に、憲法第三十一条の解釈もおのずから制限されて、死刑は残虐な刑罰として憲法に違反するものとして、排除されることもあろう。」

こうした補充意見は、現在の解釈論からすれば、より憲法適合性を図るために「制裁機能・違法行為抑止機能・違法状態排除機能」を示したものといえ、こうした意見に従った対応を政府が行うことは妥当性があることです。政府は、こうした対応をすべきでないと述べることは、日本は、未だに昭和23年判決の補充意見が述べるような社会に到達していないと公言するようなものですけど。


>(3)に関しては問題外です。インドの例を出してますが、一人なら良くて100人なら良いなんてありえません。まして存続国が委員に加わっている勧告なんて意味がありませんね。

国連では昨年11月15日、世界規模で死刑の執行停止を求める決議が国連第3部会で採択しました。日本もこの決議に参加していたのですから、民主主義国家であればこの決議を尊重し、死刑の執行を停止すべきです。日本政府が、こうした民主主義のルールを無視していることこそ、「問題外」です。


>インドの例を出してますが、一人なら良くて100人なら良いなんてありえません。

「インド」は、自由権規約に従い、死刑廃止に向けた努力をしているとも理解できます。考える人さんは、自由権規約について理解するべきです。


>まして存続国が委員に加わっている勧告なんて意味がありませんね。

委員は選挙によって選出されますから、死刑存続国が委員に加わることに問題ありません。選挙を無視せよとでも? 民主主義のルールを無視する主張は妥当ではありません。

「存続国が委員に加わっている勧告」であっても、自由権規約という条約に基づく勧告ですから、批准国である日本は、遵守が求められます。条約を締結しておいて、遵守しなくていいなんて、民主主義のルールを無視する主張です。

条約は他にもあります。国連拷問禁止委員会は、2007年5月に拷問等禁止条約の実施状況に関する第一回日本政府報告書に対して最終見解を発表し、日本政府に対して「死刑の執行をすみやかに停止」することを勧告しています。日本国は、この拷問禁止条約に加入しているのですから、勧告を受け入れ、死刑の執行を停止すべきでした。


>10年20年前まで死刑制度を残していた国が日本に勧告するなど笑止千万です。

「笑止千万」といったところで、勧告を拒否するような法律的根拠になりません。日本が自由権規約を批准しておきながら、その条約を遵守していないことの方が問題です。条約の遵守をしているかどうか、という法律問題であることを忘れています。


>日本の国内法を海外の一機関の勧告で
>変えるなんて独立国でなくなってしまいます。

日本は自由権規約を批准し、その自由権規約に基づく委員会であり、その審査を受けたのですから、その勧告に従うことこそ、条約を履行することになります。条約を批准し、その遵守を求めているのに無視することは、無法国家です。


>(日本の審査をしているのですから、チベット問題は関係ありません)
>相変らずな論法ですね(苦笑)自由権規約委員会に対しての感想です。

日本が条約の遵守をしているかどうかという審査、という法律問題であることを忘れていますね。他国が人権侵害をしているからといって、日本が許されるわけではありません。考える人さんの主張は、「他人が万引きしているのだから、俺だって万引きしてもいいはずだ」と言っているようなものです。そんな無茶苦茶な論理は、どこにも通用しません。


>廃止を求めるなら刑法を改正し同時に現在の死刑囚の死刑停止をする法律を目指すべきです。

法改正で死刑廃止・死刑執行停止の両者を規定するのは明快ですね。死刑廃止の規定と死刑執行停止の規定のどちらかを規定すれば、事実上、両方の効果が生じるようにせざるを得ないとは思いますが。

現実問題としては、明文規定にかかわらず、事実上、死刑を廃止すれば足りると思います。国連決議や条約で死刑執行の一時停止を決議し、勧告しているのは、現実的な配慮に基づくものと思われます。
2008/10/31 Fri 23:43:18
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>すでに理由になっていることを自認しています。

どこが理由になっているのか皆目検討がつきません。死刑廃止を導くことができないのは廃止論者の責任を問うております。国民が自ら知る努力が求められるからといって、死刑廃止論者に死刑廃止を導くことができない責任があるという主張が幼稚とはいえません。責任の意味は既に述べました。貴方は責任の性質とやらを注視しておりますが、それが何か私の主張と関係するのですか?


>死刑の廃止を主張する個人や団体は、その表現の自由の一環として、死刑の廃止を主張しているのですから、「世論を死刑廃止に導」く義務はありません。

義務がないという貴方のお考えはしっかりと承りました。


>>であれば死刑廃止論者の目的はなんと貴方はお考えでしょうか?
>死刑廃止です。それ以外に何を?

単におしゃべりしたいだけなのかな、と思いまして。

死刑廃止論者は、死刑廃止を目的に掲げても、その目的を達成する任務や義務はない、ということですね。
2008/11/01 Sat 11:11:21
URL | YO!! #-[ 編集 ]
それなら死刑制度が憲法違反と証明すればいいだけです。
(「少数派」であることが「はっきり」しているのですか?)
多数派なら死刑制度なんて残ってません。残っているのは認められないからです。

(憲法は最高法規(憲法98条)ですので、下位法である法律は、上位法たる憲法に反する規定は無効です。ですから、もちろん、「人権が法律を上回る」ことになります。 )

冗談でしょう(苦笑)それなら死刑制度が憲法違反なってます。無効と考えるなら証明してください。

(委員は選挙によって選出されますから、死刑存続国が委員に加わることに問題ありません。選挙を無視せよとでも? 民主主義のルールを無視する主張は妥当ではありません。)
貴方は死刑は人権問題だから、民主主義で決める
事ではないと書いてる。大体自分がやってて人にやるななんて何の説得力ありません。

(条約の遵守をしているかどうか、という法律問題であることを忘れています。)
そうなんですか?国連の一機関の勧告を拒否して
国内の何の法律に違反するか教えてください。

2008/11/01 Sat 11:33:21
URL | 考える人 #-[ 編集 ]
>秋原葉月さん:2008/10/31 Fri 10:01:16(訂正及び追記しました)
コメントありがとうございます。


>YO!!さんの、「世論を死刑廃止に導けられない、廃止論者の責任が大だろう。廃止論者は大いに反省して欲しい」ですが、ちょっと不思議に思うのですが
>議論を蒸し返すつもりはありません、コメント欄を見た感想です。失礼しました。

YO!!さんは、自分の考えが正しいのかどうか、その理由には十分な妥当性があるのか、まず十分に検討してから主張するという癖を付けた方がいいと思うのですけどね。法律論はそれの繰り返しなのですけどね。少なくとも、YO!!さんには、論理力、批判的思考力、読解力を養うという「フィンランド・メソッド」を学習してほしいところです。


<11月2日追記>

>でも、もし死刑を存続させるべきだと言う立場なら、大変妙な発言ですね。
>だって、死刑は維持すべきだ。そして死刑廃止論者は死刑廃止に導けなかった責任をとれ、なんて、例えば選挙に大勝した自民党が、大敗した民主党党首にむかって敗北の責任をとって党首を辞任せよ、と迫ってるようなものですから

