(8月10日付追記:文章の不備を整え、インドが人的不統一法国である点を指摘しました。)
1.まず報道記事を幾つか。
(1) NHKニュース(8月7日 20時5分)
「代理出産 赤ちゃん出国できず
インド人の女性に代理出産を依頼した日本人の夫婦が、赤ちゃんの出生前に離婚したことから、生まれた女の子が親もとに引き取られることがないまま、インドから出国できない状態になっています。
複数の関係者によりますと、インド西部グジャラート州のアナンドで、先月25日、日本人の夫婦と代理出産の契約を結んだインド人の女性が女の子を産みました。代理出産を担当した医師によりますと、卵子は別の第三者から提供されたということです。
インドでは、代理出産の赤ちゃんについては、依頼をした夫婦が養子縁組をして引き取ることになっています。しかし、この日本人夫婦は女の子の出生前の6月に離婚し、男性が赤ちゃんを引き取ろうとしましたが、独身の男性が養子縁組をすることはインドの法律でできないことになっており、男性は赤ちゃんを引き取れないでいるということです。男性はいったん日本に戻り、男性の母親が代わりに現地で赤ちゃんの面倒を見ていますが、女の子は両親が確定せず、インドから出国できない状態になっています。この男性の母親はNHKの取材に対し、「一刻も早く赤ちゃんを引き取りたいが、パスポートを取得できず困っている」と話しています。インドでは、政府がこうした代理出産を認める指針を2005年に出し、ここ数年、欧米諸国からの依頼を中心に代理出産が多く行われているということです。
代理出産をめぐっては、ことし4月、日本学術会議の委員会が「法律を作り、原則として禁止すべきだ」という報告書をまとめています。委員長を務めた東京大学の鴨下重彦名誉教授は「今回は卵子が依頼した元妻のものではないことや、子どもが生まれる前に夫婦が離婚したという点で、委員会の議論では想定外だったケースだ。インドで代理出産のビジネスが広まっていることを考えても、同じようなケースが次々に起きる可能性もあり、学術会議が出した報告書を基に早急に法律を整備する必要がある」と話しています。」
(2) 東京新聞平成20年8月8日付朝刊28面
「代理出産児、出国できず インド 邦人夫婦、誕生前に離婚
2008年8月7日 18時57分
【ニューデリー=共同】日本人夫婦がインド人女性に代理出産を依頼して誕生した赤ちゃんが、誕生を前に夫婦が離婚したことが原因でインドを出国できないでいることが7日までに明らかになった。
インド紙タイムズ・オブ・インディアなどによると、日本人の男性医師(45)と妻だった女性(41)は昨年11月、インド人女性と代理出産の契約を締結。夫の精子とドナーから提供を受けた卵子を体外受精させ、受精卵をインド西部アーメダバードの病院でインド女性の子宮に移植、今年7月25日に女児が誕生した。
しかし、夫婦が離婚し、元妻は女児の引き取りを拒否。インド人女性も出産後、契約通り女児を病院に残し帰宅した。元夫の母親(70)が現在病院で女児に付き添っているという。
元夫は女児の引き取りを望んでいるというが、インドで生まれたためインド国籍を持つ女児を国外に連れ出すには、養子縁組に関する手続きを済ませ、女児がインドの旅券を取得する必要がある。しかし、インドの法律では結婚していない男性は養子縁組ができない。
このまま出国できなければ、女児はインド初の代理出産「孤児」になると同紙は指摘した。
インドはここ数年、外国人の依頼による代理出産が多く行われている。」
(3) 朝日新聞平成20年8月8日付朝刊34面
「インドで代理出産の赤ちゃん、夫婦離婚し帰国困難に
2008年8月7日23時37分
日本人夫婦が、代理出産が認められているインドで、契約を結んだインド人代理母から女の赤ちゃんを得たが、帰国が難しくなっていることが7日わかった。出産前に夫婦が離婚をしており、赤ちゃんがパスポートの取得ができずにいるためだ。このトラブルを現地や海外のメディアが報じている。
代理出産については、日本学術会議が、日本人夫婦による海外での代理出産には子どもの福祉からも、代理母の福祉からも問題があると指摘。今年4月に国内での実施も含め、代理出産の原則禁止をうたった報告書をまとめている。
現在、赤ちゃんがいる西部ジャイプールの病院などによると、愛媛県の40代の男性医師と妻はインド人女性と代理出産契約を結び、インドの不妊治療クリニックから第三者の卵子提供を受けて7月25日に女児が生まれた。夫婦は子どもが誕生する前の6月に離婚しており、元妻は女児の引き取りを拒否しているという。
男性医師は赤ちゃんを引き取る意向で、女児はインドのパスポートを取得する方向で検討を始めた。女児は、男性の母親が現地で世話をしているという。
男性医師によると、すでに代理母を母とする出生届をもらっている。日本大使館からインドでの養子縁組を求められたが、養子縁組を求める自分の名が出生届の父親欄にあるため、養子縁組は難しいと現地で言われたという。
さらに、養子縁組については、インドでは独身男性は女子を養子にむかえられないという。ただ、病院側は「生物学的な父親なので、本来は養子縁組をする必要はない。インドで生まれたので、市民権を得て、インドのパスポートを取れるはず」と話す。
インドでは04年に代理出産が認められ、海外からの依頼が急増していると言われる。代理母には多額の報酬が支払われる。経済的理由で貧しい女性が引き受ける場合が多いなどと問題視する声もある。
女児の場合、かりにインドの市民権、パスポートを得て出国できても、すぐに日本国籍が得られるわけではない。インド人の代理母を母とする出生届を日本で出すだけでなく、父親が認知のための裁判手続きもする必要があるとみられる。」
注目すべき点は、代理出産の医学的妥当性がよく分かっている医師が、代理出産の当事者であるということです。自分の子を持ちたいという人としての願望は誰しも同じであることは根底にあるとはいえ、医師が代理出産の当事者である以上、医師も代理出産の医学的妥当性を暗に肯定した行動を行っていることをよく認識しておくべきです。
(1) まず、この事件の事実関係について確認しておきます。
「インド人の女性に代理出産を依頼した日本人の夫婦が、赤ちゃんの出生前に離婚したことから、生まれた女の子が親もとに引き取られることがないまま、インドから出国できない状態になっています。
複数の関係者によりますと、インド西部グジャラート州のアナンドで、先月25日、日本人の夫婦と代理出産の契約を結んだインド人の女性が女の子を産みました。代理出産を担当した医師によりますと、卵子は別の第三者から提供されたということです。」(NHKニュース)
