(9月2日付追記:大野病院事件の控訴断念に言及したブログを紹介し、一部引用しました。)
1.報道記事を幾つか。
(1) YOMIURI ONLINE(地域:福島)(2008年8月30日)
「「新たな立証難しい」大野病院事件
控訴断念で検察側
大熊町の県立大野病院で2004年12月、帝王切開手術を受けた女性(当時29歳)が死亡した医療事故を巡る裁判は、福島地検が29日、控訴断念を表明したことで、無罪判決が確定することになった。業務上過失致死罪などに問われた加藤克彦医師(40)=休職中=について、県病院局では「判決が確定した時点で復職になる。復職後のことについては加藤医師の考えを聞いて検討する」としている。
子宮に癒着した胎盤をはがし続けた処置の妥当性が問われた裁判で、「子宮摘出に移るべきだった」と主張した検察側に対し、20日の判決は立証不足を指摘していた。
福島地検の村上満男次席検事はこの日、「(刑罰を科す基準となり得る)医学的準則には様々な考え方があり、裁判所が要求する程度も考え方としてはあり得る。あり得る以上は覆せない」と立証が及ばないことを認め、「証拠に基づいて過失があると判断したが、裁判所と過失、注意義務のとらえ方に違いがあった」と述べた。また、控訴審は原則として1審の証拠に基づいて審理されるため、新たな立証が難しいと説明した。
ただ、任意捜査でなく、逮捕したことについては「逮捕の要件を慎重に判断して行ったもので、正当だったと思う」とし、起訴したことも「証拠に基づいたもので誤っていない」とした。
今後については「より慎重、適正に捜査をしたい」と語った。
また、県警刑事総務課の佐々木賢課長も、「県警としては、法と証拠に基づいて必要な捜査を行ったものと考えている。今後も本判決をふまえ、慎重かつ適切に行って参りたい」と話した。
これに対し、加藤医師の弁護団は「当然の結論」とするコメントを出し、日本産科婦人科学会も「医療現場の混乱を収束する上で医療界全体にとっても妥当な判断」という声明を出した。
一方、女性の父、渡辺好男さん(58)は読売新聞の取材に対し、「(事故について)まだ疑問に思うことがあり、生涯真実を求めていきたい」と胸の内を語った。判決当日に県に提出した、医療事故の再発防止を求める8項目の要望書にも触れ、「要望書は今の自分にとって希望。患者の視点で変えていける環境を提案しており、順番に変えていってほしい」と話した。
(2008年8月30日 読売新聞)」
(2) 東京新聞平成20年8月30日付朝刊28面
「産科医無罪確定へ 帝王切開死亡 検察が控訴断念
2008年8月29日 18時47分
福島県大熊町の県立大野病院で2004年、帝王切開で出産した女性=当時(29)=が手術中に死亡した事件で、業務上過失致死などの罪に問われた産婦人科医加藤克彦医師(40)を無罪とした福島地裁判決について、福島地検は29日、控訴断念を決めた。無罪が確定する。
医療行為をめぐり医師が逮捕、起訴され、医療界の猛反発を招いた異例の事件は1審で終結する。地検は、主張の根拠となる臨床例の提示や新たな鑑定人確保などが困難と判断したとみられる。
公判では、子宮に癒着した胎盤をはがし続けた判断の是非が最大の争点になり、20日の判決は「標準的な措置だった」と過失を否定した。
検察側は「直ちに子宮を摘出すべきだった」としたが、判決は「根拠となる臨床症例を何ら示していない」と退け、立証が不十分と批判。「ほとんどの医師が従う程度の一般性がなければ刑罰を科す基準にならない」と指摘した。
福島地検の村上満男次席検事は「裁判所の要求する一般性の程度も考え方としてあり得る。判断を覆すのは困難と判断した」と説明。「控訴に際し原則、新たな証拠提出ができないことも影響した」とも述べた。
加藤医師は04年12月、女性の帝王切開手術を執刀した際、大量出血を予見できたのに、子宮に癒着した胎盤を無理にはがして失血死させたとして逮捕、起訴された。判決は、死亡を警察に届けなかったとされた医師法違反罪も含めて無罪(求刑禁固1年、罰金10万円)を言い渡した。
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■ほっとしている
加藤克彦医師の話 心中ほっとしております。(逮捕からの)2年6ヶ月は長く、支えてくださった皆さまに大変感謝しております。これからも地裁医療に私なりに精いっぱい取り組んでまいります。あらためまして患者さんのご冥福をお祈り申し上げます。」