いい例ですね。そう思います。YO!!さんの考えは、一般人が有する社会常識として、おかしいと思うんですけどね。社会常識から外れていても、YO!!さんの頭ではおかしいと思わないところに根本的な問題があるのでしょうが。

TBありがとうございます。お礼が遅くなって申し訳ありません。今回、やっとTBを返すことができました。
2008/11/01 Sat 22:40:00
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>考える人さん:2008/11/01 Sat 11:33:21
コメントありがとうございます。


>(「少数派」であることが「はっきり」しているのですか?)
>多数派なら死刑制度なんて残ってません。残っているのは認められないからです。

は? 考える人さんは、何を論じているか分かっていますか? 「事実上、死刑執行を停止することは、法律上、十分に可能かどうか」という論点について議論をしているのですが。考える人さん自体、↓のように書いています。 

>2008/10/30 Thu 13:51:52(考える人さんのコメント)
>>(1)こうした475条の趣旨、(2)死刑制度は人権思想にそぐわず、死刑制度は廃止した方が憲法適合性があるといえるのですし、(3)死刑執行の一時停止を求める国連決議もある、という3つの法的根拠があるので、事実上、死刑執行を停止することは、法律上、十分に可能だと思います。
>はっきりしているのはこの3項目に法的根拠があると主張しているのは少数派です。

考える人さんは、「事実上、死刑執行を停止することは、法律上、十分に可能かどうか」という論点について、「3項目に法的根拠」があるとはいえない、と主張しています。死刑制度の是非について論じているのではないのです。

もう1度、聞きます。考える人さんは、「3項目に法的根拠があると主張しているのは少数派」だと、「はっきりしている」と主張するのですから、当然、3項目についてすべて検討している法律論文をお持ちのはずです。ぜひ、その文献を教えて下さい。

念を押しておきます。「事実上、死刑執行を停止することは、法律上、十分に可能かどうか」という論点についての法律上の文献を示してください。その論点について、考える人さんは「はっきりしているのはこの3項目に法的根拠があると主張しているのは少数派」だと明言しているのですから。

もしかしたら、考える人さんは、「事実上、死刑執行を停止することは、法律上、十分に可能かどうか」という論点と、「死刑制度の是非」の論点とが同じものだと間違えているのでは?


>冗談でしょう(苦笑)それなら死刑制度が憲法違反なってます。無効と考えるなら証明してください。

死刑が人間の尊厳の根本的否定である以上、人権思想に抵触していますし、その性質上誤判に対して救済不可能です。もっとも、昭和23年の最高裁判決は「残虐な刑罰」を絶対に禁止した憲法36条に反しないとしていますが、人権保障が進展した現在、死刑が残虐な刑罰であると認識可能です。また、裁判所の判決が不当に死刑を科した場合にも、判決が違憲となると考えることもできます。こうした理由から、死刑は、憲法13条、31条、36条に違反すると考えることができます(戸波江二『憲法(新版)』(ぎょうせい、平成10年)332頁参照)。


>(委員は選挙によって選出されますから、死刑存続国が委員に加わることに問題ありません。選挙を無視せよとでも? 民主主義のルールを無視する主張は妥当ではありません。)
>貴方は死刑は人権問題だから、民主主義で決める事ではないと書いてる。大体自分がやってて人にやるななんて何の説得力ありません。

まず、しっかり読んで、よく理解することから始めるべきです。

「死刑は人権問題であるので国民の多数の支持によっては正当化されない」「みんなこう思うからということよりも人権は大切です。つまり、民主主義で決めたことよりも人権のほうが優越するということです。」と書いているのです。

言い換えれば、国民の多数派に歯止めをかけて、少数派の人権を保障することが憲法の目的という、ごくごく基本的な立憲主義的憲法の理解を示しただけのことです。

このような立憲主義的な憲法の理解と、自由権規約に基づく委員会において、その委員選出方法という手続問題とは何ら無関係です。考える人さんは、物事を混同しています。


>(条約の遵守をしているかどうか、という法律問題であることを忘れています。)
>そうなんですか?国連の一機関の勧告を拒否して
>国内の何の法律に違反するか教えてください。

考える人さんは、なぜ日本が審査を受けているのか分かっていなかったのですか? エントリーを読んでいませんね。ちゃんと考えていないのでは? 仕方がないので、もう一度書いておきます。すなわち、国連の自由権規約委員会の審査は、162の同規約の全批准国を対象に5-6年ごとに規約の順守状況をチェックする制度です。日本は、自由権規約を批准しているので、審査を受けているのです。

憲法98条2項は、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守する」と規定しており、条約の誠実な遵守を要求しています。ですから、条約に基づく勧告に従わないことは、憲法98条2項に違反することになります。
2008/11/02 Sun 21:32:42
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
法律で死刑が認められ死刑の執行も定められているのは厳然たる事実ですよ。死刑制度および死刑執行が憲法違反と認定された判決がありますか?ですから貴方の意見が多数派なら、このような制度残ってないと書いているのですよ。

(「死刑は人権問題であるので国民の多数の支持によっては正当化されない」「みんなこう思うからということよりも人権は大切です。つまり、民主主義で決めたことよりも人権のほうが優越するということです。」と書いているのです。 )
この問題に民主主義を持ち出したのは貴方のほうです。お忘れですか?何度も言いますが貴方の主張が正しいのなら死刑判決、死刑の執行はありえないはずです。

(条約に基づく勧告に従わないことは、憲法98条2項に違反することになります。)
そうでしたら憲法違反であることを証明してください。
裁判所で憲法違反が認められたら貴方の主張が正しいことになりますね。
貴方の主張は厳然たる事実がありながらそれは間違いと決め付ける偏向的意見ですよ。
死刑制度(執行も含めて)が憲法に違反いると主張するなら憲法違反だと証明すればいいだけです。それできますか?
2008/11/02 Sun 22:30:15
URL | 考える人 #-[ 編集 ]
死刑廃止論者が死刑廃止の義務も責任もないなら、なるほど日本で死刑廃止がいまだ成らずも納得がいく。そもそも日本は死刑廃止の議定書を批准していないのだから、死刑廃止の義務は何ら負っていない。よって、死刑を廃止しなくとも、批判される筋合いは何もないといえる。
2008/11/04 Tue 09:48:50
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>考える人さん:2008/11/02 Sun 22:30:15
まだ、肝心な点についてお答えを頂いていません。

考える人さんは、2008/10/30 Thu 13:51:52付けのコメントにおいて、「事実上、死刑執行を停止することは、法律上、十分に可能かどうか」という論点について、「3項目に法的根拠」があるとはいえない、と主張しています。死刑制度の是非について論じているのではないのです。


1.もう1度、聞きます。考える人さんは、、「事実上、死刑執行を停止することは、法律上、十分に可能かどうか」という論点について、「3項目に法的根拠があると主張しているのは少数派」だと、「はっきりしている」と主張するのですから、当然、3項目についてすべて検討している法律論文をお持ちのはずです。
「事実上、死刑執行を停止することは、法律上、十分に可能かどうか」という論点について、3項目についてすべて検討している法律上の文献を示して下さい。

2.考える人さんは、「事実上、死刑執行を停止することは、法律上、十分に可能かどうか」という論点と、「死刑制度の是非」の論点とが同じものだと間違えていたのですか?

