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主に社会問題について法律的に考えてみる。など。
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2008/08/01 [Fri] 23:59:12 » E d i t
「刑法39条は削除すべきなのか?(上)~1999年下関通り魔事件・最高裁平成20年7月11日判決を契機として」(2008/07/30 [Wed] 06:29:17)の続きです。今回は、「刑法39条を削除し責任無能力状態における犯罪でも処罰するとなると、どうなるのか?」について触れてみたいと思います。



1.今回は、刑法39条を削除し責任無能力状態における犯罪でも処罰するとなると、今まで不可罰とされた行為をも例外なく処罰することになります。

(1) その典型例を挙げてみます。

 「ノイローゼ気味で、覚せい剤中毒の後遺症としての妄想性曲解や妄想性被害念慮に捉われて心的混乱を招いていた被告人が、自宅で妻と就寝したものの不安、焦燥を伴う心的緊張のために熟睡できず、浅眠状態にあったところ、午前4時30分頃男が3人ほど突如室内に侵入し被告人を殺そうとして後側から首をしめつけてくる夢をみて極度の恐怖感に襲われ、防衛のため先制的攻撃を加えるつもりで男の首を強くしめたが、男と思っていたのが実は側に寝ていた妻であり同人を死亡させたという、事案がある。

 被告人は殺人罪で起訴されたが、第1審は、被告人の行動は「規範意識の活動に基ずいてなされた行為」ではなく、「任意の医師に基ずく支配可能な行動」ではないから「行為」そのものに欠けるとした(大阪地判昭和37年7月24日下刑集4巻7・8号696頁)。

 しかし、この事案の場合、不完全な意思であるにせよ、行為の原因となる意味での意思は存在したのであるから、伝統的な行為論に立ったとしても「行為」は存在し、責任能力のみが問題となると解される(第2審は責任無能力として無罪とした)。」(町野朔ほか『考える刑法』(弘文堂、昭和61年)217頁〔林美月子〕)(*原文と異なり、段落分けをした。)



他にも、暁方4時頃、やくざの一味となり、人を殺した夢をみて、その後手斧で父母に重傷を負わせ、同居人に取り押さえられてはじめてはっきり覚醒したという事案について、ねぼけまたは夢遊の状態にあったという鑑定を採用して責任無能力とした判例があります(中田修「ねぼけによる殺人未遂の一例」犯罪学雑誌37巻3号24頁)。

このように、寝ぼけ症状、夢遊病の状態下での犯罪行為は、刑法39条により、責任無能力であるために処罰しないとしていたのです。こうした睡眠中の動きについては、本人にとっては止めることは不可能なのですから、これを処罰すべきであるとして非難することは、あまりにも酷といえます。



(2) こうした寝ぼけ症状下での犯罪と推測される事例は、最近も出ています。

  イ:東京新聞平成20年7月30日付夕刊11面

『夢で見たので刺した…』 15歳少女 見えぬ動機
2008年7月30日 夕刊

 埼玉県川口市のマンションで私立中学三年の長女(15)が父親(46)を刺殺したとされる事件は、発生から十一日が経過したが、長女は動機について、現在も「父親が家族を殺す夢を見たので包丁で刺した」との供述を繰り返しているという。県警は供述の信ぴょう性を含めて解明を進めているが、なぜ殺さなければならなかったのか、という事件の核心は依然、闇の中だ。

 長女は、事件直後の調べに「十九日午前零時ごろに寝た後、父親が家族を殺す夢を見たため、目が覚めた同三時ごろに台所から持ち出した包丁で父親の上半身を二度刺して殺した」と説明していたという。

 この供述について、県警は「事件の動揺から出ているのではないか」とみて調べを進めてきた。しかし、長女は前後の行動などは説明しているものの、動機部分を問われると現在も「父親が家族を殺す夢を見たから」と答えているという。

 県警は、長女が「両親から勉強しろと言われ、うっとうしかった」と話していることから、事件の根底に勉強のストレスがあるとみて捜査している。一方で「勉強にうるさかったのは父親より母親だった」という供述もあり、父親を殺した動機が見えないという。

 「夢を見たから」という供述について、熊本大発生医学研究センターの粂和彦准教授は「怖い夢を見て現実と勘違いしたまま、理性が働かない状態で父親を刺してしまったのではないか。前後の状況を説明しながら動機の部分だけうそをつくのは不自然」と寝ぼけの一種「覚せい障害」の可能性を指摘する。

 さらに、父親の胸の傷は肺まで達し「寝ぼけた状態でためらいなく刺し、確定的な殺意はなかったと考えるのが自然」と話す。

 これに対して、県警は「目が覚めた時、父親を殺さなきゃいけないと思った」と長女が語っていることから「覚せい障害なら、当時の心情は詳しく覚えていないのではないか」と、長女の供述がうその可能性もあるとみている。一方で「誘導にならないよう、本人に動機を語らせたい」と慎重に調べを進めている。

