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2008/09/25 [Thu] 21:31:17 » E d i t
自民党の麻生太郎総裁(68)は9月24日午後、召集された臨時国会で衆参両院による首相指名投票を経て第92代、59人目の首相に指名され、首相親任式(憲法6条1項)と閣僚認証式(憲法7条5号)が皇居で同日夜行われ、新内閣が発足しました。

首相指名選挙(憲法67条1項)では、衆院は麻生氏を、参院は決選投票の末、小沢氏を指名しました。両院の議決が異なったことから、両院協議会が開催されましたが、意見は一致せず、憲法67条2項により、衆院の議決が優先され、再開された衆院本会議で麻生氏指名が正式に決まりました(時事通信2008/09/25-00:51)。

(なお、これまで、衆議院と参議院の指名が異なった場合は、4回ありました。1948年2月に衆議院は芦田均、参議院は吉田茂、1989年8月に衆議院は海部俊樹、参議院は土井たか子、1998年7月に衆議院は小渕恵三、衆議院は管直人、2007年9月に衆議院は福田康夫、参議院は小沢一郎を指名しました。「福田内閣発足~前内閣の外から新たに起用されたのは17人中2人だけの「上書き保存内閣」」(2007/09/27 [Thu] 00:56:54)参照。)


1.前内閣である「福田内閣」は、9月24日午前の閣議で総辞職したのですが、その点の記事を1つ引用しておきます。

(1) 朝日新聞平成20年9月24日付夕刊2面

福田内閣が総辞職 在任365日、7番目の短さ
2008年9月24日10時46分

 福田内閣は24日午前の閣議で総辞職した。皇居での新首相の任命式が同日中に行われると、昨年9月26日に就任した福田首相の在任期間は365日間で、現行憲法下の内閣では7番目の短さ。安倍前首相の366日間に1日及ばないことになる。

 首相は総辞職にあたって談話を発表。日銀総裁人事などで「ねじれ国会」に翻弄(ほんろう)されたことに触れ、「結果として十分な対応ができなかったことに、国民に対し、責任を痛感しておりました」とした。

 さらに消費者庁設置法の閣議決定や公務員制度改革などの実績を列挙して「改革は緒についたばかりですが、進むべき道標を立てることはできた」と在任中の成果を強調した。

 首相は閣議後の閣僚懇談会で「本当に短かったが、ご苦労さん。ありがとう」と閣僚に声をかけ、握手。閣議前、町村官房長官には「次の総理もねじれ国会で苦労するだろうなあ」と語ったという。午後1時前、官邸職員や省庁の幹部らに見送られ、1年間過ごした官邸を後にした。」



(2) 福田首相は、「結果として十分な対応ができなかったことに、国民に対し、責任を痛感しておりました」として、在任中の政治の停滞を陳謝してはいますが、突然の退陣に関する謝罪はありませんでした(毎日新聞 2008年9月24日 東京夕刊)。

また、首相の談話を読むと、「(ねじれ国会で)補給支援特措法案成立のために臨時国会は再度の延長を要し、歳入関連法案も予算成立から1カ月余遅れ、日銀正副総裁人事は4人もの候補者が否決されました」と、民主党の国会対応を批判したうえで、「国民に対し、責任を痛感しておりました」としているのですから、相変わらず他人のせいにしたのです。

「改革は緒についたばかりですが、進むべき道標を立てることはできた」として、在任中の成果を強調してはいるものの、成果として挙げたものは「消費者庁設置法の閣議決定や公務員制度改革など」いまだ法律化・実施されたものではなく、成果といえるものではないのです。

要するに、厳しいことを言えば、失敗は他人(=野党)の責任にして「政権投げ出し」をしても国民に謝罪をすることもないという極めて無責任で、構想という夢想を語っただけで何もしなかったのが「福田内閣」だったのです。