この1、2の点に、答えて頂ければ、2008/11/02 Sun 22:30:15付けのコメントにお返事します。
2008/11/04 Tue 21:34:24
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/11/01 Sat 11:11:21
>>すでに理由になっていることを自認しています。
>どこが理由になっているのか皆目検討がつきません。

それは、「責任」の性質が良く分かっていないからです。


>責任の意味は既に述べました。

「責任」の国語的意味と、「責任の性質」とは別個のものです。まだ、違いが理解できないようですね。


>責任の意味は既に述べました。貴方は責任の性質とやらを注視しておりますが、それが何か私の主張と関係するのですか?

大いに関係します。
では、この「責任」の性質は何ですか? 法的責任ですか? 倫理的責任ですか? 政治的責任ですか? 社会的責任ですか? それとも何か他の性質の責任ですか?(想像しがたいですが)
「責任、責任」と書いていても、「責任」の性質について理解できていないと、全く議論になりません。


>>死刑の廃止を主張する個人や団体は、その表現の自由の一環として、死刑の廃止を主張しているのですから、「世論を死刑廃止に導」く義務はありません。
>義務がないという貴方のお考えはしっかりと承りました。

「義務」の意味・性質はわかっていますか? 分からなければ、「お考えはしっかりと承」ることができていませんよ。一体、どういう性質の「義務」だと理解したのですか? 法的、倫理的、政治的なものですか? 「義務」と書いていても、「義務」の性質について理解できていないと、議論になりません。


>死刑廃止論者は、死刑廃止を目的に掲げても、その目的を達成する任務や義務はない、ということですね。

また「目的を達成する任務~」などと「責任」の国語的意味を書いただけですね。では、この「責任」の性質は何ですか? 法的責任ですか? 倫理的責任ですか? 政治的責任ですか? 社会的責任ですか? それとも何か他の性質の責任ですか?(想像しがたいですが) 
「責任、責任」と書いていても、「責任」の性質について理解できていないと、全く議論になりません。

ここは法律論を論じるブログです。法的か否かの区別が理解できないのであれば、議論になりません。論外です。
2008/11/04 Tue 21:52:10
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>「責任、責任」と書いていても、「責任」の性質について理解できていないと、全く議論になりません。

つまり、貴方が議論できないというわけですか。できないならコメントしなければいいと思いますが。


>「義務」と書いていても、「義務」の性質について理解できていないと、議論になりません。

特に性質を考えたわけではありませんが、それに何か意味があるのですか?


>ここは法律論を論じるブログです。法的か否かの区別が理解できないのであれば、議論になりません。論外です。

法的責任なんぞ追及してませんが。こちらとしては死刑廃止論者は死刑廃止を目的にその目的を達成する義務や任務があろうかと思ったわけですが、どうやら買かぶりだったようですね。
2008/11/05 Wed 09:40:22
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さん:2008/11/04 Tue 09:48:50・2008/11/05 Wed 09:40:22
YO!!さんはどうも日本語が不自由ですし、論理破綻した考えばかりです。まず、言葉の意味をよく勉強し、そして、何よりも論理的思考力を身につけるべきです。


>死刑廃止論者が死刑廃止の義務も責任もないなら、なるほど日本で死刑廃止がいまだ成らずも納得がいく。

ハワイ大学のジョンソン教授(社会学)は、日本世論における死刑支持率の高さを、特に戦後の国家による「密行主義」の加速と、メディアを含めた国民の「沈黙」によるところが大きいと分析しています。死刑制度の実情などについて、「私は、知りたくありません」と述べる人が多々いるように、目をつぶり耳をふさいでいる状態が、死刑を支持する基盤となっているのです。(「9月11日、3人の死刑を執行~日本政府にとって「9・11」は他人事なのだろう……。」参照:http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-1385.html

こうした分析が共通認識になっているからこそ、自由権規約委員会は、「世論の動向にかかわりなく、締約国は死刑の廃止を考慮すべきであり、一般世論に対して、死刑を廃止すべきであるということを必要な限り説明すべきである。」と勧告したといえます。(「国連の自由権規約委員会が「最終見解」を公表~合計34項目にも及ぶ詳細な評価・勧告」 参照:http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-1540.html

このような分析や自由権規約委員会の勧告がある以上、YO!! さんの考えは見当違いであって間違っています。YO!! さんの考えの根拠となる文献及び法的根拠を示してください。YO!! さんは、いつものように何の根拠もなく、論理破綻した妄想で「納得」しているだけのように思います。

もともと、YO!! さんは、義務・責任の性質が何も分からないのですから、「義務・責任」と書いたところで、無意味です。


>そもそも日本は死刑廃止の議定書を批准していないのだから、死刑廃止の義務は何ら負っていない。よって、死刑を廃止しなくとも、批判される筋合いは何もないといえる。

日本は、死刑の廃止への向けての措置を求めている自由権規約6条を含めて自由権規約を批准し、自由権規約に基づく委員会の審査に基づき、死刑廃止の勧告を受けています。そして、憲法98条2項は、条約の誠実な遵守を求めているのですから、日本はこうした勧告を誠実に履行することが、憲法上要請されているのです。

今回の委員会の勧告は、合計34項目に及ぶ広範囲のものであり、死刑廃止以外の方が多いのです。死刑だけに目を向けるのは、どうも視野狭窄な感じがします。

もっとも、YO!! さんは、義務・責任の性質が何も分からないのですから、「死刑廃止の義務」自体も理解できていないはずですが。


>よって、死刑を廃止しなくとも、批判される筋合いは何もないといえる。

自由権規約に基づく委員会により、死刑廃止の勧告を受けている以上、死刑を廃止しないことは、自由権規約及び憲法98条2項上、問題があります。

YO!! さんは、自由権規約自体もよく分からず、「死刑廃止の義務」自体も理解できないのですから、「批判」も理解できていないはずですが。


>>「責任、責任」と書いていても、「責任」の性質について理解できていないと、全く議論になりません。
>つまり、貴方が議論できないというわけですか。できないならコメントしなければいいと思いますが。

こちらのコメントが不要であるなら、YO!! さん自身がこのブログにコメントしなければいいのでは?(苦笑)  ここでも、やはりYO!!さんの論理は破綻しています。

YO!! さんは、私がYO!! さんにコメントを依頼しているとでも、妄想を抱いているのでしょうか? YO!! さんのように、いつも論理破綻しているコメントはただ迷惑なだけなのですが。


>>「義務」と書いていても、「義務」の性質について理解できていないと、議論になりません。
>特に性質を考えたわけではありませんが、それに何か意味があるのですか?