(3) この2つの記事には色々と興味深い点が出ています。
イ:1点目。
「福島地検の村上満男次席検事はこの日、……「証拠に基づいて過失があると判断したが、裁判所と過失、注意義務のとらえ方に違いがあった」と述べた。」(読売新聞)
「福島県立大野病院事件(下):福島地裁平成20年8月20日判決への評価〜医療過誤に対する刑事責任の追及はやめるべきか?」(2008/08/24 [Sun] 19:23:40)を読んでいたら、「裁判所と過失、注意義務のとらえ方に違いがあった」との意味は、改めて説明するまでもないと思います。捜査機関側とすれば、「従来通りの『刑事の過失』の意味と『注意義務の捉え方』で立証したのに、違う基準を持ち出してきて立証不十分だとして無罪としたのだから、やってられなれないよ」という気持ちでしょう。
ロ:2点目。
「福島地検の村上満男次席検事はこの日、「(刑罰を科す基準となり得る)医学的準則には様々な考え方があり、裁判所が要求する程度も考え方としてはあり得る。あり得る以上は覆せない」と立証が及ばないことを認め、……た。また、控訴審は原則として1審の証拠に基づいて審理されるため、新たな立証が難しいと説明した。」(読売新聞)
この部分は、裁判所が「刑事の過失は民事の過失とは異なる」とした判示に言及した点です。確かに、 「刑事の過失は民事の過失とは異なる」のかどうかについて議論があるところであり、今回の裁判が最初とはいえますが、一概に完全に否定することはできません。
本来、法解釈の統一性が損なわれると、捜査はもちろん、各裁判所の判断が異なってしまいますから、通常は、控訴するはずなのですが、検察側は控訴しなかったのです。「有罪立証に全力を挙げた検察が、地裁段階での無罪の結論に異を唱えないで従うのは異例のこと」(河北新報平成20年9月1日付「社説:控訴断念の意味かみしめて/大野病院事件」)だといえます。
ハ:3点目。
「福島地検の村上満男次席検事はこの日、……控訴審は原則として1審の証拠に基づいて審理されるため、新たな立証が難しいと説明した。」(読売新聞)
「福島地検の村上満男次席検事は……「控訴に際し原則、新たな証拠提出ができないことも影響した」とも述べた。」(東京新聞)
現行法の控訴審は、事後審、すなわち、事件それ自体ではなく、1審判決の当否について審査する方式ですから、原則としては1審に現れた証拠を基礎にして原判決の当否を審査します。その点では、村上満男次席検事が述べるとおりです。
ただし、事実認定及び量刑に関する事後審査については、刑事訴訟法393条1項により新たな証拠を提出でき、裁判所が認めれば新たな証拠を調べることはできるのです。ですから、法律上、新たな証拠の提出ができ、裁判所も通常、認めている現実からすれば、控訴可能だったのです。
しかし、法律上可能であっても、日本の医療界側が非協力的であるため、将来的にも、判決を覆すために必要な証人や鑑定といった「新たな証拠を出すことは不可能」(朝日新聞平成20年8月30日付朝刊39面)だったと言う点が最大の理由というべきでしょう。
もっとも、「福島地検の村上満男次席検事はこの日、……控訴審は原則として1審の証拠に基づいて審理されるため、新たな立証が難しいと説明した」とあるように、根拠の乏しい、単なる形式的な理由を述べてみせたことは、村上満男次席検事の意向よりも、協議していた上級庁の意向が強く、福島地検としては従わざるを得なかったと推測できるかもしれません。
(1) 朝日新聞平成20年8月30日付朝刊39面
「帝王切開した医師の無罪確定へ 福島地検が控訴を断念
2008年8月29日22時8分
福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性(当時29)が死亡した医療事故で、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた執刀医を無罪とした福島地裁判決について、福島地検は29日、「控訴しない」と発表した。これにより執刀医で同病院の産婦人科医、加藤克彦医師(40)=休職中=の無罪が確定する。