2.では、麻生内閣発足についての報道記事を幾つか。

(1) 東京新聞平成20年9月25日付朝刊1面

麻生内閣 発足 11月2日軸 総選挙へ
2008年9月25日 朝刊

 自民党の麻生太郎総裁(68)は二十四日に召集された臨時国会で第九十二代、五十九人目の首相に選出された。麻生新首相は直ちに組閣に着手し、同日夜からの皇居での首相任命式、閣僚認証式を経て新内閣が発足。これを受けて麻生首相は、衆院解散に伴う総選挙の日程に関し、十月二十一日公示-十一月二日投開票を軸に調整に入った。この場合、解散は十月十日前後となることが濃厚で、与野党は早速、臨戦態勢に入る。

 二十四日午後の衆参両院本会議での首相指名選挙は、野党が過半数を占める参院では民主党の小沢一郎代表(66)が指名され、両院協議会も物別れに終わった。このため、衆院の議決を優先する憲法の規定により、麻生首相が誕生した。

 この後、首相は首相官邸で公明党の太田昭宏代表と会談。続いて就任記者会見を行い、官房長官が読み上げるのが慣例だった閣僚名簿を自ら発表した。

 記者会見では「景気への不安、生活への不満、政治不信という危機にある。日本を明るく強い国にするのが私の使命だ」と決意表明した。財源が未定なことから、実現が危ぶまれている来年四月からの基礎年金の国庫負担割合の二分の一への引き上げは「約束事。実施します」と明言。インド洋での海上自衛隊による給油活動については「国際社会の一員として当然の責務だ」と、継続に強い意欲を示した。

 麻生内閣では、森英介法相(60)、塩谷立文部科学相(58)、浜田靖一防衛相(52)、小渕優子少子化担当相(34)、佐藤勉国家公安委員長(56)の五人が初入閣。鳩山邦夫総務相(60)、甘利明行革担当相(59)ら自民党総裁選で麻生首相を支持した議員を多く起用した。米国発の金融危機や景気対策に総合的に対処するため、中川昭一財務相(55)は金融相との兼務とした。福田改造内閣からは、野田聖子消費者行政担当相(48)ら五人を再任した。

 麻生首相は二十五日、国連総会出席のため訪米し、帰国後の二十九日に衆参本会議で所信表明演説を行う。十月一-三日には各党の代表質問で首相として初の論戦に臨む。」



(2) 東京新聞平成20年9月25日付朝刊29面

「世襲」閣僚11人 痛み分かるの

 麻生新内閣の閣僚18人のうち、祖父や父などが首相や国会議員経験者という「世襲議員」は麻生太郎首相をはじめ11人。小泉政権以後の内閣と比べて多くなっている。

 作家の落合恵子さんは「世襲議員の中には優れている人もいると思うけれども」と前置きし、「国民からみたら『世襲議員はきっと痛みを知らないんだろう』と思ってしまう。それほど生活はがけっぷちだ。国民本位というなら、もっと敏感にならないといけない」と批判した。

 「親の地盤をそのまま受け継いで国会議員になった閣僚がこれだけ占めると、国民の声はほとんど届かないでしょう。この内閣は『国民目線』ではなく『永田町目線』だ」

 最近、「自民党政治の終わり」を出版した学習院大の野中尚人教授(比較政治学)は「二世議員が閣僚に多いのは、自民党の人材発掘と育成力が弱まっていることを象徴している」と分析する。

 野中教授は「一人しか当選できない小選挙区制では、中選挙区制の時代よりも選挙が厳しくなり、親の地盤を受け継いだ人の方が立候補しやすい側面もある」とも指摘。今回入閣した小渕優子少子化担当相は小選挙区制導入後に政界入りした。

 また、鳩山邦夫総務相や中川昭一財務相、甘利明行革担当相ら総裁選で麻生首相を応援した功労者の入閣も目立った。」



◇麻生内閣の顔ぶれ(敬称略)