「インド紙タイムズ・オブ・インディアなどによると、日本人の男性医師(45)と妻だった女性(41)は昨年11月、インド人女性と代理出産の契約を締結。夫の精子とドナーから提供を受けた卵子を体外受精させ、受精卵をインド西部アーメダバードの病院でインド女性の子宮に移植、今年7月25日に女児が誕生した。
しかし、夫婦が離婚し、元妻は女児の引き取りを拒否。インド人女性も出産後、契約通り女児を病院に残し帰宅した。元夫の母親(70)が現在病院で女児に付き添っているという。」(東京新聞)
「日本人夫婦が、代理出産が認められているインドで、契約を結んだインド人代理母から女の赤ちゃんを得たが、帰国が難しくなっていることが7日わかった。出産前に夫婦が離婚をしており、赤ちゃんがパスポートの取得ができずにいるためだ。このトラブルを現地や海外のメディアが報じている。(中略)
現在、赤ちゃんがいる西部ジャイプールの病院などによると、愛媛県の40代の男性医師と妻はインド人女性と代理出産契約を結び、インドの不妊治療クリニックから第三者の卵子提供を受けて7月25日に女児が生まれた。夫婦は子どもが誕生する前の6月に離婚しており、元妻は女児の引き取りを拒否しているという。」(朝日新聞平成20年8月8日付朝刊34面)
代理出産とは、妻が子宮を摘出するなど子宮機能が欠損しているため子供を持てない夫婦が、別の女性に子供を産んでもらうことです。依頼する夫婦の精子と卵子を受精させる方法(ホストマザー)と、夫の精子と第三者の卵子を受精させる方法(サロゲートマザー)の2つがあります。前者は、依頼夫婦ともに遺伝的につながりのある子を持つことになりますが、後者は夫とだけ遺伝的つながりのある子を持つことになります。今回の代理出産の事案は、「代理出産を担当した医師によりますと、卵子は別の第三者から提供された」というのですから、後者の方法である「サロゲートマザー」によったわけです。
ちなみに、日本学術会議に設けられた「生殖補助医療の在り方検討委員会」の報告書では、1年以上費やしたにも関わらず、代理出産、それも、「ホストマザー」のみ決めただけであって、それ以外の生殖補助医療につき何も決めていません(「日本学術会議が報告書最終案(上)〜代理出産の法律による原則禁止など10項目の提言」(2008/03/08 [Sat] 23:58:21)、「日本学術会議が報告書最終案(下)〜代理出産法制化の見込みは?」(2008/03/09 [Sun] 23:59:30)、「生殖補助医療の法制化をめぐって―代理懐胎を中心に」ジュリスト1359号(2008年7月1日号)4頁以下参照)。ですから、日本学術会議の報告書では今回のような事案に対応できないことが明らかで、いかに日本学術会議「生殖補助医療の在り方検討委員会」が怠慢だったかよく分かります。
(2) インドの代理出産に関する法規制について。
「インドでは、代理出産の赤ちゃんについては、依頼をした夫婦が養子縁組をして引き取ることになっています。しかし、この日本人夫婦は女の子の出生前の6月に離婚し、男性が赤ちゃんを引き取ろうとしましたが、独身の男性が養子縁組をすることはインドの法律でできないことになっており、男性は赤ちゃんを引き取れないでいるということです。(中略)インドでは、政府がこうした代理出産を認める指針を2005年に出し、ここ数年、欧米諸国からの依頼を中心に代理出産が多く行われているということです。」(NHK)
「インドでは04年に代理出産が認められ、海外からの依頼が急増していると言われる。」(朝日新聞平成20年8月8日付朝刊34面 )
「7日夜、インドの代理人から電話があり、「出生届には遺伝的な父母を記入することになっており、遺伝的な母は匿名の卵子提供者なので母の欄は空欄だ」と伝えられた。」(朝日新聞平成20年8月8日付夕刊15面)
イ:インドでは、代理出産自体に対する法規制は存在しないのですが、政府が代理出産を認める指針を出していることから、代理出産を認める国の1つとなっています。
代理出産に関する法規制がないとはいえ、「出生届には遺伝的な父母を記入することになっており」ということからすると、インドでは、出生届においては、日本のような「分娩者=母ルール」を採用していないことが、明らかです。要するに、遺伝的な親子関係と出生による親子関係とは別であり、出生届において血縁関係を明確にしておくことが、(代理出産容認の影響もあるでしょうが)近親婚の防止につながり妥当である、と考えられていることが分かります。
ロ:代理出産に関する法規制がないことから、「代理出産の赤ちゃんについては、依頼をした夫婦が養子縁組をして引き取ることになって」いるようです。代理出産により産まれた子供の法的地位の扱いについては、<1>代理出産契約+養子縁組による方法、<2>代理出産契約+裁判所の関与による方法の2類型があります。今回の報道からすれば、インドでは、前者の方法を採用していることになります。
もっとも、インドの病院側は「生物学的な父親なので、本来は養子縁組をする必要はない。」と述べています。それは、<1>代理出産を巡る法規制がないことから、養子縁組制度を、形式上使用するにすぎないこと、<2>出生届上遺伝的な父母を記入することで、養子縁組をする必要もないという意味であると推測できます。
ちなみに、日本学術会議に設けられた「生殖補助医療の在り方検討委員会」の報告書では、「分娩者=母ルール」しか認めないという硬直的な考えを主張しています。これでは、近親婚の防止は防ぐことができませんが、日本学術会議は、近親婚の防止よりも、代理出産の禁止の方が重要であるという愚かな考えでいるのです。(なお、日本学術会議に設けられた「生殖補助医療の在り方検討委員会」の報告書では、インドでの代理出産法規制について何ら言及していません。怠慢だらけの報告書なのです。)
(3) インドでの代理出産の現状について。
「インドでは04年に代理出産が認められ、海外からの依頼が急増していると言われる。代理母には多額の報酬が支払われる。経済的理由で貧しい女性が引き受ける場合が多いなどと問題視する声もある。」 (朝日新聞平成20年8月8日付朝刊34面 )
イ:インドでは、代理出産は貧困層の女性が引き受けていることが多いことから、富者が貧者を搾取しているという批判がなされていることは確かです。しかし、一概に否定できない事情もかなりあることもまた事実だといえます。
「代理母が子を宿したか否かは15日以内にわかり、もしも代理母が妊娠に失敗した場合、彼女は最初の規約どおり名目上の小額の金額だけをもらう。妊娠に成功した場合は、代理母は2.5ラークルピー(70から75万円)に加え、「健康な子供を生むための生活費」として妊娠中毎月3000ルピー(9000円)をもらう。
代理で出産を希望する女性は、皆、貧困に疲れた貧しい女性達である。カースト制度がはびこり、「女性の権利」などはないに等しいインド社会において、貧しいという事は彼女達にとってはほとんど「宿命」だ。そこから抜け出す能力(教育)も女だからという理由で充分に授けてもらえず、道も社会により遮断されているのが普通だからだ。
