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2008/08/14 [Thu] 23:54:02 » E d i t
今年、8月6日「広島・原爆の日」、8月9日「長崎・原爆の日」、8月15日「敗戦記念日(終戦記念日)」は、63年目を迎えます。


1.「原爆の日」の記事を紹介しておきます。

(1) 東京新聞平成20年8月6日付夕刊1面

広島 被爆63年『原爆の日』 核廃絶『多数派の意思』2008年8月6日 夕刊

 広島は六日、原爆投下から六十三年の「原爆の日」を迎え、広島市中区の平和記念公園で午前八時から「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)が営まれた。秋葉忠利市長は平和宣言で「原爆体験の悲劇と苦悩から導かれた核兵器廃絶は、多数派の意思。子どもたちの未来を守る強い意志と行動力が必要だ」と訴えた。

 被爆者や遺族をはじめ、海外からは過去最多の五十五カ国の代表が出席。核保有国では北京五輪開幕を二日後に控えた中国から在大阪総領事館の莫麗麗領事が初参加。ロシアも九年連続で参加した。

 秋葉市長は「米国の核政策の中枢を担ってきた指導者たちさえ、核兵器のない世界を求めるまでになった」と核廃絶論が国際政治の潮流になりつつある現状を指摘し、「廃絶の声に耳を傾ける米新大統領誕生を」と異例の期待感を表明。「世界の市民とともにあらん限りの力を尽くし行動する」と述べた。

 投下時間の午前八時十五分に平和の鐘が鳴らされると、約四万五千人の参列者は黙とうし、犠牲者の冥福を祈った。

 秋葉市長は原爆体験の「心の傷」の調査を市で実施すると表明。「核兵器は廃絶されることにだけ意味がある」と述べ、日本政府に対し、廃絶に向けた主導的な役割のほか、原爆症認定訴訟で十連敗したことを踏まえて「高齢化した被爆者の実態に即した温かい援護策」を要請した。

 式典で福田康夫首相は「非核三原則を堅持し、核兵器廃絶と恒久平和の実現に向けて国際社会の先頭に立つことを誓う」とあいさつ。

 子ども代表の「平和への誓い」で小学六年の今井穂花(ほのか)さん(11)と本堂壮太君(12)は「ヒロシマで起きた事実に学び、たくさんの人に伝えていく」と読み上げた。

 黙とうに先立ち、この一年間に死亡が確認された被爆者五千三百二人の名前が記された原爆死没者名簿二冊が、原爆慰霊碑に納められた。広島市内に住む被爆者七万五千六百四十二人の平均年齢は七四・八歳。全国では七五・一歳(いずれも三月末現在)となった。」



(2) 東京新聞平成20年8月9日付夕刊1面

『あの日の原子雲忘れぬ』  長崎63回目『原爆の日』
2008年8月9日 夕刊

 長崎は九日、被爆から六十三年の原爆の日を迎え、長崎市松山町の平和公園では、市主催の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれた。田上富久市長は平和宣言の冒頭で「あの日、この空に立ち上った原子雲を私たちは忘れません」と述べ、原爆の恐ろしさを世界に伝え、核兵器廃絶に力を尽くす決意を表明した。

 宣言で田上市長は、自身が被災しながら医師として被爆者救護に尽力した永井隆博士の「戦争に勝ちも負けもない。あるのは滅びだけである」との言葉を引用し、平和の尊さを訴えた。

 「核兵器の廃絶なくして人類の未来はない」と強調。長崎市が世界の都市と結束し核廃絶のアピール活動を展開する考えを明らかにし、「核兵器に『ノー』の意志を示そう」と若い世代や非政府組織(NGO)など市民に連帯を呼び掛けた。

 米国の核政策を推進したキッシンジャー元国務長官らが出した核兵器削減アピールにも触れ、米国をはじめとする核保有国に廃絶の努力を、日本政府には被爆国としてリーダーシップを要請。原爆症認定訴訟で国側の敗訴が続く中、実態に即した被爆者援護を急ぐよう政府に「要求」した。

 式典には被爆者や遺族、市民、福田康夫首相、舛添要一厚生労働相、核保有国ロシアを含む八カ国の駐日大使ら計約五千四百人が参列。原爆投下時刻の午前十一時二分に黙とうした。

 原爆投下を「しょうがない」と発言し防衛相を辞任、昨年は式典を欠席した久間章生衆院議員(長崎2区)も出席した。

 被爆者代表の森重子さん(72)は「平和への誓い」で「平和憲法と非核三原則を世界中に広げていくことこそが、核兵器の増大と拡散を止める有効な手段」と訴えた。

 福田首相は「今後も非核三原則を堅持し、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向け、国際社会の先頭に立っていくことを誓う」とあいさつした。