 ▽総理 麻生太郎(衆)
 ▽総務 鳩山邦夫(衆)
 ▽法務 森英介(衆)
 ▽外務 中曽根弘文(参)
 ▽財務・金融 中川昭一(衆)
 ▽文部科学 塩谷立(衆)
 ▽厚生労働 舛添要一(参)
 ▽農水 石破茂(衆)
 ▽経済産業 二階俊博(衆)
 ▽国土交通 中山成彬(衆)
 ▽環境 斉藤鉄夫(衆)
 ▽防衛 浜田靖一(衆)
 ▽内閣官房 河村建夫(衆)
 ▽国家公安 佐藤勉(衆)
 ▽行政改革 甘利明(衆)
 ▽経済財政 与謝野馨(衆)
 ▽消費者行政 野田聖子(衆)
 ▽少子化 小渕優子(衆)」(毎日新聞より)



この内閣の特徴は、何と言っても麻生新内閣の閣僚17人のうち、10人が「2世議員」であることです。閣僚の祖父か父が首相経験者なのは4人であり、閣僚の2世議員は、10人ですから(小泉内閣は5人、安倍内閣は4人、福田改造内閣は9人)、閣僚の2世議員は「最多」(毎日新聞)となっています。

 「作家の落合恵子さんは「世襲議員の中には優れている人もいると思うけれども」と前置きし、「国民からみたら『世襲議員はきっと痛みを知らないんだろう』と思ってしまう。それほど生活はがけっぷちだ。国民本位というなら、もっと敏感にならないといけない」と批判した。
 「親の地盤をそのまま受け継いで国会議員になった閣僚がこれだけ占めると、国民の声はほとんど届かないでしょう。この内閣は『国民目線』ではなく『永田町目線』だ」」(東京新聞)


有権者の投票により選ばれる国会議員であるのに、国会議員の地位を世襲しているかのように「2世議員」が増え、しかも内閣総理大臣は自由に大臣を任命できるはずなのに(憲法68条)、2世議員が10人もいるのです。もちろん、首相の祖父は吉田茂元首相であり、世襲議員の一人です(東京新聞2008年9月25日付【特報】「新首相地元の福岡8区を歩く 威容誇る“麻生城下町”」も参照)。

麻生首相は、組閣に伴い各閣僚に<1>国民本位の政策<2>官僚を使いこなす<3>省益よりも国益重視、の3点を指示しています。しかし、麻生首相を筆頭として2世議員ばかりの閣僚では、「『国民目線』ではなく『永田町目線』」であって、国民本位の政策自体が理解できず、実行できないでしょう。



3.閣僚決定の経緯についての記事を幾つか。

(1) 東京新聞平成20年9月25日付朝刊3面【核心】

麻生流「お友達内閣」 行賞組や文教族続々 情報漏れ、統制力に懸念
2008年9月25日

 麻生太郎首相が24日に発足させた新内閣は、間近に迫った衆院選をにらんで、麻生色を強く打ち出した布陣となった。ただ、麻生総裁誕生の論功行賞組や首相と同じ文教族で固めた閣僚の顔触れには「首相の統制力が効くのか。新たな『お友達内閣』だ」(自民党中堅)との不安も出ている。 (政治部・渡辺隆治)

 今回の組閣は、福田改造内閣発足から2ヶ月弱しかたっていないため、小幅の入れ替えにとどまるとの観測もあった。しかし、再任はわずか5人。首相周辺は「自民党役員は衆院選を考えると、いじれなかった。組閣は麻生色を出すために、派閥の推薦は受けず、やりたいようにやった」と解説する。

■元首相の影

 目立つのは、麻生政権誕生に骨折った行賞組。鳩山邦夫総務相は今回と前回の総裁選で麻生陣営の推薦人代表を務めた。甘利明行革担当相と中川昭一財務相は他派閥の幹部級ながら、2回続けて推薦人に名を連ねた。無派閥の浜田靖一防衛相は2001年の最初の総裁選挑戦から麻生氏を支持してきた。麻生氏周辺は「危険を冒して麻生氏を支持してきた人たちに報いるのは当然だ」と強調する。