そんな彼女達の、明るく希望に満ちた顔の写真に焦点をあてたのが今回の記事だった。サーバントとして一日150から250円をなんとか稼ぐマンジューラ(30歳)は「私達は貧困に疲れたんです。これがよい人生への最良の道」と膨れたお腹に手を当てて笑う。オートリキシャドライバーの妻で29歳のジャグルティは「これで夫の借金30万円を返済し、彼の商売道具である新しいオートリキシャを買う予定です」と目を輝かす。
このようにしてインドでは、貧しい女性が手っ取り早く大金を手にする「またとない夢」がこの代理出産の成功例を支えているのは言うまでもないが、ここまで成功した理由として、やはり、ナイナ氏の代理出産への人間的なアプローチなしには成り立たなかったと、記事は書いている。」(MediaSabor(ディアサボール)「世界一の成功率─ 代理出産を手がけるインドの女医ナイナ・パテルのいう「子宮の寄与」」(2007/08/30))
インドの極めて厳しい階級社会・女性差別の実情から、抜け出す手段が「代理出産」なのですから、「代理出産」を一概に否定することは困難なのです。
「カースト制度がはびこり、『女性の権利』などはないに等しいインド社会において、貧しいという事は彼女達にとってはほとんど『宿命』だ。そこから抜け出す能力(教育)も女だからという理由で充分に授けてもらえず、道も社会により遮断されているのが普通」
インド社会での女性を救済する手段を講じることなく、ただ、「女性の搾取に日本人が加担していることは悲しむべきこと」(水野紀子・東北大教授)と述べるのは、インドの実情を無視した極めて身勝手な言い分にすぎないというべきです。
ロ:インドで代理出産を認めているのは、経済的な理由ばかりではないことに注意する必要があります。
「インドでは、子どもを産むことは神聖な義務と考えられている。このため、この義務に応えられない不妊のカップルに対する同情心が人一倍高くなっている。またヒンズー教では、現世で善行を施せば、来世で報われるとの教えがあり、これもインドでの代理出産の増加の背景にある。」(日刊ベリタ(2006年04月25日14時11分掲載)「インドで代理出産がブームに 不妊の外国人カップルらが依頼」)
インドでは、このような宗教的な意義を背景にして代理出産を認めているのです。そうしたインドの宗教的意義を無視して、「女性の搾取に日本人が加担していることは悲しむべきこと」(水野紀子・東北大教授)と述べるのは、いわゆる「法律バカ」であって、インドの宗教事情に疎い愚かな批判にすぎないというべきです。
3.最初の報道以降の記事としては、次の3つを引用しておきます。
(1) 朝日新聞平成20年8月8日付夕刊15面(4版)
「代理出産の赤ちゃん インド市民権も困難
2008年8月8日13時28分
愛媛県の男性医師が、インドの代理母に依頼して生まれた赤ちゃんが帰国できなくなっている問題で、子どものインドの市民権取得が難しい状況になっていることが8日わかった。男性が、朝日新聞の取材に答えた。このため、赤ちゃんの帰国がさらに厳しい状態になっているという。
男性は40代で、インド人女性と代理出産契約を結び、地元の不妊治療クリニックから第三者の卵子提供を受けた。7月25日に女の赤ちゃんが生まれた。男性は現在、日本国内にいる。説明によると、男性は、出生届をインドで出し、市民権を得て、パスポートを受け取り、帰国する考えだった。すでに、代理母を母とする出生届が提出されていると思っていたという。
ところが、7日夜、インドの代理人から電話があり、「出生届には遺伝的な父母を記入することになっており、遺伝的な母は匿名の卵子提供者なので母の欄は空欄だ」と伝えられた。すると、父母ともにインド人でなくなるため、子どもはインドの市民権を得られず、「パスポートを得ることはできないだろう」とも言われたという。
男性は、まだ独身だった昨春、1人でインドの不妊治療クリニックを訪れ、代理出産を検討していた。その際、独身であることは問題にはならなかったという。男性は「娘は感染症にかかって入院しており、具合がよくないと聞いている。一刻も早く帰国させたいが、どうやったらいいのか分からない」と話した。」
(2) 読売新聞平成20年8月8日付朝刊34面
「父「早く連れて帰りたい」 インドで代理出産「独身でも頼むつもりだった」
インド人女性に代理出産を依頼した日本人夫婦が、女児の誕生直前に離婚し、女児がインドを出国できない問題で、渦中の元夫である愛媛県の40代の男性医師が7日、読売新聞の取材に応じた。男性は「独身の時からインドで代理出産を頼むつもりだった。早く子供を日本に連れて帰りたい」と訴え、結婚前から準備を進めていたことを明らかにした。
代理母と元妻は、女児の引き取りを拒否している。夫婦が離婚したため、インドの法律上、親子関係が不明確となり、元夫が女児を出国させるには、養子縁組などの手続きを踏む必要があるという。
男性によると、元妻とは代理出産を合意の上、昨秋に結婚した。妻と出会う前から代理出産の情報を集めており、友人に紹介されたインド人実業家に昨年6月、現地で会い、9月に再訪して実施を決定した。
結婚後の11月、2人で約1か月間、現地に滞在。夫婦の名前で代理母と契約した。卵子の提供者と、代理母はいずれもインド人で、病院側が連れてきたという。「卵子提供者は、日本人に似た顔つきの人を選んだようだ」と話す。
代理出産の費用は約300万円だが、今後増える可能性があるという。「500万円を超えるかもしれない。それでも子どもが出来たという喜びが大きい」
女児はインド西部のクリニックで今年7月25日に誕生した。現在は、治安状態の良いインド北部の病院で、男性医師の70歳代の母親が女児の世話をしている。母親は、読売新聞の電話取材に対し、代理出産の事実を2、3日前に知ったことを打ち明けたうえで、「周囲の人にずいぶん迷惑をかけた。英語も話せず、環境も異なるのでつらい」と、疲れた声で嘆いた。
今後については「とにかく1秒でも早く、赤ちゃんとともに帰国したい。息子のDNAを持つ子であり、私と息子でしっかり養育したい」と話していた。
「誕生前の離婚」危惧
日本産科婦人科学会の星合昊(ひろし)・倫理委員長(近畿大学教授)の話「子供が生まれる瞬間は、両親がそろっているのが自然の姿だ。代理出産を依頼した夫婦が、子供の誕生前に離婚するという、危惧(きぐ)されていた問題が現実になった。代理出産の是非は、生まれてくる子供の福祉を最優先に考えるべきであり、今回の事例を踏まえると、国内で代理出産の試行をするとしても、極めて慎重に行わなければならないだろう」
(3) 毎日新聞平成20年8月9日付夕刊11面