……。法的義務とか、全く何の意味が分からないようですね。それでは、このブログのほとんどの内容をまるで理解できませんよ。YO!!さんには法律論が理解できていないのですから、議論になりません。


>>ここは法律論を論じるブログです。法的か否かの区別が理解できないのであれば、議論になりません。論外です。
>法的責任なんぞ追及してませんが。

「法的責任なんぞ追及してません」なんて嘘ですよね? YO!!さんは「法的責任」自体、その意味が分からないのですから。


>こちらとしては死刑廃止論者は死刑廃止を目的にその目的を達成する義務や任務があろうかと思ったわけですが、どうやら買かぶりだったようですね。

「買かぶり」も何もYO!!さん自体に理解力がなければ、どうしようもないですね。もっと色々と説明することは可能ですが、YO!!さんに理解力がないので、ただ曲解されてしまうだけになってしまいます。それでは、説明する内容を制限するしかありません。例えれば、幼稚園児に対しては幼稚園児程度、小学生には小学生程度で、理解できる内容しか説明できない、ということです。

ジョン・F・ケネディ氏は就任演説において、アメリカ人がみな「アクティブ・シチズン」である必要を語っています。「祖国があなたに何をしてくれるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国のために何をできるか考えて欲しい」と。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

死刑廃止論者に文句を言い、日本の現状を死刑廃止論者のせいにするのではなく、国民自らが主体的に死刑廃止の妥当性について十分に知り、真剣に取り組むべきなのです。現在のように、「知りたくありません」など目を閉じて耳をふさいでいながら、死刑に賛成する状態自体がおかしいのです。……とこう書いたところで、ほとんど理解できないのでしょうけど。

YO!!さんは、法律論をまるで理解する気もないのに、なぜこのブログでコメントするのですか? 
2008/11/08 Sat 06:29:05
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>>
>死刑廃止論者が死刑廃止の義務も責任もないなら、なるほど日本で死刑廃止がいまだ成らずも納得がいく。

ハワイ大学のジョンソン教授(社会学)は、日本世論における死刑支持率の高さを、特に戦後の国家による「密行主義」の加速と、メディアを含めた国民の「沈黙」によるところが大きいと分析しています。死刑制度の実情などについて、「私は、知りたくありません」と述べる人が多々いるように、目をつぶり耳をふさいでいる状態が、死刑を支持する基盤となっているのです。(「9月11日、3人の死刑を執行~日本政府にとって「9・11」は他人事なのだろう……。」参照:http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-1385.html

こうした分析が共通認識になっているからこそ、自由権規約委員会は、「世論の動向にかかわりなく、締約国は死刑の廃止を考慮すべきであり、一般世論に対して、死刑を廃止すべきであるということを必要な限り説明すべきである。」と勧告したといえます。(「国連の自由権規約委員会が「最終見解」を公表~合計34項目にも及ぶ詳細な評価・勧告」 参照:http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-1540.html

このような分析や自由権規約委員会の勧告がある以上、YO!! さんの考えは見当違いであって間違っています。YO!! さんの考えの根拠となる文献及び法的根拠を示してください。YO!! さんは、いつものように何の根拠もなく、論理破綻した妄想で「納得」しているだけのように思います。

もともと、YO!! さんは、義務・責任の性質が何も分からないのですから、「義務・責任」と書いたところで、無意味です。
>>

つまり、自由権規約委員会は、「世論の動向にかかわりなく、締約国は死刑の廃止を考慮すべきであり、一般世論に対して、死刑を廃止すべきであるということを必要な限り説明すべきである。」と勧告したといえます。
それは、だれも一般世論に対して、死刑を廃止すべきであるということを必要な限り説明していなかったということです。そして、死刑存置論者や死刑拡大論者がそんな説明するわけがありませんね。死刑廃止論者も、死刑廃止をする義務や任務がないなら、そんな説明はしませんね。結局、誰も説明してこなかったということです。


>日本は、死刑の廃止への向けての措置を求めている自由権規約6条を含めて自由権規約を批准し、自由権規約に基づく委員会の審査に基づき、死刑廃止の勧告を受けています。そして、憲法98条2項は、条約の誠実な遵守を求めているのですから、日本はこうした勧告を誠実に履行することが、憲法上要請されているのです。

無理な解釈でしょうな。死刑廃止を約束していない以上、死刑廃止の義務を履行する責任はないと考えますが。
仮にあるというなら、裁判所において具体的な事件で条約に基づく救済を求めればよいでしょう。


>>
>つまり、貴方が議論できないというわけですか。できないならコメントしなければいいと思いますが。

こちらのコメントが不要であるなら、YO!! さん自身がこのブログにコメントしなければいいのでは?(苦笑)  ここでも、やはりYO!!さんの論理は破綻しています。
>>

いえいえ、できないのに無理してコメントしていただく必要はないといっているだけです。できないことを求めても無駄でしょう?


>「法的責任なんぞ追及してません」なんて嘘ですよね? YO!!さんは「法的責任」自体、その意味が分からないのですから。

その意図はないといっているだけですが。私が法的責任を追及しているというのはどこの記載から読み取ったのですか?それとも「責任」というとすぐ法的責任と思い込んでしまうのですか?


>>
「祖国があなたに何をしてくれるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国のために何をできるか考えて欲しい」と。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

死刑廃止論者も日本の現状を国のせいにするのではないということですか。


>死刑廃止論者に文句を言い、日本の現状を死刑廃止論者のせいにするのではなく、

死刑廃止論者が死刑廃止の義務や任務を自ら課していると考えるのは至極当然ですが。そのような義務や任務を自らに課さずにいったい何をやりとおせるというのでしょうか。


>国民自らが主体的に死刑廃止の妥当性について十分に知り、真剣に取り組むべきなのです。現在のように、「知りたくありません」など目を閉じて耳をふさいでいながら、死刑に賛成する状態自体がおかしいのです。……とこう書いたところで、ほとんど理解できないのでしょうけど。

死刑廃止の妥当性について十分に知ったとしても、それは死刑賛成、存置、あるいは拡大という考えにもつながり得ますから、必ずしも死刑廃止に係わるわけではありません。
2008/11/08 Sat 11:34:45
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さま
※やり取りをずっと拝見しておりましたが、全般的にyo!!さんのコメントは、引用が無駄な箇所まで含んでいて長すぎます。もう少しポイントを簡潔にまとめて頂ければありがたいです。

>無理な解釈でしょうな。死刑廃止を約束していない以上、死刑廃止の義務を履行する責任はないと考えますが。
YO!!さんの方が無理な解釈です。
自由権規約が「死刑廃止」をうたっていて、日本はこの規約を批准している。国際条約を批准している以上、憲法の規定から、国内的にも条約を遵守する方向での対応が求められる。だから死刑を廃止すべく、政府は行動すべきである……それだけのことです。こんなに初歩的な論点を、なぜいまだに理解できないのですか?