 鳩山氏、中曽根弘文外相と中山成彬国土交通相、河村建夫官房長官と文科相(文相)経験者が4人も入閣したのも特徴。塩谷立文部科学相も文部科学副大臣を経験しており、麻生氏とはサッカーくじ導入時からの仲という。

 首相は文部政務次官や党文教部会長を歴任した文教族議員。党総裁選で麻生圧勝の流れをつくった文教族のドン・森喜朗元首相の影響力も背景にあるようだ。「今回は森人事」(町村派中堅)との指摘もある。

■なれ合い

 露骨な衆院選対策による起用もある。佐藤勉国家公安委員長は民主党の小沢一郎代表の側近、山岡賢次国対委員長と栃木4区で激突する。佐藤氏の入閣の狙いが山岡氏のけん制にあるのは明らかだ。

 省庁再編で分離された財務相と金融担当相を中川氏に兼務させたのも麻生色だが、財務省の肥大化を批判する民主党の攻撃対象となる可能性がある。

 首相の組閣方針に対して「気心の知れた仲間を登用したのだろうけれど、緊張感を欠いたなれ合いに陥らないか」(組閣経験者)という懸念も出ている。

 実際、22日夜から極秘のはずの人事情報が漏れ始めた。首相指名の前に新内閣の骨格がほぼ報道機関に把握される異常事態となり、情報管理の甘さを露呈。小泉内閣以来続いていた人事は首相が独りで決めるという「伝統」は崩れた。

■威厳形無し

 麻生氏の首相としての威厳に疑問がつく場面もあった。鳩山氏は法相再登板の要請を拒否。再調整した結果、総務相に内定していた甘利氏を外し、鳩山氏を総務相に充てた。

 中山氏も麻生氏から電話で、行革担当相を提示されたが抵抗。結局、河村氏を通じて「私も役人出身。妻も子供も公務員。お受けできない」と断りの電話を入れ、国交相を手中にした。

 若手は「報道でポロポロ出るから、ポスト入れ替えといみっともない話になる。新政権の船出が台無しだ」と批判。麻生氏に近い議員でさえ「こんな人事をしていたら、不満が出て当たり前だ」とまゆをひそめた。

 「いろいろ言う人がいるが、適材適所が基本。このメンバーで正々堂々と選挙を戦う」

 閣僚名簿発表の記者会見で首相はこう強調したが、党内からは「これで支持率が上がるのか」(中堅)との声も漏れている。」


 
(2) 朝日新聞平成20年9月25日付朝刊2面(13版)

オレ流組閣 ドンの影

 「主役はオレ」と言わんばかり。麻生首相の初組閣は、派閥のバランス無視、新たな「選挙の顔」探しに躍起になるわけでもなく、自民党総裁選で応援してくれた仲間で固めた。祖父譲りのワンマンぶりに、政権の生みの親たる森元首相が猛反発。さすがの首相も、最大派閥のドンだけは無視できなかった。

仲間重視 論功色も 自民幹部「まるで麻生選対」

 「総理は非常にリーダーシップが強く、どちらかというと派手。私は超地味だ。オレを引き立ててくれるのに都合がいい、と思われたのでは」

 河村官房長官は就任直後の会見で、起用された理由について問われるとこう答えた。

 目玉らしい目玉はなく、身内中心に固めたイメージが色濃い。麻生氏は「この組閣で次の選挙を戦う」と宣言していたが、ふたを開けてみれば麻生氏1人の「顔」ばかりが際だつ陣容となった。

 通常は官房長官が行う新閣僚名簿の発表も、麻生氏自らが行った。周囲には「議院内閣制で間接的に国民に選ばれた首相が選んだ、というメッセージを込めたい」と語っていた。しかし、名簿から伝わるメッセージは乏しかった。