「インド代理出産:父親の男性「このままでは孤児」 費用は500万円程度
今年7月にインド人女性の代理出産で生まれた女児が日本に帰国できなくなっている問題で、代理出産を依頼した愛媛県内の40代の男性医師が毎日新聞の取材に応じ、出生届の母親欄が「Unknown(不明)」と記載され、女児が日本とインドのどちらにも属さない無国籍児となっていることを明らかにした。男性は「このままでは『孤児』のような状態になってしまう。一刻も早く帰国させたい」と話した。
男性は昨秋、関東の医師仲間の紹介で、インドにいるインド人実業家を通じて現地の病院に「第三者の卵子提供で代理出産をする」ことを依頼。男性は取材に、代理出産を頼んだ理由について「男として子どもが欲しかった」と説明した。その前にはインターネットなどで代理出産について調べ、米国の病院に「独身でも代理出産を頼めないか」と問い合わせたこともあったが、断られたという。
代理出産の費用は一部を既に支払っており、医療費や渡航費を含めた総額は400万〜500万円かかりそうだと述べた。代理母の20代後半のインド人女性には約20万ルピー(約56万円)が支払われたと聞いたという。
インドにいる弁護士からの連絡によると、出生届の父親欄がこの男性になっているため、男性は女児を引き取るための養子縁組ができなかった。また、母親が不明となっているため、インド国籍も取得できない状態になっているという。
女児は健康状態があまり良くなく、一時は集中治療室にいたが、現在は男性の実母がインドに渡って病院で女児の世話をしている。【後藤直義】
毎日新聞 2008年8月9日 東京夕刊」
4.以上、引用した記事から大体の事情が把握できたと思います。(なお、ネット上では元妻と思われる女性が代理出産や離婚問題について相談した文章が存在しています。現在は削除。)では、なぜ、代理出産によって産まれた女児はパスポートがなく、インドから出国できないのかについて、説明することにします。
(1) 理由1:女児にはまだ日本国籍がない(だから、日本政府発行のパスポートを取得できない)
「男性医師によると、すでに代理母を母とする出生届をもらっている。日本大使館からインドでの養子縁組を求められたが、養子縁組を求める自分の名が出生届の父親欄にあるため、養子縁組は難しいと現地で言われたという。 (中略)女児の場合、かりにインドの市民権、パスポートを得て出国できても、すぐに日本国籍が得られるわけではない。インド人の代理母を母とする出生届を日本で出すだけでなく、父親が認知のための裁判手続きもする必要があるとみられる。」(朝日新聞)
日本の国籍法は、父母両系血統主義を採用し、出生時に法律上の父か母が日本人なら子は日本国籍を取得すると定めています(国籍法2条)。ですから、母が日本人ならば無条件に子は日本国籍を取得するので、日本政府は問題なくパスポートを発行します。しかし、この日本人夫婦は出生前に離婚してしまったため、日本人父と外国人母の子の場合、事例とすれば「父母が結婚していない『婚外子』」の問題となります。
この日本人父と外国人母の子の場合は、出生時に両親が結婚しているか、未婚でも妊娠中に父が認知していれば日本国籍を取得します。しかし、国籍法3条1項からすれば、出生後認知された婚外子は、20歳までに両親が結婚した場合に限って日本国籍を取得できるとなっているため、直ちに日本国籍を取得できないという不条理が生じているのです。
もっとも、国籍法3条1項の規定の合憲性が争点となった、最高裁平成20年6月4日大法廷判決は、両親の結婚を国籍取得の要件とした国籍法3条1項を違憲と判断したため、国籍法3条1項の不条理は問題にならなくなりました(「婚外子国籍確認訴訟(1):最高裁平成20年6月4日大法廷判決は、両親の結婚を国籍取得の要件とした国籍法3条1項を違憲と初判断」(2008/06/07 [Sat] 05:36:09)参照)。 このように、今回の事案は、最高裁判決による救済を受ける事案になったわけなのです。もちろん、男性は認知届を出す必要はあります(朝日新聞は、「父親が認知のための裁判手続きもする必要がある」としていますが、本当に必要なのでしょうか、疑問です)。
(2) 理由2:インドにおいて養子縁組ができないため、日本国籍を取得できない(だから、日本政府発行のパスポートを取得できない)
「男性医師によると、すでに代理母を母とする出生届をもらっている。日本大使館からインドでの養子縁組を求められたが、養子縁組を求める自分の名が出生届の父親欄にあるため、養子縁組は難しいと現地で言われたという。
さらに、養子縁組については、インドでは独身男性は女子を養子にむかえられないという。」(朝日新聞)
「元夫は女児の引き取りを望んでいるというが、インドで生まれたためインド国籍を持つ女児を国外に連れ出すには、養子縁組に関する手続きを済ませ、女児がインドの旅券を取得する必要がある。しかし、インドの法律では結婚していない男性は養子縁組ができない。」(東京新聞)
養子縁組ができない理由として、2点挙がっています。すなわち、<1>日本大使館によれば、日本法上、「養子縁組を求める自分の名が出生届の父親欄にあるため、養子縁組は難しい」と述べていること、<2>インドの法律では妻のいない男性が女児を養子とすることを禁じていること、です。
<1>の点は実に興味深い指摘です。向井・高田夫婦の代理出産に関する最高裁平成19年3月23日決定では、特別養子縁組が認められるかような補足意見が出ていたのに、日本大使館は、その補足意見を全面否定したのですから。
養子制度は他人を養子にすることですから、「自分の子供は養子にできない」という日本大使館の言い分は正しい法的理解といえます。日本大使館は、法務省に尋ねて回答しているはずですから、「最高裁平成19年3月23日決定の補足意見はたわごと」だとしているのが法務省の立場ということなのだろうと推測できるのです。(ちなみに、向井亜紀さんが家裁に問い合わせたところ、養子縁組につき否定的な回答を示しています。法務省や家族法を熟知した家裁では、「補足意見はたわごと」と言うのは当然の意識なのでしょう。)
<2>の点は、人身売買防止の見地から、結婚していない男性が養子縁組が子供を養子とすることを禁じているわけです。養子縁組が人身売買の温床となっていたことから、国際的には共通した認識に基づく規定といえます。
なお、日本法では、未成年養子縁組は家庭裁判所の許可を必要とするというだけで、男性による女児の養子を禁止していませんから、日本の養子縁組は実に奇妙です。もっとも、世界と異なり、日本での養子縁組は現在およそ年間8万件程度あるうち、その大半が成年養子であり、特に、昔からのいわゆる婿養子タイプが多いのです。このように、日本では、名実ともに、親のない子を養育するための養子になっていないのです。