>死刑廃止の妥当性について十分に知ったとしても、それは死刑賛成、存置、あるいは拡大という考えにもつながり得ますから、必ずしも死刑廃止に係わるわけではありません。
あなたがどう考えるか、この場合は無関係です。それこそ「思想・信条の自由」の問題です。
但し、上掲記事の中で春霞さんが:
>>欧州での死刑廃止をした国のほとんどは、廃止直前の状況は6対4くらいで存置が強くても、それを政治家が押し切って廃止してきたのです(「対談 刑事司法の死の淵から」(安田好弘弁護士、作家・森達也氏)現代思想2008年10月号54頁〔作家・森達也氏の発言〕)。これが欧州の常識なのですから、「規約人権委員会」の委員から「この問題では、政府が世論をリードすべきだ」と反論を受けるのは当然なのです。

以上のように書いているわけで、すでに議論は尽きているともいえます。問題は、「なぜ政府が動かないのか」であって、「なぜYO!!さんが納得できないか」ではありません。

はっきり申し上げますが、現状ではYO!!さんが屁理屈を捏ね回して粘着しているだけにしか見えません。春霞さんにしてもblogの管理に割ける労力に限界はあるわけで、いくらなんでも春霞さんの厚意に甘えすぎです。
もっとも私としては、「他人の厚意に過度に縋るのは、保守派・右派の最も忌み嫌う所」という印象があったので、一連のやり取りはなかなか新鮮でもありましたが。
いずれにせよ、破綻した論理を振りかざして、これ以上の醜態を晒すべきではないと存じます。
2008/11/09 Sun 13:33:08
URL | 麒麟も老いては #D.fOQoIg[ 編集 ]
この手の論争を見ていて、いつも思うのは…
死刑の廃止云々より、当面の執行を回避すべく、本来なら法務大臣が死刑執行の印を押さない事に尽きるのではないでしょうか…

そしてモラトリアム期間を十分に取って検証していけば良いかと思います。

過去の法相に「宗教的な心情から、死刑執行のサインをしなかった」方がいらっしゃいましたが、それは別に違法行為でも何でも無かった筈なので、今回このような勧告が国連から出たのですから、法相はその勧告に基づいて執行を差し控える…という方法もあるのではないかと私個人は思いますが…

コメントを見ていると、どうもYO!さんや考える人さんは、始めに死刑ありきで、それも法相が執行の印を押すことが義務であるかのような誤解をしているのではないかと(苦笑)

現在の法制下で、死刑という刑罰が存続する事が必要かといわれれば、私個人は不用と思う、としか答えようがありません…
刑事法制のシステムそのものに欠陥が見える為で(冤罪での執行)、この事と人権という側面を考えた時に、果たして死刑と云う刑罰が必要かと言えば…不用でしょう…
逆に、死刑という刑罰がさらなる悲劇を生む母体となっていることは間違いの無い事実であろうと思われるからです。

まあ、ここでは私の持論はこのくらいにして(苦笑)

率直に述べれば、国連の人権条約に批准した以上、それを遂行するのは国家運営のあり方を考えた時に当然である、という事はいえると思います。
2008/11/10 Mon 00:06:50
URL | ありえす224 #ztCZFfzI[ 編集 ]
麒麟も老いては さん

>自由権規約が「死刑廃止」をうたっていて、日本はこの規約を批准している。国際条約を批准している以上、憲法の規定から、国内的にも条約を遵守する方向での対応が求められる。だから死刑を廃止すべく、政府は行動すべきである……それだけのことです。こんなに初歩的な論点を、なぜいまだに理解できないのですか?

問題は、条約自身が履行する義務を課しているかどうかです。私が見たところそのような記載はありませんでしたが、どの条文から読み取れるのでしょうか?
それに日本は死刑廃止の約した選択議定書には批准をしていませんが。死刑廃止を約束していないのに、死刑廃止の義務を負うとは理解できない論理ですが。


>問題は、「なぜ政府が動かないのか」であって

政府が何故動かないか、その理由は政府自身が既に述べているようですが。↓

「日本政府は会合で、極めて凶悪な犯罪には死刑もやむを得ないとの国内世論があることなどを踏まえ、死刑制度を存続する方針を説明」

もっとも今回の勧告に対しては含みを持たせています。↓

『森法相は31日の閣議後記者会見で「その趣旨を尊重しつつ、適切に対応したい」と述べた』



ありえすさんへ

>コメントを見ていると、どうもYO!さんや考える人さんは、始めに死刑ありきで、それも法相が執行の印を押すことが義務であるかのような誤解をしているのではないかと(苦笑)

死刑ありきは法律から当然いえますが。もっとも執行の印を押すことが義務だといった覚えはありませんが。どこの記載からそのように判断したのでしょうか?

2008/11/10 Mon 09:49:15
URL | YO!! #-[ 編集 ]
自由権規約委員会による勧告を無視する考えの妥当性
YO!!さんが疑問を投げかけたのですが、法律論がよく分からないYO!!さん相手に法律論を説いても無意味だろうという、根本的な疑問があります。ですから、この議論を楽しんでいる方もいるようですし、まず、YO!!さん以外へ向けて理を説くことにします。


>2008/11/08 Sat 11:34:45(YO!!さんのコメント)
>>日本は、死刑の廃止への向けての措置を求めている自由権規約6条を含めて自由権規約を批准し、自由権規約に基づく委員会の審査に基づき、死刑廃止の勧告を受けています。そして、憲法98条2項は、条約の誠実な遵守を求めているのですから、日本はこうした勧告を誠実に履行することが、憲法上要請されているのです。
>無理な解釈でしょうな。死刑廃止を約束していない以上、死刑廃止の義務を履行する責任はないと考えますが。
>仮にあるというなら、裁判所において具体的な事件で条約に基づく救済を求めればよいでしょう。
>11:34:452008/11/10 Mon 09:49:15(YO!!さんのコメント)
>問題は、条約自身が履行する義務を課しているかどうかです。私が見たところそのような記載はありませんでしたが、どの条文から読み取れるのでしょうか?