 4度目の挑戦で首相の座にたどりついた麻生氏は、自民党総裁選では全体の3分の2の得票で圧勝。麻生氏に近い衆院議員は「これだけ取れば、組閣では派閥の推薦は受けないで、やりたいようにやるよ」と予告していた。

 まず起用を固めたのは、身内だった。鳩山邦夫、中川昭一、甘利明各氏は、昨年の総裁選で所属する派閥の意向に反して麻生氏の支持に走った。今回も推薦人となった3人の登用を見て、自民党幹部は「まるで麻生選対だな」。

 次に名前が浮上したのが、中曽根弘文氏。郵政民営化法案の「造反組」の象徴で、参院で影響力を持つ青木幹雄前参院議員会長と反目を続けてきた中心人物だった。

 青木氏は総裁選で、与謝野馨氏の支持を鮮明にした。これを受け、所属する津島派の参院議員に加え、青木氏に近い古賀派の一部も与謝野氏の支持に回った。

 一方、中曽根氏は、全8派から計十数人の参院議員を集め、麻生氏に支持を伝えた。32年ぶりの参院からの外相起用で、しかも「入閣は1回限り」という参院自民党のおきてを破ったことに、中堅議員は「あり得ない人事。露骨な嫌がらせだ」と、青木氏への報復という見方をしている。

 麻生氏は、あるベテラン議員に「彩り鮮やかに、と考えている」とも伝えていた。戦後最年少入閣となった小渕優子氏のことだった。唯一の目玉と言える抜擢(ばってき)人事だが、小渕氏が所属する津島派幹部は「希望は見事にまったく反映されなかった。津島派に対する長年の恨みが積もっていた」と受け止めている。

 また、第3派閥の古賀派について、麻生氏周辺は「(同派会長の)古賀誠さんがだいぶ言ってきた」と明かすが、同派の入閣待機組ではない佐藤勉氏の入閣は一本釣りに近い。古賀氏は自分を納得させるかのように記者団にこう語った。「麻生総理がこのメンバーで戦えると判断したことだ。派閥のバランスとか、そういうことは今回あまり申し上げることではない」

森氏「町村派から2人」 ゴリ押し「10年前に逆戻り」

 組閣前夜の23日夜。自民党の細田博之幹事長、公明党の太田代表ら自公両党の幹部と東京都内のホテルで食事をしていた麻生首相に、ニューヨークにいる森元首相から国際電話が入った。森氏はまくし立てた。「1人じゃダメだ」

 この直前、森氏は町村派代表世話人の町村官房長官から組閣情報を聞いていた。町村派からは中山成彬氏しか入閣しない――。そう聞いた森氏は「そんなものダメだ」と激怒した。

 「衆1、参1でどうですか」。首相は町村派の衆参両議員から1人ずつとる妥協案を示したが、森氏は中山氏のほか衆院からもう1人を想定していただけに収まらない。「衆2じゃないとダメだ」。結局、首相は同派衆院の塩谷立氏も文部科学相に採用した。

 派閥の「ゴリ押し」で組閣人事が入れ替わることは、ここ数年ほとんどなかった。

 小泉元首相は組閣当日まで人事情報を漏らさずに首相主導を印象づけ、政権の求心力を高めた。安倍元首相もスタイルを踏襲。福田前首相は「事前に漏れれば入れ替える」と秘密主義を貫き、各派閥も手の出しようがなかった。

 ただ、この3首相はいずれも最大派閥の町村派の出身。各派閥にさほど気遣わなくても政権運営ができた。ところが、首相が率いる麻生派は20人の小派閥。いきおい大派閥には配慮せざるを得ない。

 首相は今回、自民党総裁選の麻生選対の幹部や同じ文教族など、親交の深い議員を数多く入閣させた。持論の「財政と金融の一体」を貫き、中川財務相に金融相を兼務させるなど、持論をそれなりに貫いたところもある。

 ただ、麻生政権生みの親の森氏がいまだに強い影響力を持つ町村派だけには強い態度には出にくい。そうした力学を知り尽くす同派は、入閣の人数だけでなく、ポストの割り振りにまで口を挟んだ。