 <覚せい障害> 寝ぼけ症状の一種。起きた後の一定時間、目が完全に覚めていない状態で混乱状態に陥る。悪夢にうなされ突然、起きて暴力をふるうなど錯乱状態になる譫妄(せんもう)や、夢遊病、夜驚(やきょう)症なども含まれる。理性が働かないため、本人は制御できず、家族らに押さえられるまで記憶がほとんど残らない。無目的な行動が多く、人を傷つけるケースはまれだが、米国では1987年に寝ぼけた状態の男性が親類の家まで車で行き、殺害した事件があったという。」



  ロ:長女は、動機部分を問われると現在でも、一貫して「父親が家族を殺す夢を見たから」と答えています。そうなると、粂和彦准教授の判断どおりのように思われます。

「「夢を見たから」という供述について、熊本大発生医学研究センターの粂和彦准教授は 「怖い夢を見て現実と勘違いしたまま、理性が働かない状態で父親を刺してしまったのではないか。前後の状況を説明しながら動機の部分だけうそをつくのは不自然」と寝ぼけの一種「覚せい障害」の可能性を指摘する。

 さらに、父親の胸の傷は肺まで達し「寝ぼけた状態でためらいなく刺し、確定的な殺意はなかったと考えるのが自然」と話す。」

(*粂和彦准教授のブログによると、「確定的な殺意はなかった」というのは、「理性に基づく殺意がなかった」という程度の意味とのことです。要は、夢うつつの中だったので抑制の働かない行動であって、「多分とにかく怖くて、思い切り刺した」のだろうと説明されています。「父親が家族を殺そうとしているというような何らかの怖い夢を見て、それを現実と勘違いしたまま、自分や家族を守るために、父親を刺してしまった」(粂和彦准教授のブログ)わけです。)


粂和彦准教授の判断どおりとなれば、刑法39条により責任無能力であるとして、検察側は不起訴処分にするか、又は起訴したとしても裁判では無罪(不可罰)となるでしょう。

もし、被害者感情を重視して刑法39条を削除した場合には、こうした「覚醒障害」下での行為をも処罰を免れることはできません。刑法39条が削除されてしまえば、検察側は不起訴処分にする根拠がなく、また、裁判でも不処罰する根拠がなくなってしまうからです。

しかし、「覚醒障害」下の行為を処罰することは、「睡眠していること自体を処罰した」のと同様ですから、「一生、寝てはいけない」と述べているに等しく、到底、合理性のある判断とは思えないのです。刑法39条の削除は、こうした本来処罰すべきでない行為をも処罰することになってしまうのです。



<8月3日追記>

時事通信(2008/08/02-22:55)を引用しておきます。

家族全員殺すつもりだった=「すべてが嫌、疲れた」-中3長女父親殺害・埼玉県警 

 埼玉県川口市の自宅で男性会社員(46)が殺害された事件で、逮捕された中学3年の長女(15)が県警少年捜査課の調べに対し、「すべてが嫌になって疲れた。家族(全員)を殺して、自分も死のうと思っていた」と供述していることが2日、分かった。
 長女は動機について当初、「事件前は寝ていた」「父親が家族を殺す夢を見て、殺害を思いついた」と話したが、「起きていた」と供述を翻していた。
 同課の調べに長女は、父親以外の家族も殺すつもりだったと供述。動機で夢の話をした理由を「お母さんと弟につらい思いをさせるから(本当の動機が)なかなか言えなかった」と泣きながら答えたという。
 また、「お父さんを殺してごめんなさい」と泣きながら話し、謝罪の言葉を口にした。(2008/08/02-22:55)」




2.もし、刑法39条を削除し、責任無能力の者に対して有罪判決を行い収監した場合、その後出所した場合どうなるでしょうか? 

(1) 滝川一廣・大正大学人間学部教授は、「生活や社会をどうまもるのか」という論説(呉智英・佐藤幹夫編者『刑法39条は削除せよ! 是か非か」)において、刑法39条を削除すべきか否かについて、次の(甲)と(乙)の視点から考えるべきだと主張しています。

「(甲)私たちの日常生活の安全や社会の治安がまもられるためにはなにがたいせつか。
 (乙)私たちが精神障害となったとき、じゅうぶんなケアと回復や社会復帰の道が、つまり生活がまもられるためにはなにがたいせつか。」(呉智英・佐藤幹夫編者『刑法39条は削除せよ! 是か非か」166頁)


これは、「人権」とか「社会正義」という抽象的・理念的な観点よりも、(甲)(乙)といった観点、「自分たちの生活や社会をより効率的・効果的に守る実際的なシステム」という、できるだけ現実論的・プラグマティックな観点から考えるべきではないか、と主張しているのです。