このYO!! さんの考えは、ネット上では、割と良くある誤解の1つですね。ただ、「問題は、条約自身が履行する義務を課しているかどうか」といった話ではなく、「勧告には法的拘束力がないから、勧告に従わなくてもよい」という考えの方が正確です。


こうした考えの是非については、憲法学上の議論と国際法上の議論の2点を分けて考える必要があります。

1.まず、憲法論上の議論です。これは、憲法98条2項の文言解釈の問題です。

憲法98条の文言は次のようなものです。

「憲法第98条 
1 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」

日本は、死刑の廃止への向けての措置を求めている自由権規約6条を含めて自由権規約を批准し、自由権規約に基づく委員会の審査に基づき、死刑廃止の勧告を受けています。そして、憲法98条2項の「条約」とは、「あらゆる種類の外国と日本との合意をいう」(宮澤・芦部補訂『全訂日本国憲法』(日本評論社、1978年)807頁)のですから、条約の法的拘束力の有無とは無関係に、憲法98条2項の「条約」には「自由権規約」も該当するといえます。

そして、国家間の合意を遵守しなければならないことは、「いうをまたない当然の事理」(宮澤・芦部補訂・前掲808頁)なのですが、「過去の日本の条約の誠実な遵守につき遺憾な点があったことにかんがみ、ここに特に条約および国際法規を『誠実に遵守』すべきことを強調した」(宮澤・芦部補訂・前掲808頁)のです。98条2項の文言には、過去の反省も込められているわけです。

こうして、憲法98条2項は、条約の誠実な遵守を求めているのですから、日本は自由権規約委員会の勧告を誠実に履行することが、憲法上要請されているのです。

もし、勧告には法的拘束力がないなどとして、その遵守を拒む態度を取るようでは、「『誠実に遵守』すべきことを強調」(宮澤・芦部補訂・前掲808頁)し、過去の反省を込めた趣旨を没却してしまいます。現在の政府の態度は、憲法98条2項の趣旨からして、好ましいものではないのです。

こうした結論は、憲法98条2項を文言解釈しただけで導くことができるものであって、あまりにも素直な判断ですね。

なお、条約は国際的な取決めであり、憲法が、条約の締結に国会の承認を必要とすること、および条約の誠実な遵守を求めていることから、条約は法律に優位するとかいする点で学説はほぼ一致しています。制憲議会での政府の説明も同様の立場です(野中俊彦ほか『憲法2(第4版)』(有斐閣、平成18年)415頁)。ですから、このように条約は法律より優位する以上、自由権規約委員会の勧告を尊重するのであれば、法律上存在する死刑の規定を改正するなどの対応をすることになります。


2.次は国際法上の議論です。「勧告には法的拘束力がないから、勧告に従わない」という考えは、国際法上、法的拘束力がないという話ですから、専ら国際法上の議論であるわけです。

この国際法の議論については、以前何度か、論じたことがあるので、1つをそのまま引用しておきます。

「一昔前は、「勧告」や「条約」の効力など国際法の分野において、法的拘束力があるか否かを気にする議論をしていました。しかし、法の執行すなわち強制という点を見ると、国内法の場合には、違反行為に対して警察や軍隊などの力による強制がなされますが、国際法の場合には、国内の警察や軍隊にあたる、法を強制的に執行する機関が存在していません。国際連合は国際法違反に対する強制機関としての役割の一部を担っていますが、違法な武力行使によって平和を破壊する国家に対してのみ強制を行うのみで、すべての国際法違反に対して強制を行うわけではありません。もちろん、違法な武力行使を行う国家に対する強制力も限られています。このように、元々、国際法は国内法と違うのであって、権力による強制が法の本質とは言いがたいのです。

現在では国際法と国内法との違いが認識され、今は条約の監視活動は、改善を求める「法的な」圧力であると理解され、法的拘束力のない条約、国連決議であろうと、各国は十分に尊重することが求められており、十分影響力があるということで一致しています。現在の国際法の議論においては、法的拘束力の有無は、あまり意味のない議論だといえるのです。 」(http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-744.html:「死刑執行停止要請決議、国連総会が初採択 」)

こうした理解が一般的になったからこそ、神奈川大法科大学院の阿部浩己教授(国際法)は、「法的拘束力がないことだけで議論を進めれば、国際社会の営みは限りなく意味がなくなる」と指摘しているのです(朝日新聞平成19年12月19日付夕刊12面)。

このように、現在の国際法の議論においては、法的拘束力の有無は、あまり意味のない議論ですので、国際法上、「勧告には法的拘束力がないから、勧告に従わない」という考えは妥当でないのです。


3.条約という国家間の合意に関する問題ですから、憲法及び国際法上の議論が関わってきますので、これらの法の理解をしなくてはいけないわけです。色々な社会問題について、色々と考えをめぐらすことは意味あることですが、何の問題なのか十分に文献を調べ、妥当性を検討してみることが大切なのです。

このコメントで論じたように、「自由権規約委員会による勧告を無視する考え」は、あまりにも憲法及び国際法を無視した議論であって、学問的にも論理としても、通用するものではありません。ネット上では、法律論だけでなく、論理としても妥当性を欠く考えが蔓延しており、憂慮しています。

「論理の技術は、他の技術とはまったく違います。自分という存在の核心に関わるからです。詩人ピンダロスは、『汝自身になれ』という根源的な忠告を残しました。これは『人間になれ』という意味です。『論理的である』ことと『人間である』ことは、完全には等しくないかもしれません。しかし私は、『論理的である』ことが『人間である』ことの一部であると考えています。」(D.Q.マキナニー(水谷 淳 訳)『論理ノート』(ダイヤモンド社、2005年)150頁)

人である以上、論理的であれ――。このことを強調しておきたいと思います。
2008/11/10 Mon 20:59:29
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>死刑の廃止への向けての措置を求めている自由権規約6条

見たところ同条には、死刑の廃止への向けての措置を求めているような記載はありませんが。


>「勧告」や「条約」の効力など

「勧告」や「条約」を同じレベルで考えるのは無理かと。条文には勧告なる文言はない。また、条約は国内法と同様に国会の同意を受けて批准されるから国内法と同等の扱いを受けるのは理にかないますが、勧告は特に国会の同意を得ていないならば条約や国内法と同等の扱いは無理でしょう。

そもそも、私の見たところ、自由権規約自体に、勧告を履行する義務を課していないようです。そうであれば、勧告に従わなくとも条約違反にはなりません。

2008/11/11 Tue 09:25:19
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>麒麟も老いてはさん:2008/11/09 Sun 13:33:08
はじめまして、コメントありがとうございます。


>YO!!さんの方が無理な解釈です。
>自由権規約が「死刑廃止」をうたっていて、日本はこの規約を批准している。国際条約を批准している以上、憲法の規定から、国内的にも条約を遵守する方向での対応が求められる。だから死刑を廃止すべく、政府は行動すべきである……それだけのことです。こんなに初歩的な論点を、なぜいまだに理解できないのですか?