 組閣直前の24日午後、中山国交相の携帯電話が鳴った。首相からだった。ポストを確かめる中山氏に首相は「行政改革相をお願いしたい」と告げたが、中山氏は「派閥に相談します」と即答を避けた。

 中山氏も、妻の中山恭子前拉致担当相も、旧大蔵省出身だ。息子も財務省から金融庁に出向中で、「家族3人大蔵省なのに、行革相で霞が関の解体作業なんてできない」と考えたからだ。

 結局、首相が折れて中山氏を国交相に充て、甘利行革相が、あおりで横滑り。甘利氏は国交相の前は総務相への起用が検討されていた。二転三転した末の行革相就任に「正直言って想定外だった。これだけポストがいろいろ報道されたのは、私は経験がありません」と不満を漏らした。

 小泉内閣では首相が本人に会うまでポストが漏れることはなく、難色を示せば入閣させない、というスタイルだった。ところが今回は、町村派から「首相指名選挙で我が派が全部造反したら、どうなっていたか」(幹部)という脅しが公然と漏れるほど最大派閥の「ゴリ押し」が目立った。

 組閣風景の様変わりに、自民党内のあちこちで「10年近く前に逆戻りしたようだ」という声が聞こえた。」



自民党総裁選で応援してくれた仲間で固めた組閣でした。そして、「麻生氏は『この組閣で次の選挙を戦う』と宣言していたが、ふたを開けてみれば麻生氏1人の『顔』ばかりが際だつ陣容となった」(朝日新聞)ことや、津島派や古賀派の不満がたまった人事となりました。こうした不満が生じていることは、麻生首相は分かっていたはずですから、自民党内での協力が得られるのだろうかと、大いに疑問に感じます。

仲間優先であるとはいえ、その仲間についても、麻生首相は優劣をつけました。例えば、「鳩山氏は法相再登板の要請を拒否。再調整した結果、総務相に内定していた甘利氏を外し、鳩山氏を総務相に充てた」(東京新聞)のです。

鳩山邦夫、中川昭一、甘利明各氏は、昨年の総裁選で所属する派閥の意向に反して麻生氏の支持に走った仲間であったわけですが、鳩山氏の要望は聞き入れたのに対して、甘利氏は「二転三転した末の行革相就任」(朝日新聞)となったのですから、甘利氏だけ割を食ってしまいました。結局、甘利氏が「正直言って想定外だった。これだけポストがいろいろ報道されたのは、私は経験がありません」と不満を漏らしたほど(朝日新聞)、仲間同士でも不満が生じてしまったのです。

麻生首相は、町村派には逆らえないためか、中山成彬氏のゴネさえも押し返せませんでした。麻生首相は、中山氏に対して「行政改革相をお願いしたい」と告げたのに対して、拒絶しました。それは、「家族3人大蔵省なのに、行革相で霞が関の解体作業なんてできない」と考えたからだそうです。しかし、国務大臣であれば、行革相でなくても行政改革を行えば、どの省庁でもかかわりを持たざるを得ないのですから、最初から行政改革(=霞が関の解体)に反対する気であると受け取れる考えです。よくも、麻生首相は、こんな理由にならないゴネを受け入れ、大臣に任命したものだと呆れてしまいます。




4.麻生首相は、人選については「適材適所だ。このメンバーで選挙を戦うことになる。(民主党と)正々堂々と戦う」と述べています(読売新聞平成20年9月25日付朝刊1面)。内閣として政策を実行する立場としては、野党(民主党など)と論戦を交わすことは確かです。

しかし、国務大臣は、内閣の閣議に参加する者であって、財務省とか外務省という役所を担当する「主任の大臣」ですから、選挙要員ではないのです。「このメンバーで選挙を戦う」という意識は、内閣制度を根本的に誤解しているように思えます。