(3) 理由3:女児にはインド市民権(国籍)がない(だから、インド政府発行のパスポートがない)
「男性は、出生届をインドで出し、市民権を得て、パスポートを受け取り、帰国する考えだった。すでに、代理母を母とする出生届が提出されていると思っていたという。
ところが、7日夜、インドの代理人から電話があり、「出生届には遺伝的な父母を記入することになっており、遺伝的な母は匿名の卵子提供者なので母の欄は空欄だ」と伝えられた。すると、父母ともにインド人でなくなるため、子どもはインドの市民権を得られず、「パスポートを得ることはできないだろう」とも言われたという。」(朝日新聞)
「今年7月にインド人女性の代理出産で生まれた女児が日本に帰国できなくなっている問題で、代理出産を依頼した愛媛県内の40代の男性医師が毎日新聞の取材に応じ、出生届の母親欄が「Unknown(不明)」と記載され、女児が日本とインドのどちらにも属さない無国籍児となっていることを明らかにした。(中略)母親が不明となっているため、インド国籍も取得できない状態になっているという。」(毎日新聞)
インドの市民権(国籍)取得のあり方は、父母両系血統主義ですから(国外関係では父系血統主義のよう)、インドで生まれたからといってインドの市民権(国籍)を得るわけではないのです。ですから、「遺伝的な母は匿名の卵子提供者なので母の欄は空欄」ゆえ、父母ともにインド人でなくなるため、子どもはインドの市民権を得られず、「パスポートを得ることはできない」となっているのです。
(4) こうしてみると、代理出産だから問題になったのでしょうか。
「日本人男性がインド人女性らしきと、法律上の婚姻関係を結ばずに子供をもうけたが、その女性が病院と男性に子供を渡して立ち去り、行方が分からない。子供を出産した女性の氏名は、病院において偽名を使ったため、氏名不詳となっている。」
代理出産でないこうした事案でも、日本法上もインド法上も両国の国籍を取得できませんから、今回の字事案とまったく同じ状態が生じてしまいます。日本でも、フィリピン国籍と見られる女性が、病院に産んだ子供を残して立ち去ったところ、フィリピン国籍の女性であることが明確でなかったため、その子供が無国籍になってしまい裁判になったことがあり、こうした類似する事案もあるのです。
このように、今回の事例は、国籍(市民権)取得を巡るインド法と日本法の不備から生じた弊害に過ぎず、代理出産固有の問題ではないのです。
5.今回の事件が代理出産固有の問題点ではないとすると、幾つかのコメント・解説が間違いであることが分かります。
(1) まずは、医師によるコメントです。
「「誕生前の離婚」危惧
日本産科婦人科学会の星合昊(ひろし)・倫理委員長(近畿大学教授)の話「子供が生まれる瞬間は、両親がそろっているのが自然の姿だ。代理出産を依頼した夫婦が、子供の誕生前に離婚するという、危惧(きぐ)されていた問題が現実になった。代理出産の是非は、生まれてくる子供の福祉を最優先に考えるべきであり、今回の事例を踏まえると、国内で代理出産の試行をするとしても、極めて慎重に行わなければならないだろう」(読売新聞)
「子供が生まれる瞬間は、両親がそろっているのが自然の姿だ」と述べていますが、代理出産でなくても、必ずしも両親がそろっているわけではありませんし、現在では、多様な家族観を認めている以上、「自然な姿」を強調することは問題です。
「代理出産を依頼した夫婦が、子供の誕生前に離婚する」ことを危惧していたそうですが、代理出産でなくても、子供の誕生前に離婚するケースは多々あるのですから、代理出産のみ危惧するのはおかしな考えです。
「今回の事例を踏まえると、国内で代理出産の試行をするとしても、極めて慎重に行わなければならない」としている点が最も問題です。今回の事件は、女児が国籍を取得できていないから問題となったのであって、代理出産依頼者と代理母が日本人の場合、特に、日本国内での代理出産では全く問題になりません。このコメントには、今回の事件が代理出産固有の問題でないという理解に欠けていることがはっきり出ています。
(2) 問題なのは、新聞社の解説と法律学者が、医師以上に酷い間違いをさらしていることです。
イ:読売新聞平成20年8月9日付夕刊14面(4版)
「[解説]代理出産規制法 検討論議に影響
日本人夫婦がインドで代理出産を依頼していたことが発覚した。インドでは貧しさを背景に、商業的な代理出産が水面下で拡大しているとされ、「女性の搾取に日本人が加担していることは悲しむべきこと」と、水野紀子・東北大教授(民法・親子法)は批判する。
国内では、代理出産を規制する法律はない。日本産科婦人科学会が会告(指針)で禁止し、今年4月には日本学術会議が代理出産を原則禁止とする報告書をまとめた。今後、代理出産規制法が検討される中で、今回の事例が大きな影響を与えることは確実だ。
これまで、長野県のクリニックや、タレントの向井亜紀さん夫妻がそれぞれ代理出産を行ったと公表しているほか、100例以上の日本人夫婦が米国で代理出産を行っているとされている。同会議の議論でも、途上国への「代理出産ツアー」が大きな問題となった。
米国での代理出産は近年、保険などの制約で実施が厳しくなっているとされ、希望する夫婦が途上国に流れている可能性がある。今回の事例を踏まえ、国による詳しい実態調査が必要だ。
また、今回のケースでは、夫婦が出生前に離婚したため、子供の親子関係や国籍が宙に浮いた状態となっている。子供の福祉を最優先とした早期解決が求められる。(科学部 木村達矢)
(2008年8月7日 読売新聞)」
ロ:細かく指摘していきます。1点目。
「インドでは貧しさを背景に、商業的な代理出産が水面下で拡大しているとされ、「女性の搾取に日本人が加担していることは悲しむべきこと」と、水野紀子・東北大教授(民法・親子法)は批判する。」
すでに指摘したように、「女性の搾取に日本人が加担していることは悲しむべきこと」という批判は、インドの経済事情・宗教事情を無視した批判であって、妥当ではありません。
家族法に関する各国の法規制は、各国の社会経済事情・宗教事情・倫理観が深く関わっているので、そうした事情をよく理解しておく必要があります。水野教授のコメントは、日本法(+フランス法)のみしか知らないことが明らかであって、国際的な家族法につき、コメントする能力に欠けているといわざるを得ません。
ハ:2点目。
「国内では、代理出産を規制する法律はない。日本産科婦人科学会が会告(指針)で禁止し、今年4月には日本学術会議が代理出産を原則禁止とする報告書をまとめた。今後、代理出産規制法が検討される中で、今回の事例が大きな影響を与えることは確実だ。」
どう「大きな影響を与える」というのでしょうか?
代理出産の試行を行う際には、代理出産依頼者夫婦の離婚を禁止するべきとでも言いたいのでしょうか?