そうです、とても単純、初歩的な論理です。延々と書くほどのことではないのです。普通なら、「YO!!さんの方が無理な解釈」と理解できるはずですよね。


>以上のように書いているわけで、すでに議論は尽きているともいえます

仰るとおり、議論は尽きています。


>春霞さんにしてもblogの管理に割ける労力に限界はあるわけで、いくらなんでも春霞さんの厚意に甘えすぎです

ご配慮ありがとうございます。


>もっとも私としては、「他人の厚意に過度に縋るのは、保守派・右派の最も忌み嫌う所」という印象があったので、一連のやり取りはなかなか新鮮でもありましたが。

なるほど、そういった「印象」があるのですね。麒麟も老いてはさんほど、右派には詳しくないので分からないのですが、真っ当な保守派・右派は、気骨があるわけですね。

個人的には、右派、左派というこだわりはなく、一水会顧問の鈴木邦男さんのサイトも見て、著書も読んでいるほどです。このブログでは、左翼思想を説いているわけではなく、表題どおり、多くの社会問題について法律的にどう考えることが合理的なのか、一視点を提供しているのです。もちろん、そうした法律的に考える立場の一環として、少数派への尊重は特に大事にしていることは確かですが。


<追記>

「麒麟も老いては」と書いているところを見ると、 「昔のYO!!さんは優秀だったけど今は……」ということなのでしょうね。昔のYO!!さんを知らないのでよく分からないのですが、いくらその分野において優秀であっても、長年優秀さを維持することは難しいことです。

もっとも、法律は深い知識を必要とする専門学問であり、こちらは本職の立場で学問研究の場として本気で書いているのですが、YO!!さんは……読んで分かりますよね?(苦笑) ですから、YO!!さん程度の思考力で法律論を展開しても、ネットでは通用してきたことこそが問題だったように思います。ネットでは、現実の社会以上に、出鱈目な法律論が蔓延していますから、通用する下地はあったことは確かですが。
2008/11/11 Tue 23:59:38
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
自由権規約が「死刑廃止」をうたっていても、日本は死刑廃止を約した選択議定書には批准をしていない。批准していない以上、憲法の規定で国内的にも条約を遵守する方向での対応が求められても、死刑を廃止すべく、政府は行動する法的義務はない。
それだけのことですね。
2008/11/12 Wed 10:10:23
URL | YO!! #-[ 編集 ]
> ありえす224さん:2008/11/10 Mon 00:06:50
コメントありがとうございます。


>死刑の廃止云々より、当面の執行を回避すべく、本来なら法務大臣が死刑執行の印を押さない事に尽きるのではないでしょうか…
>そしてモラトリアム期間を十分に取って検証していけば良いかと思います。

そうですね。現実問題としては、事実上でも執行停止にすることが良いと思います。次のような記述を引用しておきます。

「私は基本的には、将来、死刑廃止の方向をめざすべきであると考えるが、少なくとも国民の考えが分かれている現段階では、とりあえず死刑執行を見合わせるのが望ましいと思う。政府は、死刑制度が現にある以上、それを執行するのが法治国家の筋という。しかし、このような考えはまちがっている。執行するかどうかは、政府(具体的には法務大臣)の裁量行為であって、理論的に法治国家と関係ない。現に死刑囚が死刑を執行されないで死亡した事件もあるが、それは違法ではない。」(渡辺祥三『法とは何か』(岩波新書、1998年)14頁)


>始めに死刑ありきで、それも法相が執行の印を押すことが義務であるかのような誤解をしているのではないかと(苦笑)

確かに、ネットではそういう誤解をしている人が多々いますね。死刑制度があるからといって、裁判所は死刑判決を下す義務はないのですし、6ヶ月以内の執行という刑訴法475条2項は訓示規定ですから(東京地裁平成10年3月20日判決(判例タイムズ983号222頁)、必ず執行すべし、ということではないですし。


>現在の法制下で、死刑という刑罰が存続する事が必要かといわれれば、私個人は不用と思う、としか答えようがありません…
>刑事法制のシステムそのものに欠陥が見える為で(冤罪での執行)

死刑では執行後の冤罪がわかっても本人にとって無意味ですから、重要ですね。現在の日本では再審制度が殆ど機能していない点が輪をかけて問題を大きくしています。


>率直に述べれば、国連の人権条約に批准した以上、それを遂行するのは国家運営のあり方を考えた時に当然である

これは国家や市民として法令遵守の態度を取るのか否か、という話の1つだと思うのです。自由権規約(条約)には法的拘束力がないとか、強制力がないとか、という議論はあるでしょう。しかし、日本は自由権規約を批准し、自由権規約に基づく委員会が死刑廃止を勧告している以上、その勧告に従うことは、法令を遵守し規範意識を有する国家や市民の態度として正しい姿だろうに、と思うのです。

蛇の目ミシン株主代表訴訟判決について、このブログではずっと触れてきたのは、法令遵守、規範意識とはどういうことか、を市民に提示するためでもありました。日本政府が勧告を無視する態度を取ることは、日本の市民の間で法律無視の意識を助長するものであって、モラル破壊をさらに助長するものであって、日本社会のあり方としても妥当でないように思うのです。


<追記>

自由権規約第6条について、かなり以前のものですが、芹田健太郎(愛知学院大学教員、神戸大学名誉教授)さんによる、「日本の国際人権規約批准25周年-成果と課題-」という講演から、一部引用しておきます。
http://blhrri.org/info/koza/koza_0110.htm

 「自由権規約は第6条で「1.すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する。この権利は、法律によって保護される。何人も、恣意的にその生命を奪われない。2.死刑を廃止していない国においては、死刑は、犯罪が行われた時に効力を有しており、かつ、この規約の規定及び集団殺害犯罪の防止及び処罰に関する条約の規定に抵触しない法律により、最も重大な犯罪についてのみ科することができる。この刑罰は、権限のある裁判所が言い渡した確定判決によってのみ執行することができる」と規定しています。

  これを基に委員会は、日本政府に対して条約は死刑廃止の方向を示しており、死刑を摘要する犯罪を減らすよう勧告しているのです。これに対して政府は世論が死刑を認めているという統計数字で対応しています。しかし委員会はこの分野における政府の役割として、世論によって政府が動かされるのではなく世論を形成する役割があるとしています。従って日本は規約を批准しているのだから第6条の精神も受け入れており、そのため日本政府は死刑廃止に世論・政治を向けていく条約上の義務があると主張しています。このように日本政府は両規約に批准してからの25年間に法律を制定してこなかっただけでなく、規約人権委員会が両規約の示す方向性の実現を指摘しているのに対して、法律論や逆方向にある世論をもって対応してきたのです。」
2008/11/13 Thu 00:14:46
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
人権規約委員会の一般的意見・見解と憲法の関係
備忘録として、齋藤正彰・北星学園大学教授の「憲法と国際法(特に、人権の国際的保障)」という論文から、一部引用しておきます。(なお、この論文は、衆議院憲法調査会・最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会に提出するものとして作成したもののようです。)

「規約人権委員会が解釈を示すというしくみを有するB規約を締結した以上、国内裁判所においても、規約人権委員会の意見・見解を可能な限り顧慮することが、『日本国が締結した条約……は、これを誠実に遵守することを必要とする』とする第98条第2項の要請に適うのではないか。」(齋藤正彰「憲法と国際法(特に、人権の国際的保障)」)


そして、「憲法第98条第2項は、我が国が締結した条約については、これを誠実に遵守することを必要とする旨規定しており、B規約を誠実に遵守することは、政府のみならず立法府及び司法府の義務であると考える」というのが政府見解でもあり、異論のないところです。