衆院解散時期については、麻生首相は、「10月10日前後となることが濃厚」(東京新聞)で、「10月21日公示、11月2日投開票」(東京新聞)とする方針のようです。9月24日に発足した麻生内閣なのに、わずか10月10日段階で衆議院を解散してしまえば、もちろん内閣は機能を停止し、国会も機能停止状態となります。

結局、麻生内閣は、選挙が終わる11月2日までほとんど何もできないことになってしまいます。仮に、自民党が大敗すれば、その時点でこの内閣も終わりです。麻生内閣は、選挙のみのために存在する内閣といえるのです。

福田前首相が突然辞任を表明をして「政権投げ出し」を行い、しかも事実上、内閣の機能を停止している状態であって、ずっと政治空白が続いていました(「福田首相辞任問題~福田首相は、民主主義が分かっていなかったのではないか?」(2008/09/05 [Fri] 06:17:16)参照)。どうやら政治空白は、11月2日まで続くことになりそうです。


テーマ:政治・時事問題 - ジャンル:政治・経済

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コメント
この記事へのコメント
世襲議員の少なからぬ部分は、選挙区の“先代”支持者の要請に依るとの印象を受けます。
そして、その要請のほとんどが、先代と同様の、選挙区への利益誘導を期待したものでしょう。
詰まるところ、世襲もまた民度の問題、ということでしょうか。
2008/09/25 Thu 23:13:49
URL | rice_shower #UXr/yv2Y[ 編集 ]
>rice_showerさん:2008/09/25 Thu 23:13:49
コメントありがとうございます。


>世襲議員の少なからぬ部分は、選挙区の“先代”支持者の要請に依るとの印象を受けます。
>そして、その要請のほとんどが、先代と同様の、選挙区への利益誘導を期待したものでしょう。

仰るとおり、利益誘導でしょうね。私の知る、某自民党議員の支援団体・支援者は、露骨に利益獲得であることを吐露してくれました。しかし、代々延々と、一部の者に利益誘導が続いていくとなると、国会議員は全国民の代表者である……なんて書くことすら、恥ずかしくなりそうです。


>詰まるところ、世襲もまた民度の問題、ということでしょうか

仰るとおり、残念ながら民度の問題なんでしょうね……。代々国会議員の資質があるというわけでもないのに、世襲化しており、選挙民もおかしいと思わずに「世襲議員」に投票するのもどうかと思います。

小泉純一郎元首相が今期限りで政界を引退し、同一選挙区から子息が跡を継いで立候補するようです。後継の次男は“四世”となりますが、ここまで世襲を認めてよいのかどうか、「国会議員の資質は血縁ではない」ということを、選挙民も少しは考えてほしいものです。
2008/09/27 Sat 07:16:11
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2008/09/28 Sun 08:28:06
| #[ 編集 ]
(ネオリベ全否定的)小泉批判が世の本流となってから、色んな所で、小泉擁護(というより竹中擁護かな)の発言をして来た者としては、息子への世襲と聞いて、最後の最後に脱力させられました。 
「民主党から出す!」なんていうサプライズなら、新たな小泉神話を楽しめたかも知れないけど.....。
2008/09/28 Sun 08:49:38
URL | rice_shower #UXr/yv2Y[ 編集 ]
>非公開コメントの方へ:2008/09/28 Sun 08:28:06
コメントありがとうございます。
非公開コメントのため、修正した形で引用します。


>政治家の子弟などが政治家を目指すことは、職業選択の自由あるので、それ自体は認められていいはずです。
>しかし、同一選挙区からの継承立候補は絶対に禁止すべき

国政選挙は小選挙区制ですから、地盤を引き継ぐと、地盤継承者が圧倒的に有利になってしまいます。公職選挙法で制限した方がいいでしょうね。

とはいえ、親が政治家だからといって、子供にも素養があるとは限らないのですから、地盤を引き継ぐことができること自体が妙なんですよね。


>それにしても、中山夫妻というのは、揃って「どうかしてます」ね

中山成彬議員の暴言については、「中山国交相の暴言問題:「日本は内向きな単一民族、成田闘争は『ごね得』、日教組強いと学力弱い」~いずれもまったく根拠のないデタラメ!!! 」(http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-1423.html)で触れたように、言っている中身はデタラメです。どうかしてます。