控訴断念の理由について同地検の村上満男次席検事は、判決を覆すために必要な証人や鑑定といった「新たな証拠を出すことは不可能」と説明。加藤医師を逮捕・勾留(こうりゅう)したことについては「当時の判断としては、鑑定医の話や医学書の記載に基づいたもので、間違いはなかった」と話した。
同地検は「女性が癒着胎盤で大量出血する恐れがあったにもかかわらず、子宮摘出に移行せずに胎盤をはがし続けて女性を失血死させた」などとして、06年3月に加藤医師を起訴。だが、20日の福島地裁判決は「胎盤をはがしはじめたら、継続するのが標準的な医療」として同地検の主張を退け、異状死の場合、死亡後24時間以内に警察へ届けなければならない医師法違反にも問えないとしていた。
加藤医師の弁護団は「検察の主張はまったく立証されておらず、控訴断念は当然。裁判が産科を中心とする医療現場全般に与えた悪影響が無罪確定で終息することを期待する」とのコメントを出した。」
(2) asahi.com:マイタウン福島(2008年08月30日)
「大野病院事件、検察が控訴断念
2008年08月30日
産婦人科医に無罪が言い渡された県立大野病院事件で、福島地検は控訴を断念した。福島地裁判決は「検察側は、その主張を根拠づける臨床症例を何ら提示していない」と述べ、罪となるべき事実について立証の甘さを指摘。その意味で控訴断念は半ば予期されていたことで、地検が「新たな証拠を出せない」としたのも納得がいく。
だからといって医療界がすべて正しかったのかというと、疑問も残る。具体的には、警察からの鑑定依頼を断ったある専門家が、弁護側からの鑑定依頼は受けて公判で証言した点だ。医療のような専門性の高い分野では、より多くの専門家に意見を聴く必要がある。なぜ捜査に協力しなかったのだろうか。
亡くなった女性(当時29)の父、渡辺好男さん(58)が病院側に、医療スタッフの話を聞かせてほしいと訴えたが、「忙しい」と断られたということもある。
今回の裁判は、警察・検察に対しては慎重な捜査を、医療界には「より開かれた医療」の実現を、それぞれ求めたと言えるのではないか。(北川慧一、高津祐典)
◇
無罪が確定する加藤克彦医師(40)は「ほっとしています。2年6カ月は、とても長かった。これからも、地域医療に私なりに精いっぱい取り組んでまいります」とのコメントを出した。
一方、亡くなった女性の父、渡辺さんは「1人の命が亡くなったことを重く受け止め、医療界は変わっていってほしい。裁判が続かないからといって、落胆はしていない。今後も真相究明に向けて活動を続けていきたい」と話した。」
1点指摘しておきます。
「だからといって医療界がすべて正しかったのかというと、疑問も残る。具体的には、警察からの鑑定依頼を断ったある専門家が、弁護側からの鑑定依頼は受けて公判で証言した点だ。医療のような専門性の高い分野では、より多くの専門家に意見を聴く必要がある。なぜ捜査に協力しなかったのだろうか。」
医療界側が、捜査の当初に協力していれば、本当に起訴していなかった可能性はかなりあったはずです。たとえ、今回の裁判は、「医療界には『より開かれた医療』の実現」を「求めた」とも言えるとしても、どれほどその「求め」に関して医療界側が自覚しているのでしょうか? このブログでのコメントを見る限り(このブログへの賛同者を除く)、到底自覚していないように思えるのです。
3.控訴するしないは、検察官の判断ですから、そうした判断もあるのでしょう。問題なのは、保岡法相は8月29日記者会見を行い、「医療事故の真相究明については、刑事訴追は謙抑的に対応するべきだ」と述べたことです。「個別の事件に絡み、法相が捜査の抑制に言及するのは異例」(2008年8月30日 読売新聞)なことといえます。
(1) 東京新聞平成20年8月30日付朝刊28面
「「訴追は謙抑的に」 法相が見解表明
福島地検が控訴断念を表明した29日午後、保岡興治法相が記者会見し、事件に関するコメントは控えると前置きした上で「医療事故の刑事訴追は設置が検討されている医療安全調査委員会といった第三者委員会の専門的判断を尊重し、謙抑的に対応すべきだ」との見解を示した。法相が個別事件に関連し、間接的ながらも意見を述べるのは異例。
保岡氏は「医療が萎縮(いしゅく)してはいけない。第三者委員会の一日も早い設置が望まれる。法相として必要な協力をしていきたい」と強調。「政府与党が第三者委員会の構想を準備し、今国会での法案成立を期しているところ。刑事司法の謙抑的な対応は事実上始まると思う」と語った。」