 長崎市によると、この一年間に新たに死亡が確認された被爆者は三千五十八人。原爆死没者名簿に記載された人は計十四万五千九百八十四人になった。長崎市に住む被爆者の平均年齢は昨年より〇・六歳上がり七四・六歳になった。」



日本人は、8月になれば、被爆体験、太平洋戦争へ思いを思いを致します。「あの日の原子雲忘れぬ」と何時までも訴える方ももちろんいますが、こうして訴えなければならないほど、戦争の記憶も遠くのものになっているのが実感でしょう。「原爆の日」のことも、その日の前日と当日に報道されるのみで(中国新聞は除く)、単なる通過点として報道しているにすぎないとも思えるほどです。

では、私たちにとって過去の戦争が遠くなったのは、もはや思い出す必要がなかったためなのでしょうか? 本当に「遠くのもの」にしておいてよいでしょうか?

こうした点について、作家の村薫さんが、東京新聞平成20年8月12日夕刊「社会時評」において素晴らしい評論を行っていたので、紹介したいと思います。



2.東京新聞平成20年8月12日付夕刊11面「社会時評」(村薫)

戦争を遠い記憶にしない 思考停止やめて 理性発動する時

 8月は、この国ではいまも太平洋戦争と原爆の犠牲者を悼む月である。そこに死者を迎えるお盆も重なって、ふだんは生活に追われるだけの人も、この季節は少しばかり内省的になる。しかし、この日本人の8月の心象風景も、今夏で63年目。さすがに戦争は遠くなったというのが、多くの実感ではあろう。

     ◆

 この夏はとくに、景気後退に入って生活は厳しさをましている上に、あまりに長すぎた自民党政治は誰の目にも終わりに近づいていて社会は完全に停滞している。そこにはなやかな北京五輪が重なれば、過去の歴史などはますます薄れるほかはない。08年を生きる私たちにとって、かの戦争と原爆はいよいよ、記憶し続けることを自らに強制しなければならないものになっているということである。

 こうして戦争の記憶が自然に遠くなってゆくのは平和のあかしだし、ほんとうなら望ましいことである。しかし今日の世界は平和どころか、アメリカの退潮と新興国の台頭という世界秩序の激変を迎えており、そこに核拡散と、食糧・エネルギー資源の争奪が加わって、20世紀には想像できなかった不安定の時代が来ている。グローバルマネーの暴走を誰も止めることができない世界で、逆に国家と国境が再び目覚め、力にまかせたふるまいが広がっているのである。貿易でも安全保障でも、世界的な枠組み合意よりも自国の国益が堂々と優先され、資源の囲い込みはもちろん、武力介入も先制攻撃も実効支配も何でもありの世界が、いま、そこにある。

 いまも昔も、平和は政治的につくりだされる力の平衡状態にすぎない。それがたまたま63年間続いてきたのは、日本の幸運にすぎない。この間、日本を除くほとんどの国が常にどこかで武力を行使し、核兵器の新たな保有国が生まれ続けていることを考えると、私たちはたぶん、こんなふうに過去の記憶を薄れさせている場合ではなかったのだと言うほうが正しい。

 私たちにとって過去の戦争が遠くなったのは、もはや思い出す必要がなかったのではなく、たんに考えるのをやめたということにすぎない。島国であることや、アメリカの核の傘の下にあることなどで、あれから一度も絶えたことがない世界各地の緊張を、私たちは自分の問題として一度も身近に捉(とら)えられなかったのだが、経済的な成功と安定の一方で、そんな思考停止を続けてきた自分たちへのあいまいな懐疑が、私たちをしてさらに過去に背を向けさせてきたようにも思う。

 けれども、こうして私たちが思考停止している間に、昨年から今年にかけて海の向こうでは驚くべき潮流が生まれつつある。核大国アメリカの元高官たちが核廃絶の声を上げ、それにイギリスやNATO(北大西洋条約機構)の元高官たちが賛同し、次期アメリカ大統領を目指すオバマ上院議員が、これに前向きな姿勢を見せているのである。これこそ世界の誰も想像しなかった出来事だろう。裏返せば、世界の安定がそれだけ危機にあるということで、日本人もこのまま原爆の経験を遠いものにしてよいわけがない。

     ◆

 戦争があったことも知らない若い世代には、平和は退屈なものであるらしい。彼らは未来の殲滅(せんめつ)戦争と廃墟(はいきょ)を描くアニメーションで非日常の夢を代弁させ、日常の厳しい社会生活には「希望は戦争」という虚無で相対し、それもできなければ、ネットの掲示板に「殺す」「破壊する」と書きつらねる。63年間も続く平和は、戦争がつくりだす本ものの破壊と死のかわりに、架空の暴力を用意して、人間の破壊願望を満たしているのである。そして、私たち社会もそれを黙認する。