問題は、大臣になって有頂天になってしまったのか、こうした暴言を国交相という立場で、総選挙直前に述べたことです。

中山議員は、「日教組が強いところは学力が低い」との発言について「撤回はしない。わたしは日本の教育のガンは日教組だと思っている。ぶっ壊すために火の玉になる」と強調していますが(時事通信)、こんなデタラメな暴言をはいているようでは、国民は麻生内閣を信頼せず、麻生内閣が火達磨になり、自民党が火達磨になってしまいます。誰が考えてもすぐに分かるはずです。民主党への議席数を増やすために、あえて言っているのではないか、と思えるほどです。こんなろくでもない議員を閣僚にせざるを得ない、小派閥の麻生太郎氏の力のなさが感じられて、哀れな感じもします。2代続けて政権を投げ出す首相を排出する政党ということを、改めて納得できた出来事でした。 


そういえば、橋下氏もその「どうかしている」仲間のお一人ですね。

国交相発言「本質ついてる」 橋下知事は擁護論
2008年9月27日10時58分

 中山国交相の発言に対し、学力調査の結果公開を求めて市町村教委とバトルを繰り広げている橋下徹・大阪府知事は26日、報道陣に「表現方法は賛否両論あると思うが、本質をついているような発言なんじゃないですか」と話した。橋下知事は「(公開には)教員が大騒ぎして大反対している。教員組合が強いかどうかはわからないが、教員が教育の中立性の名の下に府民の声を聞かなかった」などと述べた。」(朝日新聞平成20年9月27日付朝刊39面)
http://www.asahi.com/politics/update/0927/TKY200809260374.html

まったくデラタメな内容のどこが「本質をついているような発言」だというのでしょうね~。通常人の社会常識がまったくない橋下知事らしい発言であるという、橋下氏の「本質」は理解できましたが。
2008/09/29 Mon 00:00:02
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
>rice_showerさん:2008/09/28 Sun 08:49:38(9月30日追記しました)
コメントありがとうございます。


>息子への世襲と聞いて、最後の最後に脱力させられました

小泉さん「らしく」ないという非難というか、嘆きを幾つかの紙面で目にしますね。確かにrice_showerさんの嘆きも、分かる気がします。

ただ、小泉元首相自体が、世襲議員ですし、しかも派閥から出ることもせず、むしろ森派(現在、町村派)は肥え太ったのです。小泉氏も、ただ郵政民営化だけを唱えただけで、別に何か将来の日本社会に対する理念を持っていませんでした。

自らの利益は、絶対手放すことはないというのが、古来からの欲の強い権力者のよくある姿であり、世襲もその1つでしょう。子供に世襲させたのは、小泉元首相の自然な姿が出ただけだと思っています。

問題なのは、米国のシンクタンクにいただけで、その後は秘書しかやっていない、27歳の若者が世襲することです。何年も市議会議員や県議会議員を務めていたとか、長年、社会人として過ごしてきたというのであれば、まだしも、まだほとんど社会に出ていない27歳の人物が国会議員として相応しいとは思えないのです。こうした人物に投票することは妥当でないと思えるか、当該選挙区における有権者の民度が問われていると思います。


<9月30日追記>

小泉進次郎氏の人物像、「シンクタンク就職」の怪しさなどは、「とむ丸の夢」さんの「コンディとヒロ:ファーストネームの呼び合いも外交戦略? コイズミ・ジュニアのことなど」(http://pokoapokotom.blog79.fc2.com/blog-entry-900.html)をご覧下さい。これを見ると、人柄はともかく、実質的には経歴となるような実績は皆無のようです。
2008/09/29 Mon 00:27:40
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
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