親族法の基本原理は、個人の尊厳と両性の本質的平等(民法2条、憲法13条・24条)です(高橋朋子ほか『民法7 親族・相続(有斐閣アルマ)』(有斐閣、2004年)6頁)から、日本の親族法は、婚姻及び離婚の自由を認めているのです。ですから、代理出産だからといって、憲法及び親族法の基本原理に反して、離婚の自由を禁止することは極めて困難です。
それとも、こうした弊害があるからとして、代理出産も刑事罰で処罰するべきと言いたいのでしょうか? 確かに、日本学術会議の報告書は、代理出産関与者への刑事罰を要求しています。
「刑事罰の対象になるのは、営利目的による代理懐胎だけに限り、代理懐胎者は被害者と位置付けて処罰の対象から外しましたが、施行医、斡旋者などの関与者のほか、異論もあったものの、依頼者も処罰の対象としました。」(水野紀子教授の発言。ジュリスト1359号)。
代理出産全面禁止派の水野紀子教授は、もちろん、代理出産に関与した産科医を処罰することには大賛成です。
しかし、吉村泰典・慶応大学教授は、「法律家というのは簡単に医者を処罰の対象にしますので、これは極めて遺憾ですね。」(ジュリスト1359号31頁)と猛反発しており、もちろん、当然の反発といえます。日本学術会議と水野紀子教授は、日本の産科医の撲滅を図っているわけですが、読売新聞はそうした愚かな行動に賛同していないはずです(本田宏編者『医療崩壊はこうすれば防げる!』(洋泉社、2008年)参照)。
今回の事件は代理出産固有の問題ではないのに、読売新聞の記者が「代理出産だから問題になった」と間違った理解をしてしまったことから、こうした「今回の事例が大きな影響を与えることは確実」というテキトーな記述になってしまったのです。猛省すべきです。
ニ:3点目。
「これまで、長野県のクリニックや、タレントの向井亜紀さん夫妻がそれぞれ代理出産を行ったと公表しているほか、100例以上の日本人夫婦が米国で代理出産を行っているとされている。同会議の議論でも、途上国への「代理出産ツアー」が大きな問題となった。」
確かに、日本学術会議の報告書は、「代理出産ツアー」を防止すべきであるとして、海外での代理出産をも刑事処罰する意図のようです。しかし、臓器移植法でも臓器売買については国外犯規定があるのですが、今まで国外犯を処罰したことはなく、元々、捜査が自体が困難ですので起訴さえ不可能に近いのです。
特に、代理出産の場合、インドのように政府承認であったり、米国のように裁判所が適法性を肯定している国においては、その国で適法に実施された代理出産に関与した者を処罰するため、いくら日本の捜査機関が捜査協力を求めても、「その捜査は内政干渉である」として拒絶されることは必至です。
また、代理出産の場合、世界の事情からすれば認める国も多く、生命倫理に関わるという当該国の根本的な態度決定に関わるのですから、代理出産を適法としているのに、それを他国が違法視して処罰を求めくるのは、その国へケンカを売っているに等しい行動です。
更に言えば、代理出産に限らないことですが、医療行為に関して産科医まで刑事処罰するという日本法と捜査機関の態度は、医療行為を刑事罰の対象としない海外ではまるで理解されません。代理出産に関わるからとという一点のみで、医療関係者をも刑事処罰するという国外犯規定自体、他国で理解不能な極めて異常な法規制なので止めるべきです。
代理出産に関する関与者、特に産科医を処罰するような国外犯規定を認めることは、極めて不当です。日本学術会議の報告書は、世界各国の医療関係者から見ても、「どうかしている」としか思えない内容なのです。
ホ:4点目。
「米国での代理出産は近年、保険などの制約で実施が厳しくなっているとされ、希望する夫婦が途上国に流れている可能性がある。今回の事例を踏まえ、国による詳しい実態調査が必要だ。」
どうやって国による(海外での代理出産事情につき)実態調査が可能だというのでしょうか? 日本人夫婦による海外での代理出産事情は、多数に及んでいるのに、2例を除いて全く明らかになっていません。それは国及び最高裁決定は、海外において代理出産によって産まれた血縁関係のある子供を実子として認めていないからです。
国による調査に協力すれば、実子として出生届を出していることが否定されてしまうのですから、代理出産を依頼した夫婦はもちろん、代理出産に関与した者すべてが国に協力するわけがありません。国による実態調査は絶対できないことなのに、「今回の事例を踏まえ、国による詳しい実態調査が必要」などと書くことは、あまりにも馬鹿げた記述としか言いようがありません。
ヘ:5点目。
「今回のケースでは、夫婦が出生前に離婚したため、子供の親子関係や国籍が宙に浮いた状態となっている。子供の福祉を最優先とした早期解決が求められる。」
この記事は、「子供の福祉」の意味が分かっているのでしょうか?
「子供の福祉」とは、子供に対して事実上も、法律上も養育監護を受けることができることです。そうすると、養育監護を行う者として最も適切な立場にいるのが、子供の父親である日本人男性ですから、この日本人男性が女児をインドから日本に連れ帰れるようにすることが最も妥当であるというべきです。ですから、「子供の親子関係や国籍が宙に浮いた状態」であることは、二の次の問題なのです。
この事件は、女児の国籍が不明なままでいるのでパスポートが取得できない点が一番の問題となっているのです。解決手段としては、2通り考えられます。すなわち、<1>インドにおいて「氏名不詳でもインド人であることは明らかだから、インド人の母から出生した」と認定してもらい、女児がインドの市民権を得る方法、<2>日本人男性は認知届を出して、日本政府は最高裁平成20年6月4日大法廷判決(「婚外子国籍確認訴訟(1):最高裁平成20年6月4日大法廷判決は、両親の結婚を国籍取得の要件とした国籍法3条1項を違憲と初判断」(2008/06/07 [Sat] 05:36:09)参照)にしたがって女児に日本国籍を認める方法、のいずれかによるのだろうと考えています。
6.代理出産を巡る問題は、医学、生命倫理学はもちろん、法律的な理解、すなわち、憲法、民法、刑法、国際私法、国際民事訴訟法という広範囲な法分野への理解が不可欠です。今回の事案では、インドでの代理出産ですから、日本の国籍法のみならず、インドの家族法・国籍法(たぶん、インドの国際私法も)の理解も必要になっています。
新聞記事の解説や学者は、こうした極めて広範囲な法分野・外国法にわたる情報を正しく理解し、分かりやすく整理して、一般人に必要十分な情報を提供しているのでしょうか?