(2) そして、滝川一廣・大正大学人間学部教授は、統合失調症(分裂病)と鑑定された犯罪事例20例が詳しく報告している『分裂病犯罪の精神鑑定』(紫田洋子編、金剛出版、1978)から、次の例を引用して説明を行っています。なお、統合失調症は、代表的な精神障害です(呉智英・佐藤幹夫編者『刑法39条は削除せよ! 是か非か」168頁)。

 「有罪判決を受けて刑務所に収監されたまま、統合失調症が未治療におかれたとしたら、大きな問題である。全員すみやかに医療刑務所への収監が選ばれ、しかるべき看護や治療が受けられたのだろうか。医療刑務所はそれが可能なだけの精神医療水準にあるのだろうか。現実には一般刑務所に収監され、そこで病状が悪化して大きな失調が明らかになったとき、そこではじめて医療刑務所に移されるケースが多いのではなかろうか。医療を受ける権利を理念的に言い立てたいのではない。その前に現実論として次のことを考えるのである。

 事例Bは殺人未遂・殺人で無期懲役となっているが、実は前科がある。22歳とき、自殺をしようと交番に押し入り、自分を「殺せ」といって拳銃を奪ったという事件である。その内容や前後の経過をみれば、このときすでに発病していたことは明らかである。その裁判で精神鑑定がなされたかどうか詳らかでないが、懲役10年の実刑判決となり、一般刑務所に収監。服役6年目に妄想などの症状が激しくなりようやく医療刑務所に送致される。そこで刑期満了を迎えて、そのまま精神病院に身柄を移されている。35歳時に退院するが、そこで治療は中断。38歳のときに1人を刺傷、2人を刺殺する事件を引き起こしたのである。

 仮に最初の事件(発病)の後すみやかにしかるべきケアがなされていたなら、第2の事件は避けられていたかもしれない。未治療の長い受刑生活が病気の進行と荒れた病態を作り上げて、第2の事件の下地となった可能性は否定できない。「拳銃強奪」という重罪に懲役10年を科したことで社会正義と保安は果たされたように見えて、そのつけは大きかったのではあるまいか。

 精神科医としての経験からいえば、対人不信が強く被害的・攻撃的でこころの荒れた統合失調症の患者もごく少数ながらいないわけではない。不信の強さから安定した人間関係ができず、治療も中断しやすく、被害感と攻撃性と自棄とがまじりあってときに粗暴な犯罪行為に走ってしまうケースもある。しかし、最初からそうなのではない。発病後、未治療のままストレス状況におかれてきたり不適切な扱いによってディグニティ(自己尊厳)を損なってしまった病者の姿をそこにみるべきであろう。

 社会正義のためには精神疾患の結果による犯罪(触法)行為といえども容赦なく刑罰を科するべきだ、さもなければ自分たちの気がすまないという国民的合意があるのなら、是非もないことである。しかし、刑を終えて社会に戻ったとき、病をこじらせた姿となっているとしたら、それは社会の安寧にとってどうであろうか。(乙)の視点からすればもとより、(甲)の視点に立っても、病気であるなら原則的に医療の優先を社会的合意としたほうが結局は望ましくはないだろうか。39条には、そのような含みもはらまれていると思う。」(呉智英・佐藤幹夫編者『刑法39条は削除せよ! 是か非か」174頁)



本来、受刑者に心身の疾患があるときには、刑務所等で必要な医療が行われることとされているのですが(刑事訴訟法480条・481条参照)、現実には重篤になってから医療刑務所に送致しているわけです。その結果、「未治療の長い受刑生活が病気の進行と荒れた病態を作り上げて、第2の事件の下地となった可能性は否定できない」という事例が出てきてしまうのです。もし、「最初の事件(発病)の後すみやかにしかるべきケアがなされていたなら、第2の事件は避けられていたかもしれない」というのに。

被害者感情を重視して刑法39条が削除されてしまえば、より多くの精神障害者が刑務所へ送り込まれることになり、一層多数の者が、必要なケアがなされないままで刑務所で過ごすことになり、その結果、「刑を終えて社会に戻ったとき、病をこじらせた姿となっている」者が続々と現れることになるのです。

このように、刑法39条を削除することは、より社会の安全を害する結果をもたらすことを覚悟しなければならないのです。

 「社会正義のためには精神疾患の結果による犯罪(触法)行為といえども容赦なく刑罰を科するべきだ、さもなければ自分たちの気がすまないという国民的合意があるのなら、是非もないことである。」


より社会の安全を害する結果をもたらすことが分かっていても、「社会正義」の実現を謳い、被害者感情や報復感情を重視して、刑法39条を削除して容赦なく刑罰を科するべきなのでしょうか? 


「刑法39条は削除すべきなのか?(下)」へ続きます。



<8月2日追記>

「覚醒障害」については、東京新聞の記事にも出ていますが、粂和彦准教授の「粂 和彦のメモログ」が詳しいと思います。ぜひご覧下さい。

テーマ:法律全般 - ジャンル:政治・経済

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