 戦争も核兵器も、私たちはいまのところ直接に体験することができないし、人は体験しないものを身心に刻むことはできない。体験のない戦争について考えるのはどこまで理性であり、理性を発動させる意志である。今日薄れているのは記憶よりも、私たちの理性と意志だと思う。 (たかむら・かおる=作家)」




(1) 「広島・原爆の日」の記事で、秋葉市長は「米国の核政策の中枢を担ってきた指導者たちさえ、核兵器のない世界を求めるまでになった」と核廃絶論が国際政治の潮流になりつつある現状を指摘していますが、その米国の「指導者」たちの提言について、高村さんも言及しています。

「こうして私たちが思考停止している間に、昨年から今年にかけて海の向こうでは驚くべき潮流が生まれつつある。核大国アメリカの元高官たちが核廃絶の声を上げ、それにイギリスやNATO(北大西洋条約機構)の元高官たちが賛同し、次期アメリカ大統領を目指すオバマ上院議員が、これに前向きな姿勢を見せているのである。」



  イ:この核廃絶の提言の内容は、次のようなものです。

〈米欧元高官の核廃絶提言〉

 キッシンジャー、シュルツ両元米国務長官ら4人が昨年1月の米紙ウォールストリート・ジャーナルに提言「核兵器のない世界を」、今年1月に提言「非核の世界へ」を発表。核抑止力の有効性が下がる一方、核拡散の危険が高まっているとして、核廃絶を呼びかけた。特に今年の提言では、(1)冷戦時代の大規模攻撃作戦計画の廃棄(2)包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効への努力――などの08年中の開始を米ロに求めた。

 賛同の声は米同盟国にも広がり、今年6月にハード元英外相やロバートソン前北大西洋条約機構(NATO)事務総長ら4人が英紙タイムズへの寄稿で「究極の望みは核兵器のない世界。政治的意志と監視強化で達成は可能だ」と主張。(1)国際原子力機関(IAEA)の査察機能強化(2)インド、パキスタン、米など9カ国にCTBTの批准働きかけを継続――などを訴えた。」(朝日新聞平成20年8月7日付朝刊1面



  ロ:この提言は評価できるものとはいえ、現実はもっと深刻です。

被ばくの現実――堤未果(つつみ・みか)

 核兵器関連予算が年間900億ドルである米国で、核政策の中枢を担ってきたキッシンジャー、シュルツ元国務長官、ペリー元国防長官およびナン元上院軍事委員長の4人が去年に引き続き核廃絶の提言と、核安全論の転換を呼びかけた。

 だが、ジュネーブ条約で禁止される劣化ウラン弾で被ばくし、次世代まで続く放射能で苦しむ湾岸、イラクの市民や米帰還兵たち、原発反対を掲げる米国の医師や科学者連盟、市民団体は被ばく国日本に対し別のメッセージを投げかける。

 「為政者側からの戦略的核廃絶では追いつかないほどに、今、核の恐怖は昔とは形を変えて世界を覆っている。必要なのは国境を越えた市民の連携だ」

 かつて原爆を落とした国の若者たちが、今同じ悲劇を背負う者となり、再び日本という国を見つめるとき、半世紀以上封印されてきた歴史の表と裏は1つにつながるだろう。

 報復する代わりに自らが生き証人となり、人類が二度と同じ過ちを繰り返さぬよう訴え続けるという被ばく者たちの選択が救いになったという米兵士は少なくない。それが決して63年前の過去ではなく、生きている被ばく者たちの現在であり、彼らの声を消さぬよう私たち皆が求め続けねばならない未来であることを、追悼の月である8月に噛(か)みしめたい。 (ジャーナリスト)」(東京新聞平成20年8月10日付朝刊「本音のコラム」



このコラムに出ている「為政者側からの戦略的核廃絶では追いつかないほどに、今、核の恐怖は昔とは形を変えて世界を覆っている。必要なのは国境を越えた市民の連携だ」というメッセージをも踏まえると、村薫さんの「世界の安定がそれだけ危機にあるということで、日本人もこのまま原爆の経験を遠いものにしてよいわけがない」という主張はより、強く響くものといえます。



(2) 「私たちにとって過去の戦争が遠くなったのは、もはや思い出す必要がなかったためなのでしょうか? 本当に『遠くのもの』にしておいてよいでしょうか?」 という疑問に対して、村さんは次のように述べています。

「いまも昔も、平和は政治的につくりだされる力の平衡状態にすぎない。それがたまたま63年間続いてきたのは、日本の幸運にすぎない。この間、日本を除くほとんどの国が常にどこかで武力を行使し、核兵器の新たな保有国が生まれ続けていることを考えると、私たちはたぶん、こんなふうに過去の記憶を薄れさせている場合ではなかったのだと言うほうが正しい。