これら2つの見解からすれば、憲法98条2項の解釈として、今回、自由権規約委員会が示した「最終見解」を顧慮することが、裁判所及び政府としては、条約の誠実な遵守として求められるといえます。

内容としては、2008/11/10 Mon 20:59:29で示したもの(憲法論上の議論)と同じであり、ほかの方も同様のコメントをしているのですが、文献上の根拠を示してみました。文献上の根拠を示すまでもなく、憲法98条2項の解釈として素直に導けるものですが、いまや論理的思考力に欠ける方であっても航空幕僚長の地位にまで就いてしまうのですから。
2008/11/16 Sun 07:07:43
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
条約が死刑廃止義務を課していないなら、死刑廃止をしなくとも条約に違反しておらず、したがって条約を誠実に遵守しているといえる。

顧慮すべきといっているが、一応政府の見解は以下のとおり。

『森法相は31日の閣議後記者会見で「その趣旨を尊重しつつ、適切に対応したい」と述べた』

顧慮していないとはいえない。
2008/11/17 Mon 13:36:10
URL | YO!! #-[ 編集 ]
>YO!!さんへ
YO!!さんは法律論を主張しているのに、法律論でお答えしても、平然と「法的責任なんて分からない」など言ってしまうのですから、まるで法律論を理解してもらえず、まったく虚しい思いがします。YO!!さんの論理破綻した考えをいちいち違うと答えても、それも理解できないようですし。どうしようもないので、基本的にお答えしない方針にしています。


>2008/11/10 Mon 09:49:15URL | YO!!
>問題は、条約自身が履行する義務を課しているかどうかです。私が見たところそのような記載はありませんでしたが、どの条文から読み取れるのでしょうか?
>2008/11/11 Tue 09:25:19URL | YO!!
>そもそも、私の見たところ、自由権規約自体に、勧告を履行する義務を課していないようです。そうであれば、勧告に従わなくとも条約違反にはなりません。

いずれもYO!!さんが自説を主張する根拠は、「私の見たところ」だけです。「私の見たところ」と述べただけでは、根拠はYO!!さんのアタマの中なのですから誰も検証できず、全く根拠になりません。アタマの中の主観ではなく、十分な客観的な根拠を示すべきです。また、法律論なのですから、法的根拠及び法律上の文献を示すべきです。

なぜ「問題は、条約自身が履行する義務を課しているかどうか」という問題設定が正しいのかという点、「自由権規約自体に、勧告を履行する義務を課していない」という2点について、法律上の文献と法的根拠を示すべきです。


論理学では、次のような説明をしています。

「論証を評価するうえで最初に確かめるべきは、評価対象となる論証が実際に存在するかどうかです。つまり、論証の基本要素である前提と結論が、そもそも存在するかどうかです。表面的には論証に見える論述の中で、論点がさまざまな方法で強く主張されているものの、それを根拠づける情報がまったく伴っていない場合がよくあります。根拠づけのある命題だけが、「結論」という名に値します。」(D.Q.マキナニー(水谷 淳 訳)『論理ノート』(ダイヤモンド社、2005年)105頁)

YO!!さんの主張は、根拠がないのですから論理学上、「結論」に値しません。ですから、検討するに値しない主張であり、単なる妄言と同じです。


>2008/11/17 Mon 13:36:10
>『森法相は31日の閣議後記者会見で「その趣旨を尊重しつつ、適切に対応したい」と述べた』
>顧慮していないとはいえない。

政府は、今後、将来において「適切に対応したい」と述べているのですから、過去において「顧慮して」いたかどうかとは、別次元の問題です。将来と過去の区別ができないのですから、YO!!さんは相変わらず、非論理的な主張をしています。

ちなみに、平成12年の答弁書では「政府としては、今後とも、最終見解も踏まえつつ、B規約の効果的な実施に努力してまいりたい」と述べています。しかし、別のエントリーで触れたように、現在に至るまでほとんど「効果的な実施」をしていません。 ですから、日本政府は過去においてもほとんど「顧慮していない」のです。ですから、YO!!さんの主張は、この点でも間違いです。


色々書きましたが、もしかしたら、「顧慮していないとはいえない」ではなく、「考慮しないとは言っていない」の書き間違いですか? 

もし書き間違いだとしても、その記事は、「森法相は31日の閣議後記者会見で『その趣旨を尊重しつつ、適切に対応したい』と述べたが、勧告を受けて死刑制度の見直しに動く可能性はないとみられる。」(読売新聞)というものなのですから、考慮しない見込みであるのです。だいたい、その読売新聞の記事自体、このブログで取り上げているのですから、さも自分だけが知っていたかのように紹介されても、こちらは苦笑するだけです。

「国連の自由権規約委員会が「最終見解」を公表~合計34項目にも及ぶ詳細な評価・勧告 」
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-1540.html


もう何度も論理的に考えるべきだと批判しているのに、YO!!さんは一向に論理的に考えることができていません。非論理的な法律論ごっこをしたいのであれば、今までのように、モトケンさんのブログでコメントされた方がいいと思います。モトケンさんのブログでは、皆さん一緒になって、非論理的法律論・トンデモ法律論を繰り広げてくれるはずであり、気持ちよくコメントできるはずです。私は、そんな馬鹿げた法律論には興味はありませんが。

YO!!さんは、何度も論理的に考えるべきだと批判されてざぞ不愉快でしょう。ですから、このブログにコメントするのは止めて、前と同様に、モトケンさんのブログでコメントすることをお勧めします。はっきりいえば、モトケンさんのブログから出て、他のブログで迷惑をかけるのは止めるべきです。
2008/11/19 Wed 22:45:49
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>なぜ「問題は、条約自身が履行する義務を課しているかどうか」という問題設定が正しいのかという点、「自由権規約自体に、勧告を履行する義務を課していない」という2点について、法律上の文献と法的根拠を示すべきです。

これらの私の主張は勧告の履行義務を課した条文がないことを根拠にしているものである。それに対して反論するなら、そのような条文を摘示するべきである。


>政府は、今後、将来において「適切に対応したい」と述べているのですから、過去において「顧慮して」いたかどうかとは、別次元の問題です。将来と過去の区別ができないのですから、YO!!さんは相変わらず、非論理的な主張をしています。

過去についてではなく、今回の勧告に対してです。


>ちなみに、平成12年の答弁書では「政府としては、今後とも、最終見解も踏まえつつ、B規約の効果的な実施に努力してまいりたい」と述べています。しかし、別のエントリーで触れたように、現在に至るまでほとんど「効果的な実施」をしていません。 ですから、日本政府は過去においてもほとんど「顧慮していない」のです。ですから、YO!!さんの主張は、この点でも間違いです。

顧慮するということと、死刑廃止とは同義ではありません。顧慮することが死刑廃止であることを論理的に説明しましょう。


2008/11/20 Thu 09:30:21
URL | YO!! #-[ 編集 ]
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