(2) まず、法相は、法律上、個別の事件処理に関してどういう権限があるのかについて、説明をしておきます。
「検察官(同)一体の原則
検察官が全国的に統一的・階層的な組織をなし、上命下服の関係において一体として検察実務を行う原則をいう。すなわち、頂点に立つのは法務大臣であるが、その指揮監督のもとにあって、検事総長・検事長・検事正等は、それぞれ下級職員への指揮監督をもち(検7−10条)、事務引取りの権、事務移転の権をもつ(検12条)。その結果、検察官には裁判官と違って、除斥・忌避等の制度は設けられず、また、公判の途中で交替しても、訴訟手続きを更新する必要はないことになる。
ただ、2つの点に注意を要する。その1つは、右の上命下服関係に、政治的圧力を排除するために1つの制約が置かれたことである。法務大臣は検察官を一般に指揮監督することはできるが、個々の事件の取調べ・処分については、検事総長のみを指揮できるにとどまる(検14条)。検事総長は服従せざるをえないであろうが、論点の性質いかんでは事は直ちに国民的反響をよび、大きな政治問題と化して、世論の鋭い糾弾を浴びるに違いない(1954年の造船疑獄事件における指揮権発動はその結果内閣の命とりとなった。したがって、その効用の激甚さにてらし、今後同様な発動は二度としないであろう)。
もう1つは、検察官は各自が検察権を行使する独任制の官庁だということである。一体の原則がある以上、独任制とはいえノミナルな性格のものにすぎないとみられがちであるが、実際問題としては、当該事務を担当する個々の検察官の創意と権限が大きくものをいうのがむしろ常態であるとさえいえよう(フランスには「検察官は筆は拘束されるが口は自由だ」との法格言があるが、いったん法廷に立ち会えば、立会検察官の権限が大きいことをみごとに示す)。したがって、「検察官の独立」も、かなりの程度現実である。」(田宮裕『刑事訴訟法(新版)』(有斐閣、1996年)26頁以下)
「検察庁法第14条
法務大臣は、第4条及び第6条に規定する検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。」
ここにいう「一般に指揮監督する」とは、検察事務に関する一般的基準を示し、犯罪防圧のための一般的方針を訓示し、法令の行政解釈を示すこと等をいい、「取調べ」とは、被疑者、参考人の取調べだけを刺すのではなく、捜査事務全般を意味し、「処分」とは、起訴、不起訴の処分のほか、公判の遂行、刑の執行を含む捜査以外の一切の検察事務を指す(伊藤・逐条解説85頁)と解されています(大コンメンタール刑事訴訟法第3巻89頁)。
(3) 要するに、検察権は本来行政権に属し、その行使は内閣が国会に対して責任を負うべき事項ですから、法務大臣は、主管の大臣として検察事務を指揮監督します。他方、検察権の行使は、刑事司法に重大な影響をもつので、特定の政党の利害など政治的圧力によってゆがめられるようなことがあってはなりません。
そこで、この2つの要請の調和として、検察庁法第14条を定めて、法務大臣は、検事総長以外の検察官に対し、特定の者を起訴又は不起訴にするよう又は逮捕しないよう命令することはできないことになっているのです。この定めは、検事総長を防波堤にして、法務大臣からの不当な政治的圧力があっても、それが第一線検察官に及ぶことをくい止めようという趣旨です(光藤景皎『刑事訴訟法1』(成文堂、2007年)43頁以下)。
イ:今回、保岡興治法相は、「医療事故の刑事訴追は設置が検討されている医療安全調査委員会といった第三者委員会の専門的判断を尊重し、謙抑的に対応すべきだ」との見解を示しました。一般論としては、刑罰の謙抑性の原則により、あらゆる事件について「謙抑的に対応」するべきものですから、その点だけは妥当な発言です。
しかし、「事件に関するコメントは控えると前置きした」とはいえ、「個別事件に関連し、控訴期限経過前に、間接的ながらも意見を述べる」ことは、控訴するかしないかに影響を与えるものなのですから、特定の者を起訴又は不起訴にするよう又は逮捕しないよう命令することはできないとした、検察庁法14条上、問題のある発言であって、妥当でないというべきです。