例えば、日本学術会議に設けられた「生殖補助医療の在り方検討委員会」の報告書では、医学的妥当性ばかりに言及して代理出産の否定を行っていますが、自然妊娠、高齢出産、体外受精、非配偶者間人工授精(AID)、代理出産すべてを混合して弊害を並べ立てているのです。また、報告書で認めている代理出産の「試行」は、「法律の頭の中では、部分的許容です」(町野朔教授発言。ジュリスト1359号38頁)のに、代理出産を原則禁止とする(憲法論を踏まえた)法的根拠はもちろん、部分的許容とした法的根拠も明示していません。
このように、「生殖補助医療の在り方検討委員会」さえも、1年かけてもろくな報告書になっていないのでから、一般人に必要十分な情報を提供していないのです。また、読売新聞の解説を紹介して批判したように、報道機関も正しい法律情報を提供してないのです。日本では、なすべき責任にある者が、その務めや責任を果たさずにぼんやりしている――。これが現状なのです。
<8月10日付追記>
インドは、人的不統一法国であることに注意をしておく必要があります。「不統一法国」とは、同一国内に内容の異なる複数の私法秩序が並び行われている国のことをいます。「人的(不統一法国)」というのは、例えば、インドでは、キリスト、ヒンズー、イスラム、華僑といった人種、社会的階級、宗教籍が存在し、そうした人的秩序よって異なる私法秩序(家族法)が存在する国のことを言うのです。
このように、インドは、人的不統一法国であるため、他国にとっては極めて分かりにくい私法秩序ですし、しかも誰がどの宗教を信じているかを証明するものはほとんどないのです。こうした私法秩序に加えて、外国人である日本人がインドの私法秩序に関わったのですから、その私法秩序の決定(=親子関係の存否、国籍の行方)は難しいのです。報道記事を中心にして法律関係を検討しましたが、インド法の内容については、新聞報道も含めて真偽は不明であると、指摘しておきます。
なお、この日本人男性に対しては、法律面での調査が不十分だったと批判する向きもあるようですが、インドが人的不統一法国であることを考慮すれば、そうした批判は妥当ではありません。
「注目すべき点は、代理出産の医学的妥当性がよく分かっている医師が、代理出産の当事者であるということです。自分の子を持ちたいという人としての願望は誰しも同じであることは根底にあるとはいえ、医師が代理出産の当事者である以上、医師も代理出産の医学的妥当性を暗に肯定した行動を行っていることをよく認識しておくべきです。」
「代理出産の当事者」はリスクを引き受ける代理母とその家族です。客(依頼者)は本当の当事者ではありません。
少なくないという「海外に行って代理出産を依頼する日本人医師夫婦」は単なるサービス利用者です。金を出して危険なことを人にやらせているだけのことです。
仮に(あくまで仮に)女性医師・男性医師の妻・看護婦など医療関係者が「代理母」を一般人より高い割合で志願しているなら「医師も代理出産の医学的妥当性を認めた」と言ってもいいでしょう。自分の体でリスクを負うのですから。
ですが、医師が「客」つまり依頼者側として関わっただけでは「医学的妥当性」を認めることはできません。私は「子供ほしさのために医者の倫理を二の次にしたんだな」と思います。
問題の核心を捉える鋭い洞察力に感心しています。
いつか影響力のある地位に就き人々の幸せのために働いて欲しい方だと思います。
このインドでの代理出産の報道では私も疑問に思うことが多々ありました。
この出来事はイギリスのBBCとインドの新聞社が取り上げており、インド現地での養子縁組法がネックになって女児が国籍不明になっていることを主な原因として解説していました。
ところが日本の主な新聞を読むと、その問題の核心である国家間の家族法の違いからくる軋轢には余りふれず、禁止されている代理出産をして女児が不幸になった、 といわんばかりの歪んだ印象を植え付ける内容でした。
特に世論操作を感じたのは、代理出産絶対反対強行路線の雄である東北大の水野氏のコメントをわざわざ起用し、推進派のコメントは一切無かったことです。野田大臣のコメントがあってもいい。
中国の報道姿勢にケチつける前に足元を見ろと言いたい。報道として幼稚です。
イギリスBBCやインドではこの日本の新聞社の報道をどう思うか聞いてみたいところです。
この水野氏、女性が子供を欲しがるのは「周囲からのプレッシャー」と発言したそうですが、その様な女性、今の日本にいるのでしょうか?
こんな感性の人間が学術委員になって国民の幸せを考えて国民の意志を反映した近未来の法を策定できるのでしょうか?産む機械発言をした大臣同様、水野氏もまた委員にはふさわしからず。
同じ女性としてあの様な女性心理理解欠如の軽々しい発言に憤りを禁じえない。
約20年前、当時大きな話題となった現行IVF,
体外受精の是非が論争された時、現学術委員たちはどんな意見を言っていたのだろう。
そして、各新聞社はどのように報道したのだろう。
私は当時まだ子供だったがおぼろげに「神への冒涜」などと、何か恐ろしいことである印象を持った。
しかし、成人し結婚した今、当時「神への冒涜」と言われた体外受精の恩恵を受けています。
現在では、実に46万人が不妊治療施設に足を運んでいるという現実。以後IVF等高度治療は、多くのカップルに待望の赤ちゃんを授け続け、本人たちや孫が出来たおじいちゃんおばあちゃん、家族全員に幸せを運び続けています。
神の冒涜は実は神の恩恵であったと思う。
世界は、特にアメリカでは代理母を既に通り越して子宮移植に突入している時代です。
代理母や臓器移植にオロオロしている今の日本では
これら先進技術を神の恩恵にし得る思想や社会構造が元々脆弱なのかも知れません。
URL | ママ #-[ 編集 ]
もっとも、学生さんで男性の玄倉川さんが、ここまで代理出産に熱心なのは、なぜなのか不思議ではあります。代理出産は、生殖補助医療の1つであって、女性の生殖・不妊治療という極めて微妙な問題に関わる問題ですから、女性の側にとっては男性が熱心に論じることは気持ち悪さ・おぞましさを感じるので。どうやら玄倉川さんは、女性の目を全く気にしないようです。
>相変わらずひどい印象操作ですね
エントリー全体としては、日本及びインドでの国籍を巡る不備が問題なのであって「代理出産固有の問題ではない」とするものですから、最初に述べた代理出産への言及は主題ではなく、感想程度にすぎません。それなのに、「印象操作」をしているというほどまで評価をして頂けるとは思ってもみませんでした。感謝します。
>>医師が代理出産の当事者である以上、医師も代理出産の医学的妥当性を暗に肯定した行動を行っていることをよく認識しておくべき
>仮に(あくまで仮に)女性医師・男性医師の妻・看護婦など医療関係者が「代理母」を一般人より高い割合で志願しているなら「医師も代理出産の医学的妥当性を認めた」と言ってもいいでしょう。自分の体でリスクを負うのですから
医師も専門家としての矜持があるので、通常は、その矜持に反するような行動はしないため、「医師も代理出産の医学的妥当性を暗に肯定した行動を行っている」と書いただけです。法律家は通常、違法行為をしないということと同じことです。