 私たちにとって過去の戦争が遠くなったのは、もはや思い出す必要がなかったのではなく、たんに考えるのをやめたということにすぎない。島国であることや、アメリカの核の傘の下にあることなどで、あれから一度も絶えたことがない世界各地の緊張を、私たちは自分の問題として一度も身近に捉(とら)えられなかったのだが、経済的な成功と安定の一方で、そんな思考停止を続けてきた自分たちへのあいまいな懐疑が、私たちをしてさらに過去に背を向けさせてきたようにも思う。」



村さんは、「日本人が、過去の戦争が『遠くのもの』になっているのは、『たんに考えるのをやめた』だけだったのではないか」と厳しく批判しています。そして、次のような言葉で締めています。

「戦争も核兵器も、私たちはいまのところ直接に体験することができないし、人は体験しないものを身心に刻むことはできない。体験のない戦争について考えるのはどこまで理性であり、理性を発動させる意志である。今日薄れているのは記憶よりも、私たちの理性と意志だと思う。」


カリスマ被害者が訴える(被告人の死刑を実現する意図での)誤ったレトリックを見抜くことができずに、扇情的な報道を鵜呑みにして死刑判決の増加・厳罰化を叫ぶ世論など、とかく感情に流されやすく、あらゆることに思考停止の傾向が見られる日本社会において、「今日薄れているのは記憶よりも、私たちの理性と意志だ」という指摘は、ごく当然と受け取れると同時に、残念ながら「理性と意志」を働かせることは非常に困難であると感じざるを得ません。理性と意志を働かせることができるのは、何時の日のことになるのでしょうか……。



3.日本人が理性と意志を働かせることができるのは、何時の日のことになるのか分かりませんが、原爆体験を1つ取り上げて、戦争について理性と意志を働かせる契機としたいと思います。(以前にも取り上げたことがありますが)この体験は、私が、原爆を体験した親族から聞いた話と一致しているものです。
 

◆原爆の犠牲者 2つの地獄図――静岡県・80代

 1945年8月9日。海軍航空隊員だった私は沖縄で負傷し、長崎市から約40キロ離れた佐賀県嬉野市の海軍病院に入院していた。

 午前11時頃、空襲警報で防空壕(ごう)に避難しようと病室を出た時、稲妻のような閃光(せんこう)がひらめき、地軸を揺るがすようなごう音がし、病院が揺れた。音のした方を振り返ると、南の空に白いキノコ雲が浮かんでいた。

 同日夕方、瀕(ひん)死の夥(おびただ)しい数の老若男女がトラックで運び込まれ、病院は修羅場と化した。高熱で戦闘帽が焼けただれた顔に張り付き、溶けて紫色にめくれ上った皮膚とシャツがくっついた少年。灼熱(しゃくねつ)で髪と顔が溶け、ずたずたのモンペ姿の女学生。名札の住所・氏名の文字が左胸に焼き付いた小学生。苦痛を訴える悲鳴、うめき。私は初めて阿鼻叫喚(あびきょうかん)の「地獄」を見た。

 凄惨(せいさん)なうめき声に恐怖の一夜を過ごした私は、明け方、異様な静寂にただならぬ気配を感じ、跳ね起きた。搬入された数百人と思われる人々のほぼ全員が、死亡していたのである。

 翌10日、私を含む従前の傷病兵は近隣の旅館に移動させられた。

 16日朝、復員証明書を渡された私は、東に向かう無蓋(むがい)の貨物列車に乗り込んだ。広島駅から10キロほど手前で線路が飴(あめ)のようにぐにゃりと曲がり、列車が動かなくなった。川の岸辺に水ぶくれした無数の死体。廃墟(はいきょ)と化した広島市街。ぼろぼろの服をまとい、精気を失い、幽鬼に似た人々。私は他の復員兵ら20~30人と東をめざして5時間ほどさまよい歩き、この地で再び、「地獄」を見たのである。」(朝日新聞平成19年8月10日付朝刊11面「声」欄)





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2008/08/15 Fri 17:23:59
| #[ 編集 ]
>非公開コメントの方へ:2008/08/15 Fri 17:23:59
コメントありがとうございます。
非公開ですので、いくからか修正した形で引用します。


>ある人曰く、「国民(中国?)がやかましいから靖国神社に行けない人がいるが、集団参拝する人は元気があっていい」……そうです。

あはは。うまいですね! そういえば、「元気のいい」太田誠一農相は、参拝しましたね~。もっとも、参拝した割には、参拝に関しては歯切れが悪いですが。

太田誠一農相は、せっかく、「消費者は元気があっていい」といわずに、「消費者がやかましい」と述べて、福田首相が力を入れているはずの「消費者行政」を台無しにしたのですから、これからもどんどん発言して、福田内閣を早く沈没に追い込んで欲しいものです。
2008/08/17 Sun 22:44:46
URL | 春霞 #5oClkA7g[ 編集 ]
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