ロ:もっとも、「福島地検が控訴断念を表明した29日午後、保岡興治法相が記者会見」したために、福島地検が控訴するかしないかに影響を与えていない、と言えるかもしれません。
しかし、法務大臣が何も知らないでいるわけがないのですから、「福島地検が控訴断念を表明」する前からよく知ったうえでの「記者会見」だったはずです。ですから、「福島地検が控訴断念を表明した29日午後、保岡興治法相が記者会見」を行ったことは、福島地検が控訴するかしないかに影響を与えていないというポーズをしただけのことであって、単なる茶番劇です。
ハ:だいたい、「医療安全調査委員会といった第三者委員会の専門的判断を尊重」することを求めるとしても、この医療安全調査委員会は設置が検討されているだけですし、医療界側の批判が強く設置が頓挫している状態なのです。将来的にいって「医療安全調査委員会」の設置がなされるのかはっきりしないのですし、「医療安全調査委員会」に関する法案の成立は国会の権限ですから、法務大臣が設置を確約することはできないのです。
このように、「医療安全調査委員会」設置の行方は不透明なのに、どうやって捜査機関側が「謙抑的に対応する」ことができるというのでしょうか? 実に奇妙な発言です。
ニ:刑事民事を含む医療訴訟は、法律と医療の双方に関わるとはいえ、捜査を行うか、起訴を行うかは法律に従って判断すべきものであって、政治的な考慮で判断するべきではありません。起訴・不起訴などの決定が政治的利害に左右されることともなれば、刑事司法全体の適正さ・公正さが害されるのですから(光藤景皎『刑事訴訟法1』43頁)。
保岡興治法相は、検察事務が政治的勢力・圧力によって左右されることを防止した、検察庁法14条の趣旨をよく理解するべきです。こうした、政治的圧力に左右されたうえでの「控訴断念」は、刑事司法全体の適正さ・公正さが害されてしまったのであって、実に憂慮すべきことです。
<9月2日付追記>
「楽なログ・紙々の黄昏」さんは、「大野病院事件で控訴断念は政治的」( 2008-08-30 03:54)というエントリーをアップされています。理由はどうであれ、「政治的」な判断で控訴を断念したという見方が生じるのは、自然なことなのでしょう。
全体として手厳しい内容ですが、同感であった部分を1つ引用させていただくことにします。
「なにか問題があったとき、医師たちが専門家として沈黙せずにいれば患者と社会のためによかったのに、という残念なことが数えきれないほどあるのに、たった一人であっても医師が渦中の人となったら、大勢の医師がどこから湧いて出たのかという感じで、声を上げ法廷の傍聴席を埋める。この現実には、医師の中にも「恥ずかしい」と言う人がいるほどだから、一般人の医師不信は増大して当然だ。だから無罪になったで済ませず、司法が介入するまえに専門家が公正に客観的に審査する制度の確立を急ぐべきだ。これは前から言われているが、なかなか実現しない。」
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前回のコメントにつき、「どうして小生の名とURLが投稿欄に残っているのかわかりません」という文面でしたので、非公開コメントの意向であると思い、承認待ちコメントの形にさせて頂きました。
>どうして小生の名とURLが投稿欄に残っているのかわかりません。コメントをくれ、という意味でしょうか?
公開する形式でコメントなされたために、FC2ブログの機能上、お名前とURLが投稿欄に残っています。特に、コメントを求める趣旨ではありません。
前回のコメントにつき、お名前とURLの削除をご希望ということでしょうか? 名前のみの削除(非公開)は、FC2ブログの性質上、困難なので、全部削除かこちらでコピーして再投稿する形になります。ご希望の件、宜しくお願いします。
>小生も法相が個別の事件に介入すべきではないと思っていました。ただ、この事件では報道で知る限り、法相は「現場にまかせる」といったように小生は受け止めています。
法相は、個別の刑事事件の控訴断念後、当日での事件を意識した記者会見でしたので、問題視するべきだと思い、エントリーにしてみました。
>春霞氏のご見解を尊重し、末尾の文章を引用することで小生のコメントを閉じさせていただきます。
ありがとうございます。
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