専門家は、他人ために、専門的知識を提供して問題を解決する者であって、自己がリスクを負うことはありません。例えば、弁護士は、被告人を弁護し無罪を勝ち取れず有罪になっても、刑務所に入るのは被告人のみです。また、医師は、適切な医療を行ったが、過失なく悪い結果がでても、その結果を負うのは患者のみです。
「自分の体でリスクを負う」ことがなければ、医師は、医学的妥当性を認めることができないと述べることは、専門家としての医師の存在を全否定するの同じ、すなわち、専門家の存在を全否定するのに等しい言動です。
>お客様目線の「代理出産」議論
TBありがとうございます。代理出産に傾ける情熱は感心しますが、残念ながら「お客様目線の『代理出産』議論」というエントリーは、全く間違っています。
今回の代理出産は、インドの契約法に基づくインドでの代理出産契約を締結したうえで行ったものですから、その代理出産を巡る処理もその契約に従いますし、管轄権も準拠法の決定もインド法によって行うのが通常です。要するに、代理出産に関しては、インドの国内問題であるということです。
ですから、インドの国内問題である以上、日本の(消費者側から見た)契約社会のような「お客様」目線といったものにはなっていないのです。代理出産契約や契約法が分かっていれば、「お客様目線」などといった表題は、恥ずかしくて書くことはできません。
だいたい、インド側も女児が孤児になっては困りますし、男性側も日本に連れ帰りたいと願っているのですから、両者は「女児の養育監護のためには、インドを出国させ日本に入国させた方が適切である」という一致した意見で、努力をしている状態です。これのどこが「お客様目線」なのでしょうか? インド人女性がおかれている現実を分かっていて、「お客様目線」などと書いているのでしょうか? 玄倉川さんは何が問題となっているのかを全く理解していません。
「お客様目線の『代理出産』議論」といったエントリーもそうですが、玄倉川さんの場合は、勝手なレッテルをはることで物事を揶揄するだけのエントリーが少なくありません。レッテルをはっただけの、単なる「言葉遊び」は、それはそれでエントリーを書いている側は楽しいのかもしれません。「言葉遊び」をうれしがる人もいるようです。
しかし、代理出産問題は、医学や広範囲にわたる法律論が深く関わる問題です。玄倉川さんのように、法律学について何も勉強する気もなく、代理出産に関する文献を読むこともなく、単に「レッテル」をはって揶揄する「言葉遊び」程度のエントリーは、全く興味がわきません。もう、レッテルをはって揶揄するだけの「言葉遊び」のエントリーは卒業なさった方がよいと思います。
>このサイトのファンです。
>問題の核心を捉える鋭い洞察力に感心しています。
励みになるようなお言葉、ありがとうございます。
>いつか影響力のある地位に就き人々の幸せのために働いて欲しい方だと思います。
強く影響力を及ぼしていく……のも意義あることだと思います。政治家、官僚のトップ、首相、大臣などは、影響力のある地位といえますね。ただ、市民がより法律を理解し、多方面での判断力を伸ばしていくことの方が、「多くの人の幸せ」になるのだと思うのです。
このエントリーでも出てくる専門家でも分かるように、今の法律学者のほとんどは、その有する専門知識は狭い法律分野に限られていて、他の法律分野に関しては無知に近いのが現実です。
広範囲に及ぶ法律論を十分に熟知しているといえる法律学者は、昔は結構いたのですが、今となっては安念潤司・成蹊大学教授くらいでしょう。安念潤司・成蹊大学教授は憲法学者ですが、(素晴らしい論文もあるのに)なぜか憲法学で評価が高くないため、才能をもてあまして、他の法律分野に手を出しているのが、本音ではないかと思えるのが悲しいところですが。
>この水野氏、女性が子供を欲しがるのは「周囲からのプレッシャー」と発言したそうですが、その様な女性、今の日本にいるのでしょうか?
同感です。東北大の水野氏の頭の中では、「日本の女性は子供を持つ持たないについても、周囲(親・親族)が決定するのであって、自分で判断できない」と思っているわけです。もうそんな女性像のみを押し付けるのは、止めてほしいと思います。時代が違うのです。
東北大の水野氏は、民法以外知らずに、生殖補助医療の議論に口を出すから、妙なことになっているのだと思うのです。例えば、水野氏は、生殖補助医療に関する座談会において、「同じ法学者の間ですら、憲法学と刑法学と民法学では発想がずいぶんと異なりました」と述べています(ジュリスト1359号(2008年7月1日号)41頁)。
しかし、憲法、刑法、民法それぞれ法の目的が異なるのですから、「発想」が違うのは当然なのに、今になってやっと気づくという有様です。しかも、憲法が上位規範である以上、憲法に反する刑法理論・民法理論はあり得ないのに、平気で憲法論上の「自己決定権」を否定してしまうのですから、恐ろしいほどの恥を晒していることさえ、気づかないのです。
>成人し結婚した今、当時「神への冒涜」と言われた体外受精の恩恵を受けています。
>神の冒涜は実は神の恩恵であったと思う。
医療行為全般にいえると思うのですが、どんな医療行為もリスク(危険性)があります。ですが、その リスク(危険性)を上回るベネフィット(便益)があるからこそ、医療行為を行うわけです。
体外受精についても、最初は未知の分野であったため、リスクが強調され、それを多くの人は「神の冒涜」と感情的に慄いたわけです。もっとも、今では、体外受精は不妊治療として一般化していますから、「神の冒涜」という感情論は消えてしまったと思いますが。「神の冒涜」という言葉は、代理出産の議論でも出てきますから、生殖医療では常に感情論が付きまとうのだな、と感じさせます。
>世界は、特にアメリカでは代理母を既に通り越して子宮移植に突入している時代です。
>代理母や臓器移植にオロオロしている今の日本では
>これら先進技術を神の恩恵にし得る思想や社会構造が元々脆弱なのかも知れません。
金城清子・龍谷大学教授は、日本では、「生と死をめぐってはそれを自然の秩序として受け入れ」るべきだとして、臓器移植についても、医療による介入を差し控えようという傾向が強いと述べています(金城清子『ジェンダーの法律学(第2版)』145頁)。要するに、日本では、諸外国と異なり、生殖医療、臓器移植について、それを阻むような「文化的障壁」があるようだというのです。
諸外国では、妊娠・出産に伴う代理母の身体的危険ゆえに禁止しているわけではないのに、なぜか日本だけではそうした危険性が強調され、また、臓器移植にしても、なぜか日本だけでその危険性が強調され、抑制する動きすらあります。
このように、日本では、トンデモといえるようなリスクが強調されるのは、ある意味日本らしいのかもしれません。日本では、妙な「文化的障壁」が幅を利かせているのですから、ママさんが仰るように、「先進技術を神の恩恵にし得る思想や社会構造が元々脆弱」なのかもしれませんね。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

